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挿絵画家レジナルド・ダルビーと後任たちの話
3人目の画家レジナルド・ダルビー(1904〜1983)
The Thomas the Tank Engine Man: A Biography p.XIIより

「汽車のえほん」第1巻「三だいの機関車」は、当初ウィリアム・ミドルトンの挿絵で1945年に出版されました。下の絵がその初版本の挿絵です。私が予想していた物よりはずっとまともですが線が柔らかでメルヘンタッチなのがリアリストの牧師にはお気にめさなかったようです。オードリー牧師は出版社に画家の変更を相談しています。


The Thomas the Tank Engine Man: A Biography p.Xより
 後任の画家には、レジナルド・ペインが選ばれました。彼の挿絵を付けて第2巻「機関車トーマス」が出版されました。その際ペインは、ロンドン・ブライトン・アンド・サウスコースト鉄道の「クラスE2」をモデルにトーマスを描きました。今に伝わるトーマスの姿を与えたのは2代目のペインと言うことになります。残念ながらペインの挿絵は、あちこち調べていますが、今の所見る機会がありません。最近の原画の展覧会では最初の二人の画家の作品が一切展示無しなのは残念です。オードリー牧師は前任者ミドルトンの挿絵には、不満のあったようですが、実物をスケッチしリアルなペインの挿絵は精密で満足だったそうです。2冊の本は好評で、次に2巻の4話「トーマスときゅうえん列車」に出てきたジェームズに関する話を書くように出版社から依頼されました。
 1948年イギリスの鉄道が国有化された年に「赤い機関車ジェームズ」が3代目の挿絵担当レジナルド・ダルビーの絵で出版されました。当初は牧師のお気に入りだったレジナルド・ペインが挿絵担当する予定でしたが、同じ頃受けていた海軍関係の仕事で神経を病んでしまい担当できなくなり、編集者のエリック・マリオットがオードリー牧師の承諾を得ずに代理の画家として元空軍将校で商業デザイナーのダルビーを採用しました。しかし、実際に第3巻が出版されると大胆な色使いで親しみやすい絵柄のダルビーは人気を得、先の2冊が版を重ねる際にはダルビーの挿絵に差し替えられる事になりました。エリック・マリオットは「汽車のえほん」を大成功に導いた名編集者として名を上げました。ダルビーの描くゴードンの顔のモデルは彼だと伝えられています。

ところで、オードリー牧師の挿絵の指示書は、最初の二人から書かれていたようです。ペインを失って画家探しをする際には、この牧師の指示書の画をクリーンアップする事をオーディション代わりにやらせて、採用を決めたそうです。

以後ほぼ1年に1巻のペースで、オードリー牧師の文とダルビーの挿絵でシリーズは続刊していきました。しかし、鉄道に詳しいオードリー牧師は、ダルビーの挿絵には担当開始当初から、細部がいい加減で一貫性にも問題のあって不満がありました。牧師がその事で不満を述べれば、挿絵の打ち合わせは度々言い争いになり、ついに1958年出版の第11巻「ちびっこ機関車パーシー」を最後に、積年の確執からダルビーはこのシリーズの挿絵画家を辞職してしまいました。

左がオードリー牧師の挿絵指示用のイラスト、右はダルビーの完成画。いろいろと賛否両論のダルビーですが、こうしてみると「汽車の絵本」の人気の基礎を作ったと言うのは過言ではないような気がします。

The Thomas the Tank Engine Man: A Biography より
ダルビーの後任の画家たち

The Thomas the Tank Engine Man: A Biography p.XXI〜p.XXXより
ジョン・T・ケニー(1911〜1972)は、前任者のダルビーと同じレスターの出身で、「汽車のえほん」を担当する前からE・Jスレーター社の社員として、商業デザインやエドモンド・ウォードの挿絵の仕事をしていて、全くの新人ではありません。1957年にフリーになり、エドモンド・ウォードの絵本の挿絵の仕事に専念します。ダルビーの急な降板で4代目の挿絵画家になります。画風は、実物考証の確かなリアルなもので、オードリー牧師も満足でした。視力の低下を理由に第17巻をもって降板しましたが、晩年、馬の絵の展覧会を開いていて画業は続けていたようです。
ガンバー・エドワーズ(生年不詳)とピ−ター・エドワーズ(1934〜)は、夫婦で挿絵を担当しました。ガンバーはスウェーデン生まれで、舞台装置のデザインなどを手がけていました。ピ−ターはロンドン生まれのイラストレーターです。1956年に結婚して共同で仕事を始めました。ケニーの後任を探していたエリック・マリオットは、始めに妻のガンバー・エドワーズにオーディションとして「がんばりやの機関車」から第4話の初めの挿絵を描く事を命じ、ガンバーは限られた構図の中に5両の機関車を正確に描くのは、自分では出来ないと感じたようで、夫ピーター に描いてもらいました。牧師もマリオットも、この画の出来に満足し合格にしましたが、以後もっぱらピ−ターが挿絵を描き、背景などのアシストをガンバーが行う分業の構図が出来たようです。牧師はピーターの描く機関車をとても気に入っていましたが絵本の執筆そのものが終了したため自然に関係は終わりました。クリストファーの27巻からの新しい版元ハイネマン社は彼らの画風を好ましく思わなかったたため、以後は本シリーズの挿絵を担当していません。現在スウェーデン在住。
クライブ・スポング(1947〜)は、ダービー州のミックルオーバーで生まれ、6歳の頃から「汽車のえほん」を愛読していました。長じてダルビーやケニーと同じレスター・カレッジ・オブ・アートで美術を学ぶようになり、母校の先輩が好きな本の画家であることから当時から「汽車のえほん」の挿絵を意識していたそうです。クリストファーの27巻からの新シリーズの挿絵画家の最適任者としてハイネマン社に見出されましたが、どのような出会いがあったのか詳細は不明です。鮮やかな色彩とくっきりとした輪郭はダルビーのようであり、正確な描写はケニーのようでもあり、6代目でやっと最適任者を得た?ようです。以後41巻までの挿絵を担当し、いくつかの番外編の挿し絵なども描いています。
ダルビーの困った置き土産パーシー

汽車のえほんシリーズ各巻より
かわいいパーシーにはどの後任画家たちも困ったようです。ダルビーの様にサドルタンクをまん丸に描くと牧師に叱られます。
でも実車の様な馬の鞍のように描くとパーシーがかわいくありません。だから、なるべく描かないようにしているんだと感じます。
特にエドワーズ夫妻はパーシーを描かないようにしています。牧師はどんな指示を出していたんでしょう。

左上:辞任のきっかけになったダルビーの画。右上:4人目の画家ケニーの画。左下:ガンバー&ピーター・エドワーズの画、実際はほとんどピーターが描いていたらしい。
右下:スポングの画、ハット卿に髪の毛が・・・?。
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