※「化物語」という小説を骸綱風に変換したものです。
※文末語尾等を変えたに過ぎないのでほぼ原文通り。
※当然ながら小説のネタばれ含みます。
※それでも良い方のみどうぞ;;
(時系列:並盛高校 視点:六道骸)
応接室から出、後ろ手で扉を閉じ、一歩進んだところで、背中から、
「雲雀恭弥と何を話していたんだ?」
と、声をかけられた。
振り向く。
振り向く時には、まだ僕は、相手が誰だか把握できていない――聞き覚えのない声だった。
しかし聞いたことのある声だった。
「動くな」
その二言目で、相手が沢田綱吉であることを僕は知った。
僕が振り向いたその瞬間、狙い澄ましたように、まるで隙間を通すように、僕の口腔内に、
たっぷりと伸ばしたカッターナイフの刃を、沢田が通したことも―知った。
カッターナイフの刃が。
僕の左頬内側の肉に、ぴたりと触れる。
「………っ!」
「ああ、違うな――『動いてもいいけれど、とても危険だ』というのが、正しかったな」
加減しているのでもない、しかしかといって乱暴にしているのでもない、
そんなぎりぎりの強さで―刃は僕の頬肉を引き伸ばす。
僕としては、もう間抜けのように、大きく口を開いて微動だにせず、
沢田の忠告通り―動かずにいることしか―できなかった。
怖い。
と、思った。
カッターナイフの刃が―ではない。
僕にそんな真似をしておきながら、ちっとも揺るがない、
ぞっとするくらいに冷えた視線で―僕を見つめる沢田綱吉が、怖かった。
こんな―
こんな剣呑の目をした、奴だったのか。
確信した。
今、僕の左頬の内側に添えられているカッターナイフの刃が、潰されてもおらず、絶対に峰でもないということを、
沢田のその目を見ることで、僕は確信した。
「好奇心というのは全くゴキブリみたいだな―人の触れられたくない秘密ばかりに、こぞって寄ってくる。
鬱陶しくてたまらないな。神経に触れるんだ、つまらない虫けらごときが」
「……あ、あの――」
「何だ。右っ側が寂しいのか?だったらそう言ってくれればいいのに」
カッターナイフを持っている右手とは反対の左手を、沢田は振り上げる。
その素早さに、平手打ちでもされるのかと僕は、歯をくいしばらないように身構えたが、しかし、違った。そうではなかった。
沢田は左手にはホッチキスを持っていた。
それがはっきり視認できるよりも先に、彼はそれを、僕の口の中に差し込んだ。
勿論、ホッチキスの全部を差し込んだわけではない、そうしてくれていたらむしろよかった、沢田は、僕の右頬肉を、
ホッチキスで挟み込むように―綴じる形で、差し込んだのだ。
そして、緩く―挟まれる。
綴じる、ように。
「か……は」
体積の大きい頭の方、つまり、ホッチキスの針が装填されている側を入れられているため、
僕の口の中は大入り満員状態で、当然のように、言葉を発することができなくなる。
カッターだけなら、動けないまでも喋ることはできたのだろうが―今はもう、それを試す気にもならない。
考えたくもない。
まず薄くて鋭いカッターナイフを差し込むことで大口を開けさせ、
そこにすかさずホッチキスを続ける―隅々まで計算された、恐ろしい手際の良さだった。
く…口の中にこんな色々突っ込まれたことなんて、中学一年生の頃に永久歯の虫歯の治療を受けて以来じゃないですか…。
あれから、二度とそんなことがないように、毎朝毎晩毎食後、歯を磨き続け、
キシリトール入りのガムを噛み続けてきたというのに、それがまさかこんなことになろうとは。
なんて足元のすくわれ方だ。
瞬く間に―この状況。
つい壁一枚隔てた向こう側で、恭弥君が書類整理をしているだなんて、とても思えないような異常空間が、
何の変哲もない公立高校の廊下において、形成されているじゃありませんか。
恭弥君…。
何が『まるで小動物みたいな子だよね』ですか。
思いっきり猛獣ではありませんか…。
君も案外人を見る目がありませんね!!
「雲雀恭弥に俺の中学時代を聞いたところで、次は担任の先生か?
それとも一足飛ばしに保健のシャマル先生のところでも行ってみる?」
「・・・・・・・・・・・。」
喋れない。
そんな僕をどう見ているのか、沢田は、やれやれといった風に、大仰に溜息をつく。
「俺も迂闊だったな。『ダメツナ』という行為には人一倍気を使ってるというのに、この有様。
百日の説法屁一つとはよく言ったもんだ」
「・・・・・・・・・・。」
こんな状況でも子猫のようなその顔で屁という言葉を口にすることに抵抗を覚える僕は案外いい奴なんじゃないかと思った。
「さて、俺は、お前に俺の秘密を黙って貰うために、何をすればいいんだろうな?
俺は俺の為に何をすべきなんだろうな?
『口が裂けても』喋らないと、六道骸さんに誓ってもらうためには
――どうやって『口を封じれば』いいんだろうな?」
カッターナイフ。
ホッチキス。
正 気 な の か 、 こ の 少 年 。
同じ高校の、先輩にたいして、なんて追い込み方を。
「最近家に居座り続ける糞家庭教師が言うにはな、遺伝―というより運命なんだろうって。
俺の人生は、生まれる前から決まっていた。
元から、それがそうであるように、そうであったとしかいえない―なんて。」
沢田は自嘲のように言う。
「あまりに馬鹿馬鹿しいと思わないか?それが嫌で逃げてきたってのに、何を、今更。
俺はただ、平凡に、平和に、安息に…『普通』に生きていたいだけなのに。」
状況が状況なのはひとまず置いておくとして。
どんな気分なのだろう、と、。
僕のように―僕のように、
幼い頃の、
ほんの短い、
二週間程度の拘束期間だけではなく
―生まれる前から、ずっとそうだった、というのは。
何を諦め。
何を捨てるのに。
十分な時間だっただろう。
「同情か?優しいんだな」
沢田は、僕の心を読んだのか、吐き捨てるようにそう言った。汚らわしいとでも、言わんばかりに。
「でもな、俺優しさなんか欲しくないんだ」
「・・・・・・・・・。」
「俺が欲しいのは沈黙と無関心だけ。持っているならくれないか?ニキビもない折角のほっぺた、大事にしたいだろ?」
沢田綱吉は。
そこで、微笑んだ。
「沈黙と無関心を約束してくれるなら、二回、頷いてくれ、六道さん。
それ以外の動作は、停止でさえ、敵対行為とみなして即座に攻撃に移る。」
一片の迷いもない言葉だった。
僕は、選択の余地なく、頷く。
二回、頷いてみせる。
「そうか」
沢田はそれを見て―安心したようだった。
選択の余地のない、取引とも協定ともいえない、こちらとしては同意するしかない要求だったのにも
かかわらず―僕がそれに素直に応じたことに、沢田は、安心、したようだった。
「ありがとう」
そう言って、まずはカッターナイフを、僕の左頬内側の肉から離し、
ゆっくりと、慎重というよりは緩慢な動作で、抜く。
その際に、誤って口腔を傷つけないようにと、配慮の感じられる手つきだった。
抜いたカッターの、刃を仕舞う。
きちきちきちきち、と。
そして、次はホッチキス。
「……ぎぃっ!?」
がじゃこっ、と。
信じられないことに。
ホッチキスを―沢田は、勢いよく、綴じた。
そして、その激しい痛みに反応して、僕がアクションを取る前に、すいっと要領よく、そのホッチキスを、沢田は引き抜く。
僕は、その場に、崩れるように、うずくまった。
外側から、頬を抱えるように。
「ぐ……が……」
「悲鳴を上げないのか。立派だな。」
素知らぬ顔で―
沢田が、上から言った。
見下すように。
「今回はこれで勘弁してやる。自分の甘さが嫌になるけれど、約束してくれた以上、誠意をもって応えないとな。」
「……き、君は―」
がじゃこっ。
僕が何か言おうとしたところに、被せるように、沢田は、ホッチキスを、音を立てて―中空で、綴じた。
変形した針が、僕の目の前に落ちる。
自然、身が竦んだ。
反射というやつだ。
たった一回で――条件反射が組み込まれた。
「それじゃあ、六道さん、明日からは、ちゃんと俺のこと、無視してくれ。よろしくさん」
それだけ言って、僕の反応を確認するようなこともなく、沢田はすたすたと、廊下を歩いていった。
僕が、うずくまった姿勢から、なんとか立ち上がるよりも前に、角を折れて、その後ろ姿は見えなくなる。
「あ…悪魔みたいですね、まるで」
…カッターナイフではなく、ホッチキスの方を選択してくれたことを、幸運と受け取っておきましょうか。
先刻のように痛みを和らげるためでなく、頬の状態を確認するために、そっと、撫でる。
「・・・・・・・・・。」
よし。
大丈夫、貫通はしていない。
貫通していないということは、針は極端に変形していないということ…ほとんどコの字形の直角状態を保っているはず。
ならばそれほど抵抗なく、力任せに引き抜けるはず。
人差し指と親指で摘んで、一気に。
鋭い痛みに、鈍い味が加わった。
血が噴き出したらしい。
「…くあぁ…」
大丈夫。
この程度なら―僕は大丈夫。
「ん?六道、まだいたの。」
と、応接室から恭弥君が出てきた。
どうやら作業は終わったらしい。
ちょっと遅い。
いや、ナイスタイミングというべきかもしれない。
「何してるの君?沢田綱吉の教室に行くじゃなかったの」
訝しそうに言う恭弥君。
だが、何も悟っていない風だった。
壁一枚向こう側―そう、全く、こんな薄い、壁一枚向こう側。
それなのに、『あの』風紀委員張に全く悟らせずに、あれだけの荒業をやってのけた沢田綱吉、やはり―只者ではない。
「?六―」
「沢田のところへは―これから行くんです」
そう言って。
僕はそう言って、恭弥君の脇を抜けるように、一息に、駆け出した。
「こら六道!廊下を走らないでよ、咬み殺すよ!!」と後ろから恭弥君の、そんな声が聞こえたが、当然のように黙殺する。
走る。
とにかく走る。
角を折れたところで、階段。
ここは四階。
まだ、そう離れていないはずだ。
マフィア。
マフィアと―彼は言った。
「こっちじゃ、なくて―こっちですね」
まさか今から、横に折れたりはしないでしょう。
追いかけてくると思っているわけもない、素直に縦に、校門に向かっているはず。
部活も、どうせ帰宅部に決まっている、仮になんらかの部活に所属していたとしても、
こんな時間から始まる部活なんてあり得ない。
そう決め付けて、僕は3階から二階へ、躊躇無く、階段を降りる。飛び降りる。
そして二階から一階への踊り場。
沢田綱吉は、そこにいた。
どたばた音をさせながら、転がるように追いかけたのだ、既に察していたのだろう、
こちらに背は向けているものの、既に、振り返っている。
冷めた目で。
「……呆れたな」
そう言う。
「いや、ここは素直に驚いたというべきだな。あれだけのことをされておいて、
すぐに反抗精神を立ち上げることが出来たのなんて、覚えている限りアンタが初めてだよ、六道さん」
「初めてって…」
他でもやってたんですか。
百日の説法とか言ってたくせに。
本当に悪魔なのかもしれない。
「それに、口の中の痛みって、そう簡単に回復するようなものじゃないはずなんだけど。
普通、十分はその場から動けないのに」
経験者のセリフだった。
怖過ぎる。
「まぁいい。分かった。分かったよ、六道さん。
『やられたらやり返す』というその態度は俺の正義に反するものじゃあない。だからその覚悟があるというのなら」
沢田はそう言って。
両腕を左右に広げた。
「戦争を、しようじゃないか」
あの時見た、いや、それ以上の炎が、みるみる沢田の手で生成されていく。
見るだけで溶けてしまいそうな、燃えてしまいそうな、いっそキラキラと、神々しく輝くかのように。
「ち…違います、違います!戦争はしません!!!」
「……しないのか。なぁんだ。」
どこか残念そうな響きだった。
しかし広げた両腕は、まだ収めない。
人体発火のそれとも違う、沢田の手から立ち上る奇妙な炎は、未だきらめいたままだ。
「じゃあ何の用だ」
「ひょっとしたら、なんですが」
僕は言った。
「君の、力になれるかもしれないと、思って」
「力に?」
心底――
馬鹿にしたように、彼は、せせら笑った。
いや、怒ったのかもしれない。
「ふざけるな。安い同情は真っ平だと言ったはずだ。アンタに何が出来るっていうんだよ。
黙って、気を払わないでいてくれたらそれでいいんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「優しさも――敵対行動とみなすぞ」
言って。
彼は一段、階段を昇った。
本気だろう。
躊躇しない性格であることは、先程のやりとりで、もうわかり過ぎるほどわかっている。嫌というほどに。
だから。
だから僕は何も言わず、ぐい、と、自分の唇の端に指を引っ掛けて、頬を伸ばして見せた。
右手の指で、右頬を。
自然、右頬内側が、晒される。
「―――え?」
それを見て、さすがの沢田も、驚いたようだった。
シュウウウと、まるで水をかけたか何かのように、両手から発せられていた橙色の炎が消えていく。
「お前―――それって、どういう」
問われるまでもない。
そう。
血の味も、既にしない。
沢田綱吉がホッチキスでつけた口の中の傷は、既に跡形も無く、治ってしまっていた。
2009/12/29
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