Hydraulic Clutch

油圧クラッチ

 この系統のエンジンはクラッチのデキがかなり悪い。はっきり言うとほとんど欠陥といって良いレベルでダメだ。元々はブラジルヤマハの実用車エンジンなので、その用途の範囲ではこんなのでも問題ないのかもしれないが、これをオフロード車としてまともな状態のクラッチにする唯一の方策がこの油圧化。

 このエンジンでまともなクラッチコントロールをしようと思うと必須といえる部分なのだが、まさかこんなくだらない構造的欠陥を抱えているとは思わず、手を付けたのは最後だった。一度やってしまうと、ワイヤー式のこのエンジンでクラッチ操作なんか考えられない。そのくらいの差が出る重要なequipmentがこれ。


 どうダメかというと、半クラが非常に使いにくい。自分でいうのも何なのだが、半クラの微妙なコントロールにはかなり自信がある方だ。が、それでもどうも上手くコントロールできない、というか自分が思うとおりのクラッチワークが全然できないのだ。この車両を作る前、同系エンジンのTY-S125Fが半クラがどうのといっているのを実は鼻で笑っていたりしたのだが、実際に自分で乗ってみるとホントにダメなのだ。orz

 それでも油圧化は結構めんどくさい作業になりそうだったので、後回しにしてだましだましそのまま使わせていたのだが、ある日行きつけのショップで某ショップ製後付け油圧キットを付けたTYF125Sを試乗する機会があった。するとそのバイクはごく当たり前に普通にクラッチが使えるのだ。これは、という事で作ってみた。

 物はSY250Racing(TYZエンジン)の純正後付けスレーブシリンダを使い、アームをプッシュタイプのワンオフで作ってある。ミネモーターサイクルのTYF-S用(最近はスレーブシリンダを自家製にしているらしいが、初期はSYの物を使っていた。)と基本的には同じ構成。TY-S175F純正のマグラ製も考えたのだが、プルタイプの後付け油圧シリンダは構造的に耐久性と摺動抵抗のトレードオフになるし、そもそもあそこの後付け油圧キット自体全然信用していないのでパスした。で、その開発過程でアームの長さを色々変えてレバー比を検討したのだが、その結果、このエンジンのクラッチが何故ダメなのかがはっきりと理解できた。


 半クラが使いにくいというと、普通まず考えるのがレバー比だ。レバー比が大きくなればなる程、同じ動作でのプレッシャープレート移動量が少なくなる=半クラの幅が広くなるわけで、そこからレバー比が小さすぎるのではないか、というのは自然な発想だろう。
 そこでレバー比を最大で2倍程度変えて色々実験してみたのだが、それ自体はあまり半クラの使いやすさそのものには影響がないのだ。もちろん総レバー比×油圧比で、ノーマルのワイヤー式での総レバー比と同じパターンも実験したのだが、その状態でも半クラはちゃんと普通に使えてしまう。

 つまり、このエンジンのクラッチ操作のやりにくさというのはレバー比の問題ではない。半クラ領域の実効幅の問題ではないのだ。原因はワイヤー式と油圧式の違いそのもので解消されるわけで、ワイヤーの摺動抵抗そのものが原因という事になる。

 普通クラッチワイヤーで摺動抵抗がどうとかいう場合、せいぜい動きが渋いとか、それを包含した雑駁な表現として重たいとかいう話にしかならない。イメージ的にそれは入力動作の抵抗にしか過ぎないわけで、それで半クラが使える、使えないというところには結びつかないのが普通だろう。
 ところがこのエンジンの場合、クラッチスプリングがワイヤーの摺動抵抗に負けるという現象が発生する。この結果、人間がクラッチの繋がり初めを検知して、そこから半クラのちょうど良い状態に戻していくとき、レバーの入力(緩め具合)とプレッシャープレートの動作に時間的なズレができてしまう。 このため、人間側は「まだ(意図したところまで)繋がっていない」と判断して更に緩めるのだが、既にレバーの緩み具合はその位置まで到達しているために時間差で意図した以上のところまで繋がってしまう。

 この人間側の感覚とプレッシャープレートの実働タイミングの、我々が知っているクラッチのそれからのズレこそがこのエンジンのぺったんクラッチの正体なのだ。結果、半クラがやたらコントロールしにくかったり、ヒルクライムの途中でクラッチ操作をするといきなりまくれたりという意味のわからない状況に陥る。


 このエンジンのクラッチはワイヤーを使う限りは本質的にこの「ぺったんクラッチ」からは逃れることは出来ない。ただ、少しは効果のありそうな方策も一応はある。TY-S125Fユーザーの評価は色々Net上に転がっているが、クラッチ問題の根本原因との作用を含めて、油圧化を基準に客観評価してみる。

 クラッチスプリングの強化をする事で摺動抵抗への負け具合は軽減されるので、強化クラッチスプリング、クラッチスプリングのプリロード増、クラッチプレートの増量(ボス、プレッシャープレートの切削をするのだが1セット分は物理的に無理なので、もれなくプリロードの2mm増量がついてくる。)等は多少効果がある。

 ワイヤーを摺動抵抗の低い物に交換するのもやらないよりはマシだろう。ただ、TTRのワイヤーはそもそも取り回しも含めてTY-S125Fより幾分デキはよいし、この車両の場合、フレームがTYZなのでTYZ用(ライナー入りで、TY-S125F用アフター物よりデキはよい。ただしアーム側の加工をしないと使えない。)を使っていたのだが、それでも十分半クラは使いにくい状態であった。幸か不幸かTY-S125Fのノーマルワイヤーを語れるほど触っていないのでそちらを基準にするとわからないが、TTR125の場合はほとんど無意味だろう。

 これを追加すると原理的にこのスプリングが圧縮され切るまで半クラが続くので、半クラの原理的な幅は広くなる。しかし、繋がりきるタイミングがわからないという点はあまり影響がないし、プレッシャープレートの移動量自体、それほど大きいエンジンではないのでヒート時の切れに対する悪影響も考慮すべきだろう。

 TY-S125Fにせよ、TTR125LWEにせよ、00以後のYZ系クラッチレバー&ホルダに交換することでレバー比が大きくなる。従って原理的に半クラの幅は広くなるが、それがそれほど効果がないことは述べたとおり。実際、PYにも当初これを使っていたのだが、クラッチのダメさ加減は大して変わらない。
 スプリング類の強化と組み合わせると操作の軽さをある程度維持できるので、結果的にマシにはなる可能性が高いが、あくまでもマシになるとかそういうレベルでしかない。

 TYS-Fの輸入元が推奨しているのだが、原理的にワイヤーの摺動抵抗に対する反発力が減るので逆効果となるはずだし、実際、少なくともこの車両ではクラッチのコントローラビリティに効果はなかった。元々あのスプリングはレリーズの遊びによるワイヤーのタイコ外れを防ぐ程度の意味しかなく、摺動抵抗の反発力としてもほとんど寄与しないレベルなので体感できる変化すらなかったのだろう。
むしろ、クラッチ操作として体感できるレベルでこのスプリングを強化した方が事態は好転するはずだ。当然その分クラッチは重くなるが。


 と、そんなわけで、ワイヤーのままでは限界がある。少なくとも油圧化で得られるコントローラビリティを確保することは物理的に不可能だ。このエンジンをまともなクラッチコントロールが必要な用途に使うのであれば、後付けの油圧キットを導入するべきだろう。

 個人的に一番良いと思うのはミネモーターサイクル製の物。これはフルードラインも普通のメッシュホースなので、TY-S125F用ではあるが注文時にその旨伝えればTTR125LWE用に組んでもらうことも可能だろう。オイルもブレーキフルードなのでわざわざミネラルオイルを用意しておく必要もない。

 某社の物は一番安価だし、油圧クラッチとしての機能的には何の問題もないのだが、フルードラインが流体動作用の細い樹脂ホースとワンタッチカプラを使っているのが引っかかる。取り回し次第で簡単にライン自体破損するし、ワンタッチカプラ自体オフロードバイクの油圧ラインのエンドに使う事を前提としたものでない。ホースの固定機構は樹脂ホースの表面をエッジの効いた金属の爪で引っかけて固定し、その奥のゴムリップの弾性と内圧変形でシールする。ホースにかかる外力の態様によっては金属の爪が咬んでいる樹脂側がちびて、その保持力が低下してしまう。比較すればバイクの油圧動作系として、通常のAN3規格と同等の信頼性は物理的に期待できないように思うが。。。ま、機嫌良く使っているヒトもいるようなので、杞憂かも知れないが、私は嫌だ。(笑)

 マグラ製は、、、正直、出回り始めたころのスレーブの信頼性の低さから個人的に信用していないのでOut of 眼中で、ほとんど調べもしていない。既述の通りTY-S175Fが純正採用しているので、その程度の信頼性はあるのだろう。問題のミネラルオイルだが、バカ高いバイクの専用品なんぞでなく、MTBの油圧ブレーキ用を使えば単に管理する油種が増える程度の負担で済む。


 じゃ、お前んとこのヤツはどうなんだというと、材料コストはSYのスレーブシリンダが8000円程。マスターはトラ車純正で10000円程。フルードラインはバンジョーや小物を含めて8000円程。合計26000円だが、アームの製造コストが入ってないので普通は出来合買った方が安いだろう。どうしても欲しいといわれたら作らないでもないが、間違いなく後付けクラッチキットとしては最高価になること請け合いだ。

 何にせよ、奥さんの評判は上々、というか、劇的な操作性向上で「ボアアップしたときより変化が大きい」とかいわれたくらいだ。確かワイヤー式のあのクラッチは到底山でコントロール可能な代物ではなかったので、現状の普通のトラ車(SY250Raicing)レベルになっただけで感涙モノなのは確かだな。


 長々と書いてきたが、要するにこのエンジンはストックのままではまともなクラッチのコントロールなど出来ない。少なくとも山や、トライアル的な用途では通常の操作方法では絶対に無理で、このエンジン特有のタイムラグ先読みとかやらん限りどうにもならない。

 このクラッチのもたらす特有の症状として以下のような物がある。

 例えばTTRの場合だとそもそも小径ホイルでトラクションが悪いというのはあるのだが、ぺったんクラッチでいきなり駆動力をかけてしまうのだから、ちゃんとコントロールできなくて当たり前だ。

 半クラの程度を含めて微妙なコントロールにタイムラグが出来るわけで、そんなものちゃんと出来る方が不思議だ。ほとんど曲芸に近い。

 実は、この車両の初期のテスト段階で山へ持ち込んだとき、自分自身何ということのない登りで突然まくれた事がある。いつも普通に通っているルートで、そんなところでまくれたことはそこを通り始めて何年経つかわからないが、とにかく一度たりとも無かったので本当に何が起きたのかサッパリわからなかったくらいだ。
 今にして思えば、登り切る手前であまりの非力さから(まだセッティングもちゃんと出ていなかったし、ホントにどうしようかと途方に暮れるほどパワーが出ていなかった)無意識に半クラを当てようとしてぺたっと来たのだろう。


 Net上でいわゆる難所系サイトを見ていると、やたらTTR125LW系ユーザーがまくれたり発射したりしているのを目にする。(笑)
 当初は俗に言う初心者向けバイクなので乗り手のスキルの問題かと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。このエンジンをワイヤー式クラッチで使う限り、まともなクラッチ操作なんかできるわけがないのだ。まして初心者にこのクラッチが要求するイレギュラーな操作なんかできるワケがないし、そんなものを習得することはまともなクラッチコントロールを習得する上で有害無益だ。

 TTR125でやたらぶん投げるという自覚のあるあなた。それはあなた(だけ)が悪いのではない。

 そして、おそらくはそのままそのバイクに乗り続けても大した進歩は望めないだろう。オフロードバイクとして正常と呼べる水準にない機能しか持たないクラッチのエンジンでは、まともなクラッチ操作は習得など出来るわけはないのだ。バイクを乗り換えるのも良いが、その前にまずクラッチを油圧化してみるところら始めると、きっとシアワセになれると思うぞ。:-)


オマケ

 この油圧化はレリーズのアームを削り落としたりと色々加工を伴う物なので、当然レリーズ自体をエンジンから外して作業することになる。その時に気がついたのがこれ。

 この画面中央の面取り部分がプッシュロッドを押し上げるカムの摺動面なのだ。鋳肌そのままでゴリゴリと押し出すので、すばらしいタッチが約束されている。(笑)



 と、正直笑い事ではないので、ダイヤモンドラッパー(熱処理付きのかなり硬い、おそらく工具鋼あたりなので普通のヤスリは歯が立たない。)で磨いてみた。

 ま、劇的な効果がどうとかいうほどの事でもないが、上の鮫肌でゴリゴリやってるとか思わなくていい分、精神衛生上よろしい。こういう細かな積み重ねが良い結果を生む、ということにしている。

 
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