そもそも、三男坊が「月へ行く」と言い出
したのは苦しまぎれだったはずなのに。

 倉田さんちと言えば、その町ではちょっと
は知られた資産家で、 長男さんはアメリカの
どことかで貿易の仕事をしていて、 次男さん
は東京のなんとかっていう大きな会社の出世
頭。そして、とくに跡継ぎを期待されてるわ
けでもなく、中途半端に家業を手伝う三男坊。

 正月に家族親戚が集まると、決まって話題
の中心は長男さんと次男さんで、ふたりの話
に「へぇ」とか「ほぉ」とか、親戚一同ひと
しきりため息をついたあと、とってつけたよ
うに
「長男さんはアメリカへ行った、次男さんは
東京へ。さぁて、三男坊はどこへ行くのかな」
とゲラゲラ笑うのがまるで恒例の行事。

 いつもなら顔を真っ赤にしてうつむくだけ
の三男坊だけど、その年の正月は違った。
 笑いがおさまるのを待ってから
「お、おれは月へ行く」
と言い放った。顔だけはいつも通り真っ赤っ
か。

 親戚中、一瞬きょとんとしたような空気が
流れ、その後はいつもにましての大爆笑。
「こりゃーいいや」
盛り上がりついでにまた、兄ふたりの話に戻
ったのでした。

 その日の夜、三男坊はカバンひとつで飛び
出した。皆が寝静まってから飛び出した。
 駅に着いた時にはもう電車はなくなってい
て、ロータリーに一台だけ止まっていたタク
シーに乗り込んだ。
「月まで」
きょとんとした運転手と、真っ赤な顔で息を
きらした三男坊。
 新月の夜。

 だいじょうぶ。
 三男坊の月はそのうち必ず姿をあらわす。
今は見えなくても、いずれ必ず満月になる。

こうして、三男坊は町を出た。



             2003,2,20


演歌のいばら道

コンビニ2軒

ケータイ禁止

動かない人

定食アイロニー

ある男の情熱

どこかにサムライ

あいまい文具店

花屋と図書館

シンクロ深海魚

交点の可能性

月が落ちてくる

地球代表

みんな泣いている

サイキックエンタテイナ

メランコリック午後2時


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