単線では、かなりのスピードで雪をかき分けて走るラッセル車=イメージ
以前、雪の多い路線では、ラッセル車のほかに、ロータリー除雪車がいて、主に新雪を遠くに吹き飛ばしていた。しかし、維持コストが高いうえ、雪がそれほど降らなくなったこともあって、北海道や東北地方を除いて姿を消した。
実は、30,31日に高岡駅周辺で、ロータリー車のような除雪車が活躍していた。「軌道モーターカー」と呼ばれる全長15mほどのもので、一方にラッセル、反対側にロータリーを付けている。全部で12台。
ところが、常時動いていたのは5台だけだった。操作の資格を持つ人が減っていたのである。
想定できなかっか、圧雪の“威力”
雪に負けたのは、ポイントもだった。雪対応のポイントには、主に本線で使われている「熱風」と、それ以外での「散水」(主に地下水)の2種あって、民間の気象会社から送られてくるピンポイント予報などをもとに、拠点駅または金沢支社で遠隔集中制御でスイッチのオン・オフをしている。
そのポイントがうまく作動しなくなったのは、列車が“腹”に抱えていた雪が落ち、圧雪となってポイントに挟まり、熱風や散水の効果が激減したからという。ポイントの数は、小さい駅でも4-5カ所、富山駅には約50カ所もある。圧雪を取り除くのは人力だが、その数は足りたのか、熱風システムのリモコンの働きはタイムリーだったのだろうか。

昨年11月、JR富山貨物駅(旧鍋田操車場)から、試運転のラッセル車が報道陣を後に、糸魚川方面に向かった。ある地元紙は「冬の鉄路まかせて」と書いた。
そのラッセル車がこの1月30日夜半から、自身がハネ上がて出来る雪の壁に阻まれて除雪が思うにまかせない。“助っ人”の小型ロータリー車は操作員不足だ。加えて、熱風や散水が守るポイントの多くが圧雪にマヒ。人海作戦が始まり、JRの事務職員まで駆り出された。列車は全面運休。翌日はラッセル車のトラブルも加わり、さらに半日、県民の足を奪った。「初動の遅れ」が指摘された。
この事態に県議会が、JRに「鉄道としての責任を果たしていない」と抗議したが、JR側は、謝罪したうえで、「雪の降り方が間断なく、作業が追い付かなかった。警戒はしていた」と弁明した。
「38」、「56」、「59」、「18(平成)」の豪雪で得たはずの教訓「冬の鉄路を守るノウハウ」が、活かされたのだろうか。
ハネ上げた雪の壁 2mにも
ラッセル車は全長約20m。ジーゼル機関車を真ん中に、前後に巨大な「プラウ(鋤の意)」をつけていて、この角度を変えながら雪を線路外にハネ上げる。
越中宮崎ー倶利伽羅の本線約100kmと高山、氷見、城端各線を守備範囲とするラッセル車は4台。うち1台が高岡を拠点にしていた。 ラッセル車は複線が苦手だ。雪を片側にしか除けられないため、行きと帰りは別々の線を走って除雪する。
ラッセル車がハネ上げた雪の壁は、場所によって高さ2mにも。気温が低いため、雪は硬い。線路と線路の間で固まった雪は、列車の“腹”を痛めるため、ラッセル車はこれもかきあげるが、雪の壁にぶつかって落ちてくる。 まさにギブアップ寸前。この時の伏木の平地の積雪は1m。