○釜石

                 【拠点】

 ○日本聖公会「いっしょに歩こう!プロジェクト」
      釜石被災者支援センター
〒026−0031
岩手県釜石市鈴子町5−4 


TEL・FAX 0193−55−4524
携帯  090−6999−7840
E−MAIL nskk311@yahoo.co.jp
             hokkaido.8181@docomo,ne,jp

http://nskk-kamaishi.seesaa.net/
(日々の活動はこちらのブログをご覧ください)








                【成り立ち】

                 釜石での活動のこれまでと、これから
                (東北・北海道両教区の宣教協働の業として)

               北海道教区震災支援室長(「いっしょに歩こう!プロジェクト」運営委員)
                                   北海道教区 司祭 ペテロ 大町 信也
 はじまり

 北海道教区と東北教区は、互いの教区会でその協働関係を確認し、また具体的なプログラムを通して宣教協働の関係を深めて来ました。私は、両教区の窓口担当でもあり、地震発生から十日後、飯野司祭、永谷神学生と共に、仙台をお訪ねしました。職務を超え、神学校時代からの畏友でもある加藤主教様を、お訪ねしたいという思いも又、私にとって抑え難い動機でした。仙台基督教会を訪れますと、会館に急ごしらえのオフィスには、模造紙にマジックで手書きされた信徒の方々の安否情報が張り出され、それは正に「代祷表」のようでした。ガソリンの入手もままならない中、在仙の司祭様たちが信徒の皆さんとチームとなって問安される姿、それは「祈り」そのもののように思えました。この印象を、私は支援の原点として心に刻んでいます。
その時期、まだ通信インフラは寸断され、仙台から北への交通手段も途絶しており、釜石神愛教会・幼児学園の様子は、判然としていませんでした。加藤主教様と協議し北海道教区は当面、北から直接赴く事ができる釜石の支援活動に関わる事を確認しました。


釜石の地に立って

 3月28日、加藤主教様、中山司祭様と、震災後の釜石を初めて訪問する事ができました。神愛幼児学園では、元気に走り回る子供たちの歓声と、先生たちの明るい笑顔がありました。でも一たび、チャンセルに目を移しますと、支援物資の山でしたし、園児・職員の方々の多くが、愛する家族・友人・お家や大切な財産を失っておられる事をお聞きし、その中で笑顔を絶やさず、園児やそのご家族の安心を支える園と、高橋仁美園長先生以下、職員の方々の献身的なお働きに接し心が震えました。
私事ですが、釜石は、82歳になる私の父の故郷で、父は、今年創立80周年を迎える釜石幼児学園の最初の入園生だと常々申しておりました。高橋章介理事長様にその事を申し上げると、父の洗礼記録が記された教籍簿を、お見せ下さいました。また、私の叔母夫婦が、鵜住居で安否不明となっている事を知った高橋理事長は、そことおぼしき場所に案内下さり、加藤主教様が、お祈り下さいました。私は、故郷に帰ったような不思議な思いに捕らわれましたが、実は北海道に住む多くの者たちにとって、東北は様々に縁(ゆかり)を持つ故郷のような場所である事を、震災を通して改めて感じさせられています。


釜石での支援活動がスタート

釜石での支援活動は、釜石神愛教会・幼児学園の旧牧師館のスペースを提供いただきスタートしました。困難を抱える被災地のご家族にとって、子供たちが安心して生活できる場所がある事、安心して子供たちを保育に委ね生活再建に専念できる事、これらは何にもまして貴重な事であると考え、神愛幼児学園を側面的にお支えできる事を、最も大切な働きと考えました。北海道教区は、一人の聖職を継続的に釜石に送り続ける事を決め、飯野正行司祭(網走・北見・紋別)が4月7日に着任し、以来、凡そ1か月の任期で、下沢昌司祭(帯広)、池田亨司祭(札幌キリスト)、藤井八郎司祭(函館・今金)、内海信武執事(平取・新冠)と、バトンを繋いで来ました。この間、牧師を派遣した教会は、留守期間を支え合う事で、支援の働きに加わる事が出来た事も感謝でした。期間の長短はありますが、この間約20名の信徒が働きに参加して参りました。

出会いの経験を重ねながら

 七月初旬、釜石市の遠隔地漁村集落である、大石・本郷地区に、漁労用雨具80着をお届けしました。被災直後より、高橋理事長、神愛教会信徒の松田兄と共に、頻繁に訪れ、食料や生活必需品の提供を通して交わりを重ねてきた被災地です。津波により船や資材の大半を失って、再建を模索されている方々の日常の作業に欠かせない特別なカッパが、入手困難である事を知り、漁業関係に携わる北海道教区信徒の仲介によりお届けする事ができたものです。また、7月30日、神愛幼児学園で行われた夕涼み会には、近隣の仮設住宅から多くの方々が参加され、フリーマーケット設置のお手伝いにかけつけても下さいました。教会での「追悼の夕べ」や仮設住宅への訪問活動を通して与えられた関係だと思います。日々の出会いの重なりの中で、「いっしょに歩く」ことの困難と喜びを経験し、北海道に戻り伝える合う事で、今や釜石は北海道教区の信徒の多くにとって大切な場所になっている様に思います。

災者支援センターを与えられ(8月11日)

 園舎の一部を提供いただいて続けてきた働きを、継続的に幅広く展開するためには、適当な建物が必要でしたが、釜石駅至近の国道に面する建物を、借り受けました。この建物は、津波到達点との境界線にあり、一階が浸水した老朽空店舗であった為、相当の手入れが必要でした。給排水・電気などの工事は地元業者に委ね、修繕・掃除のボランティアで行いました。北海道からは、8名がフェリーで海を渡りましたが、中山司祭様を始め盛岡聖公会の信徒の皆様が駆けつけて下さり、ペンキ塗りや大掃除に一緒に汗を流しし、8月11日には、無事、開所礼拝を捧げる事ができました。今後一階が支援活動に、二階は十人程度が寄宿できるボランティア宿舎として広く活用されます。東北教区と北海道教区の協働が、被災者の方々と「いっしょに歩く」事を通して更に深められますよう、心から願っています。

                                               (東北教区教区報 2011年9月号 掲載)


大館聖パウロ教会の働き   




神愛幼児学園に支援物資を運び込む。(3月28日)
神愛幼児学園でのボランティアの方々との礼拝の様子。
釜石駅至近の建物を借り受け被災者支援センターを開設。
8月11日、無事開所礼拝をささげることができました。