Cosmopolitan Cowboys

Motive
ハル宮沢が98年「イアン・デューリー」を観に行ったロンドンでアイリッシュスタウトとアイルランド音楽に感応し 「美味いビールといかした音楽があれば人生8割はOK」と思うに至り、バンドの構想を得る。 どうせなら「アイリシュ〜カントリー〜テックスメックス〜ニューオリンズ〜日本」を飲み込んでやろうと 2001年、コスモポリタン・カウボーイズが誕生する。

Situation
ハル宮沢に「なんでカヴァーばっかやるの?」と質問したら「良い曲だからみんなに聞かせたい」と迷いなく即答された。
それは、しかし、おそらく動機のひとつに過ぎない。
彼からパブロックがやりたいという言葉を最初に聞いてから10年近くたつと思う。
一日の仕事を終えたOLや中年やティーンエイジャーが、安い酒を飲みながら、それぞれの肩書きを脱いで自分を自然に表現できるような場をつくりたいと言っていた。
カウボーイズが結成されるのはそれから数年後のことで、小さなライブハウスでテンガロンハットをかぶって下世話なMCと下世話なアレンジで古典の名曲を演奏していた。 客は笑っていたし酔っていて、曲間も演奏中もかまわずバーカウンターへ酒を追加オーダーしに行った。
演奏には皮肉があり挑発があり、別れの切なさがあり、かなわない愛のもどかしさがあった。 あきらめや絶望すらあった。それらはストレートに、或いは反転して笑いや興奮や脱力を客に伝えていた。
カウボーイズのレパートリーは全て日本語で歌われている。
カヴァー曲は、ハル宮沢がオリジナルの歌詞を書いて、腕におぼえのある演奏者たちと、まるで古典落語を新鮮な解釈でやるように演奏している。
ハル宮沢の名前が音楽シーンに登場したのは、東京ロッカーズ第二世代と目されたパラフレイズを率いてからだ。 あれから幾多の音楽国境を越えて今、カウボーイズのフロントマンとしてハル宮沢はここにいる。「旅はつらいけれど泣くんじゃない」と歌っている。
「ロック、ロックのかけ声だけじゃガキもだませやしないぜ」とJYAGATARAのアケミは歌った。
カウボーイズの音楽に、かけ声はない。現実があるだけだ。
凡庸な日常の連続には、活力を奪い去る凶暴性がある。
それを利用しようとする政治がある。
カウボーイズは、凡庸の連続に対抗し得るひそやかな光を探り当てようとしている。 政治的にならないことで政治との取引を拒否している。
反逆し、笑いのめし、怠惰と絶望に抗いながら、旅路は続いている。    文責:牛田彦一

Music
◆極東=場末のヒルビリーたちが奏でるカントリー&ナポリタン→ J カントリーの誕生か!?
グラム・パーソンズ没後33年――コスモポリタン・カウボーイズと聞いて、 インターナショナル・サブマリン・バンドを思い浮かべた全国約15人及びその他大勢のカントリー・ロックファンのみなさん!!!    パンク〜ニュー・ウェーブ>>>フリージャズ>>>ラテン>>>パブ・ロック  30年(四捨五入すれば)になろうとする音楽遍歴の末に、巡礼者ハル宮沢はカントリー・ロックにたどり着いたのであった。  ナニゆえか?  本作からは様々な音楽的要素・モチーフを聴き取ることが可能である。  C&W、ブルー・グラス、ニュー・オーリンズ、スワンプ、テックス・メックス、アイリッシュ・トラッド、  日本語のふぉ〜くとろっく。  C&Wの中でも、とりわけ1950年代に隆盛したホンキー・トンク・サウンドがバンドの屋台骨となっているようだ。  ホンキー・トンク・サウンドの立役者といえば、夭折した鬼才ハンク・ウィリアムズ、その人である。
ハル宮沢に訊いてみよう。
 <ハンクの音楽はシンプルだけどある意味すごく洗練されてる気がします。  これは私にとってチャック・ベリーを聞いた時と同じ様な衝撃でした。スリーコードなのに広がりを感じる>
 <“I SAW THE LIGHT”の訳詞を読んだ時、これぞ私が歌うべき歌ではないかと、思いました>
ハルの話は続く。
 <そしてある晩寝ていると、枕もとでギターをもったハンクが現れ何曲か唄っていったのです>
本作では4曲(ZANGIRI ROCKを含む)がハンクの作品であり、他にもハンク・スタイルの作品が見受けられ(聴き取れ)、 ある意味ハンク・ウィリアムズ・トリビュート・アルバムの趣がある。 音楽に取り組む姿勢は、ライ・クーダーらに通じるそれであり、学究的な部分もあるが、元来のサイケ趣味(ジミヘン)、 諧謔精神(談志)、サービス精神(三平)も加味され、マニア向けであると同時に広く音楽ファンにひらかれた魅力をたたえている (いま気付いたのだが、ハル宮沢の表現の質は、なぎらけんいちに似ている。そういえば、なぎらもカントリーを演っていた)。 “I SAW THE LIGHT”で天啓(カントリーを演れ!)を受けた場末のヒルビリーが、国境の南を彷徨い、各地を巡礼し、 子守唄を聴きながら故郷の芝生に触れる。ハッピーエンドかと思いきや、最後の曲(13)は、処刑台(13階段)にむかう男が 故郷に思いを馳せるうたなのであった。ハルのうたいぶりもふさわしいものとなっている。 明るく公序良俗なこの“ニッポン低国”(©竹中労)に暮らす違和感、ったく泣きたいほど淋しいけど、 時がすべてを解決してくれることなんてないんだぜ。
とにかく、“まだ何も始まっちゃいないぜ”
ひとまず、コスモポリタン・カウボーイズのライブに足を運んでくれ!    文責:よしざわよしたか