
この老人の行動はムダだったのでしょうか
08年8月、富山市五福の路上脇に、キジの死骸があるのを、散歩で通りかかった70代の男性が見つけました。いったんは通り過ぎたものの、思い直して携帯を取り出し、富山市保健所に電話しました。「キジが死んでいるのですが、引き取ってもらえませんか」。
「それは、県の所管です。県東部家畜保健所に言って下さい」。市保健所の係員はそう言いました。「このお盆の時期に…」。そんな気持ちがにじんでいました。
男性の頭には、鳥インフルエンザがありました。日本からほど遠くない東南アジア諸国では08年までに385件発症し、243人が死亡しています。今は鳥→ヒトへの感染ですが、ヒト→ヒトへ感染すると、死亡者はすごい勢いで全世界に広がると言われています。
日本にはまだ人の発病例はありませんが、08年5月、青森県・十和田湖畔で見つかったオオハクチョウ2羽から強毒性の鳥インフルエンザウイルス「H5N1」が検出されています。秋田県側の十和田湖畔、北海道の野付半島とサロマ湖でも確認されています。
男性は、言われた通り、東部家畜保健所に電話を掛け、鳥インフルエンザの怖さも話し、処分を頼みました。家畜保健所の返答は「お気持ちは分かりますが、なにぶんにも日本での発病例はないのですから。富山市の環境センターで処分してもらったらどうでしょう」。つまり、ごみ扱いでした。
最近、日本の医療関係者用などに、大量の鳥インフルエンザ・ワクチンが確保された、というニュースもありました。しかし、ある意味で“水際”に立つかもしれない住民に対しての、行政のこのぬるま湯的な対応はどうしたものかー。男性は半ば怒りつつ、内心で「おれらの世代はもうどうなってもいいんだよ」と思いました。
「鳥インフルエンザが日本に上陸する日」に対して、いま、国の機関は、どんな動きをしているのでしょう。ホームページを探すと、環境省自然環境局が何度か、都道府県に「通達」を出していました。通達は厚労省や農水省からも出ています。
06年末、宮崎県で発生した「高原病性鳥インフルエンザが疑われる事例」について自然環境局が出した通達は概略、以下のようなものです。
「都道府県におかれては、渡り鳥を含む野鳥に異常が見られた時は、日ごろ関係部局と連携を図りつつ、適切な対応に努められているところですが、今回の事例の発生を受けて、監視体制の強化に万全を期するようお願いします」
この通達を受けて、富山県の所管課のひとつ、農業技術課(畜産振興班)は、家畜保健所を通し、養鶏場や鶏を飼っている主な学校に、ほぼ同じ趣旨の連絡をしたといいます。
ここには、県民への啓蒙は出てきません。唯一、鳥インフルエンザのホームページを持っている宮崎県のものは「日常生活で感染することはない」「日本での発生例はない」「人から人への感染例はない」などと、県民の不安を抑える内容の濃いものです。ただ、「問い合わせ先」として県健康増進課など10カ所を明示しているのは、少しましでした。
環境省自然環境局(詳しくは野生生物課鳥獣保護業務室)に、くだんの老人の話をもとに、省庁を越えた対策機関の設置や国民への正確な知識のPRの必要性がないのかーなどについて尋ねてみました。
担当者の答えはこうでした。「ご老人の体験と心配は、国民みんなが思っていることでしょう。国は対策は立てていますが、確かに後手にみえるかも知れません。現在、関係部局でマニュアルを作っています」
マニュアル倒れにならなければいいが、と老人は思っています。