今月のことば
一月 『無量寿を賜わって』
今や、不矩(ふく)・卒寿、はては白寿・茶寿・大還暦の時代か。・・・されど所詮は相対有限のいのち 目指すは「無量寿」如来の世界
南無阿弥陀佛
これは去年の五月に当山山門前にある掲示板にあった掲示法語です。現代人は今日まで科学技術の発達のままに、あたかも何でも判り、何でも出来るものとして ーたとえば人の生や死に関してもー神の如くに振る舞って来ました。全ての価値は私たちが決めるかの如くに生きて来たのです。
そのような私たちがあらためて「いのちの世界そのもの」の中に自分と言うものをいただき、そのいのちのそのものの中に、それこそ生かされて行くものとして目覚めるとき、はじめて人間としての謙虚さが改めて呼び戻されるのではないでしょうか。
ある先生は「お念佛とは、自我のはじける音だ」と言われた。このしぶとい私の口から思わずお念佛が出るということは、自我(自力)が崩れる音であると。そこに初めてもとの阿弥陀佛のいのちに帰らしめれるということがある。その時に初めて私たちは人間としての謙虚さというものを、改めてこの身に頂くのではないでしょうか。
少し小賢しく自力になって「わがいのち」と思って来た自分が、善知識(先覚者)の、実は阿弥陀佛の「無量寿を賜わって」生きて来たのだととの教えに気付かされて({安心決定鈔」あんじんけつじょうしょう)自ずと口に出るフレーズ、それがお念佛でしょうか。
光永寺 住職 正木慶晴
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今までの「今月の言葉」 ![]()
---2011年
三月 『「水」信仰の意味するもの』
先日記録映画「ブルー・ゴールド~狙われた水の真実」を見た。
二十世紀の石油に対して今や淡水(ブルーウォータ)が富(ゴールド)の源になっているとのタイトルである。その結果アフリカや中南米の貧しい国の人々は(水道水は飲めないので)高価なボトル入りの水を買わされている。商品化された水はニードに応じてどんどん高騰しており、放っておけば二十億以上の人びとが飲み水にも事欠くようになると言う。
台風や豪雨災害など「多すぎる水」に悩まされている今の日本人には実感がわかないだろうが、外国資本によりすでに北海道の山々や各地の地下水の買占めが始まっている。生命の根源であり本来無料の人類共有財産たる水が、ネスレーやコカコーラ他の多国籍企業により世界各地で独占商品化され原価で一リットル一円以下の水が百倍以上の値段でコンビニの棚を飾っている。
水と宗教の関係は深い。佛教では精進潔斎のために水をかぶる「沐浴」や密教の灌頂(水を頭にかける)の儀式、水垢離、水かけ不動、清水信仰など枚挙にいとまがない。神道の禊払いやキリスト教の洗礼、滴礼など、何れも水が重要な役割を果たしている。日本には外来の水神も多い。例えば水天宮(インドのヴァルナス)、弁天様(リグ・ヴェーダの湖沼の神様サラヴァスティ)、金毘羅(ガンジス川のワニたるクンブヒーラの変身)などである。
地球上の水(約十四億立方キロメートル)の97.5%は海水で、淡水は残り 2.5%しかないが、その大半は氷や地下水であるため、人間の使える水は全体のわずか0.01%以下、つまり一万分の一にしか過ぎない。この貴重な資源を(生態系に配慮しながら)地上すべての人々に公平に分配するために経済原理ではなく、水を尊び敬い、或いは稲作文明の中で水と親しみ分かち合う利他の心を培ってきた日本の知恵を世界に提示すべきであろう。その際の宗教の役目は更に重要だと思う。
井戸端に水神を祀るのは迷信との科学教育と共に地下水の汚染が始まった。私たちは先人の行動の「言わんとしたこと」にもっと耳を傾けてはどうであろうか。光永寺でも細やかながら十年前から雨水タンクを設置して浄水の節約につとめている。
三月 『私の中の無量寿』
いよいよ今月から京都のご本山で宗祖親鸞聖人の七百五十回御遠忌が始まる。そのテーマは
今、いのちがあなたを生きている
という言葉ですが、一見、不思議な表現である。「あなたが生きている」なら判るがこれは「人間は動物だ」と言わずにその逆の言い方に聞こえて、そこにレトリックの妙があると思う。
現代の喜怒哀楽のうず巻く環境の中で、この「私」に「現に」生が与えられていることに気付いた時に、自分の内側から、自己としてあらゆる他のいのちと共にいきいきと生きたいという、いのちそのものの世界から私への呼びかけが聞こえてくるでしょう。私たちは大きな広がりの中で生かされて生きていると同時に「他の人やものを生かして生きている」のです。
要するに、私はこの世に必要なのです。まず、人と生まれ、この世に「いる」こと自体に意味があるのです。すべての他のいのちも、みな同様です。
私を生かし支えている「いのち」と、私が支え生かしている「いのち」と、両方ともに大切に生かし合って生きなければなりません。私たちができることには限りがありますが、お互いの苦手と得意をうまく組み合わせると不思議とうまく行くものです。支え合い語り合いながら共に歩みを進めようではありませんか。
御遠忌テーマのあなたを今、生きている「いのち」とはもちろん現在を生きようとする願いや力や働きであるが、さらに他のあらゆるいのちと互いに響き合い、生かし合う世界(浄土)へと向かいたいと願う、私の内なる「無量寿」(佛性)のことであろう。
宗祖の御遠忌を機に、そのことに気付きたいものである。
「本山冊子」敷衍
---2010年
八月 『法執の罪』
これでも人間か。これが親が子に、子供が親にすることか。最近は目を疑うような事件が次々と発生しています。現代人は何か大事なものを見失ってしまったのではないか。人間を成り立たしめ、世界を成り立たしめる「法」や「道」や「真理」など(古来ダルマ、ロゴスなどと呼んできたこと)を見失ってしまったのではなかろうか、と思われます。
佛教は「はじめに「佛」ありとは言わず「はじめに法あり」と宣言する宗教です。釈尊は自分が法を作ったのではなく、自身は天地万物を貫く太古以来の「法」(真理)に気づいたにすぎぬ、と言われる。ですから法とは人も佛も共に帰依すべき根拠であり事実といえます。ただ、佛はその法を覚り、人はその法に目覚めることなく迷い続けている存在なのです。それ故法に目覚めた佛は、迷い続ける人々に向かって「私のように真実、真実の法を求め念じ続けよ」と呼びかけ続けておられるのです。
そこで大事なことは、法を念じ法を聞き続ければ、今までの自分が破られて、必ず法によって照らし出された自分自身に遇うことができるということです。
自分のありようが照らし出されてこない法は、自分が自分でコントロールしてしまっている法であり、その法自体が不実の法と化している。宗教には教法が必要ですが、法を自分で握ってしまい「我こそ善であり正義である」という法執の罪ほど怖いものはない「自分だけが正義だ」と主張すれば、相手との争いは避け難くなるし、一方的な相手の抹殺ともなろう。世界の各地やわが国の中にも時としてこの「法執の罪業」が見られるのは残念なことです。
七月 『うそ』
嘘をいふ ことをおぼえし子の顔を
しみじみながめ 泣き居つ妻は
有馬 御風(ぎょうふう)
朝日「折々のうた」(大岡 信)にこんな歌が出ていた事があった。昔はこういう母親が、日本のどこにもいたものだった。子供の嘘に対するお仕置きも厳しかった。最近は大人が時代と共に変わったから、その鏡としての子供も変わったのだろう、と大岡信氏は語っている。
ところで、ある先生が講演のたびごとに「あなたが生まれてから、一番初めに言ったウソを覚えていますか」と問いかけたら、今までに唯一人だけおられたそうです。その方は中年の上品な奥様で「今、思い出しましたが、たしか小学校一年生の時でした。作文に、私はグランドピアノを持っています、と書きました。本当はおもちゃのグランドピアノだったのに・・・。書いてしまってから自分のついたウソが恐ろしくなって、先生や友達、それから母の顔もまともに見られぬほどビクビクしていました」と言われました。そこで奥様に「今はどうですか」とお尋ねしたら、恥ずかしそうにうつむいたまま黙ってしまわれたそうです。
私どもはそうとうの年令になった今、人生最初のウソなんかほとんど忘れていますが、誰でも幼い時にウソをついた時には、この女性のように恐ろしくて胸がドキドキして、不安で心配だったと思います。それが今は、顔色ひとつ変えないで平気でウソをついている。「そんな私になっていることを確かめたかったのです。」と、この先生は話して下さいました。
佛法に触れるということは、平たく言えばそんな私に驚き、改めて厳しく自身が見直されていくことでもありましょう。その所から本当の「やさしさ」が生じてくるのではないでしょうか。
五月 『「恩」におもう』
現代の人があまり使わなくなった言葉に「恩」という言葉があります。みなさんは最近いつ使われましたか。あらためて思い出して下さい。たぶん思い出せないのでは・・・。
光永寺の法座の終わりには
如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし・・・
と「恩徳讃」を斉唱します。けれども日常の日暮らしではほとんど使われなくなっています。言葉が用いられないことは、その感性が無くなっている事なのです。つまり「恩」ということを感ずる感性が無くなったからこの語句が使われないのでしょう。
「恩」という文字は「因と心」から成っています。「因」の字は大きな敷物の上に人が大の字になってグッスリ眠れたのは敷物のおかげであるから、その恵みに感動した時の心持を「恩」という字で表わしたのだそうです。また別説には「因」は「いたむ」の意味で、ただ恵みに甘えるのみでなく、そこにいたむ心、つまり悲願のあることに気づくことだ、ともあります。私たちが今、生きていることは、私たちを支えてくれる様々な恵みのおかげであると感じる心、それが「恩」であります。でしたら、現代の感性はその面においては大変鈍感になっいると言わねばなりません。
天地自然のものの恩恵については、まだ説明されれば感受できるでしょうが、如来の「ご恩」となると、如何でしょうか。
三月 『お彼岸の墓参り』
阪神・淡路大震災(1995年1月17日)から15年が経った。
これは、その時のお話だが、震災から2カ月くらい後の事「大震災にあいながらも命が助かったのは、先祖が護ってくれたお陰だ。」として、そのお礼に彼岸の墓参りをしている人の事がテレビで放映されているのを見て唖然として、との話を友人の小川一乗師から聞いたことがある。私もその方の先祖への感謝の気持ちはよくわかりますし、そのようなことを特に強調する宗教があるのも承知していますが、佛教本来の教え、なかんずく浄土真宗の立場からするとそれは少し違うと思います。もし、右の考え方が正しいとすれば、あの時最愛の家族や親類を亡くした数千の方の御先祖は、こぞって子孫を護ろうとはせず見捨てたのだから、彼岸の墓参りなど、とんでもないということになり、敬いとはほど遠い、利害打算のお墓参りに終わる恐れがあるのです。
お彼岸という言葉の原語はサンスクリット語のパーラミタ(波羅密多)の意訳で、迷いの此岸から「悟りの彼岸へ至った」ということですが、大切なのはその中身であります。それは単に一人一人が難行苦行を終えて涅槃の向こう岸へ行きましょうということではないのです。煩悩まみれの日暮らしをしている私達が「ただ念佛して弥陀にたすけられよ」との如来の本願によって、念佛者が生死の凡夫のままで彼岸の浄土の摂取の中に居る」(不断煩悩得涅槃)事に気づかせていただくことが真の到彼岸なのです。そして尊い佛の教えに遇う事が出来たのは得難いいのちを、佛法を聴く器を御先祖から頂いたればこそなのであり、目の前の損得とは関係なく、それ故にこそ御先祖に手を合わすべきではないでしょうか。
一月 『いのちは誰のものか』
私たちには、自分のいのちは自分のものという思いがあって、生きたいときは生き、死にたくなれば自死(じし)すればよいと、そのいのちを私有化し、自分の自由にしようとしています。
しかし、諸佛(しょぶつ)たちは「いのちは誰のものか」と問いかけ、いのちは阿弥陀如来の御いのちであって、私たちが自分の自由にしてよいものではないと知らせ、私たちのいのちの私有化こそが私たちの迷いの深さと罪の重さとを示していると教えられています。事実、いのちは、それが草木であれ、鳥獣(ちょうじゅう)であれ、そのいのちを真実、尊び愛し育むものに所属するのであって、それを傷つけ殺そうとするものには所属しません。それがいのちそのもののもつ永遠の法則なのです。
しかし、私たちの多くはいのちを真実尊ぶことも愛することも知らないで、争いや奪い合いの果てに自害害彼(じがいがいひ)して悲劇的に生きています。だからこそ諸佛たちは、いのちは阿弥陀如来に所属することを知らせ、阿弥陀如来の御心に信順して、そのいのちを真実、生かしきって生きよと勧められるのです。なぜならなぜなら、阿弥陀如来こそ、そのいのちがどのようないのちであれ「えらばず、きらわず」と、摂取不捨(せっしゅふしゃ)の愛をもっていのちそのものとなり、そのいのちを生かそうと誓われているからです。ちなみに、阿弥陀如来の別名「無量寿佛(むりょうじゅぶつ)」とは、無限の寿(いのち)によって、一切のものに慈悲をそそぐ佛、の意味です。
私たちが諸佛の勧めによって、南無阿弥陀佛と阿弥陀如来の御心に信順して生きることを決断する時、はじめて阿弥陀如来が主催者として、愛の権威と力とをもって統治される阿弥陀如来の国(西方浄土)に生まれ、阿弥陀如来の一弟子として、賜った御いのちを真実、尊び愛し、自利利他(じりりた)する生活が必ず始まることになります。親鸞聖人はそのことを「正定聚(しょうじょうじゅ)【必ず往生することが定まった人々】に住す」とされ、それゆえに「必ず滅度(めつど)に至る」とされています。この滅度とは、迷いが滅し彼岸に渡る(度)ことなのです。
---2009年
十二月 『脳梗塞を越えて』
ある法事の席で、米寿を過ぎたご婦人に「あなたにとって一番大事なのは何ですか」と尋ねたら、朝晩のお勤めを欠かさないその方は即座に「お念仏です。」と答えられた。いじわるな私は、ご子息が十年前に脳梗塞で倒れられたのを知っていたので「健康の方がもっと大切ではないのですか」と聞き返してみました。すると、「それはその通りですが・・・私がこの年になる迄、迷わずに生きてこれたのはお念仏のおかげです」ときっぱり答えられた。
私が長崎大学を退官した時の最後の講義は「八〇PPK」のフレーズで講義を結んだ。その時六十五歳の自分は願わくばあと十五年くらい健康に生きて「八十歳でピンピンコロリ」でありたいとの思いの略語である。寝たきりでは長生きしたくない。とにかく大事なのは「健康」であるが、それもやがて壊れてしまう。いやでも人のお世話になる時が来る。そうなると「家族」が大事だが、その点に心配のない人は少ないであろう。でも本当はそこから先が重要なのでしょう。
・・・人は生まれて死ぬ//そうには違いないけれど//それで終わりではない//そこから始まる世界がある
(東 義方 遺稿詩集「聞楽(もんぎょう)より)
今年一年の終わりにあたり、老若共々にお互いの来し方、行く末についてじっくりと思いをいたしてはいかがでしょうか。
十一月 『法座へのお勧め』
今の世の中は一つのものさしで物事を計る風潮が強くなっているように思う。確かに単純化した方が判り易い。役に立つか立たないか、損か得か、優秀か劣等か。だが、尊厳死などという言葉も一つ間違えば「いのち」をものさしで計り、生きている価値が有るか無いかの議論になりかねない。そのような中で悩みを抱えて苦しんでいる人が増えているのではないか。
そんな時、自分の中でモヤモヤしていた事が言い当てられたり、自分の抱えている問題をハッキリさせてくれる言葉に出会った時、それ迄見えなかった視界がパッと開ける。同時に、今まで自分の思い込みにとらわれて、身動きがとれなくなっていた事にも気付かされる。
言葉は人間の闇を照らし出す灯火(ともしび)である。
佛教の長い歴史は、このような言葉を語り伝えてきた歴史でもある。かと言って、言葉だけが勝手に一人歩きしたのではなく、それは常に人を通して伝えられて来た。「南無阿弥陀佛」と念佛申す人々の声が「南無阿弥陀佛」を今日まで伝えてきたのである。つまり念佛に生きる人々の姿によって佛法の灯火は私達に届けられたのであり、その代表的なお方が七高僧であり宗祖親鸞聖人である。
十月 『同じだけども違う』
七月に木村大作監督の映画「剣岳(つるぎだけ)」を鑑賞した。これは明治四十年のまだまだ近代的な登山装備のない時代に、みの笠にぞうりとかんじきだけで重い測量機械を背負って「正確な日本地図」を作るために大奮闘した人々の実話の映画化で、北アルプス三千メートル級の山中で三年間、延べ二三〇日もかけて撮影された。現代のデジタル技術なら、これと「まったく同じ映画」は、この何分の一の時間と費用で作れるが、七十歳の老監督の下に参集した全スタッフは、スタジオ内で合成した作品とは観客に伝わるものが「違って来る」と信じていたという。
目で見たり耳で聞いたた限りでは何ら違わなくても「やっぱり違う」という経験はどなたにでもあるでしょう。香りや味についても同様ですが、私たちが「心の眼で観たり」「心の耳で聴こう」とする時に始めてみえたり・きこえたり・味わえる世界があるのです。
万引きがバレたら品物を返せば「同じこと」だし、挨拶は頭を下げれば良い、のではない。同じ景色でも二日がかりで登頂した人と、浴衣にゲタ履きで観光バスで頂上に着いた人とを比較してもカメラに映るパノラマの風景は全く同じはずである。
佛教は佛に成る(成佛)教えなのであり、此の世で覚者となるのが理想である。だが密教などの即身佛(生き佛)となるには超人的な難行が不可欠である。一般的に言って完全な佛(無漏佛)になるのは、肉体なき状態となった浄土往生後のことになるが、「煩悩にまみれた凡夫が、弥陀の本願を信じ念佛する身」となった姿もまた佛(有漏佛)と呼ばれる。
凡夫と有漏佛としての念佛者は外見上『違わないけれども全く違う』のである。(以下略)
・・・(如来が)衆生をしつらひ給ふといふは 衆生の心をそのままおきて よき心を御加え給ひてよくめされ候
(「蓮如上人御一代聞書」大意)
九月 『「私の正体」に気づく』
もう2.30年前ある先生の本に紹介されていた小学四年生の詩が思い出されてきました。
運動場
「せまいな せまいな」といって みんな遊んでいる
朝会のとき 石をひろわされると 「ひろいな ひろいな」とひろっている
グランドの広さには変わりはないのに、同じ人間がある時は広く、ある時は狭く見えるのですから面白いものです。
そういえば先日こんな話を聞きました。ある病院で入院患者に温かい夕食を出し始めたのは、たまたま自分の病院に入院した看護師さんが冷えた夕食を毎日食べさせられ、おどろいたのがきっかけだといいます。このように私たちは、いつも自分中心、自分の思い(都合・経験・知識)に立ってものを見たり考えたりしています。しかも、その「自分の思い」を絶対のものとして少しも疑ってみようともしません。自分の思いをしっかりと握りしめて生きている限り、自分の思いで他を裁き、人の言葉に耳を傾けることができず、どうしてこの俺の気持ちがわかってくれないのかと愚痴(ぐち)をこぼし、ひとり、孤独の淋しさを味わうことになってしまいます。
このような自分の思いに立つ私たちに「邪見憍慢悪衆生(じゃけんきょうまんあくしゅじょう)」(己の思いに固執して、おごり高ぶる人々よ)と親鸞聖人は呼びかけ、自己の正体に気づけ、どこまでいっても自分の思いの所に立てないのが人間だが、その邪見憍慢はまさにこの私だったと目が覚めることが、決して行き詰らず、生きとし生けるものとの親しい交わりを生み出し、人間として誤りなき方向へ歩み始める出発点だと語りかけておられるのです。
ある研修会で子育てについて尋ねた一人の母親に、「仏道は子供の立場に立てという教えではありません。どこまでいっても子供の立場に立てない親の私でありましたと深く目覚め続けていく道です。」と答えられたある講師の一言が思い出されます。
八月 『死後のために為しうること』
黒沢明監督の映画に「生きる」(昭27年東宝)という作品がある。某市役所の市民課長・渡辺勘治は、定年間際のある日、自分が胃癌(いがん)で余命いくばくもないことを知ってしまう。早くに妻を喪(な)くし、男手ひとつで育て上げた一人息子は、目下新婚早々で、彼の心情を察してくれそうにもない。失意のうちに町をさまよっていた彼は、近く彼の課を辞めていくという若い女子職員に出逢い、三十年間精勤した彼の役所勤めが「ミイラ」のような毎日だったことを思い知らされる。「課長さんも何か造ってみたら?」という彼女の明るさに励(はげ)まされて、彼は市内の下町の汚水溜(おすいだま)りの湿地を改善し、そこにささやかな児童公園を建設することに人生最後の数ヶ月を賭ける。地上げ屋の傭(やと)ったヤクザの脅迫にもおじることなく、助役や市長にも捨て身で掛け合い、やがて、ついに完成した公園のブランコに揺(ゆ)れながら、小雪のちらつく深夜『ゴンドラの唄』を低く口ずさみながら、彼は幸せに息絶えていく。
死によって自己を喪うことに耐えられないのが「自我」というものである。その自我が、「自己の存在の終わり(臨終)」と向き合うことのないままに、むしろ、死後にも身を置く場所として期待してきた「未来往生のための浄土」を親鸞聖人は「真実報土(しんじつほうど)」に対比して「方便化土(ほうべんけど)」となづけられた。私たちが、もし自分の生きているうちに「死後」のことについて何かを為し得ることがあるとするならば、釈尊や親鸞聖人が共にそうであったように、それは、決して死んでしまう「自分のため」ではなく、遺された「自分以外の人々のため」でなくてはならない。
七月 『聴聞の宗教』
ある時、広島のAさんのところに「お宅のカネを預かっているから取りに来てほしい。」との電話がかかった。他人(ひと)にお金を貸した覚えはないのに、といぶかったが、電話の主は梵鐘作り七〇〇年の伝統を守ってきた金寿堂(きんじゅどう)の社長からと判った。
彼は、岐阜県のお寺に納入時に下取りした古い鐘に刻まれていたAさんの寺号をたよりに寺院名簿で探し当てて連絡してくれたのでした。
金寿堂と聞いてそれは、光永寺でも原爆五十回忌を機に戦時供出した鐘の改鋳を思い立ち、ご門徒の有志約三十人と共に行った、まだ雪の残る琵琶湖畔の、あの感動的な「火入れ式」法要を勤めた古びた工場のことだ、とすぐに思い出した。当山の鐘は行方不明のままだがAさんのお寺のカネは無事に戻り「平和を希(ねが)うつり鐘」と命名され、盛大な「出征つり鐘帰郷法要」が営まれたという。
この話は全国に報道され、絵本やオペラまでなり、ついにこの私の知るところとなったのだが、聞けば困ったことも起きているらしい。すっかり有名になったこのカネは、あちこちへ貸し出され展示されるのですが、せっかくの梵鐘の命ともいうべき「撞(な)らす」ことができないのだそうです。壊れているからではなく「ウルサイ!!」と文句が出るからです。そういえば長崎でも定時に撞鐘(とうしょう)していたら近所の人から殴られたとの話も聞きました。全く撞かなかったり、遠慮しながら音を出しているお寺が多いのです。光永寺も正午の九吼(く)のみにしております。
現代人は一方で、選挙や交通安全の広報をがなり立てるなど余りにも音に対して無神経である反面で、鐘の音を単なる金属の騒音としか聞けぬ情けない耳や心になりつつあります。つり鐘の余韻や、音と音の間(ま)にじっと耳を澄まして仏の世界を念想する「耳の文化」も結構ではありませんか。
浄土真宗は「聴聞の宗教」です。静かに阿弥陀如来の誓願に耳を傾けることこそ大切なのです。
目に見えぬ慈悲がことばにあらわれて
なむあみだぶつと声でしられる
(妙香人・才市)
六月 『聴聞と食事』
昔から仏法の「聴聞」は「飡受(さんじゅ)」にたとえられる。飡」とは食事のことで、「晩餐」の「餐」に通じる言葉です。要するに「お聴聞」とは食事のように受け取るものだ、と言うのです。理由は次の通りです。
第一に、食事は毎日(二度~四度?)欠かすことがありません。お聴聞もそのように、繰り返し欠かさず聞くべしと言うことでしょうか。阿弥陀如来は昼夜休むことなく、私達の生涯を通して途切れることなく心をかけ続けておられるのです。
第二に、食事は毎日何回も取り続けているのに決して飽きることなく、その都度おいしく食べられます。お聴聞も、他人事としてではなく、「今、此処にいる私」にあてはめて受け取める時、常に新鮮な響きがあるはずです。
第三に、味わうことです。食事もお聴聞も、身体の中を素通りしてしまわないように、しっかりと噛みしめ、味わい、感じ取り、消化吸収されるのが望ましいのです。食べた物は必ず排泄される。一語一句すべて溜めておく必要はなく、栄養分だけを吸収し、あとは体外へ放出されます。私達はすぐに忘れます。昨夜何を食べたかは覚えていません。お聴聞も、個々の内容をすべて記憶していなくても、その瞬間瞬間にうなずけることが出来れば、自然にご信心の血となり肉となっていくように思います。
五月 『蜜蜂のたとえ』
昨年の今頃、ビルマでサイクロンが大暴れをし、中国では大地震があった。東南アジアに大津波があり、ハリケーンがニューオリンズの街を襲ったのも数年前のことである。
現在最古の佛教経典の一つとされる「発句経(ほっくきょう)」(ダンマパダ)には、
蜜蜂が花と色と香りを害(そこな)うことなく甘味のみを採りて去るごとく
智者は村落を托鉢すべし
として私達と自然環境の関係を暗示されている。人類は近世以降、地球の表面だけの農・牧・漁の生活では満足せず、地下深くの諸々の資源を掘り出して大量に消費したために、地球の温暖化が深刻になっています。また、近海のみならず、南極や北極の地下資源や宇宙空間の占有権などを巡って諸国がしのぎを削っています。
人間の欲望には際限がない。新技術やエネルギーの開発はもちろん必要だが、幸せの手段を自分の外なる「物」にのみ求め続ける限り満足感は得られない。マハトマ・ガンジーも
地球は私たちの必要なものは与えてくれる。
もし、それ以上のものを欲するならば・・・
と警告している。つまり私たち自身の生き方が問われているのです。
愛の本質が「愛されること」にではなく「愛すること自体」(母親など)にあるように、自然の恩恵を一方的に搾取するのみではなく自然とあい和しみつばちの如くやさしく係わりつつ結果として受粉を通して花にお返しもしていると言う間柄に学びたい。だがその蜜蜂の世界に危機が迫っている。
四月 『たましいとからだ』
-二元論と一元論-
映画「おくりびと」(第八十一回アカデミー賞受賞)を観た。
全篇を通して納棺にたずさわる納棺夫(師)が、実に丁寧に遺体に接し葬儀の時に最高のドレスアップを施さんと努力する姿に心を打たれた。アメリカなどにもエンバーマーと言う専門職が居て戦争(南北戦争以来)や事故で破壊された死体を防腐・修復して遺体に対面時のショックをやわらげる手法があると聞く。しかしこれは葬儀過程の一部であり、宗教的観念に基づいて永遠の保存を目的とするエジプトのミイラの場合とは全く異なっている。
「たましい」と「からだ」を一体と見るか否かで遺体の接し方は大きく分かれる。死とは「霊魂が天に召された」とする心身二元論に立てば、残る肉体は魂の無い亡骸(なきがら)だから移植材にしようと人体工場(ヒューマンボディーファクトリー)で部品化しようと余り抵抗はなかろうし、宗教家の役割も遺体への追悼より、早く悲しみを忘れさせる事に重点が置かれよう。
佛教などの東南アジアの宗教は「心身一如(しんしんいちにょ)」(一元論)の思想が多いので、毛髪・爪・遺骨や遺体そのものにも敬意を払い、遺族も先立った亡き人の面影や功徳を思いおこし、共に生きる(訪う→弔う)事に力点を置く。長崎の伝統では元旦は先祖の墓参りから始まる。春秋の彼岸や盆会も亡き人を訪ね・迎える行事であり決して故人を遠ざけようとはしない
世界には諸宗教それぞれの成り立ちに基づく多様な人間観があるので、その優劣を論ずること無くお互いの文化的伝統を尊重し合う必要がある。それにしても「死に対する畏敬の念を通して生をたたえる感動的な作品」と心身二元論が主流の米国の業界誌がこの映画を評したのは興味深い。
三月 『「わたし」が「わたし」であるために』
現代では、生命科学あるいは医療技術の急速な展開により、人間は生命の「始め」と「終わり」をコントロールできる力を獲得したかの観があります。
しかし、どれほど生命を人間がコントロールし得たように思えても、永遠に生命が得られることは決してありません。いのちある者は必ず死にます。否、「私」の一部分が、あるいはクローンが、仮に生き長らえることがあるとしても、「この私自身」は必ず死ぬのです。
その「私」は、ものごころついたときには、すでに地球上の、日本のある場所に生まれて生きていました。突然気がついたら「ここに」生まれていた「私」は、自分の意思で生まれたのではないにも関わらず、自分の意志と力によって、この苦悩深き時代を生き抜かなければなりません。ここに、大きな矛盾があります。
たしかに、生命が長らえ苦しみが次第に改善されてゆけば、生きている間の時間は、豊かなものと言えるかもしれません。人間はそのためにひたすら走り続けてきました。けれども今、それが本当に幸せなのか、私たちは親子の関係や教育の荒廃、深い人間関係の喪失感、あるいは環境汚染や経済の不透明感によって、切実に感じつつあるのではないでしょうか。
自分自身の「始め」と「終わり」が闇に閉ざされ、その間の人生を孤独のままに懸命に生きるというだけでは耐えられない。それは深い空しさだということを感じ、道を求め、遂に「永遠の真実」に遇われたのが釈尊(しゃくそん)であり、親鸞聖人でありました。
そして私たちも、その真実に今遇うことができるのです。
ただ人生を空しく終わるわけにはいきません「既に成就あり。汝、自重し自ら、独り、問い求めよ」。
二月 『人生と無』
あの世というのは水墨画の「余白」のようなものでしょうか。描いてあるところがこの世である。虚実(こじつ)という言葉があるが、その実というのは、絵で言うと「目に見えたところ」であり、虚というのは「目に見えない白紙の部分」です。いづれにしても虚があるが実が成り立つ。その見方を転じてみると、かえって虚(余白)の方が実であって、実(描かれた部分)の方が虚となる場合もある。これは虚実交替(こじつこうたい・たとえば、余白こそが完全な絵なり)と言って、そこに佛教的発想の特徴がある。「お浄土」にしてもこれこそが真実の世界であり、「この世」は虚の世界ではないか、と金子大榮(かねこだいえい)先生は述べておられる。
聖徳太子の「世間虚仮」や歎異抄の「火宅無常の世界はよろずのことみなもてそらごとたわごとまことあることなし」の言葉が思い浮かぶ。そこでこの虚仮の世界にあってどのように生きるべきなのかが問われてきます。
最近「自分探し」「自分発見の道」とかいうことを良く耳にします。そこには、人生の疑問に直面して多くの老若男女の方々が悩んでいる現実が思い浮かぶ。このような悩みが生じた背景には、社会が複雑化し、細分化され、その中で自分自身が「何を」しているのか、果たしている役割は何か、生きている意味はあるのか・・・ということが見えにくくなっている社会状況にあるように思います。
ある新聞の全国「生きがい調査」によると、生きがいの80%が旅行・スポーツ・テレビ・買い物・パチンコ・読書などの「趣味」との回答でした。人生にとっての趣味は大切なことですが、私にとってそれは、あく迄も自分の本当の人生の目標に向かう途中での「一休み」(気晴らし)だと考えてきましたので、この記事には本当に驚きました。
みなさんも佛教の立場から「何のために生きるのか」について考えてみてはいかがでしょうか。
一月 『「そのままの救い」と「このままの救い」』
阿弥陀の光明は「摂取不捨」であると言われます。この光は覆われてもさえぎられることなく、一切の衆生の存在を「受け止める力」なのです。
江戸時代の学僧・一蓮院秀存(いちれんいんしゅうぞん)という方に、あるご門徒が真宗の救いの要をうかがったとき秀存師は「そのままのおたすけぞ」と答えられたそうです。ご門徒が「このままのおたすけですか」と申し上げると、「ちがう。そのままのおたすけぞ」とおっしゃる。再度「このままのおたすけですね」と尋ねると、「いや、そのままのおたすけぞ」と答えられた。その時、ご門徒が「ありがとうございます」と合掌されたのを見て、秀存師はにっこり頷かれたというのです。
「そのままでよい」というのは如来の呼びかけです。「このままでよい」というのは私たちの側のはからいです。如来の本願すら、厚かましい自己肯定・自己正当化の道具にしてしまう根性を私たちは持っています。逆に「このままでいいはずない」というのも、如来の「受け止める力」を疑う私たちのはからいです。
すでに「そのままでよい」と如来に呼びかけられているわが身に気づき、そこに思いはからいでなく「南無阿弥陀佛」と答えていく。そこから真宗門徒の生活ははじまるのではないでしょうか。
---2008年
十二月 『念母と念佛』
「念佛」というのはもとは文字のごとく「心に佛を思い浮かべ念ずる」という修行でしたが浄土思想の展開につれてこれはそのような高度な観佛行を超えた「称名念佛」(阿弥陀佛の名を称える)となりました。
つまり「名前を称(とな)える」ところに阿弥陀佛の照らし出すいのちの世界を思い出すことができるのです。いま「思い出す」といいましたが、これは私たちが無理に思い出そうとして思いうかべるものではありません。
私がいつも例に出すのは母親です。心の中で「お母さーん」と言ってみて下さい。その時、友達やとなりのママが出てきたという人はいないはずです。必ず自分のお母さんのことを思い出されると思います。万一、もうこの世におられなくても、母にまつわる数々の場面がフラッシュ・バックされるでしょう。それは無理に自分の母の諸場面を思い出してやろうなどと思わなくても、自然に思いおこされる言葉の持っている力によるものなのでしょうか。ですから「お母さん」というのは「両親のうちの一方である女性を示す一般名詞」という辞書的な解釈ではなく「私にとってのお母さん」です。
「阿弥陀」という名前も、教えを聞いたことがなければ、ただの音や記号としか思えないでしょうが、阿弥陀如来が私たちのためにどうして本願を発(おこ)し修行を成就されたのかを聞き開いていくと、短い阿弥陀という言葉によって、なるほどとうなずけることがあるのです。
ですから親鸞聖人は「念佛」のことを「南無阿弥陀佛」と説かれました。「南無」とはインドの言葉でナマスに由来し帰命・帰依という意味ですから聖人はこれを「命令にしたがう」と解釈され、阿弥陀佛のいのちの世界へ来たれとの呼びかけ・命令と教えられました。そのことを「帰命無量寿如来」・「南無不可思議光」とか「南無阿弥陀佛」と申すのです。
十一月 『忘恩講』
御正忌報恩講は、宗祖親鸞聖人のみ教えに生きるわたし達が、聖人の御命日(弘長二年十一月二八日・一二六二年)を縁に、あらためて聖人から賜った恩徳の大きさを思い起こして歓びを共にする仏事であります。
真宗のご門徒方にとって一年中で最も大切な法要です。
「今時の若いもんは恩ということを知っとるんのだろうか。今の学校は何を教えとるんだ・・・。」これは三年間もの間、店から授業料を出して夜学を卒業させ、続いて仕事上の資格の国家試験を取らせたとたん「やめさせてくれ。次の職場はもう決めたので・・・。」と言われた時の、ある商店主のなげきの言葉である。似たような話は工場や病院、そしてお寺でも聞いたことがある。
親鸞聖人は「つぐべき縁あればともない、はなるべき縁あればはなるることあるをも・・・」とか「自然(じねん)のことわりにあいかなわば、佛恩をもしり、また師の恩をもしるべきなり」と言っておられる(歎異抄)。
ご恩のわからぬ者を「畜生」というらしいが、この世にはメガネをかけ、スカートをはいた「畜生」がうろついているのではなかろうか。親子の間柄でさえも「・・・してやったのに・・・」恩をと押しつけると子供の方は反発して、お互い自損損他(じそんそんた)の冷戦状態になってしまうようです。夫婦もまた然りでしょう。
ご恩というのは押し売りすべきものではなく、自発的に私が頂戴するものであることを痛感する次第です。そうすればおのずと「報恩」という気持ちと行動が湧き出てくるのではないでしょうか。
以前、光永寺の門前掲示板に
してやったもの同志は 地獄を招き
してもらったもの同志は お浄土を招く
と、ありました。
いつも報恩を忘れ、平生「忘恩講」ばかりをつとめている私を反省させられる季節がやって来ました。
十月 『環境と価値』
この頃、少し気のきいた冊子や封筒のすみっこに小さな字で「この用紙は再生紙を使用しています」などと印刷されていることが多い。
そういえば終戦後しばらくの間は、古新聞から作ったザラザラして黒っぽいチリ紙や落とし紙が使われていた。再生紙である。でも、よそ行きの時などには真っ白い薄い紙を持参した。再生紙には安物で貧乏臭いイメージがあったのである。
でも、現代はどうであろう。
お役所や多くの企業は多少費用が高くても、わざわざ真っ白くない再生紙を使っている。それを使用していないと時代遅れで、職場のイメージ・ダウンにつながると考えているらしい。
われわれの価値とは一体なんだったのだろうか。つまりは自分の都合による相対的・流動的価値観だったのである。
オゾン層の破壊、砂漠化、酸性雨、異常気象・・・・・。「環境破壊」という地球の滅亡を前に、そんなご都合主義の価値観はふっ飛んでしまった。滅びという絶対否定が自分を変え、社会を変える。
オレがオレだけの進歩、発展、向上の自力諸善(じりきしょぜん)が音を立ててくずれ始めている。そして、ほんのわずかづつではあるが、「生かされている自分」ということが実感されつつある。自然(じねん)の中で自然(じねん)に従って・・・・・、信に死し、願に生かされる私。
親鸞聖人とは、そんな世界を気づかせて下さったお方でもある
八月 『共に生きる人生とは』
二十一世紀の合言葉(キーワード)の一つに「共生」があります。もともとは「異種類の生物が同じすみかで助け合う」のを言い、その昔ヤドカリとイソギンチャクやアリとアリマキなどの例を教わりました。「人間と自然環境」もその例ですが、まずは夫婦・家族などを思い浮かべるでしょう。近ごろでは、いじめ問題など「人と人の関係の中で、いかにして共に生きるか」が特に重視されています。この場合、「共に」は「皆と一緒に」と考えてよいでしょう。
佛教では「まさに願わくば衆生と共に・・・」(三帰依文)とあるように「同信同行の人と共に」となりますが、浄土真宗では少し違います。それは「佛教と共に生きる」ことなのです。エッ、佛像と一緒に?」と驚かないで下さい。佛とは「佛の用き(はたらき)」のことです。
誰でも自分は正しい、そうなるはずだと思って生きていますが、お互いが自説を主張し合えば、傷つけ合い心の闇は深まるばかりです。そのような私たちを心配して「あなたはそれでよいのですか」という、いのちからの問いかけを「佛の用き(はたらき)」と言い、共に生きるとは、そうした問いかけに耳を傾け、自分を深く見つめる生き方を言うのではないでしょうか。
七月 『浄土真宗とご供養』
急病で子供を亡くしたAさんは、生前の好物を山ほどお供えしても減って行かないことを目にした時、「こんなことをいくらしても、あの子には届いていないのだ」と思った。毎月の命日には勤行(おつとめ)を欠かさなかったのですが、ある日住職から「お経は死んだ人の為に勤めるものではない」と聞かされ、始めて「では、親として死んで行ったあの子にしてやれるのは何か」が問われる毎日となりました。
「盂蘭盆経」には、亡くなった母が餓鬼道(がきどう)におちているのにおどろいた目連尊者(もくれんそんじゃ)が、神通力で水や食べ物を届けたのですが、母が口に入れようとすると、たちまち火になってしまった、と説かれています。Aさんはわが身にひきくらべ始めて、水や食べ物が口元まで来ると「火になってしまった」(届いていない)ことの意味を知らされた思いがしました。
目連尊者(もくれんそんじゃ)の故事に始まったお盆とは、亡くなった人の霊前にお供え物をし、お寺さんに読経してもらうだけで終える日でなく(もちろんそれも大事ですが)、それらのお供え物が「火になってしまわぬ」ためには「この私がどう生きることが故人への真実の供養かということを問い、明らかにしていく日」なのです。
暑い時期ですが、お盆を迎えるに当たって今から考えてみてはいかがでしょうか?
六月 『続・ご命日とは』
では、『無量なるいのち』とは、何を指すのでしょうか。八十歳の者も十歳の者も、健康な人も病気の人も、同じ1つのいのちを生きている。同じ1つのいのちが、あるときは老人、あるときは若者、またあるときは健康、あるときは病気を縁として発露しているのです。その同じ1つのいのちの『はたらき』を「無量寿」と見いだしたのです。
器をいのちとしている限り、それは他と比較された「相対的ないのち(=私)」しか生きていないことになります。健康で若いことは受け入れるけれども、老いることや病気は受け入れられなくなります。つまり、いのちが与えられていて初めて私が存在するのに、それがいつのまにか顛倒(てんどう)して、「わたしのいのち」と、いのちの事実と反してしまうのです。これこそが罪ということです。私のものでないのに、私のものとするのですから。
その罪の結果として、私が私の身の事実(例えば、老いること、病気の自分)を受け入れられなくなって、自分を嫌ったり、見捨てたりということがそこに起きてしまうのです。
『いのち』は私のものでない、『いのち』はいのちのもの、『いのち」は尊いものだという発見、それが佛教であったのです。これが亡くなった方が後に残った者に「命日」を残していかれた意味なのです。「このことをほとんど唯一の機会として、器のいのちではない、『無量寿なるいのち』を尋ねていけよ」と。
真宗の生活(あるいは、生活が真宗である)とは、生活が、この尊い『いのち』との出遇いを開く縁なのだという意味から言われるのです。
五月 『ご命日とは』
私たちは誰かがなくなった日のことを命日といいます。役所ではそれを死亡年月日といいます。さて、それでは、なぜ、佛教では「命日」というのでしょうか。
「命日」は、命の日と書きます。これは、私どもに先立って亡くなった方が残していってくださった「本当の贈り物」だと思います。命日をご縁に仏事を勤め、その佛事に出席した私どもに、「どうか、あなたがこの世に生を受けた、その命の意味について明らかにしてほしい」と、問いを投げかけているということ、それが「贈り物」という意味です。法事は個人を弔(とぶら)う(=良かった点を訪(とぶら)い学ぶ)と同時に、私たち自身の命の意味について明らかにする日なのです。
そういえば『正信偈』の冒頭にはよく知られているように、「帰命無量寿如来」と書かれてあります。『この無量(量ることのできない)なる寿(いのち)に目覚めよ』というのが、この亡くなった日を命日として法事を勤める意味なのです。
世間ではよく「いのちを大切に」などと言われますが、いったい「いのちを大切にする」とはどういうことを指すのでしょうか。長生きすることでしょうか。それとも健康に留意することでしょうか。それなら、若死にした人は、いのちを粗末にしたことになります。病気の人も粗末にしたことになります。そう考えると、長生きすることや健康に留意することがいのちを本当に大切にすることになるとはいえません。いのちの器を大事にしたのかもしれませんが、「いのち」の中味を本当に大切にしたとはいえないのではないでしょうか。
器を大切にしたという意味では、「いのちを大切に」とはせいぜい健康で長生きをしなさい。というくらいのことを言っているにすぎないことになります。このように、いのちの器という実態としてとらえていると、ついにいのち(無量寿=真実の自己)には出遇えないのではないでしょうか。
来月へ続く
四月 『自然環境と自我』
「阿弥陀佛」のことを「尽十方無碍光如来(じんじっぽうむげこうにょらい)」といいますが、それはわたしたちの「いのち」の根底となる「真実」が何者にも妨げられることのない光(無碍光)としてあらゆる方向(尽十方)にはたらき、そしてそのはたらきが、いつでもどこへでも、わたしたちに届けられているということなのです。しかし人はいつも「自我」という意識にとらわれ、それにこだわって、「真実」のはたらきに気づかないことが多いのです。
人間は自分の努力の効能を信じて何事かをなそうとします。それはそれで立派なことです。しかし、その時往々にして、「自我」へのこだわりが付きまとってしまいます。そうなると「自己中心」という錯覚に陥り、自分は自分の力のみで輝いていると勘違いするのです。実はそのような「自我」による錯覚や勘違いが人に「真実」から目をそむけさせ、人間に混迷と苦悩をもたらす原因となると佛教は教えています。釈尊は「自我」へのこだわりを離れて。「道理」に即した「真実」に謙虚な生き方でなければ、人間は混迷と苦悩を深めるばかりで、本当の安らぎを得ることは出来ないと教え示されたのです。
現代社会のありさまを少し眺めてみるとどうでしょうか。たとえば飢えの苦しみをなくそうとして自らの努力を信じて懸命に働いてきたのはよかったのですが、やがて、自然の「一部」であるはずの人間が「自然界の中心的存在」であるという気持ちを強くして、特に二十世紀半ば以降、自然環境を「征服の対象」とする西洋等の文明の考えに立って効率や実利優先の工業化や経済成長に遭遇し、一定の成果を得ました。そして、自然界を我がものと思い違いするようになりました。その結果、自然は破壊され、人の心は荒れお互いは自分は正しいが他は正しくないと言い張るようになりました。そしてこれらの問題を解消しようとして、さらに「自我」にこだわり続けているのです。しかもますます強く癒しを求める結果になり、怪しげなカルト集団の出現を可能にしているのです。これらの悪循環は、全て「自我」へのこだわり、自己中心の思いが原因であると指摘されれば、本当にその通りだと認めざるを得ないのです。
その様な自我中心、自分本位、自己過信ということを親鸞聖人は「自力のはからい」といわれ、それにこだわる愚かさをご自分自身のこととして顕(あき)らかにされたのです。
三月 『「信」こそ人の道根本なり』
―家庭から国家まで―
先日光永寺の本堂で若い医師のカップルが佛前結婚式を挙げた(トップページ参照)。司婚をつとめた住職は若い二人の門出にあたり、聖徳太子の「十七条憲法」第九条にある次のようなはなむけの言葉を贈った。
条文に曰く「信は是れ義の元なり」(人の道の根本は信ずることである)と。確かにどの宗教においても信(仰心)は不可欠の前提であり、我が浄土真宗も「信心を以って本」とせられるご宗旨である。太子はこの「信ずる」ことが宗教だけでなく、大は国家から小は夫婦の間にあっても一番大切なことだと言われたのだろうと思う。
二十世紀の後半を振り返っても、スターリンや毛沢東の数百万人をこえる血の粛清が、他ならぬ自分の同士や側近に向けられたことが最近明らかになりつつある。ノーベル賞作家ソルジェニーツィンや著名な科学者サハロフへの弾圧はすでに知られている。外国ばかりではない。「勧進帳」で有名な源義経も兄の頼朝の追っ手から逃れて奥州へと都落ちした。いづれも敵ではなく革命の同志や兄弟の間の猜疑心が原因でつまりは「信頼の欠如」であったと思う。
夫婦の間でも信頼関係が無くなると、朝起きてからのお茶一杯も安心して飲めない。前夜に喧嘩をしたので、もしやメタミドホスを入れたのでは・・・と疑っていては家庭は成り立たない。男女の間に愛がふくらむことは望ましいがこの「信無き愛」のみが無条件に強調されると、少々心配にもなる。
親鸞聖人と夫人の恵信尼さまは、お互いを観音菩薩の化身として拝み合われていたと言う。つまりそれ程までに「信じ合って」おられた。新たな出発にあたり、そこ迄は求めませんがどうか万一夫婦の危機に当面した時に、本日の住職のはなむけの言葉を思い出していただきたいと思う。
二月 『使い捨てられる私』
この間、御内佛(佛壇)を新しくしたので、お開眼法要をしてほしいとあるご門徒から頼まれた。古いご本尊はその人が昔、田舎を出るときに親から譲り受けたお木像だそうだ。家の新築を機にお佛壇を新調したので、ついでにご本尊も新しい金ピカの佛さんにしてはどうか、と仏具店ですすめられたのでその様にしたとの事である。古くなって汚いものは捨てて、新品にすれば良いとの風潮は家庭の電化製品からご本尊にまで及んでいるようです。
いよいよその日が来ました。お参りに行くとご主人は佛前に正座していわれた。「この佛さん大分古いけど、ご先祖はみんなこの前に座ってお念佛申して来たのでしょう。人間の喜びも悲しみもじっと見つめて来られたんでしょうね。」
そういえば一昔前に、「人は死んだらゴミになる。」と言った検事総長がいたが、このご主人はさらに続けて「古くなったらゴミとして捨てる。使い捨てればいづれ自分も使い捨てられる。私達はそうなっても文句言えませんね。」と。
みんなはゴミに向かって手を合わせているのでしょうか?
最近は環境問題を考えて資源の再利用も始まっている。アメリカのTVコマーシャルには「リサイクル ユア セルフ! フロム キャント トゥ オルガン」(空き缶から臓器までなんでも・・・)というのがあるらしい。何も古いものだけが良いのではないが、どうしても使い捨てもリサイクルも出来ないことがある。それは「人身受け難し」(受けがたい人身を賜って生まれさせて頂いた)と「唯我独尊」(かけがえのないこの私)、つまりあなた自身、私自身、本当の私・・・。これだけはポイ捨てされてはたまらない。この人生でどうしても使い捨て出来ないことの象徴、それがご本尊さまではなかろうか。ご本尊とは、本当の自分にまでなった佛様なのです。昔の人はご本尊の前に座って本当の自分を聞き続けたのだと思います。
黙って座っていたそのご主人はしばらく考えた末に新しいご本尊は止めて、古いご木像をご修復して、またお参りしたいと言い出した。そして「ああ、よかった。」と言われた。私も「ああ、よかった。」と思った。
一月 『子供のこたえと大人の答え』
長らく大学生相手の講義ばかりに気をくだいてきたが、孫娘が生まれてから、時おり幼児向けのテレビチャンネルに付き合うことがある。
ある時、お受験ブームの中での母と子が「季節の花」という宿題をしている場面があった。あさがお・つばき・きく・さくら・・・などの写真が示され、その中から「きくの咲く季節」を探すのである。その子は迷わず「なつ」を選んだ。ところが母親は「きくは秋に咲くのでしょッ。」としつこく覚えこませている。今や花々は電照や暗幕でだまされて一年中咲かされている。カメラは子供部屋の菊の鉢植えをも映していた。母は「菊はふつうは秋に咲くのッ。」と教えるが、子供は納得していない。そして泣き出しそうになって「それでもきくは今ここに咲いているのだから、お母さんのいうのはおかしい。」と言い張っていた。
私はこの親子のやり取りを見て心が痛んだ。ほんねやたてまえの使い分けは孫には通じない。本当はしてはいけないのだけどこの場合は・・・」と言っても子供には判ってもらえない。このような柔軟な(?)考え方無しには世渡りに支障をきたすことぐらいは判っているが、他方で目の前に咲いている菊の花の事実を見て涙ぐみながらも事実を主張し続けた子供の純真さに強く胸を打たれた。そして思った。もし、この子が自分の思いを主張せず、直ちに親の主張に妥協してしまい、眼前の事実を無視して「正解はあきだ」と早々と納得したとすれば、社会に出てからどのような大人になるだろうかと、余計な心配をしたのである。
自然は個々の人間の浅はかなはからいを超えた大きな世界から子供たちに無限の豊かなことばで呼びかけている。英国には「自然と言う偉大な書物」(A Great Book of Nature)という発想もある。
佛教では自然を「じねん」と訓み(よみ)、特に浄土真宗では「己のはからいを捨て、如来のちかいのままにすべてを受け止めること」を意味するのです。
多忙な娑婆の日ぐらしの中にあって、特にこうした考えに立ち返る必要があると思います。
---2007年
『死につつ生きる』
「虫の息」ということばがあります。99.9%死んでいるように見えるが、かすかに呼吸をしている。これは論理学の世界では「生」に属します。「生だが死」という状態は「有るけど無い」というのと同じように、両立しえない矛盾観念だからです。
ところが佛教では「生死一如」、つまり生と死はべつものではない、と説くのです。生が終わってから、それとは全く別の死がやってくるのではなく、「生と同時に死がある」と考えます。私たちの身体を作る細胞の一部は毎日死んで垢や排泄物となり、新しい細胞が生まれる(新陳代謝)から成長し、生き続ける事ができるし、昨日の私とは訣別してこそ心新たな今日の自分が誕生する。古い自分として死ぬからこそ、新しい私が生まれることができるのです。そして心身ともに、生の割合が多ければ成長し、逆になれば老いて行くと言えましょう。
ところが多くの人々は「生が終了してから死が起こる」と思うから、生は好ましいが死は最悪だからイヤだ。と考えています。それが人情でしょうが、実はこれは「自分の都合」ということなのです。好き・嫌いや嬉しい・悲しいなどの「自分の都合」という我執(がしゅう)や思いとは関係なく生・死の問題はやってきているのです。
お互いに、自分の死のように「いやなこと」については考えたくないし、考えても簡単には答えが出ないので、つい先送りしている中にボケて考えられなくなる。手すりの無いビルの屋上に立たされると足が震えますが、目隠しで連れて行かれると平気で空中に歩みを進められます。
「それについて考えずに、それに出会う」終わり方をする人、死から目をそらした人生はどうしても曖昧な日暮になりがちです。「生と死は一如(いちにょ)」であり、良く生きるためには真実の片側だけを見ていても、生きている意味は明らかにならない、と釈尊が様々な形で説法されているのです。
年も暮れにさしかかりました、年末の梵鐘(ぼんしょう)を聞きながら、ぜひこの機会に「各自にとっての生と死」について語り合ってはいかがでしょうか。
『人間の尊厳』
出家・在家にかかわり無く、およそ佛教徒となるために受持しなければならない「誓い」のことを「三帰依」と言う。
佛と法(佛の教え)と僧伽(佛を奉ずる人の集団)の三宝に信順することを指す。この三帰依の文は有名な
人身受け難し、今すでに受く
の句で始まる。常識的には、三十八億年の生命の流れ中でアメーバーや蝉やとんぼ、はた又犬や猫ではなく、ホモ・サピエンスとしての人間に、しかもこの二十世紀の日本に生まれたことはラッキーであり、有りがたいのだ、と理解され得るだろう。
けれども外見が人の姿さえしていれば人間である事を当然の前提としてきたが、果たして「人間そのもの」や「自分自身」をしっかり問うた事があったでしょうか。人間として「生まれたこと」だけでも尊いとも言えようが、一歩進めて、宗教的な見地から、その尊さのもとについても思いを至してはどうでしょうか。
「生きる」と言うことは「食べる」ことであり、それは他の命を「殺す」ということである。八十才になったという事は、八十年間殺し続けた結果である。生命は他の生命を奪いつつ成り立っているのです。つまり生命の抱える根本的な矛盾(生きるために死んでもらう)がそこに在るのです。のみならず私たちは人間同士ですら傷つけ合い、殺し合い乍ら自分の立場を正当化せんとして恥じないこともある。
その様な自分の行き方が傷みとなり悲しみとなった時に、やっと「人間であること」や「生きることの意味」を問うことが始まるのであり、受け難き人身のもと「尊厳」とはそのようなことに由来するのであろう。
『私とは何者なのか』
お盆になると大混雑の交通機関にもめげず、多くの方々が故郷(ふるさと)へ帰り、再会した親族と共に先立った後先祖を偲んでお墓や納骨堂にお参りしたり、友人と旧交を温めたりするのが通例です。それは日本人の心の奥にひそむ素朴な「宗教感情」の発露だと思われます。
けれども実家での体験は必ずしも快いことばかりではないでしょう。肉親なるが故の感情のもつれ等があると折角の「宗教感情」が萎えて、虚しさや淋しさだけが残るということもあるのです。それでも尚お盆の季節になると、私たちの心はあたかもツバメやハトの帰巣本能よろしく故郷へ故郷へと向かいます。それは『私は何処(どこ)から来たのか』また『私は何処へ向かっているのか』を無意識の中に尋ね求めているからだと思われます。「無量寿経(むりょうじゅきょう)」にはその点を 生じて従来するところ、死して趣向するところを知らず と説いてあります。要するに『私とは何者なのか』と問うているのです。
親鸞聖人は、師と仰ぐ法然上人の導きによって本願念佛(ほんがんねんぶつ)の教法に出遇い、本当の私を確立されたのでした。教法に生きる師との出遇いは、内奥の「宗教心」を目覚めさせ、それが教法との出遇いとなり、「本当の私」の確立に向かわれたのでしょう。
今年も、お盆法要への参詣を機に「私とは何者なのか」を再確認されてはいかがでしょうか。
み佛はいづこに
或るお寺の幼稚園児に「ののさまはどこにいるの?」と尋ねたら「あそこだよ」と本堂を指さした。別の子供に同じ質問をすると、自分の胸に手を当てて「ここにいるよ」と教えてくれた。コンニチワというつもりで声をかけたご当人は胸を突かれた(本願寺冊子 大意)と言う。
ところで「み佛の居処(いどころ)」は大人にとっても難問です。本願寺カレンダーの四月の法語には「阿弥陀佛 此を去ること 遠からず」とあります。
これは「観無量寿経」の一句ですが、同じ三部経の他の二経(「無量寿経」・「阿弥陀経」)では阿弥陀佛は「これより西方十万億の佛土を過ぎた(遠い)世界」にまします と説かれているのです。
この問題については善導大師(浄土教第五祖)がくわしく論じておられ、お浄土の道のりは遠く思われるが、実際にはあっと言う間(指弾の間)に往生できるので「不遠」という等と述べられておられます。
これを親鸞聖人風に言い換えると、本願を信じてお念佛申す時、そこに阿弥陀佛は居られる となります。私がお参りする以前に、私はみ佛から「願われていた」ことに気づくとき「不遠」の意味がうなずけると思います。
光永寺 住職 正木慶晴