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タリバーン


「イスラーム神学生」の意。アフガニスタンからソ連が撤収した後の混乱の中で台頭した、イスラーム原理主義を標榜する勢力。実質的にアフガニスタンを代表する政府だが、国際的には承認されていない。

アフガニスタンは、ソ連撤退以後、軍閥(ムジャーヒディーン)各派の内戦で実質的な無政府状態となり、殺人、レイプ、強盗、汚職等が横行したそうだが、タリバーンはイスラーム法を厳格に適用することで治安を回復し支持を得た経緯を持つ。

国土の9割を統治下に置いたが、厳格なイスラーム体制の実施は女性差別、公開処刑などを含むものであり、「人権侵害」の非難を浴び正式な政権として承認されない状態が続いていた。また国内でも厳格過ぎる統治には不満の声が挙がっているとも言われる。

ちなみに、現在、女性差別と言われる事項は、イスラーム法が成立した7世紀にあっては、社会扶助として不可欠な機能を有していた。7世紀の社会扶助規定を「厳格に」施行するタリバーンの側に問題があると言えるだろう。イスラーム法は決して硬直した不磨の大典では無く、常に高位聖職者(=法学者)が法解釈を行う余地を残した、柔軟な体系なのである。「イスラーム社会=人権侵害」という認識は必ずしも正しくない。

尤も、人権侵害の批判を恐れて「厳格」に例外を認めることは、タリバーンとしてのレーゾンデートルの崩壊に結び付くことは指摘しておきたい。「イスラーム体制の厳格な実施」こそが彼らが支持された看板なのだから。

なお、2001年9月11日のWTCビル爆破テロに関連して22日にUAE、25日にサウジアラビアが相次いで断交しており、唯一国交のあったパキスタンも、10月7日からのステイツ、U.K.による空爆と11月13日のカブール失陥を経て、19日に「政権は崩壊しており、承認しているとはいえない」と事実上の断交を認め、政権としての位置を全く失っている。

01.10.03作成/最終段落09.01.07更新


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