闇の世界で


これは、私の母の幼いころの物語。実話である。
私にとって、このページは記録を残す意味にもなっている。


これは昭和22〜23年頃のことだ。
島根県出雲市大津町上栗原は斐伊川と
その脇をながれる宇那手川の側の集落で、
付近を流れる三谷川が宇那手川と合流し
小さな平野を形作っていた。
歴史的に斐伊川は大雨の度に氾濫したため、
集落は宇那手川の土堤の山際に密集していた。


地形図(昭和50年頃)
私の家は石屋で、来待石を削って墓石や石灯篭を作っていたが、
当時は貧しく、子供達はいつも空腹で、
近所にある母の実家に遊びに行ってはそこでお菓子を頂いたものだ。

ある秋の日のことだ、、、長袖の服を着ていたから多分秋だと思う。
私は隠れ鬼(かくれんぼ)をしていたのか、
母の実家で一番奥の部屋-山際の部屋-に入っていった。
ふと、見上げると、山側の窓の上の方に大きな赤い顔が部屋の中を
のぞき込んでいる。私は驚いてわっと声を上げて部屋を走り出た。
一緒に遊んでいた子供の手を引きもう一度部屋にきてみたときには、
そこにはもう何もいなかった。


その家、、、その近所は皆そうだが、
川と道路、山に挟まれた狭い土地に家が密集しているために、
家の裏は崖と建物の壁にわずかに隙間があるだけで、
大のおとなはそう簡単に入ることは出来ないし、
入っても、そう自由に動ける場所ではなかった。
まして、その生き物は、背丈も当時の普通の男性より遥かにあり、
窓も、下二枚が摺ガラスで上二枚が透明であったその上側から
のぞき込んでいたのだ。神楽面のような顔で、、、、。
面など付けて歩けないそんな暗い山際に!!

今でもその光景を忘れることはない。そんな鬼の話だ。

母から聞いた興味深い話はこれだけではない。
こういう妖怪話は中でも特殊なものだが、
もっと日常の風習とか、やさしい言葉遣いとか、
そういうものがあったのだ。
でも、そのほぼ全てが戦後の日本の発展とともに失われた。
なぜなら、今我々の周囲に闇がなくなったのだ。
今は、七夕になっても、天の川が見えない。
町中街灯だらけで、夜も灯をもたずに歩ける。
ちょっとした闇に潜んでいるのは、妖怪でなく、
人間だったりする。そういうひと、、、、、
それは、まさしく妖怪人間に違いない(笑)。
Last modified: Mon Jul 12 18:39:43 JST 1999