桐木農園TOP

 Written by 農園主

「農園主の目」を半年続けてきたが、今回、改題して、「農園主の片想い」に。
テーマも、食と農に限らず、もう少し範囲を広げようと思う。
ただ、一方的に書いてしまいそうなので、片想いというタイトルにした。


No.1〜15
No.16〜30
No.31〜37



2008年12月25日    札幌に出て本を買う              No.15

  農村をルポした一冊の本。新聞広告を見て前々から読んでみたいと思ったけれど、地元の本屋にはありそうにない。取り寄せてという手もあるけど、年末に道内最大の本屋が開店するというので、待つことにした。
  ある日曜日。今日は一日、本屋めぐりと決めて朝から出かける。一軒目、二軒目、大型書店をまわっても見つからない。そして、三軒目の新しくできた本屋へ。地下一階の農業書コーナーの前に立つと、あまりにあっけなく見つかった。
  それを手にして、感激のご対面になるかと思いきや、「何だ、こんな本だったのか・・・」。ルポ地の数は多いけれど、底が浅い感じがして、パラパラとめくっただけで、本棚にもどしてしまった。その近くに、もっと重厚なルポの本があって、その方が面白そうだった。結局は、何冊かを立ち読みし、買ったのは、同じ農業書でも、全くジャンルの違う有機栽培関係の本だった。
  最近、インターネット注文、コンビニ払いなど、本屋に行かなくても便利な買い方はある。でも、買った本の内容が思っていたのと違っていてかっがりすることも少なくない。
  この頃、興味を持ち始めた有機栽培についても、2002年に、国の研究機関が無機質チッソの他に、たんぱく質チッソという有機物も作物は吸収することを認めてから、本の書き方が変わったような気がする。あるいは、一昨年、有機農業推進法が制定されて以降、農業雑誌での有機栽培の扱いが変わったように思われる。
  有機農業関係では、最近、状況がドンドン変わってきているので、本はなるべく新しいほうが良い。三年前発行では、もう古いかもしれない。
  農閑期の冬。読み込める専門書は、一シーズン1〜2冊。ならば、じっくりと選ぶべきだと思っている。  


2008年12月15日    有機的な栽培                   No.14

  昔、ワラ1本入れただけで有機栽培だとウソぶいた人がいた。その後、ワラ1本は極端にしても、堆肥を相当量いれているから、有機栽培だと名乗る輩が続出。それでは、まぎらわしいということで、有機JAS等の規格が作られた。現在は、その規格審査に通らなければ、有機栽培と表示することができない。流通、販売の現場では当たり前のことである。
  しかし、生産の現場では、やや様相が違う。それは、化学肥料を連用することによって、地力や収量が落ちてきたと思う人が増えたことに加え、最近の化学肥料の高騰で、有機栽培を目指すこととは別に、堆肥の投入を重視する生産者が増えていることだ。言葉を変えれば、循環型農業、環境に優しい農業と言われているもので、エコファーマーもその一つ。
  つまり、販売の現場では有機栽培の農産物とそれ以外の農産物の二者択一だけれど、生産の現場では、100%化学肥料を使用している栽培と有機栽培との間に、たくさんの中間層というべき生産者がいて、試行錯誤を繰り返しているのである。
  私もその一人と言う自覚はあるが、何を試行錯誤しているかというと、自分の土地条件に合う手法を試しているのである。土の状態は、物理的に、化学的に、生物学(微生物の多少等)的に、場所が変われば、それぞれ異なってくる。一戸一戸の農家、あるいは、一枚一枚の畑によって、技術が違う。まねをすれば効果が出るとは限らないのだ。
  有機栽培の農産物が増えることに越したことはないが、私は、その中間にある人が、少しでもレベルを上げて、有機的な栽培が広がることが大切だと思っている。また、そうしたことを研修する機会があれば、参加したいと願っている。


2008年12月8日    町の図書館                    No.13

  今年も残り少なくなったが、私の乏しい読書暦で今年一番のヒットは、見延典子著の「頼山陽」である。頼山陽は、歴史の教科書にも載っている江戸時代後期の文人。日本外史を著したことで有名。NHKのドラマ「篤姫」にも、その名が出てきた。
  この頼山陽を見延典子は、とても魅力的な男に書き上げている。信念があって、才能に満ち溢れていて、あまたの美女に慕われる。狂気と隣り合わせの波乱万丈の生涯。初めは、わがままで生意気な青年、頼山陽を遠くからながめるように読んでいたが、ドンドン引き込まれて、自分が山陽になっていく。終わりに近づくと、残りのページが惜しくてたまらない。
  さて、この小説「頼山陽」は、町の図書館で借りた。入り口に新しく入った本を展示するコーナーがあって、その一番目立ったところに置いてあった。何度か見かけるうちに、「この本は私に読まれたがっている」と感じて手にした。もし、展示していなければ、読むことはなかった。

  町の図書館は、それほど大きくはなく、蔵書も多くはない。隣のT市に比べれば、月とスッポンの違いはあるが、新刊を入れる早さは変わらないし、借りられる確率はずっと高い。以前、T市の図書館で話題の本を借りようとしたら、予約番号が50番以上で諦めたことがあった。  「頼山陽」は、その後、新田次郎賞をとり、今年を代表する本になった。町の図書館も、良い本を選んだものだ。「良い本、おもしろい本に巡り合うのは、量をこなすしかない。」と言ったのは、誰だったろうか。不景気な世の中、借りて読むのが一番である。図書館へ行こう。


2008年11月26日    コストとは何か? (2)              No.12


  前回の「コストとは何か?」を書き終えた後、書こうとした内容が難しいのか、書き手の筆力が足りないのか、中途半端な文になったと、反省することしきり。
  そんな時、新聞の論点という連載枠に、作家、島村某氏の「国産ファンです」という副題をつけた食料問題をテーマにした文を見つけた。島村某氏は、イタリアのスローフード運動を日本に紹介した先駆者として知られ
ている。彼女はもっと具体的に表現している。
  『本当に高いのか』という小見出しの後、  
  −−先日、岩手県紫波町で、ちょっとうれしい話を聞いた。汚染米騒動の後、和菓子などでも、原料の仕入れ先を気にするようになり、町の名産であるもち米の人気が高まっているというのだ。
  汚染米騒動は、多くの和菓子屋で輸入米が使われていた実態を浮き彫りにした。『和菓子こそ国産』との思い込みは、あっさり裏切られた。現場が見えてくればくるほど、私達の食や健康、環境を守る観点から見て、外材は、本当に安くつくのか、そして、国産は本当に高いのか、ということが、消費者にも伝わるだろう。--(記事原文より)
  まだ続きはあるが、「私達の食や健康、環境を守る観点で、モノの価値を考える」というところに大いに共鳴する。
  島村某氏は、さらに、ブームのように騒がれた「食糧危機の到来」に対して、
  −−もし、日本の食糧事情が危機的な状況になるとすれば、農業、漁業、そして、食の職人達にしろ、ものづくりの技を持った担い手がいなくなってしまうという一点にこそある、と私は、思っているーー(記事原文より)
  と、述べている。卓見である。


2008年11月18日    コストとは何か?                 No.11

  いささか旧聞だが、事故米なるものが発生し、それを原料にした酒や菓子が販売できなくなり、回収、処分されるという事件があった。米の流通の複雑さを改めて知らされたが、単純な疑問として、この場合の損害は、誰が負担するのか?
  野菜の場合、出荷した野菜が例えば、農薬が基準値を上回って回収しなればならなくなっととする。その回収費用は、もちろん、生産者負担である。ただ、私の農協では、こうした場合に備えて、保険に加入しているので、生産者が直接負担することはない。当然ではあるが、保険の掛け金は、農協の組合員である生産者が払っている。安全のためのコストということで・・・・。私達、農家は、種代や肥料代のほかに、安全というものにコストをかけるようになってしまった。
  加藤登紀子編「農的幸福論」。手にしてから一年以上経てやっと読み終えた。その本の最後の方に「健康、環境、コストを正当に評価する商品経済の時代の到来」と題する一文がある。加藤の夫、藤本敏夫が6年前に、農事組合法人・鴨川自然王国の代表として著した書の一説である。
  内容は省略するが、そのタイトルに大いに惹かれた。種や肥料だけがコストとではなく、いろんなコストの考え方があるということに。野菜をたくさん食べることによって健康な人が増えると、医療費が安くなる。健康のために薬よりも野菜にお金をかけよう。こんな事もありかなと思った。
    


2008年11月6日    時間の浪費?                 No.10

  パチンコ、マージャンは大嫌い!!ムダな時間を費やしているとしか思えない。。。と言いながら、私は、パズル大好き人間である。以前は、漢字クロスワードだったが、今は数独(ナンプレともいう)にはまっている。ついこの間も、市販の問題集を4ヶ月がかりで解き終えた。1問当り20分かからないこともあれば、一晩にらめっこしていても、解けないときもある。解いているときは夢中になっていて、時間が経つのも忘れている。
  数独は、日本で発明されたそうだが、本当によくできたパズルだ。クロスワードのような言葉の知識はいらないし、エンピツ一本あれば、いつでもどこでもできる。終わってみれば、9x9のマス内に、ルールにのっとった81個の数字が埋まっているだけで、ほかに何の意味もないというのも、さっぱりしていて良い。
  以前、はまっていた漢字クロスワードは、四字熟語を覚えたりして、終わったあと、少し賢くなったような気もしたけれど、数独にはそういうこともない。何も残らないなら、全くの時間のムダでは・・・・・。
  最近、流行の脳科学。数独を解いているときの脳の血流量を測定すると、前頭前野(額からこめかみ辺りの脳の前部)が活発に活動しているのだそうだ。前頭前野は、記憶力、集中力、燎原力に深く関わるところだそうで、パズルを解くことによって、そこが鍛えられるのだそうだ。言い方を変えると、老化防止にもなるとか。
  パチンコ、マージャンもどこかを活性化させるのに役立っているんだろうね、きっと。たくさんの時間を使って・・・・。
                     


2008年10月27日    根に礼を述べる                 No.9

  

  夏にケーナの音が響いた我が家の庭。その南側を取り囲んでいた木々の葉がだんだん落ちて、日が差し込むようになってきた。ナラ、サクラ、カエデなどが色づいては散っていく。窓から見えるその様子は、一枚の絵のようで毎日私達を楽しませてくれる。
  


  さて、この時期の主な作業は、ハウス内の片付け。トマトは可能な限り遅くまでとりたいが、寒くなることを考えると、早く終わらせたい。大きな霜が降りて、トマトの樹がダメになれば、ケリがつくが、今年のような暖かい日が続くと、成りの悪いハウスからつぶしていくことになる。
  その作業手順。  1 地際で茎を断つ。 2  残っているトマトの実をとる。 3 誘引テープをはずす。 4 支柱を抜く。 5 茎葉を片付ける。 6 根を抜き、片付ける。 7 最後に、マルチ、灌水チューブをはずす。
  一連の作業に1ハウス当り2日はかかる。12棟あるので、20日以上要することになる。寒くなる前に、早く終わらせたい。。。
  ただ、一連の作業中の6番目。根を抜くときに、不思議な思いを抱くことがある。根はしっかり張っているほど抜きにくい。抜きにくい根だからこそ、最後までたくさんの収穫をもたらせてくれたのだ。引き抜きにくい根ほど感謝しなければならない。根と格闘しながら「お前も頑張ったな」と声をかけたくなるのだ。








  庭に散りゆく落ち葉も、トマトの樹も、その役割を終えて土に帰っていく。晩秋という季節は少しさびしい。
 



2008年10月24日    新聞社に誤りを正す             No.8

  先日の新聞記事中に「通常のトマトの糖度は3〜4」という文を見つけて驚いた。糖度の3〜4のトマトとは、およそ人間の食べ物ではないくらいまずい。取材の裏づけをしないまま、記事にしてしまったのだろうと想像はつくが、農家が一生懸命作っているトマトを人間の食べ物ではないくらいの数字で書かれたと思うと無性に腹が立った。
  初めてのことではあるけれど、その新聞社の読者センターに苦情の電話を入れてみた。食べ物に関心ある女性であればよかったが、応対に出たのは、そうではなさそうな男性で事務的に話を聞き、「取材した記者に伝えます」の言葉を残して電話は切れた。
  日頃から北海道の食文化を応援すると公言している新聞社にしては、お寒い記事と応対だったという思いと、取材した記者に伝えられるなら、よしとしようという思いが交錯した。
  ちなみに通常、トマトの糖度は、5〜6。6以上あれば、水に沈む美味しいトマト。5以下であれば、ほとんどの人が美味しいとは言わなくなる。美味しさの要因は、糖度だけではなく、コク、あるいは、酸味とのバランスもあると言われるが、糖度は、はっきり数値に表れるので、栽培の目安になる。トマトに与える水の量で変化するし、昼夜の温度差も影響する。今年の秋口は、降水量が少なく、寒暖さもあったので、美味しいトマトが食べられた。


     
 糖度計とトマト  


2008年10月17日    堆肥作りは、砂遊びに似ている        No.7

  目下の仕事は、堆肥つくりである。トマトの収穫は、週2回になり、ブロッコリーも1日おきでも間に合うようになった。一息入れたいところだが、毎年、この時期、堆肥つくりに取り掛かる。
  使う材料は、4種。まず、「もみがら」。稲刈りが始まりライスセンターで、もみすりを行うと出てくる。これを自家用の2tダンプで7台運んできた。
  次は、「キノコの床土残渣」。苫小牧のキノコ生産業者からのいただきもの。定期的に運んでもらっていて、量は充分にある。ちなみに、キノコはエリンギ。
  「ブロッコリーの茎葉」。近くにあるブロッコリーの選果場から運んでくる。投入する微生物資材に含まれる枯草菌の繁殖に卓効。また、水分補給の役割もある。
  そして、「馬ふん堆肥」を大型ダンプ2台。名馬のものも入っているかもしれない。
  この4原料に微生物資材と発酵を助ける窒素肥料として尿素を加え、まんべんなく混ぜ合わせ、積み上げる。
  この混ぜ合わせを充分行うのが、良い堆肥を作るポイント。総量40t以上を33psトラクターで作業するには、少々手間がかかるのだが・・・・。ただ、この作業、幼少のころ、砂場で砂山を築くのが好きだった私には、全く苦にならない。むしろ、嬉々として、夢中で積み上げている。
  積み上げが終わると、翌日には、発熱が始まり60℃近くまで上がる。1ヶ月程経つと、だんだん湿度が下がって冬を迎えるが、真冬でも、堆肥の内部は、30〜40℃くらいの温度がある。嫌気性菌(空気がなくても繁殖する菌)が中心なので、途中で切り返しをせず、来春のハウス投入を待つのである。                   


2008年10月1日    グローバルな話とローカルな行動        No.6

  「収穫の秋」。農家にとって春から育てた作物の成果が得られる嬉しくも忙しい季節。トマト農家は、夏前からずっと収穫が続いているので、若干の違いはあるが、やはり収穫の秋、忙しい日々が続いている。
  その間に、事故米なるものが出たり、リーマン・ブラザーズ社が経営破たんしたり、総理大臣が替わったりと世の中は、大変なのだが、私にとっては、目の前にあるものを確実に収穫することが大事。もちろん、事故米には腹が立つし、世界経済の動きは、農業にも影響してくるだろうし、日本の政治に、無関心ではいられない。しかし、今、農家がすべきことは、1粒でも多くの収穫物を得ることだと思う。
  先日の新聞に、日本の食糧危機を訴えるある講演者の集録記事が載っていた。食糧自給率40%とか、世界の農地は増えていないなどのグローバルな話の後に、今後は何をすべきか、というところで「料理を作ることに楽しみを見出す」という言葉があって、思わず「そうなんだよ」と、うなずいてしまった。食糧問題と料理は、別の次元のようでありながら、深く結びついている。大所高所からの意見も必要だけれど、一人一人が何をすべきまでにつながっていなければ、聞き流されてしまいがち。この時期、農家は率先して『収穫』に喜びと楽しみを見出さなければならない。
  昨年の冬、地元で取れた小麦を使ってうどんを打つことを覚えた。その後、いろんな小麦粉を試したけれど、価格は多少高いが、地元産小麦が一番美味しい。秋の夜長、また、うどんでも打ちながら、世界の食糧問題を考えてみましょうか。


                  
 


2008年9月17日    顔が見える関係                   No.5

  農家にとって、生産したものを直接消費者に手渡すことが理想だ。しかし、時間と手間を考えると普通はできない。
  8月末に開催された第8回とまこまい広域農業フェア。農産物を直接市民に販売するイベントである。当日は、好天に恵まれて、多くの市民の参加を頂いた。
  私も短い時間ではあったが、野菜のブースに入って販売のお手伝い。トマトとほうれん草を売った。品定めをしたお母さんが手にしたほうれん草を見せる。「はい、2つで300円です。」交わす言葉はそれだけなのだけれど、買ってくれることがとても嬉しい。もちろん、顔なんて覚えられないし、そのときだけのことだけれど、同じ空間を売り手と客として共有できただけで満足。

  これとは別に「もぎたて市」というのがある。もぎたて市とは、農協を通して、特定の小売店に農家が生産した野菜を売ってもらえる市のこと。今年の8月から始まり、1ヶ月半が過ぎた。生産者は、自分で野菜を袋詰めし、バーコードシールを貼って、指定された集荷場へ持って行く。その後は、農協が小売店へと運ぶというシステム。バーコードシールには、生産者の名前も入る。
  買う人は、生産者の名前を確認することができ、ついでに売り場に貼り出されている写真で生産者の顔も確認することもできる。
  普通では、できないことも、何とか工夫をして、生産者と消費者との距離を縮めていきたい。


2008年8月25日    札幌をデモる                    No.4

  旗の色は、自由。黄色もあれば、水色もある。かけ声は、「日本の農業を守ろう」、「日本の食糧を守ろう」。21日に、札幌で行われた農業者による5千人デモに参加した。
  地元を大型バスで出発。車内で昼食をとり、札幌市内の中島公園に集合。頭に「資材高騰! 経営ピンチ」のハチ巻をした5千人の農業者が、整然と列を作る。
  集会では、主催者側の力強い挨拶の他、道内選出の国会議員の先生方からも、それぞれの立場での発言。そして、約3キロのデモ行進が始まった。
  中島公園を北上して、大通り西8丁目まで。昔、練り歩いたススキノのネオン街も、白昼では、間が抜けて見える。そのビル街の下で声を上げる。「国内農業を守れ」、「食料自給率を上げよう」。
  大通りに近づくと、街行く市民がさらに増える。「何だ、このデモは?」、「どこの団体だ?」という顔が並ぶ。その一人一人に向かって、かけ声をかける。プラカードを突き上げる。
  市民のみなさん。今、農業が大変なんだ。今のままでは、農業を続けられない。食べ物を作ることができなくなるかもしれない。今、世界は、食糧不足。いつまでも、外国から食糧を買うこともできない。食べ物がなくなっても、知らないよ。俺達、生産者は、そう警告しているんだ。俺達は、わがままを言ってるんじゃない。あなた達の明日の食糧を心配しているんだ!!
  約1時間、怒りのデモは、あっという間に終わり、直ぐに停めてあったバスに乗り込む。家に、帰れば、もう一仕事できるかなと思いながら・・・・。


2008年8月20日    署名活動で街に立つ               No.3
            

  原油高に始まる物の値上がりは、いろんなところに影響が出ている。農業分野も例外ではない。肥料がいきなり6割以上のアップ。ハウス栽培に欠かすことができないビニールも、大幅に上がってしまった。
  「何とかして下さい。」そんな思いを形にするために、農協、漁協、生協の3協同組合が集会と署名活動を行った。
  署名活動は、苫小牧市内の5ヶ所で行われ、私はある大型スーパーの出入口を割り当てられた。署名活動なんて、お願いされても、避けていたのに、今回は書いてもらう立場になった。初めは、恥ずかしさもあって、署名をもらった人に、ティッシュを配る役をしていたが、それでは、物足りない。見れば、チラシがたくさんあったので、署名をもらうより、まず、チラシ配りをと思い、通行人に声をかける。
  「こんにちは。これを読んで下さい。」受け取ってもらえた人に、「できれば、署名もお願いします。」
  日頃から、食品を買い物されている奥様方は、今の値上がりには、敏感らしく、「何とかしてほしいですよね。」と、応えてくれる人が多かった。夕方3時半から5時半までの2時間で、この場所での目標300人には、少し足りない250人分が集まった。
  皆さんの思いが詰まったこの署名、次はどんな形にしていけばいいのでしょうか。


2008年8月10日    朝飯前のブロッコリー収穫             No.2

            


  ブロッコリー栽培で一番手間がかかるのが、収穫作業。1株1株切り取って、余分な葉を除き、ミニコンテナに8玉ずつ詰める。鮮度が命だから、日中を避け、早朝か夕方しかできない。したがって、多くの農家は、労力を分散させるために、10日ほどずらして栽培する。我が家も今年は、1作10aを8回に作付けした。
  ところがである。種まきを10日毎に行っていたが、1ヶ月ほど育苗して、いざ植えようとする頃,雨が続いて畑の状態が悪かったり、たまたま、他の作業(我が家の場合は、トマト)が忙しかったりで、予定通りにできない。植え遅れの結果として、収穫が次の作と重なってしまう。今、まさにその真っ最中なのである。
  朝、空が白みかけると、もう寝てはいられない。畑に直行。朝露に合羽を濡らしながら、ブロッコリーを切り取っていく。この朝飯前の仕事が、3時間続く。国語的には、「朝飯前」は、こんなにヘビーではないはず・・・。
  トマトの収穫量も多くなって、せっかくの北京オリンピックもテレビの前で居眠り状態。あと、3日は続くかな?!

        



2008年7月27日    庭にケーナが流れる                 No.1

  
 庭作りが趣味と言うわけではないが、家が山に囲まれていることもあって、少しは見た目をよくしようと樹木やわずかばかりの芝生の整理に心掛けている。この頃、窓からの庭の眺めも、少しは、こころをなごませるものみなってきたかなと思っている。
 先日、年中行事となった『つばさの会』のトマト狩りを受け入れた。11時ごろに着いて、トマトの収穫体験をしてもらい、昼にBBQを囲むという内容。



  その昼食の場所。これまでは、ハウス前の広場(普段は作業機などを置いている場所)だったが、今年は、思い切って場所を変え、自宅の庭を使うことにした。20人ほどの人数では、ちょっと狭めではあったけれど、BBQを十分に楽しんでくれた。食後に、思いもかけず、ケーナを演奏してくれる人がいて、ちょっとしたミニコンサートとなった。

  我が家の庭にケーナの音色。まさかこんなことになるとは、思わなかったので、しばし感動。曲もさることながら、庭が野外ステージになったことが、嬉しかった。日本庭園なら琴、洋風庭園ならバイオリン。ケーナは、もっと自然に近い我が家の庭に合っているような気がする。
  眺めるだけの庭ではない。入って歩いて、食事までできる。そんな憧れの庭が現実のものになっていた。




桐木農園TOP