20年度富山県予算案を報じた大手紙(上)とK紙。この、見出しの違い
行政に対する新聞の批判精神が、急速に失われつつある。かつて「地方自治」キャンペーンで、大きな賞を受けた地元紙Kにそれが著しく、多くの県民が目をそむけるような、富山県政に対する“よいしょ記事”が目立っている。
この秋には知事選が実施される。それだけに、より冷静、公平でなければならない県政報道が果たしてその通り守られるのか、危惧する声が聞こえる。
“消えた”県債残高1兆円
2月21日に発表された富山県の20年度当初予算案で、県債残高が初めて1兆円を超えた。この種の借金を他人事に思っている県民も、さすがに目が覚めた感じだった。
ところが、22日のK紙の1面の見出しは、トップが「一般会計5263億円」で、次いで「越中文学の魅力発信」であり、「資料を収集・活用」である。県債残高が1兆円を超えたことは、わずか1行、それも2面に見出しなしで載っている。
政策、イベントの記事のオンパレードの中で、わずかに財政に触れたコラムの見出しさえも、「財政不足140億に圧縮」と“好意的”である。
これに対して、ある全国紙は県版のトップで「県債残高、1兆円超へ」が大見出し、ほかに「のしかかる新幹線」、「財政を圧迫、減る貯金」などの見出しが続いている。むろん、多くの政策も列記しているが、これらの見出しからは、予算案のポイントがよく分かる。
ライバルの地元紙や他の全国紙も見出しの大小の違いはあれ、1面で「1兆円突破」を報じている。大半の放送局も、「県債残高」をニュースの初めに取り上げた。
県債残高が増え続けている主な原因は、道路や建物の建設が相次いだためだ。このための借金返済額(公債費)は、20年度予算では904億円で歳出の17%。土木費を超え教育費に迫る多さだ。
K紙が、意識的に「深刻な県財政」から、目を背けていると思われてもしょうがない。ちなみに、「見出しの『5263億円』にピンとくる県民はどれほどいるでしょうか」と県財政課の職員に尋ねたら、「さあ」と、否定的にもみえる返事だった。


「暫定税率」廃止するとこうなるゾ
「まるで県民を“威圧”するような記事ではないか」ー。1月26日の同紙1面トップの「まちづくり後退の恐れ 暫定税率(廃止)県試算 富山大橋3年遅れ」の記事に、そう反応した人は多かったようだ。
さすがに、社会面には、高いガソリン税に反発する県民の声を中心にした記事が、これとバランスをとるかのように載っていたが、1面のそれは“脅迫的”または“世論誘導”にさえみえる。
他のマスコミの扱いはどうか。多くは1月22日に、総務省発表の試算で、「富山県の減収は110億円」と、それほど大きくない見出しをつけて報じたが、県が出した試算は、全国紙はむろん、他の地元紙も載せていなかった。一種のスクープである。
「暫定税率」については、国民の世論は二分され、その旗頭は一方が「維持」の自民党、「廃止」は野党である。K紙のやり方は、一方に加担したと受け取られないだろうか。
全マスコミが対等にかかわってこそ
立山・黒部地域が「世界文化遺産」に指定される日は、そう遠くないと言われる。その日を一日でも早く実現すべく運動しようという「県民の会」が出来た。そのことをK紙は1面に大きく載せた。県民こぞっての運動だから、これは当然である。
こういう運動ではマスコミの力は、極めて大きい。ところが、記事をよく見ると、役員にはK紙の幹部のみが名を連ねている。政財界のイベントなどで、K紙のみがかかわることの、いびつさは珍しくないが、さすがに今回は「県民運動」だけに、一部全国紙や地元放送局など、他のマスコミから県に対し質問や抗議が相次いだ。
K紙は、特に大手紙とは比較にならない量のページ数を持つ。「県民の会」の動きも、今後、ニュースとして圧倒的な大きさと量で報じられるはずだ。県が期待するのはこの部分である。これでもし、「世界自然遺産」の指定が決まったら、K紙は自分の力のおかげだと大宣伝するつもりなのだろうか。。
「県民の会」のニュースは、他の地元紙は、まったくなし、全国紙2紙が、小さく扱っていた。
神奈川・富山県知事会談の意義は?
「神奈川・富山両県知事会談とシンポジウム」(2月18,19日)の意義とK紙の記事の大きな扱いに、「?」と思った人がいたようだ。
神奈川県知事は、「京浜工業地帯の基礎を作った実業家が氷見市出身であることなどを縁に」(全国紙)訪問、17日は氷見市で富山県知事と懇談し、青少年交流の推進や両県産業の連携、地方分権改革−などに取り組むことを決めた。18日は「都市と地方の地域づくり」をテーマにしたシンポジウムだった。
K紙は、両日とも1面トップで、かなりのボリューウムでこれを報じたが、全国紙1紙は両日とも、やや大きめに、別の全国紙は両日とも控えめ。別の地元紙は、会談を社会面で大きめに書いたが、シンポは書かなかった。それぞれに戸惑いがあったようだ。いずれにしてもK紙のそれは、不自然なまでに目立った。
ちなみに、シンポのコーディネーターは、K紙の専務が務める力の入れようだった。
神奈川県知事の訪問は、富山県側からの申し入れで実現した。神奈川県側は「遠い県との交流は、今回が初めて。隣接県だけでなく、遠いところの交流も意義があると考えOKした。合意事項については、これから事務方に降ろして、共通点を見極め、具体的に何ができるか検討したい」(知事室)と言っている。大々的に報道されたほどの実効をあげてほしいものだ。
これまで見たK紙のやり方は、編集方針に基づくものか、その時々の考え(時に記者たちの)によるものかどうかは分からない。しかし、多くの読者・県民は、特に県政に対して「健全な批判的精神を取り戻してほしい」と願っていることは確かだ。
(08年3月)