
このニュースも、ある意味では、記者が「生み出した」ものである。「どこも書かなさそうだから、書かないで済ませる」ことも出来たからだ。
その種のニュースをもう1つ。かつて議会で、本会議が終わるごとに、「ご苦労さん」の意味を込めて、当局の幹部と議員によるハデな宴会が開かれた。「常任委員長招待」という形のものもあったが、どちらも経費は当局持ちである。「これは税金の無駄遣いではないか。やめないなら書くぞ」。そんな記者たちの一言で、ところによっては、宴会は縮小または全廃された。この動きは地方から中央へ広がったが、なお強行する議会もあり、ついに筆者の先輩記者が、2度も書いた。まもなく県内すべての議会で全廃。50年ごろのことである。ちなみに現在、県議会では常任委員会によっては、議会後の「懇親会」を開いているという。無論、会費制である。
「新聞が面白くない!?」を書いたら、続きを書け、という要望(?)が何通か寄せられた。いま、頑張っている記者には耳の痛いこともあろうが、少しでも役に立つなら、と書くことにした。
「地方紙」と呼ばれる新聞には、こまごまとした記事が満載されている。昔と比べるとその量は、随分と増えた。記事についた「見出し」が大きくてびっくりさせられることもある。記事はイベントをはじめ、地域の会合、議会、個人の祝賀会、となんでもござれだ。人の名前も多い。以前は、新聞に名前が出ると、関係者は喜んだり大騒ぎしたものだ。つまり希少価値があった。
記者が書きたい記事
「こまごました記事」は、中央紙との違い(差別化?)を際だたせ、読者をひきつける手段としているようにみえる。対する中央紙は、どの程度、これらの記事の有用性を考えているかは分からないが、取材したくても人員が十分ではないらしく、また「地方版」と呼ばれるページが地方紙に比べて格段に少ない。
「人が集まればニュース」。その意味でイベントも立派な記事だ。だが、シャバ中のイベントを、次から次ぎと載せるのは主体性がないし、記者がイベント取材に追われて、本来、やりたい記事を書く時間がないとすれば問題だ。仮に「子どもたちが稚魚を放流した」といった記事が取材できなくて、自社の新聞だけにその記事が載らなくても、「やりたい仕事」に向かう勇気があってもよいのではないか。
昔、筆者が地方に赴任しがけのころ、昼過ぎになると「これで、一日の仕事が終わった」と思ったものだ。原稿と写真のフィルムは、地鉄電車の車掌に託して本社に運ぶ。携帯、Faxなど無論ない。本社からみれば「糸の切れた凧」。しかし、まもなく、「仕事の方が無限にある」と気付く。同時に、ニュースソースとなる人が気軽に話してくれるのは、日中の役所や会社でではなく、夜の方が多いことを知る。社があげて「自治」に取り組んでいることも力になった。「地方」が記者を育てた時代だった。
地方紙は伝統的に、地方政治に多くの紙面を割く。しかし、その記事には、「発表そのまま」と思えるものが目立つ。解説や論評が当然ついていい記事にそれがない。あっても、どこか遠慮がちであり、視点が定まらないものもある。当然、読者は欲求不満に陥る。例えば3月の定例議会。「私約交代で、議長、副議長は誰それに決まった」と、報道される。1年しかたっていないのにである。県民でさえ「早くも?」と思うのに、報道の多くはそこのところを素通りだ。「私約交代に異議あり」というメディアが1つぐらいあってもいい。
「私約交代は」は、いわば任期の細切れで、議長・副議長という大事で公的な役職を、少数の関係者だけで回していく悪習だ。知り合いの若い放送記者は「うかつにも、この言葉には私も無関心でした。そこでまず、インターネットで検索したら19件しかないのです。その大半は富山県でした」と驚いていた。ちなみに、広辞苑にも「私約交代」はない。「私約」は石川県にもあり、地元紙は「好ましいことではない」と書いていた。「当局が書いて欲しくない記事」がもっとあってこそ、報道機関は「お目付役」たりうる。「議会と当局は車の両輪」とうそぶく声がある今の時代だからこそ、それを望む声が強い。
生活感のある記事
地方記事の重視は、普遍的なニュースの扱いを、粗末にしていないだろうか。地方記事の隙間に、大事な全国的なニュースが寝ころんでいることがよくある。テレビでやっていたからいいだろう、という気持ちで対処しているわけでもあるまい。この傾向が極端になると、「全国的なニュースは中央紙で」という考えが読者に強まる。
「交番だより」を見てびっくりする人がいるだろう。泥棒やひったくりの「ニュース」満載のときがあるのだ。自分の町は静かだと思っていたのに…。以前の新聞には、この種の記事が結構載っていた。読者は、発生場所によって手口や犯行時間に関心を抱き、それが事件のさらなる発生防止に役立った。地域版に、そんな、「まとめ記事」みたいなものがあっていい。
自殺者は全国で年間3万2千人に上り、富山県でも17年は356人だった。原因は30%近くが「健康問題」、16%が「経済問題」という(富山県警の話)。想像だが、老人には鬱が、働き盛りの人には、倒産や経営不振が背景にあるのではないだろうか。そのような、こまやかな報道に新聞は弱いように見える。ガソリンの値上がりを報じる記事で、最近ようやく「ハイオク」が加わった。灯油はタンク買いの家が増えていて「1リットル」の値段にピリピリしているのに、「18リットル当たり」一本やりだ。発表そのままを記事にしているせいだろうか。
ニュースにしろ、イベント記事にしろ、新聞社には載せる、載せないの自由がある。だが、以下のような「記事」はどうだろう。
K紙が週1回掲載している美術館・博物館のガイド欄で、ある美術館のデータがそっくり消える週がある。「ある美術館」は、特定していない。それが県立近代美術館の時もあれば、水墨美術館だったり、高岡市美術館だったりする。理由は簡単。当該美術館の美術展などが、他社のかかわるもの(主催、共催、後援など)だからだ。当然、美術愛好者から、その館に「新聞に載っていないが、休館中ですか」という問い合わせが多い。ちなみに、富山県版に同様のガイド欄を持つ大手紙は、そのような「差別」はせず、主要施設を公平に載せている。
この欄は、06年9月に約8年振りに改善された。
最後に、記者たちにぜひ望みたいことが2つ。記者は偉くなると記事を書かなくなる傾向があるが、どんどん書くべきだ。それを見習って成長する若い記者もいよう。加えて、所属を超えて取材するほどのガッツを持って欲しい。
ニュースは「生み出される」ことがある。無論、ねつ造はごめんだ。「雪形」または「雪絵」というのをご存じだろうか。富山県では「僧ケ岳」や「人形山」が有名である。山肌と残雪が描き出す神秘的な雪の絵模様である。
「僧ケ岳」の雪形の写真は、昭和46年6月、初めて新聞に載った。書いたのは筆者だ。「これがニュースかい」。その季節になると、毎日、雪形を眺めていた地元の人は半ば驚いた。写真は図解付きで、「虚無僧」、「馬」、「兎」が描いてあり、「虚無僧のかつぐ背中の袋が大きければ、その年は豊作」と記事にあった。「袋が大きいこと=水が豊富」も地元の人たちが、生活の知恵として知っていたことである。ニュースのきっかけは、地元の小学校の理科の先生が話してくれた雑談であった。
以来、「僧ケ岳」は、風物詩として毎年、欠かさず新聞に載っている。
一枚の田んぼを大きくする「圃場整備」が盛んだったころ、県東部の、ある銭湯でお百姓さんが数人、くどいていた。「田んぼ、でかくしてもらったのはいいが、石がゴロゴロして、今年は作付けが間に合わんかも…」。この話は、あちこちに広まった。だが、なかなか新聞に載らない。これはニュースではないのか。
デスクの「雷」
取材を始めたら、県庁の出先機関から幹部が来て「手直し工事を急がせますから、新聞にはご勘弁を…」と言う。筆者には、自分が生まれた土地での出来事であり、多少の「情」がわいた。「書かないようにしたいが、一応報告しておく」。そんな気持ちでデスクに話したら「雷」が落ちた。「社会面のアタマを空けておく。むろん、写真もだ」。今の地方紙なら1面のトップものである。ちなみに、このデスクは後に編集局長を経て専務取締役になった。