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8月24日の鈴木宗男議員の発言に思う


こうして見た時に、どうも8月24日の鈴木氏の言い分がわからない。まず"ethnic"は名詞では無いため、これだけで既に理解が難しい。"ethnic-groupe"と理解して良いだろうか。敢えて言えば「民族集団」、一般には「少数民族」の意となる。日本での「エスニック研究所」などは少数民族研究をやっているらしいので、「少数民族」の意味で考えよう。しかし日本人、パキスタン人は少数民族ではない。仕方がないので「民族集団」と考えて良いだろうか。だがこの場合、"nation"との違いがわからない。アタシに英語の素養が無いからだろうか。

そもそも「民族」とは何か。18世紀に国民国家(nation state)が誕生した時、「生まれ」を意味する"nation"が"state"の主体と定義付けられ、これを日本で「国民」と訳した。しかし国家を持たない"nation"を「国民」と訳せなかったため、「民族」の語が生まれた。私はそう認識している。

だいぶ歪んだ認識かも知れないが、民族紛争の多くが分離・独立つまり国家獲得の運動であることを思えば、"nation"=「国民」及び「国家の無い国民」という認識も間違いじゃ無い気がしてくる。

不用意に「民族紛争」という語を使ってしまった。"ethnic-cleansing"は「民族浄化」と訳されるし、"ethnic-conflict"も「民族紛争」と訳される。やはり"ethnic"は「民族」と訳せるのか。こうなると"ethnic"と"nation"の差異を明確にしなければ、議論の進めようも無い。

つまり、鈴木宗男氏は何が言いたかったんだろう。

平沼氏の言い換えも、直接言い換えると「日本ほどレベルの高い日本国民で詰まった国はない」と謎の文章ができあがるが、まぁこれは「日本ほどレベルの高い国民を有する国はない」と意味を汲み取れる。これなら少数派のethnic-groupeにも配慮された表現だ。

鈴木氏の発言は「「一国家、一言語、一民族」の「民族」は"nation"であり、"ethnic-groupe"に意見される筋合いは無い」と聞こえるのだが、そうすると"nation"としてのアイヌ民族は完全に否定される事になる。それで構わないのだろうか。そもそも「一言語」という宣言もアイヌの言語を認めていない発言ではないか。

鈴木氏は語学堪能なのかも知れないが、日本語に直したときに、少数民族問題というデリケートな部分に触れてしまったのだから、「不幸な行き違い」を謝って然るべきと思う。そうでなければ、英語を解さない私にもわかるような"nation"と"ethnic"の説明が欲しい。

"nation"と"ethnic"が「民族」と訳されるに至った経緯だけでも分かれば、もう少し鈴木宗男氏の真意に近づけるような気がしているのだが、どうだろうか。ご本人は忙しいと思うので、秘書の方でも一向に構わないので是非御教授をお願いしたいものである。


その後の本件(2002.03.11記)

 この後、10/25に正式にウタリ協会が平沼氏と鈴木氏に抗議。翌26日、平沼氏は陳謝するコメントを出した。(この時「謝罪ではなく陳謝である」という注意書きも併せて出されている。)
 鈴木氏は差別問題の存在を聞くと驚きを隠さず、「今回は抗議ではなく、話し合いだと受け止めている」とのコメントを残した。どうやら陳謝もおわびも無かったらしい。

 翌年3月に次の動きが起きた。事件の当時から国連の人種差別撤廃会議(人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に対する世界会議/WCAR,2001.08.31〜09.07,南アフリカ)にウタリ協会が代表を送れなかったニュースは聞いていたが、この問題がぶり返した。協会執行部が政府寄りと批判されて8/7で解任されたのですが、外務省は旧執行部を同行させる段取りであり、新執行部については同行を拒否した、というワケです。おそらく協会として、でなく、個人として同行を認める書類を作り、氏名が異なるから、と新執行部を排除したのでしょう。(推測)
 で、この件も実は鈴木宗男議員の差し金だったんじゃないか、とウタリ協会側が調査する意向を固めた(2002.03.02)とか。


参考までに当事者のページを紹介しておくが、残念ながら本件についてのコメントは掲載されていない様である。

参考リンク衆議院議員鈴木宗男北海道ウタリ協会
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