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国民の祝日のルーツ


沿革とゆーか、目次とゆーか。

国民の祝日に関する法律 昭和23年 法律第178号 S23.7.20施行
日付祝日備考
01/01元日 
01/15成人の日 
(02/11)建国記念の日昭和41年法律第86号(S41.6.25施行)により設置。
なお、日付は昭和41年政令第376号「建国記念の日となる日を定める政令」による。
春分日春分の日 
04/29みどりの日平成元年法律第5号(H1.2.17施行)により設置。旧「天皇誕生日」。
05/03憲法記念日 
05/05こどもの日 
07/20海の日平成7年法律第22号(H8.1.1施行)により設置。
09/15敬老の日昭和41年法律第86号(S41.6.25施行)により設置。
秋分日秋分の日 
10/10体育の日昭和41年法律第86号(S41.6.25施行)により設置。
11/03文化の日 
11/23勤労感謝の日 
12/23天皇誕生日平成元年法律第5号(H1.2.17施行)により設置。

(参考)帝国憲法下の休日
日付明治6年
太政官布告第344号
年中祭日祝日ノ
休暇日ヲ定ム
大正元年
勅令第19号
休日ニ関スル件
昭和2年
勅令第25号
休日ニ関スル件
備考
01/03元始祭元始祭元始祭
01/05新年宴会新年宴会新年宴会
01/30孝明天皇祭  
02/11紀元節紀元節紀元節建国記念の日
04/03神武天皇祭神武天皇祭神武天皇祭
04/29  天長節みどりの日
07/30 明治天皇祭 
08/31 天長節 
10/17神嘗祭神嘗祭神嘗祭明治12年太政官布告第27号「神嘗祭日変更」で9/17から異動。
10/31 天長節祝日 大正2年勅令第259号の勅令改正により設置。
11/03天長節 明治節文化の日
11/23新嘗祭新嘗祭新嘗祭勤労感謝の日
12/25  大正天皇祭
春分日春季皇靈祭春季皇靈祭春季皇靈祭明治11年太政官布告第23号「春秋二季祭日追加」で設置。
春分の日
秋分日秋季皇靈祭秋季皇靈祭秋季皇靈祭明治11年太政官布告第23号「春秋二季祭日追加」で設置。
秋分の日

 祝日に関する規定が明治初頭でなく、6年となっているのは、「暦法ヲ改ムルノ詔」(明治5年11月9日)に伴う太政官布告(明治5年太政官布告第337号)で、明治6年元日からグレゴリウス暦が導入されたためと思われます。以降、改元の都度、全部改正される形をとりました。


元日(1月1日)

 国民の祝日に関する法律(以下「祝日法」)第2条に「年のはじめを祝う。」と主旨が説明されている。
 戦前は「四方拝」として四大節(他「紀元節」「天長節」「明治節」)の一つでした。宮中では元日の節会が催されましたが、何故か布告/勅令で法定されてはいませんでした。ちなみに「元旦」は「元日の朝」の意。
 宮中行事としての四方拝は現在も元日に催されている様です。

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成人の日(1月第2月曜日)

 祝日法第2条には「おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。」と説明されている。
 敗戦直後の昭和21年、埼玉県蕨市の青年団が開催した「成年式」が評判を呼び、国の行事として採用され祝日となった経緯を持つ。
 なお、蕨市の「成年式」は昭和21年11月22日に開催されているが全国行事化するに当たり、正月望月(太陰太陽暦)の元服儀礼になぞらえて1月15日と定められた。
 しかし、歴史的裏付けがなかったためか浸透が遅れ、文部省は二度に渡って行事の開催を市町村に促したそうだ。
 このように暦日の設定に厳密な出自を持たなかったせいか、体育の日と並んで真っ先にハッピーマンデーの餌食になった。(平成10年改正、12年施行)
 ちなみに、20歳から成年と定めたのは明治政府。徴兵して即戦力になる年齢として規定したという。

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建国記念の日(2月11日)

 祝日法第2条には「建国をしのび、国を愛する心を養う。」とある。
 明治6年制定の「紀元節」に由来する。「紀元節」とは、「神日本磐余彦」(所謂「神武天皇」)の建国説話を記念したもの。
 記紀には元日の即位(建国)が伝えられているが、明治政府のグレゴリウス暦導入に際して同暦に換算され2月11日と定められた。
 昭和23年に廃止されるが、昭和41年の法改正で「建国記念の日」として復活している。
 なお、祝日法には「2月11日」との記載は無く、「政令で定める日」となっており、「紀元節の復活に反対する」などの一部世論との確執が反映されている様である。

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春分の日(春分日)

 祝日法第2条には「自然をたたえ、生物をいつくしむ。」とある。
 二十四節気の春分、春の彼岸の中日に由来する。古くから先祖供養の風習が伝えられ、明治以降に宮中行事として春季皇霊祭が催されて祝日となった。(皇霊祭は宮中行事として現存。)
 春分日がいつかは年によって(太陽の運行に応じて)異なっており(3/21頃)、国立天文台からの情報に基づいて前年2月1日付の官報で公表されるそうです。
 前身は明治11年設置の「春季皇霊祭」。

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みどりの日(4月29日)

 昭和天皇の誕生日に由来する。昭和2年に「天長節」としてスタートし、昭和23年に「天皇誕生日」となった。
 昭和64年(平成元年)の昭和帝崩御に際し、余暇の拡充を目指す機運に「60年にわたり祝日であった4/29を祝日のまま残そう」という政治的配慮が働き、「天皇誕生日」に代わる祝日として「みどりの日」が設定されたと記憶している。
 先帝陛下の私人としての功績と人柄を偲び、祝日法第2条には「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。」と記載され、現在に至る。

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憲法記念日(5月3日)

 祝日法第2条に「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。」とあるとおり、憲法施行を記念して設置されました。

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こどもの日(5月5日)

 祝日法第2条には「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」とある。
 五節句の一つ、端午の節句に由来する。江戸時代以降、「男の子の節句」として祝われるようになり、その延長として制定されたのだろう。
 残る四つの節句1/7(人日)、3/3(上巳)、7/7(七夕)、9/9(重陽)は祝日になっていない。「女の子の節句」として祝われるようになった上巳の節句の立場はドコへ・・・。

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海の日(7月第3月曜日)

 祝日法第2条には「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う。」とある。平成7年制定。当初は7月20日。
 6〜8月の長期祝日不在を解消すべく、平成7年の法改正で「海の記念日(昭和16年制定)」が格上げされたものです。(施行は8年から。)
 なお、「海の記念日」は、明治天皇が明治9年東北ご巡幸の帰途、灯台視察船「明治丸」で、青森から函館を経て横浜にご安着された日に由来する。

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敬老の日(9月第3月曜日)

 祝日法第2条には「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。」とある。昭和41年制定。当初は9月15日。
 前身は昭和22年に兵庫県多可郡野間谷村(現多可郡八千代町)村長が定めた「としよりの日」。昭和25年の兵庫県での「としよりの日」制定以後全国化が進み、老人福祉法(昭和38年法律第133号)にて「老人の日」として国民的な記念日となりました。で、41年に「敬老の日」として国民の祝日に格上げされる、と。
 ハッピーマンデーの餌食となった後は、老人福祉法も改正され、9/15の「老人の日」が復活。新たに「老人週間」も設定され、福祉活動の普及啓発に努める意向の様です。
 なお、9月15日を敬老の祝日とした、そもそもの理由については、聖徳太子がどうとか、養老乃瀧がどうとか、複数の説があるようです。

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秋分の日(秋分日)

 祝日法第2条には「祖先をうやまい、なくなつた人々をしのぶ。」とある。
 二十四節気の秋分、秋の彼岸の中日に由来する。古くから先祖供養の風習が伝えられ、明治以降に宮中行事として秋季皇霊祭が催されて祝日となった。(皇霊祭は宮中行事として現存。)
 秋分日がいつかは年によって(太陽の運行に応じて)異なっており(3/21頃)、国立天文台からの情報に基づいて前年2月1日付の官報で公表されるそうです。
 前身は明治11年設置の「秋季皇霊祭」。

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体育の日(10月第2月曜日)

 祝日法第2条には「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう。」とある。昭和41年制定。当初は10月10日。
 昭和39年に東京五輪の開会式が催された事に由来。
 平成10年の法改正で真っ先にハッピーマンデーの餌食になったのは、「東京」という特定地域に根差した祝日であったためだろう。(施行は平成12年)

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文化の日(11月3日)

 祝日法第2条には「自由と平和を愛し、文化をすすめる。」とある。
 明治天皇の誕生日に由来する。
 明治6年に「天長節」と規定され、大正年間は廃止(代わって崩御の7月30日が「明治天皇祭」に)。昭和2年に「明治節」として復活して、昭和23年に「文化の日」となった。
 いちおう、日本国憲法の公布(昭和21年)を祝う日でもあるのだが、明治節を狙って公布された可能性や、明治からの祝日の連続性を考慮すれば、明治節の継嗣と見なすのが自然だろう。(「文化の日」を「明治の日」に改称しよう、という運動もあるしね。「昭和の日」ほどメジャーじゃないケド。)

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勤労感謝の日(11月23日)

 祝日法第2条には「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。」とある。
 宮中祭祀の一つ「新嘗祭」に由来する。新嘗祭は、天皇が新穀を神に捧げ、自らも食する儀式で、古くは陰暦11月の下の卯の日に行われた。1463年を最後に1786年の再興まで中絶している。(一時、1740年から1778年にも再興された。)
 明治6年に11月23日が「新嘗祭」と規定され、昭和23年に「勤労感謝の日」となって現在に至る。元が農業従事者の成果物を嘉する神事であるため、これを農耕に限らず、勤労者の勤労を嘉する様に拡大解釈したものと思われる。
 宮中行事としての新嘗祭は現在も催されている様です。

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天皇誕生日(12月23日)

 祝日法第2条には「天皇の誕生日を祝う。」とある。
 平成元年の改元に伴って法改正された。
 戦前、陛下の誕生日に催された宮中行事「天長祭」は、現在でも催されている様です。

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