富山県のオピニオン・リーダーであるべきK新聞社で、こともあろうに、社長が解任。新体制がスタートしてから2カ月が過ぎた。
「面白みが少なく、イベント記事に埋もれた紙面」ー。これまで、同紙にそんなイメージを抱く読者が多かった。せっかくの「光る記事」も、陰に隠れていた。「新聞社のおごり」を指摘する声も目立った。
研ぎ澄ました批判精神をもとにした、「読者に優しく、読者を賢くする新聞づくりを」ーK紙に、改革の期待を込めた、そんな声が高まっている。
消えた新年祝賀会の出席者名簿
09年1月26日夜、K紙主催の恒例の新年祝賀会(会費制)が開かれ、およそ350人が集まった。多くは、日ごろ「K紙派」と呼ばれる「文化人」たちである。
彼らがまず驚いたのは、いつもの社長の姿はなく、新社長があいさつをし、新設の副社長が締めの言葉を述べた。どよめきと拍手、控え目な声援が飛んだ。前社長はこの日の役員会で、降格が議決されていた(後日、辞任)。
出席者の大半は、翌日のK紙を見て再び驚いた。このところ、毎年1ページの半分を費やして載っていた、祝賀会の出席者名簿(肩書き付き)が、どこにもないのである。
(昨年の紙面はこちらを参照)
「名簿のK紙」とも言われたK紙の、ちょっとしたタイムリーな「紙面改革」の始まりだった。
副社長が異例とも言える編集局長を兼務し、局長は早速、社会面に月1回、自らが書くコラムを設けた。これから同紙が進んでいく方向を、外と内に向けて示した内容で、読者と共に歩む、そんな気持もうかがえた。
自社のイベントのPR記事が幅を利かしていた、社会面のトップには、いくらか上質な地ダネや、県民の関心を集めそうな全国ニュースが座るようになった。
昨年の20年度県予算案についての記事では、県債残高(借金)が1兆円を超したことが、本文に、それも1行しかなかった。各紙、テレビは、無論、大きな扱いである。
21年度予算案の記事では、その「残高」の多さを書いた記事の見出しが3段だった。これからは、「県政」を、一層つまびらかにする、そんな姿勢の象徴だろうか。
「改革」はまだ始まったばかり。対象は、紙面だけではなく多岐に渡る。それらは、新体制の毅然とした姿勢と、社員のやる気にかかっているようだ。