自助努力がさらに求められる桐朋富山キャンパス

 とにかく桐朋の富山進出は、富山市議会で可決され、まず平成7年、オーケストラ・アカデミーが開校。紆余曲折を経て、4年遅れてスタートした大学院大学と合わせ、「桐朋学園富山キャンパス」が誕生した。年間、2億を超す補助金とともに、新築した校舎と寮、それらの土地が、無償譲渡された。

 補助は「収入」の67%にも
 桐朋学園
(本部は東京・調布市)は、男子部門(国立市)、女子部門(調布市)、それに音楽部門の3つからなっている。男子、女子には、一般的な小、中、高校があり、女子は加えて芸術短大などがある。
 音楽部門は、本校に音楽学部と女子高音楽科、そして遠隔地の「富山キャンパス」が支える。音楽部門の生徒数は、学園大学の783人、富山にある大学院大学23人などを合わせて約1,300人。他に全国に、「子供のための音楽教室」(2,132)がある。
 「富山キャンパス」で学ぶには、どうするか。高校を卒業して、4年間、音楽大学で学んだ後、「富山キャンパス」にある「大学院大学」(2年制)か「オーケストラ・アカデミー」(原則5年制)を受験する。大学院大学は、合格者がわずか10人の狭き門だ。アカデミーも30人前後。学生のほとんどが県外の人で、全寮制である。
  富山市には高等教育機関の私学には、富山国際大学や富山短大があるが、運営費補助はしていない。全国でも、自治体が私学にこの種の補助金を出すケースはないという。
 「富山キャンパス」への支援は破格だ。富山市の運営補助金と演奏委託料の合計が年間約23千万円。このほかのキャンパス側の収入は、学生生徒納付金5,106万円、寮収入など3,275万円、桐朋学園負担金が1,828万円、国庫補助金1,116万円。収入合計は34,338万円。市からの運営補助金と演奏委託料は、収入の実に67%に上る。
   始まる「見直し」協議
 「10年後の見直し」を前にした199月の定例会で、「学園問題」について、議員の質問に答え市当局は、これまでのいきさつも含め、支援の現状(既述)や期待感を、かなり詳細に述べた。しかし、傍目にはかなり苦しいものに映った。中で、アカデミーオーケストラについては「定期演奏会を開いたり、県内の学校への出前演奏などをして、音楽文化の向上に貢献している」と評価した。しかし、この点についても、市民の評価はあまり芳しくないのは事実だ。
 その上で、市は「広く各階各層から意見を聞くとともに、この機会にこれまで学園が行ってきた本市での活動実績や経営状況などをさまざまな角度から検証し、これらを踏まえて学園と支援内容について協議する」と言っている。
 
                  
                   (08年2月)












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 2.「塀の中」のDJ
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 1.「廃線利用型」市電
     ライトレールの将来性
   「廃線改修」に24億円


































































































  21年度から3千万円減額
 桐朋学園大学院大学が、富山市に開校して、この
4月で10年目に入る。ひと足先に開校したオーケストラ・アカデミーは、14年目だ。東京都内に本拠地を置き、“音楽教育の名門”として知られる大学の主要な音楽部門の富山進出は、市民にとって大変な驚きだった。
 進出を要請(誘致)した富山市は、同大学に年間23千万円、この9年間で約21億円の補助金と委託料を払ってきた。ちなみに、富山市内の他の大学に対する市の補助金(運営費・維持費など)はゼロだ。
 学園は、それに答えてどれだけ成長し、富山市に貢献したのだろうか。入学者の数だけみても、大学院大学は1年間に10人から12人、この10年の累計がわずか97人、アカデミーは350人だ。富山県関係者はほとんどいない。アカデミーが抱えるオーケストラの現況の一端は、No.15「低迷続ける桐朋オケ公演」の通りだ。
  厳しい財政事情の中にある富山市にとって、桐朋への補助金は目に余る。ちょうど、桐朋とは「10年目で(補助金などを)見直す」という約束があり、それに基づいて協議が続けられてきた。
  その結果、21年度から3千万円を減額して、年間2億円とすることが決まった。減額幅が大きいと、桐朋が「撤退を考慮」ということもあり得たという。「今後5年ごとに見直す」ことも合意しており、これは「減額」を意味する。
  桐朋学園富山キャンパスは、まだまだ試練に立たされている。

 バブル景気に乗って…
 市は昭和55年に、高等教育機関の整備の方策として、「既存の大学・短大の拡充」とともに、「新規のものは誘致の方向」を決めた。併せて、芸術文化環境の整備のための調査を始め、それをもとに63年、前市長が桐朋に「進出」を陳情した。
 当時はバブル景気にわいていた。そのせいか、進出計画も、ある意味で“壮大”だった。「富山をオペラの街に」を意識してか、舞台芸術学部なども考えられたりした。オーバード・ホール(平成8年完成)、富山市民芸術創造センター(7 )、そして桐朋のネットワークまで考えられた。
 やがてバブルがはじけると、当然、計画のスケールは縮んだ。
 市民、なかんずく議会関係者には、桐朋の進出にそれほど強い反対は見られなかった。というより、音楽芸術に対する無関心、あるいは認識の甘さが強かったようだ。むしろ、「反対」の動きが目立ったのは桐朋の内部だ。桐朋の
OBで著名な指揮者の小澤征爾氏もその一人と言われた。「富山のような地方で、どんな音楽教育ができるのか」ということだったらしい。
目立つ多額の補助金
とやま豆新聞
試練に立つ桐朋「富山キャンパス」