明美さん、僕が初めてあなたを見かけたの
は半年前のある雨の日、僕が商品の発注を間
違えて取引先に泣きながら土下座した、その
帰り道でした。
 交差点の角のアイスクリーム屋。そこで働
くあなたの姿が雨に濡れるガラス越しに見え
ました。
 僕はあなたの笑顔に吸い込まれるようにし
て店に入り、アイスクリームは苦手なはずな
のに2つも買って食べました。注文のしかた
が分からずとまどう僕を救ってくれたのは、
あなたの丁寧な説明と、そして何よりその笑
顔でした。
 それから毎日、明美さんあなたがいるあの
アイスクリーム屋へ通い、あなたがいる時に
だけ店に入りました。あなたはいつも優しく
いつも変わらない笑顔で僕を迎えてくれまし
た。
 明美さん、あなたは気づいているだろうか?
僕がスウィートラズベリーのレギュラー35
7円に対していつも千円札を出すのは、おつ
り643円を渡すあなたの右手と、こぼれな
いようにそっと下に添えるあなたの左手が、
僕の手をやわらかく包みこんでくれるからと
いうことを。そして僕がいつも同じスウィー
トラズベリーを頼むのは、あなたの口紅の色
に似ているからだということを。
 しかし明美さん、あなたの制服のスカート
は他の店員さんに比べて少し短すぎやしない
だろうか。あなたの髪の色は少し茶色過ぎや
しないだろうか。あなたはすでにじゅうぶん
過ぎるくらい魅力的なのに、それでは悪い男
を呼び寄せているようで心配です。それと、
名札についているあなたの写真、あまり写り
がよくありません。
 あの日以来、会社での僕の仕事はめっきり
減ったので、一日中あなたのことを考えてい
られるようになりました。残業をする同僚た
ちをしり目に定時きっかりに会社を出て、あ
なたのいるあのお店に行けるようになりまし
た。 
 僕は果たして、あなたに恋をしているのだ
ろうか?いいや、これは恋ではない。
 僕がいつものようにスウィートラズベリー
のレギュラー357円をあなたに注文し、あ
なたもいつものように応対する。そこに客と
店員以上のやりとりはなく、またそれ以下で
もない。月、水、金の週3回、あなたとそう
して過ごすことが、そしてそれが永遠に続く
ことだけが僕の望みなのです。
 しかし僕は見てしまいました。先週土曜日
の夜遅く、JR北千住駅のホームであなたが男
と腕を組んで歩いているところを!
 あの日あなたはお酒を飲んでいたのでしょ
うか?ほぼ金色に近い髪の、必要以上に日焼
けした男に抱えられて、いつもの制服よりさ
らに短いスカート姿でフラフラと歩くあなた。
男の手がいやらしくあなたの体をはい回り、
それに呼応するかのように身をよじらせ、ス
ウィートラズベリーレギュラー357円色の
くちびるが触れんばかりに顔を男の首すじに
近づける。
 初めて見たお店以外でのあなたの姿。僕は
今まで、これほどまでに官能的なあなたを見
たことがあっただろうか?
 気がつくと僕は2人の後をつけていました。
改札を出て右、東口の階段を降りて線路沿い
に続く道を男にうながされるようにして歩く
あなた。
 そっちに行ってはいけない。その先にある
のは、妖しいネオンが光り入り口が見えにく
くなっている宿泊施設。明美さん、これから
あなたの身に何が起ころうとしているのか分
かりますか?明美さん!それ以上そっちへ行
ってはいけない!意識をしっかり持って!声
に出さない僕の叫びは彼女に届くはずもなく、
ただひたすら約20メートルの間隔をきっち
り保って後を追いつづけたのでした。
 いつのまにか雨が降り出していました。
 あぁ、僕に勇気が、勇気があればあんな男
蹴散らしてあなたを救うことができる。時お
り大声で笑いながら歩いていくあなた。せめ
て一瞬でも振り返って僕に気づいてくれたら。
明美さん、僕に気づいて!僕を見て!僕だけ
を見て!しかしあなたは僕に見せる以上の笑
顔で奴を見ている。明美さん、あなたが心を
くだく男というのはそんなチャラチャラした
奴なのですか?ひとつ傘の下であなたがもた
れかかっているその男はロクな奴じゃない。
そうに決まってる。僕のほうが何万倍もあな
たのことを大切に想ってるのに!
 こんな気持ちになったのはおそらく初めて
だと思います。僕が生まれてこの38年間、
一度も女性とおつきあいしたことがないのは、
あなたに出会うためだったとさえ感じます。
僕には何が足りないですか。金髪が好みなら
そうする。焦げたパンよりも日焼けしてみせ
る。それで会社をクビになったってかまわな
いんだ。あなたのためなら僕のお腹の弱さな
んて軽く飛び越え冷たいアイスクリームを食
べ続けてみせる!そうだ、僕はあなたのこと
が好きなんだっ明美さん! 
 ふたりはつきあたりを左に曲がりました。
僕は急いで角まで走り電柱の陰からゆっくり
と一歩踏み出すと、そこに見えたのは「フリ
ータイム4000円ステイ8000円」と書
かれた緑色の看板の下に消えていくあなたの
赤い後ろ姿でした。
 僕はそこから足を進めることができず、し
ばらく立ちすくんでいました。やがてガック
リとひざをつき、漆黒の空をボー然と見上げ
ました。そういえば、雨が降っていることを
すっかり忘れていました。ずぶぬれになって
いく自分がとても情けなく思えました。そし
ていつのまにかその場に両手をついて泣いて
いました。悔しくて悔しくて、力に震える手
で地面をわしづかみにしようとしても、アス
ファルトはびくともしないのでした。 
 明美さん。たしか、あなたに初めて会った
時もこんな雨の日でした。あの日も、僕はあ
なたに出会う前、こんな感じで泣いていたの
です。



               2002,2,8



演歌のいばら道

コンビニ2軒

ケータイ禁止

動かない人

定食アイロニー

どこかにサムライ

あいまい文具店

花屋と図書館

シンクロ深海魚

交点の可能性

三男坊は月へ行く

月が落ちてくる

地球代表

みんな泣いている

サイキックエンタテイナ

メランコリック午後2時


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