友達に誘われて観に行きました。いわゆる あの、いっぺんに何人もの人に催眠術をかけ て「あなたは鳥になる」とか「誰々を好きに なる」とかやってみせるやつ。 もうずいぶん前のことですが、確かどこか のホテルの大きいホールでした。学校の体育 館みたいに正面が舞台になってるところ。 売り出し中のサイキックエンターテナー、 ということで顔も名前も知らなかったけど、 若いんだが中年なのかよくわからないくらい の、だけどサイキックな感じ満々の衣装を着 た男性、その人のショーでした。 正確にはショーというより、顔を覚えていっ くださいよ的なお披露目だったので、椅子な どはなく、わらわらと客は立ったまま観ます。 もうそのサイキックさんの名前は覚えてい ないけど、ともかく自己紹介のようなものを 終えると「今日はここにいらっしゃる皆さん に参加していただきます」ということで、催 眠術にかかりたい人は舞台に上がるよう言わ れました。 もちろん、友達4人とも舞台に上がりまし たよ。催眠術を実際に体験できるなんてそう あるもんじゃないし。 そんなこんなで舞台上には4、50人の人。 そりゃみんな同じ考えでしょう。せっかく来 たんだから催眠術にかかってみたいよ。 「人数が多いので少し絞らせていただきます。 私のほうで選ばせてください」 確かに。この混雑じゃ鳥とかになっても思い きり羽ばたけないし。 「では皆さん目をつぶってください。私に肩 をたたかれた人はここに残ってください」と 言われ立ったまま目をつぶる。全員の前を端 からゆっくり歩いているのがわかる。やがて こちらへ近づいてくる。なんと、僕は肩をた たかれた。 結局舞台上に残ったのは半分くらいの20 人近く。友達4人の中では、僕ともうひとり の女性が選ばれた。 なんで選ばれたんだろうなんて考えるうち に、舞台の奥に椅子を一列に並べて正面を向 いて座らされた。こうなるとひとりひとりの 様子が皆からよく見える。 「それでは皆さん目を閉じてください」 さぁ始まった。 「体を楽にしてー」 まずはリラックスすることを要求される。だ けど大勢に見られてる舞台の上でリラックス しろって言われてもなかなかできないっすよ。 なんて考えてるうちにいつのまにか我を失う のかな。どんな風に?どんな感覚?と、まだ 余裕。そして 「あなたは今、広い、野原にいます。いい天 気です」 おぉ、これこれ、これが催眠術。ここから違 う世界に行っちゃうんだ、きっと。でもまだ 野原なんて見えてないっす。もしかして、催 眠術かからないかも。といつのまにか挑戦的。 「鳥の鳴き声が聞こえます」 おっ鳥だ。鳥になるのか?これから鳥になる のか? 「さぁあなたはだんだん気持ちよーくなって きまぁす」 ちょっと待てちょっと待て、まだ野原にたど りついてないし鳴き声も聞こえてない。まし てや気持ちよくなんてなってない。まわりの 人はどんな感じなんだろう。うぅ、気になる。 そうか、邪念が多すぎるんだ。心を無にし てサイキックに身をゆだねなければ。 「さぁ、そしてあなたは水の中にいる金魚に なります」 金魚?金魚なの?え?野原は? 「水の中を気持ちよく泳いでいまぁす」 無になれ無になれ。と自分に言い聞かせなが らまわりが気になる。まさか、みんなもう金 魚になりかかってるんじゃないだろうな。 やがて椅子のギシッギシッという音が左右 あちらこちらから聞えてきた。どうやら皆の 体が動いているらしい。一方の自分はただじ っと座ったまま。 そして客のどよめき声が起こる。まわりの 動きがだんだん激しくなってるのは気配でわ かる。そしてまだ金魚になれない自分。これ だけまわりが動いているのに、動いてない自 分は逆に目立つな、きっと。え、もしかして 自分だけ?しかも自分の座ってる位置は舞台 中央付近。このままではやばい。何がやばい って金魚になってない自分がやばい。このま ま金魚をやるのも恥ずかしいけど、20匹近 くの金魚の中でひとりだけじっとしてるのも 恥ずかしい。居場所がない。 ちょ、ちょっとだけ体を動かそう、ちょっ とだけ。体を少しユラユラさせてみる。それ にしても見てみたい。今舞台上がどんな状況 になってるのか見てみたい。 そうだ、金魚として少し目を開けてみれば いいんだ、何気なく。顔を金魚ぽくさせなが らなんとなく目を開けてみた。 うわ、みんな金魚になってる! 体をぷるぷるさせながら泳ぎまくってる人 が見えた。隣にいる友達はあえて見なかった。 おそらく見事な金魚になってる気がする。そ んな姿、見る勇気はございません。 会場にはいつのまにか爆笑が起こっていた。 金魚になれたら、どんなに楽だろう。金魚 になりたい。ホントに金魚になりたいです。 心からそう思います。どうか金魚にしてくだ さい、お願い。 もう体をゆらゆらさせてるだけじゃ間がも たなくなってきた。こうなったら思いきって そのへん泳ぎ回るか?みんなそうしてるんだ から全然変じゃないだろ。客に笑われても金 魚っぷり発揮したほうがむしろ舞台上には居 やすい。 よし、と決意して尾ひれを振りながら椅子 を立とうとしたその時、 「では私が手をたたくと元に戻ります」 パチ! 「はい、目を開けてください」 同時に会場は大きな拍手につつまれた。ホッ とはしたが居心地が悪い。ふぅ。催眠術で冷 や汗をかくとは思わなかった。さっきまで金 魚だった人達は、あれ?オレ何やってんだろ てな風で椅子に戻る。 そしておもむろにサイキック氏は隣の友達 にむかって「あなた、ちょっと来てください」 と言って舞台の前に立たせた。 「あなたは数字の“7”が言えなくなります」 驚いた様子の彼女。 「では1から順番に数えてみてください」 「・・1、2、3、4、5、6・・8、あれ ?」 笑い声とともにまたもどよめく会場。 「もう一度数えてください」 「1、2、3、4、5、6・・・8、あれ? どうして?」 「それでは・・はぁい!」と気合いを入れて みせて 「ではもう一度」 「1、2、3、4、5、6、7、8、9・・ あれ?」 大きな拍手。 「どうも」 なんて言ってお客に応えるサイキック氏。そ してその拍手の中、我々は舞台から解放され たのでした。 よかった。助かった。きっと金魚だけじゃ すまないだろうと思って内心ビクビクしてた もんだから。 その後サイキック氏は手品みたいのをやっ てみせてたけど全然覚えていない。それより も数が数えられなくなった友達だ。 なんでなんで?聞いてみても「わかんない」 と。 「言おう言おうと思ってるし、言えるんだけ ど、なんか言えないんだよねー」 意味不明な答。 そして僕は見ていたふたりに 「なかなかかからなくて苦しそうだったよ」 と笑いながら言われた。バレてたか。 結局、僕は催眠術にかからなかったという ことか。いや、金魚になりたいと思って体を 動かした時点で、それはもう催眠術なのかも しれないけど。 2004,11,04 |
・演歌のいばら道 |