Daidougei-Ajia-Geppou  ・発行・浅草雑芸団                          通巻301号 毎月1回発行    201612月1日発行

http://www.k4.dion.ne.jp/~daiajia                                      郵便振替=00100−3−749814  名義「上島敏昭」

■大道芸案内

主な大道芸スポット(土・日・祝日など、通年大道芸が見られるポイント)

■大阪・天保山海遊館広場    ■お台場・デックス東京ビーチ■クインズスクエア横浜at! www.studioeggs.com   ■名古屋・大須ふれあい広場

■ヨコハマ大道芸(山下公園、グランモール公園、ジャックモール)http://daidogei.jp/event 

■東京都ヘブンアーティストwww.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/   ■大阪パフォーマーライセンス http://www.osaka-performer.com/   

■江ノ島大道芸http://www.fujisawa-kanko.jp/alacarte.html   ■南町田グランベリーモールhttp://www.grandberrymall.com

■しずおか大道芸の街http://shimarukai.org/

★浅草雑芸団の旅

 ♦井の頭自然文化園   1月2日(日)1100

 ♦はるこま七福神めぐり 1月3日(月)1000より七福神めぐり 1500より三囲神社奉納演芸会

 ♦すみだ郷土文化資料館 1月4日(火)1300

★今月の大道芸公演

△全国万歳フェスティバル in 安城  ○愛知県安城市民会館(安城市桜町18-28

  12月3(土)1230 

  記念講演・大村崑/安城の三河万歳保存会、伊勢万歳村田社中、伊予万歳別府双葉会、越前万歳保存会、尾張万歳保存会、加賀万歳保存会

△映画「にっぽんの、みせものやさん」奥谷洋一郎監督作品    ○Ksシネマ新宿(新宿区新宿3-35-13

  12月3(土)〜9(金)各日1020

  ¥1500(一般)/¥1300(高校・大学生)/¥1000(小・中・シニア)

△浦和調(つき)神社・十二日市    ○さいたま市浦和区調神社

  12月12(月)

△ながめくらしつ新作「心を置いて飛んでゆく」 http://nagamekurasitsu.com/  ○シアタートラム(世田谷パブリックシアター・1F

  12月16(金)1930 /17(土)14001800 /18(日)1400

  出演・目黒陽介、森田智博、宮野玲、長谷川愛実、谷口界、ハチロウ、中村愛由子、安岡あこ、鈴木仁、ほか

  前売り¥3500(一般)、¥1500(高校生以下)/当日¥4000(一般)¥2000(高校生以下)

  電話・03−5432−1515(世田谷パブリックシアター)

△年忘れバカまつり    ○古書カフェくしゃまんべ(北区豊島1-7-6-102

  12月23(金)1900

  ¥2000(ワンドリンク別)

△静岡クリスマス大道芸 https://www.facebook.com/events/221383104964758/?active_tab=about  ○静岡市葵区青葉シンボルロード

  12月23(金・祝)〜25(日)13002030

△伊勢大神楽・桑名増田神社・総舞 http://www.ise-daikagura.or.jp/  ○三重県桑名市太夫・増田神社境内

  12月24(土)1300ごろから1500ごろ

△さいたま新都心大道芸フェスティバル http://www.saitama-arena.co.jp/event/daidougei2017/  ○さいたま新都心駅周辺

  1月7(土)・8(日)

若林正の

食って極楽

豪華!赤坂の宴会〜北大路「赤坂茶寮」

先日、かつての劇団研究生の友人たちとの宴会があった。頻繁に会っている奴もいるが、ホントに四十年近くご無沙汰だったのもいて楽しい飲み会だった。会費五千円だったのに、稼ぎ頭の奴が差額を塩梅して赤坂で馴染みの料亭を押さえたと聞き、当日は少し緊張して向かった。

その名も「北大路・赤坂茶寮」。

日枝神社のすぐ近く、大きな暖簾と打ち水してある明るく広い間口の入り口に、五六人の仲居のお出迎え。思わず背筋を伸ばして入店する。勿論全て個室。入り口まで丁寧にエスコートしてくれて、安物のコートをお預かり頂き部屋に入ったが、ちょっとガッカリ。てか、狭いぞ!料亭というのというから広い部屋でゆったりと思ったら、八畳ほどに十二人の席。ま、勿論すし詰めではないけど一人一人のスペースは居酒屋並み。

トイレも減点。個室がひとつの朝顔がふたつでここは「庄や」か!肝心の料理は懐石で、一品ずつ出してくれる。仲居さんの対応も丁寧で、ここは感心するけど、味は…うーん? 懐石食べなれてる訳じゃないけど、だし汁は香りがないし刺身も新鮮とは思えない。量は勿論少ないので、ワタクシにはちょと物足りなかった。ま、宴会自体楽しかったからいいけどね。

ちなみにホントの費用は会費の3倍以上かかっていたらしい。

○身銭じゃたぶん行かない度〜マイナス5ワカ

大道芸・見たり・聞いたり・演じたり

☆その301

若宮丸漂流物語を聞いて

上島敏昭

 1126日、劇団文化座のアトリエで、ダメじゃん小出の掘り出し歴史探訪「若宮丸漂流物語」という催しが行われた。

若宮丸漂流物語というのは、サーカスのプロデューサーで研究家でもある大島幹彦が、石巻日日新聞に連載して発表したノンフィクション小説である。寛政年間、陸奥国石巻の千石船・若宮丸が嵐にあって遭難し、アリューシャン列島の島に漂着したのち、乗組員たちは、ロシアに移送され、皇帝の親書を添えられて日本へ送還された事件を描いている。船が遭難して外国に流れ着き、その後、その外国の船で帰国したという例は、ジョン万次郎や大黒屋光太夫などが有名で、当時、同じような事件がいくつかあったらしい。若宮丸もその一つで、アリューシャン列島に漂着し、シベリアを横断して首都のサンクトペテルブルグに送られ、皇帝に謁見して帰国したという点では、大黒屋光太夫と共通している。

大黒屋光太夫が遭難から約十年して帰国したのが、寛政四年(1782)。若宮丸の遭難は寛政五年だから、ほとんど入れ替わりに漂流したことになる。彼らの帰国は文化元年(1804)。漂泊期間は、光太夫より長い11年間ということになる。また光太夫が皇帝との謁見後、再びシベリアを横断し、オホーツクから根室に渡って帰国したのに対して、若宮丸の乗組員は、バルト海から大西洋を渡り、南アメリカ大陸の沿岸をまわって、太平洋に入り、ハワイにも立ち寄って、太平洋を横断し、カムチャッカ半島に着いた後、長崎に到着して帰国する。はからずも彼らは、最初に地球をひと回りした日本人となったのである。世界的な冒険物語であるばかりでなく、日本の外交史の上でも重要な出来事だが、あまり知られていなかった。

そこで、さらに研究を深めるため、また一般の人たちにもっと知ってもらおうというのが、大島の小説化であり、さらにダメじゃん小出の、この公演となったのだろう。これまでも石巻や東京の古書店などで、紙芝居形式で、一部分は公演している。今回は、漂流から帰国までを通して語る、初めての機会であるという。

昼夜二回公演。私は夜の部に出かけた。横浜の野毛シャーレとほぼ同じぐらいの広さで、一人で演ずるにはよい空間だ。

 スクリーンに解説用の図版を何回か投影すするが、基本的にはひとり語り。紙芝居だろうと思っていたのでちょっと意外だった。落語でいえばマクラとして、この公演にいたる経緯を簡単に説明して、いきなり物語に入った。

語りの主人公は、乗組員十数人の一人である津太夫という水主(かこ)で、彼をふくめて4人が帰国している。その津太夫が、帰国を果たして故郷に帰り、彼らの遭難を悼んで建立されていた石碑の前に佇んで、苦難の日々を思い出して涙するところから話が始まる。そしてその石碑を建立した、船主の米沢屋をはじめ、若宮丸の関係者家族たちに、その思い出を語りはじめる。その語りをわれわれも聞くのである。

公演時間1時間40分。休憩なし。たいへんな力演だった。

とても面白かったことは認めつつも、なんだかモヤモヤそしたもの、なんとなくすっきりしないところがあったことも事実で、今回はそれについて考えてみたい。

語りの芸能として、一般的には落語や講談がある。絵を使用すれば絵解き、あるいは紙芝居という形式もある。小出はそうした伝統的なスタイルではなく、立って、台本なども持たずに語った。主人公に扮する一人芝居ではない。あるときは出演者になり、あるときは客観的に解説するレポーターにもなる。いわば自由自在である。ときにはちょっとした小道具も使う。たとえば漂流場面に、浮遊するボールの手品を応用した手作りの漂流船を出して遭難シーンを見せる。その工夫が面白い。しかし落語や講談ほどは落ち着かない。これは物語を立って語る姿を見慣れていないせいかと思った。そこで帰りの電車で一緒になった演芸プロディーサーのKさんにそう話すと、立って語る人も、今は多いという。

たとえば、山田雅人などはとてもいいですよと教えてくれた。山田は永六輔さんもよく話題にしていたが、松井秀喜や川上哲治などの人物伝を語って評判がいい。つまり一人の人物に焦点をしぼって語っているのだろう。小出のように、ある場面では登場人物になったり、ある場面は解説したりする自由さは、あるいは逆に足もとが定まらないということなのかしれない。小出は毎年、鉄道ネタだけで公演を行っているが、その際、電車への思いを熱く語ったり、ときには電車に成り替わってしゃべったりもする。そうした電車ネタと同じスタンスで語ることもできるのかもしれない。

もう一つ、山田は人物伝を語るとき、徹底的に調査するらしい。たとえば松井秀樹の場合は、星稜高校や実家を訪ねるばかりか、家をから学校まで、朝に昼に晩に何度も歩いてみたりもしていると聞いた。つまり、自分の目で見、自分が調べた松井秀喜を、自分で語るのである。若宮丸のこの物語の場合、語りは小出だが、作者は大島である。小出は、大島の分身として語っているのだろうか。そうではなくて大島の原作を、小出が自分の感覚で客観的に捉え直して、語っているのか。どうもそのへんがはっきりしていないのではないのだろうか。

原作は、新聞に一年以上にわたって連載されたもので、かなり長く、語るためにはかなり大胆にテキストを刈り込んでいる。その刈り込み作業の段階で、語り手の位置が決められたと思うのだが、どのように脚色されたものなのだろう。私の希望をいえば、大島の原作を多少は離れてもいいから、大道芸人としての感覚でそれを読み込み、11年間も異国の地をさまよった若宮丸の乗組員の気持ちを推し量るような語りを作って欲しいと思う。

以前、永六輔さんがラジオで話していたことだが、語りという芸は、人前で百回以上話さないと本物にはならない。ようするにジャグリングやアクロバットに比べ、とても時間がかかる芸能なのである。

まちがいなく若宮丸物語は小出の財産となる演目だ。この語りを豊かなものにするには、理屈ではなく、どんどんいろいろなところで公演を重ねることが、一番だと思う。