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【拠点】
| ○小名浜聖テモテ・ボランティアセンター | 〒971−8165 福島県いわき市小名浜愛宕町16−2 日本聖公会小名浜聖テモテ教会内 TEL 080−4249−5469 FAX 050−3682−2870 E−MAIL onahama.walk@nskk.org URL http://onahama.jpn.org/ (日々の活動はこちらのブログをごらんください) |
【成り立ち】
| いわき・小名浜東日本大震災支援活動 100日を振り返って 東北教区 司祭 越山 健蔵 |
| プロローグ 3月11日午後2時46分、三陸沖で千年に一度起こるかどうかの巨大地震が発生、その津波により東日本太平洋沿岸が壊滅的な被害を受け、テレビから飛び込む凄まじいリアルタイムの映像に息を呑みました。更に追い討ちをかけたのが、福島第一原発の想定外(?)の事故でした。水素爆発により、原発から53キロ離れたいわき市小名浜にも6マイクロシーベルトを超える放射腺が降り注ぎ、市の広報車が大音響で「外出しないように、換気扇は回さないように、窓は閉め切るように」と走り回っていたことが、強烈な印象として頭にこびり付いて今も離れません。 その爆発を機に、事態は一変しました。更なる爆発が起こるかも知れない恐怖と放射腺の見えない恐怖が重なり、多くの市民が避難を開始し、その夜は教会の周りの家から灯かりが消え、さながらゴーストタウンの様相でした。当聖テモテ幼稚園も多くの園児が避難し在園児52名中12名を残すのみとなり、これは大変なことになったと身震いしたことを思い出します。園児の安否と同時に信徒の安否を問いましたが、ほとんどの方が留まっていることが判明し、ほっとしたというよりむしろ不安の方が頭を過ぎりました。避難しなくても大丈夫なのか、残った方々がどうしているのか。津波の被害に遭わなかったお店はほとんどがシャッターを下ろし開店休業の状態で、さらに断水が続いていたので、食べ物、ガソリン、生活用品の調達は困難を極めました。 支援活動の始まりは避難して行く人の善意でした いわきを離れる保護者の方々が自宅にあった食糧品、生活用品を続々と幼稚園に運んできて、留まっている人にあげてくださいと置いていかれました。17日には近くの関係者が、一人で居るのは不安だということで教会・幼稚園を訪ねてきました。19日には残った幼稚園保護者の方々8名が園児を連れて幼稚園に集まりました。「家に居ても怖いので幼稚園に来て皆の顔を見て安心したかった」と口を揃えておっしゃっていたのが印象に残っています。 集まった保護者は口々に「せっかく集まったのだから私たちに今出来ることをしよう」と、関係者の安否を問いながら小さな支援活動を開始しました。当初は物資も少なく、生活用品も渡せる量は僅かで限界を感じていました。米は一升位を小分けにし、ご近所に配りました。ささやかに集めた物資が底をつき始めたころ、21日には市内の教会が独自のネットワークで連絡を取り合い、関西及び須賀川より大量の物資がトラックで運ばれてきました。しかし、今度はその大量の物資を仕分けし配る人が全く足りませんでした。飛び込みで入ってきた福音系教会の牧師さんが阪神大震災の経験を生かし、速やかに限られたボランティアを組織化し、小名浜支援センターが立ち上がりました。 支援の対象は施設に限定する 21日、物資がキリスト者ネットワークで大量に入ってきました。この頃から教会の目と鼻の先の公民館駐車場でいわき市による生活物資配給(500人規模)が行われるようになったので、こちらはどう対応するか協議し、緊急に支援を必要としている30人〜50人規模の老人施設、病院を支援の対象として絞ることにしました。最終的には12施設500人に対して、継続的に支援活動することにしました。また、早いうちから越山哲也司祭が北関東教区藤井文宏司祭の協力を得て初期のブログの立ち上げに貢献し、神戸教区の本格的な日々の支援活動ニュースの発信に繋がっていきました。 神戸教区の全面的な力強い支援を得る…全国各地より物資、励ましが届く 〜小名浜震災支援センター開設〜 27日には、3日前突然の電話で支援を要請した神学校時代からの友人原田佳城司祭がワゴン車3台に満載の物資、ベテランスタッフ6名を引き連れて12時間かけて遠く神戸の地より駆けつけ、休む間もなく小名浜支援センターの組織整備に動き出しました。教区の壁を超えて、友情が実を結んだ瞬間でもありました。弱い所にこそ神様の栄光が現れると感謝いたしました。その日正式に「小名浜震災支援センター」開設となりました。彼らの働きは見事と言う他ありません。一人一人が自分に与えられた任務を、誠実、確実に流れるように、愛と笑顔をもってこなしていきました。今でもあの時の感動が忘れられません。原田司祭は、ボランティアさんの日々3度の食事を今までのカップラーメン・おにぎりの世界からフレンチの豊かなものに変え、優しさと元気を提供しました。中原司祭は活動の情報発信のため現地を取材し、今必要としている物をタイムリーにブログ上で要請し、大きな力を発揮しました。坪井執事は早くから手作りケーキ持参で何度も駆けつけ、その穏やかな風貌で皆さんを励まされました。支援の後ろには中村豊主教様の素早い決断と熱い想い(阪神大震災の経験)が伝わってきました。他にも多くの方々が支援物資に乗せて熱いエールを届けてくださったり、また駆けつけくれましたこと、書き尽くすことはできませんがこの場で感謝とお礼を申し上げたいと思います。今も心に留めています。 小名浜震災支援センターの閉所と「日立ボランティアセンター」の設立(4月19日〜6月30日) 4月10日で小名浜震災支援センターの働きが閉じられ、19日「日立ボランティアセンター」が日立聖アンデレ教会をベース基地として発足しました。茨城・いわき小名浜地区を中心に京阪神3教区がその任に当りました。連日高速道路を一時間かけて日立からボランティさんが駆けつけ、瓦礫処理、幼稚園訪問、公民館での足湯、傾聴ボランティア、炊き出し等に汗を流しました。4月19日から6月30日まで、150人(登録者123名)の各教区の関係者がいわき小名浜を訪れました。心よりお一人お一人に感謝いたします。6月30日、天井が被災した日立聖アンデレ教会礼拝堂にてセンター閉所感謝礼拝が行なわれ、その役割を終えました。礼拝の中で3人のセンター長が活動を通してのそれぞれの思いを言葉にし、説教に代えました。 小さくされた人のために 〜小名浜聖テモテボランティアセンターへ(8月23日)〜 震災から100日が経過しましたが、原発の事故の終息がいまだ見えて来ない中、復興も今やっとそのスタート地点に立ったところです。課題は山積です。まだまだ支援を必要としている人々がいます。日立ボランティアセンターは閉所しましたが、これからも京阪神3教区のいわき地区の協働は続くようです。ボランティア活動の奉仕の形態は人それぞれ、様々です。キリストの栄光を現わすため、より小さくされた人々に寄り添いながら私たちに与えられた愛の業を共に、祈りをもって行動に移してみましょう。感謝 (小名浜聖テモテ教会牧師 東北教区教区報2011年8月号掲載) |
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