ウラディミール・アシュケナージ→
オーケストラ・アンサンブル金沢のメンバー(イメー
ジ)=オーケストラ・アンサンブル金沢事務局提供

       
  プログラムの真ん中に挟まれる協奏曲では、アンコール曲の演奏はまれである。それを辻井はソロで2曲も披露した。アシュケナージや楽団員らも見守る中で…。終わると、辻井は、三方におじぎをする。中央、右前方、そして左前方。
  丁寧なおじぎが済むと、アシュケナージが近寄って声を掛ける。「さあ、下がろうか」、そう言っているように見えた。
  もしも、ソリストが辻井でなかったら、どうだろうか。この際、辻井が盲目だということは、まったく関係ない。
  アシュケナージは、1955年にワルシャワで開かれたショパン国際ピアノコンクールで2位に選ばれた。この審査には、彼の優勝を信じて疑わなかった審査員1人が降板するという逸話が残っている。
  辻井がショパンの曲を弾いたのも、近年、ショパンの作品に情熱を傾け、評論家から「最高のテクニック」と言われるアシュケナージとしては本望であったかもしれない。
  指揮者の地位も着実に確保し、これまでにチェコ・フィルやN響の音楽監督や首席指揮者を歴任している。  
  一方の辻井。09年、アメリカでのヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝。05年にはアシュケナージが出たショパン国際ピアノコンクールで「ポーランド批評家賞」を受賞している。
  
                       

  歳の差50歳。ともにピアニスト。両者は金沢公演の前日の大阪公演で顔を合わせ、ともに、早朝からピアノの練習を行い、正午過ぎからリハーサルに臨んだ。このやり方は、金沢公演でも全く同じだったという。オケは両日ともアンサンブル金沢だ。
  「ここは、こうしたら…」、アシュケナージは、リハーサルで、辻井に何度か注文をつけた。初日、どこかピリピリしていた団員たちも、この微笑ましいシーンに「とても気さくな指揮者」と感じたという。
  金沢公演の始まる直前、筆者はロビーで、アンサンブル金沢の一員で、筆者の知人でもある富山市出身のチェリストに会った。「緊張していません?」と、聞いたら「いや、とても楽しい公演です」と彼は答えた。率直な答えに思えた。
  
          
   アシュケーナージのことを「僕の伯父さん」と呼んだ若いピアニストに、10数年前、富山市で会い、彼の演奏を聞いたことがある。ウラディーミル・スヴェルドロフ。アシュケナージの甥っ子で、彼自身も、後にエリザベート王妃国際音楽コンクールで入賞したほどのピアニストだ。
  県教育文会館でのスヴェルドロフは、リハーサルもろくにしないで、付き添いの母親や関係者をハラハラさせていた。若さゆえか、結構やんちやで、ランチ会では「アシュケナージ伯父さんは立派だけど…」と口ごもっていた。
  ちなみに、スヴェルドロフの母親、従兄2人、つまりアシュケナージの長男と二男は、ともに有名なピアニストである。
  
    (注)金沢公演は10年6月20日開催。

                         (敬称略 10年6月)
  ピアニスト、辻井伸行+オーケストラ・アンサンブル金沢を指揮した、ウラディミール・アシュケナージは、まさに好々爺であった。付け加えれば「身の軽い」、「せっかちな」である。それゆえに、「人なつっこい」ようにみえた。
  石川県立音楽堂のステージ上、やや緊張したオーケストラ・アンサンブル金沢の楽団員が見守る中、アシュケナージ(72)は、辻井(22)の肩に手をかけ、エスコートして現れた。
  盲目の辻井を舞台に案内してくるのは、マネージャーか、きれいなお嬢さん? だれしもそう思っていた。これから始まる名指揮者と新進気鋭のピアニストの“バトル”の前の、この微笑ましいシーン。和らいだ空気が客席を流れた。
  辻井がピアノに手を置く前に、急ぎ足で指揮台に向かうアシュケナージ。辻井は、事前にセッティングしてあったはずの椅子(いす)を、微妙に前後に動かしている。緊張しているのだろうか。
  ショパンのピアノ協奏曲1番。アシュケナージは、当然ながら辻井に何の合図もしないで演奏を始めた。
 
                        
 
  しばらくして、辻井が、第一楽章のあの聴き慣れたメロディーを弾き始めた。オーケストラも自然体で待っていたであろう、その“場所”への絶妙の入り方…。アシュケナージを中心にした、三者間に流れる「あうんの呼吸」なのだろうか。
  小柄で、歳を感じさせないアシュケナージの機敏な動き。指揮棒は曲のテンポに伴って、常にどの演奏者かを指しているようにみえる。怖いくらいだ。辻井は、テレビでもよく見掛ける、首を振りながらのスタイル。  
  第一楽章が終わると、客席から戸惑いがちな拍手が起きた。この拍手、アシュケナージも辻井も、当然、心得ていたであろう。が、終章(第三楽章)に入る前の拍手には、さすがにアシュケナージも、頭をかすかに振って“制止”した。
  カーテンコールは4回。そのたびにアシュケナージは、辻井をエスコートしてステージ中央と舞台袖を往復した。舞台袖の辻井を迎えに行くアシュケナージの足早なこと。「せっかちの表れかも」と、これはアンサンブル金沢のスタッフの話だ。
   
U・アシュケナージさんと      辻井伸行くんの“バトル”