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阿蘇市が宮城のがれき処理に協力へ

2012年4月21日

東日本大震災で被災した宮城県南三陸町が建設を計画しているがれきの処理プラント「木くず利用発電装置」の動力として、阿蘇市の温水プールで稼働中の「バイオマスガス化発電装置」のガスエンジンを長期貸与することが決まった。同市が20日、発表した。

発表によると、南三陸地区には、がれき約51万トンのほか、大量の津波堆積物がある。中でも南三陸町には木くずだけで10万4000トンが処理を待つ。このため、大手ゼネコンを中心とした共同企業体による処理施設建設が決定した。

同市は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託を受け、草や木くずをプラントで蒸し焼きにして発生させた可燃ガスを燃料とする「バイオマスガス化発電装置」をNEDO資金の4億5000万円で開発し、プールで稼働させている。

国内のバイオマスガス化発電装置のうち、草を燃料にできるのは同市のものだけで、木くずを利用できるものは同市と山口県、同県岩国市の施設の3か所しかない。

今回の貸与は、開発の際に協力した大阪市の工業炉業者が同企業体に提案した。エンジンの出力は毎時180キロ・ワット(4キロ・ワット使用の一般家庭の45軒分)で、建設される木くず利用発電装置2基のエンジンの一つを担うことになる。

バイオマスガス化発電装置開発にかかわった阿蘇市の職員は「現地の木くず処理が早く進み、南三陸町の基幹産業である水産業の振興に役立てればうれしい」と話している。

◆ コメント:

わたくしも含め日本人は忘れやすい民族なのだろうか。忘れてよいことと、忘れてはいけないことがあるものだ。3.11の被災地の瓦礫のことすでに忘れかけてはいないだろうか。放射能に汚染汚れた瓦礫はともかくとしてあの村や町の津波被害による瓦礫はどうなっているのだろうか。最近広域処理が必用な瓦礫の量が宮城県などにおいてはかなり予想を下回ることが明らかになり広域処理についても検討しなおすという。結構なことである。しかしまだまだ広域処理が必用なことはいうをまたない。

放射能に汚染された瓦礫はもとより、地震・津波による一般瓦礫の処理も、その引き受けに手を挙げた自治体もおおくあるにもかかわらず、一向に進むようすがない。進まないどころか調査が進むにつれ2倍、3倍となるともいわれている。とにかく瓦礫の処理が進まない限り復興の槌音は聞けないのである。

瓦礫処理の分担処理に協力を表明した自治体も受け入れ自治体の一部住民の反対でまだ受け入れができない状態でいる。住民の反対の声にも誤解もあるが行政、引いては無責任な政府の態度に一番の責任がある。住民側の誤解というのは瓦礫といえばすべて放射能に汚染されているという誤解である。処理されねばならない瓦礫の大半は放射能汚染とは関係のない瓦礫なのである。ただ瓦礫の運搬に汚染地帯を通過するからというのはそれは行き過ぎというものであろう。たしかに実際に瓦礫を処理するのは基礎自治体である市町村であるが、そこは政府と都道府県が十分なる説明をすべきところである。ただ単に形だけの要請を口にしているに過ぎないというのが偽らざる印象である。

たしかに瓦礫処理は形態こそことなれ迷惑施設と同じものであろう。好んで引き受けられるものではなかろう。しかしそれは共助の精神で乗り越えねばならない。あれほど共感された絆という言葉も時間とともに手垢のついた言葉となり使うのも憚られる言葉となりつつある。瓦礫処理の遅れは被災地の復興の足かせとなっているというだけではなく、時間が経つにつれ瓦礫処理が利権に変わりつつある。残念なことである。利権化する前に迅速な処理が必要なのである。

一般の瓦礫処理とは別に汚染瓦礫の処理はたしかに慎重にならざるをえない。それは当然のことである。汚染瓦礫の処理は一義的には原発を国策として推進してきた国、電力会社と受け入れた自治体の責任で処理するのが本来であろう。受け入れた自治体とそれを許可した都道府県の責任である。電力の消費地も応分の責任を負わねばならないような印象を与える福井県知事の発言はととんでもない言い掛かりといわざるをえない。だれも消費者は立地自治体にお願いしたわけではない。お願いしたのは電力会社であり、政府である。商品にたいする責任は生産者と生産地が負うべきものである。あの聞きなれた「直ちに人体に影響するものではない」というだけで汚染瓦礫の処理を国民が納得するわけがない。原発を受け入れた市町村と都道府県の地下に一時保管する以外にはない。それは立地自治体と政府、電力会社の責任である。汚染瓦礫の処理を引き受けてくれというには立地自治体にたいする保証と同じ程度の補助金をつけてお願いする以外にはなかろう。


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原発再稼働まず国が判断、地元合意前に…経産相

2012年3月8日(木)08:52

枝野経済産業相は7日、読売新聞のインタビューに応じ、定期検査で停止中の原子力発電所の再稼働について、地元に合意を求める前に、首相と経産相ら関係3閣僚が政治判断することを明らかにした。

政府が再稼働に責任をもつ姿勢を明確にする。また、東京電力に対する公的資金の注入についても、3分の2以上の議決権取得に改めて強い意欲を示した。

経産相は、関西電力大飯原子力発電所3、4号機(福井県おおい町)の再稼働に向けた手続きを前提にしている。他の原発の再稼働でも同様の手続きを踏むとみられる。大飯原発について、内閣府の原子力安全委員会が13日にもストレステスト(耐性検査)の結果に対する原子力安全・保安院の審査を「妥当」と判断する可能性がある。

福井県などは再稼働の前提として、国が姿勢を明確にすることを求めている。これについて経産相は、「地元から見れば当然だ。安全と安心が確認されれば、政府としての考えをきちんとまとめ相談する」と述べた。その上で、「地元の理解を得られたら再稼働の判断をやる。関係閣僚(の判断)は2段階必要だ」と述べた。首相、官房長官、経産相、原発相からなる関係閣僚会議で国の判断を出した上で、地元自治体の合意を求める。その後、再稼働について国が最終判断する。再稼働を判断する手続きを明確に示したのは初めてだ。

★ コメント:

枝野経済産業相は7日「定期検査で停止中の原子力発電所の再稼働について、地元に合意を求める前に、首相と経産相ら関係3閣僚が政治判断することを明らかにした」というのだがこれほど白々しい言葉はないであろう。原発再稼働への政治判断はすでに成されていることを国民は知っている。そのことは東電を一端破産処理することなく国民の税金を投入しようとすることに如実に表れている。

たしかに枝野経済産業相は税金を投入する限り一定の経営権を要求している。あまりにも当たり前のことではあるが、経産省が東電の経営に口をはさむことによって経産省の天下り先の確保・拡大を含む利権の拡大が政治家と産業界の利権保護とともに袖の下から見えている。この際政府の下すべき政治判断は脱原発であってほしいが少なくとも東電の破産と完全民営化、発送電分離の上での電力源の多様化であるはずだろう。

原発再稼働の基準としてストレステストによる安全性の確認を挙げているところにも再稼働ありきの姿勢が見て取れる。そもそもストレステストは安全性を担保するためにあるのではなく、弱点をあぶりだすためのテストなのである。

原発の再稼働へなぜ急ぐのか。政府は早々と福島原発事故の終息を宣言した。まだ原因の究明はおろか内部の検証すら不可能な状態にある。加えて放射能廃棄物の最終処理も決まっていないのである。100%の完全な廃棄物処理は無理としても現在の科学的知見による処理の目途を、たとえ将来の研究によって笑われるやもしれないものでも、立てる必要があるはずである。

政府が原発稼働を急ぐ理由は単純である。人によっては政・官・財の癒着を問題にすることもある。ないとは言えない財界にとって電力会社は高値で購入してくれる商売相手であり、自民党には4億超、民主党には電力労連から1億を超える献金と票が期待できる有り難い存在であるもとは間違いないからである。しかしそれ以上に原発依存を急ぐ理由は国のエネルギー政策の欠如である。それと一部推進科学者の趣味である。さらにその背後に、決して表立っては言わないが、核兵器保有能力だけは持っておきたいという中曽根元首相以来の潜在的意図が隠されているからである。

つぎに「原発再稼働まず国が判断、地元合意前に…経産相」という点を少し問題にしておこう。滋賀の嘉田知事が合意を求められる地元であることを視聴した。京都・大阪の水瓶の安全を守る滋賀県としてはあまりにも当たり前の要求、要求というより政府に地元としての権利を主張するのは義務である。政府のいう地元は実に恣意的であるのがこれまでの政権与党の習性である。計画実現のためには都合のよい地元を広くも、狭くも定義してその地元に媚を売る形で事業を進めてきたのである。沖縄の基地問題しかり。八ッ場ダムの下流域問題しかり。今回の原発サイトの問題しかりである。地元という言葉が使われるとき誰が何の目的のために使っているのか要注意というところである。地元が了承したというとき事故や不都合が発生したとき責任の一端も負わねばならないということを考えるのも必要であろう。たとえば原発誘致した自治体つまり地元は、電力会社に騙された気の毒な自治体であるとしても、周辺自治体にたいしては加害者であることを自覚すべきであろう。


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猪瀬副知事、中部電に都庁舎への電力供給打診

読売新聞 2月25日(土)13時0分配信

東京都の猪瀬直樹副知事が中部電力(名古屋市)に対し、新宿区の都庁舎へ電力供給が可能かどうかを打診していたことがわかった。

都は東京電力が打ち出した電気料金の値上げ方針に反対しており、東電をけん制する狙いもあると見られる。

都が中部電力から購入を検討しているのは、都庁舎で使用される電力約1万1000キロ・ワットのうち、約8000キロ・ワット分。都ではこれまで電力供給を東電に依存してきたが、東日本大震災後に電力不足に陥ったことから購入先の多様化を模索しており、既に約3000キロ・ワット分は東京ガス子会社から供給を受けることを決めている。

ただ、中部電力から東電管内へは周波数を変換した上で、「連系線」と呼ばれる送電線を通じて最大約100万キロ・ワットしか融通できない。東電が打ち出している大口向け電気料金の17%値上げは同社管内の他の自治体や企業も対象で、今後、同様の要請が出る可能性がある。

★ コメント:

東京の副知事猪瀬氏が都庁舎の電気を中部電力からの供給を打診した。さすが猪瀬氏だとおもう。電力の地域独占を打ち破ろうとの東電にたいするけん制である。現在の西と東の導入時の過去の負の遺産を清算し、全国の電力会社から自由に電気を購入できるようにし、電力会社間の競争を促すことであり、それは発送電分離にも繋がるものでもある。

電力の地域独占体制は日本の電力の不透明なコスト計算を許し、政・官・財の癒着の根源である。今回の猪瀬副知事の要請に中部電力は関西方面への電力供給で手がいっぱいで残念ながら応じられないということらしい。老婆心ながら電力の地域独占を守るためでないことを願うだけである。

東電の体質は霞が関以上に霞が関だといわれている。形式的には経産省の監督下にありながら、むしろ経産省の方が東電の下部組織でもあるかのような力関係縫にあるともいわれる。事後処理のため多額の資金が必要となったとき東電社長が電力料金値上げは権利だとうそぶいたところにもその体質の一部が吐露されたといえる。財政再建のためには行政改革、無駄の削減、特別会計、独立行政機構などの整理を実行する前に消費税値上げをいう財務省と同じである。

その意味で現在経産省がこの時とばかり東電いじめを始めているがそれは所詮東海村のなかの主導権争いであり、経産省としては東電を国有化することによってより多くの理研とポストを手に入れる絶好のチャンスと見ているに過ぎないのである。経産省と東電の体質の根本的改革にはJALにたいしてのように東電を一度破産処理し、完全な民営化することによってのみ発送電分離、スマートグリッドの構築、原発の可否を含む日本の電力供給事情の健全化は望めないものと確信している。猪瀬副知事の中部電力にたいする電力供給の要請には大きな意味があると言わざるを得ない。


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大飯原発で組関連企業が違法労働 県警など3容疑者逮捕

(2012年1月13日午前8時00分)

建設請負契約を装った偽装請負状態で、関西電力大飯原発の改修工事に男性労働者を送り込み働かせていたとして、福井県警捜査2課、組織犯罪対策課と福岡県警の合同捜査本部は12日、職業安定法違反などの疑いで、指定暴力団工藤会系企業の役員池上加奈枝容疑者(36)=北九州市若松区=ら3人を逮捕した。合同捜査本部は、偽装請負で得た資金が工藤会に流れていた可能性もあるとみて調べている。

合同捜査本部によると、ほかに逮捕されたのは、建設会社「太平電業」(東京)福井地区営業所長、一瀬秀夫容疑者(58)=敦賀市=と、建設業「高田機工」(高浜町)役員、富田好容疑者(59)=京都府舞鶴市。

池上容疑者は工藤会系池神組組長の妻。福岡県警は昨年2月、同容疑者が取締役を務めていた「総進工業」(現ドリーム)を工藤会の関係企業と認定した。合同捜査本部は、2010年春から11年春にかけて、総進工業から同工事現場に最大7人が送り込まれ、高田機工から総進工業側に計約1800万円が支払われていたとみて捜査している。

逮捕容疑は10年3月から9月まで、池上、富田両容疑者が、総進工業の30代従業員を大飯原発の改修工事現場に送り、一瀬容疑者の指揮命令下で働かせた疑い。

一瀬容疑者は当時、太平電業の大飯事業所長だった。関西電力原子力事業本部(美浜町)は「事実であれば、取引先に法令順守を求めている中、このような事象が発生したことは誠に遺憾だ。今後対応を検討する」としている。

コメント:

記事は大飯原発での組関連企業の問題ではあるが、一般的に福島原発事故現場においても同じ問題があり、関西電力原子力事業本部(美浜町)は「事実であれば、取引先に法令順守を求めている中、このような事象が発生したことは誠に遺憾だ。今後対応を検討する」としているが、それですまされる問題ではない。

復興事業、原発事故処理事業は多くの労働力が必要とし全国から多くの労働者と機材が持ち込まれる。地元の企業の手に負える訳がない。大手土木・建設業者に頼らざるを得ないことは理解できる。しかし災害の規模からしてその大手企業ですら人手確保は容易ではなく、とくに原発事故関係の仕事はその未知の危険性からいっそう困難であろうことは想像に難くない。

大規模な土木・建築の場合つねにそうであるが、いわゆる3Kの仕事においては何次もの下請け業者が介入することは常識である。また請負会社と労働者の間には仕事の3Kの度合いに比例して多くの下請け会社が介入し、その各段階において人件費のピンハネが繰り返されることになるのも現実である。それに比例して労働力の質の低下もさけられない。危険性を測れない未知の作業と言ってもよい今回のような放射能物質の除染作業においてはとくに労働力の質の高さが求められる。危険性が分からないことを知りながら安い質の悪い労働者を投入したとするならば、それは犯罪であると言わざるを得ない。

この事実はすでに言及したように今回の原発事故に限ったことではない。しかしとくにいま問題にしたいのは原発推進が政府と東電の国策であり、その上部のピンハネ団体がほとんど東電の関連会社であることだ。つまり税金とほぼ税金と同じと言ってよい総括電気料金からのピンハネである。つまり公金からのピンハネである。末端の労働者に支払われる労賃が東電が要請した時の提案の何パーセントであったかぜひ知りたいところである。

こうしたことを前提に報道されたような事実を東電は認識していたのかどうか問いたいのである。下位の請負業者の実態は知る必要がないというのだろうか。ことは公金の流れの実態についての認識があまりにも無責任だと言わざるを得ない。民間企業間で行われている数次にわたる下請けの介入と各段階におけるピンハネは問題であるが、公金の場合とくに深刻であり、さらに公金が犯罪組織に流されているのであればその責任は大であるといわざるを得ない。政府と東電は下請けの流れを調査し、その実態をあきらかにし、作業に従事したすべての労働者の健康状態の把握に努めねばならない。


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東電、役員の献金を会社側が差配 企業献金の代替狙う

東京電力が「会社は関知していない」としている役員個人の政治献金をめぐり、会社側が2009年ごろまで、自民党の政治資金団体の要請を受け、個人献金を差配していたことが分かった。会社側が役職ごとの献金額を決め、新任役員に案内していた。元首脳の一人は「1974年から企業献金を自粛したため、個人献金はその代替策だった」と証言している。

朝日新聞の調べで、自民党の政治資金団体「国民政治協会(国政協)」への東電役員の献金総額は、95〜09年の15年間で少なくとも延べ448人、計5957万円。東電をめぐっては、組織的なパーティー券購入が明らかになっており、個人献金もこれと合わせ、原子力政策を推進するため、政界に資金提供する手段ととらえられていたという。

朝日新聞が複数の東電幹部や元役員に取材した結果、国政協からの要請を確認できたのは、東電元副社長の加納時男氏(76)が98年7月、参院選に自民党の比例区候補として立候補し、初当選した時期。政治担当の東電役員は国政協幹部から「加納氏が当選したこともあり、東電役員の献金額を増やしてほしい」という趣旨の依頼を受けたという。政治担当の東電総務部はこれを受け、献金に協力してもらえる役員数の増加などを図ったという。


わたくしの見方:

東電は企業向け電力の値上げに踏み切り、家庭用電力料金の値上げも申請することを発表し、それは民間企業としての権利であり、義務であると開き直っている。経営上値上げが権利・義務とされるのはあくまで競争があっての企業活動の場合であることを忘れているのではないか。競争のない独占企業には値上げは権利でもなければ、まして義務とはなりえない。

東電のこの非常識な発言の裏には実質国有化を避けるための思惑がある。しかし東電のこの傲慢ともいえる発言はどこからくるのであろうか。労使そろってそれぞれの方法による政治献金の事実が物語っている。関電の政治家への献金はよく知られたところである。しかし東電労組も原発推進のための献金をしていたのである。新聞報道を要約しながら記しておこう。

「全国の電力関連企業の労働組合でつくる「電力総連」が、東京電力福島第一原発の事故後、原発存続に理解を得るための組織的な陳情活動を民主党の国会議員に展開していたことが分かった。同等の有力議員の秘書らは「脱原発に方向転換されては、従業員の生活が困ると陳情を受けた」と証言。電力総連関係者は「総連側の立場を理解してくれた議員は80人」と見積もる。豊富な政治資金を持つ電力総連が、民主党側に影響力を行使する実態が浮かび上がった。
・・・・・
電力総連関係者によると、「政治活動費」の総額は毎年ほぼ同じ額で、各労組から活動委への提供資金は「上納金」と呼ばれる。東京で開かれる同党国会議員のパーティー券購入や選挙時の陣中見舞い、選挙活動費などに充てられるという。上納金を除く残りの資金は、各労組が地元で開催される国会議員のパーティー券購入や、地方議員を含む選挙での活動費などに使っている」という。つまり事故以前からこの献金はおこなわれていたということである。

記事はなお次のことも報じている。「電力業界では、会社と労組の関係が近く、会社は自民、労組は民主とバランスを取って関係を続けてきたとされる。電力総連関係者らによると、福島第一原発の事故後に電力業界と距離を置く民主党議員が増えたことに危機感を強め、対応策を検討。傘下の各労組幹部にが今年5〜6月、同党議員に相次ぐ陳情活動を展開した。電力総連の関係者は「会社がなくなれば労組もなくなる。会社の代わりに原発推進を訴えた」ということである。

これが政・官・財の癒着のもとに進められてきた国策としての「原発推進」の実態である。東電の電気料金値上げにたいする東電の殿様商売の感覚にたいする猪瀬氏の怒りは政界にたいする献金、官の天下り先の提供、コストには計算せず利益から計上すべき寄付金や社員のための福利厚生費までコストに算入し、関連企業にたいしては高値で買い取ることによってコストを増大させる電力会社の横柄さにたいするもっともな怒りである。東電のコストが高ければ高いほど儲かるこの電気料金の総括原価方式、簡単にいえばコストの3%が自動的に利益として手に入る、すなわちコストが高ければ高いほど儲かるシステム、ありとあらゆる経費をコストに算入するとんでもないコスト計算方式がすべての問題の根源に横たわっている。その制度の維持のために電力会社は労使役割分担をしながら政界・官界に政治献金、天下り先の協力会社に資金、賄賂と言っても過言でない金を電力の安定供給というスローガンのもとにばらまいてきたのである。もちろんその資金もコストに算入され電気料金のとしてすべての消費者に選択の余地なく押し付けられてきたのが実態である。


 
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米側、TPPの発表文は正確「修正しない」 日米会談

2011年11月15日

日米首脳会談での野田佳彦首相の環太平洋経済連携協定(TPP)を巡る発言について、米ホワイトハウスのアーネスト副報道官は14日の会見で、ホワイトハウスの発表文は正確との認識を示し、「修正するつもりはない」と話した。

 ホワイトハウスは12日、会談について「すべての品目とサービス分野を貿易自由化の交渉テーブルにのせるとの野田首相の発言を、オバマ大統領は歓迎した」との発表文を出した。日本政府は「会談の場では、そのような発言はしていない」と反論していた。

 朝日新聞の取材では、野田首相は、重要品目に配慮しつつ、全品目を自由化交渉の対象にする、とした昨年の政府方針に言及。「この基本方針に基づき、ハイレベルな経済連携を目指す」という内容の発言をした。

 アーネスト氏は発表文について、「オバマ大統領と野田首相との私的な協議、そして野田首相らによる広く知られた宣言に基づくものだ」と説明。ホワイトハウス側は、野田首相が、全品目を自由化交渉の対象にするとした「基本方針」に直接言及していることから、発表文の趣旨は正確と判断しているとみられる。(ホノルル=尾形聡彦)

コメント:

野田総理大臣のハワイでの発言が問題になっている。アメリカは野田総理大臣その他の閣僚の発言として TPP 交渉では「すべての品目とサービス分野を貿易自由化の交渉テーブルにのせる」との声明を出した。それにたいして野田総理大臣、日本政府はそのような発言は一切しなかったとの講義をしアメリカは一端それを認めたと伝えられたが、結局はアメリカの発表は修正しないということになった。

そもそも TPP 構想は各国の特殊な事情はあれ包括的な交易障害の撤廃を目指すものとして発足した。原則あらゆる項目が交渉のテーブルに上るというのは当たり前のことである。その交渉のなかで個別項目をどう扱うかそれこそ交渉ごとなのである。始めから交渉項目を限定して交渉に参加するというのは勝手な言い分としか言えない。そのことを認識したうえで各国の国益をどこまで確保できるかはその国の外交力によるのである。

TPP 参加反対を叫ぶ人たちはすでに TPP なるものが欧州共同体のように存在しそれに入るかどうかといった問題と錯覚しているようである。TPP はまだ存在してはいない、幾つかの国がすべての障壁なしの経済圏を構築しようと呼びかけている段階で、そこではあらゆる問題が検討のテーブルに乗るのは当たり前のことなのである。交渉の範囲が広範であるためその実現には10年でも足らないことであろう。したがってその過程において個別領域の問題が順次個別に議論されることであろう。ということはその交渉を見ながらわが国の農業問題の改革の時間的余裕が十分にある。日本の農業政策は失敗の連続であり、TPP と関係なく改革せねばならない問題であろう。世界に誇る国民皆保険制度も守りながら海外の医師、看護師、医療にも門戸を開く知恵があるはずである。どのような交渉になるか分からないものにたいして勝手な想像を交えて反対するのは日本の将来にとって得策とは決して言えない。

農業、医療、産業といった個別領域の損得より TPP は ASEAN+3 を提案する中国とアメリカの世界戦略の鞘当であることにもっと注意をはらうべきであろう。図式化するならば TPP vs ASEAN+3, アメリカ vs 中国という構図であり日本の将来をどちらに立ち位置を取るかの問題であり、どの経済的議論よりも深刻な問題であることに目を向けねばならない。さらにアメリカと中国の思惑から TPP、ASEAN+3のみならずASEAN+6 やAPECの拡大も絡んでくる。TPP 問題はたんなる経済問題ではないのである。ただわたくしとしてはそれらの経済圏が一様な構造のグローバル化のさらなる拡大ではなく、部分集合の多様性の埋め込まれた集合体であることを願うところである。

いずれにせよ日本は鎖国できるわけはなく世界のなかで交易国家として生きてゆく以外に道はない。要するにどのグループに入るにせよ日本の外交力が問われることに変わりはない。外交力は残念ながら軍事力に裏付けられている。日米安全保障条約下にある日本の選択は大きく制限されていることは残念ながら認めざるを得ないのである。つまり日本は完全な意味で独立国ではないというのが現状である。新しい国家像が求められている現在どのような国家像を選択するかがいま問われていると言えよう。アメリカが日本の頭越しに中国と手を結び、日本が裸にされる可能性も頭に置いておかなければならないであろう。


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  国の地方合同庁舎、新設再開 凍結から一転、8カ所計画

民主党政権が国の出先機関の原則廃止を掲げて凍結した地方合同庁舎の新設計画を再開していたことがわかった。政権交代後に22カ所の凍結方針を決めたものの、今年度予算に4カ所を計上。来年度予算の概算要求にも新たに4カ所を盛り込んだ。計8カ所の総工費は600億円に上る。出先機関の原則廃止を閣議決定しつつ、庁舎の建設は進めていた格好だ。

国の出先機関は、都道府県との二重行政の解消やムダ削減のため、一部を廃止して地方に業務を移す方向で議論が進んできた。自公政権時代の2008年12月には、地方分権改革推進委員会が地方整備局(国土交通省)や地方農政局(農林水産省)、都道府県労働局(厚生労働省)など9機関の統廃合を勧告。その後、廃止対象の機関が入る高層の合同庁舎の新設計画が発覚したこともあり、自公政権は計画の一部を凍結した。

民主党は09年衆院選のマニフェストで「国の出先機関の原則廃止」を掲げ、政権交代直後に新設計画を全面的に見直した。計画中の35カ所のうち22カ所を凍結。昨年6月に出先機関の「原則廃止」も閣議決定した。ところが、今年度予算で前橋地方合同庁舎など4カ所の計画を再開。この予算編成当時の財務相は、野田佳彦首相だった。


コメント:

凍結といえば野田首相の現地視察の後少なくとも五年間凍結となった。なぜ凍結であり中止ではないのか。なぜこの問題を取り上げるかといえば、それが官僚の作文、霞が関文学と揶揄される作文の典型であるからである。つまり凍結とは継続という意味である。

民主党は「国の出先機関の原則廃止」をマニフェストとして掲げ09年衆院選を戦い政権交代直を実現した。マニフェストの変更は許されない、変更するならば国民の信を問い直せというのはあまりにも幼稚な議論である。もちろんマニフェストの変更にはそれなりの理由がいるし、国民も納得するところでなければならないことは言うをまたない。たとえば今回の3.11の大震災などは当然のことマニフェストの変更をむしろ国民も容認するばかりか、要求しているところでもあろう。ただ今回の地方合同庁舎の新設計画を再開はマニフェストを変更する必要十分な理由でないばかりか、国民の支持するところではない。

マニフェストであれ公約であれ一年や二年で実現できるものではない。最低4年、5年必要であろう。わたくしはアメリカ大統領の4年任期8年というあたりが適当であろうとは思う。1年や2年でマニフェストが変わるようであればマニフェストを実現する現場の官僚も対応できないことは誰にとっても明らかなところである。官僚はマニフェストとは関係なく政策を策定せざるをえないのである。日本の官僚支配の政治はまさに不安定な政権、拙速なマニフェスト、拙速なマニフェストはその場限りの人気取りスローガンに過ぎないのだが、に原因がある。官僚は自らの政策を実行して行く以外にないのである。

日本の議員は議員として機能していないと言える。かれらは個人としての政策作成能力がない。小さな政策一つ作成するにもそれなりのシンクタンクが必用なものである。最近議員鄭数の削減がよく聞こえてくる。我が国の議員数は先進国中決して多すぎるということはない。ただ無能な単に政党の数としてだけの儀意が多いだけである。無能な議員は当然のこと削減されねばならない。削減というよりお引き取り願わねばならないというところであろう。議員定数削減が財源の無駄遣いとして議論されがちだが、選挙運動用の経費はどこまでも削減されてしかるべきだが、政策策定のためのシンクタンクの経費は透明性の もとにいまの何倍もあってよいと思う。選挙運動費は議員個人あるいは所属政党が負担し、税金は政策策定の経費に充てられるべきものである。

このような日本の政治状況において政策の継続性を確保するためには姑息ではあるがそれもいたしかたないものともいえるのかもしれない。官僚作文として凍結という便利な言葉も残念ながら必要性を主張できるのだろう。政権が変わった時にはいつでも解凍できるように保存しておくための必要悪とでもいえるのかもしれない。そればかりではない。中止ではなく凍結できるのだから官僚も安心して業者との癒着も危険性が少ないというものである。その分解凍されたとき経費として上積みしておけばよいのだから。それは業者にとってもありがたいことである。迷惑するのは国民だけということになる。支持者の顔色ばかりを窺っている政治家はわれわれは必要としていないのである。現在の政党助成金はどれだけ政策策定に寄与しているのか再考する必要があるというものである。


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パレスチナ国連加盟23日申請 アッバス議長が正式表明

パレスチナ自治政府のアッバス議長は16日夜、ヨルダン川西岸ラマラの議長府で演説し、国連にパレスチナの加盟を申請すると正式に表明した。23日の国連総会で一般討論演説をした後、潘基文(パン・ギムン)事務総長に申請し、194番目の国連加盟国の地位獲得を目指す。

アッバス氏は演説で「国連正式加盟という正当な権利を求めにいく」と表明。「9月23日の後も(イスラエルによる)占領が終わるわけではないが、世界が我々を占領された『国家』だと認めるだろう」と述べた。

ただ、イスラエルの立場に理解を示してきた米国は、加盟を国連総会に勧告する安全保障理事会で拒否権を発動すると明言しており、パレスチナの国連正式加盟は絶望的だ。パレスチナ側はその点は織り込み済みで、国連総会で国家承認決議を求めるなどして、国際社会に議論を起こす考えだ。


コメント:

大多数の国連加盟国はパレスティナを国家として国連加盟に賛成である。これまでアメリカは一貫してイスラエルの立場を擁護してきた。しかしこのイスラエル、パレスティナ問題が中東アラブ世界の諸問題の根底にある。とくに現代の中東問題は第一次大戦後のヨーロッパでの国民国家の成立、一民族一国家の流れのなかで1948年イスラエルの国連加盟にまでさかのぼるものである。

中東の火薬庫となった現代の状況を理解するにはその大まかな歴史を振り返っておく必要があろう。

第一次世界大戦後の1919年に現在のヨルダン、イスラエル、パレスティナ自治区はイギリス委任統治領パレスチナに組み入れられた。その地を一般的にパレスティナと呼ばれていたが。1948年聖書の約束の地ということでイスラエル国家が成立した。そこにはナチス・ドイツのユダヤ人虐殺問題に対するヨーロッパの良心の呵責も大いに手伝っていたことであろう。1923年にヒジャーズ王国の王族アブドゥッラー・ビン=フサインが迎え入れられ、第二次世界大戦後の1946年にトランスヨルダン王国が独立し、1949年に国名をヨルダン・ハシミテ王国に改めた。その結果パレスティナの地はイスラエル建国直前の1947年に行われた国際連合総会決議181号(パレスチナ分割決議)によってユダヤ人、アラブ人、国連統括地の3つに分割する決定を基礎としてパレスティナ自治区が定められた。その後1950年これに反対する周辺のヨルダンとエジプトが第一次中東戦争でヨルダン川西岸地区とガザ地区を占領したためにエルサレムを含むヨルダン川西岸地区を領土にくわえ、パレスチナのアラブ人には寸土の領域も残されず、ユダヤ人によるイスラエル国家しか建設されなかった。その後1967年の第三次中東戦争でイスラエルに奪われ、そこに住むアラブ人によってヨルダン川西岸とガザの地にパレスティナ自治区が生まれた。イスラエルはその後パレスティナ自治区のなかに多くのユダヤ人の入植地を作りパレスティナ自治区のイスラエル化を進めることとなり現在に至っている。そのパレスティナ自治区がいま国連加盟を求め独立した国家としての地位を確立しようとしているのである。

じつは彼らは「国を持たない大国」と言われていて、巨万の富を元にいまもなお世界を動かしているアメリカが一貫してイスラエルを擁護する理由も大統領選に影響を与えるほどに持っている。それは『アメリカ』という国が『ユダヤ』人の国の仮の姿とも言われるゆえんである。イスラエルが多くの核兵器を持っていることをアメリカは容認するのにイランやイラクの核を許さないダブルスタンダードが問題をさらに複雑なものにしているのはあきらかである。中東問題は冷戦後は少なくともアメリカに責任があると言わざるを得ない。

中東問題は宗教問題でも民族問題でもない、むしろアメリカの国内問題であると言っても過言ではない。エルサレムはユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地でもある。パレスティナの地でのイスラエルの国家の成立自体かならずしも正当だったとは言えないだろうが、かれらが聖地を共にするように互いに平和を維持することで、数千年前の聖書の言葉によるのではなくイスラエルのユダヤの国家の正当性を確立して行かねばならない。キリスト教世界とアラブの世界の相互不信は古く歴史に根を持つものでまわりで言うほど簡単ではないにしても、イスラエルはパレスティナ国家を国家として承認しエルサレムをバチカン国家のような国家とし平和の象徴とするのも知恵であるかも知れない。中東の平和は世界の二大宗教とその源泉としてのユダヤ教の人類への責務だと思う。


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トラック無料化、打ち切りへ=東北地方の高速、制度悪用で―国交省

2011年8月19日13時11分

国土交通省は19日、トラックやバスを対象にした東北地方などの高速道路無料化について、8月末にも制度を打ち切る方針を固めた。トラックによる制度悪用が相次いでいる実態を踏まえ、継続は難しいと判断した。22日に開かれる「高速道路のあり方検討有識者委員会」に諮った上で、23日に大畠章宏国土交通相が正式表明する。

 東北の高速無料化は、東日本大震災の被災地支援を目的に、被災者が運転または同乗する車や、トラックなど中型車以上を対象に6月20日に始まった。期間は被災者が1年間、トラックなどはもともと8月末までの予定だったが、国交相は期間延長に意欲を示していた。

 しかし、対象エリアで入りエリア外で出る場合や、その逆でも、すべての利用区間の料金が原則無料になる仕組みを、トラックが悪用する事例が多発。同省の7月の調査では、常磐自動車道水戸インターチェンジ(IC)を利用したトラックの約14%に悪用の疑いがあることが判明していた。被災者については、トラックも含めて全車種で9月以降も無料化を続ける。 


コメント:

震災復興のために東北地方の高速道路の無料化が実施されている。それを悪用する運送業者があの手この手で悪用する事例が多発している。そのために周辺住民の生活までが脅かされる事態が発生している。運送会社、運転手にたいする政府の指導も効果がない状態が続いている。そもそも運送会社や運転手はあまりに高額な高速道路の利用料金の犠牲者であったという事情を考えてもあまりにもみっともない所業である。業を煮やした政府は被災地復興のため無料化の延長を検討していたが8月の末で打ち切る検討に入っている。

そもそもこの問題は高速道路が有料であることからくる当然の帰結である。運送業者たちを非難するだけではすまないのである。ほんらい高速道路は無料であるべきなのである。高速道路は人の移動のためというより物流の助けるためのものであったはずである。高速道路を有料化し新たな高速道路の建設と官僚の天下り先確保のための道路公団のための道路族と官僚の土建業にたいする利権がらみのバラマキの姿である。結果、流通の合理化どころかトラックは高速道路の利用を避け一般道を走ることになり、沿道を危険にさらすことになっていたのである。高速道路は基本的にはレジャーのためのものではない。高速道路建設が流通の合理化のためではなく利権がらみのバラマキ、自民党はバラマキという言葉が好きなようだが、数十年続いた自民党政権の負のいさんなのである。その歪んだ姿の表れが今回の高速道路の無料利用に端的に表れただけである。

地方の生活道路は別として、物流は目的によって総合的な運輸体系の構築が望ましいことはいうをまたない。軽量精密機械、部品は航空、大量の輸送はコンテナを中心としたトラックと鉄道、船舶といったような役割分担が必須である。現在のように物流のほとんどをトラック輸送に偏っているのがそもそも問題なのである。今回の震災にあっても大量の物資輸送は震災復興用物資に限らず、あらゆる物資の大量輸送に使われなければならない。むしろそのためにこそ無料で利用されねばならないのである。とにかく日本の高速道路政策は政治家の利権、土木建築業、官僚の天下り用の愚策としか言いようがない。高速道路のおかげで活性化した地方はむしろ皆無といえるのではないのか。高速道路、高速鉄道は富を中央に集積するためのもので、ほとんどの地方はむしろ疲弊する運命にあるのが現状である。実を言うと東京都の時間を競う高速道路は無用の長物である。地域・地方の物流を担保する道路こそ地域振興道路といえる。隣町へゆくより東京へ行く方が早い交通体系は地震国日本の在り方ではない。

とにかくトラックにたいする高速道路は最初から無料であるべきで、むしろ自家用車を有料化することの方が有効であろう。たしかに乳幼児を抱えた家族旅行には車が便利だという。しかしそれは車両の工夫次第である。乳幼児用、障害者用の車両の工夫を考えるのはJRの社会的責任である。

これまで東京に収れんする無駄な高速道路、地域住人の足を奪う高速鉄道建設、役に立たない各地に作られた浅い港湾、とにかく利権道路、鉄道、港湾建設、もうこういう無駄はやめ、道路、鉄道、海運の総合的体系のもとに再構築する必要がある。災害に強い国作りのためにもである。このことは交通。運輸に限らず、IT網、電機・エネルギー網にも共通して言えることであり、地方活性化のインフラ整備であることも指摘しておこう。


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原発輸出、当面は継続方針 内閣が閣議決定

菅内閣は5日、「諸外国が我が国の原子力技術を活用したいと希望する場合には、世界最高水準の安全性を有するものを提供していくべきだ」として、当面は原発輸出を継続するとの方針を記した答弁書を閣議決定した。自民党の小野寺五典衆院議員が質問主意書で見解をただしていた。

答弁書は「我が国の原子力技術に対する期待は、引き続き、いくつかの国から表明されている」と記した。菅内閣はヨルダンやロシア、韓国、ベトナム各国との間で原発輸出に際し締結する原子力協定の承認を今国会で求めており、答弁書でも「外交交渉の積み重ねや国家間の信頼を損なうことのないよう、引き続き承認をお願いしたい」と明記した。

菅直人首相は東京電力福島第一原発の事故を受け将来的な原発輸出見直しに言及しているが、答弁書では長期的な方針について「事故原因の調査や国際原子力機関(IAEA)の検討を踏まえつつ、できるだけ早い時期に我が国としての考え方をとりまとめる」と記すにとどめた。


コメント:

不思議なことではないか。将来原発に頼らないエネルギー政策を目指しながら当面は原発の輸出を継続するという。なぜ将来原発に頼らないエネルギー政策を推進するかといえば、原発は危険であり、ことによると何万年もの子孫にたいする放射能廃棄物という負の遺産を残すことになるからではないのか。百歩譲って現在日本で稼働している原発を徐々に減らすとしても自分たちが危険なものと考える原発の輸出を継続するというのは理屈に合わないし、道義的にもどうかとはおもわないのであろうか。それとも放射性物質の最終処理も含めて許容できる範囲で安全な原発の開発が可能とでも考えているのであろうか。すくなくとも放射性廃棄物の納得のゆく最終処理の手立てが確立されるまでは原発依存体質からの脱却を目指すのが当然であり、まして原発の輸出など論外といえよう。

チェルノブイリ、スリーマイル、福島の経験は原発事故は一地方、一国家の問題ではなく世界の、地球規模の問題であることを学んだのではないのか。ひとたび事故が起これば一国で解決できる問題でもなくその影響は世界全体に覆いかぶさるのである。にもかかわらず多くの国はエネルギー源として原発に期待を寄せる。放射性廃棄物の最終処理ができないままに。その背後には核の平和利用との口実のもと核保有国への野望が見え隠れする。平和利用に徹しているかに見える日本も中曽根元首相は核保有能力の開発、保持を意図していたことは歴史的事実である。政・官・財の共有する国家的政策としての原発推進の背後には核の問題が隠されている。被爆国の核への反発を核アレルギーと揶揄しながら原発推進を推し進めてきたのである。核アレルギーは被爆国の国民として、もちろん日本も核兵器開発に手を染めていたことをわすれはしないが、アレルギーではなく国民の意思である。

原発を推進する政府・財界・官僚と電力会社は電力不足を盛んに宣伝する。また原発の電力供給源としての良質性、安定性、経済性を主張するがそれは後付けの屁理屈であり、膏薬どうようどこにでもくっつくものである。現在再生エネルギーへの移行が世界の潮流となりつつある。再生エネルギーの不安定性、発電単価の問題はこれまで研究が進んでいないからだけのことであり原発推進の資源の一部を再生エネルギーの研究に振り向けるだけで日本には問題を解決する能力がある。蓄電技術、送電技術のブレークスルーも可能であろう。

わたくしは再生エネルギー信者ではけっしてない。再生エネルギーにもいまは分からない思わぬ落とし穴、自然環境の悪い影響があるかもしれないことは認識している。しかし研究自体緒に就いたばかりである。しかし将来の新しい産業、新しい経済活動の主流となりうるものと思う。日本は省エネルギ、環境産業で世界をリードする国となりうる。産業界もかってはベンチャー企業であった原点を思い出し、グローバリズム信仰から脱却し既存の領域で外国と競争するのではなく新しい企業活動のリーダーを目指してシフトしてもらいたい。産業界代表は企業の海外移転、日本産業の空洞化という脅しは自信のなさの表れであり、見苦しいかぎりであり、どうぞ海外にお移りくださいといいたいところである。グローバル化のなかで多国籍企業と競争す企業に政府の補助はいらない。かれらは自ら各自の競争力を持つべきであって、国家の補助を必要とするのは新しい職人的技術の伝統を保持し、国際企業の下請けに甘んじなければならない優良中小企業なのである。かれらこそ日本の産業と雇用を支えているのである。質の良い中小企業育成こそ急務である。学際分野、産学協同の分野の育成である。いろいろな解釈はあるだろうが日本は一度はゼロから出発し世界をリードする国となったのである。ピンチをチャンスに変えるのは日本の伝統の本質の底流にあるのである。日本の伝統、伝統技術にもっと信を置くべきときである。


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原子力に代わるエネルギーを」長崎市長文案固まる

長崎原爆の日(8月9日)の平和祈念式典で田上富久・長崎市長が読み上げる平和宣言文について、学識経験者らでつくる起草委員会の小委員会が7日開かれ、文言が固まった。「脱原発」との表現は直接使わないものの、原子力に代わる自然エネルギー開発の必要性を訴え、原発に依存しない方向性を明確に打ち出す内容で落ち着いた。

東京電力福島第一原発の事故を受け、被爆地からの発信に注目が集まっていた。非公開の会合後に会見した田上市長によると、自然エネルギー開発とともに、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を訴えることで合意を得た、という。

「核の平和利用」として進められてきた原発をどう位置づけ、核兵器廃絶の訴えとどう結びつけられるかが、今年の宣言文を練り上げるうえで課題になった。5月に始まり、3回の全体会合を重ねてきた起草委員会。これまでの議論では「いまだに福島や東北で放射線の危険にさらされている方々がいる。人々が無用の被曝(ひばく)にさらされないためには核兵器と原発をなくすことに尽きる」などの意見が出ていた。

コメント:

管総理は将来の脱原発を示唆した。党内手続きやその後の「個人的発言」問題はいただけないが、脱原発の方向は間違ってはいない。原発を推進したい産業界はさかんに電力不足を喧伝し、産業の海外移転で産業の空洞化や失業の増加という脅しにやっきになっている。そのような社会的責任をいとも簡単に放棄する企業は海外に移転してもらえばよいのである。

また、時間をかけて原発依存度を削減してゆこうと主張する政治家やコメンテーターといわれる人がいる。かれらがほんとうに脱原発を意図しているとは考えられない。脱原発が不可能なことを知りながら世論に迎合する卑しい魂胆が見え透いている。原発推進を意図する人々は脱原発、反原発の主張を原子力アレルギーと揶揄してきた。それは原子力発電を国策として推進してきた自民党政権による世論操作だったことは今回の福島原発事故によって明らかになったところである。そこまでして原発を推進しようとした背後には核兵器開発の可能性だけは保持しておきたいという思惑もあってのことであった。

原発は麻薬と同じように一度手をつければ即時脱原発に着手しない限り脱原発は実現できないのである。原発を廃炉にするだけでも数十年は必要であり、その費用は原発推進と同じ程度の巨大な資金を要することをしっかりと認識しておかねばならないであろう。

原発推進は嘘の上に嘘を塗り固めた政策である。それが原発の安全神話をつくり、原発のコスト安の錯覚を与え、なによりも中曽根元首相が意図した核保有能力の保持であった。原発による安全神話は今回の福島原発の事故でもろくも崩れ去った。想定外を想定しない非科学性が明らかになったのである。つぎに、原子力発電による電力料金は安価であるというのはまったくの偽りである。絶対安全と言っていた原発の保障も含めた事故処理の費用は含まれていないばかりか原発の排出する核廃棄物の処理費用すら計上されていないのである。そればかりか最終処理の方法すら考慮の外に置かれたままである。

電力不足が心配されるのは夏場の数日のしかも電力消費のピーク時だけのことである。節電の努力で乗り越えられる範囲のものであろう。またそれを機会に発電の分散、電力の地産池消も進み、あわせて蓄電技術のブレークスルーも期待できよう。原発推進の資源をほんのわずか蓄電技術の開発に回せば十分可能なことである。


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米軍グアム移転費水増し 日本の負担軽減装う 流出公電

2011年5月4日5時3分

日米両政府が在沖縄米海兵隊のグアム移転について合意した2006年春のロードマップ(行程表)で、米政府が、関連費用の総額を水増しして日本側の負担割合を見かけ上減らし、日本政府も08年に追認していた。海兵隊の移転人数については、削減をアピールしやすいよう実態より多い数字を挙げていた。

約25万点の米外交公電を入手した内部告発サイト「ウィキリークス」から、朝日新聞が日本関係の公電約7千点の提供を受け、分析する過程で判明した。

海兵隊のグアム移転は、在日米軍再編の中で、沖縄・普天間飛行場の移設と一体となった形で進められる計画。普天間移設は地元の根強い反対で決着しておらず、再編計画全体の数字の粉飾が米公電に明記されていたことで、反発が強まることは必至だ。

問題の公電は08年12月、在日米大使館から国務省あて。日米両政府は当時、06年5月に両国がまとめたロードマップに基づき、具体的な資金負担の進め方などを決める「グアム移転協定」の交渉をしていた。公電は暫定合意の妥結を報告、経緯を詳述している。

公電によると、ロードマップ作成時に日米の負担額を決める際、米側が「実際は必要ではない」軍用道路の建設費10億ドルを再編費用に盛りこんだ。08年の交渉では米側が、軍用道路を盛りこんだのは総額を増やすことで日本側の負担比率を相対的に低く見せることが目的だったと説明し、日本政府もその点を了承した。

92億ドルだった総額を10億ドル増やすことで、3分の2だった日本側の負担比率が60%を切るように操作していたことになる。06年当時は負担割合をめぐって日米間で激しい駆け引きが行われており、日本側が受け入れやすくするための措置だったとみられる。実際には軍用道路も含めて、グアム移転全体が進んでいない。

移転対象の海兵隊員8千人と家族9千人についても、公電は「日本での政治的効果を上げるため」実数を水増しした、と記した。

沖縄の海兵隊は1万8千人が定数で、うち8千人が移転するというのが公式説明だった。だが公電によると、実際には沖縄の海兵隊は06年時点で「1万3千人水準」だった。これに対応する移転の実数が、8千人を下回るのは確実だ。

これまでも、沖縄県などが実数は約1万2千人だけだと指摘。「ロードマップによる移転でこれだけ負担が減る」とされた人数は誇大と批判してきた。国会でも取り上げられてきたが、日本政府は確認を拒んできた。

今回、沖縄県などが指摘していた実態に近い数が米外交公電に記されていたことがわかったことで、その疑念が裏付けられた形だ。


コメント:

まず言っておかなければならないことがある。沖縄の基地は日米安全保障条約のもとで日本の防衛にとって極めて重要であることはもちろんとして、アメリカの世界戦略上も最重要な地位を占めているということである。つまり日本の防衛がアメリカの世界戦略と一体化されているということである。ということは沖縄の基地問題は日米安全保障問題としてのみから検討できないということである。沖縄の海兵隊の一部をグアムへの移転はそもそもアメリカの戦略的必要性からのものであり必ずしも沖縄の負担軽減が目的ではないことを認識しておく必要がある。アメリカにとってグアムへの一部移転は兵力の軽減ではなくむしろ拠点確保による軍事力の増強である。つまりアメリカは世界戦略の一環に日本を位置づけているし、アメリカの世界戦略の費用の一貫を日本が負担するよう期待しているのである。

長年沖縄の基地問題に対処してきた自民党政権がこのことを知らないわけがない。アメリカの世界戦略の一翼を担うことで日本の安全保障を担保しようとしてきたのである。つまりアメリカと共謀しながら日本国民を説得しようとしてきたのである。その現れが密約と言っても良いウィキリークスによって暴かれた「日米両政府が在沖縄米海兵隊のグアム移転について合意した2006年春のロードマップ(行程表)で、米政府が、関連費用の総額を水増しして日本側の負担割合を見かけ上減らし、日本政府も08年に追認していた。海兵隊の移転人数については、削減をアピールしやすいよう実態より多い数字を挙げていた」という事実である。自民党政権は何度も足を運び築いてきた沖縄との信頼関係の上に普天間の移設と海兵隊の一部移転を実現してきたと誇らしげに言うが欺瞞に満ちたものであった。沖縄を人質に差し出すことによって日本の安全を保障しようとし、そのために沖縄の一部の人びとの心を金で買取、多くの人が基地に依存して生活していることを盾に脅しをかけたり宥めたりしてきたに過ぎないのである。

アメリカとの密約は歴史に任すとして沖縄対策の費用の行方については徹底的に洗い出すことを日本のジャーナリズムに期待したいものである。何に、そして誰に金はばらまかれたのか。沖縄の世論操作のために有力者に流れた資金の実体を暴いて欲しいものである。

なぜ今このようなことを言うのかといえば、実は国策として推進されてきた原子力発電の誘致の問題とそれがおなじ手法であるということだからである。財政力の弱い地方の住民を原発は絶対安全であると言い続け、一部の有力者や賛成する市民の心を金銭で買収しながら推進してきたのである。原発の誘致は麻薬と同じく一度補助をもらうともらい続けるために新しい原子炉の建設を受け入れ続けねばならない仕組みになっているのである。それが自民党の政策実現のための常套手段であったことをいま明らかにされねばならないとわたくしは思う。自民党だけを非難しているのではない。自民党の手法を非難しながら日本政治や企業活動の伝統の一部を問題にしているのだ。

しかしそれは日本だけではなくどの国でもあることだという人もあろう。それは問題ではない。我々の国ではあって欲しくない政治ということである。原発誘致もまったく同じ構造である。候補地の市民町民が自由に議論するならば恐らく意見は誘致反対ということになる。政府・電力会社は地方財政の脆弱さ、可塑化を横目に見ながら地元民には絶対安全を保証し、補助金や保障金で地元の有力者や地元土木建築業者を、言葉は悪いが、買収しながら原発開発を国策として進めてきたのは事実である。まさにバラマキの典型である。バラマキとは撒き餌のことであり、はっきりした目的があるものである。その点バラマキ政策は自民党政権の得意芸であったといえよう。さて民主党がいかなる手法をとるか、見極める必要があろう。絶対安全という概念は科学的には、統計的概念は別として、ないものであり、それは社会的・政治的概念であることをつねに考慮しておかなければならない。


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国家公務員の給与、人事院勧告超す削減断念 労組に配慮

2010年10月16日5時0分

菅政権は、臨時国会に提出する国家公務員の給与法改正案について、2010年度の人事院勧告(年間給与平均1.5%減)以上の引き下げを見送る方針を固めた。菅直人首相は9月の民主党代表選の公約に「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指す」と掲げた。だが、スト権などの労働基本権を与える前に大幅引き下げに踏み切れば、支持団体である公務員労組の反発は避けられず、党内の意見集約もままならないと判断した。

菅政権は公務員人件費の2割削減を実現するため、来年の通常国会で、労働基本権を付与する法案と公務員の給与をさらに引き下げる法案をセットで提出する検討に入った。11年度の実施をめざす。

民主党は09年衆院選と今年の参院選マニフェストで「国家公務員の総人件費2割削減」を打ち出していた。達成には約1.1兆円の削減が必要だが、人事院の勧告通りなら約790億円の削減にしかならない。公約自体は13年度までの目標だが、他の削減策である国の出先機関の廃止、公務員削減も思うように進まず、このままでは実現は難しい。民主党は公務員の人件費削減などで生み出した財源をマニフェスト政策の実現に充てることを掲げており、他の政策にも影響が及びそうだ。

人事院は8月、国家公務員の給与引き下げを勧告。4月以降の給与への反映を12月支給のボーナスから調整するため、11月末までに給与法を改正する必要がある。このため、来週にも片山善博総務相や蓮舫公務員制度改革担当相らによる給与関係閣僚会議を開き、人事院勧告に沿った給与法改正案を閣議決定する方向だ。

勧告以上の引き下げは、民間給与が前年比で5%以上落ち込む中で「公務員給与カットに踏み込まないと世論の理解は得られない」との考えから、前公務員制度改革担当相の玄葉光一郎国家戦略相らが主張していた。

だが、連合の古賀伸明会長は「踏み込みすぎではないか」と不快感を表明。地方公務員にも影響が及ぶため、24日投開票の衆院北海道5区補選や来春の統一地方選を控え、有力支持団体の自治労などの反発を避けるべきだとして、政府内にも慎重な対応を求める意見が出ていた。

公務員にスト権などの交渉手段がない中で勧告の引き下げ幅を拡大した例はなく、訴訟リスクも避けられない。1982年に鈴木善幸内閣が引き上げ勧告を凍結した際には労働組合側が国際労働機関(ILO)に提訴し、凍結分は83〜85年の勧告で実施された。勧告以上に削減する場合、「適正な削減幅」の基準作りに時間がかかる上に、衆参で多数派が違う「ねじれ国会」で野党の協力を得られるかどうか見通せないことから、見送る方向となった。

コメント:

公務員給与削減の骨抜き過程

長く続く景気の低迷を反映し公務員の給与が問題にされる。景気のよい時には公務員は敬遠され、景気が悪いときは公務員は羨ましがられるのは世の常である。それは公務員の身分保障のみならず、いつの世でも公務員は全国の給与水準を上回っていることは確かであろうから。公務員の給与は争議行為が全面一律に禁止され、加えて非現業職員は団体協約締結権が認められていないなど、労働基本権が大きく制限されているがため勤務条件を私企業のように労使交渉を通して決定することができず、人事行政の改善、特に勤務条件を社会一般の情勢に適応させる機能は人事院の勧告によるところとなっています。しかし人事院勧告の完全実施のみならずさまざまな問題が労使交渉という形で決められているというのが国民一般の認識する現実でしょう。

ここで公務員労働組合の是非を問題にするつもりはありません。それにはいろいろな考え方があることでしょう。日本政府は受け入れているわけではありませんが、ILO(国際労働機構)は151号条約で、公務員の団結権、団体交渉権、争議権、市民的権利を定め、2002年11月のILO理事会では、日本政府に対して「公務労働者に労働基本権を付与すべき」との勧告も採択しています。いずれにせよ「日本国家公務員労働組合連合会」は存在するのです。

最近民間経済の低迷とも連動して公務員の給与が大きく取り上げられ、際限なく膨らむ赤字財政も手伝って給与のみならず公務員制度そのものの改革が大きな問題として浮上していることは周知のところです。たしかに現在公務員の給与は民間の平均を大きく上回っているのは事実でしょう。人事院勧告も優良企業の給与を参考にして決定されるからそれも当然といえば当然でしょう。市によっては公務員の平均給与が市民の平均給与の二倍という市さえあるといわれます。のみならず公務員の待遇が一般よりも低かったころあの手この手の奇妙奇天烈な民間ではかんがえられない手当を創造し給与化されてきたこともじじつでしょう。また天下り、渡り鳥、居酒屋タクシーにかってはノーパンしゃぶしゃぶと公務員自ら首を締めるようなことがまかり通っていたことも事実ですし、天下り確保のための業界との利権関係も目を覆うものがありましたし、いまだに是正されているとはいえません。

官庁、役所の組織自体も天下り先確保と連動する形で縦割り・二重どころか多重行政が工夫され、人員増こそが官僚や役人の業績とさえなっていることも否めません。天下り問題に関してはもう一つ抜き難い神話があります。それは官僚を専門家集団と見る神話です。研究書や現業での公務員は別として行政官としての官僚に専門性はありません。慣れがあるだけなのです。天下りの理由として専門性が強調されることがありますが数年でいろんな担当部署を渡り歩いてきた官僚はジェネラリストとしての能力は期待できても専門的能力とはいささかも関係がないのです。彼らの資産は行政に精通していることと彼らの持つ許認可権を中心とした人間関係でしかないのです。企業にとってもそれがなければなんの利用価値もないのが官僚なのです。

日本の官僚は優秀だと言われることもあります。むしろ国内での自賛である面が強いですが。世界では日本官僚の発言・文章は優等生の作文であって政治的には稚拙であることは常識でしょう。日本国民は一流、政治は三流とはよく言われますが官僚個人は別として日本の官僚組織は狡猾・自己保存的・自己完結的であるといってよいでしょう。わたくしは官僚個人を責める気はありません。しかし有能な若き官僚を利権まみれの官僚に仕立て上げる制度の改革は急務です。そのためにはILO(国際労働機構)は151号条約で、公務員の団結権、団体交渉権、争議権、市民的権利を定め、2002年11月のILO理事会で日本政府に対して「公務労働者に労働基本権を付与すべき」との勧告の採択し一般サラリーマンとの同化が必須であると考えるところです。


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ビンラディン容疑者を米殺害 パキスタン首都近郊で作戦

2011年5月2日13時13分

オバマ米大統領は1日夜(日本時間2日)、ホワイトハウスで、2001年の米同時多発テロを首謀したとされる国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者が死亡した、とする声明を発表した。米側がイスラマバード近郊で殺害し、遺体を確保している。同容疑者の死亡によって、約10年に及ぶ米国のテロとの戦いは大きな節目を迎えた。

オバマ大統領は声明の冒頭で「米国の作戦によってオサマ・ビンラディン(容疑者)が死亡した、と報告する」と述べた。就任直後からビンラディン容疑者を拘束か殺害することを、最優先課題にしてきたとし、「アルカイダ打倒の戦いの中で、最も大きな成果だ」と強調した。

声明によると、米政府はパキスタン当局の協力で昨年8月、ビンラディン容疑者がパキスタンの拠点に潜伏していることを突き止めた。先週、身柄を確保するための作戦に乗り出すことを決め、オバマ大統領の命令で1日、作戦が実施された。ビンラディン容疑者は銃撃戦の末に死亡し、遺体は米政府側が確保したという。

ビンラディン容疑者の死亡によって、アルカイダの求心力が大きく低下することは間違いない。今年7月に、アフガニスタンからの駐留米軍撤退を始めるオバマ政権にとって、極めて大きな成果と言える。一方、指導者を失ったアルカイダ側が、欧米を標的にした「報復テロ」の動きを強めるおそれもある。

このため、オバマ大統領は「我々は国内外で警戒心を保たねばならない」と、テロへの警戒を呼びかけた。また、「米国はイスラム世界と戦争しているわけではない」とも述べた。                                     (以下省略)


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  テロの背後にあるもの

9.11いらいアメリカはテロとの戦いを宣言しアルカイダ、ビンラディンを追いかけてきた。もちろんその間テロとは何の関係もない多くの人びとが殺害されてきたことも事実である。われわれももちろんテロは許さない。しかしテロとの闘いは人類が存在するかぎり存続するであろうことも残念ながら認めざるを得ない。テロにはどんな理由があるにせよ許されるものではない。同時にテロとの戦いにおいてはどんなことでも許されるとも考えない。わたくしはアメリカのテロとの戦いを支持する。しかしその戦い方には疑問を感じるところも多々ある。

長きに渡るビンラディン、アルカイダとの戦いの報道も日常化されるにつれ自分とは関係の無い他人事のように感じられるこの頃であった。いまいちどアルカイダ、ビンラディン、タリバーンについて思い起こしておこう。この記事をお借りした朝日新聞に要を得た解説があったのでそれも引用させていただこう。「アルカイダとは米国同時多発テロの首謀者とされるビンラディン容疑者が、ソ連による79年のアフガン侵攻に対抗して結成したイスラム過激派の国際テロ組織。アラブ諸国から義勇兵のムジャヒディン(イスラム戦士)を募って軍事訓練を支援するなど、他のテロ組織への影響力も強い。米国同時多発テロのほか、93年のニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件や98年のタンザニア・ケニア米大使館同時爆破事件など複数のテロ事件への関与が疑われている。米国のアフガンに対する武力行使で打撃を受けたが、米中央情報局(CIA)は、大規模な攻撃能力が残っているとみて警戒している。

また「タリバーンとは」パキスタンとアフガニスタンの国境地帯のマドラサ(イスラム神学校)で学ぶ学生を中心に、94年に組織された。アフガンで内戦に明け暮れるムジャヒディン(イスラム戦士)に嫌気がさした国民の支持もあり、98年にはほぼ全土を支配。しかし女性の就労や教育、テレビなどを禁じる極端なイスラム法を適用し、国内外の反発を招いた。01年に政権は崩壊したが、両国の国境地帯でひそかに再組織化を進め、06年夏以降、反この政府テロを強めた。指導者オマール師は国境地帯に潜伏しているとされる。

「オバマ米大統領は1日夜(日本時間2日)、ホワイトハウスで、2001年の米同時多発テロを首謀したとされる国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者が死亡した、とする声明を発表した。テロと同義語のごとく使われていたビンラディンがパキスタンで死亡した」と発表した。当然多くのアメリカ人は歓喜の声をあげオバマ大統領の支持率も増加した。しかしこれでテロが集結したわけではないことはオバマ大統領も百も承知である。精神的指導者を失ったさまざまなテロ集団によるさらなるテロの拡散が心配されるところである。

問題はテロの根源を絶つことはできない点である。テロの根源は民族や宗教の違いと見えることが多いが基本は貧富の差である。貧富の差と言っても自然に生じる貧富の差ではなく他国、他民族の搾取、世界の経済的活動によって生じる貧富の差である。貧富の差が民族や宗教の旗印のもとでテロ活動へと変貌してゆくのである。つまりテロは差別されているという意識の産物、富の正当な分配の問題であるといえる。わたくしは共産主義的、社会主義的社会を推奨しているのではない。金融・経済活動のグローバル化と同時に分配のグローバル化を求めているのである。

貧富の差に加えて見逃してはならないのはパレスティナの土地でのイスラム国家の建設である。これがビン・ラーディンのみならアラブ一般の反米・反西欧の対立軸を持ち込んでいる。ユダヤ人の建国願望とヒットラーによるユダヤ人虐殺にたいする世界の良心のトゲに便乗した多くのユダヤ人を抱える連合国の事情が合致した結果の建国であった。それをアメリカが軍事・経済的支え,イスラエル自体がつねに軍事的優位を保つことが,つねに恐怖に晒されたイスラエルの唯一つの安全保障である。イランの核武装も公表されてはいないが数十発のも核武装を許しているアメリカ,ヨーロッパのダブル・スタンダードにたいする対抗策という側面を見逃すことはできない。

テロを正当化するつもりは些かもない。しかしそこには何らかの原因がる。それも回避しようと思えば回避できる理由があることを強調しておきたい。圧倒的な力への抵抗、戦争というだけではなく差別、不平等、搾取があるのであって、決して民族や宗教の違いに問題をすり替えてはならない。


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  「原発推進は決して間違いではない」 与謝野経財相

2011年4月15日10時54分

与謝野馨経済財政相は15日の閣議後の記者会見で、「今後も日本経済にとって、電力供給にとって、原子力発電は大事だ。(原発を)推進してきたことは、決して間違いではない」と述べ、東京電力福島第一原発事故を受けても「原子力は必要なエネルギー源」との認識を示した。

 与謝野氏は日本原子力発電出身で、通産相などとして原発を推進してきた。原発の安全性について「言い訳がましいことは言いたくないが、最良の知見、最善の知識、最良の技術でベストなものをその当時は作ったと確信をしていた」と説明。「原発を推進してきた立場として今回の事故に謝罪をするつもりはないか」という記者の質問に対し、「ないです」と述べた。

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  「原発推進は間違いではなかった」与謝野馨経済財政相

与謝野馨経済財政相は15日の閣議後の記者会見で、「今後も日本経済にとって、電力供給にとって、原子力発電は大事だ。(原発を)推進してきたことは、決して間違いではない」と言った。与謝野氏の認識はもちろん自民党中心の原発推進派の言い分ではある。なぜそのことを言うかといえば原発に関しては根強い反対あるいは慎重派の絶えざる抗議があり、世界的にも大きく意見の分かれる問題であったのである。ヨーロッパやアメリカが原発の推進に積極的になったのは地球温暖化や原油供給にたいする不安定な状況が議論されるようになった比較的最近のことである。しかし今回の福島原発事故を契機にドイツなどは原発断念の方向に舵を切ったところもご存知のとおりです。少なくとも原発に対して多くの先進国が慎重であるにもかかわらず頑なに原発を推進してきたのが日本政府であった。

そういったなかで原発の推進は安全神話と経済性が強調されながら国策として推進されてきた歴史である。日本の原発推進は国民的議論のすえ選択された政策というよりも政府、経産省(安全保安局)、財界、電力会社と政権政党の利権絡みの思惑から三者がデーターを隠蔽してまで創り上げた安全神話の上に成り立っている。わたくしは何がなんでも原発反対の立場をとる者ではない。化石燃料が有限であり、地球温暖化のことなどを考え合わせたとき過渡的エネルギー源としては認めざるを得ないのかも知れないと思う。しかし原発は推進派が盛んに喧伝するような経済性とは程遠いことは言っておかなければならないであろう。核廃棄物の処理費用までも考慮に入れたときその経済性は想像を絶するものとなるであろう。しかも千年、万年単位での汚染まで考慮せねばならない重大な問題なのである。人類は一刻も早く原発に頼らないクリーンなエネルギー源を開発しなければならないのである。はたして原発の開発以上の資源が再生可能エネルギーの開発に投入されているとはとうてい思えない。与謝野大臣の「原発推進は間違いではなかった」認識は間違いではなかったとしても推進の仕様は欺瞞と利権あさりに満ちた間違いの歴史であったと言わざるをえない。その意味でわたくしは「原発推進は間違いであった」と明言しておきたい。安全神話創出そのものが国民を欺くという大きな間違いであったのである。


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  耕せぬ、種まけぬ… 放射能汚染、福島の農家「人災だ」

2011年3月27日9時4分

桃やキュウリ、米などの産地として名高い農業大国・福島県。沿岸部の津波被害だけでく、福島第一原発からの放射能による水や土壌の汚染が重くのしかかる。

「アブラナはちょうど食べごろ。これから菜っ葉やジャガイモの種芋をまこうと思っていたところだったのに」

原発から20〜30キロの屋内退避圏内に入っている広野町の自宅から避難して内陸部にいる男性(75)は焦る。25日には政府が屋内退避圏の住民にも自主避難を要請。畑に戻ることすら難しい状況だ。「これは人災。何をいっても通るものでないが……」

同じ屋内退避圏の南相馬市原町区に住む松浦秀昭さん(68)はいまも自宅に残る。飼育する10頭の馬を捨てられない。幸い、約80アールの水田も津波被害を逃れている。

「原発の作業員が頑張っており、放射能の影響はない」と松浦さんは信じている。だが、作付けをしようにも、例年なら農協から届く種もみが今年はない。放射能による土壌汚染があるかどうか、それに対する補償があるかどうかを見極めるための検討を続けているからだ。

すでに文部科学省の調査で、原発から約40キロ離れた飯舘村の土1キ
ロから16万3千ベクレルのセシウム137と117万ベクレルのヨウ
素131が検出されている。

県は25日、県内の全農家に、農作業の延期を要請。米や野菜、花の種まきや苗植えを通常より延期する▽土壌表面の放射性物質の拡散を防ぐため、田畑を耕さない▽出荷停止中の牛乳は堆肥(たいひ)化処理をするとともに、家畜は放牧せずに畜舎内で飼育する――ことなどを求めた。

仮に、土壌が汚染された場合に対策はあるのか。

金沢大・低レベル放射能実験施設の山本政儀教授(環境放射能学)によると、かつて原発事故が起きたウクライナのチェルノブイリや核実験で被曝(ひばく)したカザフスタンのセミパラチンスクでは、土壌の入れ替えが行われた。表層20〜30センチの土壌を薄くはぎ取り、その下1〜2メートルの泥を掘り出して、そこに表層部の土を埋める。そのことで放射性物質は上にある土壌で遮られ、大気中に出にくくなるという。

雨が多い日本の場合、埋めた放射性物質が雨で流され、飲料水に影響する可能性もある。山本教授は「半減期が30年と長いセシウムは地下の粘土鉱物に付着して落ちにくいが、ストロンチウムは流れていく。汚染されていない山を崩すなどして土を完全に入れ替えるのが理想かもしれない」と指摘する。

福島でそうしたことが必要になるかは、まだ決まったわけではない。まずは作付けが可能かどうか、土壌の入れ替えが必要かどうか、付近一帯の調査を進め、汚染状態を正確に把握する必要がある。もっとも、まだ原発自体が安定していない状況で、県農林水産部の担当者は「まずは農作業の自粛で、放射性物質の拡散を防ぎたい」と話している。

(大平要、岩崎賢一、中川透)


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  風評被害という人災

風評被害は明らかに人災である。最たる人災である。そうは言っても単なるうわさ話ではすまされぬほんとうの話であることもあるからだ。つまり正確な情報の欠如である。

正確な情報といえば今回の福島原発事故による風評にはいくつかの問題があったことがわかる。第一は東電や政府の発表に対する不信がある。安全を印象づけるための為にする発表があったことである。風評を防ぐもっとも重要な要素は発表者、会見者にたいする信頼であることはいうをまたない。そもそも原発政策に関しては歴史的に隠蔽の歴史であった。政府、ならびに電力会社は原発推進のために情報を操作してきたことを国民の多くは直感してきたのである。美浜原発、柏崎原発の事故においても情報の隠蔽あるいは捏造が明らかになったのである。また玄海原子力発電所、4号炉プルサーマルが事故を起こしてレベル5クラスの大規模な放射能漏洩を起こし、いまだ収束していないことがどれだけ国民に情報として共有されているであろうか。つまり原発の安全神話は原発政策推進のために作られた神話なのである。これを広島、長崎の原爆、第5福竜丸被爆にすり替えてはならない。放射能事故に関する国民的拒否反応は政府の原発政策にたいする拒否反応である。福島原発事故関連の風評も安全性に確保だけでは解決されないであろう。福島原発の廃炉と撤去を待たなければならないであろう。わたくしは何がなんでも原発反対を唱える者ではないがこれまでの不誠実な原発推進政策はあまりにも大きなしっぺ返しを受けたことになる。

第二は事故に関する情報の提供に使われる言葉の問題がある。科学的根拠のあることを示したいのであろうがあまりにも庶民の言語からはあまりにも距離があった。数字でごまかそうとして数字に裏切られたようなものである。たしかに多くの人は数字は弱い。しかしあまりに日常からかけ離れた数字には逆に不信を抱くのが庶民である。基準値、積算放射線量、シーベルト、ベクレル、あまりにも大きな数字、基準値の何千倍、何万倍、それでも「ただちに害をおよぼすものではない」、国民には誤魔化しとしか映らないのである。科学的数値がいかなるものであるにせよ国民の信頼を得るには一般の人々を説得する言葉に変換されなければならない。日常言語で語れない科学は科学者の力量不足か学問の未熟さいがいのなにものでもないのである。

第三の問題は言語矛盾と言ってもよい官僚言語である。それは責任逃れの言語である。「自主避難の要請」、それでも満足しないのか「自主避難勧告」。いったい何を言いたいのであろうか。あるいは「ただちには健康に被害はない」?「いまのところ」というのは悪くなることもあるということ。被害を避けるために早めにということは理解できる。しかし本音は被害が出たとき被害命令を出さなかった、出荷停止を命じなかったと非難されるのが怖いだけであろう。国民を信用していないことの表れであり、責任逃れにすぎない。国民はそれほど落ちぶれてはいない。正確な情報が与えられていないだけである。情報が性格で政治や行政への信頼さえあれば国民は避難するどころか感謝するに違いない。災害にあってはまず国民を信頼することが最重要なことである。


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   英で「原発反対」増加 日本の事故踏まえ世論調査

【ロンドン=橋本聡】東日本大震災と福島第一原発の事故を受け、英国世論で「原発反対」の声が増えている。世論調査会社が国際環境NGO「地球の友」の依頼で18〜20日に1千人に電話調査したところ、原発の新設に「賛成」は35%、「反対」は28%。昨年11月の別の世論調査会社の調べでは「賛成」が47%で、「反対」の19%を大きく上回っていた。

今回の調査では、原発の安全性に不安を感じるとの声も44%あった。また、4人に3人が「風力や太陽光などの再生可能エネルギーや、家庭や産業の節電対策にもっと投資すべきだ」と答えた。

英国では19基の原発が電力の2割を生み出している。政府は老朽化した原発を順次閉鎖し、代わりに新しい原発を建てる方針だ。キャメロン首相は日本の原発との設計の違いや、英国に地震や津波の恐れがないことを強調し、「原発は必要」としている。英国では19基の原発が電力の2割を生み出している。政府は老朽化した原発を順次閉鎖し、代わりに新しい原発を建てる方針だ。キャメロン首相は日本の原発との設計の違いや、英国に地震や津波の恐れがないことを強調し、「原発は必要」としている。

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  東北関東大震災における福島原発事故について考える

東北関東大震災は予測できない想像を超えた災害であった。自然現象とはそういうもので完璧な予防策はないものである。ただ多くのことをこの震災を機に学ぶことができた。その一つは自然災害をハードで防ぐことには限界がある。自然災害は起こることを前提としてそれが起こった時のソフトの整備、少しでも被害を最小にするソフトの開発が肝要である。そのなかには街づくり、通信の確保、一定の範囲で非難所となる耐秦、防火、ヘリポートを備えた中高層の建造物、それはまた通信の中継基地としてもりようできるはずである。防波堤、防潮堤、高速道路、鉄道、空港などのハードはほとんど役には立たず、結局使えるのはヘリなのである。

自然災害は半分は天災、残りの半分は人災ということになる。そのなかで原子力発電所の事故はほぼ100%人災である。なぜならば原発は原則として少々の空爆やテロにも耐えるように設計されるべきものである。津波でポンプが故障したとかパイプがどうのこうのと言った簡易なものではないはずである。電力も発電するだけではなく自家発電も二重三重に用意されているべきである。中央制御室も津波や火災で不能となるようでは困る。福島原発ではこれらすべての点において不合格といわざるをえないであろう。これでは人災以外の何ものでもない。さかんに自然災害が強調されるがそれが原発の再建の必要性のための下心であってはならない。ヨーロッパ、アメリカでは原子力発電そのものにたいする再検討がなされているのである。

イギリスでは19基の原発が稼働しているが、「日本大震災と福島第一原発の事故を受け、英国世論で「原発反対」の声が増えている。世論調査会社が国際環境NGO「地球の友」の依頼で18〜20日に1千人に電話調査したところ、原発の新設に「賛成」は35%、「反対」は28%。昨年11月の別の世論調査会社の調べでは「賛成」が47%で、「反対」の19%を大きく上回っていた」という。

イタリア政府は「22日、閉鎖している原子力発電所の再開に関するすべての計画を1年間停止する方針を固めた。ロマーニ経済発展相が明らかにした。」

ドイツでは「福島第一原発の事故後、ドイツでは原発の是非をめぐる論議が活発化、州議選でも最大の争点になった。同州内には計4基の原発があり、現在のマップス州首相(CDU)は原発推進論者として知られていた。メルケル政権は事故を受け、稼働開始が古い発電所の運転を停止するなど原発政策の急転換を図ったが、昨年秋に原発の運転期間を平均12年間延長したばかりだったことから、有権者に「選挙戦術」と見透かされ」大敗の辛苦をなめることとなった。

日本の原発議論が再燃するであろうがヨーロッパとは違った側面がある。日本では原発そのものの議論のほかに電力会社、政府の隠ぺい体質が原発議論を複雑にしている。なんど国民は騙されたことだろう。美浜原発事故のときもそうだったし、柏崎のときもそうであった。情報開示とは原発推進に都合のよい情報の電力会社、政府からの開示であり、そもそも情報を国民と共有するという視点は一切ないのである。そのことは枝野官房長官の会見にもよく現れている。枝野氏にはむしろ同情する。自身にも理解できない科学的事実関係の説明を記者は要求する。科学的事実は科学者にまかせておけばよい。ただし言葉が難解というより隠語的で美しくない。言葉の未熟さは学問の未熟さである。そうでなければ意図的隠ぺいと考えてよい。そこには「自主的避難」などという官僚の責任逃れの言葉が飛び交う。「自主避難」とは災害弱者はほっておけという意味にすぎない。


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リビア反体制派、各国政府と接触 カダフィ氏退陣へ圧力

2011年3月5日11時21分

【ベイダ(リビア東部)=山本大輔、井上道夫】リビア反政府勢力の中心人物として、カダフィ政権崩壊を見越して暫定政権の基盤づくりを進めているアブドルジャリル前司法書記(法相)の政治顧問が4日、前法相側がすでに米国など各国政府と接触を始めたことを明らかにした。

米国勤務経験があるリビア政府の元外交官、アフマド・ジュブリル氏(36)が、ベイダで朝日新聞と会見して語った。

ジュブリル氏によると、市民への武力行使に抗議する大使ら外交官が辞意を表明したリビア在外大使館を通じて、米、英、国連などと接触。国を統治する正統性は自陣営に移っていることを認めるよう要請している。

武力を使って市民を弾圧し、政権の座に居座ろうとするカダフィ大佐への退陣圧力を強めることが狙いという。前法相は、反体制側の住民代表でつくる国民評議会を近く正式に発足させ、代表に就任する予定。カダフィ政権に代わる国の暫定的な運営母体として国民評議会を支持するよう要請もしているという。

また、カダフィ政権側が戦闘機などで反体制側を攻撃できないようにするため、飛行禁止空域の設定や、政府軍の拠点に対する空爆実施などへの協力も要求中だとした。

一方、ジュブリル氏によると、カダフィ政権側は前法相側に事態収拾のための交渉を提案してきたという。

反体制デモ発生後、カダフィ政権の対外治安庁長官に任命されたばかりのアブゼイド・ドゥーダ氏が数日前、電話で接触してきた。だが前法相側は、カダフィ氏が退陣しない限り、交渉には応じられないと返答したという。

前法相側は、この接触は、カダフィ氏の次男で後継と目されていたセイフルイスラム氏の指図とみている。アブドルジャリル氏を法相に任命したのがセイフルイスラム氏だった。個人的なつながりを通じて、強硬姿勢を堅持する父親に代わって妥協策を模索しているものとみられる。

カダフィ氏は反体制派を「(国際テロ組織)アルカイダ」「ネズミ」などとののしり、支持者らへ徹底抗戦を呼びかけている。


コメント:

チュニジア、エジプト、レバノン、リビアなどの政変とそれにたいする欧米各国の対応は複雑である。石油をめぐる経済問題、反米化への危惧、イランのこの地にたいする影響力の増加、イスラエルにたいする強硬姿勢とそれをおそれてのイスラエルの暴走にたいする心配がある。

近年のイスラム世界との抗争はサミュエル・ハチンソンのいう文明の衝突を思わせるところがある。いずれにせよこの問題はそれらの底に流れる中世以来のキリスト教ヨーロッパの東方アラブ世界にたいする恐れにも近い対抗意識をも考慮に入れなければならないで。長らくアラブの支配下にあったスペインにたいするヨーロッパの蔑視にもそのことが窺われる。「アフリカはピレネーから始まる」というのはまさにイザベラ女王によるヨーロッパ支配の回復後もヨーロッパの心のどこかにひそかに抱かれていたアラブ世界にたいする恐怖に基づく蔑視を物語っている。

ヨーロッパ・アメリカには現代のアラブ・イスラム世界のイスラム原理主義やテロにたいする古くからの恐怖が存在する。とくにアメリカで広いく見られるキリスト教原理主義者たちのアラブ・イスラムにたいする猜疑心や警戒心は宗教を超えた歴史的感情であるといってよい。

それとは逆にアラブ・イスラムの世界にもキリスト教・ユダヤ教にたいする嫌悪感といってもよい感情が底辺に流れている。ふり返ってみればユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ神を頂く同根の宗教である。大まかにいってユダヤ教は個別部族宗教、キリスト教は汎国家的・抽象的宗教、イスラム教は砂漠的・隊商的宗教といえよう。しかし近代を支配したのは近代科学を生みだしたキリスト教的世界であったためにユダヤ教やイスラム教にたいする警戒感が支配した歴史であった。ユダヤ、イスラムのキリスト教世界にたいする反発がさまざまな形で噴出しているのが現代の世界状況であり、それはヨーロッパ、アメリカにたいする異議申し立てといった性格を担っている。

複雑な近親憎悪にも似たアラブ・イスラム世界とヨーロッパ・アメリカの対立はヨーロッパ・キリスト世界のユダヤ人にたいする体のよい差別意識からユダヤ人が望んだこととはいえ、ヨーロッパから排除する形で、アラブ・イスラエルの世界の中心にユダヤ国家を創設し軍事的にもそれを支援していることに起因する。親米・親ヨーロッパ的に見えるアラブ国家もいつ反米・反ヨーロッパへと変貌するか分からないのである。いずれにせよアラブ・イスラム問題の解決にはどういう形であれイスラエル問題の解決いがいには考えられないのである。


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阿久根市議会も解散成立 市長解職に続き住民の賛成多数

2011年2月20日22時12分

鹿児島県阿久根市議会(定数16)の解散の賛否を問う住民投票が20日投開票され、賛成7321票、反対5914票で解散が成立した。昨年12月の竹原信一前市長の解職に続き、議会にも市政混乱の責任があると判断された。当日有権者数は1万9631人、投票率は67.72%。出直し市議選は4月24日投開票。

今回の住民投票は、竹原氏派の4議員が進めた解散請求(リコール)運動の節目。反竹原氏派の12議員を信任するかどうかが事実上の争点だった。続く市議選では竹原氏派が過半数の9人の擁立、当選を目指す。選挙結果は市政の行方を左右する。

1月の市長選前から市議会リコール実行委員長の石沢正彰議員らは「12人は、市民生活に配慮した前市長の政策を徹底的に妨害してきた」「官民格差の是正を目指した前市長の『改革』を後戻りさせるな」と市民に呼びかけた。

一方、反竹原氏派は「何でも反対する」との批判に「2年間で市長提案179議案のうち否決は29件だけ。このうち15件は違法な専決処分」と反論。「対話重視の現市政とは議論できるため、議会の役割が果たせる」と訴えた。

竹原前市長と議会の対立は、前市長が就任した2008年9月から。前市長は議員定数を6に減らす条例改正案を議会に提案するが、否決され、09年1月には自身のブログで市議の不人気投票を呼びかけて、関係は悪化した。

前市長は議会が不信任決議をすると解散し、市議選後に2度目の不信任決議を受けて失職。09年5月の市長選で再選された前市長は10年3月定例会への出席を拒否。以後、定例会を7カ月招集せず、市職員・市議の賞与の大幅削減や議員報酬の日当制導入など十数件を専決処分した。

解散運動は昨年10〜11月、法定数より2千人以上多い8768人分の署名を集めた。


コメント:

阿久根市の市長と議会の対立に最初は市長の個人的資質と議員の常識の対立として面白おかしく報道もされ、外部からもそう見られていたとおもう。さいしょかれらの対立にどう反応したものか迷った人も多かろう。わたくしもその一人であるかもしれない。市役所に勤める公務員の給与が市民の平均の給与の倍である事実の不当性にたいする市長の怒りも理解でき、市民の市長を支持するのもさもありなんとおもういっぽうでそれを是正するための市長の手法に尋常でないものを感じたからであろう。

その後大阪市の橋下知事の府政、名古屋の河村市長の辞任と住民投票による議会の解散、加えて河村市長と大村知事の圧勝を見るにつけ最初阿久根市のいざこざに違和感を感じていた人も事の本質に気が付きだしたのではないだろうか。それはまた多くの地方自治体の首長もおなじである。

もはや阿久根市で起こったことは地方自治に関する大きな流れとなったといえる。もはや国政もそれに逆らうことはできないであろうがこの機に及んでの民主党原口氏や小沢氏の橋下知事、大村知事、河村名古屋しちょうにたいするこびるような便乗の不潔さも国政のだらしなさを目立たせるだけのものとなろう。国会議員と官僚に地方自治の確立は無理なのである。上から与えられた改革は改革ではないことを再認識すべきであろう。

民主党への政権交代を実現させた国民の本能的感覚も地方自治の確立であったのではなかろうか。政治家と官僚・公務員に振り回されることにたいする嫌悪感であったといってもよいとおもう。国民が期待した政権交代は国会で盛んに口にされるマニフェストによるところではない。そのことを与党民主党も自民・公明を中心とする野党も十分認識してはいないようである。この際こころある政治家は霞が関と永田町に別れを告げ地方自治に移住するのがよかろうとおもう。健全な国政は健全な地方自治の上に初めて成立する。地方は永田町、霞が関の天下り先であったり、出先機関ではない。地方議会が政党の支配下にあるのもさらにおかしな話であろう。地方自治は政治とははっきりと区別される必要がある。地方自治を政治化する小沢氏、原口氏の動きに騙されないようにするのが肝要であろう。菅降ろしはおそらく必然であろうがその準備に忙しいお二人である。


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「数百人死傷」と米 リビアの対応に「重大な懸念」

2011年2月21日16時24分

【ワシントン=望月洋嗣】米国務省は20日、リビア情勢について「重大な懸念を抱いている」とするクローリー国務次官補名の声明を発表した。この数日で数百人の死傷者が出たとする「信頼できる複数の報告を受けた」とし、リビア外相らに平和的なデモ参加者への武力行使を控えるよう求めたことを明らかにした。

声明は「リビア高官は、平和的なデモの権利を守ると約束していた」とし、デモ参加者に暴力を振るった治安当局者の責任を追及するようリビア政府に要請した。また、20日の報道番組に出演したライス米国連大使は、「トリポリではまだ暴力的な事態はほとんどないが、状況は変わりつつある」との認識を示した。

一方、米軍広報によると、米軍制服組トップのマレン統合参謀本部議長は20日、サウジアラビア入りした。中東各国の政情不安を受けて、米国の重要な友好国であるサウジの政府高官や軍幹部と会談し、意見交換する予定。その後、カタール、アラブ首長国連邦、クウェートなども訪れる。

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チュニジアに始まった政変はエジプトに飛び火し中東、北アフリカのアラブ世界に野火のように広がった。これを書いている現在でもリビアでの対カダフィー独裁政権にたいする抵抗が内戦といってもよい状況を呈している。

わたしはジャーナリストでも、中東の研究者でもなく、コメンテーターでもない。哲学者のはしくれだからあれこれ解説めいたことは止めておこう。ただこれらの地域が抱える問題をわたくしなりに指摘しておこう。

まずこれらの地域は産油国かあるいは油に関わる事業を国家の財源としている。エジプトは観光とそれに加えてスエズ運河の通航料で国家財政を賄っている。地域の多くの国々はほとんどが王制か長期独裁政権である。カダフィーも40年にわたって長期独裁政権を維持してきた。ときにきらびやかに贅をつくした王室の様子が世界で語られ国民もさぞ豊かな生活を満喫しているかのような錯覚を持っている人もあるようだ。しかしそれはあくまで錯覚であって貧富のあいだの格差はどうしようもない社会である。また国によっては税金が掛からない豊かな国のように語られたりもするが実は庶民は貧困から税金も払えないのであり、無税は富裕層にのみ恩恵をもたらしているにすぎない。若者には職がなく、賄賂と不正がまかり通る社会であり治安や秩序を維持すべき警官も賄賂しだいだと聞く。

つぎに、これは世界的問題であるが異常気象と投機マネーによる食料品の高騰が追い打ちを掛ける。これらの不満が一気に爆発し、インターネットの情報化時代に野火のごとく混乱に火をつけて行ったものである。

さらに問題を複雑にしていることにイスラムの急進的原理主義ハマスと穏健派といわれるシーア派の争いがある。加えてイスラエルとパレスティナの問題を抱えている。パレスティナの土地に何千年も前の旧約聖書の神との約束を持ちだしてユダヤ国家を立てたところに無理がある。それにはヨーロッパ、アメリカのユダヤ人にたいする迫害のある種の良心の呵責のようなものが入り混じっているからさらに厄介である。それにヨーロッパ世界とアラブ世界の対立は古い歴史の問題でもある。イスラエルの建国自体ヨーロッパ、アメリカのアラブ世界にたいする挑戦でもあると言えよう。イスラエルを容認し、アラブの盟主を自任していたエジプトの政権が崩壊したいま孤立感から恐怖にかられたイスラエルの暴走が心配である。

今回のアラブ世界の政治的混乱は単に原油やスエズ運河の問題ではなく世界経済と世界秩序を一変する地球規模の歴史的出来事であるのではなかろうか。間違いなく日本も歴史の大波のなかで翻弄されることが予測される。本当は政局争いしている時期ではないのである。


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外国人の土地取引を規制検討 民主PTが議論を開始

2011年1月21日3時3分

菅政権は外国人や外国資本の土地取得規制の検討作業に入った。水源林や離島で外国人や外国資本による土地取得が進み、水利権や安全保障上の問題が指摘されているため、外国人土地法や森林法の改正を検討する。

民主党の「外国人による土地取得に関するプロジェクトチーム(PT)」(一川保夫座長)が20日開いた初会合では、水源林や離島の不動産が外国人に取得されている実態が報告され、「林業不振で、外国人に土地を売りたいという気持ちが強まっている」「安全保障上、問題がある」などの意見が出た。今年度中に関係省庁の意見聴取を終え、法整備について内閣への提言書をまとめる方針だ。

外国人土地法は、外国人の土地取引を制限する目的で1926年に施行されたが、具体的な政令が整備されておらず、「実効性がない」と指摘されている。森林法も所有者の届け出義務がなく、こうした点が改正のポイントだ。

外国人の土地取得をめぐっては、韓国資本による長崎・対馬の土地買収や、北海道で中国などの資本が森林を買い進めていることが問題視されてきた。菅直人首相は昨年10月の参院予算委員会で、外国人らの土地取引の規制について「一つの考え方をまとめてみたい」と答弁している。


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  外国人の土地取引を規制検討 民主PTが議論を開始

中国資本が北海道や富士山麓を買いあさっているといわれる。そのことを非難したり、笑ったりすることはできないだろう。日本もかってそうであった。ニューヨークのシンボル的ビルを買い、ハリウッドの映画会社を買いあさったのを忘れたわけではあるまい。問題は外国資本に売り渡してもよい場所とそうでない場所があるというものだ。竹島はほとんど買い取られているといってよい。沖縄も竹島も自衛隊基地の周辺すら買い取られているという。そういう例は日本のいたるところであるのではないのか。いったい日本の防衛意識はどうなっているのであろうか。防衛省からも、あるいは外務省やその他の役所からその是非の声は一向に聞こえてこない。

なにも一律に外国人の土地取引を規制する必要はない。しかし繰り返すが売ってはならない、買い取られてはならない土地や建物はあるはずだ。最近ロシア大統領や高官の訪問で問題をかもしている北方領土の土地を日本が買い占めていったらどうなるだろうか。ロシアは許すだろうか。日本もいつまでも国土の管理を一般のブローカーの手に任せておくわけには行かないのである。必要な地域や土地・建物には国益のため一定の規制を掛けるのもいたしかたないであろう。日本は中国など共産圏の国とはちがい土地の所有権は基本的権利として認められている。しかしその使用は自由に放任されたものではない。所有権と引き換えに国益に沿って管理する義務も負っているのである。国益にかなった制限がもうけられるのもとうぜんである。その意味では国家に一定の管理権が付与されている。国土というのはそういうものなのである。つまり土地は売買でき、ときには実効支配と紛争の火種となることもある、しかし国土・領土は個人が売買できるものではない。領土は等しく国民のものだからである。

そのことは簡単に言えば必要とあればいくらでも法規制を被せることができるということであり、外国人の土地買収を恐れることはないということである。たしかに海外での不動産も国際的に一定の保護はされているがすべてその国の国益を損なわないという限りにおいてのことであることはとうぜんであろう。かれらも当然そのリスクを考慮しての売買であることぐらい承知であろう。国際的に財産権を主張できるとは言えそれは非常に限定的なものである。


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大学側「試験に集中できぬ」 3年12月の就活開始批判

2011年1月26日6時29分

 「就職活動で学生が試験に集中できなくなる」。企業の採用活動の開始時期について、日本経団連が大学3年の12月以降にするよう提案したことに、大学側からこんな批判がでている。経団連は3年秋より遅らせる考えだが、冬は大学内の試験シーズン。大学団体は採用活動の開始を翌春以降にするよう求め、近く声明を出す予定だ。

 企業の採用活動は現在、大学3年の10月ごろ開始。就活で学生が授業に出られないなどの問題が指摘され、経団連は会社説明会などを12月1日以降にするよう企業に求めると決めた。しかし、採用活動が本格化する時期が大学の試験が集中する1、2月とぶつかる可能性があり、大学関係者は「就活を優先して試験を受けられず、単位を落とすこともありえる」と指摘。「大学3年が終わるまでは学業に専念させるべきだ」として、国立大学協会は大学4年が始まる4月以降に、日本私立大学団体連合会は春休みに入る3月以降に採用活動の開始時期を遅らせるよう、経済界側に求める方針だ。

 中央大の永井和之総長は「経済界は大学内の事情も考慮してほしい」とし、名古屋大の浜口道成総長も「人間として成長する時期にあてるためにも、採用時期は遅らせるべきだ」と話している。


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  新卒の就職難:大学は本来の大学の戻れ

3年生にもなると学生は就職活動で頭がいっぱいで勉強どころではなさそうである。学部の授業では毎時間数名の学生が就職活動を理由に欠席している。出席数が心配な学生も多く、就職活動のための欠席は出席扱いにしてくれという学生がいる。就職部もそれを暗にアドバイスしているようである。わたくしは欠席は欠席、でも理由は了解しているといって納得してもらうことにしている。もちろん欠席である。出欠には厳しい方らしい。われわれの学生時代は出席を取る授業もなかったのに比べれば学生生活も変わったもとおもう。授業には欠席しても大学には毎日来るようアドバイスしている。大学での学習は、研究もそうであるが、生活であり、通いではむりであるからだ。大学が生活の中心であればわたくしは授業の欠席は大目に見る方である。

それにしても大学は多すぎる。アメリカの影響でもあろうがアメリカの大学にたいする理念は世界でも特殊である。アメリカの大学の学部は専門教育の場ではなくアメリカの理想とする民主主義の市民として身につけてもらいたい常識といってもよい教養を身につける場である。専門教育は大学院で提供されるものである。教養ということに関してはわたくしなりの考えがあるが後に回そう。現在の就職難は超氷河期ともいわれ学生には同情するところ大である。ただ現在の学生の直面する就職難は企業の求めるところと学生の希望のミスマッチにも大きな原因があるとおもう。いまの日本の多くの大学は大学ではないのである。大学であるというならば安易に単位を発行する免罪符の教会であってはならないのである。大学は学生にたいして自らの要求を厳格に要求しなければならない。就職活動をしている暇などないはずである。

現在の学生の就職難は日本だけの問題ではなく、ヨーロッパの問題でもあれば、成長著しい中国の問題でもある。社会構造のどこかに欠陥があるのであろう。あるいは現在のグローバル化した経済活動と社会の不整合にあるともおもわれる。たんに低い経済成長だけの理由ではないと考える。

いま発想の転換が求められているのではないだろうか。ことによると発想の転換というよりも旧制の教育制度への回帰ともいえるかも知れない。なんとなれば教養教育から始めるのではなく専門教育から始める必要があるのではないのかということであるから。それは高等学校のレベルの専門技術教育の充実である。それによって伝統技術の継承と発展が期待できるのではなかろうか。どれほどコンピュータ化が進んでも最後には人間の感覚による仕上げが必要であるとおもう。残念ながら日本では専門は教養より上位にあるという錯覚が大学の教員のなかでも支配的である。専門は易しい、教養は難しいのが真実である。この重大な錯覚が教養が専門への準備教育へと落としめているのではないだろか。教養は専門への準備ではない。逆に専門を深く学べば学ぶほど教養の必要性が自覚されるものであり、そうあってこそ本当の意味での教養が見につくのである。わたくしは他人の専門がわたくしの教養であり、わたくしの専門が他人にとっての強要であると信じている者である。

技術の裏付けのない教養は企業の求めるところではない。技術も無く、教養もない学生に仕事がないのは当然なのである。就職難に悩むいまの学生はいまの学校制度の犠牲者なのかもしれない。もしアメリカ型で行こうとするならば生涯を通じて大学、専門学校に相当するコミュニティー・カレッジで新しい可能性を追求できる社会風潮を醸成する必要があるだろう。まず専門知識・技術をというのがわたくしのアドバイスである。


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TPPへの参加条件など得られず 米側「時期尚早だ」

2011年1月15日15時0分

【ワシントン=尾形聡彦】日米両政府が幅広い貿易問題を協議する「貿易フォーラム」が14日閉幕した。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を取り上げた初の日米協議の場になったが、日本側はTPPへの参加条件など詳細な情報は得られなかった模様だ。米通商代表部(USTR)は14日夜、朝日新聞の取材に対し、日本への具体的な条件提示などについては「時期尚早だ」と語った。

日本側は同フォーラムを通じて、自国の産業保護がどの程度容認されるかや、日本が参加する場合に求められる条件なども非公式に得たい考えだった。日本政府の交渉筋は14日の会議後、米国側はぎりぎりのところは教えてくれなかった、との見解を示した。一方で、日本がTPP参加に意欲を示していることについては好意的だったという。

USTR広報官は14日夜、朝日新聞の取材に「日本がTPP入りを決断した場合に米国が求める具体的な期待について、日本側と議論するのは依然として時期尚早だ」と語った。

日本はTPPに参加するかどうか結論を出していないため、米国側はTPP交渉についての基本的な情報提供には応じたものの、詳細な協議には応じなかったとみられる。


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日本開国:ガラパコス国家からの脱出

アジア太平洋地域に自由貿易圏を構築する環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Partnership、TPP)をめぐり、日本国内での議論が紛糾している。輸出企業が参加を強く望む一方、安い輸入農作物の流入を恐れる農家は断固反対の立場だ。突如降ってわいた議論のように批判されることがあるが、そもそもTPPは、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国が締結し2006年に発効しており、2009年には米国もTPPに関与することを表明している。2010年には当初の4カ国に加え、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムが参加し、第1回目の協定交渉を開始しているのであり、すでにルール作りの段階に入っているのである。世界情勢を見るならば遅きに失したとさえいるであろう。

TPP参加に関しては大きな経済効果があるとして歓迎する輸出の増大に期待する産業界と大きな打撃を受けるだろうとする農業分野が徹底して反対しているのである。これまでも自由貿易協定 としてはFTA があり、貿易を含め、人の移動の自由化などさらに広い範囲での経済連携協定としてEPAというのがある。それらに比べて多国間でのFTAともいえるTPPは例外規定の少ないことにその特徴がある。

これが世界の趨勢であるとすればそのルール作りの段階から参加して行くのが得策であることは言うをまたない。出来上がったところを見て参加するということでは日本の国益を守ることにはならない。参加するかしないか分からない日本の国益をも考慮して議論されるということはありえないからである。「日本の常識は世界の非常識」とさえ揶揄される日本が施顔の非常識といわれる日本の常識を世界の常識にするには積極的な自己主張いがいにはない。もちろん非常識国家を日本のアイデンティティをまもりながら意外に世界でもうまくやってきたという議論もあろう。つまり「日本の常識は世界の非常識」といわれるところに日本のアイデンティティがあるのだと考えてもよいのかもしれない。しかし経済のグローバル化がここまで進んだ今日、世界の分業化も一層進み日本も世界システムの一員として生きてゆく以外にはないのである。

TPP は貿易を含め、人の移動の自由化などさらに広い範囲での経済連携協定としてEPAや、人の移動の自由化などさらに広い範囲での経済連携協定としてEPAよりさらに広範囲な、例外規定の少ないTPPへの参加には日本の確固たる強みを確保し、問題が起きたときの危機管理の確立が必須である。たとえば農業問題を考えたとき、たしかに日本の品質の良い安全な農産物は輸出産業としてさらなる発展が期待できるとどうじ庶民の台所を守る安価な食料は大量に輸入されることになる。アメリカやオーストラリアなど現段階で日本のTPP参加を促すのは彼らの農産物の日本への輸出の増加が期待できるからであることは間違いない。だからといって日本の食糧の安全保障は犠牲にするわけには行かない。広範な自由化を基礎とするTPPは広範な自由化自体が世界の平和的秩序を支えるものでもあるがそれに頼ることもあまりにも危険であることはいうをまたない。つまりどんなに平和的・協調的世界にあってもそれに完全に身を任せるこはできない。自国の安全管理と危機管理は不可欠である。こうした観点から見たときTPPに参加したときの日本農業の再構築の方向が見えてくるのではなかろうか。TPPに参加するしないに関わらず日本の農業は全面的な構造改革が求められている。TPP参加に反対するのだけではなくTPP参加をチャンスと見て日本農業の再建、再構築に周知を集める機会にしたいものである。TPPが貿易、金融、人の移動など広範な領域の壁の撤廃を意図していることを考えればTPP参加は日本の社会構造の全般的改革が迫られているのである。しかも多くの時間は残されてはいないのである。とにかく日本のガラパコス化は今日の生きる道ではないことだけは事実であろう。


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諫早水門、常時開門へ 干拓訴訟、首相が上告断念の方針

2010年12月15日3時1分

菅直人首相は14日、国営諫早湾干拓事業(長崎県)で潮受け堤防排水門の5年間の開門を命じた福岡高裁判決について、上告を断念する方針を固めた。判決は確定し、干拓の事業主体の農林水産省は2012年度にも長期開門調査を実施、常時開門となる方向。段階的な開門は認めるという同省の路線を抜本的に転換する判断だ。

上告期限は今月20日。菅内閣は17日の閣議で上告断念を正式決定する。それに先立ち鹿野道彦農水相らが16日にも長崎県を訪れ、開門に反対している中村法道知事らに上告断念の方針を伝える方向だ。

50年以上前に構想が浮上し「止まらない大型公共事業の典型」といわれた事業は大きな転換点を迎えた。菅首相は諫早干拓事業を「公共事業見直しの象徴」と位置づけていた。

農水省は1年以上の期間をかける長期開門調査を実施する方針を固めていた。その際には、門の開き具合や開く期間で水量を調節する段階的な開門方法を採用する考えだった。だが、6日の福岡高裁判決で命じられた「5年間の常時開門」と異なるため、同省は上告する方向で検討を続けていた。

しかし、菅首相は野党時代から諫早湾の干拓問題に強い関心を示し、何度も現地を視察。02年には「一般国民は誰も干拓事業が必要とは思っていない。進めたいのは予算を消化して天下り先を確保している農水省と業者から献金を受けている族議員だけ」と批判。今回の判決後の7日には「私にとっても大変長い間取り組んできた問題であり、いろいろな場面が思い出される。判決への対応を検討していきたい」と記者団に語っていた。最終的には首相が、「開門調査はするが、開門を命じた判決は受け入れない」という農水省の方針を受け入れず、上告断念が固まった。

農水省と与党が設置した検討委員会は4月に「環境影響評価(アセスメント)の上で開門調査を実施することが適当」とする報告書をまとめていた。その過程では、開門調査の方式を3パターンに分けて検討。その結果、当初から門を全開する方式では、堤防の閉め切りでできた調整池の汚れた淡水が一気に海に流れ込むため、漁業や防災面で悪影響を与えるとされ、対策費が600億円以上かかると試算していた。

潮受け堤防から離れた地域の佐賀県などの漁業者は、有明海での漁業悪化の原因を干拓事業と疑い、開門を強く求めてきた。一方、干拓地で営農する農業者や長崎県側は開門に一貫して反対しており、開門調査の問題は長年地元を二分してきた。民主党内でも佐賀県連と長崎県連で対応が分かれている。


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止められない公共事業:膨らむ無駄な経費

菅直人首相は諫早湾干拓をめぐる訴訟で国の開門を命じる高裁判決を受け入れた。この問題を考える前に一言。管直人首相の対応について参院議長西岡武夫氏は「菅首相の諫早対応は〈ちゃんちゃらおかしい〉」、「リーダーシップを発揮したと思っているのはこっけいだ。断じて許されない」とのコメントを出したという。一般に公人と私人を区別する風潮がある。特に役職にある政治家や高級官僚の場合前の法務大臣ではないが便利な言葉である。わたくしは思うのであるがかれらに公人と私人の区別はないと思う。なぜなら公人に徹するのがかれらの仕事であり、責務であると思うからである。西岡氏は参院の議長である。長崎選出の一議員ではないのである。参院議長としての西岡氏の発言ははたして妥当なのであろうか。「こっけいで、断じて許されない」のはむしろ西岡氏の発言ではなかろうか。

諫早干拓事業にもどろう。無駄な公共事業であるかないかは一時棚上げにして公共事業の在り方を考えてみたいとおもう。大規模公共工事の常として最初の見積もりの数倍、時には数十倍の費用が投入されることが多い。大規模な工事でもあるので年数も掛かりある程度の工事費の増額は仕方がない場合もあろう。しかしはじめからそれを期待して最初はとにかく安く見積もって工事に着工しようとすることが常態化している。つぎに大規模工事の場合その企画を請け負えるのは大手土木会社やそれらのジョイント事業とならざるを得ず、地元の土木・建築会社は下請けに回り膨大な公共投資のほんのすこしのおこばれに与ることができるにすぎず、ほとんどは霞が関周辺の東京に吸い上げられる。このような大規模公共工事は一度始めれば止められないのが常である。事業の目的を変更してまで続けられることになる。止めるにもそれまでに投入した公共投資に匹敵する、あるいはそれ以上の費用が掛かるのである。そのこともまた計算済みで企画されるのである。そこまでくれば一体だれのための公共事業か首をかしげざるを得ないだろう。

そもそも諌早湾干拓の歴史は古い。約600 年ぐらい前より長い間「地先干拓」と呼ばれる自然環境を巧みに生かした技術で「持続可能な」干拓が行われてきた歴史がある。今日のような大規模複式干拓の計画は、1952 年の「長崎大干拓構想」に始まるのであるが、現在行われている事業は、1983 年計画の「諌早湾防災総合干拓事業」にはじまる。しかし1989 年にはじまった現在の事業は、なぜかこの時点で「防災総合」の文字が抜けて「国営諌早湾干拓事業」となっているのである。この事業も、例にもれず、「小さく産んで大きく育てる」という公共事業と同様に、1999 年末に事業計画の変更が行われ、費用2,490 億円・2006 年度完成予定と、大幅な工期の延長と費用の増大が見込まれているのである。

管首相も野党時代から「菅首相は野党時代から諫早湾の干拓問題に強い関心を示し、何度も現地を視察。02年には「一般国民は誰も干拓事業が必要とは思っていない。進めたいのは予算を消化して天下り先を確保している農水省と業者から献金を受けている族議員だけ」としていたものであり、おなじことは八ツ場ダムについてもいえることであろう。

そのような獏のような公共工事より地元の小規模な土木・建築業者にとっては彼ら自身が実際に請け負える上下水道の整備や電線の地下化などインフラ工事の方が望ましいことは明らかであろう。大規模公共工事の経済効果は喧伝されるほど大きくはないのである。穴を掘って埋めるだけでも仕事の創出になるというまやかしに騙されないことが肝要である。


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  批判ばかりでは…参院自民、年明けからは政策論争優先

2010年12月14日23時35分

参院自民党は14日、年明けの通常国会ではスキャンダル追及よりも政策論争を優先する方針を決めた。小坂憲次幹事長は記者会見で先の臨時国会の論戦について「予算の実質的な審議に時間が割けなかった」と反省し、「相手の批判ばかりでは支持率は上がらない」と語った。

 参院自民党は臨時国会の予算審議に山本一太政審会長ら攻撃的な質問者を並べた。菅政権との対決姿勢を鮮明にできた半面、「参院の権威も見識も品格もなく、犬の遠ぼえだ」(舛添要一・新党改革代表)との批判を党内外から浴び、軌道修正に踏み切った。ただ、参院で問責された仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通相の更迭が予算審議に応じる条件という姿勢は崩していない。


コメント:

参院自民党は14日、年明けの通常国会ではスキャンダル追及よりも政策論争を優先する方針を決めたという。やっと気がついたということか。遅すぎるとはいえいいことである。わたくしは出来る限りにおいて国会審議は視聴するようにしているのだが、何度かあまりの品のなさにチャンネルを変えたことがある。石原、山本、丸川、塩崎等の諸議員の質疑のあまりのひどさに議員の資質さえ疑うものであった。自民党もここまで落ちたのか、いかにも残念な気がしたものであった。まるで権力闘争に敗れた負け犬の遠吠えのように聞こえるものであった。

かれらは空気をいっぱい吸い込んで体を大きく見せる小鳥のようである。糾弾、追求することを持って議論し、審議することと勘違いし、揚げ足を取ることをもってレトリックに代え、声の大きさが議論の正当を保証するこのようにおもっているらしい。かれらの発言には必ず一つ相手にたいする品のない形容詞がついている。いま民主党のことには触れまい。しかし民主党への失望、不信任が自民党の支持に結び付かない大きな理由の一つであることには間違いなかろう。自民党に紅衛兵はいらないのである。

きょうは自民党だけをまな板に乗せている。わたくしは政治の健全さは与党の役割もさることながら野党の役割が大きいと思うからである。与党を育てるのは野党だからである。

そのような観点から現在の野党を見渡したときわたくしは日本の政治に明るい近未来が見えない。理由は簡単である。政策論議を拒まないといいながらあれをしなければ審議に入れない、これをクリアーしなければ政策議論はできないということが多すぎる。要は政局のための足の引っ張り合いに明け暮れしているのである。すでに言ったようにいまは与党のだらしなさを言うつもりはない。与党を育てるのは野党であるからである。わたくしは小沢氏は政倫審に出るべきだと思う。さらに裁判との関係はあるとしても証人喚問にも応じるべきだと思う。しかし自民党は政倫審への開催にも反対するという。理由は決議してもどうせ出席しないからだという。こどもの喧嘩ではあるまい。決議しても出ないということは決議してから言うものである。出ないから決議しないということと決議しても出ないということはまったく意味合いが違うのである。いまの野党はその分別もつかなくなっているのだろうか。残念である。


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  尖閣沖ビデオ、予算委理事らが視聴 衝突する様子収録

2010年11月1日10時51分

衆参両院の予算委員会理事らは1日午前、海上保安庁が尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件を撮影したビデオを国会内で視聴した。6分50秒に編集されたもので、巡視船「よなくに」「みずき」に衝突する様子が収められている。民主党は日中関係を考慮して一般には公開しない考えだが、野党は一般公開を迫る方針だ。

視聴した議員からは「故意にぶつけたのがはっきりわかる」との声が相次いだ。ビデオは巡視船「よなくに」の左後部に中国漁船が衝突したシーン(3分20秒)(2)巡視船「みずき」の右側に中国漁船が衝突したシーン(3分30秒)の2部構成。中国漁船には数人の乗組員がいて、巡視船は警笛を鳴らしながら中国語で繰り返し停船命令を出していた。2回の衝突前後の映像に限られているため、赤松正雄氏(公明)が「強行接舷の部分を見たい」と質問したが、海上保安庁の鈴木久泰長官は「見せられない。相手に手の内を見せることになる」と拒んだ、という。

ビデオの原本には、10時間近くの映像が収められていた。那覇地検は海上保安庁と協議して編集したものを国会に提出していた。映像の流出を避けるため、視聴した国会議員はカメラや携帯電話の持ち込みを禁止された。

ビデオを視聴した武部勤氏(自民)はこの後の衆院予算委員会で「悪質そのものの事案。なぜ国民に見せてはいけないのか。実態を明らかにするためにも、世界にアピールするためにも、ビデオを公開すべきだ」と主張したが、菅政権は応じない構えだ。中井洽衆院予算委員長は記者団に対し、「国会に提出されたビデオを一般公開するのはルール違反だ」と述べた。

野党が補正予算案の審議入りの条件としてビデオの「公開」を求めたため、民主党は、野田佳彦財務相が財政演説を行う1日午後の衆院本会議の前にビデオの視聴を決めた。だが、野党は民主党の小沢一郎元代表の国会招致のめどが立っていないとして、本会議欠席を辞さない構えだ。


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  領土問題の難しさ

このところ尖閣沖の衝突、北方領土へのメドベージェフロシア大統領の訪問と領土問題がたてつづけに起こっている。偶然ではなかろう。それぞれ強い姿勢を示さざるをえない国内問題のゆえと解説されることがある。それも事実ではあろうが、それだけではない。たとえ強い姿勢を示さねばならない事情があってのこととはいえそれがなぜ尖閣であり、北方領土なのか考える必要がある。日本政府の、日本人の領土問題にたいする姿勢が試されているのである。日本の及び腰外交と野党は非難するが、それはいまに始まったことではない。長い自民党政権においてもそうであったのである。

領土問題に関しては国民の関心の薄さも指摘しておかねばならない。陸地で国境を接することのない日本で国民は日常生活で国境を意識することがほとんどないといってよい。日本の抱える国境問題はどこか遠くで起こっている問題としては感じていない。この無関心さが領土問題が問題化しない原因でもある。この無関心さはどこからくるのだろうか。原因はいろいろあるだろうが主要なものとして戦後の歴史教育をふくむ教育の問題と日米安全保障条約下での国防意識の希薄さであろう。

そもそも領土問題は歴史的事実の問題ではない。領有を主張し実効支配した者の領土なのである。領土を裏付ける歴史的事実は、歴史的事実がすべてそうであるように、後から作られるものである。領土問題が交渉で解決されることはないのである。

世界には多くの領土問題が存在している。パレスティナの地にイスラエルが建国し、パレスティナ自治政府が暫定共和国として樹立されているが、解決には程遠い。聖書時代の領有を持ちだしての領有権の主張は後付け領有権の典型である。現実はヨーロッパの良心の刺のパレスティナ人への押し付け以外の何ものでもない。多くの日本人にとっては単なる宗教的、部族的抗争に見えるのかもしれないが。

日本の近くでの領土問題は、竹島、北方領土の問題があるが、なんといっても最も多く領土問題を抱えているのは中国であろう。その多くは中国の覇権主義のもとづく領土の問題化と見ることもできる。歴史をどこまで遡って領有権を主張するつもりか疑いを抱かざるをえない。中国は中国大陸を実効支配する中華人民共和国と台湾を実効支配する中華民国が、互いの政府を否定し、互いの実効支配地域の領有権を主張している。また、中華民国の公式見解としては、中華民国の領有権は外蒙古(モンゴル国、トゥヴァ共和国)、江東六十四屯・パミール高原、インドのアルナーチャル・プラデーシュ州(マクマホンライン)、ミャンマー北部の地域にも及ぶとしている。それだけではない。スプラトリー諸島(南沙諸島)は中華人民共和国、中華民国(台湾)、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張している。パラセル諸島(西沙諸島)は中華人民共和国が実効支配中であるが、ベトナムも領有を主張している。アクサイチンは現在、中華人民共和国が実効支配中だが、インドが領有権を主張している、印国境紛争もある。また逆に アルナーチャル・プラデーシュ州は、現在、インドが実効支配中でが、中国が領有権を主張しているのである。

これら紛争を抱える国々はそれぞれ後付けの歴史的事実をたてに初等教育のうちから教えているのである。それに比べていったいどれだけの日本人が竹島がどこにあるのか、何県にあるのか知っているだろうか。まして尖閣列島の位置を大まかにも言える日本人がどれだけいるであろうか。北方四島の名前が言える人がどれだけいるであろうか。日本における歴史教育は歴史的事実を教えることを旨としている。たしかに一時科学的歴史感が主張され自然科学的事実と同じ意味での歴史的事実の存在が議論されたことはある。しかし、歴史は、歴史的事実は時の支配者によって作られ、解釈されるものであることを忘れているのである。領土は自然的事物ではなく、主張され、主張されることによって問題化されるのである。主張がないところには領土問題は存在しないのである。


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  オバマ大統領「アジアを再び率いる」 演説で連携へ決意

2010年11月13日11時56分

オバマ米大統領は13日、横浜市で演説し、「アジアを再び率いる」として、経済や安全保障面でアジアとの連携を深める意向を鮮明にした。「民主主義は最も効果的な政府の形態だ」とも強調した。中国を牽制(けんせい)した発言とみられる。

米国がAPECで貿易障壁の削減に取り組んだり、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に参加交渉したりする理由については「成長するこの地域にとどまる強いメッセージを送るためだ。我々は運命を共有している」と説明。対アジア太平洋外交について「20世紀に米国は、この地域の安全保障と繁栄に貢献してきた。新世紀にも、再び(アジアを)率いる用意がある」と強調した。

民主主義の重要性についても触れ、「指導者が国民に対して説明責任を有するとき、その国民が繁栄する可能性が高いことは真実だ」と言及した。そうした米国の価値観は「大変な試練と変化の時代に不可欠だ」と訴えた。         (尾形聡彦)


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  TPP とアメリカの思惑

TPP への参加の是非が議論されている。TTP は二国間の協定である FTA のように交渉によって各国内事情によってある程度の例外規定を許すものではなく、・TPP は、例外品目なしに100%の自由化、それは物品の貿易のみならずあらゆるサービス貿易、政府調達、知的財産権、協力など投資を除く幅広い分野を対象とする包括的なFTA であり、労働と環境も補完協定として協力が規定され、それを実現しようという質の高いFTA である。

TTP はブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール4カ国ではじめられたが、APEC のモデル協定として作られAPEC 諸国の加盟を企図し、非公式なフォーラムで、メンバーを法的に拘束しない緩やかな協力の枠組という性格を持つAPEC のFTA 協定への発展性を見ている。TPP が戦略的協定といわれるのはそのためである。

いまでは当初の加盟国に加え、米国、豪州、ペルー、ベトナムの8 カ国が交渉に参加しており、マレーシアが8 月に参加を決定した。コロンビアとカナダも参加の意向を明らかにしており、今後参加国が増加する可能性が高まっており、日本の参加も期待されているのである。

わが国ではTPP の問題が日本農業の保護との関係で論じられることが多い。この問題は解決可能な問題である。自由化に耐える輸出産業としての農業の育成をはかるとともに食の安全の確保をいかにするかの問題であるが、これらは別個の問題として解決を探る必要があろう。さらに TPP が関税の自由化のみならず金融の自由化をも包含している。それは日本郵政の民有化と深く関わっている。

日本郵政公社が31日発表した郵便貯金残高は、30日時点で前日比871億円減の199兆9933億円(速報値)となっている。郵政民営化議論の最初から問題として議論されてきたことだが現在主として国債の買い入れとしてしか運用されていないこの200兆弱のゆう貯は外資から見て非常に魅力的であることに間違いない。あるひとは TPP に参加することによって、いわゆるハゲタカの餌食になるのではないのかと心配する。経済学には疎いわたくしにはなんとも判断できないが十分に議論されてしかるべきであることはたしかであろう。

TPP は世界のグローバル化の当然の帰結である。世界のグローバル化は世界的分業化を促し、物や人の移動化、金融の自由化はグローバル化の必然的帰結である。グローバル化は国境の壁を限りなく低くし仕事のグローバル化、労働力、人材の流動化を推し進めることとなる。それだけではなく残念なことに貧富の差もグローバル化されるのである。そういうグローバル化する世界のなかでの鎖国化、ガラバコス化は成り立たない。単独で、内需だけで孤立して経済を支えることができる十分な領土と人口を抱えるのはこの地域では中国ぐらいのものである。一定以上の資源・人材・マーケットの規模が必要だからである.

中国が TPP に慎重なのは中国一国で経済圏を構成することが可能だからである。アメリカもそのことを憂慮し自ら TPP に参加し、中国をTPP に取り込み牽制しようとするのもまた理解できるところであろう。アメリカにとって農産物などの関税の撤廃、金融の自由化は国益に叶うところであるが、それ以上に中国を牽制する意味が大きいといえる。TPP はこの地域でのアメリカと中国の指導権争いの一環なのである。


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TPP参加表明「簡単でない」 内閣府・平野副大臣

2010年10月27日13時7分

内閣府の平野達男副大臣は27日、関税の撤廃や投資の自由化を進める環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加検討について「(日本が)参加を表明するのは簡単なことではない」と述べた。平野氏は政府内でTPP参加の是非を実務的に検討している副大臣級のトップ。菅政権の経済外交戦略が後退する可能性もある。

TPPへの参加は、菅直人首相が1日の所信表明演説で「検討」を表明した。TPPは来年にも米国を加えた9カ国で合意する見通しだ。これに間に合わせるため、政府は今年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までに日本が参加表明するよう調整を進めている。

平野氏は難しい状況になった理由として「参加には9カ国の同意が必要」とし、日本は同意をとるための交渉に至っていないことを明らかにした。仮に交渉入りした場合でも、関税撤廃をめぐる国内農業問題のほか、郵政などの金融自由化や、牛海綿状脳症(BSE)問題の牛肉輸入制限の解決も避けられず、平野氏は「二重三重のハードルがある」と述べた。

一方、経済的な効果として、TPP参加により、実質国内総生産(GDP)を2.4兆〜3.2兆円(0.48〜0.65%)押し上げるとの試算を公表した。


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  TPP参加は時代の流れ

TTPという言葉が世間を騒がせているがその意味を知っている人は少ないのではなかろうか。TTP はTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement の略で環太平洋戦略的経済連携協定といわれるものである。戦略的という言葉も最近の流行りであるが Strategy は全体の作戦計画のことであり、それにたいして個々の戦闘の用兵、方策は戦術(tactics)とよばれ、具体的には目的達成のための計略、策略、 計画、方策、方法、手順のことである。簡単に言えば 目標、方策を立てるのが戦略であり、戦略に沿って眼の前にある具体的状況にどう対処するかをきめるのが戦術と考えてもらってよいだろう。

それにしたがっていうならば環太平洋経済協定は、古い言葉ではあるが、環太平洋共栄圏の構築しようということである。共栄圏という言葉にはいまだに不快感を持つ人もあろう。しかしOPECであろうがEPAにせFTAにせよそもそも EU に刺激されてそれに見合う太平洋諸国の経済的共栄を図ろうというのが始まりであることはいうまでもない。そのために関税0を目指すのみならず、究極的には人・物・金の自由化を図ろうということである。最初ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの4カ国が参加する自由貿易協定であり2006年5月に発効したものであるが、その後米国、豪州、ペルー、ベトナムの8 カ国が交渉に参加しており、マレーシアが8 月に参加を決定した。コロンビアとカナダも参加の意向を明らかにしており、今後参加国が増加する可能性が高まっている。しかし当面の実現性はないと言わざるをえない。当面は二カ国、あるいは数カ国間ですでに進められている FTA(自由貿易協定) を進めるということになろう。問題はインド、中国、ロシアが環太平洋国家といえるかどうかである。インドは民主国家として太平洋国家とはいえないまでも許容できるとして、中国、ロシアは政治にも経済的にも異質であり、他の環太平洋諸国とは共存できないし、またかれら自身その意思もないものと思われる。かれらはある意味で自国一国で独立した経済圏を構築できるに十分な人口と広大な国土を有しているのである。その上中国とロシアの中華思想と覇権主義は、歴史が示すように、共同体の一員であることに満足することはないであろう。これらのことを考慮すれば TPP とはいえ環太平洋の意味づけそのものの定義から議論せねばならないことになろう。問題はさらに発展してこのグローバル化する世界における国家のあり様の再検討が迫られているのである。

わたくしがTTPに慎重であるのは農業の危機といった個別的問題にあるのではない。農業も立派な輸出産業であり得ることは多くの論者の議論する通りである。しかし問題はそこにはない。それは戦争のない世界、戦争をなくすることを前提とする健保9条の議論のようなものである。つまり安全保障の問題である。食料・資源の安定的確保、自給率の問題の問題である。TPP はすべての局面での安定と安全が確保されなければ砂上の楼閣となりかねない。EU のように通貨の統一、NATO のような共同防衛、将来的には外交も含んでのメカニズムがあってこそのことなのである。それは近代国家の再考を促すこととなろう。したがって今の段階で十分な議論と国家としての展望なしに、個別産業界や農業問題、あるいはたんなる経済問題の主導権争いに巻き込まれないようしながら、自立の努力も怠りなく参加して行く必要があろう。


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沖縄海兵隊グアム移転「17年以降」 米下院委遅れ指摘

沖縄の基地移転問題はいまだ解決の兆しさえ見えない。自民党は自民党案ですぐにでも解決するかのようなことを言うが、それは現実ではない。自民党政府とアメリカの合意案はすぐにでも実行に移すことができるようなことを盛んに主張するがそれは幻想である。なぜかというとアメリカも認める世界一危険な嘉手納基地を辺野古へ移転すると言うが、その移転には何年かかるのか不明である。その間の嘉手納基地は危険の下に放置されることとなり、結局は嘉手納基地の危険の多少のけいげんとはなるが、結局新しい基地の増設ということで終ると思う。

嘉手納基地問題の解決には日米安全保障条約の改定と並行して嘉手納基地の危険の速やかな軽減・解消が必要なのである。辺野古基地の完成を待つことができないのである。鳩山前首相の追求しようとした全面的な海外移転は現実的であろうか。たしかに米政府も国際的戦略の見直しの必要性は認めて、そのなかには少なくとも「在沖縄海兵隊のグアム移転」も含まれている。ということは日本の防衛に在沖縄海兵隊は不可欠とは考えていないということdれあり、自民党が主張するように海兵隊の沖縄駐留が日本の防衛に不可欠であるというのなら、日本の自衛隊の増強で補う以外のにはないはずである。そのことを考えると嘉手納基地の自衛隊への返還をまず検討すべきではないのか。その上で自衛隊の配備を日本全体の防衛の観点から日本がきめることではないだろうか。沖縄の人びとも米軍の完全な海外・県外移転を求めているのではない。それが非現実的であることは日本政府よりもより現実的な認識を持っている。


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沖縄海兵隊グアム移転「17年以降」 

沖縄の基地移転問題はいまだ解決の兆しさえ見えない。自民党は自民党案ですぐにでも解決するかのようなことを言うが、それは現実ではない。自民党政府とアメリカの合意案はすぐにでも実行に移すことができるようなことを盛んに主張するがそれは幻想である。なぜかというとアメリカも認める世界一危険な嘉手納基地を辺野古へ移転すると言うが、その移転には何年かかるのか不明である。その間の嘉手納基地は危険の下に放置されることとなり、結局は嘉手納基地の危険の多少のけいげんとはなるが、結局新しい基地の増設ということで終ると思う。

嘉手納基地問題の解決には日米安全保障条約の改定と並行して嘉手納基地の危険の速やかな軽減・解消が必要なのである。辺野古基地の完成を待つことができないのである。鳩山前首相の追求しようとした全面的な海外移転は現実的であろうか。たしかに米政府も国際的戦略の見直しの必要性は認めて、そのなかには少なくとも「在沖縄海兵隊のグアム移転」も含まれている。ということは日本の防衛に在沖縄海兵隊は不可欠とは考えていないということdれあり、自民党が主張するように海兵隊の沖縄駐留が日本の防衛に不可欠であるというのなら、日本の自衛隊の増強で補う以外にはないはずである。そのことを考えると嘉手納基地の自衛隊への返還をまず検討すべきではないのか。その上で自衛隊の配備を日本全体の防衛の観点から日本がきめることではないだろうか。沖縄の人びとも米軍の完全な海外・県外移転を求めているのではない。それが非現実的であることは日本政府よりもより現実的な認識を持っている。

解決方法は一つしかないと思う。自衛隊を増強し、米軍の駐留を縮小することである。つまり日本政府、沖縄政府のコントロール下に沖縄基地を、すべてとは行かないとしても、日本の施政下におくことである。もちろんそれとて今日・明日にできることではないが、その間の沖縄の負担軽減をどうするかとの問題がのこるであろう。日本全国を一体的に考慮して自衛隊の配備を見直す必要があるだろう。一部県外移転も当然視野に入ってくることであろう。日本の防衛を、もちろん米国との安全保障条約の下で、日本自身が多くを分担する以外にはないのである。米軍が日本の防衛に当たるとはいっても、アメリカの世界戦略の一環としてでしかあり得ないことをわれわれは認識しておく必要があるというものである。


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   米電力大手、30年ぶりの原発新設を凍結 採算取れず

2010年10月11日22時46分

【ワシントン=勝田敏彦】米電力大手コンステレーション・エナジーは9日、米国で約30年ぶりとなる原発新設計画を凍結すると発表した。天然ガスの安値や建設費の高騰などで、連邦政府による現在の支援策では採算が取れないと判断した。この計画の炉はフランス製だが、同様の動きが他の計画にも広がると、米国へ原発売り込みを図る日本企業にも影響が出そうだ。

コ社の計画では、メリーランド州のカルバート・クリフス原発に、最新鋭の加圧水型炉(EPR)1基を新設する。炉を製造する仏アレバ社との共同企業体が2007年に建設許可を申請した。資金調達コストを下げる債務保証を連邦政府に申請し、条件面の交渉が続いていた。

コ社は「政府が示した保証内容では、当社は受け入れられないリスクとコストを負うことになる」として、交渉を打ち切る意向を示した。

コ社がエネルギー省に送った書簡によれば、保証を受けるため8億8千万ドル(約720億円)の支払いを求められた。地球温暖化対策法ができれば、温室効果ガス排出が少ない原発の競争力が増すが、成立が見込めないことや、天然ガスの安値、建設費上昇を理由に応じられないとした。

米国では79年のスリーマイル島原発事故以来、原発が新設されていない。海外の石油依存からの脱却を掲げるブッシュ前政権が建設を推進し、オバマ政権も債務保証枠を3倍にした。約30基の新設計画がある。東芝、三菱重工業、日立製作所も受注を狙っており、「原子力ルネサンス」とも言われるが、資金計画次第で建設推進の流れが滞る可能性も指摘されてきた。


コメント:

COP 10 が名古屋で開かれている。生物多様性の会議ではあるが環境問題そのものである。生物多様性の問題そのものとは少しアプローチは違うであろうが、密接に関わる環境問題を考えてみよう。生物多様性の問題は、地球環境問題の一つの具体的現れであるからだ。

近年の二酸化炭素削減、地球温暖化問題に便乗してか電力会社の原子力発電、プルサーマル計画のコマーシャルが目立つ。風力、太陽光、などのエコエネルギーと並んでCO2 を排出しないエネルギーの一つとして位置づけられている。ヨーロッパでも凍結していた原発の利用が解禁される流れにある。こうした流れにあって米電力大手コンステレーション・エナジーは9日、米国で約30年ぶりとなる原発新設計画を凍結すると発表した。天然ガスの安値や建設費の高騰などで、連邦政府による現在の支援策では採算が取れないと判断したからだという。

日本の電気料金は先進国中で飛び抜けて高いといわれる。いろいろな理由があるが原発建設費が、先行投資以外に、現在の電気料金に含まれているからでもある。すなわち原発の建設をやっても、やらなくても電力会社にはなんの負担もない、むしろやらなければそれだけ得する電気料金のシステムになっている。日本の電力会社が原子力発電に関して安易に流れる理由でもある。核廃棄物の処理に掛かる費用の算出もされていない。にもかかわらずプルサーマルはまるで廃棄物を出さないクリーンエネルギーのような宣伝をしている。趣味で事業をしてもらっては困るのである。電力会社が原子力発電にこだわる理由はあきらかではない。原子力発電は安い電力の生産であるというのは、わたくしは、間違っているとおもう。廃棄物の処理まで考慮するならば発電した電力よりも何倍ものエネルギー消費をともなう、トータルしてマイナスのエネルギー供給源だとおもう。原子力発電が安いというのは廃棄物処理費用を後世につけ回ししているにすぎない。蓄積され、放置された核廃棄物は将来に深刻な環境汚染を残すこととなろう。

日本の原子力発電に関してわたくしは闇雲に反対というわけではない。ただ、現時点において情報の公開にあまりにも消極的であり、また情報そのものも改竄されている恐れが多分にあるということである。原子力発電がエコ・エネルギーの唯一の選択肢ではなく、他にも多くの選択肢、たとえば太陽光、風力、あるいは振動すら発電源になる今日、その選択肢は多くある。これらすべてを、原子力も含めて、企業ベースで検討し多様な電力の供給に努めてもらいたい。現状はいったん始めたら終わることを知らない公共事業のようでもあり、まず「原発ありき」というようにも見える。とにかく一部の趣味人の事業にしてはもらいたくない。

最後に、核の平和利用を推進しようという背後には、言い難いかもしれないが日本の核装備の可能性を保持しておこうという裏心も垣間見える。もちろん鈍感な政治家はその点には気がついてはいないのであるが。戦中もドイツと一緒に核爆弾の実用化の研究をしていたし、もし完成されていたなららば絶対に使っていないとは言い切れない。もちろん唯一の被爆国として核兵器の廃絶を訴えつづける義務はあるもののそれも歴史の反省の上に立ってのことでなければならない。


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  名古屋市の事業仕分け、市主導で 河村市長方針

2010年10月10日11時30分

河村たかし名古屋市長は9月定例市議会で再可決された議員提案の「名古屋版事業仕分け条例」を公布せず、一方で独自に事業仕分けを実施する方針を決めた。条例では議長が指名した議員が仕分けに参加するが、河村市長は「市長の権限を議会側が限定するものだ」などとしてこれを拒み、あくまで市主導で仕分け作業にあたる考えだ。

8日午前の記者会見で明らかにした。河村市長は「事業仕分け自体には賛成している」と述べ、新年度予算編成に向けた事業仕分けの実施を表明。市が定期的に支出してきた国の外郭団体への負担金の是非などについて、市民参加の場で決めるという。予算案の公表も前倒しする方針。

「仕分け条例」は民主党市議団が中心になって6月議会で提案され、可決された。これに対し、河村市長は「議員が仕分けするのは越権」として審議のやり直しを要求。9月議会で再議されたが、議会側は再び可決した。

このため、河村市長は地方自治法に基づき、同様に再可決された「中期戦略ビジョン」とあわせ、愛知県知事に是非について審査を求める方針を表明。市長は条例を公布しない方針で、議会が可決した条例が効力をもたない異例の状況が長期化しそうだ。

市議会からは反発の声が上がっており、民主党市議の一人は「自分が仕分けをしたいがために、議員条例を『けしからん』と言ってるようなもの。情けない」と語った。(豊岡亮、寺西哲生)

コメント:

河村たかし市長が先頭に立って名古屋市議会の解散を求める署名運動を進め、40数万の署名を集め話題となっている。大阪の橋下知事も大阪維新の会を発足させ自ら代表者となって大阪府議会ならびに大阪市議会での主導権を模索している。これらの姿は一見知事や市長と議会の問題のように見えるが、宮崎の東国原知事も含めて問題としているのは国と地方の関係の改革なのである。

このところ地方自治、地方主権が話題となっている。主権という言葉の使い方を問題にする人もあるが、スローガンとしては十分許されるところであろう。言葉を問題にするのは現状維持を守ろうとする人びとの常套手段であり、論評するまでもない。しかし地方自治を確立しようというのはどの政党も国会議員もその本音は別として賛同するところである。国も地方も抱える問題は同じであるということである。その問題とは官僚に支配される行政と、その行政と癒着する利益誘導型の議会の問題である。つまり立法能力を失った立法府とそれをいいことに自ら立法に関わることによって既得権の甘い汁の確保に明け暮れする官僚組織との癒着がいまの日本の姿なのであり、それは国・地方を問わずきしみ始めているのである。

地方主権を推進しようとする地方の首長が行政改革もさることながら議会改革にも自ら手を出して行かなければならないのが現状である。確かに選挙で選ばれた首長とおなじく選挙で選ばれた議会という二元代表制のチェック・アンド・バランスの崩れを心配する向きもあろう。ただしこの問題は議会の立法能力の向上で解決できる問題である。そのためには議会が、あるいは議員が、それなりのシンクタンクを持つことが必須である。そのための経費は必要な経費だろうが、それは現在の官僚・公務員組織の合理化で賄えるものと思う。それにシンク・タンクは専属の職員も必要ではあろうがボランティアにそれなりの役割を担ってもらうことも民主主義の基本でもあり、それこそ地方主権の推進を担保するものでもある。

この改革は国の出先機関になり下がり、官僚主導の構造をそのまま踏襲する、利益誘導型議会には不可能である。今回の名古屋市議会の動きには中央官僚の関与とまでは言わずとも意向が働いていると思われる。幸い地方の首長は公選されるものであり、中央官僚組織も中央の息のかかった首長を送り込もうとするではあろうが、それは地方議会の健全性によって克服されものであり、国の干渉に議会が NO を言うことによって地方の自治、地方主権をまもることができるはずである。公選された知事・市長・町長にしてはじめて健全な議会改革を促すことができる。国の姿を変えるのは地方から始まる。革命は地方から起こるものである。上からの改革はあり得ないということを地方住民・市民は再認識すべきであろう。


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  中東和平の直接交渉「9月末前に」 米・イスラエル首脳

2010年7月7日10時29分

【ワシントン=望月洋嗣】オバマ米大統領は6日、ホワイトハウスでイスラエルのネタニヤフ首相と会談し、パレスチナ和平に関して当事者間の直接交渉再開の必要性で合意した。オバマ大統領は会談後、記者団に対し、再開時期は、イスラエルがヨルダン川西岸での住宅建設凍結の期限とする9月末よりも「かなり前」との期待感を示した。

パレスチナ和平の直接交渉は、イスラエル軍による2008年末のガザ大規模攻撃をきっかけに中断。オバマ政権は間接交渉を仲介し、双方に早期の直接対話を働きかけている。イスラエルは信頼醸成措置として、ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植住宅の新規着工を停止しており、米国はその期限である9月末以前に、直接交渉にこぎ着けたい考えだ。

オバマ政権はイスラエルに厳しい態度を取ってきたため、両国の関係は「過去20年で最も深刻な対立」に陥ったとされた。だが、この日の会見でオバマ大統領は「両国のきずなは決して断ち切れない」とし、そうした見方を否定した。

会談では、中東の非核化に絡み、現実には確実視されているイスラエルの核保有については、米国は問わない姿勢を確認。9月の国際原子力機関(IAEA)総会でイスラエルをやり玉に挙げる動きに反対することを明確にした。


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 イスラエル・パレスティナ問題

クリントン米国務長官はイスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長を9月2日にワシントンに招き、直接和平交渉を再開する、と発表した。直接交渉は2008年に決裂して以来初めてとなる。1年以内の交渉妥結を目指す。

残念ながらこれを書いている最中にもイスラエルとハマスの間の衝突のニュースが入ってくる。今回も人類の知恵は無駄なようである。ガザにおいてはイスラエルの封鎖に対抗してハマスの武力による抵抗が続いている。パレスティナ・イスラエル問題は単なる民族問題でもなければ、宗教問題でもない。問題の歴史はすべての問題を超えて複雑である。歴史はどうであれ目の前に展開されている事実をすべての事実として人道的観点からの秩序の創造によるいがいにはないであろう。

民族対立や宗教対立による紛争、これを文明の衝突に一般化したくはないが、紛争当事者の両者の過激派の衝突である。ハマスも過激派であるならばイスラエルの原理主義者もいる。問題は過激派や原理主義がなぜ生まれるのかということであろう。間違って人はどの民族にも、どの宗教にも原理主義はあるものだという。それは間違っている。過激派や原理主義は抗争のなかで生み出されるのである。要は寛容の精神の崩壊であり欠如なのである。同族意識や同胞意識はどこにでもあるし、それは健全なことである。しかしそれらが必然的に排他主義を生み出すということはない。

過激派が紛争を生むのではなく、紛争が過激派を生むのである。紛争の原因はさまざまである。もっとも大きな原因は貧富の差である。特に民族、宗教などによる差別による貧富の差である。ということは、ブッシュであれ、オバマであれ、アメリカが過激派を掃討すればテロがなくなるというのは幻想であると言わざるを得ない。それは上で言ったようにテロや社会不安は過激派によって生み出されるのではなく貧富の差だからである。貧富の差を解消することはかならずしも豊かになることではないのである。

イスラエル・パレスティナ問題もユダヤ人とパレスティナ人の貧富の差の解消が紛争の解消に結びつくのであって、宗教や民族の違いによるのではないことを十分に認識した上で貧富の差の解消に努める以外にはないのである。


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    ガス田交渉、中国が延期発表 衝突船長逮捕に抗議

2010年9月11日10時42分

【北京=峯村健司】尖閣諸島沖の東シナ海で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突した事件を受け、中国外務省の姜瑜副報道局長は11日未明、北京で9月中旬に開く予定だった日中両政府による東シナ海ガス田開発の条約締結交渉の第2回会合を延期することを決めたと発表した。

事件をめぐり中国政府が具体的な対抗措置をとるのは初めて。漁船の船長(41)の逮捕後、中国のメディアやインターネット上では対日批判が強まっている。こうした国内世論に配慮するとともに、船長の早期釈放を求めてあえて強硬姿勢を示したものとみられる。

姜副報道局長は9日の会見で「中日関係の大局に深刻な打撃を与えることを日本側ははっきりと認識すべきだ」とも警告しており、今後、ほかの外交交渉や首脳レベルの会談などに影響が出るのは避けられない情勢だ。

延期決定は中国外務省のホームページで発表され、姜副報道局長は、船長の勾留(こうりゅう)決定について「強烈な不満と厳重な抗議」を表明。釣魚島(尖閣諸島の中国名)一帯は中国固有の領土であることを強調し、「日本側の行動は国際法や国際常識に反しており、ばかげている」と強い調子で批判した。その上で「日本側が今後も暴挙を続けるなら、必ず報いを受けるだろう」と述べ、さらなる対抗措置をとる可能性を示唆した。

両政府は2008年にガス田共同開発に合意したものの、中国国内の世論の反発を受けて正式な協議には入れない状況が続いていた。今年5月の日中首脳会談で早期の条約締結交渉を始めることで一致し、7月に東京で初会合を開いたばかりだった。


コメント:

中国漁船と巡視船の衝突事件で漁船の船長の勾留(こうりゅう)が決まったことについて「尖閣諸島は日本固有の領土であり、違反事案があれば国内法に基づいて粛々と処理をする」と述べたうえで「お互いが冷静にならなくてはいけない」と強調した。

日本は北方領土、竹島、尖閣列島での領土問題を抱えている。それぞれ違った歴史と問題を抱えている。今回の尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事件にたいする中国の冷静さを欠いた反応、なかでも深夜に丹羽大使を呼びだし抗議したようなことは成熟した国家の取る態度とは言い難い。そこには内政問題が横たわっているとしか解釈できない。中国国民の過剰な反日感情は時として政府による官製によることもあるが、政府のコントロールを外れて意図しなかった方向、政府批判にも転じる諸刃の剣でもある。いまのところ国民の反日感情を見ながら収拾のタイミングを計っているといえるであろう。

ただ中国の意図がどうであれ外交に善意とか良心とかはないということである。あるのは国益だけである。外交には力の裏付けが必要なのである。その力はまず軍事力であることは常識であろうが、その他にも経済力、科学力、資源、あらゆるものがあるが国民の一致した強い意志である。外交交渉は双方にとって利益となるものでなければならない。

外交的駆け引きは、まず、問題のないところに問題を起こすことから始まる。今回の中国の尖閣諸島問題も、解決済みの領土問題をまず領土問題化することに中国の意図がある。それは尖閣諸島の海底油田と漁業資源の再認識から始まるのである。決して大陸棚か中央線かの領海の解釈は後付けの理屈である。いま中国は中国国民の反日感情を利用しつつ日本の出方を計っているのである。世界第二の経済大国となった中国はもはや日本の経済力は必要がなくなったということの露骨な表現である。

世界大国となった中国との外交は中国の弱点である内政問題を利用する以外にはないのである。中国政府にとって最大の問題は内政である。中国政府が火をつけた反日感情もいつ中国政府に向けての反政府感情にいつ転化するかわからない危険がある。中国政府が恐れるのは中国の内政問題であり、それは中国数千年の歴史の姿である。中国との外交は、外交のあらゆる手段に訴えながらも、対中国政府というより中国国民との良好な関係の樹立である。そのことを頭においてチベット問題、ウイグル自治区等の問題、民族間の、あるいは沿岸部と内陸部との貧富の差にも目を向けておかなければならないであろう。その意味では外交での禁じ手である内政干渉も有力な外交手段であることは歴史の示すところである。

北方領土問題、竹島問題、尖閣諸島問題を有利に展開するには、軍事力の増強も必要であるという議論もあり、わたくしもそれを全く無視するわけではないが、軍事力増強のための資金を全額科学技術に投資するぐらいの覚悟が政府には必要であろう。


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  自治体裏金の「温床」を廃止 国補助金の「事務費」

    2010年6月12日3時7分

第3次事業仕訳がはじまった。この秋の仕分けのための準備作業がいよいよはじまったのである。人によっては仕訳事業から捻出される財源に興味があるとは思うが、狙いは公益団体そのものの見直しによる制度のスリム化による無駄の削減なのである。

国土交通省と農林水産省は今年度、自治体への補助金のうち工事費を除いた「事務費」分約840億円を廃止するという。全国の自治体で、この事務費を裏金としてプールするなどの不正経理が相次いで発覚したため、「原資」を絶つための抜本的な対策に踏み切ったという。しかしそれはなにも不正経理だけではない。無駄な人件費にかなりの割合で支出されているのである。あらゆる事業費で事務費の割合を調査する必要がある。仕分け作業によって事業の縮減というとき工事費や事業費に縮減のしわ寄せが行き、事業費はそのまま手つかずという場合が当然創造される。事業仕訳は事業そのものの仕訳も必要だが、事業費そのものの中身の仕訳がもっと肝要である。たとえばスパーコンピュータの事業にせよ、現場への配分を減らすことなく事務費や事務関係の人件費の削減をまず検討し、研究費そのものや研究者の人件費には手をつけないという原則が必要なのである。

国の今年度予算で自治体に支給される補助金についても同様である。廃止された事務費は、道路整備など自治体が実施する公共事業の一部を国が負担する補助金のうち、事務作業に必要な物品購入費や職員の出張旅費などだけでも補助金総額の3%を占め、それは国からの支給のほとんどを占めるという。

最近これまでの地方への補助金を一括交付金とし、地方のニーズに合わせ党とする動きがある。そのことは一歩前進ではあるが本来は交付金ではなくもともと地方の独自の財源であるべきものである。交付金という形で中央の影響力を残そうという卑しい制度は廃止すべき制度なのである。ただ、長い補助金制度の歴史で地方議会そのものが公共事業、道路や橋、ダムや空港など土木事業のためのものであり、議会の勢力自体が土建屋の支配するところとなっていることの是正もこの際緊急のかだいであろう。つまり民意自体の意識、構造の改革が求められているのである。そのことによって交付金自体が不要な公共事業に費やされるのを防ぐ必要がある。つまり多すぎる地方の土木建築業の他の地場産業への転換を促さねばならないのである。

ただわれわれは地方自治の熟成を待つわけには行かない。たとえ地方への信頼が薄くとも、それは鶏と卵の話である。失敗を重ねながら生長して行く以外にはないのである。とにかく地方自治、最近は言葉の問題もあるが地方主権への移行が先決である。地方自治の受け皿として道州制を主張する向きもあろうが、それも必要な段階で、必要な時期に考えられればよいことであろう。とにかくいまある基本自治体を土台にして地方自治を思考錯誤するいがいにはない。


コメント:

第3次事業仕訳がはじまった。この秋の仕分けのための準備作業がいよいよはじまったのである。人によっては仕訳事業から捻出される財源に興味があるとは思うが、狙いは公益団体そのものの見直しによる制度のスリム化による無駄の削減なのである。

国土交通省と農林水産省は今年度、自治体への補助金のうち工事費を除いた「事務費」分約840億円を廃止するという。全国の自治体で、この事務費を裏金としてプールするなどの不正経理が相次いで発覚したため、「原資」を絶つための抜本的な対策に踏み切ったという。しかしそれはなにも不正経理だけではない。無駄な人件費にかなりの割合で支出されているのである。あらゆる事業費で事務費の割合を調査する必要がある。仕分け作業によって事業の縮減というとき工事費や事業費に縮減のしわ寄せが行き、事業費はそのまま手つかずという場合が当然創造される。事業仕訳は事業そのものの仕訳も必要だが、事業費そのものの中身の仕訳がもっと肝要である。たとえばスパーコンピュータの事業にせよ、現場への配分を減らすことなく事務費や事務関係の人件費の削減をまず検討し、研究費そのものや研究者の人件費には手をつけないという原則が必要なのである。

国の今年度予算で自治体に支給される補助金についても同様である。廃止された事務費は、道路整備など自治体が実施する公共事業の一部を国が負担する補助金のうち、事務作業に必要な物品購入費や職員の出張旅費などだけでも補助金総額の3%を占め、それは国からの支給のほとんどを占めるという。

最近これまでの地方への補助金を一括交付金とし、地方のニーズに合わせ党とする動きがある。そのことは一歩前進ではあるが本来は交付金ではなくもともと地方の独自の財源であるべきものである。交付金という形で中央の影響力を残そうという卑しい制度は廃止すべき制度なのである。ただ、長い補助金制度の歴史で地方議会そのものが公共事業、道路や橋、ダムや空港など土木事業のためのものであり、議会の勢力自体が土建屋の支配するところとなっていることの是正もこの際緊急のかだいであろう。つまり民意自体の意識、構造の改革が求められているのである。そのことによって交付金自体が不要な公共事業に費やされるのを防ぐ必要がある。つまり多すぎる地方の土木建築業の他の地場産業への転換を促さねばならないのである。

ただわれわれは地方自治の熟成を待つわけには行かない。たとえ地方への信頼が薄くとも、それは鶏と卵の話である。失敗を重ねながら生長して行く以外にはないのである。とにかく地方自治、最近は言葉の問題もあるが地方主権への移行が先決である。地方自治の受け皿として道州制を主張する向きもあろうが、それも必要な段階で、必要な時期に考えられればよいことであろう。とにかくいまある基本自治体を土台にして地方自治を思考錯誤するいがいにはない。


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グアム移転費を大幅削減 米下院、歳出法案を可決

2010年7月29日14時15分

【ワシントン=伊藤宏】米下院は28日の本会議で、2011会計年度(10年10月〜11年9月)の軍事施設建設に関する歳出法案について、在沖縄海兵隊のグアム移転費を政府原案の約4億2700万ドル(約373億円)から約64%削減して可決した。

同法案を審議した歳出委員会は、グアム移転計画の遅れを削減の理由にあげており、本会議の削減も、そうした判断に基づくものだ。グアム移転費は今年秋に最終決定される見通しだが、上院の関係2委員会もグアム移転費の大幅削減を決めるなど、削減に向けた動きが強まっている。

一方、米ホワイトハウスは、今回の下院の判断について、日本政府が日米合意に基づいて、すでに移転費の拠出を決めていることを理由に「削減を非常に憂慮している」とする声明を出した。

下院は、予算の枠組みを決める国防権限法案では同移転費を政府原案通り可決しており、予算の使い道を決める今回の歳出法案とは異なる判断となった。

上院では委員会の段階で、権限、歳出の両法案とも同移転費を75%削減して可決しており、関係する法案ごとに異なる判断が出される見通しとなっている。そのため、同移転費は、上院本会議の判断を待って、上下両院による協議によって最終決定される見通しだ。

コメント:

米海兵隊グアム移転の代償

ここへきて米海兵隊の一部のグアム移転も怪しくなってきた。どうやら自民党政権下における日米二国間の合意には国民に明らかにされていない取り決めが多々ありそうである。それともアメリカが合意があるにもかかわらずハードルをあげているのだろうか。民主党の曖昧な態度にたいする嫌がらせなのだろうか。そうとばかりは言えないのである。

「在沖米海兵隊のグアム移転に伴うインフラ整備事業で、日本側が負担する隊員の家族住宅建設経費に米本国など沖縄以外に住む家族も対象となり得ることが24日、分かった」という。また、米政府は「日米合意では、移転の完了期限は14年とされているが、グアムのインフラはそのような急な建設速度に対応できない」との現状認識を明らかにした。

これら最近の米政府の動きは普天間移設問題が一向に進展する様子を見せない日本の現状にたいする米側の「米軍再編全体を推進する機運が薄れつつある表れでは」(外務省筋)との懸念も出ているという。しかし米軍再編問題は最初から普天間基地移設問題とは別に米側の世界戦略から出ているものである。つまり海兵隊の沖縄県内での配置を求めているのは抑止力を口実にした日本側の要求なのである。米軍再編は日本の防衛に名を借りたアメリカの世界戦略にたいする日本のさらなる軍事協力への圧力なのである。つまりアメリカの世界戦略上日本の防衛が一層重要になってきたのも事実であり、それを日本の防衛になをかりた軍事力の増強で代替しようというのが本心であることは間違いないところである。これは日本の経済的負担で米軍の再編を目論んでいる以外のなにものでもない。言葉を換えれば日本全体の基地化ともいえる。

アメリカはそもそもアメリカの世界戦略とは別の日本の防衛には興味がないことは軍事的合理性からしていたって常識である。つまり、日本の防衛はアメリカの世界戦略にとって必要な限りにおいての日本防衛であることは言うを待たないのである。

自民党政権は10数年かけて地道な努力の末海兵隊8000人のグアムへの移転とセットで普天間から辺野古への基地移転を合意したという。グアムは「海兵隊移転に伴う急激な人口増加に対応するには、電力供給など民間インフラの整備が不可欠」だとここに来て急に言いだしたのであろうか。またこれ以上米軍基地のための土地はないともいう。そんなことは10年も掛けるまでもなく最初から分かっていたことである。

米国のこのような変身は最初から計算されたものであって民主党の基地移転問題にたいする煮え切らない態度ばかりに責任があるわけではない。たとえ自民党政権下にあっても移転問題の進行に合わせて増大する費用を日本政府に負担させることは予定されたことであった。それが明らかになったに過ぎない。

このようなことを考慮すれば沖縄の基地移転問題は日米安全保障条約の根本的見直しが必要であるばかりか、今年は条約締結50年に当たって見直しの年でもある。しかし沖縄の担う過剰な犠牲の緩和は一日の猶予も許されない。見直しを前提に基地の移転を明日にでも行わねばならないのである。これは沖縄だけの問題でも、一政府の問題でもない。日本人全体が、各都道府県全体が真剣に努力しなければならない問題なのである。


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  米軍移転先のグアム、基地工事ペース抑制 環境影響配慮

2010年7月23日15時8分

【ワシントン=伊藤宏】在沖縄海兵隊の移転に伴う米領グアムでの基地拡張工事をめぐり、政府は22日、環境影響評価の最終報告書の概要を公表した。急激な人口増加による環境への悪影響を防ぐため、工事ペースを抑制する内容で、2014年の海兵隊の移転期限に間に合うかどうか不透明になってきた。

日米の合意では、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設とひきかえに、在沖縄海兵隊約8千人とその家族約9千人をグアムに移転させることになっている。

国防総省は昨年11月に公表した環境影響評価の暫定報告書で、移転工事のピークとなる14年には、人口約18万人のグアムに建設作業員ら約7万9千人が流入する見通しを示した。これに対し、米環境保護局(EPA)が、上下水道の処理能力を超えているなどと指摘。同省が計画の見直しを進めていた。

公表された概要では、ピーク時の人口増加について、現実的にグアムで受け入れ可能なのは約4万1千人と算定し、「公共施設、港湾、道路などの許容の限度にあわせて、工事のペースや手順を調整する」と言及。約4万1千人でも人口の急増には変わりがないことから、米軍、連邦政府、グアム政府で環境に影響を与えないように工事ペースを管理していく考えを示した。

環境影響評価は公告の上で9月10日に最終決定される予定で、その後に工事着手が可能になる。


コメント:

消費税問題で普天間移転問題はすっかり表舞台から姿をけしたようである。しかしこの問題これからの新しい日米関係を構築する際重要な問題である。問題は二つ。世界一危険な基地普天間の危険除去。それが移転か、縮小かを問わずとにかく問題はそこから始まったのである。第二に普天間問題の解決をこれからの50年の日米関係の在り方を探る糸口としなければならない、その中でいかに普天間問題を解決するかということである。自民党の案は問題解決の手前まで来ていたと言いたいだろうが、日米問題の今後の在り方から切り離しての解決方法でありそれでは普天間問題の解決にはならないのである。解決のコンテクストが違うといわざるをえない。なぜなら普天間問題は普天間の問題であるだけではなく、基地の在り方の問題でもあるからである。

求められているのは普天間基地の代替施設ではない。普天間基地のアメリカ海兵隊の基地から自衛隊の基地への移行である。それは当然のこと自衛隊の地位のアップ・グレードを意味するであろう。装備もそれに伴って見直しが必要である。専守防衛はよいとして、集団的自衛権は認めねばなるまい。現代は専守防衛以外に自国の防衛はありえない時代なのである。グローバル化されているのは経済だけではない、国家の防衛にもグローバル化の波は押し寄せているのである。

今回の日米両国の合意は自民党案への回帰ではない。アメリカ自身日本を日本の利益のためだけに防衛する気はない。あくまでアメリカの世界戦略のなかでのみ日本を防衛するのである。自民党が声高に主張する抑止力はアメリカ自身の抑止力なのである。自民党の主張が説得力に欠けるのもそれがある種のおとぎ話であるからだ。集団的自衛の有る無しにかかわらずどこかで戦争が起これば世界が巻き込まれるのである。ただ火の粉に晒されているかいないこの問題に過ぎない。

自民党案ですら期限の目標を達成することはここ10年は難しいだろう。そればかりか問題になっている移転後の沖縄経済の問題は議論された形跡さえない。海兵隊8000人の移転先のインフラや環境アクセス自体見直さねばならない状況である。現在の極東の状況を考慮するかぎり誰がやっても辺野古移転は不可能である。唯一の解決策は思いやり予算を縮減し自衛隊の増強と極東米軍のグアムへの縮小移転以外には考えられない。その間約10年は期限付きで既存の自衛隊基地の利用で沖縄の負担軽減を考えることになろう。それを日米協定のこの時期に合わせて議論するいがいにはない。とにかく米軍普天間基地の固定化は日米両国とも望んでいないはずである。


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   高速道無料化、前原国交相「公約修正してない」

2010年6月19日1時36分

前原国交相の参院選マニフェスト(政権公約)の「高速道路原則無料化」は修正されてはいないという発言を信じたい。細野豪志・民主党幹事長代理の「若干の修正をした」というのはたとえ修正があっても枝葉の修正であり根幹の修正でないことは明らかであり、それを「公約修正をめぐる認識のずれ」とするにはあたらない。政権と政局に混乱を持ち込むことが正義であるかのように振る舞う日本のマスコミの悪い癖である。細野氏の発言も党と政府の空気の違いをそれとなく表現したものであって、前原国交相も百も承知であり細野氏の発言は公約実現の段階での技術的問題の先取りとして、政府と党の間での調整の問題である。

認識のずれをいう前に交通・運輸体系の再構築、現在では環境問題にも考慮した、の青写真を議論すべきである。この点にかんしてはマスコミのみならず、国交省にも欠けているものと思われる。前原国交相の口からもまだ語られてはいないのではないだろうか。高速道路を無償化した時の交通・運輸の総合的体系なしには「高速道路原則無料化」も現状維持のための利害関係の衝突を引き起こすだけで、三本の本四架橋を掛けた自民党政権時代のばらまき行政と変わるところがない結果に終わるであろう。

総合的・具体的な交通・運輸体系を議論する前に現在の「すべての道は東京に通ず」式の発想の転換が必要であろう。隣町に行くほうが東京に出る時間より掛かるというのはどう見ててもおかしいことはいうまでもない。便利になるということが東京への距離が近くなりことというのは滑稽な話である。地方の首長が東京しか見ていないことの証拠である。恥ずかしいこととは思わないのだろうか。交通・運輸機関はまずもって地域内の利便性を保証するものでなければならない。その次に地域間へと発展してゆくのが正常な姿ではなかろうか。現在の交通。運輸行政が地域を過疎へ追いやっている元凶の一つである。

地域の交通網・運輸網の充実が地域の活性化のインフラである。東京との距離を縮めることが地方の活性化と思いこんでいる卑屈な地方の首長や傲慢な官僚のなんと多いことか。東京との距離が近くなればなるほど地方は過疎化し、貧しくなるのである。仙石氏でさえ明石海峡大橋の通行料を下げなければ四国の発展が遅れるような錯覚を持っている。海峡大橋のお陰で徳島は得たものよりも失ったものがはるかに大きいのである。

大量輸送には道路よりも鉄道や海運の方が効率が良く環境にも優しいことは常識である。長距離移動、輸送には道路は適してはいあにのである。したがって高速道路原則無料もよいが、もう一歩進めて鉄道などとは逆に距離低減性ではなく、距離によって料金が高くなる制度を考える方が日本の将来の交通・運輸体系に資するのである。


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   消費増税の超党派協議、谷垣氏「巻き込まれるのはご免」

2010年6月18日12時6分

自民党の谷垣禎一総裁は18日の民放のラジオ番組で、菅直人首相が求める消費増税に向けた超党派の協議について「ばらまきの昨年(衆院選)の民主党マニフェストをまず撤回すべきだ。消費税をどれだけ増やしたらいいかわからない議論に巻き込まれるのはご免だ」と述べた。子ども手当などの主要政策をやめない限り、協議には応じない考えを示したものだ。

自民党は消費税を社会保障目的で「当面10%」とする参院選公約を掲げ、菅首相も参考にする考えを示している。ただ、民主党が子ども手当や農家への戸別所得補償、高速道路無料化など巨額の財源が必要な政策を維持していることから、谷垣氏は「(主要政策維持を前提にすれば、消費税率は)10%なんかでは収まらない」と批判した。

一方、谷垣氏は「年金や消費税の基本構造が政権が変わるごとに違う方向に行くのでは国民生活が安定しない。主要政党が共通認識を持つのは大事だ」と語り、消費税論議の必要性は認めた。

コメント:

    「巻き込まれるのはご免」

「財政健全化」、「年金」、「消費税」、「福祉」などの問題はどれをとっても政権が変わったからと言って簡単に、しかも大幅に変えることのできないもんだいである。ということは自ずから超党派的に、あるいはもっと基本的に党則に拘束されることなく、選挙で選出された議員の責任において、議論されるべき問題であるということだ。

そうであるにもかかわらず「消費増税の超党派協議」や「財政健全化検討会議」設置には「巻き込まれるのはご免」だという谷垣氏は無責任のそしりをまぬがれないのではないのか。

谷垣氏は民主党にまずマミュフェスト違反を謝罪し、今回のマニフェストを撤回が前提だという。ならば財政をこのような借金漬けに追い込み、民主党はじめ国民をこのような財政状態に追い込んだことに谷垣氏は一度でも謝罪しただろうか。今回の自民党の消費税10%の議論も自民党、自公民政権の失政の反省なしンはまたおなじ失政を繰り返すことにならないだろうか。現在のような財政危機に国民を巻き込んだのは一体だれの責任なのであろうか。国民は自民党の失政にこれ以上巻き込まれたくないのである。谷垣氏が本当に日本の財政状態を憂うのなら、与謝野馨共同代表が言うように「よく書けた所信表明だった。各党が話し合える素地はできたと思う」との認識にたって前提抜きで超党派の議論に参加すべきではないのか。それがせめてもの自公民の国民にたいする償いであるはずだと思う。そもそも論に戻ったり、前提条件を頑固に主張するのは議論の拒否、Nego Majorem の姑息な議論にほかならない。「4年間は消費税を上げない」と述べていたことをはじめ、谷垣氏自身が2月に消費増税などを議論する超党派の「社会保障円卓会議」の設置を政府に呼びかけたのに、政府が応じなかったことがあることをとやかくいうが、自分の土俵での議論を相手に強要するのは卑怯のそしりを免れない。

公明党の山口那津男代表も「自分の責任をたなに上げて赤信号をみんなで渡ろうと聞こえる。同じ方向性で合意ができれば協議はやぶさかではないが、まず自らの足元を反省せよということだ」という。日本人、とにかく謝罪を求め、誠実さを求めるのは極東文化の伝統であろうか。それは議論に神や仏を持ち込むようなもので議論の名には値しないのである。


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     日本は家計の教育費負担大きい

「日本は国際的にみて家計の教育費負担が大きく、公的支出が少ない」というのは事実である。また「日本は大学などの高等教育段階では私費7割、公費3割(先進国平均=私費3割、公費7割)と家計の負担がとりわけ重いことを指摘。政府支出に占める教育支出の割合が先進27カ国中最下位である」のも事実である。日本は科学技術立国を目指す以外に道はないという。その通りだと思う。地下資源の少ない日本がここまで発展できたのは必ずしも教育制度とは言わなくとも技術の継承を重んじてきた日本の伝統にあることは事実であろう。徒弟制度、家元制度なども、いろいろな批判はあるとしても、それぞれの時代において役割を果たしてきたことは言うを待たない。明治以降においては教育がその大きな役割を果たしたことも否定できない。とくに初等・中等教育においてそのことは明らかである。

教育関係費の増額は必須のこととして、ここで考えてみたいことがある。それは現在の教育制度そのものである。というのは高等学校・大学においてはたして一般教育をほぼ全員が受ける必要があるのか、大学において教養教育を受ける必要があるのかという根本的問題である。議論の前に誤解を解いておこう。高校教育で普通科教育を受ける必要がないというとき、能力がないからとか劣っているからという意味ではない。あくまで向き不向きの問題であって、やりたくないことをやらされているのではないのかということである。高等学校で普通科教育を受けるより、専門学校でもよい、あるいは職場においてでもよい、伝統技術・文化の継承の修業をする方が幸せと感じる若者も多いはずである。

大学教育においても同じである。日本の戦後の大学教育、教育一般において言えることだが、アメリカ流の教育理念の形式だけが一般化されている。アメリカの教育理念は、アメリカと一言ではいえないのではあるが、民主主義、あくまでアメリカ流の民主主義、を完全なものとするためには全市民が大学教育程度の教養を身につけてほしいというものである。アメリカの大学が教養教育である理由である。アメリカでは大学は専門教育の場ではなく、専門教育は大学院で行われるのがふつうである。

わたくしは民主主義の基礎である判断力、良識、教養は専門教育、それはなにも大学においてだけ提供されるものではなく、専門学校、職場でも提供されるのではあるが、専門を追求するなかで、あるいは専門を磨けば磨くほど教養が必要となり身に付くものと考える。つまり、専門教育が先行しなければ教養は身に付かないということである。日本の教養教育が教養教育ではなく専門への準備教育となり下がっている理由もその辺にある。

このように考えるならば高校教育無償化は実に馬鹿げた施策であることが納得できるとおもう。高校無償化ではなく専門教育の無償化でなければならないはずである。まず、大学の数をヨーロッパ、あるいは日本の戦前並みに減らし、大学の無償化、大学院生の有給化から入るべきであろう。義務教育と大学教育の間にある教育に関してはどのように無償化するのか、企業や技術習得、継承の現場にたいする補助金にするのか、さまざまな議論があることだろう。日本の将来を視野に入れた知恵が求められているのではないだろうか。


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「移設先は辺野古周辺、訓練は県外に」 日米が大筋合意

2010年5月22日20時59分

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、日米両政府は22日、移設先を同県名護市の辺野古周辺と明記する一方、基地負担軽減策として普天間の海兵隊の訓練を県外に移すことを柱とする共同声明案で大筋合意した。

22日に開かれた岡田克也外相とルース駐日米大使の会談で、声明に盛り込む内容で一致。その後、鳩山由紀夫首相にも報告された。

首相は23日に沖縄県を訪問し、仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事らに概要を説明する。日米両政府内の手続きが整えば、28日にも記者会見し、両国の外務・防衛担当4閣僚(2プラス2)の共同声明として正式に発表する。

複数の日米関係筋によると、共同声明では、移設先として「辺野古周辺」を明記。2014年に移設を終えるとしている現計画が大幅に遅れないようにするため、辺野古沿岸部を埋め立てる現行案を前提に進められてきた環境影響評価(アセスメント)の全面的なやり直しはしない方針を盛り込む。

また、普天間の訓練の全国への分散、移転を進めることや、沖縄県に駐留する海兵隊など米軍の抑止力の重要性も確認。現行案に盛り込まれている在沖縄海兵隊約8千人と家族のグアム移転を進める方針も改めて明記する。

移設場所や工法など、移設の詳細は、今回は決めない。遅くとも、沖縄県知事選やオバマ米大統領来日が予定されている今年11月をめどに結論を出すことを目指す。

鳩山首相は22日、札幌市で開かれた民主党の会合に、首相公邸からインターネットを通じてあいさつし、「沖縄のみなさまにしばらくの間、負担をお願いせざるをえないが、移設に関して5月末までに合意を目指す思いは変わっていない」と述べた。


コメント:

普天間基地移設問題は世界一危険な空港の危険の除去の問題であった。それが基地そのものの存在の問題、沖縄の過剰な犠牲、日本の国防問題、日米安全保障条約の問題、抑止力の問題へと問題が拡大してきた。そうなった以上、普天間基地移設の問題はアメリカの世界戦略、極東の安全、アメリカの抑止力に頼る日本の国防政策、そもそも抑止力とはという大きな問題のなかで考えざるを得ない問題へと変貌していったのである。その意味は普天間の移設はないという結論に落ち着かせることにしかなり得ない問題の処理の仕方であり、一見基もっともな議論のように見えるが解決しないための、ためにする議論といわれても仕方のない議論である。

本来普天間の危険の除去、沖縄が担わされている犠牲の軽減という問題の枠内で議論し、解決されねばならない問題であったのである。その点からすると社民党や鳩山前総理の「国外、少なくとも県外」という主張は普天間の危険を無視した、解決しようのない問題設定であると言わざるをえない。普天間の基地移設は世界平和の実現を待って解決しようというようなものである。現実的解決策にならないことは誰の目にも明らかなことであり、無責任極まりない議論である。50年、100年先の理想を語ること、あるいは恒久的世界平和を語ることは政治的意味はないのである。政治は目の前にある問題をいかに解決するかということであり、50年先の政治情勢を見据えての政治はあり得ない。

すべからく議論というものは大前提を否定しては成り立たないのである。Nego majorem というのは議論を放棄すること以外のなにものでもない。とにかく普天間の危険の除去、沖縄の過重な犠牲の解決に問題を絞って考えようではないか。そのために現在の世界情勢や日本の置かれている状況、それには異論が多々あるにしても、その状況を考慮した上でどのような解決策があるのかを探ってみる以外には問題解決の道はないのである。

理想を語るのは良いことである。しかし目前の問題をその理想から逆算して解決しようというのは傲慢なことである。政治的、社会的問題の解決は半歩でも、一歩でも理想に近づく試行錯誤の道である。とにかく現在の状況を、不満ではあろうが、受け入れた上で解決策ではなく、改善策を模索するのが賢明である。

基地移設問題を、パーフォーマンスではなく、本気で考えるならば現在の日本政府とアメリカ政府の設定している大前提である情勢判断を認めたうえで装備の見直しと基地の分散を考える以外にはないであろう。たとえば、安全性の確保されていない垂直離陸型、VLOT が必要であるのか?またどこまでの範囲で分散が可能であるのかということを現実的に考えることが責任ある人間のやることである。


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    全国知事会 地元の立場訴え

2010年05月28日

普天間飛行場移設問題にからみ、鳩山由紀夫首相が出席した27日の全国知事会は、地域が抱える負担の有無などで各知事の発言に温度差が見られた。川勝平太知事の代理で出席した大村慎一副知事は陸上自衛隊東富士演習場に言及し、県の立場を訴えた。

沖縄に偏った負担をどうすべきか。「これ以上は受け入れられない」(青森県)との意見の一方で、「知事会として協力する姿勢を示すことが全国的な動きになる」(佐賀県)との意見もあった。

「つい1カ月半前のことです」と、大村副知事が切り出したのは会議終盤。議場では、鳩山首相の協力要請に対する知事会の見解をめぐる議論が続いていた。

大村副知事は、3月末に期限切れを迎えた東富士演習場の使用協定更新の経緯を説明。同演習場では、沖縄の負担軽減のため、これまでにも「沖縄県道104号線越え実弾射撃訓練」の移転・分散実施を受け入れてきたことなどに触れ、「地元は新たな訓練の移転がないことを信じて合意した」と訴えた。

また、「政府から具体的な提案があった場合、関係市町村の理解を前提として協力していく」とする統一見解案のうち、「協力」という表現に慎重な姿勢を示した。

結局、統一見解の「協力」は、「真摯(しんし)に対応していく」と改められた。会議後、大村副知事は「経緯によって受け止め方は変わる。たった1カ月半前にあったことを伝えておきたかった」と話した。

川勝平太知事は全国知事会を欠席し、クレーン事故があった御前崎港での意見交換会に出席した。川勝知事はこれまで、知事会を「烏合(うごう)の衆」と呼ぶなど辛辣(しんらつ)な態度を取ってきた。

この日の知事会についても、川勝知事は上海から帰国した14日、「知事会は意思決定をできる機関ではない」と述べたうえで、「普天間問題も知事会で話し合われる筋のものではない」としていた。

川勝知事は意見交換会に出席後、御前崎港最大の荷主であるスズキ本社を訪問した。


コメント:

沖縄普天間問題最低の案に最悪の回帰で決着となりそうである。自民党政権での基地移設案とは同じではないことは民主党の言う通りであろうが、それらは後付けの差異化にすぎない。あるいは前政権案のやり残している諸問題に沖縄の負担軽減という衣を着せた先延ばし案である。たしかに先延ばしすることで検討する時間稼ぎにはなりうるとしても先の見えない時間稼ぎである。なんと強弁しようが最低・最悪の辺野古帰りといわざるをえない。しかし、そのことをもって自民党に民主党を非難する資格はない。現鳩山政権は自民・公明政権の失政の責任を民主党に押し付けているだけである。多くの小党に分裂したとは言えそれぞれ自民・公明時代の責任は共有しているのであり、民主党を口汚く非難すればするほど政治家としての、政党としての品格が疑われることになろう。大島自民党幹事長や石破政調会長の顔の品のなさに象徴されるであろう。

しかし、そのことをもって鳩山政権を弁護するわけにはゆかない、それが政治というものである。先日鳩山首相は民主党の関連大臣を引き連れ全国知事会に出向いた。そのことにいろいろな非難が渦巻いている。18人の県知事が欠席したという。欠席しておいてまるで英雄気取りである。噴飯ものといわざるを得ない。だれも知事会に国防問題を丸投げしようなどとは考えてはいない。各都道府県に沖縄に押し付けられている基地負担を全国でも少しは受け持ってもらいたいと訴え、国としての方針を打ち出しただけである。各都道府県は政府の国防政策に協力すべく意見を求められているのである。知事には出席する義務がある。欠席は選出してくれた都道府県民にたいする義務の不履行である。

橋下大阪府知事が提起した沖縄問題は日本の問題であるという認識こそいま求められていることである。仲間である沖縄県にここまで重荷を押しつけているのである。かれらは嫌なことは他県に押し付け自分だけはその事実さえ忘れ、目を覆うとしている。まさに自治権の放棄以外のなにものでもない。井戸兵庫県知事は一体何さまと思っているのだろうか。思うところは会に出席してそこで発言するのが県民にたいする責任ではないのか。あきれるばかりである。自公政権が設定した普天間移設の期限2014に間に合わすべく知恵を絞ることこそ重要なことである。時間的なことを考えれば100%実現は無理としても、現行の自衛隊基地を拡張、利用することで一日でも早く普天間移設を実現することである。

どうも最近、質の悪いマスコミのコメンテータの影響を受けてか、一国の首相にたいする、国や地方議会の議員のみならず、人を少し批判することによって自分も少しは偉くなったように錯覚する向きが在ことは嘆かわしい。首相、政府幹部の同席する会に欠席して恥じない地方の首長の感覚が、橋下知事がいみじくも言うように「「結局、何も機能していない。幼稚園児でもできる内容」言われてもしかたがない状況をつくりだしているのではないのか。


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  高速新料金、見直し撤回 国会審議で修正も

2010年4月22日22時48分

前原誠司国土交通相が公表した6月導入予定の高速道路の新料金について、鳩山内閣は22日、現時点では見直さない方針を決めた。ただし、今後の国会審議を踏まえて、修正を検討する。新料金については、21日の政府・民主党首脳会議で見直しを決めた直後から方針が二転三転し、鳩山政権の統治能力が問われる事態になっている。

鳩山由紀夫首相と平野博文官房長官が前原氏と22日に会談し、(1)新料金案は、現時点では見直さない(2)料金割引財源を高速道建設に回す法案は速やかな成立を目指す(3)新料金のあり方は国会審議を踏まえ、国交省で総合的に検討する――との方針を決めた。

高速新料金を巡っては、多くの利用者にとって実質値上げになることから、民主党議員や閣内から批判が続出。前原氏が出席していない21日の政府・民主党首脳会議で、小沢一郎幹事長が見直しを求め、平野官房長官らが再検討することになっていた。

ただ、担当大臣としての決定を党の求めでひっくり返されたことに、前原氏が強く反発した。このため、見直し方針を撤回する一方で、国会の意見を踏まえて将来修正する形にして、双方の顔を立てたと見られる。

前原氏は記者団に「新料金のあり方については、国権の最高機関の国会審議を踏まえ、国交省で総合的に検討する」と述べ、国会の意思をくむ形での見直しは容認する姿勢を示した。国会審議の動向によっては6月の新料金移行が遅れる可能性もある。

鳩山首相は22日朝、記者団に「政府が引き取って、この問題を見直す。(高速道路の)建設と(料金の)割引を、無料化の方向と矛盾しない形で決着していきたい」と述べていたが、夕方には「国会の審議で、見直すかどうか決めてほしい」と発言。わずか半日で軌道修正した。


コメント:

民主党のマニフェストの目玉の一つはたしかに高速道路の無料化でした。しかし、高速道路の無料化は一般国民はもろ手を挙げて賛成というわけではなかった。世論の約半数はむしろ反対であったといえる。ただ道路料金が無駄な道路の建設に回されている現状にたいして、むしろ政治改革の一環として賛成していた向きがある。そこには民主党の考える景気対策としての高速道路無料化の理念との隔たりがあった。

道路行政の改革はそれ自体重要な問題であることは誰の目にも明らかである。旧来の道路行政に関してはさまざまな問題がある。第一に暫定的であったはずのものが恒久化し、ガソリン税や高速道路の利用料金が新しい道路建設に回され、道路建設関係の公益法人が天下り先として不必要に利用されてきた。第二に高速道路網が、すべての道はローマに通ずではないが、東京から放射状に設計され、地域内の道路網とはなっていないことである。隣町に行く方が東京に行くより時間がかかるといった歪な設計になっていることである。この弊害は高速道路のみならず、新幹線網などにも顕著である。

先日、本四橋の料金の設定に関して仙石大臣が四国に来る観光客が減るというような発言をしていた。しかし考えてもらいたい本四架橋のお陰を享受しているのは四国ではない、四国からはむしろ人や富が橋を通じて東京へと流出しているのである。新幹線が開通して地元が栄えたためしはない。かえって経済的活動の中央への流出で貧しくなっているのが現状である。

高速道路の無料化に関しても情緒的誤解からくる反対も多い。そもそも高速道路の無料化は物流コストの低減と経済的効果から発想されたものであったはずである。道路に関して受益者負担の原則は当てはまらない。運輸・交通のコスト削減は車を運転するかどうかとは関係なく万民が恩恵を被るものだからである。

この面から考えると、たしかに地域内での利用が高くなるような料金設
計はおかしい。通常交通・運輸体系は近くには高く遠くには安い、距離
制の運賃体系になっているのが普通のようだが、まずその発想を逆転さ
せる必要がある。つまり、課金するとすればの話だが、近距離移動は安
く、遠距離利用は高く設定すべきである。なぜならば地域内の経済活動
の活性化こそ緊急に求められていることだからである。話を戻せばそも
そも有料化自体が非合理的な施策であるということであろう。

高速道路の無料化は高速道路の渋滞を引き起こすという先入観がある。それは土日・祝祭日などと日にちを限っての料金割引のせいである。完全無料化は高速道路の利用率を平均化しむしろ渋滞の解消となるはずである。加えて一般道の渋滞が軽減され、停発信を繰り返しによるCO2の発生を抑える効果もある。道路事情の改善による経済速度での運行を可能にするからである。

最後に、道路建設は経済対策としてなされるべきものではない。これはあくまでインフラ整備である。道路の建設・補修はこれからも必要であろう、しかしそれは土木建築業者のためではなく、あくまで社会インフラのためであることを忘れてはならない。土建業のためにインフラ整備が必要なのではなく、インフラ整備のために土木・建築業が必要なのである。


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  普天間問題 10日に関係閣僚協議、移設案を確認へ

2010年5月9日16時30分

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、鳩山由紀夫首相は、岡田克也外相、北沢俊美防衛相ら関係閣僚と10日に協議し、政権内で検討している移設案の内容を確認する。これをふまえ、日米両政府は12日に米国で実務者協議を開き、米側の理解も求めることにしている。

政権内で調整されている移設案は▽鹿児島県・徳之島に普天間のヘリコプター部隊の一部移設か訓練を移転する▽名護市の辺野古沿岸部を埋め立てる現行案を修正し、くい打ち桟橋方式など環境への負荷を軽減させる工法で滑走路を建設する――が柱。これに加えて▽国内外から米軍嘉手納基地に飛来する米戦闘機などの訓練を全国の自衛隊基地や米軍基地に振り分けて実施する▽鳥島、久米島の射撃場返還――などの沖縄の負担軽減策を移設案とパッケージとしてまとめる方針だ。

だが、徳之島への部隊移設については、米側がヘリ部隊と地上部隊の一体運用を理由に難色を示し、地元3町長は訓練の移転にも強く反対している。また、桟橋方式の修正現行案についても、地元名護市の反対に加え、連立を組む社民党、国民新党も反対を表明している。首相が目指す米国、地元、連立の合意を前提とした「5月末決着」が、ほぼ不可能な状態は変わっていない。


コメント:

鳩山首相は普天間基地一部移設問題を5月末までに決着をつけると繰り返してきた。鳩山首相の進退を問題にするつもりは一切ないが、わたくしはその方向を示すことすら難しいのではないかと思う。

普天間基地移設問題はそもそも嘉手納の危険を削減するということから始まったものである。それがいまでは基地の存在そのものの問題となっていることが問題を必要以上に複雑にしている。つまり海兵隊が日本防衛のための抑止力としてひつようかどうか、空軍のヘリが抑止力として沖縄に駐留し続ける必要があるかないか、これらの問題は解決するとしても10年単位の問題であろう。今日明日の嘉手納の危険削減にはならない議論である。

もちろん、根本的解決には日米安全保障条約の改定、地位協定の改正、日本防衛とアメリカの世界戦略の関係等の見直しのなかでの解決でなければならないであろうが、それは今日の問題の解決には結びつかないのである。それだけだはない、現在浮上している安、もちろん前政権の案もまったく同じではあるが、辺野古沖埋め立てであろうが、杭打ち方式であろうが、基地の一部移転に何年かかるのだろうか。まず10年は覚悟せねばならないだろう。普天間の危険軽減は10年待てということだろうか。自民党案にせよ、民主党案にせよまったく沖縄の現状のことなど頭にない土建屋的発想にすぎない。まったく出発点であったはずの普天間の危険除去など彼らの頭にはないといわざるをえないであろう。まして10年先ということになれば、どちらの方向にであるかは分からないにせよ、世界情勢の変化もあるだろうに、既存の案はこのさき10年現状が継続するであろうことを前提にしているのである。

つまり、今日明日の普天間の問題を解決には既存の基地を利用する以外にはないのである。つまり、新しい基地建設のいらない移転でなければならない。その点、最近噂されるすでにある自衛隊基地への移転が常識ではなかろうか。吸収の基地のローテーション利用がもっとも現実的ではあろうが、全国の基地のりようであってもかまわない。費用の面からも、試算はしていないが、新しい基地を建設と比べても十分採算の取れる、しかも、経済政策的にも効率的、有効な経費の投入といえるのではないかと思う。

さらに言えることは移動しながらの訓練の方が実践的でもあるということも考慮しなければならないであろう。司令部機能はどこに置くとしても軍事的戦略もグローバル時代に即したものである必要が、むしろ緊急的課題ではなかろうか。いろいろな条件での下での演習という点から見てもそのことはいえるのである。いろんな戦闘地域での住民との有効な関係の構築の訓練をも組み入れることができるであろう。


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   普天間移設、実務者協議先送り 米大使、日本案に難色

2010年4月10日20時36分

岡田克也外相は10日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題の対米交渉について、ルース駐日米大使との間で「やりとりがまだしばらくある」として、実務者協議を先送りする考えを示した。ルース氏は9日の岡田氏との会談で日本政府案に難色を示しており、岡田氏は当面はルース氏に直接理解を求めていく必要があると判断した。

視察先の米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)内で記者団に語った。岡田氏はこれまで開催を明言していた外務・防衛当局などによる実務者協議について、「必ずなければいけないものではない」と言及。「実務的に詰めればいい。どういうやり方で進めるか」とも語り、協議の形式にはこだわらず米側との交渉に臨む考えも示した。

岡田氏はこれに先立ち、鳩山由紀夫首相を首相公邸に訪ね、ルース氏との会談内容を報告した。

コメント:

  日本に基地を置くアメリカの本音

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題にはいくつかの側面がある。世界一危険な基地といわれる普天間基地の危険を解消するという問題とアメリカが日本に基地を置く必要性、さらに日本の防衛の問題である。

今回の基地移転問題の発端は普天間の危険の軽減である。これは他の二つと切り離して早急に解決すべき問題である。10年20年かけて解決すればよい問題ではない。明日にも解決しなければならない。他の問題は慎重に検討し、議論を尽くす中で解決されるべき問題であろう。この二つを絡めてする議論は解決する意思がない議論といわれてもしかたがない。社民党のようなそもそも論は子供の議論である。沖縄に配備されている海兵隊は日本防衛のためではないからグアムへ移転すればよいという。それも立派な議論である。しかしそれは普天間基地の移設問題とは別の議論であり、普天間の危険をまず軽減してからの話である。

基地の海外移転は現行の日米安保条約、米国の国際戦略と深く結びついている問題である。今年は日米安路条約改定50周年である。つまり、条約そのものを見直すよい機会である。米国の世界戦略の見直しが進んでいる状況であり、この際日本を取り巻く東アジアの安全保障の再検討が求められている。基地の海外移転はそのなかでの議論である。その議論とそれに基づいた戦力の配置等には時間が掛かることであり、様子を見ながら徐々に行う必要がある。

それにたいして普天間の危険の排除、沖縄の負担の軽減は一刻も争うべきことであり、全国民に突き付けられた問題である。ただ、とりあえずということで基地を引き受けた善意の地方の基地が永続的に移転し、新しい基地の増設になってはならないのである。その危険性はある。したがって、新しい米国の世界戦略の変化と日本の安全保障のあり方の議論が担保されていなければならない。普天間の危険解消、沖縄の負担の軽減は、とりあえず、海外移転は無理として、県外移転以外にはない。そのためには日米安全保障条約の見直しを日米両政府の合意と引き換えでなければならないだろう。


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2010年度予算、成立 一般会計92兆円、税収大幅減

2010年3月24日17時20分

2010年度予算が、24日の参院本会議で民主、社民、国民新の与党3党などの賛成多数で可決、成立した。一般会計総額は92兆2992億円と過去最大。参院事務局によると、現憲法下で5番目に早い成立だという。

政権の「コンクリートから人へ」の方針に基づき、公共事業費を09年度当初比18.3%減の5兆7731億円に抑制したのに対し、社会保障費を同9.8%増の27兆2686億円に増やした。

歳入は税収が37兆3960億円と18.9%の大幅減になる一方、新規国債の発行額は44兆3030億円と過去最大になり、当初予算段階で戦後初めて借金が税収を上回った。

税制改正法案などの予算関連法と、租税特別措置(租特)の実態を明らかにする租特透明化法も成立した。

コメント:

「歳入は税収が37兆3960億円と18.9%の大幅減になる一方、新規国債の発行額は44兆3030億円と過去最大になり、当初予算段階で戦後初めて借金が税収を上回った」。

たしかに日本の財政赤字は危機的である。今回の予算案も借金漬けの予算であることに異論はない。しかし、民主党の擁護をするわけではないが、この膨大な借金を作ったのは誰か。国債を湯水のように買って無駄な公共工事、天下り団体に流し続けたのは誰なのだろうか。過去の政権の間違いを教訓にしながらも、これまでの政権を批判するばかりで終始してはならない。「コンクリートから人へ」と政策転換しなければならないことは時代の要求である。

経済の活性化がない限り「コンクリートから人へ」という政策転換も出来ないという批判がある。「コンクリート経済」から「ひとへの経済」への転換が一夜でできるわけではない。転換の過程においては旧来の路線も走らせながら、新しい路線の敷設が必要なのである。一時的出費はやむを得ないところであろう。問題は「ひとへの経済」でも経済の活性化は可能であり、時代の要請であるとはいえ、その青写真がないことが現政権のアキレス腱である。青写真なしには素人の寝言と言われてもいたしかたなかろう。

「ひとへの経済」では外貨が稼げないという人もある。そういう前時代的思考をこそ克服しなければならないのである。これからの世界はひとに優しい農産物、エネルギー、医療関係をはじめ日常生活におけるひとに優しい機器や器具、あらゆる場面において「コンクリートからひとへ」の経済が中心となるし、そうでなければならないのである。

「コンクリートからひとへ」を打ち出した民主党にもう少し時間を与える必要は確かにある。しかし一歩でもよい、その方向へ力強く踏み出すことを有権者は期待したのではなかったか。政治と金の問題で終始した感があるのははなはだ遺憾であると言わざるを得ない。そればかりか、塩川もと大臣が「母屋ではお粥を啜っているのに、離れではすき焼きをしている」と嘆いた公益法人や特殊法人などが、小沢氏の力にあやかって、どうやら裏口を作り、またぞろコンクリートにしがみつこうとしているらしい。民主党はそれに見ぬ振りを決め込み、支持率の急落にもあえて耐えて行こうとしているようである。


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派遣法改正案、今国会成立へ 派遣先の事前面接解禁せず

2010年3月17日12時58分

鳩山政権は17日、連立3党の党首級による基本政策閣僚委員会を開き、製造業への派遣の原則禁止などを盛り込んだ労働者派遣法改正案に合意した。3党間の調整で残っていた派遣先による「事前面接の解禁」について、社民、国民新両党の求めに応じて厚生労働省案から削除することにした。この修正を経て19日にも閣議決定し、国会に提出する。今国会で成立する見通しだ。

改正案は、製造業派遣や仕事があるときだけ雇用契約を結ぶ「登録型」派遣、日雇いや2カ月以下の雇用契約を結ぶ派遣をそれぞれ原則禁止とする――などが柱。製造業と登録型派遣は公布日から3年以内に禁止するが、登録型のうち事務派遣など一部はさらに最長2年の猶予規定が設けられている。

自民党は反対するとみられるが、連立3党合意や民主党マニフェストに盛り込まれており、連立与党としては今国会で成立させ参院選前の成果としてアピールする考えだ。

調整の焦点となっていた「事前面接の解禁」をめぐっては、17日の基本政策閣僚委で社民党の福島瑞穂党首と国民新党の亀井静香代表が改めて削除を要求。長妻昭厚労相は難色を示した。だが、菅直人副総理が出席者から一任を取り付けたうえで「削除する方向で結論としたい」と述べた。

「事前面接解禁」の削除について、鳩山由紀夫首相は12日の参院予算委員会で「変えることは極めて難しい」と述べていた。だが、12日に閣議決定した地球温暖化対策基本法案で「原子力発電の推進」を盛り込まないよう求めた社民党の主張を退けた経緯もあり、連立政権運営を円滑に進めるうえで社民、国民新両党に配慮したとみられる。

事前面接は、派遣先の企業が派遣社員を受け入れる前に実施される。現行法では禁止されているが、改正案では期間の定めのない雇用契約を結ぶ派遣社員を対象に、解禁する規定が厚労省案に明記されていた。労働政策審議会(厚労相の諮問機関)での労使合意を踏まえて盛り込まれたものだった。


コメント:

「製造業への派遣の原則禁止などを盛り込んだ労働者派遣法改正案に合意した」という。ただし、社民、国民新両党の求めに応じ派遣先による「事前面接の解禁」については、厚生労働省案から削除することになった。妥当なところだろう。「事前面接は、派遣先の企業が派遣社員を受け入れる前に実施される。現行法では禁止されているが、改正案では期間の定めのない雇用契約を結ぶ派遣社員を対象に、解禁する規定が厚労省案に明記されていた。労働政策審議会(厚労相の諮問機関)での労使合意を踏まえて盛り込まれたものだった」。これが労使での合意を踏まえたものであったということが、むしろ驚きである。日本の労働組合の姿が垣間見えるというものである。

難しい議論をするまでもない。「登録型」であろうとなかろうと企業にとっては非正規労働者なのである。法律のために人間があるのではなく、人間のために法律がある。企業のために労働者があるのではなく、労働者のために企業はある。それが社会というものである。法治国家ということで国家が成立する基本的形態を忘れてはならないのである。労働形態の多様化という掛け声のもとに始められた派遣労働も、所詮、同一労働同一賃金が実現されていない日本の現実では企業、つまり使用者に都合のよい安い労働力の調達の道具であるにすぎない。

雇用を確保するということは企業が利益を上げるのと同様、いやそれ以上に重要な社会的責任である。不況だからといって労働者を安易に解雇するというのは一見経営の合理性のように見えるが、実は経営の怠慢に過ぎないのである。経団連会長の御手洗氏のキャノンが率先して派遣切りに走ったことは日本経済団体連合会も落ちぶれたものだと言わざるを得ない。日本経済の無様な現状は企業の経営努力の怠慢に由来するところ大である。民がやることをやらないとき官がのさばる。民が社会的責任を果たしてこそ民主導の社会設計ができるのである。

彼等は口癖のように法人税が高ければ、人件費が高ければ企業は海外に逃げて行くという。それらをクリアすることがまさに経営であることを忘れている。それは脅しに過ぎない。彼等は海外に出て行けばよい。日本人はそんなに柔くはない。必ずや新しい可能性が生まれてくると確信している。不況だから派遣切りがあったのではない、派遣切りが不況を深刻化したのである。


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「橋下知事発言は『虚言』」 大阪・平松市長が批判

2010年3月3日11時35分

大阪市の平松邦夫市長は2日の市議会代表質問で、大阪府の橋下徹知事の府市再編論について、「具体的な姿の提示がない。知事の目的は(都市間)競争のためのインフラ整備と権限の集中だけの印象」と批判した。

また、先月の知事と市長の公開討論会にも触れ、大阪市民が府税の56%を納めているのに対し、市には府支出金などで18%しか還元されていないと指摘。「知事は、大阪市が自分の市のことだけしか考えていないかのような指摘をしたが、全く事実に反し、『虚言』と言っても過言ではない」と反論した。

平松市長は「明確な根拠も示さずに、府市解体・再編がすべての問題を解決するような印象や、選挙がそれを実現する唯一の方法という印象を住民に与えることは慎むべきだ」と知事の姿勢を批判。一方で、府市の権限・事業の仕分けには「本格的に取り組んでいく」と述べた。


平松市長の発言に対し、橋下知事は同日夕、「こういう論争をするのは、市長が市役所の存在を前提としているから。府庁と市役所を解体し、不毛な論争がない新しい組織を作り上げればいい」と話した。


コメント:

大阪府・市の問題は一自治体の問題ではなく、地方主権に関わる、あるいは地域主権を実現するために必須の議論であり、問題である。一部に地域主権という言葉に異を唱える向きもある。主権とは国家主権にのみ相応しい言葉だという訳である。それはその通りである。しかし、だからといって地方分権では中央に集権されたものを分け与えるという意味合いが残り、いわれている地方分権とは程遠い官僚支配国家の温存となる。少々の無理は覚悟で地方主権という言葉を使うのが適当であろう。

日本は国民主権の国家であることは何度でも確認しておこう。その上で、政治学的には別として、主権の行使は重層的である。社会を維持するためにはいろいろなレベルのさまざまなことを選択、決定してゆかねばならない。地域の状況、ニーズはさまざまであろう。その場合基礎となる地域、概念はすこし違うが基礎自治体はどのようなものであろうか。

基礎自治体のニーズはなんであろうか。抽象化した現代においてニーズ自体も抽象化している。抽象化したニーズの時代において基礎自治体は行政的効率だけで決まるであろう。つまり抽象化したニーズの社会において地方自治、あるいは地方主権の概念は成り立たないのである。地方自治や地方主権はニーズが異なった多様な地域の存在を前提にするものである。橋下知事も平松市長もまずその点を認識した上で議論を進める必要があろう。

それぞれのニーズによって基礎自治体も、広域自治体も変わってくる。したがって問題はどの規模の自治体が経済、福祉、医療、教育といった基本的サービスの提供にとって最適かという問題なのであろう。これらの点から両者の議論を比べるとするならば、荒っぽい議論のようではあるが橋下知事に一縷の分があるように思われる。つまり一度現在の自治体の解体が必要であろう。


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首相、名護市長と会談 「選挙の結果重く受け止める」

2010年2月18日12時9分

鳩山由紀夫首相は18日、首相官邸で沖縄県名護市の稲嶺進市長と会談した。稲嶺氏は、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設反対を掲げて先月の市長選で当選。首相と会うのは初めてだ。

稲嶺氏によると、稲嶺氏は市長選の結果を踏まえ「海にも陸上にも(基地を)つくらせないと市民に約束してきた。民意としてくみ取って頂きたい」と求めた。これに対し首相は「重く受け止めている。沖縄の負担軽減のために(政府・与党による)検討委員会で鋭意話して頂いているところだ」と応じたという。

稲嶺氏はこの後、国会内で民主党の小沢一郎幹事長とも会談。「基地問題が争点になった選挙で支援を頂き、勝利できた」と謝意を示し、小沢氏は「よかったですね」と答えたという。

普天間飛行場の新たな移設先として、国民新党は名護市内の「キャンプ・シュワブ陸上案」を準備しているが、稲嶺氏は「海上も陸上も駄目だ」と反対姿勢を明確にしている。

稲嶺氏との会談に先立ち、首相は公邸前で記者団に「稲嶺市長がどういう話をされるかを、じっくりうかがいたい。私の方から、具体的なことに対して一つひとつ申し上げるつもりはない」と語った。


コメント:

鳩山首相は5月までには沖縄の基地問題に結論を出すという。自民党は対米関係の悪化と抑止力の問題から辺野古の沖への移転を、脅迫を交えて要求している。政府同士が合意したものを政権交代を理由に履行しないのは信義に悖るという。しかし、政権が交代すれば前政権の外交政策も再検討されるのは国際的常識である。アメリカのオバマ大統領もブッシュ前政権の外交的スタンスを大きく変え、EU、ロシアとの関係も見直したではないか。

今年は日米安全保障条約締結50周年である。その間世界情勢も大きく変化している。確かに冷戦構造は終結した。しかし、日本に関する限り極東の国際状況には、冷戦時代の状況とは異なるとはいえ、不安定な状況が存続していることは誰の目にも明らかである。北朝鮮の核開発、大量殺害兵器の開発、中国の海上戦闘能力の増強、決して良い方向に進んでいるとは言えない。何に対する抑止力か、誰もはっきりとは言わないし、言うべきでもないだろうが、北朝鮮、中国に対する抑止力であることは、口には出さないが皆が思っていることである。

北朝鮮の軍事的脅威は、核開発等の問題はあるとしても、中国の姿勢如何に掛かっている。北朝鮮はどうあがいても中国の胸三寸であろう。日本としては中国との関係を良好に保つことによって北朝鮮は脅威ではないのである。日本外交は対米・対中関係のバランスのの良い関係の樹立以外にはない。

これらのことを考えたとき、基地移転問題は日米安全保障のこれかたの在り方を議論するなかで解決してゆかねばならないが、一方において忘れてはならないことは、基地移転問題はそもそも沖縄に押し付けられた負担の解決から出発したということであろう。したがって取りあえず考えねばならないことは、沖縄の基地の意味や海外移転ではなく、沖縄の基地負担の軽減に議論を絞る必要があろう。そのためには取りあえず県外移転、あるいは他の自治体への負担の分担ということになろう。ただし、一度決められたことはそれが永続的に定着する恐れがある故、合わせて安全保障の在り方の議論を担保した上でのことである。


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トヨタ、リコール影響1800億円 3月期黒字化は困難

2010年2月4日23時49分

トヨタ自動車は4日、欧米などでの大規模リコール(回収・無償修理)により、2010年3月期の営業損益に1800億円規模の影響が出る見通しだと明らかにした。4日発表した同期の連結業績見通しでは、営業赤字は昨年11月に予想した3500億円から200億円に大幅縮小。だが、リコール問題が響き、黒字転換は厳しい情勢だ。新型プリウスのブレーキ問題の影響は見積もっておらず、先行きには不透明感が漂う。

純損益は、従来の2千億円の赤字予想から800億円の黒字に転換する見込み。前期は4370億円の赤字で、黒字化すれば2期ぶり。営業損益は、前期の4610億円の赤字から大幅に改善。売上高は、従来予想より5千億円多い18兆5千億円(前期は20兆5295億円)の見通し。

一連のアクセルに絡むリコールの影響は、対策費用として1千億円、信頼低下による販売減などで700億〜800億円の営業利益の減少を見込んだ。この問題の影響による販売減は、10万台(米国8万台、欧州2万台)と想定。リコール問題がなければ、営業損益も黒字に転換した可能性がある。

アクセル関連のリコール問題は、10日に米議会の公聴会で取り上げられる予定。新型プリウスのブレーキが瞬間的に利かなくなる問題も含め、トヨタ車に対する「逆風」は収まっていない。品質問題に伴う影響額は、1800億円規模から膨らむ可能性もありそうだ。

4日には、09年4〜12月期連結決算も発表された。売上高は前年同期比19.6%減の13兆6705億円、営業利益は76.4%減の522億円、純利益は70.4%減の972億円だった。10〜12月期の営業損益は、1891億円の黒字。四半期ベースの営業黒字は7〜9月期から2期連続で、原価低減などコスト削減が「計画を上回るペースで進んでいる」(伊地知隆彦専務)という。2月以降の為替レートは、1ドル=85円を想定している。(久保智)


コメント:

トヨタのプリウスがアメリカでのリコールの対象となったとき、最初はアメリカの企業の品質管理の弱さとおもっていた人も多い。しかし問題はアメリカだけではなかった。日本国内で製造された車にも同様のクレームが昨年よりあり、消費者に公表することなく改善していた事実が明らかになった。なんとお粗末なことか。もっと言えばなんと悪質なことかということである。トヨタはごく最近まで、いや、今でも欠陥を認めていない。部品は欠陥ではないが、ソフトの問題だという。なんといった詭弁だろう。ソフトの欠陥も立派な欠陥である。それを欠陥と思わないところまでトヨタは落ちぶれたということだろうか。

わたくしは今回のリコール問題はトヨタ一社の問題ではないと危惧している。膨大な社内留保を確保しながら、非正規雇用の解雇、値下げ強要による下請けいじめ、これらトヨタ本体の社会的存在であることを忘れた傲慢さに由来する製品管理の弱体化である。このことは経団連の前会長御手洗氏のキャノンが真っ先に非正規雇用の解雇に踏み切ったときから予測された事態である。トヨタがキャノンと違うところは製品が直接消費者の生命に関わるということである。だからといってキャノンの罪がより軽いという訳ではない。キャノンが社会的責任放棄の口火を切り、企業のモラルハザードを先導したことは歴史にしっかりと残しておくことにしよう。

日本の製造業の今日の弱体化は大手による中小・零細企業いじめの結果による独自技術の開発の遅れである。日本の物作り技術はそのほとんどが中小・零細企業によって担われていることを大手企業は忘れているのではないか。この際中小・零細企業は共同して系列化された下請け構造から脱却し、日本の良き伝統である手作り、物作りに戻らなければ日本の産業に将来がないのではないだろうか。大手企業は口を開けば海外移転をほのめかすが、どうぞ海外に移転してもらって結構である。いずれ日本に帰ってこざるを得ないことは日を見るより明らかなことである。


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外国人参政権に賛成60%、反対29% 朝日世論調査

2010年1月19日0時3分

永住外国人に地方選挙で投票する権利を与えることに賛成する人が60%にのぼることが、16、17日に朝日新聞が実施した全国世論調査(電話)の結果わかった。「反対」との意見は29%だった。

政府と民主党は、地方選挙権付与法案を今国会に提出することで合意している。民主支持層では賛成が70%とさらに多く、反対は23%にとどまる。内閣支持層でも賛成70%、反対23%だった。

自民支持層では賛成と反対がともに45%で並んだ。自民党内では反対意見が優勢だが、支持者の意識とは必ずしも一致していないようだ。

世代別では、30、40代で賛成が7割台なのに対し、60代では54%、70歳以上では37%にとどまる。


コメント:

永住外国人に地方選挙で投票する権利を与えるかどうかが問題になっています。対象になっている外国人とは日本の植民地化政策によって日本に在住することになった韓国・朝鮮の人たちです。もちろん自分の意志で日本に住むことになった人も多いかも知れませんが、意志に反して日本への移住を余儀なくされた人たちの多いことも事実です。

この問題に関して民主党はこの国会で法案の提出を予定しているようで。その裏に小沢幹事長の希望があると憶測されています。この問題は国家主権、引いては国家の在り方に関わる問題ですので国民一般の広い議論が必要と思う。

在日韓国人に地方参政権を与えることを主張する小沢幹事長の主張を正確に理解しておく必要があるでしょう。ここに小沢一郎氏の二月三日のWEB サイトに掲載されたかれの主張を転載しておくのも意味のあることとおもいます。長いですが重要な問題であり小沢氏の意見の存在を指摘するだけでは読んでいただけないことを危惧いたしますので全文を引用させていただきます。この問題につきましてはわたくしは小沢氏と意見を同じくいたします。ただこれらのことは韓国においても相互的であるべきことはいうまでもありません。韓国は日本人の韓国永住者に参政権をすでに付与していますが、数の上でのアンバランスを問題にする人がいますが、それは論外でしょう。

永住外国人の地方参政権について、改めて皆様に私の考えを申し上げます。

 「公の政治に参加する権利―参政権―が国家主権にかかわるものであり、また、国民の最も重要な基本的人権であることに間違いはなく、その論理は正当であり、異論をさしはさむ気はまったくありません。ただ、政治的側面から考えると、主として永住外国人の大半を占める在日韓国・北朝鮮の人々は、明治43年の日韓併合によって、その意に反して強制的に日本国民にされました。すなわち、日本が戦争によって敗れるまでは、大日本帝国の同じ臣民でありました。日本人としてオリンピックに参加し、日の丸を背負い金メダルを取っています。また、日本のために多くの朝鮮の方々が日本人として、兵役につき、戦い、死んでいきました。このような意味においては、英連邦における本国と植民地の関係よりもずっと強く深い関係だったと言えます。私達はこのような歴史的な経過の中で今日の問題があることを忘れてはなりません。

 法案に反対する人達の多くの方の主張は「そんなに参政権が欲しければ帰化をして日本国籍を取得すればいい」という考え方があります。私もそれが一番いい方法だと思っておりますし、また在日のほとんど多くの人々の本心であると思います。

 しかし、このことについては日本側・永住外国人側双方に大きな障害があります。日本側の問題点からいうと、国籍を取得する為の法律的要件が結構厳しいということと同時に、制度の運用が、(反対論の存在が念頭にあるせいなのかはわかりませんが)現実的に非常に帰化に消極的なやり方をしています。例えば、刑事事件とならない軽い交通違反(スピード違反・駐車違反等)を起こしただけで、余分に何年もかかっているのが現実です。これらの状況を日本の側として考えなければなりません。

 一方、永住外国人のほとんど多くの人は日本で生まれ育って、まったくの日本人そのものであり、その人達が日本人として生涯にわたって生きていきたいと願っていることは、紛れもない事実だと私は思います。ただ、過去の併合の歴史や、それに伴う差別や偏見に対して心にわだかまりがあるのも事実なのです。

 我々日本人は、両国両国民の数千年の深い繋がりと友好関係を考えなければなりません。また、近い将来日韓両国は、EUや北米大陸の例にあるように、自由貿易を柱とする共同体構想が現実のものになると思います。今こそ、日韓両国民がお互いにわだかまりを捨て、将来に向けて信頼関係を構築していくことが、両国と両国民の繁栄のために必要不可欠なことであると考えます。

 しかし両国が主権国家として存在する以上、地方参政権の問題は、政治論の側面からだけではなく、法的・制度的にも許容されるべきものでなければなりません。

 永住外国人に地方参政権を与えることについての国際社会の状況は、アメリカをはじめ未だ多くの国が、国籍の取得を要件としているのは事実であります。しかしながら、例えば日本の場合と状況が似ている英国では、かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者に対して投票する選挙権だけでなく、立候補できる被選挙権まで与えています(地方選挙)。北欧の国々では一般的に永住権取得者には地方参政権を与えており、また、EU域内では、「お互いに永住権を取得した者には地方参政権を与えよう」という方向で制度の改正が行なわれつつあります。このようなことを考え合わせれば、地方参政権の付与が主権を侵害する、或いは主権国家としての日本の存在を脅かすものであるという主張は、必ずしも今日的な社会の中で、絶対的なものであるとは言えないと思います。したがって私は永住者に対する参政権の付与は、憲法上・制度上許容されるべき範囲のものであると考えます。

 以上のような政治的側面、制度的側面双方から考え合わせ、一定の要件のもとに地方参政権を与えるべきだと考えます。そして、そのことにより日本に対するわだかまりも解け、また、結果として帰化も促進され、永住外国人が本当によき日本国民として、共生への道が開かれることになるのではないでしょうか。

※補足
 この問題につきましては、意見が多数寄せられ、少数の方からの反対意見が寄せられたので、さらに補足として申し上げます。

反対意見に、「北朝鮮に支配されている北鮮系の総連の方に、地方参政権を与えるのはとんでもない」という意見がありましたが、我々自由党では国交のない国(北朝鮮等)の出身の方は参政権付与の対象にしないという考えです。

国政を預かる政治家として、ホームページ上で自分の考える全てのことを申し上げることはできませんが、この問題は主として、在日の朝鮮半島の方々の問題であることからあえて申し上げます。もし仮に朝鮮半島で動乱等何か起きた場合、日本の国内がどういう事態になるか、皆さんも良く考えてみてください。地方参政権付与につきましては、あらゆる状況を想定し考えた末での結論です。

この問題につきましては色々な意見があり、少数の方々ではありますが中には、もう自由党を支持しないという方もおられます。私の意見のどこがどういう理由でだめなのか、明確な指摘のもと、ご意見を賜れば幸いです。

私はこれからも「日本一新」を目指し、タブーなき真の改革を実現していくため全力を尽くして参りますので、皆様におかれましては何卒ご理解を頂き、ご支援を賜わります様よろしくお願い致します。」

重要な問題ですので一字一句省略することなく引用しました。


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定額給付金、消費に回ったのは支給総額の3割

2010年1月15日23時23分

内閣府が行った定額給付金の効果に関するアンケートで、支給総額約1.9兆円のうち、新たな消費につながったのは3割にあたる約6300億円分だったとみられることが明らかになった。貯蓄に回った分も多いとみられ、当初内閣府が試算した支給総額の4割、8000億円分を下回った。

調査は昨年4月〜9月末に行い、全国の約9200世帯が回答した。給付金をすべて消費に回した世帯は50.0%だったが、まったく使わなかった世帯は26.9%。世帯平均では支給額の64.5%を消費に回したことになる。

「給付金がなければ購入しなかったもの」「給付金があったため支出を増やしたもの」を合わせた「新たな消費」は、給付金の支給額の32.8%で、これが実際の消費押し上げ効果となる。昨年9月末時点の支給額の1兆9159億円に当てはめて換算すると6284億円となる。

1999年に実施した地域振興券でも、当時の経済企画庁(現内閣府)の調査では、新たな消費に回ったのは支給額の3割程度だった。「バラマキ政策」は、形を変えても予算額の3割程度の消費押し上げ効果しかないことが実証された形だ。

10年度から支給が始まる子ども手当も「バラマキ」との批判がある。内閣府の津村啓介政務官は「1回限りの定額給付金と、恒久的に支給される子ども手当の効果は異なるのではないか」としている。


コメント:

新政権はこども手当、高校無償化を約束している。結構なことである。これは現政権が協調するように、自公政権のときの定額給付金やエコポイントとの違いを強調する。定額給付金は一時的、景気対策の一環であるのにたいして、こども手当、高校無償化は恒久的、社会制度である。もちろんそれは長い目で見れば新しい産業の創出、発展にも繋がるではあろうが時間の掛かることである。それは環境対策、高齢化対策などすべてに共通するところである。

エコポイントは短期的経済効果はたしかにあったと思われる。しかしそれによって新しい産業の創出・発展に寄与したとは思えない。定額給付金にいたっては新たな消費につながったのは三分の一程度であるという。景気対策としても失敗といわざるを得なない。こども手当や高校無償化が思想の違いがあるとは言え定額給付金やエコポイントの二の舞を踏むことは許されない。

このような社会福祉制度が議論されるとき注意されるべきことはヨーロッパのそれと比較されることがよくある。それは人を惑わすものである。ヨーロッパ諸国のばあい人口は多くて5ないし6千万というところである。1億2千万の日本とヨーロッパを比較することは、それこそ、マグニテュードの取り違えといったところである。ギリシャの直接民主主義と現代の民主主義を比較するようなものである。

わたくしはこども手当に基本的に賛成である。こどもは親のものである以上に社会の財産である。親のこどもに対しては育て、教育する義務がある。社会でよく言われる親の教育権は、こどもを教育するという義務を前提に成り立つものである。つまり、育て、教育することは義務であるが、どのように、あるいは教育するかは、基本的には親の権利なのである。どのような教育を施すかは親の権利とはいえ、それは社会の秩序を維持する教育でなければならないことはいうまでもない。

社会を維持するための教育は社会の責任であるが、その一つの表れがこども手当である。こども手当に疑問を持つ人の大きな理由はこども手当がこどもの教育には使われず、生活費ならまだしも、親の遊興費に回るだけではないかという心配であろう。かといって、学校や施設を通して間接的に給付する方法も、それを悪用する学校や施設も多いことは周知のところである。この種の心配はあらゆる福祉政策につきまとう難しい問題である。これらの問題にあらかじめ対処するために手続きだけが複雑化し、そのことがまた不正の温床になる。どんな方法をとっても不正を防ぐことはできないのである。

これらの問題を解決する方法は適正なサイズの大きさのコミュニティーに育児や教育を移譲する以外にはないと思う。それと同時に子育てと教育の環境の多様化である。つまり、こどもの、親の教育への興味に答えるに十分な学校や施設の多様化である。この観点から見ると高校の無償化も、多様な高校、あるいは学校ではない教育機関、たとえば、昔の丁稚奉公、書生、親方の下での修行、さまざまな教育形態があるはずである。一般高校だけが中等教育のあり方ではけっしてないのである。一般高校の義務教育化ほど愚かな制度はないであろう。教育や育児の多様化があれば貰えるものは貰わなければ損であるという、損得を基準にした選択も防げるのではないだろうか。また、知恵のあるこども手当の支給方法も考えられるはずである。こどもの成長を望まない親は、例外は別として、ないのである。これは決して性善説でも楽観論でもない、昔の日本が辿って来たみちなのである。問題は国家が、官僚が中央から育児や教育のあり方を一律に支配しようとするところからすべて生まれてくるのである。


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日米両首脳、安保50年の19日に声明を発表へ

2010年1月10日0時56分

日米両政府は、日米安全保障条約改定50周年となる19日に鳩山由紀夫首相とオバマ米大統領が声明を出す方向で調整に入った。日本側の関係者が明らかにした。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で日米関係にきしみが出る中、声明は、東アジアで日米同盟が果たしてきた役割と重要性を確認し、同盟関係をさらに深化させることを表明する見通しだ。

声明では、半世紀に及ぶ日米同盟がアジア・太平洋地域の平和と繁栄の基軸になっていると評価。環境政策やエネルギー安全保障など新たな分野でも、重層的に関係を深化させることをめざす内容になる。声明に先立つ12日の岡田克也外相とクリントン米国務長官の会談でも、昨年秋の日米首脳会談で合意した日米同盟の深化のあり方を話し合うとみられる。

米国務省のキャンベル次官補は7日の会見で、12日の日米外相会談について、「同盟が決定的に重要だと明白にする今後1年間の取り組みのスタートとなる」と述べていた。


コメント:

今年は日米安全保障条約改定50周年の年である。米国民主党のブレインの一人である Tobias Harris は「アメリカと日本は対話のないパートナーである」という。最初からアメリカの思惑、戦略と日本の思惑は食い違っていたのである。

日米安全保障条約改定50周年にあたって「対話できる」日米関係を樹立する必要がある。対等な日米のパートナーシップは「対話」から始まるのであるから。これまでの日米安全保障条約は冷戦時代のアメリカの世界戦略の下での安全保障条約であった。今日アメリカの世界戦略も変わって来ているにもかかわらず日本政府の認識は旧態依然たるものである。旧態依然と言えば、非核三原則の、「持ち込まず」の密約も対話なきパートナーシップの一例である。艦船の日本寄港にあたって核を外すことなどアメリカが認めるわけがないし、それを知らない日本人など一人としていない。それにも関わらず日本政府は事前協議のないことをもって「核の通過」もないといまだに言い続けているのである。

日米安全保障条約のアメリカにとっての意味は、第一義的には、日本の防衛ではない。アメリカとイスラエルの関係とも違うし、アメリカとイギリスとの関係とも違う。あくまでもアメリカの世界戦略の一環としての日本の防衛であることを日本人はもっと認識する必要がある。対等な日米関係の樹立のためには日本は自国の防衛は自分で担う意思を明確に表示しなければならない。それは軍備の増強を意味するものではない。憲法9条を厳格に守ればよいのである。つまり、国際紛争を解決する手段として武力を行使することはなく、国の交戦権は、これをみとめない。しかし、交戦権と自衛権は別物であることも自明である。自衛のための手段としての武力として自衛隊がある。錯覚してはいけない、自衛隊と呼ぼうが、日本軍と呼ぼうが実質は同じである。自衛隊は国際的には立派な軍隊であり、それも世界的には強大な軍隊である。ただ、アメリカの協力なしには日本を自衛できないほどに米軍と一体化しているだけである。簡単に言えば自衛隊は米軍の一部として組み込まれているということである。条約改定50周年にあたって、まずこの点の見直しが必要であろう。それを軍備の増強と言い換えて国民を脅してきたのがこれまでの政権であったのだ。

ハリス氏が指摘する通り,「米日はアメリカ合衆国がもはや絶対的超大国ではなく,日本がワシントンの財布であることに満足しないばかりか不可能であるいま,さらに中国の台頭によって地域のパワー・バランスが変化した新しい状況において両国がいかなる協力関係を構築するか再検討せざるをえない」というのはその通りなのである。岡田外相の核に関する「密約」の検証は日本の自立以外と対等なパートナーシップへの第一歩である。日本の自立への一歩である。


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首相「日本には日本の考え方」 普天間、米側「遺憾」で

鳩山由紀夫首相は16日午前、鳩山政権が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題の結論を先送りしたことを巡り、米海兵隊総司令官が「それが彼らの決定ならば遺憾だ」と発言したことに対し、「海兵隊の方が満足するとは思わない。しかし、日本の政府には政府の考え方がある。米国と交渉して結論を得ていきたい。今の沖縄の現状を考えればこれ以上の結論はない」と語った。記者団の質問に答えた。

コメント:

今年は日米安全保障条約締結50周年を迎える。冷戦時代の安全保障が根底から見直されねばならないことは言うをまたない。当時から一貫していることは日本はアメリカの世界戦略にとって重要であるということだろう。日本防衛はアメリカにとってはそのための手段にすぎないのである。憲法9条には、アメリカの理想主義の表現ではなく、アメリカがいつまでも日本に足場を築くための足場なのであった。アメリカはお人よしの日本人が考えるよりも戦略的なのである。そのことは戦後の食糧難の時アメリカが小麦を日本に無償で提供してくれたことにも見ることができる。アメリカの食糧援助はたしかにありがたかった。いまでも感謝してよいものである。しかし忘れてはならない。アメリカの議会ではいま日本に小麦粉を5万トン供与し、日本人が、とくに給食を通して、パン食に慣れれば将来日本は20万トンの小麦をアメリカから買うことになるだろうと議論されていたのである。

要するに日米安全保障条約は最初からアメリカの対ソ戦略の一環であったのである。もちろん小麦の場合と同様日本にとってもメリットがなかったわけではない。日本がアメリカの世界戦略に組み込まれることによって日本は軍事費に多くの予算を取られることなく経済発展を遂げることができたのも事実なのである。

アメリカが日本に基地を置くのは、第一義的には、アメリカの世界戦略上の必要からであるということはいまも変わらない。日本の防衛は二義的なものなのである。これから日本は大きな代償を払うことを覚悟せねばならない。「日本には日本の考え方」があるというのは簡単であるが、それを現実に主張するにはかなりの覚悟が必要であろう。「アメリカにはアメリカの考え方」があり、それは米中関係の重要性の認識を中心とするものであることを忘れてはならないのである。


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天皇特例会見に野党反発 首相「間違っていない」

2009年12月14日13時55分

中国の習近平(シー・チンピン)・国家副主席と天皇陛下の会見が鳩山由紀夫首相や平野博文官房長官らの強い要請で15日に実施されることに対し、野党から異論が相次いだ。一方、首相は問題はないとの認識を示した。

自民党の安倍晋三元首相は14日、記者団に対し、「天皇陛下の政治利用という面で大変大きな禍根を残した」と語った。さらに、民主党の小沢一郎幹事長らが中国を訪問したことを踏まえ、「首相が国益ではなく、自分たちのためにいままで守ってきたルールを破った。天皇陛下を政治利用したと断じざるを得ない。強い憤りを感じる」と強い調子で批判した。

同党の谷垣禎一総裁は13日の記者会見で、「この政権は権力の行使について抑制の感覚を持っているのか。特に、憲法の運用の中でも天皇と政治の関係は極めてデリケートなものだ。いまさら言うことでもないが、天皇の国事行為は極めて限定されている。日本の政治のデリケートな部分に対して権力をどう行使するかという方向感がめちゃくちゃだ」と語った。参院自民党のベテラン議員も14日、「(宮内庁長官の記者会見は)会見というより抗議の会見だ。皇室のルールは簡単に変えてはいけない」と述べ、政府に慎重な対応を求めた。

天皇陛下との会見をめぐっては、1カ月前までに日程調整する慣例があるが、鳩山首相は14日、「(1カ月前ルールを)しゃくし定規に考えるより本当に大事な方であればお会いになって頂く。私は、判断は間違っていなかったと思っている」と述べ、問題はなかったとの認識を示した。首相公邸前で記者団の質問に答えた。


コメント:

天皇陛下の政治利用の問題は後で考えるとして、まず、天皇陛下と中国の習近平国家副主席の会見が、「1カ月ルール」を破って設けられたことに対して、羽毛田信吾・宮内庁長官が強い不快感を示したことについて考えてみよう。福島社民党党首がそのようなルールがあったことすら知らなかったという。たとえ小党とはいえ一党の党首としてそれで恥ずかしくはないのだろうか。また内閣の一員として失格とは思わないのだろうか。

個人のことはさて置くとして外務省の責任はどうだろうか。習近平国家副主席の来日はここ一カ月以内に決まったのであろうか。普通このクラスの外国訪問は一カ月どころかもっと長い時間を掛けて交渉が持たれるのではなかろうか。また、かれの来日に当たってはケ小平の例もあるように副主席として天皇に接見しているのである。今回も当然そのことは調整されていると考えるのが常識である。それは先方からその希望が表明されたかどうかの問題ではない。当然日程に入っているものとするのが常識である。今回の「一カ月ルール」の問題は外務省のうっかりでは済まない、現政権にたいする役人の悪意さえ感じられる。徹底的究明が必要であろう。

天皇の政治的利用の問題に移るが、内閣府が「一カ月ルール」を破って接見を求めたことが政治利用というのであろうか。もし同じことがアメリカ大統領の来日が急きょ決まったとしたら外務省はどうしたであろうか、さらに宮内庁はどうであろうか。おそらく「一カ月ルール」を守っているかのように事実を偽装してでも接見を実現したのではなかろうか。いったい天皇を政治利用しているのはだれなのか。

そもそも「一カ月ルール」は天皇の健康状態を危惧して急きょ設けられたものであり、慣習とは言えそう古い慣習ではないのである。元首、あるいは元首に相当する要人との接見は皇室外交の最たるものであり、他の優先順位の低い行事を取りやめてでも天皇陛下の激務を緩和することで備えなければならないのである。

わたくしは小沢氏の今回の大挙しての中国訪問に違和感を覚えないわけではない。ある自民党幹部は小沢氏の個人的な天皇の政治利用だとして不快感を表明している。しかしながら、たとえ小沢氏からの要請があったとしてもそれがただちに天皇の政治利用とは言えない。靖国神社への訪問をそれとなく求めるような自民党幹部の方がはるかに天皇の政治利用を意図しているとしか言えまい。いずれにせよ外国要人の接見は、外国の大使及び公使を接受を除いて、国事行為ではないのである。憲法上国事行為とされているのは「外国の大使及び公使を接受すること」だけである。もちろん国家元首の接受もこれに準ずるという考えは十分可能ではある。

今回の習近平国家副主席との会見の「一カ月ルール」違反を取り上げての天皇の政治利用批判は勝手すぎる。考えるに天皇の一挙手一投足すべて政治的意味を持つのである。そのことを考えに入れれば天皇を最大限に利用してきたのはむしろ自民党ではなかったか。それよりも天皇陛下の行動の政治的意味を一官僚の宮内庁長官が判断することの危険性の方がはるかに大きいのである。それを許すようでは宮内庁が天皇を口実に超内閣的性格を持つに至りことであろう。

参考のため相対立する二つの意見を引用しておこう。

静岡福祉大学の高橋紘教授(現代史皇室研究)は「外国要人との会見は、憲法が定める天皇陛下の国事行為に含まれていない。小沢幹事長の発言は『入り口論』から問題」と指摘。「内閣の助言と承認で行われるなら、勝手に何でもできてしまう」と批判した。また「天皇陛下のお体が優れないなら、優位性の低い行事はお休みになればいい」との発言に対しては、「順番付けを行うもので、まさしく政治利用だ」という。

一方、法政大の永井憲一名誉教授(憲法学)は「憲法7条には外国の大使、公使を接受することが国事行為として明記されており、外国の要人との会見を内閣が要請し天皇陛下が認めたならば問題はない。宮内庁長官が1カ月ルールという内規から『いけない』と言うのももっともだが、その上位にある憲法上の問題はなく、内閣の判断を尊重すべきだ」と話している。

また、05年、タイの上院議長との会見は、打診そのものが1カ月を1日切っていたという。それは同国がスマトラ沖大地震とインド洋大津波で被災した事情があったという理由で認めているのである。一日とはいえそういう例もあったのである。


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「スパコン、開発継続を」 研究者団体が緊急声明

2009年11月19日9時49分

行政刷新会議の事業仕分けで「来年度予算は見送りを含む削減」と判定された次世代スパコン計画について、研究者で作る「計算基礎科学コンソーシアム」(代表=宇川彰・筑波大学副学長)が18日、開発継続を求める緊急声明を出した。「実験や観測で調べることのできない領域を探索する唯一の方法は、スパコンを使ったシミュレーション」とし、「事業仕分けの唐突な結論は、科学技術の進歩を著しく阻害し、国益を大きく損なう」と訴えている。

コメント:

事業仕分けでスーパーコンピュータの予算縮小問題を切っ掛けにノーベル賞受賞者や五輪メダリスト、大学・医療関係者らから「廃止」や「予算削減」などの判定に反発する動きが出ている。仙谷氏は「スポーツや科学分野は、それ自体が『錦の御旗』になっている」と指摘する。 この『錦の御旗』の陰でほくそ笑んでいるのは天下り先を確保し、作りだそうとする官僚たちとその下で甘い汁を吸っている諸団体の理事や役員たちである。いったい予算の何パーセントが中間でピンはねされ現役スポーツ選手や現場の科学者に渡っているのだろうか。

「物理、化学、数学、薬学、農芸化学、機械、金属など科学技術系の主要20学会(会員数計約33万人)は4日、予算縮減の判定が相次いだ行政刷新会議の事業仕分けを憂慮する声明を連名で発表した」という。現場の科学者に研究費の分配の雑用を押し付けるわけにゆかないことは言うをまたない。何をするにも経費は掛かる。事業仕分けはまさに研究費配分の経費に無駄があるのではないのかということを仕分けるのであり、実質研究費の縮減は別の話である。とにかく配分の効率化と合理化なしに、やみくもな縮減反対も増額要求も『錦の御旗』にすぎないのである。

未来への投資はけっして無駄遣いではない。しかしすべて未来の日本経済に結び付けてする議論はどうかと思う。たしかに日本は科学技術立国としてしか生きてはゆけない。しかしそればかりが強調されるのも科学の精神からは遠い。科学技術が国力と密接に関わるようになったのは、科学技術の発達が国家の軍事力となったのは、20世紀のことである。国家は自己の存立のために科学技術をないがしろにはできない、しかし科学者は金儲けのためではなく、科学的好奇心から研究にいそしんでほしいものである。つまり国家は科学者が金儲けのことを考えることなしに純粋に科学的関心から研究できる体制を整えてほしい。ただ『錦の御旗』に隠れた便乗的な無駄は極力排除してもらいたい。


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普天間移設で首相「グアムも検討」「辺野古生きている」

2009年12月4日13時40分

鳩山由紀夫首相は4日、首相公邸前で記者団に対し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の新たな移設先について、米領グアムを一つの選択肢として検討する考えを明らかにした。北沢俊美防衛相も閣議後会見で、来週にもグアムの基地などを視察する考えを示した。

首相は3日に岡田克也外相と北沢防衛相と会談。普天間の新たな移設先の検討を指示している。この指示の趣旨について、4日、記者団に「辺野古しかないのか、他の地域はないのかと前々から申し上げている。社民党の新しい問題も出てきており、積極的にもっと力を入れてもらいたいと申し上げた」と語った。

そのうえで、「グアムは魅力的な案か」との記者団の問いかけに対し、「グアムへすべて移設するということが米国の抑止力を考えたとき、妥当かどうか検討する必要がある」と述べた。

一方、これまでの日米合意に基づく同県名護市辺野古への移設案をあきらめたわけではないとし、「あらゆるものを検討しなさいと申し上げている。当然のことながら辺野古は生きている」と述べた。

グアムをめぐっては、社民党が先月25日、普天間の県外・国外への移設を求める緊急提言をまとめたなかで「グアム島や硫黄島への移転検討」を主張している。福島瑞穂社民党党首は4日の記者会見で「いままで県外・国外移設も検討すべきだと言いながら十分検討していなかった。社民党としては大変歓迎する」と述べた。

2006年5月に日米合意された米軍再編のロードマップ(行程表)では沖縄の負担軽減策として、沖縄駐留の米海兵隊8千人(定員1万8千人)と家族9千人をグアムに移転させる計画が盛り込まれている。これに関連し、北沢防衛相は4日の記者会見で、「沖縄の世論に沿ってより納得が行くものにするなら、ロードマップに多少変化が出てくる議論にはなるかもしれない」と述べ、ロードマップに盛り込まれた普天間移設の2014年完了がずれ込む可能性を指摘した。


コメント:

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移転問題で政府内部での不一致、議論不足が目立っている。県外・国外を唱えるだけで何の具体案も示さず、駄々っ子のような、あるいは非現実的な米軍の即時全面撤退を主張しているのかもしれないが、社民党は論外として、民主党内での議論の不足が事態を混乱させている。

一方、自民党は十数年かけて日米で議論してきた問題で日米合意を即時実行しないのは国際的信義に悖るという。しかしそれは事実ではない。自民党政権は、アメリカの御機嫌を伺って、十数年かけてアメリカの言う通りのことを実現する努力をしてきただけである。それに十数年かかったというだけのことである。今回の年内解決断念にたいしての批判も国際的信義云々以前のアメリカへの卑屈な機嫌取りに過ぎない。

アメリカはアメリカで辺野古への移転が早急に実施されなければ海兵隊のグアム移転もすべて見直しという。脅迫以外の何ものでもない。アメリカをそこまで傲慢にしたのは日本のアメリカにたいする弱腰外交である。そのことはドイツのアメリカ外交と比較すれば違いは明らかであろう。アメリカも自己の都合、国益ではなくたんなる優越感の表現は、日本人の対米感情を逆なでするだけで基地の全面的撤退を求める感情に火をつけるだけであろう。アメリカが日本の防衛を口にするがそれを信じている日本人はそう多くはないのである。日本に米軍の基地を置いているのは日本の防衛のためというのは口実にすぎない。本当のところはアメリカの世界戦略のためということである。

このような事態を招いたのは防衛問題を真剣に議論せず全面的に米国に頼る安易な道にあぐらをかいてきた自民党政権の怠慢に原因がある。自民党は民主党の防衛問題にたいする意見の党内不一致をさかんに非難するが、自民党自身も防衛問題を党内で真面目に議論してきたことはないのである。

今回の政権交代ではじめて日本の防衛問題を真正面から議論しなければならない状況に直面しているのである。一度は通らねばならない問題でありながら、自民党の怠慢ゆえに今日まで放置されてきた問題である。日本の防衛に関して、とにかく、アメリカも日本も一度は踏み絵を踏まなければならないのである。それを避けてきたのが時代の変化と共に歪な状況、日本全国にばらまかれた米軍基地、ならびにアメリカ軍の戦略に完全に組み込まれた自衛隊、という状況を作りり出しているのである。

今回に政権交代は、遅きに失した感はぬぐえないが、日本の防衛政策の根本的見直しの好機といえよう。アメリカに追従する自民党政権や考えの浅い評論家、TVコメンテーターのくだらぬ危惧は聞き流せばよい。日米の溝を恐れるな、日米関係は相当ぎくしゃくするではあろうが雨降って地固まるということでもある。日本の態度が明確であるならばアメリカとの間には交渉の余地は十分にある。アメリカは自民党政府より信頼してよいからである。

沖縄基地移転の問題は日米関係であると同時に日本の国内問題である。移転交渉を難しくしているのは日米関係というよりも国内問題である。移転にともなってすでにゼネコンからは多額の資金が特定の個人にばらまかれている。国会議員の中でも年間一億からの収入を移転から手にしているのである。それが自民党のやりかたであったし、これまで解決できなかった原因である。成田でも懲りているはずなのだが。

沖縄の基地問題に限っていうならば、いまひとつ大きな問題がわれわれに突きつけられている。それは大阪の橋下知事がいみじくも指摘した通り「多くの犠牲者が出た沖縄の地上戦にも触れ、沖縄には多大な負担をかけた。本州、四国、九州、北海道の人は十分配慮しないといけない」のであるという。その上で同情はすると口では言いながら沖縄の苦しみを共に担おうという都道府県はないのである。冗談交えに言わせてもらえば、福島党首の故郷宮崎県か亀井氏の広島に移転する気はないのである。かれらには沖縄を語る資格はないのだ。橋下知事は「関空の軍民共用化や神戸空港の活用の可能性についても検討事項に挙げ、沖縄の基地負担の軽減につながるのであれば、関西全体で議論をしたい、とし、国は沖縄の振興策をきちんと考えるべきだ」と述べたという。勇気ある発言である。


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高速無料化に5千億円 概算要求で国交省方針

2009年10月15日8時4分

10年度当初予算の概算要求で国土交通省は、民主党がマニフェスト(政権公約)に掲げる高速道路無料化の財源として約5千億円を要求する方針を固めた。渋滞や二酸化炭素(CO2)排出量への影響を見極める社会実験と位置づけ、地域や時間帯を限定した無料化を実施する方向だ。

5千億円は、民主党が全国の高速無料化に必要としている財源(年間1.3兆円)の約4割。無料化対象外としている首都高速、阪神高速を除く全国の高速料金収入(年間2兆円程度)の4分の1に相当する。

大都市部以外の高速料金を休日に限り「上限1千円」とする割引は来年度も継続する方向。それに加え、新たな無料化の社会実験を行う。実験の方法は今後詰めるが、地域や曜日、時間帯などを限定して無料化し、経済効果も含めて影響を検証しながら11年度以降、段階的に無料化の範囲を広げていく方向で検討している。

コメント:

高速道路の無料化が問題になっている。賛否両論があるだろうが、どちらかというと反対する意見が多いように思われる。わたくしは高速道路の無料化に賛成である。

反対する声には大まかに言って二つの流れがある。一つはCO2削減に反するのではないかという懸念、いま一つは鉄道、フェリー、バスなどの交通関係への甚大な影響にたいする危惧であろう。今回はこの二点について考えてみたい。ただし正確なシミュレーションの上に立ち、数字的な裏付けのある議論ではない。それは反対する方々も同じことであろう。

高速道路を無料化したときはたしてCO2の排出が増加するだろうか。近い将来のハイブリッドカーの普及や電気自動車への転換は別とし、現在の自動車利用を前提に考えても、CO2の排出は増加するというより、むしろ減少するのではないだろうか。

CO2の排出は自動車の稼働率と渋滞、信号による停車・発進の繰り返しに大きく左右される。高速道路の無料化によって高速道路の渋滞がいまより深刻になるだろうか。たしかに、土日・休日の料金割引によって渋滞が深刻化したように見えるかも知れない。しかし、それはむしろ土日・休日に限ったところに起因するのではなかろうか。完全無料化によって交通量は平準化され、渋滞はいまよりむしろ緩和されるのではなかろうか。無料化によって自動車の利用が急激に増加するとは考えにくい。また無料化によって一般道路の混雑が減れば、信号による停止・発進の回数も減り、さらに高速道路を利用することによる経済速度とは言わずとも一定速度での走行によってCO2削減効果が期待できると思われる。

つぎに、他の交通機関への経済的影響はどうだろうか。高速バスはじめフェリーから新幹線にいたるまでこぞって高速道路無料化に反対している。たしかに今回の土日・祝祭日の料金割引の影響で売り上げが減少したという。しかしこの問題も性急な結論は避けた方がよいだろう。トラック輸送はもはや時代にそぐわない。海上や鉄道による大量輸送などそれぞれの輸送手段の特色を生かした再検討によってより効率的、経済的で環境に優しい運輸体系が可能なのではなかろうか。わたくしは高速道路の無料化による交通・運輸体系の見直しの契機とすべきと思うのであるが、どうだろうか。


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郵政民営化の見直し方針を閣議決定 小泉改革から転換

2009年10月20日11時2分

政府は20日の閣議で、郵政民営化の見直しに関する基本方針を閣議決定した。全国に約2万4千ある郵便局網を「格差是正の拠点」と位置づける。また、金融サービスが受けられない地域が出ないよう、郵便貯金と簡易生命保険にユニバーサル(全国一律)サービスを義務付けることも検討する。

基本方針は、政府が年明けの通常国会に提出する郵政改革法案(仮称)の柱になる見通し。鳩山政権が訴えている「小泉改革路線からの転換」の象徴となる。26日召集の臨時国会に提出する日本郵政とゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の3社の株式売却凍結法案にも、今回の方針の理念を盛り込む予定だ。

基本方針では、郵便、郵貯、簡保の三つのサービスを全国で公平に、郵便局で一体的に提供することを確認した。全国に張り巡らされた郵便局網は、少子高齢化に伴って加速している「地域間格差」の是正の拠点にすることを検討。地域の行政拠点としての活用も視野に入れ、今後具体策を詰める。

07年10月の民営化で、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険は銀行法、保険業法のもと、民間金融機関と同じ扱いになった。全国一律サービスを義務付けられていないため、現行法のままでは収益重視に走り、地方の不採算店舗などの撤退・廃止につながる可能性がある。このため郵貯と簡保の一律サービスを新たな法律で義務付ける。郵便業務は、郵便法で一律サービスが義務付けられている。
(日浦統)

コメント:

郵政民営化の見直し方針が閣議決定された。要約しておくとサービスに関しては@郵便、郵便貯金、簡易生命保険のサービスを全国で公平に、郵便局で一体的に利用できるようにする、A郵貯、簡保のユニバーサルサービスを法的に担保。銀行法、保険業法に代わる規制を検討、B郵便局網を格差を是正する拠点と位置づけ、地域のワンストップ(一カ所で手続きが済む)行政の拠点としても活用、である。組織面では@持ち株会社・4分社化体制の見直し。郵政事業の機動的経営の拠点のため、株式会社形態をとする、A再編後は、さらなる情報開示と説明責任の徹底を義務付ける、B郵政民営化法を廃止、というものである。

天下り先とならない組織的担保、組織の肥大化を避け、健全経営の確保を条件に概ね賛成である。とくに過疎地における郵貯、簡保のユニバーサルサービスの提供、福祉・介護など市民サービスの地域のワンストップ(一カ所で手続きが済む)行政の拠点としての活用には期待したい。

しかし不安な面がないわけではない。それは300兆円にも上る郵貯の運営に関してである。そもそも郵政民営化の大きな理由は行政の構造改革とこの膨大な郵貯を民間にも流し運用することであった。この巨額な資金の民間への流出はアメリカも含んで多くの思惑が渦巻いたことも否定し難い。

一方、民営化以前の状態にもどることで国債の引き受け手としての役割が復活し、そこから特殊法人や建設国債へと流れ、無駄なコンクリート公共事業の終わりを知らない継続と官僚の天下り先の再生産に繋がるのではないかという危惧である。

郵貯・簡保の巨大資産の多様化は必要なことである。しかし、それがコンクリートの事業ではなく、また天下り先の再生産を許すことなく、福祉・医療・介護・教育などに向けられるべきであろう。


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酒井法子被告、午後初公判 日比谷公園に6615人

2009年10月26日11時52分

覚せい剤取締法違反(使用、所持)の罪に問われたタレントの酒井法子(本名・高相法子)被告(38)の初公判が26日午後1時半から東京地裁で始まる。酒井被告は起訴内容を認める方針。この日の審理の進行次第だが、即日結審する可能性が高い。

地裁は、午後1時半からの初公判を傍聴するための抽選を、午前9〜11時に日比谷公園で実施した。同地裁として初めてリストバンド型整理券の配布を行い、雨の中、一般傍聴席20席を求めて6615人の希望者が集まった。倍率330倍は過去最高。整理券は番号が印刷された幅1.25センチの紙製。一般の抽選方法と違って、手首に巻いてシールではり付けたら、その場を離れられる。

地裁が同公園で傍聴券抽選を行うのは、04年2月のオウム真理教元代表・松本智津夫死刑囚(54)の判決公判以来。このときには38の傍聴席を求めて4658人が長蛇の列を作り、約122倍の倍率になった。

起訴状によると、酒井被告は7月30日ごろ、鹿児島県の奄美大島のホテルの部屋で覚せい剤をあぶって吸ったとされる。また、8月3日には自宅マンションで0.008グラムの覚せい剤を所持したとされる。

酒井被告をめぐる覚せい剤事件は、夫の高相祐一被告(41)=同法違反罪で公判中=が8月2日深夜、警視庁の職務質問を受けたことで発覚。酒井被告は現場に駆けつけた後に行方をくらませていたが、同月8日夜に出頭した。


コメント:

芸能界の薬物事件がワイドショーを賑わしている。酒井法子被告の名前が出ない日はない。元検事や弁護士、さまざまなコメンテータが真面目な顔でコメント、それもなんのメッセージ性のないコメントを繰り返しているのは噴飯ものと言わざるを得ず、ピエロ的でさえある。加熱する報道、報道とも言えない報道をたしなめるコメンテータが出ないのが不思議である。公共の電波をこのような形で私物化するテレビ局とはいったい何者なのであろうか。

軽薄なワイドショーが騒げば騒ぐほど覚せい剤に手を染めた芸能人はまるで英雄である。そのことに局やコメンテータは気付いているのだろうか。彼らが覚せい剤の恐ろしさを口にすればするほど覚せい剤の使用を奨励しているのである。そんな暇があるならば禁断症状を延々と流しておけばよかろう。そんな番組だれも見なくなるであろうが直視することが覚せい剤の恐ろしさの最大の啓蒙なのである。

なにも覚せい剤や麻薬の問題だけではなく誰でもよかった殺人など犯罪の増加もたらしているのはまさにのぞき見主義的ワイドショーと真面目な顔をした不真面目なコメンテータのコメントである。無責任な臨床心理家が病人を造り出しているのとなんら変わりない。新しい症状の創作と患者作りに熱心な昨今の似非心理学者の真理の方が心理学的分析を要することであろう。

どんな悪質な、あるいは残酷な犯罪もショー化されれば悪質さ、残酷さは抽象化され、たんなるショ―へと変質するのである。言葉は真実を語るものであると同時に真実を隠すためにあることを忘れてはならない。語れば語るほど、というよりしゃべればしゃべるほど、真実から遠ざかるものであることを忘れてはならない。おしゃべりに真実を語る者はいないのである。



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天下り、5代続く法人は補助ゼロに 長妻厚労相方針

2009年10月10日5時30分

長妻昭厚生労働相は9日、厚労省OBが在籍する同省所管の公益法人や独立行政法人などの天下り団体に対し、10年度概算要求で補助金や委託費を2割削減するよう各局に指示したことを明らかにした。過去5代にわたり天下りが続く団体については、「ゼロベース」で見直すという。

今年5月時点の総務省のまとめでは、5代天下りが続く厚労省所管団体は32法人。天下り団体全体には、年間7千億円程度が交付されている。長妻氏は「年金削るな、天下り削れ」をキャッチフレーズに、天下り団体への補助金削減にこだわってきた。財務省から予算の「削減圧力」もある中で、独自の見直し基準を設定して切り込む考えだ。

予算だけでなく、ポストの削減もすでに実施。独立行政法人「高齢・障害者雇用支援機構」など2法人について、理事ポストを一つずつ減らしている。

長妻氏は9日の記者会見で、「天下りの見返りに、お金や必要性の低い仕事が流れる実態も国会で明らかにしてきた。具体的に2割(削減)を目標に指示して、コストをカットしていく」と強調した。

                                       (石塚広志)


コメント:

連立政権は自公政権が政権交代を目の前にしながら無責任に作った補正予算の後始末に追われている。自公麻生政権は飛ぶ鳥跡を濁さずどころか、街の烏のように食い散らかして去って行っただけである。マニフェスト実現のために3兆円削減に苦労しているようだが、わたくしはそれを大いに評価する。ただ最近大臣のなかにこれ以上の削減は無理という発言が続いているのには首をかしげるのである。その背景に官僚主導の要求大臣の姿が垣間見られるからである。

補正予算、本予算も同じことだが、同省所管の公益法人や独立行政法人などの天下り団体の事業や基金の優先順位、これは極めて政治的問題であるが、の見直しと事業内容と経費・人件費の精査が必要なのである。それなしに政権交代の意味はないのである。その上で天下り先、とくに駆け込み天下りした団体や法人にたいする予算は全額カットもやむを得ないとおもう。

特別会計を見直すだけで20数兆の財源がひねり出せるとも言われている。新政権の大臣に求められているのはそういうところの精査ではないのか。補正予算のなかにもそういうところに不明朗な税金が少なからず流れ込んでいる。予算の一律カット・シーリングではなく予算項目自体の精査であるべきだろう。官僚の相変わらずの積み上げ方式は官僚の狡猾さにすぎない。見えるところを少し刈り取るだけで根っこだけは残しておこうというのが官僚の習性である。

新しい予算の創設に連動して特殊法人や公益法人を創設するのではなく、本省内での配置転換等で対応すべきことである。そうすることですべて大臣や国会の目の届くところにおいておくべきである。

原則はすべての特殊法人・公益法人の廃止である。95兆ともいわれる概算要求の切り詰めも政策の優先順位と再検討とともにこれまでの特殊法人・公益法人の精査する必要がある。この短い期間にすべてを見直すことは不可能であろうが少なくとも長妻大臣の「過去5代にわたり天下りが続く団体については、〈ゼロベース〉で見直す」ということはぜひ実行してもらいたいし、「〈ゼロベース〉で見直す」だけでなく廃止にまで進んでほしいと思う。


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新型ワクチン副作用「国が補償」 民主が法整備検討

2009年9月8日23時12分

新型インフルエンザのワクチン接種で副作用による被害が出た場合に備え、民主党の直嶋正行政調会長は8日、メーカー側の責任を免除し、国が被害者に補償する立法措置を10月に召集予定の臨時国会で検討する意向を明らかにした。

直嶋氏はこの日、社民党と国民新党の幹部とともに厚生労働省で舛添厚労相から、新型インフル対策の引き継ぎを受けた後、記者団の質問に答えた。社民、国民新の両党幹部も同じ認識だという。

ワクチンをめぐっては、政府は約6千万人分の確保を目指している。しかし、来年3月までに製造できるのは少なければ1800万人分で、不足分は輸入する方針。交渉している海外メーカー2社のうち1社が契約条件の一つとして、副作用で後遺症が出たり死亡したりした場合の補償の免除を要望していることから、対応を迫られている。

直嶋氏は「臨時国会ではワクチンを輸入する上でいわゆる免責条項を相手の会社が求めてきており、それに対応する立法が必要だ」と述べた。


コメント:

  危機管理とは:新型インフルエンザ

新型インフルエンザのワクチンをめぐって混乱が生じている。新型インフルエンザによる死者が発生していることも事実である。しかし、重症化率は通常のインフルエンザとたいして変わりない。その上数年で日本人全体がなんらかの形で新型インフルエンザに感染し、免疫ができ、旧来のインフルエンザとなんら変わることはない。ワクチンに関しては少し誤解があるようだ。ワクチンはインフルエンザに感染しないために摂取するのではなく、重症化を防ぐためである。日本人全員に行き渡るワクチンを準備するほど馬鹿げたことはないのである。ましてそのために金にまかせてワクチンを世界から買いあさろうとは、国連からも一言あるのは当然である。

ワクチンの準備が出来てから摂取の順番を決める?ワクチンの準備ができてからワクチンの配布を決める?そんな悠長なことでよいのか。責任回避の準備をしているに過ぎないように思われる。平等性の確保を口実にするがそれは責任逃れの口実である。完全な平等は最高の不平等であることを忘れてはならない。

日本人全体がインフルエンザに罹らないようにという考えにはなにも厚労省だけのことではない。新聞・テレビ報道が危機を煽っているという面が強い。インフルエンザ対策は重要である。それに間違いはない。ワクチンをめぐっても「政府は約6千万人分の確保を目指している。しかし、来年3月までに製造できるのは少なければ1800万人分で、不足分は輸入する方針」だという。6千万人分といえば人口の半分弱である。わたくしには馬鹿げた数のように思われる。それよりも感染させない方法、手洗い、うがいの啓蒙の方が何百万人分のワクチンより有効であることは常識であろう。風評被害の方がインフルエンザ被害より大きいのではないのか。風評被害の源泉はテレビのニュースワイドショウが震源地ではないのだろうか。猛反省を促すところである。危機管理はテレビのワイドショウをも管理せねばならなくなる。情けないことであり、テレビ局の良識を期待するところである。


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   空港整備の特別会計見直す考え 前原国交相が表明

2009年9月27日20時50分

前原誠司国土交通相は27日、空港整備のための国の特別会計を抜本的に見直す考えを明らかにした。採算のとれない空港づくりや、日本航空の経営不振につながっているとの判断からだ。一般財源への切り替えも検討する。日航の再建計画と国の予算のあり方の見直しが、新政権の航空行政改革の両輪として進むことになりそうだ。

前原氏はテレビ朝日の報道番組で「これ(特別会計)があり続けると採算が合わない空港でもつくり続ける仕組みになってしまっている」と述べ、日航の空港使用料負担の重さも指摘した。民主党は総選挙のマニフェストで「特別会計をゼロベースで見直し、必要不可欠なもの以外は廃止する」としているが、前原氏が具体的に空港の特会改革に言及したのは初めて。

見直すのは、社会資本整備事業特別会計の空港整備勘定。航空会社が払う空港使用料や航空機燃料税の一部が主な財源で、09年度予算は5280億円。空港建設や維持・運営、周辺環境対策などにあて、羽田空港の再拡張工事(約1300億円)や関西空港の運営補助にも使っている。

前原氏は「(航空機が)着陸すると(特会に)お金が入ってくる。採算が合わない空港をどんどんつくり続け、JAL(日航)やANA(全日本空輸)に飛ばせと政治家や役所が押しつけてきた。仕組みを見直していかなければいけない」と明言した。

「高速道路や新幹線は国が(完成後も)補助しているのに、空の交通にはそういうものがない」とも指摘。採算の悪い地方路線網などへの公的支援の検討も示唆した。番組後には記者団に「一般財源化がいいか、特別会計を違う形に見直す方がいいか、財務大臣と相談したい」と述べた。

国内の空港は98ある。06年度実績では、国直轄の26空港だけでみても、22空港が税金投入を除き営業赤字に陥っている。


コメント

  愚かな日本の航空行政

JAL の経営破綻が問題になっている。経営危機に見舞われているのは JALだけではない。世界中の航空会社が厳しい経営を迫られている。一時の投機による原油高は落ち着いたとはいえ、これからの長いスパンのなかでは、省エネと石油に代わるエネルギィーの開発に期待するしかないが、安定を期待することはできない。加えて世界同時不況やサーズ、インフルエンザの流行で観光の落ち込みが旅客の足を引っ張っている。航空会社は共同運航ともいわれるコードシェア便などで急場をしのいでいるのが現状である。

JAL の経営不振に関してはいくつかのことが指摘されている。複雑怪奇な組合の組織の間で競うように賃金を釣り上げおそらく航空会社のなかでもこれほど人件費の比率が高いところはないと聞く。この横暴な多数に分かれた組合の問題を解決するには一度破産させる以外にはなかろう。まず親方日の丸の意識を払拭し、不採算路線を切り捨てる必要がある。この不採算路線の問題に関してはJAL は政・官・財の犠牲者であることも承知している。しかし勇気をだして政・官・財の利権構造から決別する必要がある。

問題は社会資本整備事業特別会計にある。社会資本整備事業特別会計とは「財政健全化を目的とした「特別会計に関する法律」に基づき、2008年度に国土交通省が所管するインフラ関係の道路整備特別会計、治水特別会計、港湾整備特別会計、空港整備特別会計、都市開発資金融通特別会計の5会計を統合する形で創設されたものである。詳しいことは避けるが特別会計、特会、ともよばれる、は道路特会どうよう不採算道路を作り続けるからくりである。なぜこのようなからくりがまかり通っているのかと言えば政・官・財の利権の温床だからである。なぜならば国会で審議される一般会計とは違って各省庁が勝手に使える財源といっても言い過ぎではない。日本には二つの予算があるといわれる。一般会計と特別会計である。一般会計(これすら40〜50兆は赤字国債である)は赤字国債も含めて80兆であるのにたいして、特会は300兆、最大限必要なものを認めるとしても170兆は利権がらみの会計で無駄の名に値する。一般財政の数倍の予算である。これほど国民を愚弄する者はない。

特会によって作り続けられた地方空港に公共の名の下にJAL(ANA もおなじことではあるが)不採算路線を強要されたのである。この特会のもとに膨大な着陸料、空港利用料を要求され不採算路線を引き受けされる上に高い利用料を払わされる羽目に陥る。JAL の問題はJALうまく破産させ、ゼロから再生させると同時に特会の廃止が必須である。その結果多くの地方空港は閉鎖に追い込まれるであろうが、それらは本来必要でなかったもので政・官・財の利権の腹の肥やしに過ぎなかったのである。


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   高速無料化の経済効果 国交省、一転試算認める

2009年9月6日5時5分

高速道路を無料化した場合の経済効果について国土交通省が2年前に試算を行っていたことが明らかになった。一般道の渋滞が解消されることなどから、直接の経済効果を2.7兆円と見込んでいる。これまで政府は「試算は存在しない」として隠してきた。民主党の公約に有利な結果だったため、公表しなかった可能性がある。

試算は07年度に国交省の国土技術政策総合研究所が実施した。政府が08年度以降に検討していた高速料金値下げの影響を調べるためだった。だが、政府は国会答弁や質問主意書への答弁書などで高速道路無料化の経済効果に関する試算について「国交省が取りまとめたものは存在しない」などと存在を否定してきた。

朝日新聞の取材に対し、同省道路局は試算の存在をこれまで認めてこなかった理由について、「『検討段階』だったため」と説明している。

朝日新聞が入手した資料によると、「3割引き」「5割引き」「10割引き(無料)」の3パターンについて経済効果や渋滞予想区間を詳細に調べている。無料の試算は、首都高速、阪神高速を除く高速道を無料化した場合のもので、民主党公約と一致する。

経済効果は、(1)走行時間の短縮(2)燃費など走行経費の減少(3)交通事故の減少、の三つの効果を、国交省の基準に基づき金額に換算した。 高速道自体の経済効果は、渋滞増加などで年間マイナス2.1兆円となるが、車が流れやすくなる一般道が4.8兆円のプラスとなり、差し引きで「2.7兆円の効果が生じる」とした。利用者の料金負担の軽減分などを加味した別の計算方法では、経済効果は7.8兆円に達した。

高速道と並行する国道の通行量が減ることで二酸化炭素(CO2)排出がどれだけ減るかも試算したところ、割引前の1.8%減にあたる310万トンの削減となった。ただ、高速道の通行量が増えたり、鉄道やバス利用からマイカーに切り替えたりすることによるCO2の増加量は試算しておらず、差し引きのCO2の増減効果は不明だ。

無料化した後の高速道の混雑度についても予測。通行量が道路の許容量をオーバーし、慢性的に激しい渋滞が起きやすい「混雑度1」を超える区間は高速道全体の21%にあたる1580キロとなった。広域で渋滞が起きると予測されているのは東京外環道、東名高速、名神高速、東名阪道など。東北や北陸、四国などは混雑度は低いものの、地方の中核都市周辺や2車線の道路は混雑が予想されている。

民主党はマニフェスト(政権公約)の目玉に高速無料化を掲げ、10年度から段階的に実施する方針を打ち出している。これに対し国交省は総選挙前まで高速道無料化について一貫して反対してきた。選挙後は「新しい大臣の指示をいただいて検討する」(谷口博昭事務次官)としている。

                                              (津阪直樹)


コメント:

民主党のマニフェストにある高速道路無料化に関していろいろな意見がいわれている。しかも60%のひとが無料化に反対だという。理由はCO2削減に逆効果であるとか、高速道路の渋滞化を理由に挙げている。しかしこれらの理由は正確ではないばかりか国土交通省のデータ隠ぺいによるところである。データの隠ぺいには自公の政治家の介入、国土交通省の天下り先確保のためであることが明らかになった。これも政権交代の大きな効果であるといわねばならない。

しかしニュースワイドショーのいいかげんなコメンテータの国土交通省のデータをまる飲みした事実に反する安直な意見に国民はだまされているのである。

いかに隠蔽が狡猾的、しかも露骨であったかは引用した記事のとおりである。国土交通省の主眼は天下り先である高速道路会社にぶらさがる何千の事業の確保である。それに便乗した道路族の税金の私物化である。

CO2の削減に関してはトラックが一般道で信号に止められながら発信・停車を繰り返すことに比べれば高速道路を一定の速度で走る方がはるかに有効である。高速道路を無料にすれば高速道路が渋滞するというが、それは自公政権の曜日、期日を指定した愚かなばらまきによる渋滞である。

つぎに考慮しなければならないことは石油はこれから高騰するであろう。ひとは言う、ハイブリッド、電気自動車の時代が来るであろうと。たしかにそうれが必然であろう。しかし、いかなる自動車であれ戸口から戸口へという便利さがあるとしても非効率的運輸手段であることは明らかである。鉄道・船舶に比べれば問題にならない。IT関係の製品は航空機が最適であろう。自動車、鉄道、船舶、航空はそれぞれ特色がありそれを有効に組み合わせて有効な運輸体系を構築することがこれからの課題である。そればかりかすべての道路は東京に向かう放射状ネットワークではなく、クモの巣型の地方のネットワークを中心とした総合的運輸体系網の構築は地方の活性化にも役立つことであろう。
地方自治体内の交通網の整備は地方自治の根幹である。最近道州制が盛んに議論される。忘れてはならないことは日本はカリフォルニアとほぼ同じ広さで、山岳国家であることだ。その条件の下での道州制、あるいは地方自治の問題を考えねばならないということである。私は道州制に反対する者ではないが道州制の前提条件として企業の地方分散を如何に進めるかということであると思っている。それの実現のためには政・財・官の癒着構造と官僚議会制から政治主導の政治への変換である。つまり財源と権限の地方への移行である。つまりあらゆる意味での東京一極主義の打破であろう。


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   民主・鳩山代表「靖国参拝せず、閣僚にも自粛求める」

2009年8月11日20時57分

民主党の鳩山代表は11日、総選挙後に鳩山政権が実現した場合の靖国神社への参拝について、「当然、そのようなポスト(首相)に就いた時に参るつもりはないし、閣僚にも自粛をいただきたい」と語った。鳩山氏は首相の参拝に対し、A級戦犯合祀(ごうし)を理由に反対してきたが、自らが首相になってもその立場を貫く考えを明らかにした。

総選挙前に開いた海外メディア向けの記者会見で、歴史認識に関する香港の報道機関の質問に答えた。

岡田克也幹事長も同日、記者団に「(党の09年版)政策集に考え方は書いた。靖国に総理が行くべきでないというのは、党の歴代代表の一貫した姿勢だ」と述べた。政策集には「靖国神社はA級戦犯が合祀されており、総理や閣僚の公式参拝には問題がある」と明記。「何人もわだかまりなく戦没者を追悼し、非戦・平和を誓えるよう、特定の宗教性を持たない新たな国立追悼施設の設置に向け取り組みを進める」としている。

また、鳩山氏は同じ会見で科学技術政策に関し、「予算を増額したい。首相の下に戦略本部みたいなものを立ち上げるのが肝要だ」と強調。9日に「しっかりと検討する」と述べた非核三原則の法制化については「果たして法制化に本当になじむかどうか議論したい」と発言を後退させた。


コメント:

先日エドワード・ケネディーの葬儀のニュースがながされた。彼の遺体は国立のアーリントン墓地に埋葬されるという。わたくしも何度かそこを訪れたことがある。様々な人が、南北戦争の敵味方区別なく葬られている。アメリカの歴史に思いを馳せたものである。

それにくらべ靖国神社はどうであろう。いかにもイデオロギー的施設である。そこにはこの美しい日本の歴史に思いを寄せるなにものもない。明治天皇のために、なかには強制されて、命を捧げた人々を賛美し、時の政権の国民を懐柔するための政治的施設であった。天皇家もあからさまには言わないにしても迷惑に思っている新興宗教にすぎないのである。

百歩譲って天皇のために命を投げ出した尊い霊を祭る神社は他にも多くあるはずである。伊勢神宮であってもよいのである。じじつ伊勢神宮には天皇家も参拝し、行事を司るのである。

このようなことを考えるとき、靖国神社にこだわるひとびとには何か不純なイデオロギー的なものを疑わざるをえない。そのことは彼らの思いとは逆に天皇家にたいする侮辱であり、反逆としかわたくしの目には映らない。

外国からの要人も、すべての国民も歴史を思い参拝できる施設、象徴天皇を頂いた日本国の国立墓地がほしいものである。その様式は神式であってもかまわない。国立だからといって無味乾燥な抽象的施設である必要はない。ただ宗教法人の神社であってはならないだけである。あらゆる宗教が参加できるものであればそれでよいのである。


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 高速道路無料「地球温暖化対策に逆行」 NGOが反対

2009年8月6日2時0分

民主党が総選挙のマニフェストに掲げている高速道路料金の無料化とガソリン税など自動車関連の暫定税率廃止の公約について、気候ネットワーク(京都市)など環境NGO10団体が5日、「二酸化炭素(CO2)の排出を増加させ、地球温暖化対策に逆行する」として反対する声明を出した。

声明では、自公政権が実施した高速道路料金値下げについて、個人や企業の自動車利用が増える兆候が出ていると批判。そのうえで、民主党の掲げる無料化は「利用を加速させる」と指摘した。暫定税率は「利用抑制の効果を果たす」とし、「廃止するなら同時に導入をうたう環境税の税率を示し、温暖化に影響を及ぼさないと明らかにする必要がある」と主張している。


コメント:

自民党の土・日の高速道路料金期限付き1000円、民主党の高速道路無料化はいろいろな問題を投げかけている。景気刺激のためと自民党はいうが、CO2削減とどう整合性をとろうというのか。CO2削減を奨励する政策への投資の方が経済政策としてもはるかにゆうこうではないのか。また、自民党の場合割引を受けることができるのはETC搭載車だけである。いろいろな理由の背後に天下り先の一つであるETC業界との癒着が見えるようだ。勘ぐりすぎだという向きもあるようだがこれまでの自民党のことを考えればあながち勘ぐりとばかりとはいえない。

一方民主党の高速道路無料化は道路政策的には正しいが、これもまたCO2削減との関係はどうなのか、やはり疑問が湧く。近い将来電気自動車が主流になるとすれば理解できないことではない。しかし時間ラグを考えるときエコカーに限り無料化でもよいのではないであろうか。ただし、エコカーとそうでない自動車を人件費を掛けずに分別するうまい方法があればのことだろうが。また無料化と同時にエコカー導入への投資、鉄道、海運の大量運搬手段の有効利用の見直しも必須であろう。

麻生首相も割引による高速道路渋滞を見てまさか経済効果の表れと錯覚しないことを期待したい。中長期的に見て大きな経済損失であることを認識してもらいたい。


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鳩山代表、事務次官会議廃止を明言 政治主導強化狙う

2009年7月26日23時28分

民主党の鳩山代表は26日、総選挙で同党が政権をとれば、各省の官僚トップが閣議の案件を決める事務次官会議を廃止する方針を明らかにした。政府の重要政策の決定で官僚が大臣よりも強い決定権を持ちうる現状を改め、首相や閣僚による「政治主導」を強める狙いがある。

鳩山氏は新潟市での街頭演説で「官僚の官僚による官僚のための政治ではなく、国民の国民による国民のための政治に改める」と強調。「大臣を結果として牛耳ってきた、大臣より発言力の強い事務次官会議を廃止しなければならない」と明言した。

廃止の理由については「お役人のトップの方々の議論する場で、すべてを決定してきたことが大きな間違いのもとだった。大臣が閣議で大いに議論して国民のための政策を作り上げる」と説明した。

ただ、党内では事務次官会議の任務を一定の各省間調整に限定、政務担当の官房副長官に仕切らせるなどして存続を容認する案も検討されている。このため、政権をとった場合には、鳩山氏の主張通りに同会議を完全になくすのかどうかが焦点になる。

事務次官会議は、事務担当の官房副長官をトップに各省の事務次官が出席し、閣議に諮る案件を決定する。鳩山氏は自らの政権構想に、テーマごとに少数の大臣が政策を固めていく「閣僚委員会」の設置も盛り込んでおり、官僚主導の政策決定をなくすことを狙う。

また政権構想では、首相主導で国家ビジョンや予算編成の骨格を決める「国家戦略局」や、行政の無駄や不正をチェックする「行政刷新会議」の新設が盛り込まれている。民主党は27日に、これらを含む衆院選マニフェスト(政権公約)を発表する。


コメント:

各党のマニフェストが発表された。マニフェストと言いながら雑な旧来の選挙公約の域を出ていないというのが正直な印象である。マニフェストは野党が何年もかけて党内で議論をつくし、選挙の年には一年間かけて有権者に理解をもとめるものである。与党のマニフェストは前回の選挙時のマニフェストの達成度を自己評価し足らざるところは反省し、さらに前進するための工程を示すものであろう。少なくとも選挙公示前にバタバタと作成するものではない。

自民党のマニフェストはマニフェストの名に値しない。論評する価値はない。民主党のマニフェストは不十分ながら一応マニフェストの形を取っている。自民党とワイドショーのコメンテイターは口を揃えて民主党の背策の財源を問題にする。しかしそれはあまりにも無知な議論ではなかろうか。残念ながら日本の官僚が野党に情報を公開することはほとんどない。自民党にさえ加工された情報しか公開しないのが現状である。マニフェスト作成には官僚の正確な情の提示が必須である。政権交代後もその改革だけで数年を要するのではないだろうか。

それにしても各党が天下りの禁止をマニフェストに謳ったいま大急ぎで天下り人事を行っている。恥を知れと言いたいところである。こんなことを許している自公政権の統治力を疑わざるを得ない。政権の名にはほど遠いのである。

本題に戻るが鳩山氏は政権交代実後の政権構想として「大臣を結果として牛耳ってきた、大臣より発言力の強い事務次官会議を廃止しなければならない」と明言した。「事務次官会議は、事務担当の官房副長官をトップに各省の事務次官が出席し、閣議に諮る案件を決定し」閣僚はそれを追認するにすぎないのである。閣僚が短期間で猫の目のように変わる日本ではどんなに制度を改革しようと閣僚が官僚をコントロールできるわけがない。民主党が政権をとっても同じことであろう。官僚が政治家に必要な情報を正確に出すとは思えない。まずこの点を改革しなければならない。そのためには政権交代に伴って幹部官僚の総入れ替えを可能にする以外にはこの悪弊を正す道はないと思う。


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「診療報酬の抜本見直しを」医師偏在の緩和へ財務省要請

2009年5月29日9時55分

財務省は厚生労働省に対し、医師の偏在を解消するため診療報酬制度の見直しを促す方針だ。勤務医と開業医との待遇格差を縮め、労働条件の厳しさから特定の診療科や大都市への医師の集中に歯止めをかける狙いだ。

診療報酬の見直しは財務相の諮問機関の財政制度等審議会でも検討、財務相に来月提出する建議(意見書)に盛り込む。財務省は、10年度予算の基本指針となる「骨太の方針09」に反映させて政府方針に格上げしたい考えだ。

財務省によると、医師の数は96年からの10年間で約23万人から26万4千人に14%増えた。だが、診療科別では、精神科が20%、整形外科が15%それぞれ増えた一方、産婦人科は10.6%、外科は7.7%それぞれ減った。地域別に見ても偏在は加速。埼玉県や千葉県では同じ10年間で20%以上増えたが、青森県や愛媛県の増加は6%以下だ。

財務省は、診療内容が同じでも勤務医より開業医の報酬が高く設定されている現行の制度を問題視。開業医の平均年収は勤務医より1.8倍以上高く、勤務医をやめて開業医を目指す医師も増えているという。特に救急医療に追われる拠点病院の医師不足が深刻で、患者の「たらい回し」の一因にもなっている。

診療報酬は2年ごとに見直される。財務省は次の改定がある10年度の予算を通じて待遇格差を縮めることを厚労省に促す。ただ、開業医の報酬を引き下げれば、報酬の配分を決める中央社会保険医療協議会などの反発は必至。日本医師会は自民党の有力支持母体でもあるため党内の抵抗も予想され、実現するかは不透明だ。

(山口博敬)


コメント:

人口当たりの日本の医師数、看護師数は先進国中最低水準にある。医師余りを心配したのはいつだったろうか。今になって医師数を増やすべく厚生省は図っているが自らの政策能力を反省するのが先決であろう。

日本の医療の問題はたんなる医師数の不足だけではない。医師の偏在、開業医と勤務医の収入の格差、それによる勤務医の過酷な労働条件が医師の地域的偏在のみならず、診療科による偏在を招いている。

医師不足の問題は日本の医師不足の原因 はつぎの四件に集約される。@ 医師の絶対数の不足、A 病院での必要医師数の不足、B 地域偏在による不足 C 診療科に属する医師の需給不均衡による不足である。

なぜこんなことになったのだろうか。明らかに医療政策の誤りである。まず、医師の養成には10年はかかる、にもかかわらず計画もなく医師の余剰を口実に医学部の定員を削減し、いま医学部定員を増やそうとしている。厚労省は自らの失態を認めず、医療費抑制政策に基づき、厚生労働省は長らく「医師不足はなく、偏在しているだけである」という見解を守り通していた。しかし、2003年からの新臨床研修医制度の影響などもあって、地域医療の崩壊(医療崩壊)が現実化するなかで、慰労崩壊を前にして、医師の絶対数も国際比較でも十分ではないとしてそれまでの方針を転換し、2008年6月、舛添要一厚労相のもと「安心と希望の医療確保ビジョン」が打ち出され、「医学部定員削減」閣議決定の見直しとともに、医師養成数の増加の流れが確かなものとなった。

医師不足はとくに勤務医、とくに外科、産科、小児科などの不足が深刻で公立病院が公的サービスを提供できなくなっている。一因は市町村側にもある。公立病院を中核病院として位置づけようと無駄な虚勢がある。反対である。民間で出来ないサービスを提供するものでなければならないはずである。公立病院において外科、産科、小児科がまず休診の対象となるのはいかにも理解に苦しむところである。国・地方自治体・医師会の責任重大である。特に医師会の責任は重大である。赤ひげ先生になれと言っているわけではない。しかし医師という仕事の誇りを忘れないでほしい。国・地方自治体は医師のが医師本来の仕事ができる環境を保証しなければならない。たしかに医療は「きつい・きたない・きけんな」な仕事かもしれない。しかし「きつい・きたない・きけんな」な仕事でも誇りを持てる仕事であろう。

医療現場が「きつい・きたない・きけんな」仕事であるのは医療制度の崩壊が原因である。この問題を議論すると必ず出てくるのがほぼ国家予算に匹敵する、しかも毎年増え続ける34兆になんなんとする医療費である。確かにそれだけ取って見れば異常である。しかしその医療費が公開されたことがあるだろうか。直接医療に掛かる経費よりも、天下り、天下り先の公社、財団での浪費がはたしてどれぐらいあるのだろう。

医療費に群がる無駄な経費とともに医師・看護師を雑用から解放する必要がある。現在医療事務に関わる人員を半減しても医療補助をする、たとえば秘書などを思いきって増やす必要があろう。ここでは数字を挙げることはしないが、医師会を中心に構築する必要があろう。予算・補助金は出す方が使い道を指示するのではなく受ける方が使い道を考えるものであるからだ。研究費分配の法則というがそれに倣う以外には医療費の高騰、それに伴う医療崩壊は必然であろう。


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   「ど真ん中から変えていく」東国原知事単独インタビュー

2009年6月26日1時29分

宮崎県の東国原英夫知事は25日、朝日新聞の単独インタビューに応じ、「政権与党、政府のど真ん中から変えていく」と述べ、自民党から次の総選挙に立候補することに改めて意欲を示した。

東国原氏は「自民党は(戦艦)大和だと思っている。社会・経済情勢や国民の感情、世界の動きに臨機応変に対応できる組織体でないといけない」と指摘。次の総選挙では拮抗(きっこう)する2大政党のどちらかを国民が選択するという状況が望ましいとの見方を披露し、「今のままでは(支持率が高い)民主党が圧勝してしまう。民主党のファシズムになってしまう」と強調。「これに対抗するために自民党が生まれ変わらなければならない」と語り、自らが次期総裁候補となることで、自民党を変革するとの決意を示した。

東国原氏はまた、「国を変えようという大きな目標に対し、知事の権限は微々たるものだった。自分はその限界を超えようということだ」とも語った。


コメント:

東国原宮崎県知事がいろいろ話題を提供してくれている。条件は「知事会の要望を一字一句変更することなくマニフェストにとりいれること」、それと「彼を総裁候補として次の選挙を戦う覚悟があるか」との二つの条件である。

彼は最初から国政に出たかったのである。知事を一期もやらずに地方自治の限界を知ったというがそれぐらいの限界なら知事でない一般人でも知っている。「国を変えようという大きな目標に対し、知事の権限は微々たるものだった。自分はその限界を超えようということだ」というがいまさら何をとぼけたことを言っているということだろう。宮崎の県民にしてみれば初めから踏み台にされたと思うのはしごく当然である。

彼は地方自治の勉強をしてきたと言うが何を勉強してきたのだろうか。国政に関わることで問題が解決するとでも思っているのだろうか。国政に関わることを持って彼は「ど真ん中から」と表現しているのだろうか。もしそうであれば彼は所詮お笑い芸人のお笑いのレベルの人間でしかない。お笑い芸人をバカにしているとしか言いようがない。芸人が政治に関わることを責めているのではない。政治をお笑いにすることを非難しているのである。政治をお笑いにするのであるならばそれは政治家になるのではなく、お笑い芸人であってこそ初めて出来ることであり、意味のあることなのだ。革命・改革は地方から起こるものだということを彼は学んでこなかったのであろうが。

とにかく今回の東国原宮崎県知事のどたばたはそれ自体お笑いである。老練な政治家古賀誠氏がそれに振り回された姿も、本人はいたって真面目に行動したのであろうが、結果的にお笑いの片棒を担いだこととなったのはまことにお気のどくといわざるをえない。


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臓器移植法の4改正案、18日に衆院で採決

2009年6月17日20時42分

臓器移植法の4改正案が18日の衆院本会議で採決される。臓器提供拡大に道を開く「脳死を人の死」とする抜本改正案には慎重論も根強い。多くの政党が「個人の死生観にかかわる」として党議拘束をかけない。いずれの案も可決のめどは立っておらず、否決、廃案となる可能性もある。

衆院議院運営委員会は17日の理事会で、臓器移植法改正4案の採決について、「A→B→C→D」案の提出順で行うことを決めた。ただ、否決後に廃案にするかどうかの取り扱いは結論が出ず、18日の採決ぎりぎりまで調整することになった。

有効投票総数の過半数の賛成を得た案が出ると、残りの案は採決せず、廃案になる。逆にA〜C案が否決されれば、残りのD案が有利になるとの批判もA案提出者などから出ている。

衆院議運委では、衆院規則147条を根拠に、全案が否決された場合に「廃案にしない」と議決し、厚生労働委に差し戻して審議を続ける案を検討している。厚労委で新たな案を作り直す可能性もあるが、調整は難航しそうだ。


コメント:

   脳死?ヒトの死?ひと・人・人間の死?

脳死問題を考えるとき注意しなければならないことがある。一般に脳死は人の死かどうかが議論されている。ヒトの死なのか、ひとの死なのか、人・人間の死なのか分けて議論する必要がある。

現代医学、医療ではない、では脳死をもってヒトの死ヒトの死、もちろんそれに異論を唱える医学者もいることはたしかだが、とするといってもよい。いずれにせよ医学的なヒトの死は当然ながら科学の進歩とともに変化する。これまでは心停止をもってヒトの死としてきたのであるが、現在咽喉心臓の発達で心臓の機能を代行できるようになっているのである。いずれ人口頭脳をもって機能停止した脳を代行する人口頭脳も不可能とは言い切れない。現在の科学では脳死をもってヒトの死とする考えが主流であるというだけである。医学がどこまで進歩しても医学の常識を超える現象はあるものである。

ひと、あるいは人の死は家族・親族・友人などにとっての個人の死である。共同体にとっての死である。程度はさまざまだが死んだといわれる個人も心の中では長く生き続けることであろう。写真や遺品でもって故人を偲ぶか、他人の体のなかで生き続ける故人の細胞をもって生を確認するかはそのひと次第である。また鳥葬や水葬のように他の生命体をやしなうことによって、また他の生命体として蘇ることで故人の永遠性を捉える文化もある。

またひと・人の死は歴史・文化によっても異なる。脳死をもってヒトの死とすることにそれほど抵抗を示さない一部キリスト教徒も死体の焼却には抵抗する。復活を信じる彼らは復活に際して肉体の蘇りも必要だからである。土からうまれた人間は土に帰るべきものだからである。

人間の死はどうであろうか。まず、人間というのは極めて抽象的な概念である。自分たちの社会に属する者が人間であり、属さないものはそもそも人間ではないのである。種族名が人間を意味することはよくあることである。それは別に野蛮なことでもなんでもない。アイヌというのはアイヌ語で人間という意味でもあるのだ。抽象的な概念である人間の死は抽象的な存在である社会が決めるものである。

さて、いま議論されている臓器移植法でいう「脳死を人の死」というとき「人」とは誰の事をいうのだろうか。「脳死をもってヒトの死」ということを認めろということが「脳死を持って」つまり医学的死をもって「ひと・人・人間の死」と認めろというのは科学という神話を強要するに等しい。現在の科学においては脳死をヒトの死とするのが合理的であるとするのは、それはそれで結構である、わたくしもそれには賛成である。しかしその先「ひと・人の死、人間の死」はそれぞれのレベル、「ひと・人」のレベル」、「人間のレベル」で決めるべきであろう。「ひと・人」の死とどのレベルで社会的死、つまり行政の単位としての登録を抹消するかはそれぞれ別の問題である。わたくしとしてはいわゆるA案に賛成である。脳死はヒトの死であるとはいえ、移植に同意するかどうかは故人の属する共同体が、どこまでを共同体とするかはさらなる議論がひつようではあろう、きめることであろう。国会で議論すべきはどの時点で人間の死とするかが議論されるべきであろう。


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15兆円経済対策、大筋合意 エコカー促進や子育て支援

2009年4月9日12時27分

政府、与党は9日、深刻な景気後退に対応する新経済対策(経済危機対策)について大筋で合意した。財源の裏付けとなる09年度補正予算案の財政支出は過去最大の約15兆円。新経済対策は経済の底割れ回避のため、09年度後半までは「平時の経済原則・政策原則からの乖離(かいり)も辞さない」として、財政出動を強化する内容。10日に正式決定し、補正予算案は大型連休前に国会に提出される見通しだ。

自民党は9日午前、臨時総務会で、09年度補正予算案に盛り込む政府の新経済対策を了承した。公明党も9日中に党内手続きをとり、政府・与党案として10日に決定する方針。

新経済対策で政府は、直面している経済危機について、「(73〜74年の)石油危機を上回る可能性が高い」と分析。15兆円を超える過去最大規模の補正予算を組むことに対し、10年度までに経済状況を好転させるため、「国民の総力を挙げた協力と挑戦が不可欠だ」と理解を求めた。

与党内で調整が難航した贈与税減税は、住宅取得に使われた生前贈与について、新たに500万円を上限に課税対象額から除外する方針を決めた。

具体的な施策としては、再就職支援や派遣切り防止、雇用調整助成金の拡充などの雇用対策に約1.9兆円を投じる。がん対策の研究開発や子育て支援の拡充など「健康長寿・子育て」関連施策に2兆円を積み上げるなどした結果、財政支出は15.4兆円に膨らみ、資金繰り支援の融資・保証枠などを加えた総事業規模は56.8兆円に達する。

また、株式市場安定化のため、政府が市場から株式を買い取る仕組みの整備を急ぎ、政府保証付きの買い取り枠を50兆円まで拡大することも決めた。

財源について河村官房長官は9日午前の記者会見で、財政投融資特別会計の準備金約3兆円と経済緊急対応予備費1兆円に加え、10兆円あまりの国債発行で賄う方針を明らかにした。これにより、09年度の新規国債発行額は40兆円を大きく超え、過去最悪の財政状態に陥ることになる。

15.4兆円規模という09年度補正予算案の財源の概要が18日明らかになった。財務省は10.8兆円を新たな国債の発行で賄う。その結果、09年度の新規国債発行額は当初予算の33.3兆円を加えると44兆円を超え、過去最高に達する見通しだ。

これまで国債の発行額で最大だったのは99年度の37.5兆円。与謝野財務相は10日に「10兆円を超える(新規の)国債発行になる」と述べ、09年度が過去最大規模となることを明言していた。財務省は、補正予算の施策には公共事業や学校関連など将来にわたって資産となる事業が多いと判断し、7.3兆円を建設国債の発行で充てる。3.5兆円は赤字国債とする方針。

このほか、経済の急変に備える目的で当初予算に計上していた経済緊急対応予備費(1兆円)から8500億円を使う。財政投融資特別会計の準備金3.1兆円を一般会計に繰り入れるほか、一般の予備費からも数百億円を使う。雇用関係では特別会計の資金も充てる。

(山口博敬)

コメント:

補正予算が成立した。15兆円におよぶ前代未聞の大型補正である。確かにこの世界同時不況を乗り切るためにはその程度の財政投入は必要であろう。アメリカはじめ世界各国もその程度、あるいはそれ以上の財政投入は覚悟している。問題は20世紀型産業構造と金融な破綻であることは明らかであるから、将来21世紀を睨んだ財政投入であるべきであろう。投入する額が膨大であればあるだけにそれは重要なことである。アメリカもヨーロッパも脱20世紀型産業・経済構造からの脱却を狙っている。グリーンニューディールなどもそうである。

日本はどうであろうか。15兆円財政投入として、エコ対策と称してエコポイント、エコ・カーへの乗り換えなどに対しての補助などが挙げられている。しかしこれらは特定の家電業界、自動車業界にたいする配慮に過ぎない。そもそも電気自動車のことは別として地球温暖化の元凶は家庭であり、自動車なのである。たとえ一台一台のCO2が多少削減されるかも知れないが、この大量生産・大量消費型の産業こそCO2増加の主要原因なのである。土・日の高速道路1000円など自動車での移動を奨励するものであり、たとえば大量輸送機関である鉄道や、海運の利用など頭にすらないのである。

そのほか、「住宅取得に使われた生前贈与について、新たに500万円を上限に課税対象額から除外、再就職支援や派遣切り防止、雇用調整助成金の拡充などの雇用対策に約1.9兆円を投じる。がん対策の研究開発や子育て支援の拡充など「健康長寿・子育て」関連施策に2兆円を積み上げるなどした結果、財政支出は15.4兆円に膨らみ、資金繰り支援の融資・保証枠などを加えた総事業規模は56.8兆円に達する」と胸を張る。

しかしどの対策をとっても一時的補助にすぎず、医療・介護・教育・福祉・子育て産業の育成を狙ったものではないのである。まさに選挙目当ての「ばらまき」と「膏薬貼り」の補正と言われてもしかたがない。15兆円をこれらの産業への構造転換によって雇用対策、育児環境の整備、医療・介護の充実を目指すものでなければならないであろう。


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核実験非難の声明採択 ASEM外相会議で日本が提案

2009年5月26日13時58分

【ハノイ=柴田直治】ハノイで開かれているアジア欧州会議(ASEM)外相会議は26日、北朝鮮の核実験を非難する声明を採択した。

声明は「地域の平和と安定、核不拡散の観点から北朝鮮の核実験を非難する。実験が6者協議と国連安全保障理事会決議に違反することは明らかだ。北朝鮮がさらなる核実験をあきらめ、安保理決議に従うよう強く促し、6者協議への即時復帰を求める」としている。

ASEM閉会時に発表される議長声明とは別の独立した声明の採択を日本政府が求め、参加43カ国・2機関に働きかけていた。アジア側の外交筋によると、独立した声明の採択には当初、中国などが前向きではなかったが、欧州を中心に多くの国が日本に同調。日中韓を中心に25日夜から文言の調整を続けていた。

コメント:

北朝鮮の人工衛星を装った長距離弾道弾の実験、今回の核実験。それがどれだけ成功したかは意見の分かれるところである。北朝鮮が長距離ミサイルと核兵器開発を推し進め核保有国として世界に認めさせようとしているのも事実であろう。しかしただそれだけの崖っぷち外交の一環とだけはゆかない。国内の後継者争いとそれにリンクした軍部の主導権の確保がその無謀な振る舞いの裏にはある。

北朝鮮問題を考えるときイラン問題を忘れることはできない。北朝鮮がロケット、核の開発においてイラン、パキスタンとの深い繋がりを無視できないからである。パキスタンとの関係は別に扱うこととして、イランとの関係においてはイラン・イスラエル問題が根底にある。北朝鮮はイランのイスラエルとの抗争に便乗して核保有国としての地位を認めさせようとしているのである。もちろんその背景にはインド、パキスタンの核保有を黙認しているアメリカをはじめ世界の曖昧な態度があることはいうまでもない。

イランの核開発問題を考えるとき、オバマ大統領のカイロ演説が頭に浮かぶ。オバマはカイロ演説のなかで核の平和利用は認めつつもイランの核武装にたいする疑念を表明する。一方、イスラエルの核については一言も触れることはなかった。イスラエルがすでに多数の核兵器を保有していることは公然の秘密である。プラハの演説でオバマが核兵器の廃絶や拡散を問題にするならば名指しでのイスラエル批判も必要である。それなしにはオバマがどんな立派な演説をしようともその信憑性は疑わざるをえない。

北朝鮮の暴挙を許している国際関係として中国とロシアが北朝鮮の崩壊を望んでいないという事実がある。まず、アメリカの影響が国境に接することを嫌っている。北朝鮮の崩壊に伴う難民の流入の問題の他に、緩衝国として北朝鮮の存在は必要なのである。同じ理由で朝鮮半島の統一も彼らにとっては好ましくない。北朝鮮はいずれ自滅の道を歩むであろうが、いかなる体制の統治であれ、日・米・韓にたいする緊張関係は温存する必要なのである。生かす殺さずに存在させておかなければならないのである。


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国会議員の世襲制限、自民の伊吹・古賀両氏が賛意

2009年5月7日19時18分

自民党の伊吹文明元幹事長と古賀誠選挙対策委員長が7日、菅義偉選対副委員長が唱える国会議員の世襲制限に賛意を示した。党執行部や閣僚には世襲議員が多く、菅氏はベテラン勢から集中砲火を浴びていただけに、2人の派閥会長によるエールは党内論議にも影響しそうだ。

伊吹氏は派閥総会で「菅さんの言う世襲制を含め、我々も身を切る姿勢を示すことは非常に大切」と明言。法律で立候補を制限するのは憲法上難しいとしつつ、「世襲候補者の特権をすべて剥奪(はくだつ)すればよい」と述べ、党選挙区支部や資金管理団体の政治資金を引退時点で党に全額寄付するルール作りを提唱した。

古賀氏もBS番組の収録で「選挙区を変わるとか、公募制をもっとオープンにする仕組みを議論すべきだ」と表明。古賀、菅両氏は反麻生勢力の中川秀直元幹事長と同夜、都内の料亭で会い、世襲制限や議員定数削減が必要との意見で一致したという。


コメント:

最近急に世襲制の問題が浮上してきた。選挙向けだろう。わたくしは議員が二世であろうが三世であろうが一向に構わないと思う。ただ、現内閣の三分の二は二世、三世議員というのは異常である。また、自民党の三分の一は世襲議員だというのはどう見ても異常である。選挙制度自体に問題があるとしか思われない。

世襲の制限は職業選択の自由に反するという。確かにそうであろう。しかし政治家は職業だろうか。政治を職業と考えるには少なからず抵抗がある。職業の欄に政治家と書けるだろうか。政治家というのは職業ではなく肩書であろう。数年に一回の選挙で落選すれば唯の人となる肩書であり、永続的な生活の糧を得るための職業ではない。職業と考えるところに変な利権との関わりもできるのであろう

このことをあまりに強調すると金持ち、資産家でなければ政治家となり得ないということになる。かってはそういう時代もあったし、いまでもそういう人が市民の代表者となって社会に奉仕することは意味あることである。しかし現代の民主的社会においては心ある人が等しく政治家となってもらう必要がある。それを可能にする一つの方法が政党政治であろう。政治家の集合が政党であるのではなく、政党が政治家を育てるのが現代である。

その点から見れば自民党という政党は、世襲議員、それをどう定義するかは別として、の集合体ということになろう。自民党はいまやまがいものの貴族政治のといってもよかろう。わたくしは政治家の子供や親族が政治家を目指すことになんの意義もない。門前の小僧経を覚えると言われるごとく政治家としての生き方、政治理念、哲学を伝承してくれることはよいことであるが、しかし自分の努力によるところのない政治的地盤や後援会、まして政治資金を無税で相続するということは民主政治には相応しくない。親のジバン・カンバン・カバンの相続を禁止し、個人のではなく政党のジバン・カンバン・カバンでの政治活動を基本とすれば世襲議員の問題は解決する。親の仕事を継ぐことには何の問題もない、しかし親の会社を相続するような感覚は政治家には相応しくないし、社会と政治の私物化に他ならない。


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小沢氏秘書供述報道

   「一方的過ぎ」野党各党NHK批判 小沢氏秘書供述報道

2009年3月30日21時45分

西松建設をめぐる違法献金事件で、小沢民主党代表の秘書が政治資金収支報告書にうその記載をしたことを認める供述をしたとのNHKの報道をめぐり、30日の参院総務委員会で野党各党からNHKへの批判が相次いだ。

秘書の弁護側が報道内容を否定したことを指摘した国民新党の長谷川憲正氏は「あまりに一方的な結論だ。選挙目前の微妙な時期の報道は慎重でなければならない。公共放送としては慎重を欠いたと言わざるを得ない」と批判。NHK側は「十分な取材に基づいて事実と確信してお伝えしている」と説明した。

民主党の行田邦子氏は「弁護人らは誤解に基づく報道ではないかと考えている。この点についてはNHKで報道されていない。意見が対立している問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにするべきだ」と述べた。


コメント:

選挙を控え小沢代表の問題が民主党内部からも意見が出始めている。小沢氏の第一秘書逮捕の問題は法的問題に止まらず否応なく政治問題となる。小沢氏の去就問題も政治問題として判断されねばならない。

政治的に微妙な時期における小沢氏の秘書逮捕に踏み切った検察の態度は議論されてしかるべきであろう。小沢氏を弁護するためではない。場合によっては日本の政治史に禍根を残す恐れを感じるからである。

検察は証拠が固まった時点で逮捕するのは当たり前、なんの政治的意図はないと主張するであろう。またそうであらねばならないと。確かに政治的意図はないと信じる。しかし、見落としてはならない、政治的意味、政治的影響は大きいのである。忘れてはならないことは検察は立法や行政の上に君臨する権力ではない。行政の一部に過ぎないのである。問題は行政の一下部組織が政治を支配してもよいのかということである。それが許されることになればクーデターも容認されることになりかねない。

しかし司法、立法、行政の違法行為が許されてよいわけはない。だからと言って三権の上に、昔のように、天皇の下の権威を置くのは歴史に逆行するばかりではなく、危険極まりないことである。三権がお互いに牽制し合う以外にはなかろう。

三権が互いに牽制し合い、社会の復元力を保証するには、健全なジャーナリズムの存在が欠かせない。日本の報道機関、彼らは自らをジャーナリストと呼ぶのを好むようだが、日本のジャーナリストは報道とジャーナリズムの区別がつかないようである。その典型は NHK であろう。NHK のニュース、ニュース解説ほどジャーナリズムから遠いものはない。それはそれで良いのかも知れない NHK はジャーナリズムではなく報道機関であるからだ。

残念ながら一部雑誌、週刊誌を除いて単なる報道機関に終始している。新聞、テレビなど事実の報道の呪縛からジャーナリズム性を放棄している。報道機関の事実と、ジャーナリストの事実は違うのである。事実は作られるものであって、客観的事実など幻想に過ぎないことはいうまでもない。

三権の相互チェックを出来るのは健全なジャーナリズムである。検察の行動も不謬なものではなく、議論の対象になるべきであろう。多くの事実の突き合わせこそ健全な民主主義の復元力であることを再認識する好機であろう


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美少年酒造が民再法申請 負債19億円

2009年4月17日

美少年酒造(熊本県城南町)が熊本地裁に民事再生法の適用を申請し、財産保全命令を受けたことが17日、わかった。帝国データバンク熊本支店によると、負債総額は19億円。昨年9月に事故米で問題になった業者から原料を仕入れていたことが判明し、今年3月には業者側から裏金を受け取っていた問題も発覚。商品返品が続き、経営内容が急速に悪化した。

コメント:

三笠フードの事故米事件ではまるで被害者であるかのようにコメントしていた美少年酒造にはその初めから胡散臭さを感じていた。酒造メーカー、菓子業界も農水省、三笠フードと同罪である。酒造メーカーも菓子メーカーも伝統とともに上質の米と水の重要さをあれほど強調し、宣伝材料にしていたのではないのか。上質の米と水を売り物にしていた酒造メーカが事故米に騙される訳がないのである。

酒造メーカーが事故米を見抜けないとなればいったい誰が見分けることができるのだろうか。冗談もいいかげんにしてもらいたい。消費者は日本のすべての消費財を疑わねばならない。最近日立の冷蔵庫の偽装、あれが偽装でなくてなんであろう。エコ商品であるということでどれだけの心ある消費者が日立の冷蔵庫を購入したであろうか。性能には問題はないので安心して使い続けてくれということだ。不感症もここまでくればそれは日立病と言わざる得まい。おそらく日立の全身に転移していることであろう。

美少年酒造は倒産した。自業自得である。事故米を見抜けなかったから倒産したのではないというのであろうか。そうではない事故米も見抜けなかった会社の体質が倒産に繋がったのだ。日立はどうだろうか。もちろん日立が今回のエコ偽装で倒産に至るとは考えられない。日立へはどのような制裁が有効なのだろうか。われわれは企業倫理に訴える以外にないのであろうか。


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北朝鮮がミサイル発射 米「衛星軌道侵入は失敗」

2009年4月6日0時35分

北朝鮮は5日午前11時半ごろ、長距離弾道ミサイル「テポドン2」の改良型と見られる機体を発射した。北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)と米北方軍司令部は、1段目のブースター(推進装置)は日本海に、残りは先端部も含め太平洋に落下したと発表した。日本政府は日本の領域に落下する恐れはないと判断し迎撃はしなかった。国連安全保障理事会は日本時間6日未明に緊急会合を開き対応を協議する。

24時間体制で宇宙の衛星の状況やミサイルなどによる北米への攻撃を監視しているNORADは5日の発表で、北朝鮮が発射したのは「テポドン2」としたうえで「何も衛星軌道にのせられなかった」と指摘。北朝鮮が主張するロケットによる人工衛星の打ち上げは失敗だったと明らかにした。日本政府も米国政府から同様の情報を伝えられた。

韓国の李相憙(イ・サンヒ)国防相も5日、国会で「どんな物体も軌道に進入しなかった。人工衛星の発射を試みたが軌道進入に失敗したとみている」と述べた。ロケットもミサイルも基本構造は変わらず、日米韓3カ国などは「弾道ミサイル」の発射として批判を強めている。

防衛省の中央指揮所は午前11時31分ごろ、米国の早期警戒衛星による発射情報を確認。日本政府は同32分、「北朝鮮から飛翔(ひしょう)体が発射された」と発表した。政府の推定では、同37分ごろ、日本の領空のさらに上を太平洋上へ通過、ブースターの1段目は秋田県の西約280キロ、おおむね北朝鮮が事前通告した危険区域内の日本海に落下した。

2段目について、政府は一時、北朝鮮が事前通告した危険区域の約900キロ手前に当たる、日本の東1270キロの太平洋上に落下するとの予測を発表したが、確認はできなかった。日本の東約2100キロの太平洋上まで追尾したが、レーダーの捕捉範囲の限界を超えたため、11時48分ごろ追尾をやめた。

政府は万が一の打ち上げ失敗に備え、自衛隊法に基づく「弾道ミサイル破壊措置命令」を初めて発令、地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)などを配備したが、日本への落下物はなかった。


コメント:

安保理の結論は議長声明で決着ということになった。内容には日本の主張も多少加味されているということで決議ではなく拘束力のない議長声明での妥協となったのである。それには中国とロシアの意向が強く働いたことは周知である。それはそれで理解できる。両国が北挑戦を積極的に支持しているのではなく、とにかく近隣、とくに地続きの隣国での米国の存在は許せないだけである。この点は見落としてはならないのである。

振り返って日本の反応はといえば関係諸国から見て過剰反応と見えるだろう。アメリカにせよ韓国にせよ日本と同じスタンスを取っているかに見えるだろうが、微妙な温度差がある。

この過剰とも見える反応に警戒心を持っているという点では中国も韓国もアメリカもじつはおなじなのである。彼らが最も警戒するのは北朝鮮ではなく、日本が自前の軍事力を持つことである。関係諸国の目には北朝鮮への過剰、わたくしは必ずしも過剰とは見ていないのであるが、な反応は自衛力の増強を口実にした軍事的自立への地ならしと見えるだろう。ただ見えると言うだけではなく多くの政治勢力の意図的誘導であるとわたくしは思う。過剰反応を一番喜んでいるのは自民党であり、防衛省であるだろう。われわれは北朝鮮を厳しく非難しながらもあくまで過剰反応は避けるべきだと思う。


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海自護衛艦、ソマリア沖へ出航 武器使用なら海外任務初(2)

2009年3月14日15時2分

アフリカ・ソマリア沖の海賊対策のため、自衛隊法に基づく海上警備(海警)行動での派遣命令を受けた海上自衛隊の護衛艦2隻が14日午後、広島県呉市の海上自衛隊呉基地から出航し、現地に向かった。海警行動での初の海外派遣で、国会承認は経ていない。警察活動の位置づけだが、武器使用に至れば自衛隊の海外任務で初めてとなる。

出発したのは、呉基地所属の「さざなみ」と「さみだれ」。両艦乗員のほか、海自特殊部隊「特別警備隊」隊員や海上保安官ら計約400人が乗り込んだ。約1万2千キロ離れたソマリア沖のアデン湾で4月上旬にも活動を始める。

麻生首相は式典で「危険と困難を伴う新たな任務だが、船舶の安全交通の確保を確信している」と激励した。

海警行動では、正当防衛や緊急避難以外で人に危害射撃はできない。13日に閣議決定された海賊対処法案では、接近する海賊船を停止させるための船体射撃を認めている。

現在、米国や欧州連合(EU)、中国など約20カ国も艦艇や航空機を派遣している。


コメント:

防衛省、防衛族の念願の一つ、自衛隊の海外派遣、が叶ったということだろう。海賊対策は主たる目的ではない、都合のよい言い訳、あるいは一つのチャンスにすぎない。ヨーロッパ、アメリカ、その上中国、韓国並みの軍隊でありたいのであろう。要するに、第9条に縛られた肩身の狭い国家ではなく、普通の国家でありたいということである。

一番迷惑を被っているのは派遣される自衛官である。法的に曖昧なまま政治家や背広組の思惑を実現するための道具として使われているのである。武器使用一つとってもそう簡単ではない。武器使用は自己防衛の場合に限るという。パトロールする軍艦に向かって発砲する海賊船があるだろうか。一度に何艘の船を護衛するのだろうか。目の前で民間の貨物船が銃撃を受けているとき自衛艦は武器を使用するのだろうか。すべての船舶を自衛艦の行動範囲に置くことははたして可能なのだろうか。外国籍の船舶が海賊に襲われている場合どうするのかも定かではない。まさか見て見ぬ振りはできないであろう。自国の船舶だけを護衛するなどということが許される訳はないのである。そんなことをすれば日本の信用もなにもあったものではないのは言うをまたないことであろう。また、今回の海賊船取り締まりが誰の指揮のもとに行われるのであるかも定かではない。国連なのだろうか、各国の善意なのだろうか。あるいはなにか隠れた思惑があるのだろうか。

海賊船の取り締まりは第一義的には沿岸諸国の問題である。事実ソマリアの対岸にあるイエーメンは沿岸警備の強化にたいする支援を求めている。自衛艦の派遣も必要な場合もないとは言えないだろうが、沿岸諸国に力がないからといって、他国の軍艦が、たとえ領海の外であっても沿岸諸国の了解なしに行動することは、まことに失礼な話ではある。沿岸諸国が軍艦の派遣を望んでいるかどうかは別にして、それ以上に、あるいはそれと同じ程度の支援を、沿岸諸国の警備能力の向上にたいする支援に日本がリーダーシップを取ることの方が日本の国是に叶っているのではなかろうか。

とにかく派遣される自衛隊員が誇りを持って任務を遂行できるよう取り計らうのが国家の、政府の責任である。


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海自護衛艦、ソマリア沖へ出航 武器使用なら海外任務初(1)

2009年3月14日15時2分

アフリカ・ソマリア沖の海賊対策のため、自衛隊法に基づく海上警備(海警)行動での派遣命令を受けた海上自衛隊の護衛艦2隻が14日午後、広島県呉市の海上自衛隊呉基地から出航し、現地に向かった。海警行動での初の海外派遣で、国会承認は経ていない。警察活動の位置づけだが、武器使用に至れば自衛隊の海外任務で初めてとなる。

出発したのは、呉基地所属の「さざなみ」と「さみだれ」。両艦乗員のほか、海自特殊部隊「特別警備隊」隊員や海上保安官ら計約400人が乗り込んだ。約1万2千キロ離れたソマリア沖のアデン湾で4月上旬にも活動を始める。

麻生首相は式典で「危険と困難を伴う新たな任務だが、船舶の安全交通の確保を確信している」と激励した。

海警行動では、正当防衛や緊急避難以外で人に危害射撃はできない。13日に閣議決定された海賊対処法案では、接近する海賊船を停止させるための船体射撃を認めている。

現在、米国や欧州連合(EU)、中国など約20カ国も艦艇や航空機を派遣している。


コメント:

麻生首相は外交が得意と言う。ただしそう思っているのは麻生首相自身ぐらいではないのか。わたくしは麻生首相が外交が得意とは思わない。内政の不人気を外国訪問で国民の目を欺こうとたくらんでいるだけにしか見えない。首相の座にしがみつくために外交日程で時間稼ぎをしているのである。

麻生首相は18日午前、ロシアのメドベージェフ大統領と会談するため、羽田空港発のチャーター機でロシア極東サハリン州のユジノサハリンスクに向け出発した。考えられない、歴史的、外交的失態である。また、それを実現させた日本国外務省は正気の沙汰だろうか。ロシアが主張するサハリンスク州には北方領土も含まれていることを麻生首相は知らなかったのだろうか。今回のような形での日本国首相のサハリン州訪問はロシアの領土主張を認めたことになるのである。麻生首相ははたして日本国の首相であろうか。非常に疑問である。支持率10%前後の首相の姿である。まるで国益を無視したサハリン訪問である。言葉が悪くて失礼だが売国奴と言うのはこのような者のことをいうのではないのだろうか。そのような首相をいただいている日本とはどんな国なのだろうか。そのようなことを許している与党、野党、政府、そして国会を許している日本とはいったいどんな国家なのであろうか。竹島、対馬の将来の姿もその延長線上にあるのではなかろうか心配である。

麻生首相は「瑕疵なしに選ばれた首相が国家を代表して外国と話し合い、交渉するのに何の支障もない」と言う。その通りである。また、内政での不人気を外交で国民の支持を挽回しようというのは権力の常道でもある。国民の目を内政から逸らそうというのだ。そのために外に仮想敵国を作ることすらあるのは権力者の常套手段である。いずれにせよ、支持率が極端に低い首相が世界を相手に国益を代表するとはかぎらない。虚勢を張って結局は孤立化するか、足もとを見られ不必要な負担を背負わされる結果となりかねない。麻生首相の外交の危うさは諸外国は取り込み済みである。サハリン訪問にそのことが如実に現れていると言わざるを得ない。


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  天下りあっせん、07年度は勧奨退職の3割 総務省回答

       2009年2月14日7時6分

07年度に早期勧奨退職した国家公務員1071人のうち、各省が天下りをあっせんしたと認めたケースは約3割の329人にとどまることが、民主党調査に対する総務省の回答で分かった。同党は各省OBが引き継ぐ「天下り指定ポスト」が含まれていないとして追及する方針だ。

集計対象は本省課長・企画官相当以上の幹部職員。早期勧奨退職者とあっせんの内訳は、財務省311人中38人▽国土交通省250人中21人▽経済産業省117人中61人▽厚生労働省93人中5人▽農林水産省88人中68人▽文部科学省27人中25人▽会計検査院5人中5人――などだった。

早期勧奨退職は事務次官をトップにしたピラミッド型の組織を維持するため、定年前の退職を促す慣行。各省あっせんはこの慣行を維持するため、と説明されてきた。

この各省あっせんも11年末までに「官民人材交流センター」に一元化されることが法律で定められ、麻生首相は今年中に各省あっせんを廃止する方針だ。

ただ、総務省によると、省庁が直接は関与せず、OBが後輩にポストを引き継ぐような事例は各省あっせんには含まれていない。これまでの回答では、公益法人などの理事長ら幹部ポストに省庁OBが5代以上連続して就く指定ポストが64法人、69ポストある。民主党は実際はもっと多いとみており、追加の資料要求で、表に出にい「裏ルート」の実態解明を進める考えだ。                  (本田修一)

コメント:

自民党の山崎拓元幹事長は14日小泉氏が麻生首相を痛烈に批判したことについて「郵政民営化が元の木阿弥(もくあみ)になることを懸念しての発言。政権批判ではない」という。わたくしは「郵政民営化が元の木阿弥になることを懸念しての発言であるとともに、明らかに政権批判である」と思う。

小泉氏の肩を手放しで支える者ではない。郵政民営化に関してはいろいろな評価がありうる。しかし、郵政民営化は行政改革、規制緩和などとセットで提起されてきたことに間違いはない。しかし郵政民営化が東京一極集中と地方の疲弊を招いたとは思わないのである。逆である。地方の疲弊は郵貯の莫大な財源を道路や不必要な公共事業、あるいは特殊財団の資金源として旨い汁を吸った官僚と族議員の責任である。郵政民営化は郵貯と特別会計の関係の切り離しであるべきものであった。

地方の疲弊の最大の原因はすべての道路や輸送機関を東京に向かって整備し、隣の町に行くより東京に出る時間の方が早いというような奇妙な構造を作り上げた結果である。その反省から地方の疲弊を招いた政・財・官の癒着を断つべく郵政民営化は機能するはずであった。つまり郵政民営化は、いわれるように、行政改革の「本丸」として意図されたものであった。つまり郵政民営化は官僚の天下りの受け皿の特殊法人の解体と特別会計の公開・国会によるチェックの下に置くことであった。

「かんぽの宿」に見られるような新しい利権への群がりは何をやっても生ずる病巣である。郵政民営化の結果ではなく、民営化以前から政・財・官の癒着にも深く巣くっていた癌が新しい場所に転移したに過ぎない。

また昨年末の景気後退から顕著になった派遣切りに代表されるセーフティーネットの失敗は企業の社会的責任の放棄によるものであり、企業による規制緩和の悪用以外のなにものでもない。郵貯に群がる利権を守るための官による支配を規制し、資金の流動化、労働力の流動化を意図したはずの規制緩和を郵政民営化の結果として「自分は郵政民営化には反対であった」という政治家、官僚は郵政民営化以前の利権の復活を企んでいると見ざるを得ない。

郵政民営化による不都合はないといっているのではない。見直すべきは見直す必要がある。しかし、不都合を見直す前に政・財・官にたいして恥を知れと言いたいのである。彼らは如何なる制度にも抜け道となる解釈を見出すのに長けているのである。


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インドネシア人介護士の卵、福祉現場へ 日本語研修修了

2009年1月28日6時38分

日本とインドネシアとの経済連携協定(EPA)に基づき、昨年8月に来日したインドネシア人の介護福祉士候補101人が27日、半年間の日本語研修の修了式に臨んだ。28日にそれぞれ勤務先の福祉施設に移り、補助的な仕事をしながら勉強して、3年後の国家試験合格を目指す。

候補者たちは、横浜と大阪の施設に分かれて研修を受けてきた。この日、横浜市の海外技術者研修協会横浜研修センターでは45人が式典に臨んだ。候補者を代表して、エカさん(23)が「(日本語が)最初は何も読めず、書けなかったが、今はだいぶわかるようになった。これから一生懸命、明るく元気に働きたい」と日本語であいさつした。

101人は、29日から全国の特別養護老人ホームや介護老人保健施設など51カ所で働き始める。このほか、もともと日本語を話せる3人は、すでに2施設で働いている。

候補者たちは、国家試験の受験に必要な3年の実務経験を積み、2012年の試験の合格を目指す。合格すれば国内で働き続けられるが、不合格なら帰国しなければならない。

介護福祉士候補とともに来日し、同様に日本語研修を受けている看護師候補104人は、2月12日に勤務先に移る予定だ。(生田大介)


コメント:

「日本とインドネシアとの経済連携協定(EPA)に基づき、昨年8月に来日したインドネシア人の介護福祉士候補101人が27日、半年間の日本語研修の修了式に臨んだ。28日にそれぞれ勤務先の福祉施設に移り、補助的な仕事をしながら勉強して、3年後の国家試験合格を目指す」という。

わたくしたちは手放しで拍手で送ることができるだろうか。「外国人技能研修・実習生制度」の失敗を見ているからでる。「外国人技能研修・実習生制度」を悪用したブローカーが逮捕されたというニュースにも接したばかりでもある。

「外国人技能研修・実習」というのは名ばかりのことであった、実際は「きつい・汚い」といって日本人の若者が敬遠する労働現場の人手不足を補うための制度にすぎなかった。「外国人技能研修・実習制度」の目的はそもそも何だったのであろうか。「技能研修・実習」であったのか、それとも労働力の確保にあったのか。最初から「外国人技能研修・実習制度」という美名のもとに立場によって都合よく解釈できる曖昧な意図がかくされていたのである。「安い労働力」を求める企業、そのニーズをよいことに制度を隠れ蓑としたブローカーによる不正な入国の合法化を招いたのである。そこにこの制度が悪用されたそもそもの原因があるのだが、それにもまして悪用を拡大させた原因は、制度導入の後、素知らぬ顔でろくに実際の姿を調査もしなかった、天下り集団JITCOの罪の方が大きい。

今回のインドネシアからの介護関係者の招聘の意図はどこにあるのだろうか。日本での介護福祉士の資格を餌に単純に安い労働力の導入しようというのだろうか。かれらは日本での三年の介護実習の後介護福祉士の国家試験を日本語で受験し、合格せねばならないという。日本人でもその合格率50%だと聞く。はじめから三年間の制限付きの安い労働力として期待しているにすぎないといわれてもいたしかたなかろう。「外国人技能研修・実習生制度」の二の舞を踏むことにならないであろうか。

今回の制度を日本にもインドネシアにとっても意義あるものとするには、まず、なにはさておいても日本の介護従事者の経済的安定と地位の向上と介護事業者の厳しい監督が必須であろう。インドネシアからの研修生を安い労働力にしてはならない。かれらの介護福祉士としての養成は日本人の場合よりも費用の掛かるものであることを覚悟し、そのための予算措置が講じられる必要があろう。それだけの覚悟が厚生労働省を中心に外務省や各省庁にその覚悟があるのだろうか、わたくしの心配するところである。


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わたり全面禁止、首相に申し入れ 自民・行革推進本部長

2009年1月21日20時3分

退職した官僚が天下りを繰り返す「わたり」のあっせんを容認する政令をめぐり、自民党行革推進本部の中馬弘毅本部長らは21日、麻生首相にあっせんを全面禁止するよう申し入れた。

中馬氏は、首相が任期中はあっせんを認めないと表明する▽党総裁としてあっせんを全面禁止する法律を議員立法で成立させるよう党側に指示する――などの方法を提案した。首相は「分かった。しっかりやる」とだけ答え、全面禁止は明言しなかったという。首相は21日夜、記者団にも「(政令を)厳格に執行します」と述べるにとどめた。

コメント:

やっと予算案の審議に入ると言う。私はいまの政府に本格予算を提案する資格はないと思う。差し当たっての国民生活のための暫定予算がせいぜいというところであろう。というのは本予算の何倍もある特別会計というアングラマネー、あえてそう呼ばしてもらう、の存在の前で本予算は如何ほどの意味があるというのか。すべて茶番である。まず特別会計とそれに群がるハイエナ、族議員、官僚、役人の排除が先であろう。それなくして本予算は表向きの恰好づけといわれてもいたしかたない。

いまの政・官癒着のもとで本予算は新たな天下り先創出の前段に過ぎないと。低級(お政治にも高級とは言えない)官僚の渡りの渡りまで許そうとする政府なのである。余人に変えがたいときのみ渡りを認めると言うが、我が日本国はそれほど人材に不足しているわけではない。国民を愚弄するのもいい加減にしてもらいたいところだ。

いずれにせいよ本予算はすべてを国民の前に明らかにして国民の審判を受けてからのことであろう。

それにつけてもバラク・オバマがアメリカの大統領に就任したそれに連動して大幅な官僚の入れ替えが行われるという。議院内閣制と大統領制の違いはあるにせよ、またアメリカの制度・産軍複合体の下の人事に組する者ではないが、一般公務員への定年制導入で雇用を確保した上で局長以上の人事を内閣の下に置き、政権交代時の入れ替え人事を可能にせねばならないのではないだろうか。


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イスラエル外相、訪米へ 停戦に向け動き

【エルサレム=井田香奈子】イスラエル首相府は15日夜、リブニ外相を米国に派遣し、パレスチナ自治区ガザのイスラム過激派ハマスにエジプトとの境界経由で武器が渡ることがないよう、米国の協力を得る方針を明らかにした。米国も巻き込む形で、停戦に向けた動きが活発になってきた。

米国のライス国務長官は15日、オルメルト暫定首相と電話会談し、ガザが境界を接するエジプト側から、武器が密輸されないよう具体策で協力する意向を伝えた。これを受けてリブニ氏は訪米、ライス氏と国境監視、密輸トンネル対策などの具体策について協議する。

一方、停戦協議を仲介しているエジプトは同日、イスラエル側と高官級協議を行い、ハマス側の条件などを伝えた。イスラエル側はこれをふまえ、オルメルト氏がリブニ外相、バラク国防相らと協議。イスラエル首相府によると、同国高官は16日に再びエジプト入りしてさらに調整を図る。

即時停戦を求めてイスラエルを訪問中の国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長は15日夜、ペレス大統領と会談後、記者団に対し「停戦の詳細な合意には数日かかるかもしれない」との見通しを示した。

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「イスラエル首相府は15日夜、リブニ外相を米国に派遣し、パレスチナ自治区ガザのイスラム過激派ハマスにエジプトとの境界経由で武器が渡ることがないよう、米国の協力を得る方針を明らかにした。」停戦に向けて動き出したのだろうか。わたくしにはそうは思えない。イスラエルの暴挙に対する世界世論の厳しさ、国連決議に対して拒否権をもってイスラエルを支えてきたアメリカが今回は棄権するということで決議を容認したことに不安を抱き、アメリカに泣きついているにすぎない。

オルメルト暫定首相の声明によると「(ガザからの)ロケット弾が今朝も続き、今回の国連決議は実用的ではない。パレスチナの殺人組織が(決議を)守らない」としているが、ハマスが殺人組織であるならば、それに劣らずイスラエルは殺人国家である。

アメリカとの協議では米国とイスラエルの(武器密輸をめぐる)情報共有の推進や、境界の監視をめぐる技術的協力が盛り込まれているという。しかしハマスの武器密輸を攻めるまえに圧倒的な軍備の拡張をしたのは誰だろうか。また、イランの核開発を云々するイスラエルが核を保有していることは公然の秘密である。

イスラエルは停戦期間中のハマスのロケット攻撃をテロ活動と批難するが、停戦の条件を守らず経済制裁を続け、経済テロを行っているのは誰か。パレスティナの真ん中に国家を建設し、その後もパレスティナの地を侵略し続け、ベルリンの壁ならぬ数百キロにも及ぶ壁を作っているのは誰か。われわれは現実に目を向けなければならない。とにかく今回のイスラエルのガザ攻撃を自己防衛と言いたいところだろうが、誰が見ても自己防衛というよりイスラエル内部の権力闘争にガザへの侵略を利用している破廉恥な侵略行為といわざるをえないであろう。

誰が見ても世界の世論はイスラエルにとって厳しい。いまやイスラエルはかってユダヤ人を残虐に迫害した現代におけるヒットラーなのではなかろうか。イスラエルの行動は人権問題化していることを彼らはもっと自覚しなければならない。そうでなければイスラエルこそ「ならずもの国家」に指定されるべきであろう。

イスラエルのなかにもパレスティナとの共存を志向する人々が大勢いる。いまのイスラエル政府は選挙を控えイスラエル過激派の意に媚びてガザ攻撃に出たにすぎず、それはあまりにも愚かなことと言わざるをえない。とにかく今回は「イスラエル軍の完全撤退やガザ封鎖の解除」が必要であろう。和平会談はその後の問題である。とに角停戦を、そして経済封鎖の解除である。


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予算案を閣議決定 予備費1兆円、公共事業膨らむ可能性

2008年12月24日9時24分

政府は24日、一般会計総額が過去最大の88.5兆円にのぼる09年度政府予算案を閣議決定した。社会保障費を増やす一方、公共事業費を実質削減するなど形の上では「財政規律」に配慮。だが、景気対策なら幅広く使える1兆円の予備費などの「抜け道」で公共事業費などが膨らむ可能性がある。

政府案では、財務省原案では未定だった重点化枠など3530億円の配分を決め、予算額が確定。年明けの通常国会に提出する。

社会保障費は前年度当初比14%増の24兆8344億円。70年代後半以来の高い伸び率だ。09年4月に基礎年金の国庫負担を2分の1に引き上げる財源として約2.3兆円が加わった。また、小泉政権が定めた「骨太の方針06」の歳出削減目標に基づき、自然増を2200億円抑制する目標も年金特別会計からの資金などで抑制額を230億円にとどめた。重点化枠では関係予算に775億円がついた。

他分野は骨太06に沿った。国立大運営費交付金・私学助成費を同1%減、科学技術振興費は同1.1%増の1兆3777億円。政府の途上国援助(ODA)は同4%減で6722億円。防衛費は同0.1%減の4兆7741億円。

道路特定財源の一般財源化で注目された公共事業費は同5%増の7兆701億円だが、一般財源化で新たに一般会計に入る約7千億円を除けば、同5.2%減の6兆3876億円。ここ数年の3〜4%程度の削減幅より大きい。

ただ、総選挙を控えて歳出増を求める与党などに配慮し、「抜け道」も作った。

景気対策として1兆円の経済緊急対応予備費を新設。予備費は本来、災害や選挙などに備える予算。あらかじめ使い道を決めず、必要になれば国会の事前承認を得ずに政府が決める。例年は3500億円程度。09年度は例年と同額分も合わせ、過去最大の1兆3500億円に膨らむ。

雇用対策や中小企業支援、公共事業などに使う方針。公共事業に数千億円規模をつぎ込めば、公共事業費が前年度当初より事実上増え、歳出削減目標は「骨抜き」になる。

地方交付税など自治体向けの配分額も公共事業を含む「雇用創出」などのため、約1兆円増額。地方の公共事業増につながる可能性がある。

一方、これらの財源は財政投融資特別会計の準備金を流用する「埋蔵金」頼み。本来、余った分は国の借金返済に回すお金だ。国の借金である国債の新規発行額も当初では4年ぶりに30兆円を超え、33兆2940億円(赤字国債25兆7150億円、建設国債7兆5790億円)に。財政悪化が一層進むことになる。

(五郎丸健一)

コメント:

09年度の予算が閣議決定され、いよいよ国会審議に掛けられる。新年そうそうあまり言いたくはないが、内容は選挙を横目に見た耳障りの良い言葉が並んでいるが、そのすべてに抜け道が用意されている。実に小賢しい予算案である。国民を馬鹿にするのもいい加減にしてもらいたい。

「社会保障費は前年度当初比14%増の24兆8344億円。70年代後半以来の高い伸び率だ。09年4月に基礎年金の国庫負担を2分の1に引き上げる財源として約2.3兆円が加わった」というが消費税引き上げと引き換えである。

消費税の引き上げは徹底的行政改革の後とはいうが、焼け太りの行政改革にすぎず、天下りは逆に自由化され増加する仕組みが抜け道として用意されている。

道路予算の一般財源化は実質的には道路建設に当てられる。必要な道路は必要というが、道路族にとってはそれはすべての道路が必要な道路ということにほかならない。

「国の借金である国債の新規発行額も当初では4年ぶりに30兆円を超え、33兆2940億円(赤字国債25兆7150億円、建設国債7兆5790億円)」になるというが、あれだけ存在を否定していた埋蔵金が一部当てられる。たしかに埋蔵金は一度使えば終わりとなる性質のものだが、行政改革、天下りと天下り先の撤廃は高級的財源となるのである。

いずれにせよ国民を馬鹿にした予算案ではあるが、それ以上に国会審議にも掛からない、それだけではなく公開もされない省庁が自由に使える特別会計、それは88兆円の本予算より少なく見積もってもはるかに多い500兆とも言われる、特別会計には指一本触れていない。官僚・一部公務員にとって行政改革は痛くも痒くもないのである。われわれは本予算案の審議の前に特別会計の開示を求めねばなるまい。それなくしてたった88兆の本予算審議などは無意味なのである。


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「非正規切り」の失業手当、正社員と同等に 厚労省方針

2008年12月5日6時6分

厚生労働省は4日、雇い止めされた非正規労働者に対して、失業手当を受け取るのに必要な雇用保険の加入期間を、現行の1年から6カ月に短縮する方針を固めた。給付日数も暫定的に延長し、正社員の解雇と同じように手厚くする。景気後退で「非正規切り」が相次いでいることを受け、セーフティーネット機能を強化するのがねらいだ。

5日の労働政策審議会(厚労相の諮問機関)の部会で厚労省案を示す。年明けの通常国会で雇用保険法を改正し、09年度から実施したい考えだ。

原案では、非正規労働者の雇用保険の加入要件の「1年以上の雇用見込み」を、「6カ月以上」に短縮する。

失業手当の給付日数は、雇い止めの場合、自己都合による退職者と同じで、倒産・解雇による離職者よりも少ない。これを改善するため、例えば雇用期間1〜3年で雇い止めになった非正規労働者への給付日数を、現行の一律90日から、45〜59歳は180日、60〜64歳は150日など、倒産・解雇と同水準に延長する。

また、再就職が困難な人には、失業手当の給付日数を60日程度延長する。対象は、特に雇用情勢の悪い地域の人や、現在は45歳以上の中高年に比べると給付期間が短い若年層を想定している。

今回特に非正規労働者への適用範囲や給付を拡充するのは、世帯主など家計を担う人でも非正規が増えてきたためだ。現在、非正規労働者は1732万人(07年)にのぼるが、厚労省の推計ではその6割にあたる約1千万人が雇用保険に加入していない。(生田大介)


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派遣切り、契約打ち切り、内定取り消し、正社員といえども安穏としておれない今日このごろ新聞紙上を賑わすのは暗いニュースばかりである。世界的不況は深刻である。ギリシャでは若者に職がなく暴動にまで発展したと聞く。他のヨーロッパ諸国の政府も若者の怒りに起因する社会不安を心配しているという。金融・経済のグローバル化のもとでは不況のグローバル化も避けることはできない。

振り返ってみれば世界のグローバル化は、最初から指摘していた識者もあるが、所詮世界のアメリカ化であり、世界の一元化であった。アメリカ化は世界経済の活性化であったのも事実だが、経済の金融活動化であり、貧富の差の拡大でもあった。

いかなる社会の経済的発展であれ、それが貧富の差の解消でなければ社会的意味はないのである。社会的意味がないということは社会的存在として意味がないということである。経済の自由化もグローバル化も、それ自体目的ではなく、そのための手段にすぎないことを忘れてはならない。自由経済や資本主義は社会的規制、あえて政府による規制とは言わない、とは矛盾するものではないのである。

経済活動の本質から見るに最近の主要な企業のリストラには便乗リストラの感が否めないものが多々見られる。確かに不況による消費の縮小による企業構造、企業体質の基本的見直しが迫られているのは事実であるが、その一方において配当は増配し、社内留保は大きな伸びを見せている企業が合理化を理由にリストラに走るのは社会的責任の放棄以外のなにものでもない。経営者責任を明らかにせずに、中小企業や個人に不況の犠牲を真っ先に押し付けるのはゆるされないことである。

アメリカ議会のBIG3にたいする公的支援の見合わせはまさに理にかなっていると言わざるを得ない。ただしそこから生ずる失業問題には公的支援も必要となることはいたしかたないであろう。

企業は誰のものかということが議論されたことがあった、そのとき株主のものであるということが強く主張されたことがあった。ならば経営者と株主の共同責任であり、共に社会的責任を負う必要があるということも忘れられてはならない。


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マツダ、派遣社員500人削減へ 山口・防府工場

2008年11月20日21時40分

マツダは20日、防府工場(山口県防府市)で働く派遣社員約800人のうち、12月末で期限が切れる約500人の契約を更新しない方針を明らかにした。同社は7万3千台を減産する計画で、「生産態勢見直しの一環」と説明している。

マツダには広島の本社工場に約1千人、防府工場に約800人の派遣社員がいる。本社工場では800人を削減する計画で、両工場の派遣社員の約7割を減らすことになる。マツダは「派遣社員の再就職活動を支援していきたい」と話している。

防府工場は乗用車「アテンザ」「アクセラ」や変速機を生産。輸出向けが好調でフル操業状態だった。

コメント:

アメリカのGMが破産整理を検討しているという。日本でもトヨタが6000人の期間従業員のうち3,000人、日産が3000人から1500人の人員整理をするという。

企業の経済的合理性からは必然的なことかもしれない。しかし近年アメリカ式経営の影響か、株主への配当が会社の指名であるかのような風潮が強く、その分従業員の待遇、雇用の供給とい会社の社会的責任がないがしろにされているのではなかろうか。雇用の確保なしに二酸化炭素の削減、その他環境への配慮にすりかえられているようだ。

エコや福祉への貢献も重要な社会的責任であることは当然であるが、最重要な社会的責任は雇用の保証であることが忘れられている。目に見える、宣伝に使いうる社会的貢献だけが大々的に宣伝されている。社会的貢献自体が宣伝材料として利用され利益追求の手段と化しているのである。

企業の社会的責任は自然環境を護ることだけではない、社会環境を整えることも企業の社会的責任なのである。雇用関係の規制緩和はその意図と反して企業に都合のよいように利用され、派遣・パート・期間従業員と企業にとって都合のよい制度と化し、雇用の不安定の最大要因となっている。残念なことである。いずれ企業自身の首を絞める結果となること必定である。

派遣切りをはじめ期間雇用その他非正規労働者の切り捨ては不況下の失業問題とは根本的に異なった問題を含んでいる。派遣や期間雇用などは労働形態の自由化と規制緩和は企業の労働者調整のために立法されたものではない。現在の状況はこの立法意志とは正反対の方向で利用されている。法律には立法意図が実現されてはじめて立法化の意味がある。法律の字面や解釈でどうにでもなるものではない。しかし法律の字面だけから合法、非合法を議論するという間違った法治主義が蔓延している。官僚の天下りなどもその典型である。

現状は卑しいものである。官僚や企業の都合に合わせて法の字面だけにから法を利用し、その立法意志はまったく無視されているのである。法に触れさえしなければ何でもありという卑しい判断基準が日本の心を蝕んでいるのである。日本は法治国家といって政治家や官僚は胸を張るが日本は法治国家であるというより法律主義国家である。六法主義国家であり法律の数だけは際限なく増殖して行く国家なのである。


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生活保護費、組員70人が不正受給 埼玉、立件も視野

厚生労働省が通知した暴力団排除の条項で、暴力団組員らが本来受け取れないはずの生活保護費を受給した疑いのあるケースが過去7年間で埼玉県内で約70人分あることが埼玉県警の調べでわかった。県警は精査したうえで、悪質な数件について、詐欺容疑での立件を視野に捜査している。

県警は今年6月、同県深谷市の元組員の男と妻を、生活保護受給者に対する通院治療費などの詐欺容疑で逮捕。220万円分の詐欺罪について有罪が確定している。この事件を受け、10月、県内の市町村に情報提供を呼びかけ、暴力団組員や周辺者約1700人について実態調査を進めた。

県警によると、深谷市の詐欺事件では、元組員が福祉事務所の職員を威嚇(いかく)するなどして、行政対象暴力のような形で不正受給を繰り返していたという。厚生労働省は06年、「暴力団と分かれば、窮迫状況にある場合を除き、生活保護の申請を却下できる」と通知。県警と県は生活保護の受給に組員が関与した場合、情報を共有することを盛り込んだ協定を07年に締結し、連携を取ってきた。

今回の県警の調査で明らかになった、不正受給の疑いのある約70人の中には、病気などですでに組員としての活動実態がないケースも一部含まれているとみられる。県警は詳細を精査し、悪質性の強いものについて、事件化する方針だ。


コメント:

「暴力団組員らが本来受け取れないはずの生活保護費を受給した疑いのあるケースが過去7年間で埼玉県内で約70人分あることが埼玉県警の調べでわかった」という。以前北海道でやはり暴力団関係者が介護保険を不正にうけとり、高額のタクシーを受け取っていたことが報道されていた。役所は暴力団には特に弱いようである。多くの許認可権を持っていることもこれに関係があることは言うをまたない。

しかしそれだけだろうか。多くの許認可権を持つ公務員はその許認可権を自分のために乱用し、いい思いをしていないだろうか。別に汚職とかをいっているのではない。もっとみみっちいところ、例えば安い家賃の公団住宅に居座るとか、人数の限られた介護試験の講習に自分の知人を優先したり、数え上げれば限がない。暴力団に弱いのも自分たちの弱みからではないのだろうか。

とにかく声の大きい市民にたいしては寛容で、弱いものには強いのである。公務員は国民の公僕とはいうが、多くの公務員は国民を支配する天皇の僕と思っているのである。本来は逆でなければならないはずなのに。

それは税金に対する感覚にも如実に現れている。税金は年貢でありそれは領主の収入であり公金ではないのである。どう使おうが民とは関係ないのである。

そのような官僚・公務員に国民の税金を預けるわけにはゆかない。今回の会計検査院の補助金の不正支出だけで2億7700万円とされたが中央省庁の不正・不適正・無駄な支出もあわせて氷山の一角どころではなかろう。税金を払うのは国民の義務とはいうがそれは上納でもなければ、貢物でもないのである。


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学校で携帯「禁止」「通話のみ」 文科省、ルール例示

裏サイトでの中傷や出会い系サイトなどの問題が相次ぐなか、文部科学省は学校での携帯電話利用の指針づくりを求める動きを強めている。今年6月には同省の有識者会議が「真に必要な場合を除き、学校には持ち込ませないよう指導することを検討する」と提案、7月には都道府県や指定市の教育委員会などに「校内では原則禁止する」「機能を限定する」といった具体例を示した通知を出し、取り組みの徹底を改めて求めた。

7月25日に同省が出した通知では、児童生徒の携帯利用の実態把握▽学校内での取り扱いに関する方針の明確化▽ネット上のいじめへの取り組みの徹底▽情報モラル教育の取り組み――などを求めた。

このうち学校内の携帯電話の扱いについて「一部で学校の方針が明確になっていない場合も見受けられる」とし、発達段階や地域・学校の実態に応じてルールをはっきりさせるよう求めた。

通知は一律に「携帯禁止」を求めてはいないが、指針の参考例として「小中学生は学校への持ち込みを原則禁止にする」「居場所確認や通話機能に限定したものの持ち込みは可能とする」「校内の使用を禁止したうえで学校で一時的に預かる」などを挙げた。

子どもの携帯利用をめぐっては、政府の教育再生懇談会が、5月末に首相に提出した中間報告で「携帯電話を持つことがないよう関係者が協力する」と盛り込んだ。自民党有志議員の勉強会も「法規制が必要」と提言している。


コメント:

近年出会い系サイト、裏サイト、アダルト・サイト、あるいは書き込みサイト等などが児童買春、凶悪犯罪、自殺などの誘因として世間を騒がせている。たしかに憂うべき問題であろう。なんらかの規制を求める声も多い。規制はメディアのハード面にたいする規制とコンテンツ、内容、に関係するものがある。

インターネットはそもそも表現の自由、言論の自由を求める若い学生がヒッピー文化と平行して構築して行ったものである。WEBサイトの規制は言論の自由、表現の自由を脅かす危険がある。

しかし自由には責任が伴うことも忘れてはならない。その責任は前述したメディアの提供者にも、その利用者にもあることはいうまでもないことである。

結果にたいして責任を持たない鈍感なメディアの代表としてワイドショーを挙げておこう。深刻な社会現象、特に異常な犯罪を一見真面目な顔で面白可笑しく現探しをやり、その社会的結果にたいしてはまるで責任を感じないのである。多くの異常な犯罪の多くはインターネットサイト以上に社会的影響を与えているのではないのか。ワイドショーの話題となること自体が目的とする犯罪もあるのである。

テレビ界にも、各局にも番組を審査する機構があり、一定の自己規制を課してはいるが、いま一度根底から見直してみる必要があると思う。報道の自由は報道自体が護るものであって、護ってもらうものではないからである。

最近、特にワイドショーにあって、あまりにも覗き見すぎ的なものが多すぎる。報道の自由は何ものにも代えられない重要な自由であることはいうまでもない。そうであればあるほどに自己に厳しくあらねばならないであろう。もちろんこのことはメディア一般に言えることだが今日の社会的影響力と言う点でテレビというメディアに特に求めたいことである。そのために特に提案したいことは放映時間の規制ではないであろうか。まずNHKから初めて24時間放送を止めることがまず最初であろう。

小学生にたいする携帯電話の規制の問題からはずれてしまったようだが、わたくしにはテレビというメディアにたいする規制の方が重要、かつ効果的であると思うからである。


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「受験は教育汚染」 ノーベル賞2氏が文科相ら訪問

今年のノーベル物理学賞に選ばれた小林誠さん(64)と益川敏英さん(68)は10日午前、塩谷文部科学相と野田科学技術担当相を相次いで表敬訪問。このあと東京都内で初の共同会見に臨んだ。

 塩谷文科相に対し、益川さんは「本来みんなが持っている好奇心が選択式テストの受験体制ですさんでいる。『教育汚染』だ」「今の親は教育熱心でなく、『教育結果熱心』」などと持論を直言。塩谷文科相は「これからどんどんご指導いただきたい」と述べた。また、野田科学技術相は「物理学の大家に会え、雲の上の人が地上に降りてきたような感じ」と緊張の様子だった。

 会見では73年発表の小林・益川理論構築の経緯について、小林さんは「この研究をする4、5年前から益川さんと共同研究をしていた。ディスカッションを続けることで到達できた」、益川さんは「小林さんはぼくがつくるモデルをみんな壊して却下してくれた。ちくしょうと思って考えに考えた」と述べた。


コメント:

今回の三人のノーベル物理学賞、一人の化学省受賞はうれしいことである。ただ「長くかかったなあ」という感はいなめない。

ノーベル賞受賞者に必ず発せられる質問に教育の問題がある。その度にわたくしは違和感を覚える。今回も受賞者全員が同じ質問が儀式のように発せられていた。益川さんは「本来みんなが持っている好奇心が選択式テストの受験体制ですさんでいる。『教育汚染』だ」という。その通りである。

また「今の親は教育熱心でなく、『教育結果熱心』」だと指摘する。それもその通りである。これらの問題は古くて新しい問題である。教育問題が議論される度に結局落ち着く対立軸である。

ここに教育問題に対する大きな誤解がある。教育は個人的問題ではなく社会の問題である。簡単に言えば頂上が高く引き上げて裾野を広げるのか。裾野を広げることによって高い頂上を支えようというのか。いずれかに集約できる。

社会が社会として必要としているのは高い頂上と広い裾野の両方なのである。技術立国を目指さねばならない日本にとって最重要な問題は教育問題であることは言うをまたない。制度としての教育はその両者を育成せねばならないのである。熟練工の広い裾野を広げるためには子供が大学を卒業するのを待っていては遅すぎる。高い頂上と広い裾野は、しかし、対立する問題ではない。

ノーベル賞受賞者を育てる想像力、直観力は好奇心と執着力に対するご褒美である。一方、広い裾野を支える技術者、熟練工は単調な繰り返しを耐える忍耐力と意地である。それはコインの裏表であり、教育にはそのいずれもが要求される。

それが相反するような「あれか―これか」の問題のように論じられるのは「教育」という言葉に原因がある。大学に入ることだけをを教育結果と考える風潮が問題なのである。われわれは「教育」という言葉の本義を見つめねばなるまい。それは文字通り「教え」「育てる」ことなのであり、「あれかーこれか」の問題ではない。日本の教育を正常に戻すためには大学の数を半減、あるいは三分の一以下に減らし、専門学校、技術者養成学校に重心を移す必要があるのではないだろうか。まず、裾野を広げることである。頂上を引き上げることは必ずしも裾野を広げることには結びつかないのである。頂上は裾野の圧力によって押し上げられるものではないのか。


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高額退職金制限など盛る 米の不良資産買い取り制法案

2008年9月29日10時14分

【ワシントン=西崎香】米議会は28日、金融機関を救済する不良資産の買い取り制度の創設でブッシュ政権と合意したことを受け、制度を実施する「緊急経済安定化法案」を公表した。下院は29日、上院は10月1日に採決する見通し。

ブッシュ大統領は「米国が金融市場の安定化に真剣なことを世界中の市場に強く示す」との声明を発表。買い取り規模の最大7千億ドル(約75兆円)のうち、後半の3500億ドルには議会の発言権をもたせ、上下院が反対の合同決議をしなければ実施できるとの条項を盛り込んだ。

国民負担増を回避させるため、買い取り制度の恩恵を受けた対象者・企業などに将来、政府の損失を穴埋めしてもらう条項も追加した。5年後に政府が損失を抱えていれば「大統領が損失を取り戻す法的な提案をする」という。増税も視野に入れているが、実施するかどうかは不透明だ。

一部の金融機関に対しては、引責を含めて経営幹部が辞任する時などに受け取る高額な特別退職金(ゴールデンパラシュート)の支給を禁じることができるようにした。ただ、政府の買い取り資産額が計3億ドル(約315億円)を超える企業など、さまざまな条件がある。このため、適用は救済色の強い金融機関に絞られるとの見方が出ている。

政府による安易な救済との印象を薄める狙い。ペロシ下院議長(民主党)は「ウオール(金融)街のパーティーは終わった」と成果を強調した。

一方、公的資金の巨額投入への反発を強めていた共和党を懐柔するため、同党の一部議員が求めていた対策も導入。金融機関から集める保険料で住宅ローン関連資産の損失を補う基金で、政府の損失を可能な限り抑える狙い。


コメント:

新しいビジネス・モデルとして満面の笑みを浮かべて登場したサブプライムもいまや世界同時不況を招きかねない悪しきビジネス・モデルであったことを示している。米国の巨額の公的資金投入する「緊急経済安定化法案」も下院では否決され、上院では一部修正の上可決された。それを受けて下院でも修正の上可決されたのだが、国民の一部代金融機関の失態にたいする税金の投入にはいまだに多くの疑問を持っている。

日本でもかって大量の不良債権を抱え込んだ銀行にたいして公的資金を投入した。その銀行はいまやそのお陰で多大の利益を生み出すように回復したにもかかわらず、税金を払った国民にたいしてなんの還元もない。金利は相変わらず低く、手数料だけはしっかりと徴収している。その上アメリカの金融苦境にたいして9千億からの資金を投入しようともしている。

彼らの言い分はアメリカの金融不安を解決することが税金を投入した日本国民の利益にも適うことだというのであろう。なんと身勝手な論法であろうか。

忘れてはならない「引責を含めて経営幹部が辞任する時などに受け取る高額な特別退職金(ゴールデンパラシュート)の支給を禁じることができるようにし」、かっては何百人も経営幹部がアメリカでは逮捕されていることを。今回もおそらく大量の逮捕者を出すことであろう。日本では一人たりとも逮捕されたものはない。まるで自分たちには責任がないかのように振舞っている。

さらに言っておこう近年会社は株主のものであり、株主への配当を増やすべきことが声高に主張されている。会社は株主のものではない。社会のものである。会社は株主にたいする配慮以前に社会に対する責任があるのだ。さらに言えば株主も放漫な経営者と同じ経営責任、社会的責任を負うべきなのである。金融秩序を護るという大儀の下に税金泥棒を放置することは許されない。

忘れられている議論として上のことを指摘しておこう。


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アサヒビールも芋焼酎65万本回収 三笠の事故米混入

2008年9月11日12時11分

アサヒビール(東京)は11日、芋焼酎の一部商品の原料に三笠フーズが不正転売した事故米が含まれていたとして、芋焼酎の「かのか」など9商品の約65万本を自主回収すると発表した。回収費用と廃棄による損失は約15億円に上るとしている。

同社は三笠フーズが事故米を出荷していた鹿児島県の西酒造に焼酎の原酒の製造を委託。西酒造が原料に使用した米の中に、殺虫剤成分のアセタミプリドが検出されたベトナム産のうるち米が混ざっていたという。アサヒビールは、自社で西酒造の原酒を分析した結果、残留農薬は検出されず、健康への影響はないとしている。

当初、西酒造から混入はないとの連絡を受けていたが、10日になって西酒造から修正の連絡が入った。自主回収の対象は6月以降に出荷されたいずれも芋焼酎で、9商品は「かのか」(20度、25度、本格芋焼酎、黒麹仕込み)「さつま司」(25度、黒麹仕込み、黒壺)「ちょこべこ」「とんぼの昼寝」。当面、販売を休止する。問い合わせはお客様相談室(0120・011・121)へ。


コメント:

三笠フーズや日清医療食品、丸大もその内にいれてよいだろう、は論外である。しかしアサヒビールを含む酒造会社の場合はまったく別である。酒造会社は、以前にも述べたように、酒造米を吟味に吟味を重ね、それに命を掛ける職人芸で売っているのではないのか。

わたくしが酒好きであるからいうのではない。日本の伝統を売り物にしているすべての業種の信用に関わるからである。伝統的職人もその程度のことであったかと思うと、陶芸や、その他の伝統芸術も人間国宝となったとたん製品、作品と言いたいところだが、いまはそう呼ぶ気にならないのである、の値段が跳ね上がる。人間国宝という称号を貰うために金を掛ける話もどこからか聞こえてくるに至ってはなおさらである。国宝は作者がなくなってから国宝となるものであろう。

一概には言えないだろうが時代にちやほやされる芸術は信用できない。先見性の、前衛性の問題であろう。心理は光り輝いて現れるものではない、真理は馬小屋で生まれたキリストのように貧しい姿で現れるのであろう。虐げられ、人々が目をそむけるところにこそ真理はあるというものだ。どの宗教でも同じだが、貧しい、虐げられたものに仕えるのは彼らが可愛そうで気の毒だからではない。彼等こそ神や仏のこの世のすがたであるからだろう。

話が少々大げさなものになったが、伝統や職人を自認するものにたいする最近のわたくしの不信感がそうさせるのであろう。


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アサヒビールも芋焼酎65万本回収 三笠の事故米混入

2008年9月11日12時11分

アサヒビール(東京)は11日、芋焼酎の一部商品の原料に三笠フーズが不正転売した事故米が含まれていたとして、芋焼酎の「かのか」など9商品の約65万本を自主回収すると発表した。回収費用と廃棄による損失は約15億円に上るとしている。

同社は三笠フーズが事故米を出荷していた鹿児島県の西酒造に焼酎の原酒の製造を委託。西酒造が原料に使用した米の中に、殺虫剤成分のアセタミプリドが検出されたベトナム産のうるち米が混ざっていたという。アサヒビールは、自社で西酒造の原酒を分析した結果、残留農薬は検出されず、健康への影響はないとしている。

当初、西酒造から混入はないとの連絡を受けていたが、10日になって西酒造から修正の連絡が入った。自主回収の対象は6月以降に出荷されたいずれも芋焼酎で、9商品は「かのか」(20度、25度、本格芋焼酎、黒麹仕込み)「さつま司」(25度、黒麹仕込み、黒壺)「ちょこべこ」「とんぼの昼寝」。当面、販売を休止する。問い合わせはお客様相談室(0120・011・121)へ。


コメント:

汚染米(事故米)の食料用として転売された。汚染米を転売したした業者の責任は大きい。それはいうまでもない。しかし内部告発に基づいて三笠フーズに関しては過去5年の間に96回も立ち入り調査に入ったと言う。それでいて不正が発見できなかったということは農水省がよほど無能であるか、裏にもっと悪質な金の流れを疑わざるをえない。汚染米を農水省に頼まれて購入したと言う業者もある。そうなると責任と罪の大小はまったく別として同罪である。

さらに不思議なことがある。名の知れた酒造倉やメーカーがまるで自分たちは犠牲者であるかのような発言が目立つ。最高の米と名水を使い頑固な職人の手作りを売り物にしている業者の責任はどうなのか。職人芸を売り物にしている杜氏も騙されたというのか。彼らの職人芸はその程度のものであったのか。不思議な話である。米のよしあしのみならずカビの生えた汚染米の区別もつかない杜氏、これ以上の偽装・詐欺はないだろう。酒造メーカーにたいするイメージの下落および損失は風評被害などではないのである。


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  路上で2人切りつける 岐阜、殺人未遂容疑で男逮捕

    2008年8月14日12時20分

14日午前5時半ごろ、岐阜県高山市桐生町3丁目の路上で、近くの実家に帰省中の会社員大林雄一さん(26)=東京都練馬区中村=が、男に刃渡り約6センチの多機能ナイフで腹を刺された。110番通報で駆けつけた岐阜県警高山署員が同町1丁目、無職垣内秀明容疑者(23)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕した。大林さんは1週間の軽傷。

調べに対し、垣内容疑者は「誰でもいいから殺したかった」と供述しているという。大林さんが刺された数分前には現場から200メートルほど離れた路上で、同町1丁目、永田雄さん(29)が男に腕を切りつけられ、1週間の軽傷を負った。垣内容疑者は「自分がやった」と話しているといい、署は垣内容疑者が刺したとみて調べている。

調べでは、大林さんの実家の窓ガラスが、垣内容疑者が外から投げた石で割れたため、大林さんが外に出て、逃げた垣内容疑者を追いかけた。約60メートルほど離れた路上で追いついたが、垣内容疑者にいきなりナイフで刺されたという。大林さんは実家へ逃げ、追いかけてきた垣内容疑者を大林さんの父親と弟が取り押さえたという。

垣内容疑者は酒に酔った状態だった。大林さんの実家と垣内容疑者の自宅は300メートルほどの近さだが、面識はないという。


コメント:

最近の殺傷事件では「だれでもよかった」という供述がよく報道される。「だれでもよかった」というのはマスコミが作り出した社会現象にすぎないことを忘れてはいけない。実際の殺傷事件の多くは決して「だれでもよかったのではない」のである。マスコミが「だれでもよかった」殺傷事件を取り上げるのは、それはそれでよいとして、それを心理現象のように扱うところにマスコミの無責任さがあり、そればかりではなく「だれでもよかった」犯罪を生み出していることをマスコミは反省すべきであろう。「だれでもよかった」犯罪においても、「だれでもよくなかった」理由があるのである。

マスコミや犯罪心理学者、あるいは神経科医以外の異常心理学者のいう心理は社会学的問題である。つまり心理学とは社会学の一部、それもかなり怪しげな一部なのである。心理学とは言語社会の人間の問題であり、言語的社会においてのみ問題となる。生物的ヒトや感情の動物としてのひとには関係がないのである。こういうことを考えるとき、学校などでの犯罪にたいしてなんの疑いもなく学校カウンセラー、たとえば臨床心理士の必要性を主張する傾向がある。残念なことである。カウンセラー、心理学者は事態を解決するどころか、犯罪者を作っていると言われてもいたしかたない。

「だれでもよかった」犯罪は、わたくしは、自殺の一表現に過ぎないと思う。最近マラソンの誰かいらい「自分で自分を褒めてやりたい」とか「自分へのご褒美」というような表現がはやっている。その意味をしっかりみつめてほしい。自分を褒めてくれるのは他者でなければならないし、自分にご褒美をくれるのも他者でなければならない。ナルシシストでもないかぎり。他者化された自己は池に移った自分にすぎないのである。「だれでもよかった」犯罪の裏には同じ言語意識が存在しているのである。つまり、他者化した自分を自分で処理しているのである。したがって、自殺も他殺であり、他殺も自殺の表現であり、自殺と他殺はまさに自・他認識において表裏関係にあるのである。


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「不幸な過去繰り返すな」と韓国大統領 竹島には触れず

2008年8月15日11時16分

【ソウル=牧野愛博】韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は15日、日本の植民地支配からの解放を祝う63回目の「光復節」と建国60周年にあたり、ソウルで記念演説をした。日本に対して「歴史を直視し、不幸な過去を現在によみがえらせる愚を決して犯してはならない」と呼びかけた。

再燃した竹島(韓国名・独島)の領有権問題を意識した発言とみられるが、「独島」の言葉は使わず、抑制した対応をみせた。李氏は植民地支配について「我々が自分を守る力がなかった」と説明。「富強国家をつくれば、我々の領土を不当に見下すこともなくなる」と語った。

停滞する南北関係については、改めて北朝鮮に核兵器の完全廃棄を要求。「6者協議と国際協力の進展に沿って、実質的な対北経済協力プログラムを本格的に推進する」と訴えた。

さらに、建国60年にあたり「経済規模は750倍、1人当たりの所得は300倍を超えた。発展の歴史、奇跡の歴史だった」と強調。「この歴史を記録する」として現代史博物館の建設を表明した。

コメント:

  また8月15日がやって来た

また8月15日がやって来た。暑い夏ではあるが、蝉の声は盛りを過ぎ、主役も交代している。空には筋雲がたなびき、所によってはすでに秋の気配が感じられる。

日本武道館では天皇、皇后両陛下のご出席のもと政府主催の全国戦没者追悼式が行われ、日本の犠牲者のみならず、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与え、犠牲となられたすべての方々に謹んで哀悼の意を表し黙祷が捧げられ、「不戦の誓い」が新たにされる。

首相、閣僚の参拝の是非をめぐって国内外、とくに中国、韓国、北朝鮮で議論される。いったい靖国神社とは如何なる神社なのだろうか。靖国神社のホームページではつぎのように紹介されている。

「靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。

靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉 かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創立された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。

靖 国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争 などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の御霊が、身分や勲功、男女の別な く、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。」

このことについてはいろいろ議論のあるところではあるがあえて議論しないでおく。しかし、明治維新時の新政府軍と旧幕府軍による戊辰戦争で戦死した兵士らの霊を慰めるために「東京招魂社」として創建されたものであり、官軍と敵対した会津百虎隊や西南戦争を起こした維新の元勲、西郷隆盛は合祀されていない。戦没者ではない日露戦争の英雄、東郷平八郎元帥らも祭られていない。一方、吉田松陰や坂本竜馬ら明治国家建設の礎を築いた幕末の志士も合祀されている。

戦前は、陸・海軍両省と内務省が管轄する別格官幣社だった。戦後は連合国軍総司令部(GHQ)の「神道指令」がきっかけではあったとは言え、一宗教法人(神社本庁とは別)となり、現在に至っている、いわば新興の宗教なのである

李明博(イ・ミョンバク)大統領は15日、日本の植民地支配からの解放を祝う63回目の「光復節」と建国60周年にあたり、ソウルで記念演説をした。日本に対して「歴史を直視し、不幸な過去を現在によみがえらせる愚を決して犯してはならない」と呼びかけた」わたくしはその通りだと思う。

ただし一点を除いてである。日本が朝鮮半島を植民地化し、中国や多くの国々に多大の迷惑をかけ、犠牲を強いたことは歴史である。歴史ではあるが歴史的事実であるかどうかは異論のあるところであろう。歴史的事実は勝者の書く歴史のことであるからだ。「歴史」と「歴史的事実」は区別しよう。その上で歴史的事実は作られた事実であることを認識せねばならない。勝者と敗者が共に認める歴史的事実はないのである。

靖国神社の境内には靖国神社本殿に祭られていない氏名不詳の戦没者と、世界中で戦争のために亡くなった人すべてを祭る「鎮霊社」もあることだし、この際、靖国神社自身が世界平和を宣言し、平和を願う神社となることを願うのである。



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駐日韓国大使が帰任 「日本政府は目に見える措置を」

2008年8月5日19時36分

中学校の学習指導要領解説書への竹島(韓国名・独島)の記述を巡る問題で、韓国に一時帰国していた権哲賢(クォン・チョルヒョン)駐日韓国大使が5日夕、3週間ぶりに日本に帰任した。権大使は羽田空港で記者団に「韓日関係のキーワードは信頼だ」と述べた上で「日本政府が本当によい隣人となるため、正しい信頼関係を築けるよう目に見える措置を取るべきだ」と語り、竹島問題での日本側の譲歩を求めた。

権大使は帰任後の自らの課題について「崩れた信頼を再び取り戻し、韓国と日本が歴史の同伴者になれるかどうかを確認することだ」と語った。(桜井泉)


コメント:

お互いに固有の領土であることを主張している地域に相手の軍隊が侵入してきた時それは戦争であるのが国際関係の常識である。竹島(韓国はそれを独島と呼ぶのだが)に関して領土問題は存在せず、国際司法裁判所に委ねる必要もなければ軍隊(もともとは軍隊ではなく警備隊であったのだが)を常駐させ、実効支配を強めている。

中学校の学習指導要領解説書への竹島(韓国名・独島)の記述を巡る問題で、駐日韓国大使が一時とはいえ帰国したことは日本との国交断絶の意思表示でもある。さすがに駐日韓国大使は帰任したのだが、権大使は羽田空港で記者団に「韓日関係のキーワードは信頼だ。日本政府が本当によい隣人となるため、正しい信頼関係を築けるよう目に見える措置を取るべきだ」と語ったという。権哲賢(クォン・チョルヒョン)駐日韓国大使のいう「目に見える措置」とは日本も日本固有の領土であるというのなら自衛隊を派遣すればよい、領土を護るのは自衛権一部であり軍の海外派遣ではないから、という意味だろうか。

過激なことを言うように聞こえるかも知れないがそれが国際関係の常識というものである。いまの韓国による実効支配を許している日本政府は竹島の領有権を放棄したと看做されてもいたしかたないのである。

「韓日関係のキーワードは信頼だ。日本政府が本当によい隣人となるため、正しい信頼関係を築けるよう目に見える措置を取るべきだ」というなら、領土問題はお互いにその領有権主張していることを素直に認め、共同利用するぐらいの知恵があってもよかろうに。竹島問題は北方領土とは違うのである。第二次大戦以来占領状態が続いていいる北方領土と和平締結後に軍を送り込んできた竹島とは問題の性質が違うのである。


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    「ダルフールPKO襲撃は戦争犯罪」安保理が非難声明

【ニューヨーク=松下佳世】スーダン西部ダルフールに展開中の国連・アフリカ連合(AU)合同の平和維持部隊(UNAMID)が武装集団に襲撃された事件で、国連安全保障理事会は16日、「最大級の表現で非難する」との議長声明を採択した。

声明は「死傷者を出すことを狙った意図的で計画的な攻撃」とし、スーダン政府に容疑者の特定と訴追を要求。「UNAMIDへの攻撃は国際法のもとで戦争犯罪と見なされる」と警告した。

ダルフールでは8日、UNAMIDの車列が武装集団の襲撃を受け、隊員7人が死亡し、22人が負傷。16日にも西部でパトロール中の隊員1人が殺害されたという。

国際刑事裁判所(ICC)検察局が14日、ダルフール紛争をめぐり同国のバシル大統領の訴追手続きを申し立てたことから、国連関係者の間では、同国に展開する平和維持部隊への妨害行為への懸念が高まっている。

安保理筋によると、16日の非公開協議でリビアが「国連の活動を台無しにする恐れがある」として、ICCに訴追手続きの停止を求める書簡を送るよう主張。中ロもスーダン政府との協力姿勢を示すべきだとの考えを示した。

一方、欧米は「司法の独立性」を強調し、事態を当面静観する構えを見せている。

コメント:

飢えとエイズと内戦の大陸アフリカ、日本人が一般にイメージするアフリカであろう。テレビでの映像はそれを助長する。あるわたくしのアフリカの友人の「アフリカは砂漠の大陸ではない。熱帯雨林から砂漠までが広がる豊かな大陸なのだ」という言葉が忘れられない。

豊かな大陸を食い物にし現在の惨状を作り出したのは誰か?わたくしはアフリカの歴史を考えるのである。

植民地時代机上の地図を前に定規を引いて植民地化したのは誰か。かれらは土地に住む多くの民族を人為的な国境で分断し、誇り高き民族を分断してしまったのはだれか?

わたくしはかって、ヌアー族のことを勉強させてもらったことがある。アフリカ,スーダン南部のナイル上流の流域に住むナイロート系の牧畜民。人口は約20万人。牛の飼育を中心に生活し,乳製品を主食とするが,トウモロコシの栽培も行う。乾期には村を離れ,牛を移牧させながらキャンプ地で集団生活をしていたのである。隣接する同じナイロート系のディンカ族をしばしば襲撃し,居住範囲をディンカの土地へと拡大しつづけてきた。しかし彼らの戦いにはルールがあった。彼らはいまどうしているのだろうか。

ヨーロッパは国土を勝手に分断したのみならず、当時まだ貨幣経済ではなかった彼等に現金で税を払うことを強制したのである。その結果男は税を払うために鉱山に、プランテーションへと借り出され、それが現金で税を徴収した目的なのだが、女、子供は写真に良く見られるように水がめや薪を頭にときには不毛の地まで出かけ自らの食料を細々と耕作せざるはめに落とされたのである。ほんらい彼らの食料を生産すべき土地はプランテーション化され換金作物の生産に当てられたのである。

そしていま豊富な鉱山資源、希少メタルを求めてまた侵略されようとしているのである。その先頭に中国がある。人類の発祥の地とも考えられているアフリカ、人類の故郷アフリカ、われわれは搾取ではなく感謝の手を差し伸べるべきであろう。とくに植民地化に熱心であったヨーロッパにはその責任がある。中国も自らの経験からしてもヨーロッパの後を追うのではなく、5000年の歴史の知恵を示してほしいものである。


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6者協議、合意文書作成目指す 検証巡り3日目

2008年7月12日11時20分

【北京=駒木明義】北朝鮮の核問題を巡る6者協議の首席代表会合は12日、北京の釣魚台迎賓館で3日目の協議入り。11日までの議論で、北朝鮮が申告した核計画の検証法について大枠の共通認識が得られつつあり、細部の調整を続けている。議長国の中国は、12日中の合意文書の取りまとめを目指している。

文書は、議長の責任でとりまとめる議長声明の形になる見込み。具体的な検証の進め方は、11日に始まった非核化作業部会での議論に委ねられる。検証作業の開始には、なおかなりの調整が必要と見られる。米国のヒル国務次官補は12日朝、「作業部会は継続される。数日かかるのではないかと予測している」と述べた。

日本側出席者らによると、申告の検証について6者は、核施設への立ち入り、追加文書の提出、関係者への聞き取り調査の「3原則」で一致。北朝鮮はこれまで反対してきた国際原子力機関(IAEA)の関与を容認する姿勢を示しているという。だが、IAEAについては「北朝鮮がどこまで関与を認めるかは分からない」(協議関係者)のが現状だ。

文書には非核化の「第2段階の措置」に含まれた、北朝鮮の核施設の無能力化と見返りのエネルギー支援を10月末までに完了させる方針や、6者協議首席代表レベルで各自の履行義務を監視する方針などが盛り込まれる可能性がある。ただ、日本は拉致問題で進展がない限り、北朝鮮へのエネルギー支援に参加しない立場を変えておらず、スケジュール通り進むかどうかには不透明さが残る。


コメント:

「6者協議、合意文書作成目指す」というが実は合意文書はすでに出来上がっている。6者協議の主たる関心はいかにして日本にも応分の負担を負わせるかという問題である。日本政府は拉致問題が一歩でも具体的に進まない限り一切の援助、重油供与はしないというが、その方針を貫いて北の主張する日本はずしに絶えられるような政府ではない。5者はそのことを見抜いているのである。

「6者協議」は北朝鮮の非核化についての協議であるとは言われるがこれも一種の茶番劇である。北朝鮮はすでに核所有国としての待遇を求めており、アメリカも核保有国にその非核化を要求したことはないのである。中国、インド、パキスタン、隠れ保有国イスラエルもその中に入れてよいのであるが、それらの国にたいして非核化を求めたことは一度もないのである。北朝鮮にとって核所有国イコール大国なのである。小国日本は大国北朝鮮に従わなければならないというのが彼らの腹の中にあることである。

6者協議で北朝鮮の非核化が一歩進んだように言っているが、北朝鮮の各施設爆破がいかなるものか、騙されるものはいないであろう。不要になった古色蒼然たる核施設を処分しただけのことで、それは6者共々に周知の事実なのである。

さて自国領土の外国による実行支配にたいして抗議一つすることも出来ない政府である。中国、北朝鮮、韓国はその日本の弱腰を見抜いた上で新しいカードを次々と作り出しているのである。つまりカード製造機でいくらでも似非カードを作り出すそれらの国にたいして数少ない手持ちの外交カードを遣り繰りしているにすぎないのである。外交カードは作り出すものである。


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北朝鮮核廃絶・拉致解決求める G8外相会合声明へ

2008年6月27日12時27分

 京都で開かれている主要国(G8)外相会合は27日、北朝鮮の核廃絶と拉致問題の早期解決を求める文言を盛り込んだ議長声明を発表して閉幕する。北朝鮮による核計画申告で非核化のプロセスが新たな局面を迎える中、核と拉致問題の重要性を改めて国際社会に訴える。

 27日午前の会合では、北朝鮮核問題を中心に議論した。高村外相によると、核申告を検証し、最終目的である核放棄につなげていくことが重要との点で一致。拉致問題では「全出席者から理解と支持」を得たという。議長声明では、北朝鮮に対しすべての核兵器及び核計画の廃棄と、拉致を含む人道問題への対応を求める文言が盛り込まれる模様だ。

 会合に同席したヒル米国務次官補は、核申告などの一連の動きについて「北朝鮮を信頼するというゲームではなく、しっかり検証するゲームだ」と語ったという。

 日本政府としては、議長声明の形で朝鮮半島非核化の重要性と拉致問題への深い憂慮をG8の「総意」として国際社会にアピールし、北朝鮮に具体的な行動を促すメッセージとしたい考えだ。

 声明ではこのほか、中東和平の進展に向けた支援や、国連安保理決議に従わずウラン濃縮を続けるイランへの懸念、イラクの復興や治安回復への積極的な支援、混迷を深めるジンバブエ情勢などについても盛り込まれる見通し。

 一方、6者協議議長国の中国は同日午前(日本時間同日午後)、北朝鮮が提出した核計画の申告書を6者協議各国に配布した。ヒル米国務次官補が滞在先の京都市内のホテルで記者団に対して明らかにし、「内容を詳細に検討し、検証に取りかかる必要がある」と述べた。


コメント:

「京都で開かれている主要国(G8)外相会合は27日、北朝鮮の核廃絶と拉致問題の早期解決を求める文言を盛り込んだ議長声明を発表して閉幕」した。米・中の意図を読み違えてはならない。

北朝鮮との関係改善は米・中にとって国益に資するものである。中国の支援なしに北朝鮮の存続はない。しかし中国はいま国内問題を抱え、毎日のように中国全土で暴動が繰り返され、加えて四川の大地震による災害で北を支援する余力はない。アメリカは任期を終わろうとするブッシュ大統領の外交的成果にしようとしているという意見があるが、とんでもない。アメリカは北朝鮮のレア・メタルに興味があるのだ。

今回の北朝鮮テロ国家指定解除は北朝鮮の外交的勝利であるといわれもする。たしかにをうだろう。北朝鮮これ以上の核開発と核拡散と引き換えにテロ指定国家の解除を行い、多大の経済的援助を手に入れたからである。日本はテロ国家指定解除が直ちに経済支援と結びつくものではないというが経済的支援を日本に負わそうということは米・中・韓にとおね既定の事実であり、日本政府は抗しきれないことは目に見えている。

アメリカは日本でのサミットを意識して拉致問題を忘れないと繰り返しはするが、そのことはサミット前に拉致問題に対する日本の譲歩を見定めてのことである。福田政権の国民を騙すような外交の責任は思い。つまり今回の六ヵ国で外交的に勝利をてにしたのは北朝鮮のみならず、米・中・韓・ロのしょうりでもあり、日本の一人負けなのである。


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国交省タクシー券廃止 終電へ急ぎ足「命令ですから」

       2008年6月24日11時47分

東京都心の地下鉄・霞ケ関駅に23日深夜、官僚たちが急ぎ足で駆け込んだ。タクシーチケットを使わず終電までに帰宅するよう命じられた国土交通省の職員たちだ。

国会審議でチケットの使い方に批判が相次いだのを受け、冬柴国交相が発案。同日から2カ月間、試行的にチケットを廃止することになった。

午後11時半を過ぎるころから、同駅につながる地下通路は職員らでにぎわった。「さすがにきょうは多いな」。苦笑する若手職員の声が聞こえた。中堅職員は「仕事は残ってるけど、大臣命令ですから……」。足早に去った。道路特定財源をめぐる議論の渦中にあり午前2時、3時までの残業は当たり前だった道路局も、日付が変わると職員の姿はほとんどなかった。

大臣の号令一下、劇的に帰宅時間が変わったかに見える初日だったが、ある職員は「こんなこと、やれても国会閉会中だけ。大臣答弁づくりや議員からの質問主意書への対応が始まったらこんな時間に帰れるわけない」と冷ややかだ。(松川敦志)


コメント:

国土交通省が実験的に一時タクシー券の使用を禁止したという。終電に間に合うべく駅へ走る諸君を見て噴き出すばかりである。まるで小学生ではないか。それは数万人の職員の一部であるかもしれない。一方において5時の時報と同時に役所の門を出る一群の哀れな群れにも目を見張るところである。5時は門を出る時間ではなく仕事を終わる時間であるはずであろう。居酒屋タクシーの問題は税金の無駄遣いの問題というだけではなく、公務員の職業倫理の問題なのである。

タクシー券についての社会的批判以来タクシー代が千分の一に減ったというのは驚きである。無駄なタクシー利用がいかに多かったかを語っている。国土交通省はタクシー券の使用を実験的に一時停止したという。なんとみっともないパーホーマンスであることか。タクシー券の使用を一時停止したからといって評価してくれる国民はいないと思う。それよりもタクシー券の不正利用の真相をすべて明らかにし不正に見合う処分を断行し、そのような税金の無駄遣いが生じないような仕事の仕方の改善が不可欠である。そうであってこそ国民も納得するというものである。数人の諭旨免職でお茶を濁せる問題ではない。


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2008/06/25

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地方分権、あれもこれも先送り 政府要綱案

2008年6月11日12時37分

政府は11日、地方分権改革推進委員会(委員長・丹羽宇一郎伊藤忠商事会長)の第1次勧告を受けて、政府が取り組む内容を示す地方分権改革推進要綱案をまとめた。1次勧告を「最大限尊重する」としながらも、ほぼすべての権限移譲を検討課題と位置づけた。結論の先送りで、勧告より後退した内容といえる。

1次勧告策定で、分権委と省庁側が最も対立したのは、農地を住宅地などに変える農地転用の許可権限の移譲だ。

分権委は、これを含む土地利用関係は自治体の役割だとして国に移譲を要求。自治体に委ねると開発を優先し農地が失われかねない、と反対する農水省の合意を得ないまま「国の許可権限を都道府県に移譲するとともに国との協議を廃止する」と勧告した。だが要綱案では農地保全のため国と自治体の合意が必要だと国の関与の余地を残し、「勧告の方向により検討を行う」と検討課題に位置づけた。

保育所や老人福祉施設については、国が床面積や廊下の幅などの基準を全国一律で決めるため、低コストでの整備が難しい、などと指摘されてきた。1次勧告では「基準は自治体が条例により独自に決定し得る」としたが、要綱案は「条例により決定し得るなど創意工夫を生かせるような方策を検討し、結論を得る」という表現にとどめた。

1次勧告自体、国から自治体への権限移譲では「検討」の表現を数多く使ったが、明確に言い切った一部の方針も要綱案では後退した。

自民党は11日の地方分権改革推進特命委員会で要綱案を了承。政府は20日ごろ地方分権改革推進本部(本部長・福田首相)で要綱を決める。大きな変更はなさそうで、福田内閣の分権改革は省庁ペースになっている。  (今村尚徳)


コメント:

「全閣僚で構成する政府の地方分権改革推進本部(本部長=福田首相)は20日、地方分権改革推進委員会(委員長=丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長)の第1次勧告を受けて、政府が取り組む内容を示す地方分権改革推進要綱を決めた。福田首相は会合で、地方分権改革は「内閣の最重要課題」との認識を示した。」

地方分権は天下り問題とも深く関わった行政改革の要である。地方にばら撒かれた20万人のおよぶ国家公務員の地方との二重行政の問題であり、それは二重行政による税金の無駄遣いのみならずそれ以上に20万人の天下り問題と置き換えてもよいだろう。

省庁の抵抗は熾烈であろう。権限委譲は財政委譲と一体である。補助金を背景に権限や監督権、許認可権を行使してきたのである。官僚が権限委譲の体裁を取りながら地方分権の骨抜きを図っているのである。

抵抗の第一歩の手法は「先送り」だ。たとえば、土地、特に農地、利用関係は自治体の役割として国から地方への委譲し「国の許可権限を都道府県に移譲するとともに国との協議を廃止する」という勧告を「自治体に委ねると開発を優先し農地が失われかねない」といって、「勧告の方向により検討を行う」と検討課題に位置づけたことなどその典型である。自治体に委ねると開発が優先され農地が失われかねないという農水省こそ農地の崩壊を推し進めてきたのが歴史ではないのか。これからは農地こそ豊かさの象徴であることは世界の常識である。一方、食料は国の基本的ニーズであるばかりではなく、その昔から戦略的武器でもあることは自明であり、食料の自給こそ最大の国防である。

省庁の抵抗は保育所や老人福祉施設にまでおよぶ。国が床面積や廊下の幅などの基準を全国一律で決めるため地方の実情にあった創意工夫の余地を奪ってきた。この問題も1次勧告では「基準は自治体が条例により独自に決定し得る」としたが、要綱案では「条例により決定し得るなど創意工夫を生かせるような方策を検討し、結論を得る」という表現に後退したという。「検討する」という役所言葉は「改革しない」と言う意味なのである。

問題は省庁の先送り手法による抵抗は、よき国家の実現のためではなく、省庁の縦割り行政による二重行政どころか、数え切れない多重行政によって公務員数を増大させ、天下り先を確保しようとする以外のなにものでもない。



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2008/06/13

公務員制度改革、3党が修正案提出 午後委員会可決へ

    2008年05月28日12時11分

自民、公明、民主3党は28日午後、国家公務員制度改革基本法案の修正案を衆院内閣委員会に共同提案し、可決させる。これに先立ち、3党の幹事長・国会対策委員長が国会内で会談、6月15日までの会期内に修正案を成立させることで正式に合意した。

3党の実務者がまとめた修正案は「政治主導の強化」が盛り込まれ、政府案立案の過程で削られた「縦割り行政の弊害を排除」が復活するなど内閣による人事管理の一元化を強く意識した内容。ただ、政府案にあった内閣人事庁による公務員の一括採用を削除し、各省が採用を続ける。これが省庁の権限の温存につながる可能性も否定できない。

幹部公務員の任用では、内閣官房に「内閣人事局」を新設。「内閣官房長官がその適格性を審査し、候補者名簿の作成を行う」「任免については、内閣総理大臣及び内閣官房長官と協議した上で行う」と明記した。「国の行政機関の内外から多様かつ高度な能力及び経験を有する人材の登用に努める」と、政治任用の拡大にも道を開く。

政治家と官僚の接触の制限規定は削除し、代わりに「接触に関する記録の作成、保存その他の管理をし、情報を適切に公開するために必要な措置を講ずる」ことで、透明性の向上を図るとした。

非現業公務員への協約締結権付与については「国民の理解のもとに、国民に開かれた自律的労使関係制度を措置する」と定め、労働基本権の拡大に向け議論を進める姿勢を示した。公務員の定年は「段階的に65歳に引き上げることについて検討する」とした。

施行は成立から1カ月以内。人事局の具体的な権限・機能に関する規定は09年までに、その他は11年までに、それぞれ改正法案を通常国会に提出、13年までに新制度をスタートさせる。民主党は28日、他の野党に修正案を提示。社民党は賛成する方向だ。
                                             (内田晃)


コメント:

「国家公務員制度改革基本法案」が成立した。国民としてはまだまだ不徹底なところがあるが、一歩前進というところか。渡辺担当相の涙が、政治家の涙はあまり見たくはないが、官僚や利権で結びついた政治家の抵抗が凄まじいものであったかを語っている。渡辺氏も半ば諦めていたところでもあろう。

しかし本当の陰湿な、そして執拗な抵抗はこれから始まるのである。狡猾な官僚はあの手この手で法案の骨抜きと抜け穴探しに無駄な税金を費やすであろうことは目に見えている。それこそ彼らの使命とするところであり、仕事としているところであるから。

たとえば、あの不評な「後期高齢者医療制度」関連でも保険料の格差解消のために広域連合なるものを創設しようという。広域連合は、直接国又は都道府県から権限委譲を受けることができ、このため、個々の市町村では実施困難でも、広域的団体であれば実施可能な事務を、法律、政令又は条例の定めるところにより、直接広域連合が処理することとすることができるとされているが、実質なんの権限も与えられず、権限・事務処理を都道府県や国、主に国、に要請することができるだけなのです。将来の天下り先の先行準備に過ぎないことをどれだけの人が認識しているであろうか。

官僚制度は日本特有の制度ではない。フランスなども日本以上に官僚王国といえる。エリート養成の名門校ENA の卒業生であることがエリート官僚への必須要件であり、彼らの多くが官僚界で活躍し、政界にも転身し、民間への転出も盛んである。しかしそれはあくまで仕事をするための転出であって、利権を求めてのことではないのであるし、天下りと自惚れないところが日本の官僚との大きな違いがある。それは利権構造の有無である。それでもなお、フランス政治の硬直化を招いているのではないのかとの批判があるのだが、それも政権交代によって政治の優位が確保され、官僚の利権構造がチェックされているのである。日本の官僚制度の成熟は、改革ではなく、政権交代に懸かっているといえよう。


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「もっと早ければ」日本の援助隊、医療チームと交代へ

     2008年05月20日11時35分

【成都(中国四川省)=小林哲】四川大地震の被災地で活動していた日本の国際緊急援助隊は20日、捜索活動を終え、21日未明にも帰国する。地震発生から1週間以上がたち、生存者救出の可能性が低くなったことから中国政府と協議して撤収を決めた。

日本外務省によると、救急医療の専門家23人で編成する医療チームが20日夜に四川省の成都に到着。同チームと交代する形で緊急援助隊は帰国の途につく。小泉崇隊長は20日、「中国側の受け入れに経験不足の面があり、必要な情報が得られず、ただちに活動に入れないなど残念な部分もあった」とした上で、「最終的には本来の力を発揮して任務は果たせた」と述べた。同省の黄彦蓉副省長は会見で「最も困難な時に救助の手をさしのべてくれた皆様に感謝を申し上げます」と述べた。

緊急援助隊は第1陣が15日に日本を出発、翌16日に四川省青川県で捜索し、倒壊した病院宿舎で母子2人の遺体を発見。第2陣と合流後の18日からは北川チャン族自治県に移動し、中学校などで14遺体を収容したが、生存者の救出はならなかった。

    ◇

高村外相は20日、緊急援助隊の活動について記者団に「日本政府として敬意を表したい。中国政府、中国の国民からも評価、感謝されていると、聞いている」と述べた。一方で、「(受け入れまでに)時間がかかった。もっと早ければもっと良かった」と振り返った。


コメント:

四川大地震の犠牲者には哀悼の意を表したい。同時にミャンマーの犠牲者にも。

日本救援隊、能力生かせず無念の「撤退」をせざるをえなかったという。「中国では、日本の援助隊の奮闘ぶりを高く評価する報道が相次いだ。援助隊が乗ったバスには新華社通信の記者、カメラマンが同乗し、救助隊の活動を盛んに報じた」という。中国政府も日本の救助隊には謝意を表した。額面通り受け取っておこう。中国の被災者たちは「19日夜、成都市内のホテルに戻ってきた日本の援助隊員を、待ちかまえていたホテル従業員や市民ら数十人が拍手で迎えた。バスから降りる隊員を取り囲み、携帯電話のカメラで写真を撮るなどした」という。こちらは本当の心情であろう。「だが、バスから降りた隊員らの表情は硬く、うつむき加減で足早にホテルの中に入っていった」というが胸を張って帰ってくればよい。

問題があったとすればそれは隊員の失敗ではない。送り出した政府、外務省の責任である。高村外相は「20日、緊急援助隊の活動について記者団に「日本政府として敬意を表したい。中国政府、中国の国民からも評価、感謝されていると、聞いている」というがまるで人事のようである。

日本の救助隊員が無念な気持ちを抱いて帰らざるをえなかった背後には人民軍や地方政府、共産党幹部の嫌がらせがあったとも聞いている。60人の隊員が救助活動に力を発揮するためには同じく60人の裏方が情報収集と関係諸団体との打ち合わせ、交渉が不可欠なのである。外務省はどれだけの努力を図ったのだろうか。まさか救助隊を都合よく使って中国政府に媚をうっていただけではないのか。大使館の何人が救助隊をサポートしたのだろうか。中国政府と共産党の軍の関係、中央政府と地方政府の関係、複雑怪奇な政治状況と慣習に精通した人のサポートが必要なのであるが、わたくしは懐疑的にならざるを得ない。

入れ替わりに中国側からの養成で医療チームが派遣されるわけだが医療チームが任務に専念できるよう十二分なサポートを期待する以外にはないというところか。


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2008/05/25

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     2008年04月26日21時05分

【モスクワ=伊藤宏】福田首相は26日午後(日本時間同日夕)、モスクワ市内のホテルで記者団に、高齢者や野党から批判の強い後期高齢者医療制度について「制度の考え方は悪くない」と述べ、見直しに慎重な考えを示した。7月の北海道洞爺湖サミット前の内閣改造は「仮定の話ばかりされても困る。(念頭に)ない」と、明確に否定した。

首相は後期高齢者医療制度について「長寿社会の中で、みんながそれなりに負担しながら、長期的に維持できる制度という基本的な考え方でつくった」と説明。「具体的に実施するうえで不都合があるとわかってくれば(見直しを)考えることがあるかもしれないが、いま軽々に決める段階ではない」と語った。

与党が衆院での再可決で、ガソリン税などの暫定税率を復活させた後、野党が多数を占める参院で首相問責決議が可決された場合の対応については、「参院で与党が過半数を失っている状況では、相当な意味がある」とする一方で、「参院の問責がどういう性格のものか、よくわからない。その時の(政治)情勢で考える」と述べた。


コメント:

後期高齢者医療制度は福田首相によると考え方は悪くないそうだ。しかし特定の人を対象とする保険はそれ自体で完結した制度で、つまりまったく独自の保険制度であるべきであろう。それでは病気や障害を避けられない高齢者の高額な保険の保険料は極端に高くなるのは当然であり、後期高齢者医療制度にはまったく向かない制度であろう。その高額な保険料を全額、あるいは大部分を補填するために税金を投入するというのなら考え方としては悪くはないであろうが、医療制度のなかで年齢で二つの制度を雑居されるのは健全な考え方とは言えない。将来破綻すること必定である。

すべてを税で賄うというのももちろん一つの考え方であるが、とりあえず現行の保険税度をできるだけ堅持するものとして考えても、個人が負担する保険料も税金の一種であることはいうまでもない。
すべてを税で賄えば個人負担がなくて済むというのは理解不足以外のなにものでもない。社会保障である社会保険は一部各個人が収入に応じて払おうがどうであろうがすべて税に頼っていることに違いはない。

一方、社会保障のための税を消費税などで目的税化するアイディアもあろう。ただし目的税としても道路特定財源のように一省庁の徳系財源とする弊害は無駄遣いの温床となることは万人の知るところである。特定財源とといえども特定省庁の財源ではなく特定省庁外の厳しいチェックが入るものでなければならないことはわれわれの道路特定財源に群がるハエナワのような道路族と役人の利権構造から学んだところである。

社会保障を賄う財源を消費税のような形で目的税化するのも一案であろうがあまり多くの目的税を創設するするのはどうかと思う。消費税は一見公平な税制のように見えるがよほどうまく設計しなければ逆進性の大きい税制になりかねない。注意すべきことである。


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2008/05/15

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一般財源化 大改革か骨抜きか、ルビコン渡った首相

2008年04月11日23時05分

福田首相が政権の命運をかけて掲げた09年度からの道路特定財源の一般財源化が11日、政府・与党によって正式に確認された。合意文書には「必要な道路は着実に整備する」とも盛られ、将来骨抜きにされる可能性もはらむものの、首相が「ルビコン川」を渡ったのは間違いない。

一般財源化は小泉、安倍両政権も取り組んだが、道路族などの抵抗でいずれも中途半端に終わった。今回実現できれば、自民党政治を転換する大改革になるが、道路族や国土交通省の抵抗は強い。

「今日の会議は、最高の意思決定だ。簡単に撤回することがあれば、それこそ信用を失う」。首相は11日、記者団に語った。周辺も息巻く。「これは小泉、安倍両政権もできなかった大改革だ」

道路特定財源は1954年、財源を優先的に道路整備に充てる制度として始まった。公共事業を分配する見返りに選挙で支援を得る「集票マシン」の側面もあった。いわば戦後の自民党政治の根幹にかかわる制度だ。

首相が09年度からの一般財源化を打ち出したのは、大改革の目標を先に掲げることで、支持率低迷が続く政権の維持につなげる狙いがある。

首相は期限切れとなったガソリン税などの暫定税率を、4月末に衆院で再議決して復活させる方針。11日の決定にも関連法案を早期に成立させる方針を明記した。世論に不評のガソリン再値上げに踏み切る環境整備としても、改革の旗を掲げる必要があった。

ただ、この決定には「骨抜き」の芽もある。「必要な道路の着実な整備」は、首相が会見の際に配った文書にはなかった。「地方財政に影響を及ぼさない」との文言も加わった。08年度歳入法案についても、「一日も早く成立させるのが前提」とした。

首相にとって第一関門は6月の「骨太の方針」の閣議決定。ここに一般財源化を盛り込めても、夏の09年度予算案の概算要求、秋の本格的な税制抜本改革論議と高いハードルが続く。「公約」を果たせなければ、福田政権の致命傷になりかねない。

コメント:

福田首相は2009年度からの道路特定財源の一般財源化を明言した。しかしそれを信じている国民は少ないのではなかろうか。道路特定財源の一般財源化と同時に「道路財源特定法案」、10年間58兆道路建設に当てる法案、を衆院三分の二で12日ごろ復活を可決しようとしているのである。本来暫定期間が終了したのだから新しい増税案となるはずのものである。明らかに福田首相の発言には矛盾がある。それをいかに一般財源化するための法的手続きと強弁しようとそれに騙されるほど国民は愚かではないと思う。明らかに道路族と国土交通省が死守しようとする利権を温存するための抵抗であることは明白である。

抵抗勢力である道路族がいやに静かであることも福田総理の本心を疑わせる。何か骨抜きにする裏取引があるに違いないからである.一般財源化しても必要な道路は作るという。一体だれがその道路の必要性を判断するのであろうか。おそらく道路特定財源は一般財源化するにはするが道路財源特定法案でもって一般財源の一部を道路特定財源として財源を確保しようということだろう。一般財源化すれば国土交通省の特別財源ではなくなり,財務省の管轄下に置かれるが,そこに道路族の政治力で暫定的例外,暫定的?,を持ち込もうというのであろう。

政・官・財の癒着、天下りはすべての省庁に存在するどうしようもない腐敗体質である。天下り先確保のための行政法人、その他外郭団体、それらに纏いつく特別財政に補助金、どれをとっても財務省とて例外ではない。つまり一般財源を予算化する団塊では傷を持つ同士がその傷を舐めあっているのが実情でないか。一般財源が自由度を失い目的税を束ねたものとならないことを願うだけである。

確かに財務省が一手に握っていた予算編成は平成13年4月の小泉政権誕生をきっかけに、小泉純一郎首相が議長を務める経済財政諮問会議が大枠を決める形となった。その功罪もあるだろう。しかし財務省を解体し省庁から独立した諮問会議化し、現在の財務省をその事務局とするのも、冒険だろうが、一つの可能性ではある。


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2008/05/05

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   医療保険料、年金天引き始まる 75歳以上の800万人
       2008年04月15日13時12分

75歳以上を対象とした「後期高齢者医療制度」(通称・長寿医療制度)で15日、年金からの保険料の天引きが始まった。新制度をめぐっては、保険料の計算ミスや保険証が届かないなど、各地で混乱が起きている。市区町村の窓口には、この日もお年寄りからの問い合わせが相次いだ。

この制度は、75歳以上が加入する独立した医療保険制度。これまで、国民健康保険やサラリーマンとして健康保険組合などに自ら入っていた人や、加入者に扶養されていた人たち計約1300万人が加入する。今まで被扶養者として保険料を払っていなかった人たちも、原則として自ら保険料を負担することになる。保険料の全国平均は、年額約7万2千円。

制度自体は4月1日から始まっており、年金からの保険料天引きが、15日に支給される年金から始まった。天引きされるのは、年間の年金受取額が18万円以上で、介護保険と、この医療制度の保険料をあわせた額が、年金額の2分の1以下の場合で、対象者は約1千万人。4月の天引き対象は共済年金受給者含めて832万人。被扶養者などだった人は10月の年金から天引きが始まる。

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コメント:

「後期高齢者医療制度」は小泉首相の時、強行採決のうちで制度化されたもので、突然降って沸いた問題ではない。とはいえ、マスコミも含め、年金問題、道路問題に忙しく忘れ去られていたようにも思える。実際に施行されるようになって問題が急に浮上してきた背景にはずさんな年金保険庁問題があることは否めない。官房長官や大臣もマスコミ不満を言う前に現実に目を向けるべきであろう。国民はたしかに混乱しているのである。

「後期高齢者医療制度」は介護保険同様特定の人々を対象にした制度である。「後期高齢者医療制度」は介護保険制度における在宅介護化と同じく、どんな理屈をつけようが、制度を支える財源問題として発想されたものであることは明らかである。ただ、財源削減を問題にする前に税金も含めた財源の無駄遣いの徹底的排除が必要であることはあまりにも当然である。順序が逆なのである。

たしかに後期高齢者の医療費の増加は深刻な問題である。その中には無駄な医療費もかなりあるだろう。例えば、ロビー化した病院や医院の待合室、病院や医院のハシゴ受診、薬の量を自慢しあうための薬漬け、高齢者によく見られる無駄な医療費であろう。これらの悲しい医療行動も高齢者の置かれた寂しい状況にもよるところがあり、その状況を癒す精神的ケアーとしての医療と考えるほど財源は豊かではない。ただこれらのことは高齢者だけを対象にした医療制度を新設する理由とはならない。介護保険の失敗を繰り返してはならない。介護保険は本来年金制度のなかで解決すべき問題であったとおなじく高齢者の医療も一本の医療制度の下で工夫せられるべき問題であろう。

「後期高齢者医療制度」の名称が問題になり、「長寿医療制度」と俗称を変えたようだが、そのさきには「終末期高齢者医療制度」が待っていることを忘れてはならないであろう。なんと名称を変えようが医療費削減の延長上に新しい個別的制度を付け加えることでは解決の可能性は見えてこない。国家の在り方の問題である、官僚内閣制と揶揄される国家の限界が露呈されているのである。


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2008/04/25

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聖火リレー、ルート見直し検討も 国際五輪委

2008年04月08日21時44分

 【北京=阿久津篤史】国際オリンピック委員会(IOC)が9日、北京で緊急の理事会を開くことが分かった。北京五輪の聖火リレーがパリやロンドンで妨害活動に遭ったことを受け、対応を話し合うものとみられる。ロゲ会長は8日「五輪の美しいシンボルが妨害されることは悲しい。理事会でこの問題を議論する」と述べ、猪谷千春IOC副会長は「今後のルートについて見直しも考える必要がある」と話しており、議論がルート変更に及ぶ可能性もある。当初、理事会は10日から2日間開かれる予定だった。

 IOCには今回の問題が起きる前から聖火の国際ルートのあり方を見直す意見があり、IOC報道委員会のゴスパー委員長は「採火するギリシャ・オリンピアから直接、開催国に行くだけにすべきだ」と持論を述べた。

 一方、中国外務省の姜瑜副報道局長は8日、定例記者会見で、パリの聖火リレーの一部でトーチの火を消し種火にしてバスで進めたことについて「聖火の安全や尊厳のためにルートを変更しただけで、火を消したことはない。リレーは計画通り完遂した」と述べた。

コメント:

北京オリンピックを目前に聖火リレーが抗議の嵐の中を迷走している。そもそも聖火リレーとは何であろうか。
古代ギリシャにとって火はプロメテウスが神々の元から盗み出し人類にもたらした神聖なものであり、火はオリンピアにあるヘスティアの竈で燃え続けている。オリンピック開催期間中はゼウスとゼウスの妻ヘラの神殿に火がともされゼウスを称えていた。近代オリンピックの聖火はかってヘラの神殿のあった場所で採火されている。

近代オリンピックの聖火は1928年アムステルダム・オリンピックで再び導入され、その聖火のリレーは1936年のベルリン・オリンピックにおいてナチスの手によって始められ、近代オリンピックの一部であり続けているものである。

古代オリンピックと近代オリンピックの最大の違いはその宗教性である。近代オリンピックの父グーベルタンの意図とは別に近代オリンピックは国威発揚の場であり、極めて政治的イベントである。それとともに先進国への登竜門化として商業化著しいものである。このようなオリンピックはすでにその役割を終えたと言っても過言ではなかろう。


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2008/04/17

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   日銀総裁空白 首相「責任痛感している」

2008年03月19日20時55分

福田首相は19日、日銀総裁が空席になったことについて、「責任を痛感している。こういう事態をなるべく短くしたいということで、また努力してまいりたい」と自らの責任を認めた。首相官邸で記者団に語った。

首相は「民主党がいろいろなことを言っているが、どうもよくわからない。正直申して、与党も対応に困っている」と述べ、民主党にも責任があるとの見方を示した。小沢代表との党首会談については「何度も申し上げている。返事がないのが現状だ」と述べた。


コメント:

話題が少し古くなりましたが入院前に書いたものということでご容赦ねがいます。しかしそこに横たわる問題は古くはないものです。
政府・官僚は意に沿わないことにたいしては決まったように社会的に混乱を生じると言います。国民に対する脅迫としか思えない。たしかになにがしかの混乱は必須です。しかし多少とも混乱を伴わない改革などないことを言っておきましょう。

日銀総裁の空白が予想以上に長引いた。多くの識者は日本の国際的信用の低下を危惧する。しかし空白の原因となった財務省とのタスキ掛け人事についてはあまり触れない。確かに財務関係者が中央銀行の総裁となることはある。しかし天下りの指定席のような人事はやはり問題である。外国の例と今回の日本の総裁人事を同列に論ずることは苦し紛れの弁解にすぎない。

今回の日銀総裁の空白ははからずも財務省、政府の卑しい思惑を露呈したものといえよう。日銀総裁の空白、国土省のみならず省庁の税金の横領的無駄づかいなど急に白日の下に晒されるようになったのはまさに衆参のねじれ現象によるところであり、政権交代の重要性をあらためて示したものといえる。

政府・自民党は日銀総裁の空白や暫定税率の廃止の問題を含む予算案の年度内未成立は国民的混乱を引き起こすという。それは自民・政府の利権を守るための脅しにすぎない。確かに混乱は必至であろう。しかし、政・官の浄化、改革にとって必要な一時的犠牲といえるのではなかろうか。


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2008/04/09

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   福田首相、「09年度から一般財源化」提案 道路財源

     2008年03月27日23時28分

福田首相は27日、首相官邸で緊急記者会見し、道路特定財源の修正について新提案を発表した。道路特定財源を09年度から全額一般財源化すると約束し、10年間で最大59兆円を投じる道路整備中期計画は5年間に短縮して策定し直す。ただ、民主党が求める08年度からの暫定税率廃止には応じられないとした。

首相は会見で、新提案を打ち出した理由について、「混乱を回避し、国民生活を守るという総理大臣の責任を全うするため、何としても野党の皆さんとの話し合いの機会をつくらなければいけないと考えた」と強調。道路特定財源について「今年の税制抜本改正時に廃止し、09年度から一般財源化する」と言明した。

・・・・・

一方、民主党が強く求める暫定税率の即時撤廃については「2兆6000億円という財源が失われる。08年度から廃止するのは現実無視の議論だ」と述べ、応じられないとの考えを強調。09年度以降は、暫定税率分を含む税率について「検討する」としたが、「国際的な石油不足や環境問題の観点から維持が必要だと思う」と述べ、現行水準からの引き下げは困難との認識を示した。

道路特定財源が職員のレクリエーション費などに充てられていた問題では、「行政の長としておわびする」と陳謝。「道路予算に大きく依存する公益法人は廃止・民営化を進める」など、無駄な支出を徹底的に排除するとした。

コメント:

福田首相は道路財源を2009年度から一般財源化すると言明した。道路特定財源の一般化は小泉首相の主張でもあったのだからもっと早い時期に決断してよかったであろう。ただ、総理の記者会見が幹事長など抜きで単独で行われ、井吹幹事長、古賀氏が早くも党の決定ではないことを表明するなど早くも約束を反故にする道を確保している。時の総理の約束がいかに重たいものとはいえ、それを平気で反故にする自民党であるから、民主党もうかうか歓迎とは行かないことは理解できる。福田総理も空手形を振り出すことは止めた方がよかろう。迷惑するのは国民なのだから。福田首相にそれができると考える国民はおそらく少ないであろう。

それを可能とするただ一つの方法は「道路財政の一般化、是か非か」を中心にした政界再編だけであろう。民主党にも道路族は結構いるのである。

民主党が強く求める暫定税率の即時撤廃は理にかなっている。一般財源化する限り暫定税率のまま保持する理由がなくなるからである。一般財源化しながら同じ額の財源を確保しようというのならばそれに見合う増税以外にはない。ただ増税は、官僚があの手この手で作り上げてきた天下り組織構造とそれらの無駄遣いの全廃を担保することなしには国民も納得しないであろう。道路財源を一般財源化すれば地方財政が崩壊する、国民に迷惑がかかる、混乱を招くというのは悪質な脅しにすぎない。具体的にどのような混乱が起こるか示してもらいたい。国民はそれを回避する知恵は十分に備えている。

一言で言うなら道路特定財源の一般財源化は抜本的行政改革の象徴であり、官僚政治の解体と裏腹の関係にある。そのことを忘れたかのような朝日新聞はじめ各誌の「民主党の譲歩する番である」という論調は自民党の狡猾さを忘れた子どもの議論である。


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2008/04/01

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嘱託で妻殺害の89歳に猶予判決 旭川地裁
2008.2.28 12:02

豊瀬透被告のこれまでの公判での証言などからは、妻を支え続けた末に将来を悲観、心中を選んだ"老老介護"の厳しい実態が浮かび上がる。

夫婦は十数年前まで布団店を営んでいた。光子さんに認知症の症状が出始め、平成15年9月ごろホームに入った。

豊瀬被告は、食事やトイレの付き添いなどにも献身的で、同ホーム理事長で二人と長年親交がある重原幸司さん(57)は「奥さんの介護が生きがいのようなものだった」と話す。光子さんは精神的に不安定な部分もあっ
たが、寡黙でおとなしい豊瀬被告と夫を頼る光子さんは、仲良し夫婦と映っていた。

「死にたい」。光子さんの口癖を、周囲はよくある繰り言や冗談と受け止めた。夫婦の個室にはナースコールもあったが、SOSが発せられることはなかった。

1月の初公判で豊瀬被告は「妻が寝込んで起きなくなった。自分も年を取り、お互いこの世に残ってもしょうがない。子供には迷惑を掛けたくなかった」と証言。

全国介護者支援協会(東京)の上原喜光会長は「高齢者同士の介護はどうしても行き詰まる」と指摘した上で、施設の体制見直しや、相談しやすいコミュニティー作りを呼び掛ける。

事件のあった日、2人を訪ねた長女夫婦に豊瀬被告は「疲れた」と珍しく弱音を漏らした。長女の夫は公判で「もう少し助けてあげられたら…」と涙ぐんだ。


コメント:

老老介護のもたらす悲惨な事件の報道が目に付く。平均年齢の伸びとともに老老介護も増えるのは必定である。俗に言う「ぴんぴんころりん」は望ましい。若いときからそのための予防措置、健康管理の最重要事であることは言うまでもない。

老老介護の期間は、統計の取り方にもよるが、1年半から2年と言われている。しかし問題はその数が如何にあれ5年、10年に渡る老老介護も稀ではないことである。長期にわたる老老介護は個人の担えるものではない。一人の認知症の介護には4〜5人の手が必要と言われるが何も認知症の場合だけではない。

その上責任感が強く真面目な人間ほど他人の手や共同体の助けを受けることを恥と感じるようである。

心ない人は自分で抱え込まないで助けを求めてくれたならという。こんな無責任な話はないであろう。それを出来る人はすでにしているし、しかも不必要な介護・介助を損得勘定の上で受けている場合も多い。他人に助けを求めることを心良しとしない人、誰に、何処に助けを求めればよいか分からない人、あるいは在宅介護の掛け声の裏で独居を余儀なくされている高齢者、彼らに手を差し伸べねばならないのはコミュニティであり、社会であり、公務に携わる人々ではないのだろうか。特に公務員は彼の所属、職責がいかなるものであるにせよ社会の安寧、特に福祉に関することには常日頃から関心を持つ必要があるものと思う。市民のために役立つことを本務と考えない、職責外のことにはまったく関心を示そうとしない公務員が多すぎるのである。公務員は自分の担当する公務の前にコミュニティ全体に目を配るのが公務員が公務員と呼ばれる理由なのである。公務ということについて再考を深く望むところである。


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2008/03/21

国民年金横領の元社保係長に有罪判決 地裁小倉支部

2008年02月07日11時15分

加入者から預かった国民年金保険料約100万円を着服したとして業務上横領の罪に問われた小倉南社会保険事務所(北九州市)の元係長、北川勝久被告(37)の判決公判が7日、福岡地裁小倉支部であった。田口直樹裁判官は「計画的で巧妙な犯行。国民年金やそれにたずさわる人の信用を害したことも見過ごせない」として懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)を言い渡した。

判決によると、ヤミ金融などに多額の借金があった北川被告は06年2〜5月、加入者7人から保険料として預かった計約100万円を国庫に納入せず、横領した。

北川被告は事件発覚前の06年7月末に依願退職。住宅リフォーム詐欺にかかわった疑いがあるとして特定商取引法違反容疑でも逮捕されたが、証拠不十分で不起訴処分になった。


コメント:

小倉南社会保険事務所(北九州市)の元係長、北川勝久被告(37)が福岡地裁で有罪判決を受けた。しかし社保庁がずさんな作業とそれを許した幹部を処分したという話は聞かない。社保庁を監督する立場にある厚生労働省が監督責任を問うたという話も聞かない。薬害エイズ事件、今回のC型肝炎問題に関しても厚労省はたしかに謝罪したが責任者を自らの手で処分したという話は聞かない。わたくしは謝罪はいらない、自らの手で責任者を処分することで謝罪の気持ちを表してもらいたい。官僚、官僚組織はヤヌスよろしく二つの顔を持っている。ローマのヤヌスは過去を向く顔と未来を向く顔であるが官僚や官僚組織は謝罪の顔と舌を出している顔である。社会には謝罪の顔を見せ、内部には舌を出して肩をすぼめているだけである。

役人はその職責上たしかに一定の身分保障がある。しかしその保障は役人の本分から外れた不祥事を起こした者にまで及ぶものではない。今回明らかになった保険庁の組合専従職員の問題に関してもその間の不正横領を返せばよいというような問題ではなく、組合幹部の総辞職、当該役人の免職、それを許していたと思われる保険庁の幹部、合わせて厚生労働省の個人的、組織的責任が問われる必要があろう。


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2008/02/23

地方定住促進へ研究会発足 総務相表明
2008年01月08日19時13分

地方から都市への人口流出に歯止めをかけるため、政府は8日、「定住自立圏構想研究会」(座長・佐々木毅学習院大教授)を設置する方針を決めた。高齢者が住民の半数を超える「限界集落」が各地に生まれているほか、地方では医師不足も進んでおり、このままでは生活の基盤が失われかねない状況にある。そこで、地域住民が定住できるよう、医療網や交通網を整えるための検討を始める。

福田首相が昨年末、増田総務相に「それぞれの地域で生活できる政策が必要だ」と具体策の検討を指示した。

こうした問題は、単独の自治体では解決しにくい課題も多いため、中核となる市と周辺市町村が連携し、「定住自立圏」という生活圏をつくることを想定している。

定住自立圏のイメージは、人口5万〜10万人規模の市を総合病院やスーパー、高校などがあり、日常生活を支える「中心市」とし、周辺市町村から中心市に1時間以内で行けるように交通網を整える。特に脳・心臓疾患に対応できる病院や、大学、デパート、美術館などがある中核市・特例市を含む圏域は「高度定住自立圏」と位置付ける。

こうして中心市と町村を結びつけ、「地方の人口流出を食い止めるダム機能」(増田総務相)を確保したい考えだ。構想の実現には、交通機関や道路網の整備、遠隔医療拡充による医療網整備などが課題となる。

研究会は今月中に初会合を開き、5月ごろをめどに具体策を打ち出す予定だ。


コメント:

昨年末福田首相が「それぞれの地域で生活できる政策が必要だ」として増田総務相に検討を促したという。結構なことである。また政府は「地方から都市への人口流出に歯止めをかけるため、政府は8日、「定住自立圏構想研究会」(座長・佐々木毅学習院大教授)を設置する方針を決めた」という。

「定住自立圏」とは「人口5万〜10万人規模の市を総合病院やスーパー、高校などがあり、日常生活を支える「中心市」とし、周辺市町村から中心市に1時間以内で行けるように交通網を整える。特に脳・心臓疾患に対応できる病院や、大学、デパート、美術館などがある中核市・特例市を含む圏域は「高度定住自立圏」と位置付ける」らしい。じつに何も知らないお役人的発想に恐れ入る。どうせこれらのことを実現するために無駄な補助金で官僚の許認可権あるいは無言の圧力をかけ、一方において業界と癒着して利権をむさぼろうという魂胆が透けて見える。

「地方から都市への人口流出に歯止めをかける」もっとも効果的施策は東京を始点終点とする新幹線、道路網を地方どうしを繋ぐ交通網以下に抑え、利権の温床である官僚による規制を撤廃し、企業の本社機能の東京一極集中に歯止めをかけることであろう。つまり、企業の地方分散化である。それいがいに「人口5万〜10万人規模の市を総合病院やスーパー、高校などがあり、日常生活を支える「中心市」とし、周辺市町村から中心市に1時間以内で行けるように交通網を整える。特に脳・心臓疾患に対応できる病院や、大学、デパート、美術館などがある中核市・特例市を含む圏域は「高度定住自立圏」などそれこそ地方が考えることであって政府の口出すすることではない。

「定住自立圏」の創出には企業の地方分散が必須である。現在ほとんどの企業が本社機能を東京に置く理由を考えて見れば政府の規制と、それゆえの、官僚との癒着が見えてくる。東京一極集中は政・官・財癒着の人為的温床である。

つまり、人、情報、仕事と金が東京に集まる仕組みが出来上がってしまっている。東京の地方化が「定住自立圏」の第一歩である。いずれにせよ官僚と官僚に支配される政治家の東京から発想される地方、下々の改革では何も改革できないことは自明のことである。


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2008/02/18

公務員の「守秘」、処罰どこまで 情報提供に規制の動き

2008年01月29日01時55分大詰めを迎えた国家公務員制度改革の論議で、公務員の情報提供のありようが俎上(そじょう)にのぼっている。最終答申には、公務員の守秘義務違反への捜 査・処罰の強化が盛り込まれる見通し。世論を誘導する「リーク」を排除するのが狙いだが、職員の萎縮(いしゅく)につながりかねないという指摘も。官庁の 裏金、不祥事……。その多くは、職員の内部告発がきっかけだけに、現場に対する「引き締め」の動きに懸念が広がっている。
(中略)

そもそも国家公務員法がいう「職務上の秘密」は、あいまいだ。 77年の最高裁決定は、各省庁が「部外秘」などと形式的に秘密扱いしただけではなく、実質的に秘密として保護するに値することを求めている。 しかし現実には、どの情報を秘密にするかについての判断が外部の評価にさらされることはまれだ。形式的であれ秘密扱いされれば、職員はそれに従わざるを得ないのが実情だ。

守秘義務違反に強く臨む姿勢を強調することは、ただでさえ不十分な政府の情報公開をさらに後退させると、上智大文学部の田島泰彦教授(メディア法)はみる。政府にとって都合の悪い情報の流出が、軒並み公務員の守秘義務違反として扱われることになりかねないからだ。

「本来国民が知っているべき話が、秘密扱いされることは少なくない。公務員が政府の間違いを正そうとするための情報提供、内部告発は肯定的に扱われるべきだ」 あわせて政府が隠そうとすることでも公益の観点から報道していくのがメディアの役割で、そのための取材源の秘匿も最近は広く認められる傾向にあるという。
(略)


コメント:

「公務員の守秘義務違反への捜 査・処罰の強化が盛り込まれる見通し」だという。当然である。考えて見れば談合も、政・官・財の癒着問題もすべて守秘義務違反である。上でも述べられているように「そもそも国家公務員法がいう「職務上の秘密」は、あいまい」である。要するに「政府にとって都合の悪い情報の流出が、軒並み公務員の守秘義務違反として扱われることになりかねない」し、事実個人情報保護ということで一番秘密伝種しているのは公務員なのである。われわれは「海上自衛隊員の情報持ち出し、内閣情報調査室職員の在日ロシア大使館員への情報提供など」を問題にしているわけではない。それらの秘密漏洩は厳密に処罰されるべきはあまりにも当然である。われわれが問題にしているのは情報公開を阻害する個人情報保護ある。

公務員には違法性があるもの、あるいは公開しなければならない情報の隠蔽があるとき、それを告発する義務を負っているのである。それは順公務員もおなじである。例えば最近話題になった薬害問題などまず公務員が企業を告発してしかるべき問題である。

「守秘義務違反に強く臨む姿勢を強調することは、ただでさえ不十分な政府の情報公開をさらに後退させると、上智大文学部の田島泰彦教授(メディア法)はみる。政府にとって都合の悪い情報の流出が、軒並み公務員の守秘義務違反として扱われることになりかねないからだ」というのはもっともである。利権まみれになった公務員にとって守秘義務ほどありがたい義務はない。彼らにとっての守秘義務はまさに利権保護法案であるのだから。情報公開をしなかった者にたいする厳罰も合わせて考える必要があるのは当然である。


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2008/02/14

ガソリン税で総選挙「テーマ小さすぎる」 町村官房長官

2008年01月19日20時35分

町村官房長官は19日、千葉県市原市で講演し、民主党がガソリン税などの暫定税率撤廃を掲げて今春に解散・総選挙に追い込もうとしていることについて、「小沢代表が『解散、解散』と叫んでも解散権は首相にある。ガソリンを25円下げるかどうかだけで国民の信を問うのはテーマ設定が小さすぎる」と批判した。

また、町村氏は「抜本的な税制改革をし、消費税率を何年かのうちに上げるご理解を得なければならない」と述べ、近く立ち上げる「社会保障国民会議」の議論などを通じ、消費税率の引き上げを念頭に置いた税制の抜本改革に取り組む考えを示した。

コメント:

ガソリン税の問題は小さな問題であろうか。町村官房長官が本当にそう思っているとしたならばかれの時代感覚、政治嗅覚を疑わざるをえない。ガソリン税は政・官・財癒着の巣窟であり象徴である。ガソリン税の問題は国家の本予算の数倍に及ぶ特別会計、官僚が自由に裁量できる税金横領の草刈場であることを知らないのであろうか。もちろん政治家もこのおいしい利権に群がるのだが、その絵を描いているのは官僚なのである。

ガソリン税国会、ガソリン税解散は小さな問題であるどころか行財政改革、そればかりか明治維新以来の社会改革なのである。ガソリン税問題は政・官・財癒着の象徴なのである。町村氏の浅はかな政治状況の読み、あるいは知った上でのことならば政治改革阻止の意図をねらったものである。50年続いている暫定税率は暫定ではなく即刻廃止すべきである。道路特別税制は道路建設を目的にしたものであって道路整備、環境対策のためのものではない。それこそ一般財政から支出するか、それとも税をすべて目的税とすべきであろう。税は国家であるといわれる。税制を見ればその国の、それこそ、国家の品格が現れているといえる。暫定税制を50年も続けて国民を騙し続けている国家とはどんな国家なのであろうか。


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2008/02/09

冷凍食品の使用中止 中国人主催の「春節祭」 名古屋

2008年02月05日00時59分

9日から名古屋市中区の久屋大通公園で開かれる「名古屋中国春節祭」の実行委員会は4日、中国製冷凍ギョーザによる中毒事件を受け、同祭の食品の屋台26店すべてで中国製、日本製を問わず冷凍食品を使わないことを決めた。同日、緊急会議を開き、出店者に手作りの食品を販売するよう指示した。

同祭は、中部地区の華僑・華人団体と在名古屋中国総領事館の共催。昨年2月の中国の旧正月(春節)に合わせて第1回が開かれ、約4万5000人が訪れた。今年は9〜11日、旧正月に好んで食べられるギョーザなどの屋台26店のほか、物産店が設けられる。

実行委の唐啓山事務局長は「今回の中毒事件は解明されておらず、事件の影響で来場者が減ることが心配だ。安全性をより強くアピールするため、手作りの品だけを販売することにした」と話した


コメント:

最近中国からの輸入冷凍食品の問題がテレビをにぎわしている。まるで何処で誰がタミドホスが混入したか推理しては楽しんでいるようだ。かれらはマッチポンプよろしく社会的関心を番組作りのために煽っている。つぎの格好の金儲けのネタが出るまではこの問題ももてあそばれるのであろう。そのために風評被害に泣く善良な人々も多く隠れているはずである。「名古屋中国春節祭の実行委員会」に余計な心配をかけるような報道は慎むべきである。

「9日から名古屋市中区の久屋大通公園で開かれる「名古屋中国春節祭」の実行委員会は4日、中国製冷凍ギョーザによる中毒事件を受け、同祭の食品の屋台26店すべてで中国製、日本製を問わず冷凍食品を使わないことを決めた。同日、緊急会議を開き、出店者に手作りの食品を販売するよう指示した」という。

わたくしは今回の問題がどうでもよい問題だといっているわけではない。マスコミの警察気取りの報道には疑問を呈せざるを得ないとしても、マスコミが問題を取り上げることを非難しているのでもない。しかし消費者が持ち込んだサンプルを付き返した保険所の役人はなぜ処分されないのか、最初の被害報告があってなぜ一ヶ月以上も問題とならなかったのかということを追求して行くのがマスコミの仕事ではないのか。それが正義というものであって犯人探しはマスコミに期待されていないのである。

今回の事件は日本の食糧の自給率、農業問題、食生活を考え直すよい機会ではないのか。日本の食品産業、食品産業だけではなく産業界一般といってもよかろう、も中国からの輸入食品をはたしてどれだけ非難できるだろうか。いまや手作りの食品が安全だとはいえないのが実情であろう。偽装にまみれていない分野はないといってもよい事実は数年来明らかになったところである。

番組の中で面白半分に取り上げるのではなく、それこそ誰かの言葉を借りれば品格にもとる産業界、政治、政府、自治体、それに外郭団の毒まみれの体質を真正面から国民にたいして問題を提起し、政治を評論ではなく批判してもらいたい。国民もまた自分に関わることとなれば同じような損得勘定だけで行動していないか反省するよい機会であろう。

最後に食料はまさに戦略物質であり、迎撃ミサイルより重要度の高い問題ではないであることも指摘しておこう。


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2008/02/03

育児との両立計画策定 義務づける企業、3倍増目指す
2008年01月10日09時22分

次世代育成支援対策推進法(次世代法)で、仕事と子育ての両立支援に関する行動計画の策定を新たに義務付ける企業の規模について、厚生労働省は9日、「従業員101人以上」とする方針を固めた。現行の「従業員301人以上」の大企業から中小企業に義務づけを拡大する方向で企業規模を検討していた。18日開会の通常国会に同法改正案を提出する。

約1万3000ある大企業は昨年9月末現在、ほぼ100%が行動計画を策定している。しかし、約150万社にのぼる中小企業は、行動計画策定が努力義務のため、策定し終えた企業は約7800社にとどまる。

大企業を含め、策定が義務化される「従業員101人以上」の企業は計約4万社になるという。

政府が少子化対策の重点課題とするワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を全国的に推進するため、同省は都市部に集中する大企業だけでなく、地方密着の中小企業にも行動計画を策定し、積極的に取り組んでもらうことが不可欠と判断した。

コメント:

仕事と育児の両立の問題はよく少子化対策との関連で議論されることが少なくない。しかし本来は別々の問題である。仕事と育児の問題はどちらかというと男女共同参画の問題である。仕事と育児の両立が難しいから女性は子供を生まないのではない。女性が子供を欲しがらなくなったのは独身生活の気楽さと経済的余裕を選ぶようになったからである。つまり経済問題なのである。仕事と育児の問題が解決すれば少子化問題が解決されるというものではない。

仕事と育児の両立が男性中心に作られてきた社会においては女性が男性化する以外にはなかろう。しかし世界の民族のなかには女性中心に構築された社会も多く存在する。むしろ世界に目をやると女性中心に構築された社会の方が多いのではないのか。女性中心の社会といえばなにか原始社会を想像する人が多いかもしれない。しかし現代でも多くの民族で生産や家計は女性が担っている例が多いのである。男は狩猟、漁労、戦争に従事するが、主たる家計の担い手と労働は女の仕事なのである。

男女共同参画社会はなにも男女が同じ仕事や役割を担えということではない。むしろ男女差を生かしておなじ人格として社会参加することである。男女共同参画社会を実現するためには女性の仕事の開発が必要である。現在女性の仕事と看做されている多くの仕事は男の仕事の補助的なものが多い。本当の女性の仕事の開発には女性社会の成熟が必要であり、男社会のなかに女性が参画するのではけっしてない。

たしかに社会が豊かになれば女性の子供を生む数は減少する。それが自然界のなりわいである。乳幼児の死亡率が高ければ女性の子供を生む数は意識的にも、無意識的にも増大する。民族の命をつなぐためにも必要であるからだ。また社会が貧しく、厳しければ女性は多くの子供を生む。子供は貴重な労働力であり、家計を担う一人だからである。

少子化の問題はあまり気が付かれてはいないが、じつは高齢化社会が少子化の原因なのである。少子化が社会の高齢化の原因ではない。この問題は別に考えることにしよう。あまりにも深刻な問題であるから。


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2008/01/28

公立病院、不良債務減へ特例債 改善策提示なら

2007年12月21日

総務省は21日、公立病院に経営改善を求める改革ガイドライン(指針)を決めた。すでに明らかになっていた指針案に、経営効率化や、隣接する他の病院との再編などを促すための財政支援策を新たに追加した。医師不足などの影響で資金繰りが急激に苦しくなっている自治体の病院事業のうち、改善策を示したところには、返済期間を延ばすため「公立病院特例債」発行を認める。経営改善を促すのと同時に、破綻(はたん)を防ぐための救済策を盛り込んだ形だ。

特例債を設けるのは、病院の不良債務が03〜06年度に400億円以上急増したため。臨床研修必修化で医師が都市に集中し、地方の医師不足が深刻化して患者が減少。診療報酬削減も加わって経営が悪化した。これを特例債で救済することになる。ただし、返済期間を延ばすだけの当面の止血策で、その間に十分な経営改善を果たせなければ、問題先送りに終わる可能性がある。

特例債を発行できるのは、03年度以降に不良債務が著しく増え、不良債務比率(07年度決算)が10%以上になる病院事業。指針に基づいて改革プランを策定し、単年度収支均衡への道筋を示したと認められる場合は03年度末〜07年度末に増えた不良債務の額をめどに、08年度に限って発行を認める。600億円の発行を計画している。

特例債の返済期間はおおむね7年以内。不良債務は1年以内に返済しなければならない債務で、長期債務に振り替えれば不良債務ではなくなる。単年度の返済額も少なくなり、資金繰りに余裕が生まれる。

不良債務は06年度は104事業で計953億円。比率が10%を上回ったのは67事業だった。

また、複数の病院を再編したり、ネットワーク化で役割分担したりする際に必要な負担を軽減することで改革を促す措置も盛り込んだ。再編などに伴う施設・設備整備のため一般会計から出資する場合の起債を認め、返済資金に地方交付税をあてられる割合を高める。

コメント:

医療費の高騰とあわせるように医療費の未払いも増えている。それだけではなく年金保険庁に象徴されるような官僚・公務員の税金の無駄遣い、さらに保険会社の保障未払いなどがその風潮、口実を助長している。年金や医療保険の未払い問題と通低するところがある。本来年金や医療の充実は掛け金の未払いによるのではなく国民の目による監視と責任の追及にあると思う。その意味で今回の社会保険庁の解体が厚生省役人のさらなる税金横領的無駄遣いにつながらないよう監視する必要がある。行政改革のたびに太るのが官僚組織というものだからである。

医療制度改革の口実として財政改革の必要性が声高に語られる。財政改革は必要である。しかしそれが医療制度改革と結びつける必要はない。先進国中GNPにたいする医療費の占める割合は8%で最低である。同時にイギリス、サッチャー政権による医療費カットによるイギリスの医療制度の崩壊を忘れてはならない。イギリスの医療制度がかっての姿に戻るのにブレア前首相は50%増の予算を必要としたのである。医療関係の予算を削る前に官僚・役人の人件費を医療費や無駄遣いを同じ割合でカットするのが先ではないのか。厚生労働省の猛省を促すところである。


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2008/01/22

社会保障国民会議、夏に中間報告 首相が年頭会見で

2008年01月04日12時32分

福田首相は4日の年頭記者会見で、経営者、労働者、消費者ら各界各層の代表者を集めて1月から始める「社会保障国民会議」の中間報告を今年夏に、最終報告を今年秋に打ち出す考えを明らかにした。年金記録問題への対応の遅れが内閣支持率の急落を引き起こしたが、年金制度を含む社会保障の新ビジョンを、7月の北海道洞爺湖サミット以降に先送りする意向の総選挙の公約に据えることも念頭に置いているとみられる。

首相は会見で年金記録問題について、「行政が国民の立場に立っていなかったことで起こった。行政を監督する立場にあった政治の責任も極めて大きい。政治家として率直におわび申し上げる」と改めて陳謝。「解決への特効薬はない。40年にわたる失敗を私の内閣で解決の道筋をつけるべく、真摯(しんし)に最後まで取り組む」とも語った。

会見の冒頭では、就任以来100日を超えたことについて触れ、「正直申し上げて、私の思った通りにすべてことが運ばなかった。それは国会のねじれ現象にもよるが、何を打破しなければならないかは極めて明確になった」と振り返った。さらに「本年を生活者、消費者が主役へ転換するスタートの年にしたい。1年たったら何かが変わったと実感してもらいたい」と強調した。


コメント:

すべてを論じる前に洞爺湖サミットのことに言及しているのでサミットについて一言。北海道洞爺湖サミットは結構なことである。問題はホテルの名称だ。バッキンガムホテルということらしい。多くの日本のホテル、特に風俗関係のホテルにこの種の名前が多くいつも恥ずかしい思いである。なんとか考える必要があろう。洞爺湖サミットには賛成だがバッキンガムホテルでの開催は反対だ。

さて、福田首相は年頭の記者会見で年金記録問題への対応の遅れが内閣支持率の低下の元凶のように思っていらっしゃるようだが、それも大きな要因ではあるが、それはごく一部の要因にすぎない。

自民党支持の凋落は政・官・財の癒着、官僚、役人の税金横領、年金問題の本質も年金がもらえるかどうかよりも年金保険庁の税金の食いつぶし問題である。自民党の政治感覚も落ちるところまで落ちたと言わざるを得ない。

官僚政治には聖徳太子以来よい面もたしかにある。現在の官僚政治は一度根底から構築しなおさねばならないほどにプライドを失っている。官僚のなかにはいまの日本があるのは官僚が優秀であったからという人もいる。しかし優秀であったのは国民であり、農政に関してはよく揶揄されるところだが、政府の指導と反対のことをすれば成功するとまで言われるのである。政府は心して耳をかたむるべしである。


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2008/01/13

ヒラリー氏「国民皆保険の導入めざす」 医療制度改革

2007年09月18日12時33分

米大統領選で民主党の有力な立候補予定者のヒラリー・クリントン上院議員は17日、皆保険制の導入をめざした医療制度改革案を発表した。個人や中小企業の税負担を軽減して保険料を補助し、財源は医療歳出の効率化などを当て込んでいる。

医療費の上昇を背景に米国の無保険者は6年続けて増えており、昨年は前年比約5%増の約4700万人にのぼり、人口の約16%を占める。経済分野で大統領選の焦点になっており、ほかの民主党候補予定者も皆保険を視野に入れた計画を打ち出している。

ヒラリー氏は90年代前半、大統領夫人として制度改革を率先して行い、失敗した経緯があり、注目されていた。今回は教訓を生かして「比較的簡素だが、大胆さは変わらない」と話した。


コメント:

ブッシュ政権の下でのアメリカの権威と地位の変化はいちじるしいものがあった。アフガン、イラクなどでの軍事行動はアメリカに大きな負担となって圧しかかっている。移民国家であるアメリカで現在では貧困層の増大と格差拡大に悩んでいる。たとえば、無保険者の6年連続しての増加はいずれ社会不安へと発展することであろう。

大統領選の争点の一つ、ヒラリー候補の提唱する国民皆保険、日本の誇る制度でもあるが、はアメリカの内政問題というだけではなくアメリカの国防問題でもある。それはアメリカ国内でのテロの温床というだけではなく、対外的軍事力の低下にもつながる。

社会不安は貧富の差から生まれる。貧富の差を押さえ込めることのできるのは独裁国家化か王朝だけであろう。しかしこの情報化時代においてはそれさえも難しい問題である。以前から指摘されているアメリカ合衆国の南米化もアメリカ社会の貧富の差の拡大によるところである。


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2008/01/06

首相、和解へ柔軟姿勢確認 薬害肝炎訴訟

2007年12月14日12時07分

福田首相は14日、薬害肝炎訴訟で大阪高裁が和解骨子案を示したことを受けて、町村官房長官、舛添厚労相と国会内で協議し、原告側との和解協議に柔軟な姿勢で臨む方針を確認した。高裁が和解骨子案の修正案を提示する期限としている今月20日ごろまで、原告側と妥協点を探る考えだ。

町村長官は首相との協議後の記者会見で「さまざまな可能性を探りたい。患者の皆様のご苦労に応えられる内容をつくる姿勢で数日間、最大限の努力をしていく」と述べ、一定の譲歩をする可能性を示唆した。一方で「和解案と矛盾しない形でなければいけない。何でもできるということではない」と語った。

また、公明党の太田代表は14日の記者会見で「幅広く方向性を持つことが大事だ」と前向きな対応を要求。その上で「先日(11日)の党首会談で首相からも意欲的な話を聞いた。(救済対象から)漏れている人について、どう対応するか最終の詰めをしていると承知している」と述べた。


コメント:

厚生省は何度おなじ間違いを繰り返すのであろう。ミドリ十字(現在の田辺三菱製薬)の非加熱製剤による HIV 事件、そして今度はおなじミドリ十字の後を引き受けた田辺三菱製薬の血液製剤(フィブリノゲン製剤)による C型肝炎問題。いずれも官・財癒着の問題である。人間の命に軽重はないが今回の影響はあまりにも大きい。

いずれの事件にも共通しているところは両血液製剤の危険性がアメリカでは認識され使用禁止されたいるにもかかわらず日本では使われ続けたということであろう。わたくしはアメリカの認定に自動的に日本も従わなかったこと自体の責任を追求するものではない。たとえ真実が何処にあろうと疑いを持たれた薬剤については真偽の如何に関わらず一時的に使用を中止すべきなのである。

製薬会社と厚生労働省の間にはそれが出来ない関係がある。簡単にミドリ十字の厚生労働省との関係を疑わせる歴史を振り返っておこう。株式会社ミドリ十字(Green Cross Corporation)は関東軍防疫給水部731部隊で活躍した内藤良一(元陸軍中佐)によって、1950年11月に民間血液銀行日本ブラッドバンクとして設立された。創立メンバーや役員に731部隊関係者が多いことでも有名である。さらに薬害エイズ事件を引き起こしたことは記憶に新しいことである。さらに、今回薬害肝炎の原因にもなったフィブリノゲン投与による C型肝炎問題もミドリ十字の流れをくむ田辺三菱製薬によるものである。

ミドリ十字は元厚生省薬務局長だった松下廉蔵らを迎えることにより、急成長を遂げ、1964年、株式会社ミドリ十字に商号を変更。1967年、赤痢予防薬の人体実験を陸上自衛隊員を使って行い、1089人中、577人に急性食中毒を起こさせたことはあまり国民の知らないところかも知れない。また、人口血液製剤の承認を求める際に厚生省に提出したデータに改竄の後があり、その調査の過程で瀕死の女性患者に人工血液を未承認のまま投与する人体実験をしていたことが明らかになった。そういう会社であり、厚労省とは深い関係にある会社なのである。同じ問題を繰り返す地盤がそこにあることは疑う余地がないのではなかろうか。


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2007/12/26

首相、都市再生機構の民営化示さず 独法改革、本丸不発

2007年12月22日00時50分

政府の独立行政法人(独法)の整理合理化計画が21日にまとまり、24日に閣議決定される。福田首相は首相裁定に委ねられた都市再生機構と住宅金融支援機構の2法人について、それぞれ3年後、2年後に結論の先送りを決定。随意契約の見直しや保有資産の売却など独法全体を通じた効率化は打ち出したものの、渡辺行革担当相が「本丸」と位置づけた2法人の民営化は不発に終わった。

首相は21日の閣議後、国会内で渡辺氏と会い、「最終案」を示した。都市再生機構は「組織形態を検討し3年後に結論を得る」。町村官房長官が19日に示した仲裁案と同じで、民営化の可能性を示す文言はない。渡辺氏は「3年では長すぎる」と食い下がったが、首相は譲らず、渡辺氏も「結論を引き延ばせない」と受け入れた。

賃貸住宅の管理などを行う都市再生機構は、国から今年度1085億円の財政支出を受けながら、OBが天下った企業と多額の随意契約を結んでいたことが明らかになっており、政府の行政減量・効率化有識者会議が11月に廃止・民営化を提言。渡辺氏は改革の象徴として「5年後の株式会社化」を求めていた。

一方、町村氏が「3年後の組織見直し」とした住宅金融支援機構は、渡辺氏の主張に配慮して、「特殊会社化を検討し、2年後に結論を得る」との表現に落ち着いた。ただ、民営化が約束されたわけではなく、判断の先送りに変わりない。

渡辺氏は閣僚折衝で他閣僚とあつれきを生みながらも、首相の後ろ盾を期待したが、当の首相は21日、「何でもかんでもすぐやればいいというものじゃない。拙速ということもある」と記者団に語り、最後まで静観の構えを崩さなかった。

今回の整理合理化計画では、見直し対象の101法人のうち、廃止・民営化や統合で削減が決まったのは16法人。所管省庁の抵抗を押し返した日本貿易保険の民営化など一定の前進はあったが、安倍前内閣が8月に閣議決定した「真に不可欠なもの以外はすべて廃止」とした基本方針とはほど遠い内容となった。


コメント:

やはり行政改革には政権交代が必須のようである。なぜならば行財政改革は単なる改革ではなく維新どうようある意味で革命であるから。今回の福田総理の決定は渡辺行政改革大臣の努力をあざ笑うかのようなものであった。それは行革推進を党是とすると思われていた公明党の冬柴国土交通大臣の省益優先という官僚の代弁者になったときから懸念されていた。その通りになったのである。と同時に自民党の限界を如実に示したものである。それもうなずける。自民党の政治家は省庁の利権の上に成り立ってきたのであるから。

行政改革が難しいのは官僚や族議員の抵抗が強いというばかりではない。官僚や族議員にまとわりつく企業、その企業に仕事の分け前をもらっている国民がいるからである。いや、そういう国民がいるといより国民がそのように構造化され、それが価値判断の基準にさえなっているからである。つまり損得勘定という基準である。現今の食品、建築、あらゆる産業界に蔓延する偽装、手抜き工事などはその表れである。

わたくしは必ずしも戦前はよかったという人間ではない。むしろ戦後社会の方が近代社会としてはるかに優れているし、評価する者である。それだからこそ戦後社会の欠陥については厳しくありたいとおもう。わたくしの現代社会の批判は戦前社会との比較の上での批判ではない。ただあえて戦前の社会と比較して戦後社会に欠けているのは明確な国家目標と理念である。戦後社会は明確な国家理念も復興以外の国家目標もなしに民主主義、福祉社会というスローガンだけが支配してきた歴史であった。日本が誇る医療制度も理念なしの孤立した制度として福祉社会のなかで後退の危機に晒されているといえる。このようなスローガン社会の必然的帰結が今年の漢字「偽」に象徴されているのである。


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2007/12/21

船場吉兆、組織的偽装認める 物販部門「当面撤退」

2007年12月10日12時13分

高級料亭「船場吉兆」(大阪市中央区、湯木正徳社長)による牛肉商品や菓子、総菜の不正表示問題で、同社は10日、会社の責任を全面的に認める改善報告書を農林水産省近畿農政局に提出した。同省によると、問題の商品は44になる。発端となった福岡市の店舗での賞味・消費期限改ざんについては、正徳社長の次男の尚治取締役が「指示したと言わざるを得ない」と認めた。牛肉偽装は長男の喜久郎取締役の主導を認め、提出後の会見で、社内からの偽装の指摘を無視するなど不正が会社ぐるみだったことも明かした。

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「パート従業員の独断」としたこれまでの主張を一転させ、尚治氏の関与・責任を認めた。会見では、偽った賞味・消費期限ラベルの張り方などを記したマニュアルが存在することも明かした。

「但馬牛」「三田牛」と銘打った商品に九州産の牛肉を使っていた産地偽装では、「03年から大量の肉が必要になり、九州産を使用することになった」と説明。今年3月以降は但馬牛を一切使用していなかった。
 
同社は偽装の原因について、「社員が仕切っていた」と主張していたが、報告書では正徳社長と喜久郎氏らが「法令違反になるとの十分な認識を持たず放置した」とし、仕入れ担当の喜久郎氏がラベル張り替えを主導していたことを認めた。会見で喜久郎氏は、従業員から偽装について指摘を複数回受けたが、「聞き流していた」と無視していたことも明かした。

国産ブロイラーを使った商品に「地鶏」と表示していた品種偽装については、正徳社長と喜久郎氏が、地鶏とブロイラーの違いについて認識を欠いていたと釈明した。

このほか、「高砂 穴子山椒(さんしょう)煮」と記載したつくだ煮の穴子は、名産地の兵庫県高砂市産ではなく他地域産▽「風流 吉兆明太子(めんたいこ)」や瓶詰など、冷凍保存やつくり置きのほぼ全商品で、製造日・解凍日を起点とすべき賞味期限を、出荷日や販売日を起点として表示していた――など、農水省から指摘された以外にも不正・不適切な表示があった。同社で日本農林規格(JAS)法の対象となる約60商品のうち、不正表示は44商品にのぼる。

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コメント:

雪印事件で明るみに出た偽装事件はほとんどすべての食品業界、小売店、飲食店にも広がり、真面目に、誇りをもって商売する人は頑固、融通の利かない変わり者として敬して遠ざけられる存在となってしまった。それは単に食品に関する業界に限らず建築業、土木、これらの業界の手抜き、胡散臭さは以前より周知のところだが、いまやすべての製造にまで及んでいる。

偽装そのものは昔からあったのかも知れない。しかしそれは恥ずかしいことであったはずだ。しかし金儲けイコール騙すことという風潮はバルブのもたらしたといってもよい。戦後大きな社会規範の変化を経験したがバブルのもたらした虚業のもたらした損得の規範であろう。偽装してでも金を儲ける人間が賢い人間となったのである。まさに昔から心配されている物離れ現象である。金融による職人的物作りの破壊である。さらに言えば背広組みの作業服組みの駆逐であり、現在の防衛省の制服組の姿に象徴される。

日本経済はIT化による効率の引き上げによるのではなく、製造業における精度の向上、職人技による金型の継承にある。われわれは歴史に学ぶ必要がある。金融大国の衰亡がいかに惨めなものであるか。ただこれだけは指摘しておこう。現代の問題は貨幣経済の必然であることを。中世後期以来の貨幣経済はプラス面も大きかったが貨幣という抽象物による支配の面、バブルやグローバル化や地球温暖化をはじめ環境破壊の現況であることも忘れることができない。物に帰れ!デカルトが雪について考えるとき雪が降ってくるのを待ったといわれるが、物を見ながら、物を目の前に置きながら見えないものを考える必要があろう。それが想像力と呼ばれるものであるからだ。

偽装事件に引き付けて考えるなら、儲けを考えて物を見るのではなく、物を見て見えない可能性を考える必要があるということだ。それが夢というものであろう。商業・金融というのは過去の多くの文化においては卑しい身分の生業であったが、今はそういう時代ではないはずだが。


2007/12/11

「私のしごと館」廃止へ 独立行政法人の整理・合理化で
2007年12月04日

独立行政法人の雇用・能力開発機構(横浜市)が03年に関西文化学術研究都市に開設した子ども向け職業体験施設「私のしごと館」(京都府精華町)が、廃止される方向になった。同機構自体の廃止も検討されており、独立行政法人の整理合理化計画は今月中に閣議決定される見通しだ。

しごと館は、学研都市の中心部の敷地8万3千平方メートルに約580億円をかけて開館。約40職種の仕事内容を調べたり、疑似体験したりできる。入館者数はほぼ横ばいの33万人(06年度)。05年度は運営費17.6億円に対して収入が1.1億円で、赤字状態だ。

渡辺行政改革担当相は3日、しごと館について「(廃止で)決まり」と明言、舛添厚生労働相も「民間委託や廃止も含めて大なたを振るう」と述べた。ただ、舛添氏は「廃止は簡単だが、何かいい形で動かせればいい」とも述べ、近く再び折衝する意向を示した。

同機構は4日、「利用者に無用な不安を与えることから、当面取材を断る」との文書を発表。地元・精華町の木村要町長は「ニート・フリーター対策の一環として、運営は国の重要施策と受け止めてきた。改善努力を評価せずに廃止決定されるなら遺憾だ」と述べた。


コメント:

改革を叫ばなければ議員でない時代も、いつものように、尻すぼみに終わりそうである。官僚諸君はいまごろ祝杯をあげていることであろう。阿部内閣はお友達内閣と揶揄されたが福田内閣は官僚とのお友達内閣の観があり、渡辺行革担当大臣の孤軍奮闘するところとなった。

もっともひどいのは国交省の冬柴大臣は全省庁を代表して改革に抵抗しているようだがそれはまさに彼の立つ公明党の理念と相反するものであろう。あの舛添大臣すら「廃止は簡単だが、何かいい形で動かせればいい」とトーンダウンしている。各大臣は省庁のトップとして省庁の利権を守ることが常識のようにいわれるが、逆である。大臣は国民の代表とし省庁を管理・監督するお目付け役でもあるのだ。福田首相は改革には非常に熱心であるとは伝えられるが彼の大臣たちの意見。態度、0回答といった国民をなめた閣僚の態度をみれば福田首相が改革に熱心だとは思えない。問題も多いことだろうが小泉流のやり方が懐かしくも思えるのである。

0回答の魂胆はあまりにも見え透いている。天下り先を確保し、予算を一円とも減らさないということに過ぎない。福田首相のリーダーシップを期待したいところである。そうでないかぎり自民党の終わりの始まり、もすでにそうかもしれないが、ということになりかねない。冬柴大臣の発言が公明党の終焉を導いたようにである。

今回の行政改革を断行しない限り福祉の財源確保の議論、たとえば消費税の導入など国民は許さないであろう。税は国民のためにあるのであり、霞ヶ関のためにあるのではない。税は国家なりとはそういう意味なのである。


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2007/11/21

参院も守屋氏喚問 自公欠席、多数決で決定

2007年11月02日21時58分

参院外交防衛委員会は2日、守屋武昌・前防衛事務次官の証人喚問を8日午後1時に行うことを野党側の賛成で議決した。自民、公明両党が採決を欠席したため、形式上は全会一致になった。証人喚問は全会派が前もって合意し、全会一致で議決するのが慣例で、事実上の多数決での議決は極めて異例。慣例が破れたことで、今後、衆参両院で証人喚問が増える可能性もある。

自民党は2日、守屋氏の喚問について、補給支援特措法が衆院で可決されることを条件に、会期末前日の9日に行うよう提案した。民主党は「法案送付と証人喚問は直接関係ない」(簗瀬進・参院国対委員長)などと反発し、折り合えなかった。結局、与党欠席の中で採決が行われ、民主党・新緑風会・日本、共産、社民の賛成で議決された。

証人喚問は、大政党が政治的な意図で行うことを防ぐため、全会派が出席し、全会一致で議決することが慣例とされてきた。

同委は2日、守屋前次官に接待を繰り返した軍需専門商社「山田洋行」元専務の宮崎元伸氏と、同社長米津佳彦氏の参考人招致も決めた。


コメント:

防衛省の不祥事がクローズアップされている。しかしここで話題になっている不 祥事はどの省庁でも現にあることだ。独立行政法人も含めた税金の無駄ずかい、 無駄遣いではない税金の横領のガス抜きのための不祥事発覚である。どの省庁も、 防衛省も含めてはるかに大きな税金の横領が隠されているのである 官僚の人件費を含めた無駄遣い、裏金づくり、不必要な補助金、税金の横領とも いえる外郭団体への補助金、それに群がる天下り、挙げてゆけばきりがない。そ れらの不正に使われる税金を合計しただけで何十兆になるだろう。そのことを考 えれば医療・介護・福祉・教育の当面の問題は解決できることであろう。税金の 不適当な無駄使いはそれほど巨額にのぼるのである。官僚細胞は全身に転移する癌であり社会を脅かす存在なのである。 こうした官僚の腐敗は政権が交代することで是正されると言う楽観論もあるが、 それはあまりにも官僚組織を甘く見た見方である。政治家が官僚を支配すればよ いという意見もあるが、官僚組織はそんな柔いものではない。人が考えるよりも はるかに狡猾・陰湿な存在である。唯一の解決策は、万能ではないが、官僚の起 源である有償、無償のボランティアに帰り、政治から完全に切り離すことであろ う。それによって官僚に対する尊敬も復活することであろう。要するに安定した 生活や金を儲けようとする人を官僚から一掃することである。市民代表の無償の ボランティアの存在が必須である。それが制度の制度的基礎である。それが官僚 制度の構造なのである。


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2007/08/06

   原発再開「安全確認まで認めぬ」 柏崎市長が停止命令
       2007年07月18日12時43分

新潟県中越沖地震の影響で、東京電力柏崎刈羽原子力発電所で火災が発生するなどした問題で、柏崎市の会田洋市長は18日、東電の勝俣恒久社長と同発電所の高橋明男所長を市役所に呼び、消防法に基づいて発電所内の全基の危険物施設について緊急使用停止命令を出した。市消防本部の立ち入り調査で損傷の恐れがあったためで、停止期間の期限はないという。

消防法では原子炉について直接、停止を命じることはできないが、発電所の施設のために用意された燃料の貯蔵タンクなど危険物施設を停止すれば、事実上、発電所の運転はできなくなるという。

原発について消防法に基づく緊急使用停止命令が出された例としては、95年にナトリウム漏れ事故を起こした高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)がある。

会田市長はこの日午前、勝俣社長らを市役所に呼び、命令書を交付して「安全性の確保ができるまでは運転は認められない」と話した。これに対し、勝俣社長は「心よりおわび申しあげる。(市長の言葉は)真摯(しんし)に受け止めたい。徹底的に調査したい」と述べた。

市によると、市消防本部が17日、地震直後に発生した火災を受け、発電所に立ち入り調査を実施したところ、地盤が傷んだり、配管が変形していたりしたのが見つかったという。このため、同本部は、油の屋外貯蔵タンクなどの危険物施設が損傷する恐れがあるとみている。会田市長は「地震後の発電所には消防法上で極めて問題がある」と話している。

また、経済産業省原子力安全・保安院の加藤重治審議官も18日、市役所を訪れ、会田市長に保安院のこれまでの対応などを説明した。加藤審議官は「今回の地震は、想定していた揺れの激しさの、最大で2倍以上の揺れだった。東電に対して速やかなデータ解析を指示した」と述べた。


コメント:

柏崎市長の会田洋市長の判断は敬意に値する。日本における原発の歴史は多額の補助金を餌にデータ改竄と隠蔽の歴史であった。今回の事故にあっても、隠蔽と断定してよいかどうかは別としても、隠蔽と疑われても仕方のない公表の遅れが千数百箇所の損傷の内かなりの数に上ることは明らかである。日本の原発の安全神話は日本人の核アレルギー、この表現自体問題表現ではあるが、をなだめるために意図的に捏造された神話である。

話は飛躍するが先日久間防衛大臣の「しょうがない」発言があった。とんでもない話だ。原子爆弾投下によって戦争が早く終結し数百万のさらなる犠牲者の発生が阻止されたと信じている人も多い。はっきり言っておくが広島、長崎への原爆投下は原爆の実験であったことである。

東京電力柏崎刈羽原発の「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」座長の宮健三・法政大大学院客員教授の地震は同原発にとって「貴重な実験だった」ととする発言を思い出している。「しょうがない」発言に通じるとかある。そんな実験があってよいものだろうか。しかしその種の科学者が原発推進を主張してきたことを忘れてはならない。

言っておくがいまでも原爆は使われ続けている。劣化ウラン弾はまさに原子爆弾である。わたくしは化学兵器や細菌兵器も含めての無差別大量殺害兵器、の象徴として原爆投下は、アメリカにも注意を喚起しておきたいが、慰安婦問題と同じ戦争犯罪だと思っている。また、広島、長崎への原爆投下を断罪する人がもっと現在日常的に使用されている劣化ウラン弾の使用に反対の声を大きくしてもらいたい。

柏崎原発の地震による数千箇所における被害はかれらによれば想定外の出来事であったらしい。決して想定外の事故であったあずはない。隠蔽を隠蔽するための発言にすぎない。


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2007/07/11

   天下り仲介「新人材バンク」、渡辺担当相「民間使わぬ」

        2007年03月16日

渡辺公務員制度担当相は16日午前の記者会見で、国家公務員の再就職先を紹介する総務省所管の「人材バンク」の仲介業務が人材派遣大手「パソナ」に委託されることについて「私が言っている新人材バンクは全くこれとは異質。民間を使うつもりはない」と明言した。「省庁による天下りあっせん」の代替手段として自身が提案した「新人材バンク」では、民間委託しない考えを示したものだ。

さらに渡辺氏は「運用の話が100%固まらないと法案改正させないというのは、そもそも改革をやらせたくない人たちの言い分」と語り、「新人材バンク」の制度設計は今国会に提出する国家公務員法改正案には盛り込まず、引き続き調整する可能性を示唆。「省庁の(天下り)あっせんを残すのか残さないのか、それを何年以内にやるのか、すべてはそこに尽きる」と強調した。

一方、塩崎官房長官は同日の会見で民間委託について「どういう制度がいいのか民間の知恵も見ながら考えていくのは当然だろう」と理解を示した。菅総務相も「(民間委託は)全く問題ない。これと公務員改革は関係なく、切り離して考える問題だ」と語った。

また、同日朝の閣僚懇談会では、麻生外相ら閣僚から渡辺氏の天下り規制案への異論が続出。塩崎長官が「今日の(公務員制度改革をテーマにした)経済財政諮問会議の結果を見てください」と議論を引き取った。


コメント:

天下りに賛成か反対かと問われればもちろん反対である。官・民の人材交流はと問われれば賛成である。まず天下りといった官尊民卑的な化石的意識からは一刻も早く抜け出してもらいたい。

天下りの元凶は官僚組織のピラミッド型の年功序列の構造にある。天下りとは必ずしも言えないかも知れないが一般公務員の関連企業、外郭団体への再就職も広い意味で天下りと呼べるであろう。要するに天下りとは金の配分を持参金とする再就職である。

これまで各省庁が持参金付きで官僚を企業・特殊法人・外郭団体に紹介、ときには強要し、引き受け側も国家予算の何倍もある特殊財源のおこぼれにありつく卑しい期待があったのである。一般公務員にたいしても特殊法人などへの再就職を斡旋することで本庁内と同じ構造を構築し、それが自己閉鎖的な役人世界を持続可能なものとしてきたものである。

今回の改革で総務省のなかに「新人材バンク」を置き各省庁が独自に斡旋することを禁ずることで持参金付きの天下りを規制しようというものである。わたくしは上で述べたように官・民の人事交流には大いに賛成する者であるが、公務員が公務員のままで求職活動をすることが禁じられている以上ハローワークではなく「新人材バンク」で就職を斡旋しようと言うのもある程度理解できる。しかしそれでもって持参金付きの再就職がなくなるとは思えない。かえって天下りの暗部が地下にもぐるだけであろうと心配する。それぐらいのことはいまから準備が進んでいるのであり、官僚の狡猾さはどこまでもしたたかなものである。

これらの問題の解決にはまず第一に年功序列制を排し、定年まで勤められるようにすること、ある程度の制限は必要であろうがスト権をも含んだ労働者としての権利を保障する必要はあろう。第二に、重要性においてではない、情報の完全公開性の保証であろう。公務員と民間人の個人情報には自ずから異なっているし、民間人であろうと公務員との関係においては個人情報の開示が必要なことは言うまでもない。個人情報を一番悪用しているのが役人・政治家である現状は日本の民度の低さの現われである。

公務員は民を支配するものでないことは言うまでもないが、社会の奴隷でもなければ単なるサービス要員でもない。公僕というのはそういうことではないのである。社会秩序の保護と維持でしょう。それは誇りとしてよい仕事である。その仕事はもちろん有償であってもよいでしょうがボランティア的性格も持ち合わせているものです。ボランティアは無償であれ、有償であれ志願兵に起源する仕事であることを忘れてはならないでしょう。


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2007/06/18

  バイオ燃料、食卓に波風 原材料、品薄で高騰 マヨネーズ値上げ、ビール・牛肉も?

               2007年05月25日

植物を原料とし、地球温暖化対策の切り札として脚光を浴びる燃料「バイオエタノール」の生産急増が、幅広い食品の価格を高騰させる懸念が現実になってきた。食糧や飼料向けのトウモロコシやサトウキビが、燃料製造に大量に回っているためだ。飼料や食用油、食用油が原料のマヨネーズなどの価格も上昇。牛肉やビールに及ぶ可能性もある。バイオ燃料ブームの一方で、食卓への影響が広がりつつある。

マヨネーズ最大手キユーピーがマヨネーズを17年ぶりに約10%値上げするのは、食用油の価格高騰からだ。世界最大の穀倉地帯のひとつ、米国中西部の農家がバイオエタノールに使うトウモロコシの作付けを増やし、大豆畑を減らしているため、大豆を使った食用油価格が世界的に上昇。原料の7割が食用油のマヨネーズを直撃した。

食用油製造の日清オイリオグループは昨年から今年にかけ計4回、J―オイルミルズは同計5回、調味料メーカーなど取引先に値上げを要請。それでも原料調達コストに見合う価格水準ではない、という。

今後、牛肉やビールも値段が上がる可能性が指摘される。トウモロコシ生産世界一の米国では、トウモロコシを高値で買い取るエタノール工場への売却が急増。大手商社の住友商事によると、年明けからすでに2割がエタノール生産に回ったというデータもあるという。相場上昇との思惑も相まって、牛の飼料やビールの原料になるコーンスターチも値上がりしている。ビール会社は「原材料は高騰している。価格競争が激しいので、その分をかんたんに価格転嫁はできない」と苦しい胸のうちを話す。

米国と並ぶバイオエタノール大国のブラジルでも、エタノール主原料のサトウキビの作付けが増えオレンジ畑が減少。世界的なオレンジジュースの値上がりを招いた。

日本政府も地球温暖化対策として国産バイオエタノールの生産を拡大する方針だ。農林水産省や経済産業省など七つの官庁で構成する「バイオマス・ニッポン総合戦略推進会議」がことし2月、国産バイオ燃料の生産拡大方針をまとめた。

農水省は規格外小麦や非食用米、環境省は草や木、廃材などを使う計画で、「食糧高騰の原因とならない」としている。

ただ、草木原料からのエタノール製造は、トウモロコシなどに比べ工程が複雑でコストもかかり、「手っ取り早くエタノールを増産しようとすると、結局は食用穀物が使われかねない」とエネルギー業界関係者は難しさを指摘する。


コメント:

「主要国首脳会議(G8サミット)は7日午後(日本時間同日夜)、焦点となっていた地球温暖化問題について世界の温室効果ガス排出量を「2050年までに少なくとも半減させることを含むEU(欧州連合)、カナダ及び日本の決定を真剣に検討する」ことで合意し、世界経済に関するサミット宣言をまとめた。08〜12年の削減目標を定めた京都議定書の終了後の新たな枠組みについて、すべての主要排出国を含める形で09年までに合意を目指すことも明記した」という。結構なことだろう。しかしだれも額面どおり期待するものはいない。そういうことにでもしておこうとと言う程度の声明にすぎない。

クリーン・エネルギーとしてよく話題になるのは風力発電、太陽電池、原子力発電、最近では生物燃料、とくにエタノール燃料が話題になっている。わたくしは専門家ではないので間違いも多いかも知れないが話題になっているエネルギー源が二酸化炭素排出の削減になるのであろう。しかし気になるのは風力発電、太陽電池の作成に石油を使うことはないのだろうか。あるいは燃料電池の水素や酸素すら無限でないことを忘れないで欲しい。トータルに考えて二酸化炭素の収支は合うのだろうか。原子力発電に関してはまったく別の重大な問題がある。原子力発電の採算性は妥当なものと宣伝されている。しかし忘れてはならない。放射性廃棄物の処理費用はそこのは含まれていないのである。しかも何千年も先の子孫、何千年も人類が存在するとして、につけを回しているに過ぎないではないか。

最近とくに話題にされるエタノール燃料はどうだろうか。エタノール燃料を個別的に検討するまえに、一般的には生物エネルギーは熱エネルギーや電気エネルギーよりもはるかに効率的な燃料であることは一般に知られていることである。だからといってエタノール燃料を生命体内部での化学エネルギーと同一視するのは錯覚である。トウモロコシやサトウキビから作られるエタノールも化石化した太古の植物燃料も時間的要素を抜きにするならば同じである。エタノール燃料を推奨する理由としてエタノールを燃やして排出させる二酸化炭素はトウモロコシやサトウキビの生育過程において吸収されプラス・マイナスが均衡することがあげられるが、この議論には大きなまやかしがあることに気がつくはずであろう。それはトウモロコシやサトウキビの生産による土の崩壊であり、砂漠化である。京都議定書の批准を拒むアメリカはいまエタノール燃料の普及に熱心であるがそのアメリカは世界で砂漠化が最も早く進行している国であることを忘れてはならない。砂漠化を輪作でなんとかそれを防ごうという意見もあるがそれは気安めにしか過ぎない。むしろ世界の農業がトウモロコシやサトウキビ生産にシフトして多様性の喪失から由来する破壊の方がはるかに深刻なものであろう。それは食料の高騰どころではすまない問題である。

来年のサミットは日本で開催されるという。今回のドイツのサミットでは安倍首相は二酸化炭素の排出の規制を提案したということだが、来年のサミットでは食物連鎖の頂点に位置する人類の異常発生とサミット参加国の異常なる資源の無駄遣いの問題にたいする認識を確認してもらいたいものである。地球環境の疲弊はもはや技術的な問題をはるかに超え出る問題なのである。


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2007/06/05

   不明年金全額追い払い 領収書以外も対応 政府・与党

       2007年05月25日23時40分

政府・与党は25日、年金記録が宙に浮いたり、消えたりしている問題の対策を明らかにした。本来の年金額を受給していなかった場合、現行制度では差額を受け取れるのは過去5年分だけだが、時効をなくして全額受け取れるような特別立法を議員立法の形で行う。さらに安倍首相は衆院厚生労働委員会で、領収書以外の証拠でも年金を支払う考えを示した。与党はこうした対策と引き換えに同日夕、社会保険庁改革法案の採決を強行し、与党の賛成多数で可決した。野党は反発し、その後の審議を欠席した。 

一連の対策は、議員立法以外は、すでに政府が方針を示していたものも多く、目新しさはない。すべての記録にもれなく対応できる実効性も保障されていない。本人の申し出がなければ記録が正しくならない「申請主義」の原則は曲げなかった。このため、野党も「その気があればできることをきっちりやるだけの内容」と批判している。

安倍首相は25日の質疑で「領収書がなければダメだ、という(社保庁の)今までの態度は改める」と明言。厚労省も同日夕に発表した対策で、社保庁と本人の双方に記録や証拠がない場合の手続きなどを「できる限り早期に策定する」という項目を盛り込んだ。

一方、柳沢厚生労働相は与党委員の質問に答える形で、年金記録が浮いたり消えたりしたことで損害が生じている人の救済策や、損害を未然に防ぐ策を提示した。「宙に浮いている年金記録」5000万件のうちの生年月日が不明なデータや受給年齢に達しているデータ計2880万件と受給者3000万人のデータを突き合わせ、「宙に浮いた記録」の持ち主と思われる人に記録確認を申し出るように呼びかける。

また、保険料納付期間が25年に満たず、無年金となっている人の中には「宙に浮いた記録」を合わせれば受給可能となる場合もある。このため、対象年齢層が重なる介護保険の仕組みを利用し、市町村が介護保険料通知書を送る際に、年金についても確認を呼びかける文書を同封する。

さらに、現在は市町村などに残っている古い記録と社保庁のコンピューター記録が一致しているかどうかの点検作業も進める。柳沢氏は「(点検には)専門的知識が必要なので、社保庁OBをあてることを考えている」と話している。

また、記録が正しく訂正されたときでも、現在は時効の規定により差額を5年分しか取り戻せないが、議員立法で時効を適用せず差額を全額もらえるようにすることを、政府・与党の方針として確認した。


コメント:

5000万件の年金記録が「宙に浮いている」というだけでもあきれたことなのだが、自らのミスを改めるのに相手に30年前の領収書を持って来いという神経にはさらに驚くばかりである。さらに不遜なことに権利を剥奪された受給者の救済を考えているという。よくも「救済」という言葉が使えるものだと思う。おそらく税金で穴埋めすればよいという感覚なのだろう。とんでもない、それは税金の新たな横領、横流しにすぎないではないか。本来はミスをしたものの身銭で「弁済」あるいは「賠償」するというものではないのだろうか。給料や退職金を返上して「弁済」するものであろう。わたくしは年金保険庁の解体を求める者ではあるが、彼らの弁済義務が終わるまで解体は許されない。金が掛かっても新しい責任の取れる形の機構を作り社会保険庁はすでに述べたように無報酬で問題を解決せねばなるまい。さすがに自民党もそのことに気がついたのか選挙を睨んで「時効に関する特例法」と議員立法から救済という文字を削除したようだが、それでもまだ国民に対する謝罪の気持ちは伝わってこない。ミスを犯したのはだれかということをもっと自省してもらいたい。

参院選と世論の動向が気になるのか急遽「社会保険庁改革関連法案」と「年金時効特例法案」が4日に参院で審議入りし、混乱の内に強行採決された。時効を停止する年金時効特例法案は取りあえず成立させておく必要はある。このこと自体に議論の余地はない。即時に成立させる必要は与野党を問わず国民も理解している。政府はその他の法案との抱き合わせで成立させたいだろうが、時効の停止だけは切り離して議員立法で成立させておくことには大いに賛成である。問題は「社会保険庁改革関連法案」との抱き合わせである。

「社会保険庁改革関連法案」は「天下り」を規制する公務員制度改革関連法案の一環として徹底した議論が必要である。「社会保険庁改革関連法案」は社会保険庁のこれまでの不始末、最低5000万口の宙に浮いた問題を彼ら自身の手で是正し、国民に対して謝罪した後のことであろう。このこと自体これまでの社会保険庁の腐敗体質からして期待できないであろうがその場合厚生労働省のみならず政府全体の責任として省庁を超え、全体の共同責任として解決せねばならないであろう。そのための経費も一般税ではなく公団・機構・特別法人などなどにばらまかれている特別会計からひねり出せばよかろう。無駄や不適切な予選を整理・削減するだけで数兆円はすぐにでも捻出できるはずである。

公務員改革は公務員の手にはあまる改革である。これまでの行状から見ても彼らが明日から真剣に改革に取り組むとは国民のだれも考えないであろう。それこそ官・民の知恵を総動員し、若手官僚のなかにも優秀な人材は多くいるのである、財界の全面的協力の下、政治主導で実現せねばならない事業である。戦後レジームからの脱却どころか明治以来の維新的大事業である。少なくとも「社会保険庁改革関連法案」の強行採決、しかも議員立法で、公務員制度改革のお茶を濁して済むような問題ではない。


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2007/05/10

     奨学生と特待生の線引き曖昧な学生野球憲章

          2007年04月23日

春季大会が全国で開催されている。今月の21日からは九州、続いて四国、東海などの地区大会が始まり各県の上位校が顔をそろえる。選抜の重要な資料となる秋の大会に比べるとやや重みが薄いが、それでも夏のシード権がかかることもあり、気を抜けない。

大阪府の大会では、大阪桐蔭の中田がPL学園のグラウンドであった2回戦で、中堅後方にあるネットを飛び越す場外本塁打をかっ飛ばした。130メートル級の豪快な一打だが、昨秋の近畿地区大会で紀三井寺球場の場外160メートル近い大本塁打を放った実績があるだけに驚くほどではない。それにしても、清原(オリックス)らが高校時代に腕を磨いたグラウンドでの一発に、清原―中田と続く長距離砲の不思議な縁を感じる。本塁打を量産する”怪物”は歩みをとめない。

一方、選抜大会に25年ぶりに2校が出場した高知では、選抜帰りの室戸が明徳義塾に完敗、さらに順位決定戦では高知も苦杯をなめた。愛媛でも今治西が済美に大敗するなど厳しさを味わっている。

指導者にとっては、夏に向けチームの再構築に入る。また、新入生の”品定め”をする時期でもある。部の雰囲気や高校生活に慣れるに従って、選手が持つ能力を徐々に発揮してくるからだ。足の速さや肩の強さ、パワーといった身体能力に加え、精神面の強弱などが徐々に見えてくる。それを今後の指導に生かせるかも重要になってくる。

ところで、西武の裏金問題から端を発した特待生制度について日本高野連が加盟校の実態調査に乗り出す。サッカーや陸上、水泳など他の競技では当たり前になっている奨学制度が、なぜ野球だけがだめなのかといった疑問について、高野連は「野球を対象にした特待生制度は未成年の部員にとって野球偏重の生活になる」。高校野球は教育の一環の姿勢を貫く方針だ。中学生の引き抜きや学校間の競争が激化、野球留学と密接に関係し第3者の介在などの弊害を危惧している。

今回、特待生制度を禁じた学生野球憲章の13条を堅持することを再確認した。とはいえ学業成績優秀者や家庭の経済事情による奨学金制度まで禁じておらず、曖昧な部分を残す。全校調査も学校側の良識に委ねることになる。高校野球の将来に向けてどういう線引きをすればいいのか、検討が求められる。


コメント:

西武の裏金問題から端を発した特待生制度について議論が沸騰している。問題は要するに青田買い、あるいは青田刈り、の問題である。かっては企業による学生の青田買いが問題となったし、多かれ少なかれいまでも行われ、教育にたいする悪影響が議論された。

一般的な議論から入ると特待生であろうと奨学生であろうと親を含めて彼らを推薦する監督、コーチ、学校がそれで金品を受け取ることはあってはならない。学生の場合は一人の社会人として別の配慮が必要だが子供の場合彼らはけっして商品ではないのである。どんな理由を付けようとこどもを売買してはならない。

日本では入試において平等、公平がとくに重要視されるが、それが最大の悪平等、最大の不公平を招いていることも反省しておくべきであろう。運動会で手をつないでゴールするような馬鹿な真似は早く払拭したいものである。学校や大学はその学校や大学のために貢献できる学生を取ればよい。学問的業績で貢献できる者は学問で貢献すればよい。スポーツで貢献できる者はスポーツで貢献すればよい。スポーツは学生を鼓舞する最大の応援団でもある。学校や大学は彼らを特待生として招聘してよいのであるが、そこに企業が介入する余地はないし、それを企業に頼るのは学校・大学があれば、それは自己を否定することであろう。

それに対して奨学生は特待生よりも一般的・抽象的に経済的理由で進学できない、研究できない生徒・学生を援助すればよい。彼らはどこへ進学しようとも企業の口出しする問題ではない。もし個別の企業がどうしても必要とする生徒や学生がいるならば、まず企業がその生徒や学生を社員として雇用し、しかる後に志しや研究分野を同じくする学校・大学に教育を委託すればよいのである。そのことによって企業や親はもっと慎重にならざるをえないだろう。それはよ
いことである。

今回の西武問題で明らかになった不透明な問題は日本でのスポーツのあり方にもその遠因がある。日本でスポーツは学校体育として発展してきた歴史がある。そこに「健全な身体に健全な精神が宿る」といった誤解が一般化されたのである。もともとギリシャのプラトンの時代から「健全な身体に健全な精神が宿ればどれだけ素晴らしいことであろう」ということ、つまり健全な身体に健全な精神が宿ることがいかに珍しいことであったかを語っている。日本のスポーツ界ほど腐った世界はないのである。どれだけ多くの素晴らしいスポーツマン、指導者がその被害を蒙っているか、悲しいことである。日本もそろそろ学校スポーツから卒業し地域に密着した共同体のクラブ制度の充実に向う必要があるのではないだろうか。


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2007/04/22

【日経新聞】

   安倍首相「大変、抵抗感じる」、「赤ちゃんポスト」関連で見解

安倍晋三首相は23日夕、熊本市の慈恵病院が親が育てられない新生児を引き受ける国内初の「赤ちゃんポスト」設置を計画し、厚生労働省が事実上容認する見解を熊本市側に伝えていた問題について、「私は基本的には匿名で子供を置いていけるものを作るのがいいのかどうか、私は大変抵抗を感じる」と批判的な見解を示した。

批判的な理由としては、「ポストという名前に大変抵抗を感じる。やはり、子供を産むからには親として責任を持って産むということが大切ではないか」と指摘。また、低所得者らの事情については「いろんな事情にある方についての対応は考えなければならないと思う」と配慮を示しながらも、「基本的には既にそういうお子さんたちに対応するための施設等もある」と訴えた。


コメント:

安倍首相の見解は理解できる。しかし彼がこの種の問題に対していかに無知であるか、あるいは無関心であるかを示してはいないだろうか。というのも彼の見解、あるいはこの問題に対する反応、はあまりにも現実を無視しているか無知であるか疑わざるをえないものであるからである。

「私は基本的には匿名で子供を置いていけるものを作るのがいいのかどうか、私は大変抵抗を感じる」というが抵抗を感じない者がいるだろうか。わたくしも抵抗を感じる一人ではあるがそれでも匿名で子供を置いてゆかざるを得ない現実がある。基本的には政治が悪いと言いたいところだがいまそれを強調するすることは避けよう。しかし「匿名で子供を置いてゆく」ものを非難するのではなく、そうした現実を政治の責任として感じてほしいのである。なぜならそれは教育、政治、経済と無関係な問題ではないからだ。安倍首相は世界の貧しい国における子供の置かれた状況に心が及ばなかったのだろうか。

貧しいが故の子供の間引き、子供の人身売買、この日本でもごく最近まで日常的に行われていたのである。確かに身勝手な欲望を満たすための子供の放棄があることは事実であるが、すべてのケースをそのカテゴリーに納めることは間違いである。

また安倍首相は即物的な「赤ちゃんポストという名前に抵抗を感じる」というが、おそらく郵便ポストからの連想であろう。多くの人もまた同じであろう。しかし、POST は何も郵便ポストだけがポストではない。POST とはドアー・ポストでもありドアー・ウェイでもある。未来への入り口という意味もあることを忘れてはならない。「赤ちゃんポスト」という名前に抵抗感があるからといってそれを「こうのとりのゆりかご」と言い換える方がよほど不真面目なこととわたくしは思う。問題を直視することなく名前だけを変えて良心の呵責を和らげようとすることこそわたくしには卑怯極まりないことと思う。

小さな命が失われるよりはましと受け止めるべきなのだろうか。だが「置き去りを助長する」など、反対意見は依然多いことであろう。赤ちゃんが危機一髪を脱しても、その後の成育過程で「生きていてよかった」と思えるかどうかは、誰にもわからないという危惧もあろう。

「置き去りを助長する」という心配は杞憂だろう。赤ちゃんポストをすでに70ヶ所以上も設置しているドイツにおいても無責任な置き去りはけっして増えてはいない。母親の子供にたいする感情はもっと信頼してよいだろうし、そうであると思いたい。もちろん科学の進歩と共に人間が培養され、栽培される時代において産みの親がどのような意味を持つのかという心配もないではない。虐待や置き去りの憂き目に遭う子、生まれる前に人工中絶される「子」も後を絶たない時代になっているがそれもあながち生殖科学の進歩と無関係ではないであろう。

生まれてきた命を大切にするのは最優先されるべきことである。一方、人間は自分のルーツを知りたく思う動物であることも忘れてはならない。そのことと匿名性をいかに和解させるか、こころのケアーをどうするのか、問題が多いだろう。「保護者がいなかったり、保護者に養育させることが望ましくなかったりして施設に入所、あるいは里親に育てられている子は、2005年度で3万6000人余り。30年前に比べればやや減っているものの、ここ数年は増加傾向にある」という。また、欧米に比べると、里親や養子といった制度への関心が依然低い日本において「赤ちゃんポスト」をめぐるニュースが、子どもにとって誰に見守られ、どんな育ち方をするのが幸せかを改めて考える必要があろう。


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2007/04/09

   道徳、「教科」に格上げ案 教育再生会議分科会が提言へ
       2007年03月30日03時04分

政府の教育再生会議は29日の学校再生分科会(第1分科会)で、「道徳の時間」を国語や算数などと同じ「教科」に格上げし、「徳育」(仮称)とするよう提言する方針を決めた。「教科」になれば、児童・生徒の「道徳心」が通信簿など成績評価の対象になる可能性があるうえ、教材も副読本でなく教科書としての扱いとなって文部科学省の検定の対象となりうる。ただ、反対論も予想され、再生会議での議論は過熱しそうだ。

(中略)

第1次報告では「我が国が培ってきた倫理観や規範意識を子供たちが確実に身につける」と提言しており、再生会議で充実策を検討してきた。

29日の第1分科会後に記者会見した副主査の小野元之氏(元文部科学事務次官)は「道徳を教科としてしっかり教えるべきだ、ということでおおむね(分科会の)合意が得られた」と述べた。「授業時間数を増やそうということではない」(小野氏)が、高校でも教科にすることを想定しているという。

また、主査の白石真澄氏(東洋大教授)は、成績評価の対象になるかどうかについて「議論していない」としながらも、「教科になるということは、いま絶対評価で1〜5と成績がついているので将来的には成績判定がなされると思う」と語った。ただ、白石氏は「戦前の修身のように先祖返りするのではなく、人としてどのように生きるか、他人をどう思いやるか。命あるものを尊重すること(を教えること)で環境教育にもつながる。全体主義になったり、右になったりするわけではない」と強調した。

一方、再生会議を担当する山谷えり子首相補佐官は、成績評価について「(徳育は)知識だけでなく、心のありようなので、1〜5で評価できるかどうかは今後、十分議論されていくだろう」と述べるにとどめた。

(中略)

再生会議が徳育を教科に格上げするのは「道徳の時間は取られているが、きっちり行われているかというと、先生方も熱心でない方もいるし、教材も充実していない」(小野氏)との現状認識からだ。現在は教育委員会が刊行した読み物資料などが使用されているが、小野氏は「教科にするメリットは、教科書をきちんとつくって規範意識や道徳心、規律を教えていくこと」と述べている。


コメント:

政府はどうしても道徳教育をカリキュラムに入れたいらしい。道徳教育の背後にかっての「修身」があるのではないだろうか。つまり道徳を時の政権の支配下に置きたいのだろうか。彼らは道徳がそもそもいかなるものであるのかご存知なのであろうか。あるいは道徳と倫理の違いをご存知なのだろうか。また、教育という言葉を簡単にお使いになるが私教育と公教育の違いをどう考えられているのだろうか。

鳥も動物も雛やコドモが独力で生きて行けるよう訓練する。それも教育である。また、群れを作って生きる動物は群れの掟を躾けてゆく。これも教育であろう。群れが抽象化され共同体となり社会となって行くのだが抽象化の程度により教育は社会の秩序を維持し、共同体のアイデンティティーを守るためにも教育が必要となる。

道徳、倫理、モラルは社会における人と人との関係をさだめる規範、原理、規則の総体である。しかしそれは、国家の強制力をともなう法律とはちがって、人々の良心や社会の世論または習慣を基礎とする。それらは本来的に公教育にはなじまないものである。なぜならば公教育は時の権力の国家観や共同体観に支配されるものであるから。権力から独立した公教育など本来在り得ない。

しかしそうだからといって国家が道徳や倫理の教育に無関心でありえないことは言うまでもないことである。そこで議論を単純化するために哲学的には異論があるところであろうが道徳と倫理を習慣や伝統やモラルの抽象度の違いとして考えてみるのも問題の整理には役立つところであろう。つまり倫理を道徳、慣習、モラルの抽象化されたものという意味での法律ならびに順法精神とでもしておこう。であるならば道徳教育は教科としてではなく家庭、共同体、宗教、もちろん学校での集団生活を通しての教育・躾けであり、教科書は童話であり、民話であり、偉人伝や説法ということになる。少なくとも学校で使う教科書ではありえない。それにたいして法律、倫理規範、順法精神は公教育の教科として教えられ、相応しい教科書教育であってなんの異論もない。

現代政治の教育や宗教のからの独立が神話化されすぎているのではないだろうか。もちろん党派教育やイデオロギー教育を容認するということではない。ただそれらは歴史教育のなかで扱われるものなのである。たしかに歴史として確立されていない現代史は歴史的事実の不確定性からして困難であろうが、ディスカッションや議論を通して倫理的問題に還元することで正義感を醸成する以外にはなかろう。要は公教育に関する議論において道徳という言葉をあまり軽々しく、無反省に用いてほしくはないということなのである。

最近コンプライアンスという言葉に多くの企業が振り回されている。カタカナにすることによってなにか重要な、新しいことをやっているような錯覚をもっているがコンプライアンスというのは順法ということであってあまちにも当たり前のことに過ぎない。つまり現在の日本社会において上は政治家や官僚から民間にいたるまで最低限度である法律すら守っていないことを自白しているようなものである。この順法精神こそ公教育の場で徹底して教育すべきであろう。しかし、道徳教育の必要性を声高に求める人こそ道徳教育が必要なのである。


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2007/03/25


   大麻注意され逆上、母親を刺した疑いで男を逮捕 埼玉
        2007年03月20日06時12分

母親を包丁で刺したとして川口署は20日、埼玉県川口市朝日5丁目、無職本木健人容疑者(23)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕した。本木容疑者は「大麻を吸っているのを注意され頭にきた」などと話している。母親はまもなく死亡しており、同署は容疑を殺人に切り替えて調べる方針。

調べでは、本木容疑者は19日午後11時47分ごろ、自宅マンションで母親の会社員光代さん(49)の首を包丁で刺した疑い。光代さんは搬送先の病院で間もなく死亡した。

本木容疑者は、自分の部屋で友人の無職男(23)と2人で大麻を吸っていたところを、光代さんに注意され逆上したという。同署はこの友人も、大麻取締法違反の疑いで現行犯逮捕した。

本木容疑者は光代さんと父親(55)の3人暮らし。同じマンションの住人が「けんかをしているようだ」と110番通報し、かけつけた署員が現行犯逮捕した。

   放火容疑で父親逮捕 川崎の3人死亡火災
        2007年03月20日20時58分

川崎市川崎区駅前本町で20日未明に3人が死亡した住宅火災で、川崎署は同日、世帯主の無職中根祐二容疑者(55)を殺人と現住建造物等放火容疑で逮捕した。中根容疑者は「作り話だ」と否認しているという。

現場から見つかった遺体は、中根容疑者の長女で同居していた直井幸子さん(22)と、幸子さんの長女さくらちゃん(2)、次女かんなちゃん(1)とみられ、同署で確認を急いでいる。

調べでは、中根容疑者は同日未明、1階の台所に火をつけて木造3階建ての自宅約130平方メートルを全焼させ、3人を殺害した疑い。火災当時、幸子さんが、外出していた夫(28)に、「お父さんが火をつけた」と電話をしていたという。放火の詳しい方法は特定されておらず、同署は慎重に捜査を進めている。

 同署によると、中根容疑者は火災当時、泥酔状態だったという


コメント:

子殺し、親殺しが新聞・テレビを賑わすこの頃。犯罪の動機はさまざまである。身勝手な理由からこどもが邪魔だと拷問し、殺害にいたる母親、あるいは母親に拷問を強要する男たちによる虐待。思いどおりに行かず親をうっとうしく思う子ども。いずれの動機もあまりにも単純であるがゆえに不可解な動機。一方において他人事とは言い切れない老老介護の疲れからくる殺害や心中。

わたくしは昔は良かったと言う者ではない。しかしこれらの事件は今日この頃を特徴付ける事件であろうか、それとも昔からあった事件ではあるが他人の不幸を飯の種にして大袈裟に報道し真顔で無責任な解ったかのようなコメントをしてはすぐに忘れてしまうワイドショーによってことさら表沙汰にされる事件なのであろうか。

わたくしはこうした事件は昔からあったし、現在では気まぐれな報道によって社会の目に曝されるようになっただけのことであると思う。しかしここで強調しておかなければならないことは、報道、特にワイドショー特有の無責任な物知り顔になされる解説が現在の犯罪の特徴づけているのである。現代の犯罪の特徴はテレビの報道によって作られると言える。ワイドショーの解説者には知らないことがまるでないかのようである。何事にも一言あるのだ。その一言が問題なのである。彼らが解説するとおりの拷問が、そして犯罪が繰り返されることになる。つまり拷問や犯罪が類型化されるのである。そして類型化された拷問・犯罪がくりかえされることになる。犯罪の特徴はゲームや社会の状況、人間関係にも依存するとも言われる、それも真実の一面ではあろうが、それ以上にテレビの解説に依存するのである。拷問・犯罪はテレビの報道を模倣する。具体例は各自実証してもらいたい。要するにテレビの、とくにワイドショーの解説がその解説するような犯罪を誘発され、それがワイドショー解説者の独断的解説を彼らをして確信に至らしめる。ほんらいそのような犯罪は報道される必要がないものであり、報道されるとしてももっと淡々と事実として報道され、問題はそれぞれの専門家の分析・考察に任されるべきものであろう。知ったかぶりをする素人の解説は不必要なのだ。われわれが必要としているのは推測や感想や何でも無責任な意見ではない。


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2007/02/09

   世界の気温「100年後1.8〜4度上昇」 温暖化会合
        2007年02月02日16時11分

地球温暖化の科学的根拠を審議する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1作業部会」会合が1日、パリで開かれ、第4次評価報告書を承認した。報告書では、温暖化は確実に進み、人間活動による温室効果ガス排出が要因の可能性がかなり高いことを確認。21世紀末には、循環型社会を実現しても約1.8度、化石燃料に依存し高度経済成長した場合だと約4度と、幅はあるが気温上昇は避けられないと予測した。温室効果ガス削減と、気温上昇で起きる事態への適応を強く迫る内容だ。拘束力はないが、京都議定書などの交渉にも影響を及ぼしそうだ。

世界の平均気温は、上昇している。報告書によると、1906〜2005年の世界の平均気温は、0.74度上昇し、第3次の報告書にある0.64度(1901〜2000年)より大きな上昇となった。北極の温度上昇率は、地球全体の平均のほぼ2倍だ。

海面上昇も確認した。20世紀の100年間で約17センチ上昇。海水温の上昇も3000メートルの深さまで及んでいた。

南北アメリカの東部、欧州北部、アジア北部と中部では降水量が増加。一方、地中海周辺、アフリカ南部、南アジアの一部で乾燥化していた。

IPCCは、こうした変化が人間の活動によるものかどうかを検証した。主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の濃度はいま、産業革命以前の約1.4倍。メタンは2.5倍になっている。

観測された広い範囲の気温や海水温の上昇、海氷の減少は、太陽活動の周期など自然変動だけでは説明がつかず、温室効果ガスの増加が主因と考えるとつじつまがあった。

ただ、人為的温暖化の確かさを報告書でどのように表現するかが議論となった。最終的には90%を超す確率であることを示す「人為起源の可能性がかなり高い」とした。

IPCCでは、将来の六つのシナリオを示し、21世紀末の平均気温が80〜99年に比べ、省資源で環境に配慮した循環型社会を実現すれば約1.8度(1.1〜2.9度)上昇、化石燃料に依存して高い経済成長を実現すれば約4度(2.4〜6.4度)上昇、と予測した。同様に、海面上昇については、18〜59センチの上昇と予測した。

北極海の海氷縮小は今後も続き、北極海の夏の海氷は21世紀後半にほぼ消滅する。熱波や豪雨現象が増える可能性がかなり高くなるほか、降水量は高緯度で増え、低緯度で減る傾向だという。

大気中のCO2が増えると海水に溶け込む量も増え、サンゴの骨格などが分解されてしまう恐れもあると指摘している。

●1度上昇で水供給危機5000万人、3度上昇で1億7000万人が洪水

世界の平均気温が数度上昇したらどうなるか。英政府が発表した「気候変動の経済影響」(スターン報告)では、具体的な様子を描いている。

例えば、1度上昇で5000万人に水供給の危機▽2度上昇でアフリカの作物収量が5〜10%落ちる▽3度上昇で1億7000万人に洪水の危険が及ぶ▽4度上昇で北極圏のツンドラの半分が消滅、などだ。22世紀に5〜6度の上昇があった場合、損失は世界の国内総生産(GDP)の5〜10%に及ぶとも警告している。

     ◇

【IPCC第1作業部会による第4次評価報告書の骨子】

・世界の平均気温・海洋温度の上昇、氷河の融解の増加、海面上昇から、地球温暖化は明らかである。

・20世紀半ば以降に観測された世界の平均温度の上昇は、人為起源の温室効果ガス増加に原因があるとする確率は90%を超す。

・今後20年間では、10年あたり0.2度の温度上昇が予測される。

・21世紀末までに温暖化はさらに進む。世界の平均気温は、20世紀末に比べ、循環型社会を実現した場合で約1.8度上昇、高い経済成長で化石燃料に依存した場合だと約4度の上昇を予測。

・21世紀末の海面水位は、20世紀末より18〜59センチの上昇を予測。

・台風やハリケーンの発生数は減少するが、強さは増す。

・北極海の夏の氷は、21世紀後半までにほぼ消滅する。

・大気中の二酸化炭素濃度の増加により、海洋の酸性化が進む。

コメント:

現代の重要問題はイラク問題でもなければ、イラン問題でもない。パレスティナやテロの問題でもない。現代地球の最重要問題は地球温暖化現象である。人類同士が争っている時代ではない。地球環境保全に向け全世界が争いを止め協力し合わねばならないのである。今ほど同じ地球号の同乗者であることを認識しなければならない。確実に人類滅亡に向かって歩をすすめている。あと5分しか残されていないのだ。

これまで地球の温暖化は人間の活動に起因するという意見もあれば地球の長い気候変更の一部であると見るとする意見もあった。しかし、今回の IPPC の気候変動に関する報告書は人為的温室効果ガスの増加に原因がある確率は90%を越すと結論している。どうやら地球温暖化は気候変動の一環ではなく仁元の活動によるものであるというのが結論である。わたくしはこの結論は正しいと確信している。それは現代文明の非効率的エネルギー使用だけの問題ではない。それだけなら効率的エネルギー利用技術の開発、代替エネルルギーへのシフトでの克服も可能であろう。しかしより大きな問題は人口の爆発的増加である。

現代はヒトの大発生の時代である。ヒトの大発生が地球環境を崩壊させ、生態系を乱しているのである。これは自然の崩壊と誤解する人も多いのだが、自然は人間と人間生活の環境の調和にに生み出されるものなのであるが、現在人間と人間の棲息する環境の間に和解が成立せず、自然が崩壊の一途を辿っているのである。その結果地球環境は荒野と化しているというのが現状であろう。自然の崩壊は崩壊が始まれば雪崩現象的にしょうじるのであって、それを阻止することは難しいというより、不可能と言ってよかろう。

現代世界の人口の2割が8割の資源を使っているといわれている。最近それに中国、インド、とくにアジアの諸国の人口増加と経済活動が飛躍的に延びている。彼ら、特に中国は、温暖化ガスは先進国が無節制に吐き出してきたもので責任は先進国にこそある、中国はじめ後発国には責任はないといってはばからない。ただ中国の主張はもっともである。ただだからといって温暖化ガスの排出する権利があるというのは矛盾である。彼らは地球号という同じ惑星の乗組員である。温暖化現象は中国だけは除外してくれるというものではない。中国は歴史がお好きなようだが歴史議論をし、仲間割れしているばあいではないのである。

日本は環境対策の先進国だと自認しているようだ。環境対策技術の輸出で金儲けをすればよいという人々もいるようだが、そこは先進国の一つとして技術を輸出するのではなく、無償で提供することで歴史的償いを果たさねばならないであろう。幸いブッシュ大統領、アメリカとは言わない多くのアメリカ人は事実を認識しているのだから、もようやくイラク政策の失敗の追求を逸らすためとはいえやっとその気になった節がある。理由は何でもよいのだ。要するにそれだけ急を要する事態なのである。


今日・最近のニュース:哲学者のつぶやき
2007/01/25

   教育基本法改正案、衆院で可決 野党は採決を欠席
        2006年11月16日13時35分


安倍政権が今臨時国会の最重要法案と位置づける教育基本法改正案は16日午後の衆院本会議で自民、公明両党などの賛成多数で可決した。同日中に参院へ送られる。民主、共産、社民、国民新の野党4党は15日の衆院教育基本法特別委員会で与党が単独で採決したことに抗議して16日の本会議を欠席した。一部の参考人質疑を除いてすべての国会審議を拒否しており、与野党が正面から激突したまま舞台は参院に移る。

民主党の高木義明国対委員長ら野党4党の国会対策責任者は16日午前、自民党の二階俊博国対委員長ら与党国対委員長と国会内で会談。高木氏は前日の衆院特別委で与党が単独採決に踏み切ったことについて「巨大与党の数の暴挙だ。教育タウンミーティングの『やらせ』の上に築かれた欠陥基本法で審議も不十分だ」と抗議、16日の衆院本会議開催を取りやめて審議を特別委に差し戻すことを求めた。これに対して、二階氏は「そろそろ採決すのは当然だ」と述べ、要求には応じられないとの姿勢を示した。河野氏は高木氏ら野党4党の国対責任者を国会内の議長室に招き、衆院本会議への出席を促したが、高木氏らは応じなかった。

野党は16日午前、国民投票法案を審議している衆院憲法調査特別委員会の小委員会と、いじめ問題を審議している衆院青少年問題特別委員会の2委員会だけ出席、参考人質疑を行った。だが、その他の衆参の各委員会では野党が審議を拒否。与党は、教育基本法改正案が衆院本会議で可決された後、防衛庁の省昇格法案を審議する衆院安全保障委員会など各委員会を単独で開く構えだ。


コメント:


教育基本法があわただしく可決された。わたくしは今回の改訂教育基本法の中味について議論しようとは思わない。細部について議論すればするほど基本的な問題からずれてゆくからである。改定ということはこれまでの教育基本法は基本的に良しとして、不具合なところを改定しようということであるはずだ。しかし安倍氏や他の自民党の多くの議員は戦後の教育基本法は与えられたものであり、新しく自分たちの手で作り直そう、それは戦前の教育観に戻って考えることであると聞こえる。それは憲法改正と論議にも共通するところである。彼らが言う憲法改正、教育基本法の改正は戦後の憲法を認めた上で修正しようというこでないことは明らかであろう。

少なくとも敗戦前明治以来において教育基本法に相当するものは教育勅語であったのではなかったでしょうか。ただしそれはそれは国家による教育というより家庭教育あるいは人の生き方としての教育といってもよいものではあったとは思う。それは致し方のないところかも知れない。国家と国の区別が曖昧な上に国民は天皇の家族的位置づけにあったからでもあろう。日本において近代的な意味で国家を自覚したのはごく最近のことで、いまだにその区別さえつかない議員連中も多いのが現状だから。いじめの問題撲滅のために教育基本法を改定するとでも思っているような議論が多すぎるのである。

現在では教育勅語そのものも知らない議員が多い仕方がないことかも知れませんが、戦後の教育基本法を改定、修正ではなく日本人自らの手による教育基本法を制定しようというのならば、やはり教育勅語から出発する以外にはないでしょう。ここに老婆心ながら教育勅語を転載しておきましょう。ただし、教育基本法との関係としては初期の連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ)の教育勅語改訂構想もあり、教育勅語の廃止は元々決定されていたものではなかったが、その後GHQは、廃止の方針を決めた。また、教育基本法の起案者の1 人であった田中耕太郎も、教育基本法では教育精神的な規定を設けずに、教育勅語を初めとする文書類との棲み分けを図ろうとしていた時期もあるが、後に田中耕太郎は、自己の著書の中で、教育基本法が教育勅語の代わりとなったことを記した。

なお、教育勅語は、神聖的なとりあつかいや朗読が既に止められていたが、1948年6月19日に衆議院では排除、参議院では失効確認がされたものです。

教育勅語

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニコヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シコ器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン

斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其コヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日
  御名御璽

というものでありました。現代語訳も付記しておきましょう。

教育ニ関スル勅語

天皇(明治天皇)ご自身がお考えになるに、天照大神(あまてらすおおみかみ)以来の天皇のご先祖たちが我が日本を建国するにさいし、その規模は広大で、いつまでもその基礎が揺るぐことのないようにされ、さらに、ご先祖たちは身をつつしみ、国民をたいせつにして、後の徳政のお手本を示された。天皇の臣民である日本国民は、いつの時代も忠孝をつくし、国民が心を一つにしてその美徳を発揮してきたこと、これこそ我が国体(天皇制社会)のもっともすぐれた点であり、教育の大もともここに根ざしていなければならない。

お前たち臣民(児童・生徒)は、父母に孝行し、兄弟は仲良く、夫婦も仲睦じく、友人とは信頼しあい、礼儀を守り、みずからは身をつつしみ、人びとには博愛の心で親切にし、学業に励み、仕事を身につけ、さらに知識をひろめ才能をみがき、人格を高め、すすんで公共の利益の増進を図り、社会のためになる仕事をし、いつも憲法を大切にし、法律を守り、ひとたび国家の一大事(戦争)になれば、勇気をふるいたて見も心もお国(天皇陛下)のために捧げることで、天にも地にも尽きるはずのない天皇陛下の御運勢が栄えるようにお助けしなければならない。こうすることは、単に天皇の中良な臣民として行動するというだけのものではなく、同時に、お前たちの祖先が残したすぐれた点を継承し、それをほめたたえることにもなるのだから。

このような教えに従うことは、まさしく我が天皇の祖先たちが残されたおさとしで、皇室の子孫も臣民もともに守るべきものであり、之を過去現在のどの時代に当てはめても間違っていないし、国の内外、世界中に当てはめても誤りではない。自分(天皇)は、お前たち臣民たちとともに、このことを自分自身によくいい聞かせ、その教えを守り、君臣一体となってその徳をより高めたいと思う。

明治23年10月30日
御名(明治天皇、睦仁)御璽(天皇の印)

高嶋伸欣(琉球大学教授)訳
高嶋伸欣『教育勅語と学校教育』(岩波ブックレットNo.174)1990年


今日・最近のニュース:哲学者のつぶやき
2007/01/07

   将来の出生率1.26に低下、人口の4割が高齢者に
          2006年12月20日19時39分

国立社会保障・人口問題研究所は20日、2055年までの日本の将来推計人口を発表した。女性が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)の50年後の見通しは、02年の前回推計の1.39から1.26に大幅に低下。人口減少が加速し総人口は46年に1億人を割り込む。55年には8993万人に減り、65歳以上が人口に占める高齢化率は今の倍の40.5%になるとしている。「現役世代の収入の5割」の年金給付維持が政府の約束だが、このまま少子高齢化が進めば、年金積立金の長期的な運用が改善しない限り、給付水準が5割を維持できなくなるのは確実だ。

日本の人口の推移

今回の人口推計は、今の出生や死亡の傾向が続くと仮定。05年の出生率が1.26まで下がり、女性の非婚化傾向も予想以上に進んでいることから、長期の出生率の見通しを下方修正した。最近の出生数の増加を反映して06年は1.29に上がるが、増加は一時的な現象で長期的な傾向に影響は与えないとみており、07年には1.25に低下。13年に1.21で最低となり、その後、微増して1.26になるとしている。

一方、高齢者の死亡率は低下。55年時点の平均寿命は男性83.67歳(05年は78.53歳)、女性は90.34歳(同85.49歳)に伸び、高齢化も進む。

この結果、35年には3人に1人が高齢者という超高齢社会に突入する。55年には15歳未満の若年人口が752万人に減り人口に占める割合は05年の13.8%から8.4%に低下。15歳から64歳の現役世代は同じく66.1%が51.1%に下がる。高齢者1人に対する現役世代の数は今の3.3人から1.3人に減る。

05年に1億2777万人だった日本の総人口は46年に9938万人に。1億人割れは前回推計より5年早まった。さらに参考値として出した今後100年間の長期推計によると、2105年には4459万人で現在の約3分の1に縮小する。

推計は現時点での見通しに過ぎず、この通り推移するとは限らない。ただ、このまま少子化に歯止めがかからなければ、世代間の支え合いで成り立つ年金などの社会保障制度は揺らぎ、大幅な負担増と給付削減、労働力人口の減少による経済の停滞など深刻な事態が避けられない情勢だ。

政府・与党は04年の年金改革で、平均的収入の会社員世帯で現役世代の収入の5割以上の年金給付を約束。前回推計を前提にすれば、現行の約59%より下がるが、もっとも厳しくなる2023年度以降も50.2%を維持できるはずだった。

厚生労働省は今回の推計をもとに給付水準などの暫定的試算を来年1月末に公表するが、出生率低下で将来の給付は5割を下回る可能性が高い。

安倍首相は20日、首相官邸で記者団に「(出生率は)厳しい数字だが、すなわち年金の崩壊ではない」と強調。「出生率が下がらないようにありとあらゆる手段で少子化対策を行いたい」とも語ったが、来夏の参院選に向けて年金が大きな争点になるのは確実だ。

コメント:

明けましておめでとうございます。昨年はいじめ問題、いつになっても改善を兆しすら見せない政財官の癒着と談合、虐待や親殺し、子殺し、昨年は騒々しい一年であったように思います。今年も多くの暗いニュースで始まった感がありますが、とにかく平穏な年であることを願います。

とは言っても少子高齢化社会はさらに進むでしょうし、相変わらず談合事件は政財官を巻き込むことでしょう。さらに年金問題、格差問題、教育問題、防衛問題に憲法改正問題、その他多くの宿題を背負った年であることは誰の目にも明らかでしょう。平穏な年であることは無理な願望に止まることでしょうが、その中でも一筋の光ぐらいは差し込む年であってもらいたいと思う。

政府は少子高齢化を政策の失敗、税金や年金などの掛け金の無駄遣いから国民の目をそらすのに利用している。女性の非婚化、格差社会への抵抗としての少子化、彼らの政策の失敗に対する目潰しである。これほど破廉恥なこともないであろう。「このまま少子化に歯止めがかからなければ、世代間の支え合いで成り立つ年金などの社会保障制度は揺らぎ、大幅な負担増と給付削減、労働力人口の減少による経済の停滞など深刻な事態が避けられない情勢だ」という発言などその最たるものである。そればかりではなく「高齢者の死亡率は低下。55年時点の平均寿命は男性83.67歳(05年は78.53歳)、女性は90.34歳(同85.49歳)に伸び、高齢化も進む。05年に1億2777万人だった日本の総人口は46年に9938万人に。1億人割れは前回推計より5年早まった。さらに参考値として出した今後100年間の長期推計によると、2105年には4459万人で現在の約3分の1に縮小する」と脅しをかける。

少子高齢化は克服できる。克服出来ないのは特別会計などの無駄遣いである。もちろん少子高齢化にまったく心配がないわけではない。人口は、人間だけではなく、一定数を割ると絶滅に向うものである。少子高齢化の問題を議論するにあたってはまず日本の国土に見合った適正人口を考えておく必要があろう。わたくしは日本の適正人口は多めに見積もっても約7千万あたりではないかと思う。その根拠を示すことは難しいが世界の国々を見渡してのことである。確かに国が豊になれば人口は減少する。セイフティーネットは成長について行けなかった人々だけのものでなく豊に成れば成ったで別のセイフティーネットが必要なのである。それこそ政策というもので、現状に満足することは無政策というものであり、何もしないという政策はないのである。

次に考えねばならないことは高齢者の定義である。高齢者とは一体何歳からのことであろうか。高齢者は社会に扶養されねばならない弱者なのだろうか。高齢者に社会貢献は期待できないのであろうか。政治家や官僚はどうもそのような発想に立っているふしがある。社会は経済的にも高齢者を必要としているのである。一部の企業はそのことにすでに気付いているように思われる。サービス産業、教育、技術の継承にとって高齢者の知恵は欠かせないものである。

少子高齢化の問題の本質は地方の過疎化にある。東京一極主義がすべての元凶である。それこそが政・官・財の癒着を生んでいるものでもある。だいたい政・官・財という言葉自身に問題がある。第一官が政と財と肩を並べている。政の実行部隊である官が政と財と肩を並べているのである。官が国家を意味した昔では今はないのである。政は立法・行政・司法の行政の一機構に過ぎない。政と財の間で保身を図り悪事を企画するシンクタンクに落ちぶれているのである。いずれにせよ官僚機構が政府のシンクタンクであると自惚れているようだがシンクタンクである必要はないし、必然性もないのである。

以前にも述べてように少子高齢化な対する政・官・財の危惧は国を思う危惧ではなく保身をはかるための危惧にすぎない。彼らの関心事は税の問題ではなく特別会計と天上がり先の外郭団体の問題なのである。少子化問題の解決を困難にしている原因の一つでもある。つまり彼らの政策は彼らの利益の増大に繋がる政策にすぎない。一つの政策が実行されれば一体幾つの外郭団体が新しくとうじょうすることであろうか。数えてみれば興味ある結果が出てくるに違いない。



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