
受刑者に事前に配られているはがきのテーマは、月ごとに決められている。、「宝くじで3億円当たったら」、「初恋の思い出」、「私の五年後」、「一年を振り返って」などなど。はがきには、それにかかわるリクェスト曲も書いてある。パーソナリティーたちはトークを交じえながら、はがきを読みリクェストのCDをかける。
「放送室」は会議室を改良した一室。刑務所は空港に近いため、時折、飛行機が着陸する音や雨、雷の音なども入ってくる。そして秋には虫の音も…。そんな、「臨場感」がパーソナリティーと受刑者の距離感を縮めているのではと、いう。放送直前に飛び込んできたニュースを話題にするのも、ナマ放送の醍醐味だ。
リクェスト曲は「再会の朝」
「放送を楽しみに聴いてくれている人がいると思うと勇気が湧いてきて、時にしんみりしたり、舞い上がることもあります。はがきからは多くのことを学びますが、目を通すのが辛くなるものもあります。事実に裏打ちされた人の言葉が、こんなにも心をとらえるものかと思い知らされます」と、お師匠さんのパーソナリティーは言う。例えば、こんなはがきだ。「50年も連絡が取れていなかった兄が突然、尋ねて来た。そして、『出所したらオレのところへこい。家族みんな歓迎するよ』と言ってくれた。言葉が出なかった」。リクェスト曲には「再会の朝」と書いてあった。「出来心で盗みを働いてしまった。もう二度とこのようなことはしない」と書いた受刑者は、「男の涙」という演歌をリクェストした。
同じパーソナリティーは、事前にはがきに目を通すと、「胸から込み上げるものを感じる、それを抑え“エイッ”と気合いを入れてマイクに向かうこともたびたび」と言う。オン・エアの間、刑務所職員が受刑者の部屋を巡回することがあるが、目頭を押さえながら聴き入っている受刑者も見受けられるという。
はがきは多い月で100通、平均60通ぐらいだが、採用されるのはわずか15通。1時間半の放送ではこれが精一杯だ。そこで3年前から、不採用になった受刑者からの強い要望で、「ボツコーナー」を設けて、工場名とペンネームだけを読みあげている。
全国の刑務所で、このようなDJを行っているところはほんのわずかで、そのひとつ、岡山刑務所は昭和55年ごろにスタートした。毎週土曜日で通算1300回に上るが、パーソナリティーは、なんと受刑者1人が担当している。
法務省は、長く続く富山刑務所のDJについて「受刑者と一体化し、更生保護に大きく貢献している」として、大臣表彰した。パーソナリティーたちや、これを陰で支える職員らは「継続こそ力」と、内容の充実に力を入れている。
♪ 流れている曲は「星に願いを」です ♪
(06年6月)

「妻が2歳の我が子を抱いて面会に来た時、面会用のガラス戸越しに、"あの人だれ"と、子どもが言った。抱いてもやれない。罪の深さを感じた」…。受刑者がディスク・ジョッキー(DJ)に届けてきた「リクェストはがき」の一部である。はがきはパーソナリティーによって読まれ、音声はマイクを通じて刑務所内に流れる。独房や共同部屋の布団の中で黙って聴き入る受刑者たち…。
DJに日舞の師匠さんも
富山刑務所が月に1回、内輪で行っているDJ、通称「730(ナナサンマル)ナイトアワー」の1シーンである。昭和54年の開始以来、28年間も続き、06年1月30日に300回を数えた。3人いるパーソナリティーのリーダーはお坊さんで、教誨師。それに日舞のお師匠さんとOLで、いずれも15年のキャリアがある。むろん、みんなボランティアだ。お師匠さんは、主宰するグループを引き連れて、年に何回か民謡民舞を披露したり、受刑者たちのカラオケ大会の審査員も務めるなど、受刑者に溶け込んでいる。
「塀の中のDJ」は、刑務所側の頼みでお坊さんが立ち上げたが、当初は機材は放送会社からの差し入れ。おしゃべりはラジオ放送などを手本にしたが、刑務所内だけに自然に独自のタイプのものが出来ていった。職員たちは放送機器を扱い、DJがスムーズに進むよう、部屋の飾り付けをしたりして、雰囲気づくりに懸命だ。
DJは第4月曜日の午後7時30分、ちょうど受刑者が夕食を終えたころに始まる。テーマ曲[ビタースィートサンバ]に乗せて3人のパーソナリティーが、マイクの前でそれぞれ名前を言い、話し掛ける。「こんばんは。外は冷たい雨です。風邪をひいている人はいませんか…」。収容されている受刑者は約500人で、ほとんどが累犯者。日ごろはテレビも見られず、新聞は回し読みだけに、「730」は心待ちにしている楽しみの一つだ。女性のパーソナリティーにはファンも多くいて、はがきには「ファンレター」みたいなものも交じっているという。