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東日本大震災3カ月記念礼拝説教 東北教区主教座聖堂(教区会館ビンステッド記念ホール) 2011年6月11日 |
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日本聖公会首座主教 主教ナタナエル 植松 誠 今年3月11日に起きた大震災から、今日で3か月が経ちました。 あの日以来、私たちの生活は大きく変わりました。地震、津波、火災、そして福島第一原発の事故によって引き起こされた事態によって、これらの被災地にいらっしゃる方々はもちろんのこと、日本中で、またおそらく世界の各地で、多くの人々のそれまでの生き方、価値観、人生の意味や目的などが大きく揺さぶられています。 3月11日の大震災はまさに悪夢でした。 テレビからリアルタイムで、またその後も繰り返し流される悲惨な映像は、私たちの脳裏に鮮明にインプットされ、焼き付いています。 3月末、私が仙台を訪れた時に、加藤主教様がご案内くださった仙台市若林区や名取市の津波の惨状に、私はただ立ち尽くすのみで、およそこれは現実ではない、現実であるはずがない、まともな頭脳では受け入れ難いと思える光景に、まるで悪い夢を見ているような思いでした。 今も、毎朝目を覚ます度に、あれは夢だったのだろうかと自問する自分の姿を見出します。直接被災をしている訳でもない私が、しっかりしなくては、頑張らなくては・・・と思いながら、ちょっとしたことで涙が溢れたり、イライラしたり、体調や精神状態が不安定になったりすることを思う時、東北教区の方々の被った、そして今も継続して被っている心と身体の痛みの深さを思わされます。 大震災直後、北海道教区の数名の司祭が、今後聖餐式の中の代祷で、「ことにわたしたちの主教ナタナエル」に加えて「東北教区主教ヨハネ」と入れて祈ってはいけませんかと私に許可を求めてきました。今では北海道教区のどの教会でも被災者のための祈りと共に、代祷の中で東北教区主教ヨハネのためにも祈っています。本日も、私の教区だけではなく日本聖公会の全ての教区で、また海外で、皆様と共に祈りを合わせていることと信じています。 今回の大震災に関しては、いろいろなことが言われています。 豊かになり過ぎた人間社会、人間の思い上がり、地球環境や自然をも支配しようとする人間の傲慢、また特に日本人が学ぶべき多くの教訓があることも言われています。 今までの生活を見直すこと、家族とは何か、人との繋がりや地域社会共同体とは何か、生きるとは何か、真の豊かさとは何かを改めて考え直すように、等々。日本全体がそのような教訓をこの大震災から得られるにしても、あまりにも大きな犠牲、そして想像を絶する大きな悲しみ、愛する人との突然の別れ、一生かかって築き上げてきた家庭、財産、仕事などの一瞬にしての喪失、見通しの立たない原発事故の行く末、それによって避難させられたり離散させられた人々など・・・・、これらをどのように説明できるというのでしょうか。 身近な家族を失ったことのない自分にとっては、また住む家や仕事にも何不自由のない自分にとっては、今この被災地での記念礼拝の説教檀に立つことは到底許されるものではないと思いながら、とても重い気持ちでここにいるのが正直なところです。 私の今までの人生で、この大震災ほど、「祈っています」という言葉が自分にとって空しく響いているように思える時はありませんでした。 むしろ、神様、なぜ、なぜこのような苦しみが、平和に素朴に、家族を大切に、隣り人を大切にして、静かに生きてこられた多くの善人に降りかかるのを許しておられるのか・・・・・。 なぜ、あんなに幼い子どもたちが、瞬時に親を失うという恐ろしく悲しい記憶を持ったままこれから生きていかなければならないのか・・・・・。 そして、なぜ、生き残ったことをさえ悔やみ、自分自身を責め続けることでしか生きるすべを見出せない思いに、多くの人たちが苦しまなければならないのか・・・・。 なぜなのですか・・・という思いの中でしか祈れないという人は決して私だけではなかったはずです。 今回の大震災は私たちの信仰のあり方をも根底から揺り動かしました。自分が今まで、どんな困難の中でも、どんな逆境の中でも、そこに神様の愛とみ守りがあるのだから希望を持って生きようとずっと言い続けてきたことは決して間違ってはいなかったと思いながら、今、現にこのような大災害が起こり、このように多くの犠牲者や被災者がいらっしゃる時に、あなたは神様によって守られているという言葉をどのように人々に伝えられるのか。 海に流されていったり、瓦礫の中に閉じ込められて生命を失った人々を思う時、神様、あなたの愛を、あなたの正義を、あなたのみ守りを今までのように伝えられない・・・・と叫んだのは私だけではなかったと思います。 私たちの「信仰」の本当の姿を、自分自身で見極めなければならない崖っぷちに立たされているような、そして信仰だと思って勘違いしているかもしれない飾りも偽善も何もかも剥ぎ取られ、裸にされている自分自身が否応なしに神の前にさらされている、そのような気がするのです。 巨大津波によって、家も財産も家族さえも奪い去られて途方にくれている方々。その姿を目にしながら、「大丈夫、心配しないで。神様が一緒にいてくださる」という言葉を言える信仰がはたして私たちにあるでしょうか。 洗礼も福音もキリストも知らず、私たちに出会うこともなく、教会にも足を踏み入れたことのない人たちの生命も、すべて主イエスの贖いによって救われている、だから大丈夫・・・と、悲しむ人々に伝える信仰が私たちにあるでしょうか。 「神も仏もあるものか」と絶望する方たちに、それでも神様はすべての人を愛していらっしゃると断言できるでしょうか。 この大震災で生命を失った方たちのことが悲しい。 そして被災して生きていくことの大変さを見ると、もっと悲しい。津波の映像を見ながら、こんなに多くの人々が涙を流すことは今までにはなかったでしょう。 ただただ涙を流すことしかできなかったのです。 まして、その実際の光景を目の当たりにした方々の苦しみや悲しみは想像もできません。そのような中で、私たちは信仰者としてどのように「福音」を生き、それを伝えていくことができるのでしょうか。 もしも、あの3月11日の大震災が起きなければ、今日は隣の仙台基督教会(主教座聖堂)礼拝堂で、東北教区宣教開始120周年の感謝礼拝が盛大に捧げられているはずでした。 そのための準備は昨年から始まり、昨年の夏と秋の二回、教区の南と北で修養会が開かれ、そこに集まった聖職・信徒は、東北教区のこれからの宣教ビジョンについて語り合いました。 私もその内の一つに講師として招かれ、東北教区の皆様の福音宣教にかける熱い思いを共有させていただきました。 そして、その流れの中で、加藤主教様から東北教区宣教開始120周年記念礼拝の説教のご依頼をいただいていた訳です。 今日は、東日本大震災から3か月の記念礼拝ですが、それと共に今年がこの教区の宣教開始120周年であることには変わりがありません。 いずれ日を改めて、宣教開始120周年或いは125周年をまたお祝いする時があるかもしれませんが、昨年の教区修養会で皆様が語り合った宣教へのビジョンが、今回の大震災で決して無駄にはならず、それどころか、それらがここで新たな意味付けを与えられて、これからの東北教区の歩みの中で生かされていくと私は信じています。 私は聖職に叙任されて以来、「巡礼」を自分の信仰生活の大事な一部だと考え、時間を作っては巡礼の旅をしてきました。 イスラエルのような聖地に限らず、アッシジやサンチャゴ・デ・コンポステッラ、またイギリス各地の修道院や大聖堂、教会も訪ねました。 その度にいつも感動させられるのは、時間を超越した人々の篤い信仰です。大きな教会や大聖堂を訪れ、それらが数百年かけて建てられたということを聞きますと、何か信じられない「信仰の壮絶さ」を感じるのです。 自分の生きている間には完成した姿は見られないことを百も承知で、それでも数百年先に完成する大聖堂を今から喜びつつ、祈りながら一つひとつ、石を積み上げていく人々の信仰の歩みにただただ圧倒されてしまいます。一つひとつの石の積み上げは、時には思いもよらぬ事件や事故によって中断します。イギリスのウィンチェスター大聖堂は、突然の地下水の噴出と地盤沈下で建築工事はストップし、新たな設計図が必要になりました。高くそびえる尖塔で有名なソールズベリー大聖堂は、その尖塔の設計ミスによる歪みで、大きな計画変更を余儀なくされました。これらの大聖堂は、今でもその不格好さを中に持ったままで、それでも壮大で美しいその姿を私たちに見せています。 宣教開始120年をお迎えになる東北教区の歩みに関わってこられた多くの聖職・信徒の方々を今思う時、それらの方々が常に希望に溢れて、順風満帆で宣教してこられた訳ではないと思います。 思いがけないことが起こり、危機も度々あり、失敗も重なり、自信も失い、そのような時に、涙を流したり、ため息を漏らしたりするだけではなく、時には十字架に向かって拳を上げ、罵倒することも多々あったのではないでしょうか。 それでも途切れることなく、この120年間、福音が宣べられ、聖餐式が挙げられ、目に見えない「信仰」が脈々と引き継がれて今に至っているのは、その絶望の中で、身も心も裸にされながらも、行き着くところはやはり「キリエ・エレイソン=主よ、憐れんでください、主よ、助けてください」という信仰でしかなかったからではないでしょうか。 美しくも強くもない、脆い信仰しか持つことのできない私たちが、それでも主にすがろうとするのは、キリストのあの十字架上でのお姿を想像するからかもしれません。 裸で弱り果て、死を目前にされた主のお言葉、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ=我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか」。 絶望の中を通られたキリストが、それが故に、「復活」という希望を成し遂げられた・・・・。 そのお姿を知らず知らずのうちに、瞼の裏に焼き付けているのかもしれません。絶望の中で主に向かって叫ぶ一人ひとり、そしてその人のたった一言の信仰に、たった一コマの姿に、主のお姿を、主の光を見て魂を揺さぶられてきた周りの人々、それらの人々の積み上げる一つひとつの石によって、東北教区は120年を築き上げてきたのだと思います。 明日は聖霊降臨日です。 明日に備えて、弟子たちは一つ所に集まって必死に祈っています。 オリブ山で天に挙げられていく主イエスを見送った彼らは、もうこの地上で主のみ声を直接聞くこともできず、そのお姿を直接に見ることもできず、寂しさと不安の只中で祈っているのです。 今日、東日本大震災3か月を記念し、また東北教区の宣教開始120年を覚える今、この教区にとっては特別な出発をしなければならないのではないでしょうか。 私は今皆様に、「さぁ、信仰によって堅く立ち、復興に力を注ぎましょう」とは言えません。 むしろ神様の御心がどのようにこの東北教区に働こうとされているのか、もう一度、すべてを剥された信仰に堅く立つ教区として、人の力ではなく、ただただ上よりの力を信じて瓦礫を取り除いていく・・・、そのことを求められているように思います。 涙も呻きも祈りであり、拳も罵倒も祈りです。子どもが親に反抗することによって親への信頼を固めているように、この悲惨な状況、苦しみの中で、「なぜ私たちをお見捨てになったのですか」と問いながらでも、私たちは神様への信頼だけを拠りどころとする門出をしなければなりません。 そのためにも、明日の聖霊降臨を前に、教区の、また、私たちの新たな門出に聖霊の御助けがあることを信じて、今、私たちは一緒にひたすら祈り続けるのです。 父と子と聖霊のみ名によって アーメン |
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