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パールの思い出![]()
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| ※当時小学校5年と2年の娘たちのために、セキセイインコのヒナを飼いました。 10月下旬のことでした。 夫が真剣に考えてつけた名前が「パール」・・・夫は凝った名前をつけたがるのです^^; 私は「簡単なピーちゃんとかピヨちゃんのほうがおしゃべりできるのに」 って思ったんですけど・・ ところが1ヶ月したころ・・・「パールちゃん」って・・・おしゃべりしたんです。 「こんなに難しい名前をよく、お話できたね♪」って褒めました(^・^) もう、ホントにびっくりしたのを覚えてます。 それからは次々とことばを覚えていって・・・ 私たちもパールとのふれあいを楽しみました。 |

| ※飛べるようになってからは冷蔵庫の上がお気に入りでした。 夫が隠れていて「いないいない・・ばあ!」で顔を出すと 「アハハ、アハハ♪」って笑うんです。見てて微笑ましかったです。 ※パールは、夫に1番なついていました。夜ピンポーンとチャイムが鳴り、 「パール、お父さんが帰ってきた!」と教えると その頃はもう飛ばなくなっていましたが、必死に玄関まで歩いていき、お迎えをしていました。 夫が手のひらに乗せて、声をかけてあげると、喜んで、喜んで・・・ ※「パールに本を読んであげよう」と夫が言い出したときも正直「何を考えてるんだろう」 と思いましたが・・私の気持ちに反して、 パールは「キティちゃんの絵本」をとても気に入りました。(*^_^*) マットレスを敷くと、絵本の時間とわかるみたいで、毎回「早く読んで」と催促しました。 好きなページにくると頭を振り出して良い声を出して・・・とても嬉しそうでした。 ※長女の歌が大好きで、当時見ていたアニメ「キョロちゃん」の オープニング&エンディングは「もっと歌って」といって離れませんでした。 今でもこの歌がながれてきたら、私は目頭が熱くなってしまいます。 ※次女が足の手術をしたとき、私が1週間病院につきそってましたから、 長女には寂しい思いをさせましたがパールがそばで癒してくれてたみたいです。 退院後、次女の布団にお見舞いに来ては笑わせてくれました。 パールは優しい性格の子でした。私たちのたいせつなたいせつな家族でした。 家に帰ればいつもパールが待っていてくれました。 ※病院でのショック死という、残念な亡くなり方をしましたが (「健康情報」の“病院について”を見てください。) 1年6ヶ月の間、密度の濃い時間を共有できました。 ありがとう、パールちゃん。私たちは出会えてたくさんの幸せをもらいました。 パールのおかげで笑顔がいっぱいの家族になりました。 天国でやすらかに、幸せにくらしてください。 |