北海道への入植が盛んだった明治後期。桐木家も、夢を追い求めて
この地へ移住してきました。厚真町には、富山県からの入植者が多いそうです。
荒れ果てた土地を耕し、苦労を重ねながら
農地の開拓に力を注いだ先人達。そんな先人達の努力があってこそ、
今の私達が恵まれた環境で農業を営んでいられるのです。


トマト栽培


明治17年 桐木伊三太郎(祖父)  富山県に生まれる。

明治40年頃 北海道に移住し、道内数箇所を移り住み、厚真町軽舞地区に入植し、
農業を営む。

大正12年 桐木孝吉(父)  伊三太郎の三男として軽舞に生まれる。

昭和28年 孝吉、厚真町共和地区に1haの農地と5haの原野を求め、入植。
稲作農家として分家し、独立する。

昭和29年 桐木政三(現 経営主)  孝吉の三男として共和に生まれる。

昭和49年 岩見沢農業高校、タキイ園芸専門学校(滋賀県)を経て、就農する。
稲作主体の経営ではあるが、当初より野菜の作付けも積極的に行い、
町内のブロッコリー、トマト栽培の草分けとなる。

平成 3年 住宅隣地の2haの土地を購入。施設園芸の基盤ができる。

平成 5年 稲作主体の経営から施設野菜(トマト)中心の経営に転換し、現在に至る。

平成14年
(2002年)
生食用トマトの他に、調理用トマトを導入する。
延子(政三 妻)により、調理用トマトの加工が実現し、自家用ではあるが
ピューレの製造が始まる。

平成17年
(2005年)
伊藤農場と共同で、トマト加工販売『トマトファクトリー』を立ち上げ、トマト
ピューレの製造販売を開始する。
また、エコファーマーの認定を北海道知事より受ける。