若州人形座について

若州人形座(じゃくしゅうにんぎょうざ)は、
作家の水上勉が設立した福井県大飯郡の
若州一滴文庫(じゃくしゅういってきぶんこ)
文化活動の一環として旗揚げされ、若州一滴文庫くるま椅子劇場ほか、
全国各地で様々な竹人形文楽を上演してきました。

2001年・京都の画廊ギャラリーテラでの公演以降、
現在巡演中の『はなれ瞽女おりん』『曾根崎心中』『越前竹人形』の
3作品は、飛鳥井かゞりが、語りをはじめ全ての登場人物の声を一人で担当し、
動くのは人形や影、仮面等という形で上演しています。
『五番町夕霧楼』は、これまでの作品とは少し趣向を変え、
飛鳥井演じる夕霧楼の女将かつ枝が、物語の進行役もつとめます。
登場する人形の声は飛鳥井が演じ分け、
片桐三左衛門と竹末甚造の二人は、仮面をつけた生身の人間が演じ、
人形と人間が共演する場面は、新たな見せ場ともなります。

竹の持つ力強さとしなやかさを併せ持った人形は、素朴であたたかく、
また、語り手と人形遣い手が時に三位一体となって、
竹人形がまるで生きているかのように動き、語り出します。
水上文学と竹人形が織りなす幽玄の世界は、
全国各地で高い評価をいただいています。

 
〒919-2116
 福井県大飯郡おおい町岡田33
  若州一滴文庫 (有)若州人形座
  TEL : 0770-77-1424 FAX:0770-77-2366


巡演中上演作品
 

『はなれ瞽女おりん』
    
    作:水上 勉  演出:幸 晃彦                  おりんチラシ

  ☆内容

大正中期、第一次世界大戦が終わり、シベリア出兵・米騒動という不況が世の中をおおった暗い時代──

瞽女(ごぜ)とは、集団で三味線を弾き、瞽女唄といわれる説教節に似た語り物などを唄って、諸方の瞽女宿を目指して旅をしてまわる、盲目の女旅芸人のことである。異性との交わりを厳しく禁ずるという瞽女の戒律を破ったために、一座からはずされ、一人で門付けをしなければならなかった者を「はなれ瞽女」という。
若狭の片田舎に生まれ、三歳で全盲になった柿崎りんは、越後・高田の瞽女屋敷に引き取られ芸を仕込まれ成長するが、ある祭りの夜、若い衆に手込めにされ、掟に従い、はなれ瞽女となった。
とある阿弥陀堂で、村の男に襲われるおりんを助けてくれた男は下駄職人を装うが、実はシベリア出兵を拒否した脱走兵だった。

だが、おりんは彼を兄のように慕って、一緒に旅を続ける……


 

 
『おりんが生きた世界は、暗くて何も見えない闇の世界だった。
けれど、おりんが心の目で見たものは、人の心であり、人の真実だった。
水上氏の『はなれ瞽女おりん』には、そんな見せかけや嘘を、鋭く突き刺すようなメッセージがある。
さまざまな情報が氾濫する今の世の中で、私たちが本当に大事なものは何か、
おりんが問いかけているような気がする。』
・・・幸晃彦(2003年パンフレットより)

 
 
 

『曾根崎心中』
    
    原作:近松門左衛門
    脚本:水上 勉   脚本・演出:幸 晃彦             曾根崎チラシ

  ☆内容

想いを寄せ合う天満屋の遊女お初と醤油屋の手代徳兵衛。
徳兵衛は叔父でもある店の主人が持ちかけた縁談を断るが、故郷の強欲な継母がその縁談の持参金を勝手に受け取り、その金を主人に返さなければ大阪から追い出されるはめに陥ってしまう。
やっとの思いで継母から取り戻したその大切な金を、徳兵衛は友人の油屋九平次に貸してしまう。しかし九平次は期日が来ても返さないばかりか、「金を借りた覚えはない」とうそぶき、逆に徳兵衛を町内衆の前でかたり呼ばわりして痛めつける。
金を騙し取られた上に恥をかかされた徳兵衛は、身の潔白を示すため死を覚悟して、天満屋にお初を訪ねる。
お初の手引きで徳兵衛が縁の下に身を潜めているところへ、現れた九平次が徳兵衛をさらに中傷する。お初は歯噛みする徳兵衛を足の先で押し鎮め、心中する覚悟を知らせる。
その夜、二人は秘かに店を抜け出し、来世では添おうと曾根崎の森へ向かうのだった。。。 
 
 
『竹人形文楽だから、原作どおり、観音詣りの前語りからやってみようと思った。
これまで殆どの曾根崎心中では、なぜか前語りを端折る慣習があって、残念に思われていたからだ。
浪速の霊場詣りを三十三番まで語ると、じつは導入部に登場する生玉神社の場が生きてくる。
お初が田舎の成金に花を買われて、一緒に参詣していて徳兵衛に出会う。
そこから悲劇の予兆が見える。
前語りはつまり、鈴の音を聞かせる効果があるように思う。
語り手の聞かせどころも生まれて、名調子で客をうならせてから、幕があいてようやく本題に入る。
原作者はここのところをもちろん計算にいれていただろう。
そこを尊重したかった。』
・・・水上勉(『竹人形文楽曾根崎心中』昭和62年立風書房より)

 
 
 
 

『越前竹人形』
    
    作:水上 勉   脚本・演出:幸 晃彦                越前竹人形チラシ   
 
  ☆内容

越前竹神村に、氏家喜助という竹細工師がいた。
母に早く死に別れ、一年前に父も逝き、偏屈者の喜助は村の衆を避けるように、竹細工仕事に精を出していた。
ある日、かつて父の情人であった芦原の娼婦玉枝が墓参りのため、喜助の孤独な住まいを訪ねる。
喜助は竹の精のように美しい玉枝に憧れ、その日から彼女に似た竹人形を作り始める。
やがて喜助はその竹人形を完成させ、玉枝と交流を深め、やがて彼女を竹神の家に迎える。
喜助の竹人形は『越前竹人形』と呼ばれ、評判になり、二人の幸せな日々はしばらく続くのだが、玉枝に母の姿を重ねる喜助は玉枝を抱くことが出来ない。
寂しく思っている玉枝の前に、娼妓時代のなじみ客で人形問屋の番頭崎山忠平が現れる。
崎山の登場によって、喜助と玉枝の運命は大きく変わっていく。。。。
 
 
『竹は不思議な植物である。根には根の、枝には枝の、幹には幹の別個の味があって、
肌の色もちがうし、硬さもちがう。皮にいたっては、まか不思議な模様がある。
これらの表情を人形の部分に生かすと、得もいえぬ表情が出る。
文楽人形や、あるいは、ぬいぐるみや、木目こみとちがった素朴さもふかく、
その人形がかもし出す芝居は、「越前竹人形」のような土着的作品ならなおさら向くように思えた。
きめのこまかい心配りももちろん遣い手によって工夫されてゆくものの、
竹自体が奏でる音のようなものが、その動きに参加する場合もあるし、
かえって無表情なところが、心理をふかめることもあって、いわくいいがたい人形芝居になり得ていた。』
・・・水上勉(『竹紙を漉く』平成13年文春新書より)

 
 
 

『五番町夕霧楼』
    
    原作:水上 勉
    脚本・演出:幸 晃彦             五番町チラシ

  ☆内容

昭和26年、戦災を受けた傷痕から這い上がろうと誰もが必死で生きていた頃、
京都五番町の遊郭『タ霧楼』の女将・かつ枝は、与謝半島樽泊で、貧しい木樵の娘・片桐夕子と出会う。
家族を養うために娼妓として働きたいという夕子を連れ帰ったかつ枝は、
夕子の水揚げを西陣帯の織元で顔役でもあった竹末甚造に頼んだ。
甚造に気に入られた夕子は、まわりの娼妓からもかわいがられ、日ごとに夕霧楼に馴染んでいく。
ある日、櫟田正順という学生が夕子を訪ねて来て、頻繁に夕霧楼に通うようになり、
夕子の身辺は大きく変化していく。
そして事件は起こった……。  
 
 
『五番町は、千本中立売から、わずかに西へ入った地点から、
下へ降りる筋を中心に、仁和寺街道をすぐ出水に至る廓の町である。
今日も、往時の町家はのこって、散策しても昔とまったく変わらぬ
四、五の妓楼の建物があるので、私には懐しい。
 この町に馴染むようになったのは、十八、九歳からで、
恥ついでにいえば、まだ衣笠山等持院に修行中の頃だった。
禅寺の小僧が、遊郭とかかわるといえば、ひんしゅくされねばならぬが、
私はそういう不良学生であり、破戒僧でもあったわけだから、
それをいま、かかわりがなかったというわけにゆかないのである。』
・・・水上勉(『私版 京都図絵』1986年福武文庫より)

 
 


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