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ラーメンマンは、漫画「キン肉マン」に登場するキャラクターで、中国代表という位置付けとなっている。彼について語る前に、彼の出自(ルーツ)である中国の歴史を軽く考えてみたい。
まず、彼の国は紀元前221年から、紀元後1912年の2133年間にわたり「皇帝」を頂点としていた。その後、「皇帝」は「大総統」、「国家主席」に取って替わられるのだが、これは1912年から今の2002年まで、わずか90年の出来事に過ぎない。伝統2000年と、現代100年足らず、どちらを中国の心の故郷と見るかは、比べるべくもないだろう。
中国最後の王朝は「大清」であり、その皇帝家は、姓を「アイシンギョロ(愛新覚羅)」と言った。アイシンギョロ家というのは、マンジュ(満洲/旧女真)人であり、元々は中国東北辺外にいた外民族の王家である。中国が「大明」の頃、彼らはまず1616年にマンジュ・グルン(満洲国)のハーン(王)となった。そして1636年、モンゴルの大ハーン(大元皇帝)を継承し、1644年に北京に入り中華皇帝をも兼ねた。その後、チベット仏教の最高施主としてチベットを保護下に置き、大元皇帝の戦いとして新彊部を統治した。ここにアイシンギョロ家は満蒙漢蔵回の五族を従え、広大な版図を実現するのである。
ここで注意すべきは、アイシンギョロ家は「皇帝」として五族を束ねたのではなく、満、蒙、漢、蔵、回の諸族に対して個別に君臨していた、というコトである。いわば「大清」はアイシンギョロ家を頂点とする「五重帝国」であったと言えるだろう。
1912年以降の中国の歩みは、この「五重帝国」を「漢人の国民国家」とする歩みであった。「大清」の一部であった「漢」勢力が、「大清」の全てを我が物とする試みが、中華民国であり、中華人民共和国であったのである。その結果が、モンゴル国の離脱独立であり、チベットや新彊ウイグル自治区の独立運動といった軋轢を産んだコトは歴史に記されるとおりである。
ここで我々は改めてラーメンマンを省みなければならない。彼のスタイルを見るが良い。
あの髪型。「弁髪」と言って、まごうことなきマンジュの正統な民族スタイルに則っている。
そして額の「中」の文字。これこそは漢人である自負を周囲に雄弁に物語る姿勢の表明と言って良いだろう。
また、彼の名に冠された「ラーメン」。麦を麺として食べる習俗は「大元」、つまりモンゴル以降の食文化であり、自らの生活規範の拠り所を明らかにするものだろう。
しかも彼は、身分を隠して行動する時、肉襦袢を着、マスクを被って、こう名乗るのだ。「モンゴルマン」と。彼の血肉には明らかにモンゴルを示す要素を看取できる。
(食生活と言えば、ラーメンマンはブロッケンマンを食べてしまったのだが、これは「水滸」に著名で、かつ文化大革命時にも見られた漢人の食人文化を正統に継承したものだろう。以上余説。)
残念ながらチベットを示唆する要因は、まだ見えて来ないのだが、このヒントは漫画「闘将!拉麺男」の中に籠められているのではないか、そんな予感を(確信にも似た思いで)感じているところだ。
現代の中国は、「大清」の継承にあたり国民国家を目指すことで、様々な軋轢を内包している。しかし、ラーメンマンを見るがいい。一身に五族のスタイルを取り入れ、あるべき中国の、中国人の有り様を説いているかの如くではないか。
そのラーメンマンが、「中国代表」として超人オリンピックという国際舞台に出場している。これは、中国人自身が国民国家からの変革を意識し、さらなる進化と発展を指向する証左とは言えないだろうか。
言えません。
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