アイガーのトンネルに入ろうとする山岳鉄道
標高3,200mのユングフラウヨッホ中腹のゲレンデを滑る筆者。傾斜は結構きつく、リフト代わりのロープが1本あるだけ
私が氷河でスキーをしたのは、ユングフラウ(4,158m)の中腹である。起点のグリンデルヴァルトを出た山岳鉄道が、緩やかな高原をゆっくりと登り、途中で、“急坂用”の列車に乗り換え、アイガーやメンヒの中をくり抜いたトンネルに入る。
途中に四角い大きな窓。「あの今井さんが、ロープを伝って北壁を下る姿が、そこに見えた」と、現地ガイドが、まことしやかに話す。それが本当に聞こえる、山の神秘さ、神聖さ。
約1時間で着いたユングフラウヨッホ駅は、すべてトンネルの中。ヨーロッパで最も高い位置にある鉄道駅だ。黒部峡谷鉄道の終点、欅平駅の「上部駅」をご存じだろうか。小説「高熱隧道」の起点である。観光客用の欅平駅から、関係者だけが使える巨大なエレベーターで200m上った所にある駅だが、ユングフラウ駅は、それと同じ構造である。
駅から氷河まで、トンネルの中を徒歩で約10分。パッと広がった大氷河と青い空。先行の客がかなりいて、半身裸で日光浴をしている中高年者、貸しスキーを楽しんでいる若い外国人もいる。
私は多少、英語を話せ、こういう所は絶好の社交場だ。だが、いま頭には、スキーしかない。わが団員の中には「あの人、あんな格好で何しとられるがけ」という声もあったろうに、それも聞こえない。
ゲレンデといっても、短い麻ロープにつかまって、自力で登る超簡単な“リフト”があるだけだ。氷河の表面は、それほど硬くないが、白一色で高低差の分からないのが、ちょっと怖い。
スイスの山岳鉄道は、どれものろのろ運転である。急坂には、歯車を噛みあわせて進むラック式というレールもあり、カーブには、脱輪防止のレールも敷くなど、事故防止策は十分に見えた。
なにしろ、ユングフラウヨッホへの鉄道は、19世紀から20世紀初頭にかけ建設された、筋金入りの鉄道である。ちなみに、このころは、敦賀駅から延伸に延伸を重ねて富山駅まで開通したJR北陸線とほぼ同じである。
いま、気になることがある。あの巨大な氷河が、かなり溶け出しているだろうことだ。もう、スキーなど出来ないかも知れない。
(地図はGallery Kamo GamoのHP、「アイガーを
登る山岳列車」はWikipediaから)
(10年8月)


「なにがなんでも、ここで滑るぞ」−。メンヒ(4,107m)のどてっ腹のトンネルを抜け出た途端、目の前の大氷河に、にわかづくりのスキー・ゲレンデが目に入った。標高3,400メートル。背広の上着を脱いだだけでスキー板に乗る。はずむ息もなんのその。記者であることを忘れ、完全に舞い上がっていた。
ここへの山岳鉄道の沿線の半分は山の中、半分は、なだらかな高原。帰路、車掌を拝み倒して、途中下車し、高原を歩いて降りた。牛がいて、農夫がミルクを飲んでいて…。お花畑ではハイジが顔を出してくれた気がした。
スイスの氷河特急事故で思い起こした、我が青春時代の出張旅行のワンシーンである。
スイス中央部のリゾート地、グリンデルヴァルト。アイガー(3,970m)が、麓から頂上まで、街を覆うように天に伸びている。巨大な三角錐の岩山だ。槍ケ岳など主峰だけが尖った山は、足元にも及ばない。
登山家、今井通子さんは、アルプスの三大北壁を制覇したことで有名だが、そのひとつが、このアイガーである。ちなみに他の二つは、 グランドジョラスにマッターホルン。
スイスには、事故を起こしたツェルマットとサンモリッツ270キロを結ぶ氷河特急のほかに、何本もの山岳鉄道がある。氷河特急は、どちらかと言えば、雄大な山々を居ながらにして次々と眺められる、お金に余裕があって、“手軽な山岳観光コース志望”のお客様向けだ。
昭和58年9月、私は「第2回富山県婦人の翼」の随行記者として、スイス、ドイツ、フランスの3カ国を旅した。一般の海外旅行も珍しい時だけに、参加者(団員)には、それぞれの国の「物価」、「生活」、「習慣」などのテーマが課せられた、官製ならではの研修旅行であった。
帰国後、テーマごとのリポートや「行動記録」がまとめられた。
私は、記者らしく、カッコいい文章で、参加者のまじめさを褒めそやし、“課外活動”として、氷河でスキーをする自分の写真を載せてもらった。