むじな


四十間堀川のほとりにむじなが棲んでいた。
むじなとは、たぬきに似た小動物と聞くが、私自身見たこともないし、
本当にいるものなのかもわからない。

四十間堀川界隈(かいわい)はお城のすぐ側だというのに、
田んぼが広がり、夜も更けると誰も、夜廻りの人以外に出歩くものはなかった。
何故なら、むじなが人を化かすという噂が広まっていたからだった。

大工の晋作は、殿町での仕事を終え、一杯ひっかけてから黒田への帰途についていた。
肩には土産にもらった徳利をかけて、武家屋敷から四十間堀にかかったころだった。
何やら気配を感じて振り向いたが、誰もいやしない。
少し足速に我が家の灯の見えるところまで来て、ほっとしたとき、
堀の側で女が泣いている。
歳の頃はさあ25、6であろうか、綺麗な着物の袖で顔を隠すようにしてはいるが、
確かに泣いている。
元々、女が苦手な晋作だったが、酔ったせいもあって、声をかけてみた。

『もし、娘さん、どげんしなさった。こんな寂しいところで、、、』と近付くと、
娘は恥ずかしそうに顔を背け、そしてまだ小声で泣いている。
『もし、もし、、、』と声をかけながら近寄ると、娘は袖をおろし、振り向いた。
すると、その顔には、目も鼻も口もなく、、、、、晋作は驚いて、
肩に載せていた大工道具も徳利もその場に放り出して一目算に我が家へ走った。

と、いう話を帰ってすると、家人は晋作を笑った。
ははは、おまえもやられたか、酒をもってる酔っぱらいが一番狙われんだとよ。
さすがの晋作も酔いが醒め、恥ずかしさとむじなに対する怒りを覚えていた。

数日が過ぎた。
夜も更けたころ、晋作はまたもほろ酔い気分で夜道を帰って来た。
すると、この間とは違うところで、同じように娘が泣いている。
晋作は酔いもさめんばかりに先日の夜のことを思い出した。

(今夜こそ、尻尾を掴んでやる。)
そう思って、何気なさを装いながら娘に声をかけた。
『もし、娘さん、どげんしなさった。こんな寂しいところで、、、』

娘は反対を向いたまま、なお泣いている。
(この間と同じだ)と思いながら晋作は、
『娘さん泣いてちゃわからねえ、おい一体どうなすったんで』と問うてみた。

すると意外にも娘は顔を上げ、こちらを向き直って言った。
『実は今夜、お父っあんに言われてお酒を買いに行ったんだけど、
こんな夜道、下駄でつまづいて、お堀に徳利を落してしまったんです。
お父っつあんに申し訳なくて泣いておりました。』

見ると、歳の頃は20前の小綺麗な女が目を腫らしてこちらを見ている。
どことなく気品ある美しい女である。
晋作は、『そりゃ、お困りだね。おう、丁度ここに徳利があらぁ。俺はもう
今日はご馳走になったから、これ持ってくといい、、、さあ』

娘は、丁重に断ろうとしたが、晋作があまりに勧めるので、
徳利を受け取った。と、その途端、一陣の風がひゅーと吹いて、
晋作のちょうちんの灯も娘のちょうちんの灯もフッ消えた。

気がつくと晋作はただひとりで四十間堀の傍らに立っていた。

Last modified: Fri Oct 8 00:01:52 JST 1999