ratugede

The Drama of Magic. PartT
Barongのぺーじ

Beryl De Zoete & Walter Spies
『Dance and Drama in Bali』
p.86-115
1973(Reprint) Kuala Lumpur :
Oxford University Press
Originally published by Faber and Faber Ltd. 1938
ratuayu
その1・ 2006年9月25日更新・ DDBHome
Part1−3               p.91(33)〜p.94(26)
Part1−4               p.94(27)〜p.96(13)
Part1−5               p.96(14)〜p.97(22)
Part1−6               p.97(23)〜p.98(40)
Part1−7               p.99(1)〜p.100(19)
 
Part1−8               p.100(20)〜p.101(16)
Part1−9               p.101(17)〜p.102(21)
Part1−10               p.102(22)〜p.104(3)
Part1−11               p.104(4)〜p.105(27)
Part1− 12 Kelekek               p.105(28)〜p.109(34)
Part1−13 トゥルニャン村のバロン・ブルトゥック               p.109(35)〜p.113(29)
Part1−14 バロン・ランドゥン               p.113(30)〜p.115
Part2 チャロナラン その1               p.116〜p.122(21)


p.86の1行目から

 神々への供物として踊られる舞踊があり、かたや神霊と交わりをもつ舞踊があり、いっぽう観客へ見せることに主眼を置いた舞踊がある。そして悪魔祓いの舞踊もある。すべてのバリ舞踊は宗教的背景を備えている。たいてい1つの舞踊に、前者3つの特徴が組み合わされているものである。しかし最後に挙げた悪魔祓いの舞踊はたいへん重要で、悪霊を恐れたり、なだめたりするバリ人を理解するのに欠かせない。



 祖先の神々のことで常に頭がいっぱいであるバリ人は、この世界をともに棲み分けている自然界の霊や、呪術の存在をも考えている。というのも呪術も含めて、自然界な棲む、神秘的な力を持つ霊たちはなんらかの不満があると、人々の健康や平和をたいへん乱すからである。バリ人は「恐れている」と白状することを恐れはしない。バリには畏怖されるものがあり、これに対して無鉄砲な態度をとることは価値観の問題ではなく、愚かなことなのである。「そんなものは存在しない」と取り繕ったところで魔性や災いから解き放たれない。魔性に供物をささげることによって災難の解決が得られる。魔性に休息所を与えると、ともあれ魔性はその休息所にとどまる。善と悪は諸刃の刃であり、その形をこわさずに、どちらか一方だけを取り出すことはできない。もちろん生活するうえで危険なものは片付けなくてはならない。とはいえ、バリの死刑執行人は、これから処刑される人間に許しを請う。なぜならば犯罪者の魂と執行人の魂の関係に、本来、憎しみや対立はないからである。同じようにバリの屠殺人は、生贄や食料になるために殺される動物にも許しを請う。彼は人間が糧を得るために、やむを得ず動物を殺さなければならないからである。



 すべての病気や事故は、悪霊のしわざによるものと考えられている。悪霊は災いをおこすのに都合のよい場所を見つけるものである。バリ人はできれば疾病や事故の現場からいつも回避しようとする。なぜならば、病人や死人は周囲の人々の生命力を吸収しようとする、と考えられているからである。また、目に見えないものの存在する場所を侵害することは、生命や生活のバランスを乱し事故をひきおこす原因となるため、分別に欠けた行為として考えられている。



 悪霊はバリ人の描く世界観のどこにでも存在し、特別な供物を捧げてなだめなくてはならない。村の僧侶や呪術師は、魔性に関するすべてを知っている。というのは、おびただしい量の伝統文学が魔性について述べているからである(注:人間がとる行動それぞれに、良き日をそれぞれあらわした暦もある。たとえば、ある種の魚を獲るにはいつが良いか、髪や爪を切るにはいつが良いか、旅行に出発するにはいつが良いか、家を建てたり木を切るにはいつが良いか、豚を屠殺したりコオロギを捕まえるにはいつが良いかなど。○○するに良い日があるということは当然、悪い日もある)。バリで祭礼があるとすれば、それは家寺(sanggah)や、村の寺(poera desa , pura desa)、「奥」の寺(poera dalem , pura dalem)(注:プラ・ダレムはたいてい「死の寺」と訳されている。しかしダレムは「死」を意味せず、「内」を意味する。プラ・ダレムは墓場を監督し死の女神であるドゥルガ/Durgaへ捧げられていることは事実だが、プラ・ダレムで死に関する儀式は行われない。それは呪術師たちの仮滞在所みたいなものである。やっかいな問題を避けるために、ここではプラ・ダレムはプラ・ダレムと呼ぶことにする) などであり、そこにはこのうえない巧妙なデザインで形作られた沢山の見事な供物があり、時には6フィートから8フィートにもおよぶ塔が建っている。そしていくつかの供物は地面に広げられている。さきの供物に比較すると、それらは美しさに欠けていて、ぞんざいな印象を与える。後者のそれらはバンテン・リン・ソル(banten ring sor)あるいはムチャル(metjaroe , mecaru)と呼ばれる供物の類で、悪霊をなだめるために捧げられている。5日毎に各家は門の外側の路上にバンテン・リン・ソルを広げて、悪霊の仕業から防御する。また魔性の力がみなぎる「15日」のカジェン・クリウォン(kadjeng kliwon , kajen kliwon)ごとに、さらに大規模な供物を路上に用意しなくてはいけない。その日の夜には三日月型に割った椰子の実を2枚、中央を重ねるようにして内側を空へ向け、その重なり合ったところへ火を点したものが村の通りに沿って置かれてあるのを見かけるだろう。悪霊はバリ暦のニュピ(njepi,nyepi)という日に跋扈する。その日、家々は灯りや火を点さない。そして人々は室内にこもる。それはバリに人間はいないと悪霊に思いこませて去らせ、また彼らが村人を捜さないようにするためである。もし、田んぼのなかを通り抜けるならば、悪霊に発見される危険はずっと少ない。しかし、じっとしておれない西洋人のために規定が作られた。罰金を払うならば西洋人は車で移動してよい、という規定である。それぞれの村が悪霊の進入を防ぐために、さりげない工夫をおこなっている。山岳地帯のいくつかの村は実際、悪霊が誤った方向へ進むように趣向を凝らした門を苦心してつくりあげた。プライベートな家屋敷に通じる門をくぐると、レンガや泥土、椰子の葉でできた壁があって、悪霊がまっすぐに進むことを防ぎ、かつ誤った方向へ進むようにできている。同じ理由から、寺院の内庭のそれぞれに階段があるが、上がってきた階段のちょうど反対側に下りの階段を設けるようなことは滅多にない。悪霊はやみくもにまっすぐ進むのみで、右や左に曲がることを考えないからである。同様に思いがけず壁に穴があいたら、ただちに手に入るものを使って穴を塞いでしまう。



 しかし、もっと身近に危険で恐れられているものがある。それは人間が人目を避けて仕組む災いである。このような災いを仕組むことができる人間は、人々へ不幸をもたらせるよう動物に変身する能力を身につけている。それがレヤック(leyak)である。たいていのバリ人が、同じ村に住む数名の名前を挙げることができない。その数名の怒りを招くのが恐ろしいから、数名の名前を敢えて口にしたくないのだ。しかし誰がレヤックであるのかわかっていて、その証拠をはっきりと示すこともできる。レヤックを見たことがない人など、まずいない。たとえば、われわれ外国人には家畜の姿に映るのであるが、異様なスピードで逃げ出す牛や、白いめんどりの死体になにかが仕組まれていて、それらはレヤックとしてバリ人の目に映るのである(注:もしもあなたが猿の尻尾を握ったけれども、手の中から尻尾は消えて布に変わっていたとしたら、それは普通の猿ではないことに気づくだろう。そして翌日、女性がスカートを返してほしいと頼みに来て、これからはもっと行儀よくすると約束したならば、その女性が昨日の猿であったとわかるだろう)。そして災いをもたらす呪術を使う人を外見から見分けるしるしがあるという。そのような人物は鼻の下の溝を欠いていたり、人目には体が上下反対に映ったり、あるいは話しかけている時に相手をまともに見ることができない、と言われている。レヤックたちが猿、犬、豚、去勢していない野豚、馬、虎などの動物に変身して墓場にあらわれるのは夕暮れ時で、彼らは悪の力が人々に察知されるよう仕向ける。一般の健康な人は、レヤックに対してそれほど危険ではない。しかし病人や、お産で体力を使い果たした疲労困憊の状態にある女性など、体の抵抗力が衰えている人たちをねらって、レヤックたちは活躍する。2種類のレヤックがあり、1つは生まれながらのレヤック、もう1つが後天性のレヤックである。前者の場合、遺伝性のレヤックで、テキストを勉強する必要がない。また彼らが仕出かす悪さはまったく害がない。とは言っても彼らの魂がなにかの形に変身したり、いたずらをすることもあるが(注:たとえば、源氏物語の夕顔が亡くなるエピソード。夕顔は六条の婦人< 訳註:六条の御息所を指していると思われる>の嫉妬心によって殺された。しかし六条の婦人の意識が正気の時は、罪をまったく犯していなかった(訳註:夕顔の死因は妖怪によるものか、六条の御息所によるものか不明。いっぽう葵の上の死因は六条の御息所の生霊による後者のレヤックはロンタル(lontar)(注:バリのあらゆる本はロンタル椰子の葉を材料としている。ロンタル椰子の葉を細長い型にして、ベネチア風すだれのような体裁でとじられているに記載されている呪術法を学び、練習を経て能力を得たのである。彼らは規定の儀式やそれに必要な供物について熟知していなければならず、呪文を暗記しなければならない。バリアン(balian)は呪術医あるいは魔術師であり、レヤックたちの貪欲な乱入を防がねばならない。そしてバリアンは諸刃の刃のうちの善に属す。バリアンたちは生まれながらにしての霊媒師であることもあり、テレパシーによるトランス状態に入って病気の原因や治療法をみつける。またはロンタルを研究し、近代医がmateria medica(薬物、医薬品)を扱うように、ないし学者がリファレンスを使うように、ロンタルの使い方を知っている先達のバリアンのもとで学習することもある。呪術法に関するロンタルには、プンギウォ(pengiwa)と呼ばれる災いをもたらすための呪術法すなわち左の呪術法や黒魔術と、それら黒魔術のプンギウォに対立する右の呪術法すなわちプネンゲン(penengen)がある。バリアンは双方の達人でなくてはならない。(注:黒魔術のプンギウォとそれに対立する右の呪術法プネンゲンの双方は、呪術劇において重要な役割を果たすので、それらの状況を暗に示すことがさしあたり必要である。詳しいことはミゲル・コヴァルビアス(Miguel Covarrubias)の著作『バリ島(Island of Bali)』を参照のこと。彼の本は魅惑的な識見に溢れている)



 他の国々や地域と同じく、バリでも墓場が呪術の中心地である。レヤックたちの大好きなおもちゃは死者で、特に亡くなった女性の胎内にいてこの世に生を受けることなく葬られた赤ん坊が、大のお気に入りである。呪術的力を充填するために魔女や神秘的な力を持つ魔術師たちの仮面が晒されるのは、墓場である。チャロナラン劇(Tjaronalang , Calonarang)とバロン劇(Barong)という、バリの2つの主要な呪術劇の舞台となるのも墓場である。プラ・ダレムは村のなかでも、聖なる山から最も遠く離れた場所に位置する。聖なる山とはアグン山(Goenoeng Agoeng , Gunung Agung)のことで、ここに先祖たちが住む。どの村もこの山が見える方位にあわせて、整えられている。同時にプラ・ダレムはプラ・プセの反対方面に位置する。プラ・プセは、聖なる山から最初に村へやってきた祖先たちを祀る、特別な寺である。南部バリではカジャ(kadja , kaja)が北を指し、北部バリでは南を指す。どちらもアグン山のそびえる一帯をカジャという。海はアグン山の反対側にひろがり、不浄と考えられている。そのため、ハンセン病患者たちの集落はつねに海側に寄せられている。悪魔たちが疾病やペストなどの伝染病とともにやってくるのも、海からである。グルダッグ(gredag)という悪霊祓いの儀式は、異常な病気が流行るころにバリ中でおこなわれる。同時に、南部の海辺のクラマス(Keramas)地方では、ぼろぎれや仮面・木の葉で可能な限り変装して、妙な均衡がとれているように装う。クラマス地方はヌサ・プニダ(Noesa Poenida , Nusa Penida)島から悪魔が上陸したために、危険な場所なのである。この本でもしばしば、ヌサ・プニダが強力な悪魔の棲む島であることを述べてきた。



 プラ・ダレムはたいてい、呪術の博物館である。あるプラ・ダレムは、地獄(注:地形学的に言うと、地獄が天国と同じということになる。おどけて言うと、祖先の家は天国と山にあるということになる。地獄は噴火口であり、そこで悪人たちが火を燃やしているというが、噴火口は山にある)の拷問図をポルノグラフィックに描いたレリーフで外壁を飾っているので有名である。(注:バリ北部のサンシット(Sangsit))似たようなケースで、よそのプラ・ダレムにはレヤックの奇妙な石がある(注:バリ南部のTangeb 。石の形はボール状または卵型で、レヤックの姿が彫りこまれてある。そのレヤックは流し目をして腹を膨らませ、骨のない脚を組んでいる。細い腕には球根状の瘤があり、人間や動物というよりも、水袋あるいは膨らんだ袋に似ている。寺の中の祠や階段、手すりは偉大な魔女チャロナランと弟子たちの彫像で満ちている。寺の入り口に面した祠の中に入ると、すぐに魔女の恐ろしい像に出会う。それはチャロナランが死の女神ドゥルガ(Durga)(注:シバ神の妻。ギリプトリ/Giriputriが墓場にいる時の姿に変身した像である。ガラスの眼は恐ろしいほどの慈悲深さで輝いているが、矛盾にも彼女は大きな口をあけ、長い爪を伸ばした指でこどもの手足をばらばらに裂いている。彼女の頭には、炎を表現する木製の釘が突き出ている。しかし彼女の頭部は、寺の管理者が取り外すことにめったに同意しない白い布で覆われている。その祭壇の後ろには、チャロナランの娘ラトナ・ムンガリ(Ratna Menggali)の愛らしい彫像がある。そしてもっと高い祠の階段の最上階には、レヤックと弟子たちに護衛されたチャロナランが再び、聖人ムプ・バラダ(Mpoe Bharadah , Mpu Bharada)とともにいる。チャロナランの魂は、ムプ・バラダが彼女の肉体を滅ぼすことによって 救われるのである。



 墓守の家にくらべて、寺の外側に位置する墓場そのものはたいへん平和かつ安寧である。しかし夜になってレヤックたちの会合を開く場所は、墓場である。レヤックたちは墓場で能力を増加させ、先輩レヤックたちの指図を受ける。夜に墓場のそばにいるのが知られたら、レヤックの疑いをかけられるだろう。ことに万が一、夜遅くに豚や翼の生えた馬が部屋の外にやってきたのを目撃されたならば。



 バリ人が夜の墓場を非常に怖がるのは、そこで何事かが起きているからである。そしてもちろん死を恐れている。しかしだからといって、死に対する彼らの態度は陰鬱なものではない。火葬儀礼はほんとうに陽気な雰囲気に包まれているし、墓場のシーンが必ずお笑い劇でとりあげられる。バリの演劇で大爆笑を誘う陽気な場面は、少年や男性がたいへんリアルに演ずる妊婦が早産したうえに、こどもは死産で、墓場に死体を埋めたところレヤックに盗まれてしまうというシーンである。またバリ人はヒステリックなまでに火葬儀礼で浮かれ騒ぎをして虚勢を張ろうとするが、それは死に対する婉曲的な挑戦の1種になるのかもしれない。おそらく賑やかな音はブタ(boeta , buta)を単に追い払うためで、火葬塔を移動させるのも、まっすぐに進むことしか知らない彼ら を騙すためであろう。あるは高位の気味の悪い霊が感情をほとばしらせているのかもしれない。確かに、そのような浮かれ騒ぎは、葬式の陰気さを払いのけるという点で良い効果をもたらす。



 以上は、これからすすめるバリの呪術劇に関する記述の序章であり、チャロナラン劇に登場する、寡婦の卓越した魔女ランダ(Rangda)を中心に述べた。しかし、ランダと同じ舞台に登場するバロンを紹介することなく、またバロンとランダの重要性を説明せずに、話を進めることはできない。(つづく)

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