石黒成治
大事故や大災害の被害者、その遺族は、喪失をどう回復していくか。大切な人を失った悲しみをおさめる方法はあるのか。平成17年4月、義弟をJR西日本の宝塚線衝突事故で失った私は、時に立ち止まって考え込むことがある。
大学院の臨床心理学科にいる義弟の娘から、「遺族の悲嘆回復過程に及ぼす諸要因についての研究」をしているので協力してほしいとのアンケートが送られてきた。
父の死と向き合う娘の「悲嘆回復作業」
その回答を書きながら、4年経って自らの父の死に、こんな形で向き合っている彼女のたくましさに感嘆し、これこそ「悲嘆回復過程」ではないかと感じ入った。
再発防止への社会的貢献が、父の死を無駄にしないための大切なテーマなのだ。
それに引き換え、国土交通省の運輸安全委員会の委員による、JR西日本の前社長や幹部への調査結果の漏洩は、単に遺族への裏切りであるばかりでなく、加害者側がどうあるべきかという、重く大きな課題を問いかけている。
私は、5年前に辞めるまで、しばらく富山県立総合衛生学院で、臨時講師をしていた。テキストに使ったのは柳田邦男著「緊急発言・いのちへ U」だった。
医療事故が多発し始めたころでなぜ間違いが起こるかについて、私自身多くのことを学んだ。なかでも、事故原因を分析する際の、責任指向と原因指向の違いについて、義弟の事故死を考えるうえで参考になった。
医療事故に限らず、航空機事故、鉄道事故で日本では長い間、責任指向が主流だった。
宝塚線の事故でも、当初マスコミは運転手の資質を問い、日ごろの勤務態度や懲罰歴を報じ、すべてが運転手の暴走が原因であるかのような追求に懸命だった。