




「尾張 西枇杷島まつり」
毎年6月の第一土曜・日曜に行われ、
5台の名古屋型山車が 旧美濃街道中心に
巡行し、からくり人形の芸を披露します。
通りの両脇には露天商が軒を連ね
大勢の観光客でにぎわいます。
この写真は2007年に当店前を通過した
非常に珍しい一枚です。
SINCE 11/05/2005
「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」で被災された皆様へ
心よりお見舞い申し上げます。
またこの震災でお亡くなりになられた方に、深い哀悼の意を捧げると共に
安否不明の方が、一人でも多く見つけ出されますよう願っております。
「屋号」であります「宗十郎」は店主の祖父であり、
宮城県亘理郡亘理町(わたりちょう)荒浜字西木倉の出身でした。
大河、阿武隈川の河口に位置しています。
店主も十代前半までは、この本籍地を使用していました。
半年経過いたしましたが、復旧ははかどらず、
家屋は取り壊され、耕地も海水の浸透、地盤沈下により建築許可は下りず
数年は使用できない状況が続くだろうとのことです。
一日も早い復旧、愛知県清須市より心から願っております。

3月20日の中日新聞尾張版に、地元「西春日井広域消防本部」の
5名の方が亘理町荒浜に災害派遣され、復旧活動に従事された
報告記事が掲載されました。
このほか豊田市、一宮市、あま市等、各消防本部からも亘理町に
派遣されたようです。
偶然とはいえ、ただただ頭の下がる思いです。
また、私事ですがグーグルの「消息情報」を通し、本日20日、親族
2家族の生存が確認されました。連絡は取れませんが一安心です。
この場を借りまして、ご心配頂いた皆様に厚く御礼申し上げます。
20日も生存者が見つけ出されています。
更なる関係機関のご尽力、お願い申し上げます。
また各地ではいろいろな支援の輪が広がっています。
各機関の窓口を通し、皆様のご協力もあわせてお願い申し上げます。

春日井市消防本部指令「加藤 喜一郎さん」の亘理町荒浜での捜索活動の
記事が掲載されていました。
亘理町消防団との合同捜索で、「災害が大きければ大きいほど、
地域で助け合う協働の精神が重要になる」とも、述べられておられます。
地域コミュニティを通じたネットワーク、ご近所付き合いの大切さを改めて
思い知らされました。
2012年1月5日 中日新聞夕刊に
亘理町の被害状況を撮影し続けた地元の大学生、
森 健輔さんのインタビュー記事が掲載されました。
久しぶりに名古屋圏の新聞に紹介されました。
一度下記へリンクしてみてください。
クリックされますと拡大します
2012年1月17日 中日新聞朝刊尾張版に
愛知県海部郡蟹江町(あまぐん かにえちょう)の
蟹江ライオンズクラブが宮城県亘理郡亘理町(わたりちょう)、
山元町(やまもとちょう)に義援金を贈られる記事が掲載され
ました。
被災直後に蟹江町消防署職員の方が救助隊として
派遣され、76名の方が救出されたとのことです。
そのご縁で蟹江町も行政挙げてご支援が続いていること。
マスコミではなかなか取り上げることが少ない両町ですが、
被災地の大きな励みになると思います。
このあたりでは「夏は西枇杷島のまつりから」と言われてます。
古くから、打ち上げ花火が最初に行われた事からきているようです。
今年は6月2日(土)に開催予定で、昼からは交通規制もしかれ、夕方には当店前も
車が通行出来ないほど、人があふれ賑わいます。
美濃路を練り歩く五輌の山車をはじめ、夜には枇杷島橋から
豊公橋にかけての河川道路は大勢の見物客であふれ、
初夏を彩る大花火に大歓声が上がります。