ratugede

The Drama of Magic. PartT
Barongのぺーじ

Beryl De Zoete & Walter Spies
『Dance and Drama in Bali』
p.86-115
1973(Reprint) Kuala Lumpur :
Oxford University Press
Originally published by Faber and Faber Ltd. 1938
ratuayu
その6・ 2007年1月12日更新・ DDBHome
Part1−2               p.90(13)〜p.91(32)
Part1−3               p.91(33)〜p.94(26)
Part1−4               p.94(27)〜p.96(13)
Part1−5               p.96(14)〜p.97(22)
Part1−7               p.99(1)〜p.100(19)
 
Part1−8               p.100(20)〜p.101(16)
Part1−9               p.101(17)〜p.102(21)
Part1−10               p.102(22)〜p.104(3)
Part1−11               p.104(4)〜p.105(27)
Part1− 12 Kelekek               p.105(28)〜p.109(34)
Part1−13 トゥルニャン村のバロン・ブルトゥック               p.109(35)〜p.113(29)
Part1−14 バロン・ランドゥン               p.113(30)〜p.115
Part2 チャロナラン その1               p.116〜p.122(21)


p.97の23行目から

 ランダの登場でもって、バロン劇の真に迫ったドラマの展開となる。ランダの魔力は2倍増、3倍増、5倍増へと段階的に漲っていくように見える。ここからは2つの強烈な力の交戦を象徴する以外のなにものでもないので、話の筋を必要としない。双方ともおそらく人間とは非友好的な関係にあると思われのだが、どちらか一方が勝利を得るのである。ランダとバロンの戦いを善悪の観点から考察すると、ポイントを誤ってしまう。バロンはドラゴンと戦う聖ジョージではない。バロンもまた、ランダと同じ類の悪漢である。ヒンドゥ僧侶が言うところの、タントリの神秘的な解釈なよれば(注:原著のp.273の補足、ならびに『ジャワ(Djawa)』誌1937年9月号に掲載されたハンス・ノイハウス(Hans Neuhaus)執筆のバロンに関する論文(訳註:「Djawa」jrg.17(1937):230-241)を参照のこと、意外に感じるかもしれないが、ランダから生まれたのがバロンである。そしてバロンは、一部の村人からランダへ反感を抱くよう仕向ける供物を与えられることによって勝利を得た、という。そのような経緯があって、ランダが支配する死の力の侵入を防ごうとする人々をバロンは支持し、守護するのである。村人たちが神経を張り詰めながら毎回、バロンとランダが戦いを繰り広げる様子を眺めている様子は、われわれにも一目瞭然である。感情が強い緊張状態に高まるとトランスを誘発する。しかしそれは、外見からすぐにわかる村の霊媒(クリス・ダンサー)だけではなく、バロンやランダの踊り手、そして寺院の僧侶プマンク(注:はるか昔のヒンドゥ化される前の時代の信仰にヒンドゥ的概念を付け加えたという事実に反して、プダンダ(Pedanda、ヒンドゥ教聖職者)は儀礼の進行に関与しない。すべての儀礼はプマンク(村の一般人の聖職者)によっておこなわれるや一般の観衆にもおきるのである。p.98→バロン劇が演じられている最中、共同生活体としての村は、どういうわけか危険にさらされる。バロンの劇的な勝利は単なる状態の象徴を超えるものであり、それは重要な保証である。死の力であるブラック・マジックは壊滅しておらず、居住地である墓場へ追いやられた。いっぽうバロンは、バロンの安寧を願う下僕である村人たちによって嬉々とした献身的な世話を受けている。そしてバロンは勝利の行進を行いながら寺院へ帰る。かたやランダの仮面は胴体から離されて、籠の中に収納された。(原著:写真37、写真38)
           補足(原著のp.273)
     『-プダンダによるバロン劇の神秘的(タントラ思想的)解釈 - 』↓

ランダは村に住む魔術を勉強している人々の力を破壊したかった。なぜならば、ランダは彼らが自分の危険なライバルになることを恐れていたからである。そこでランダは自身の本質を10の部分に分割した。そのうちの5つは水の性質を持ち、パンチャクシャラ(Pancakshara, またはパンチャクサラPancaksara)と呼ばれる。残り5つは火の性質を持ち、パンチャブラフマ(Pancabrahma)と呼ばれる。まず、イン(Ing)とヤン(Yang)という呪術的音節(訳註:マントラ)によってあらわされる2つの部分は、ランダが自身の中に保ち続けている。そして残りの8つの部分を彼女は外面化させた。まずナン(Nang)、マン(Mang)、シン(Sing)、ワン(Wang)という音節によって外面化されたものは、バロン劇においてはサンダラン(Sandaran)たちが象徴している。つぎにサン(Sang)、バン(Bang)、タン(Tang)、アン(Ang)という音節によって外面化されたものは、バロン劇においてはジャウッが象徴している。さらにランダの高度な呪力によってそれら8つの部分はそれぞれペアとなって溶け合い4人の兄弟たち、すなわちカンダ・ウンパット(Kandempat, Kanda Empat)となる。

音節のペア 対応するカンダ・ウンパット
NangとSang アンガパティ (Si Angapati)
MangとBang ムラジャパティ (Si Meradjapati)(訳註)
SingとTang バナスパティ (I Banaspati)
WangとAng バナスパティ・ラジャ (I Banaspati Raja)

(訳註:ムラジャパティは現在Merajapatiと表記されます。ムラジャパティはプラジャパティPrajapatiとも呼ばれています)このテーマはバロン劇の最初に、敵対するサンダランとジャウッたちの和解として演じられ、そして踊り手たちは4つのペアになって共に舞台を退場する。プダンダの解釈に従えば、サンダランとジャウッたちの舞踊を決して除外してはいけない。




 バロンとランダが戦いを続けているあいだに、バロンの勝利が危うくなる瞬間がある。そのときである、クリス・ダンサーたちがバロンの盾となるよう前へ走り出し、ランダを猛烈に勢いで攻撃するのは。この行動はバリでも地域ごとに名称に違いがあり、ダラタン(Daratan)、プヌッドゥッグ(Penoedoeg, Penugdug)、ヌレッ(Ngoerek, Ngurek)、ヌニン(Ngoenjing, Ngunying)などと呼ばれている。またこの行動に関しても、さまざまな解釈がなされている。ある地域では「クリス・ダンサーたちはブタ・カラ(Boeta-kala, Buta kala, 魔物)にコントロールされてバナスパティ・ラジャの従者になった」、あるいは「主人のために喜んで死ぬことを見せるブタ・カラ自身である」とさえも言う。別の地域では「ランダが口にする呪文によってランダを殺したいという欲望がどんどん大きくなり、ついに怒りが押さえきれなくなってクリスを自分の体に向けてしまう。しかしバロンの力はランダよりも勝っているので、クリス・ダンサーたちの体が傷つくことはない」という。しかしまた別の地域では「瞑想の邪魔をされたランダは、加害者たちが物忘れをおこすような一撃をくらわして報復しているのだ」という。そのためクリス・ダンサーたちは意識を失って倒れ、動かなくなる。(注:クリス・ダンサーの1人は「倒れて転んでいる時に何を感じていたのか?」と聞かれ、「ランダを殺したかった。しかしもっと先へ進もうとすると進路を突然遮られ、倒れてしまった」と答えたその光景を見てクリス・ダンサーたちが死んでしまったと考えたバロンは、彼らに再び生命を与える。しかしランダは、彼らの生の力を自死に向ける力へと変化させるのである。そして彼らが満足を得るのは、クリスで体を貫くことだけである。このシーンを短くするため、つかみ合いをしているあいだのある時に彼らからクリスを力づくで取り上げようとする。しかし「胸や腕、頬、口など体の各部を突き刺しているあいだは、クリスを取り上げることはできない」という。(原著:写真39)



 若干の村人たちは簡単にトランスに入る能力を備えており、バロン劇が上演されるたびにトランスに入る。プマンクはドゥルガ神にも祈る。そうすれば村の霊媒たちが簡単にことを済ますことができると、また、他村からやって来た数名の見物人を神感によって導くことができると信じているからである。7日以内に死体に触れたことがなければ、あるいは7日以内に死体を触った他人に体を触られたことがなければ、プヌドゥッグ(従者)は滅多に怪我を負わないといわれている。仮に誰かが傷を負えば、プマンクが傷口の両端を閉じるようにして押さえつけ、その上にハイビスカスの花びらを置く。もしもほかのプヌドゥッグがその場に居合わせたならば、彼は怪我人の血をしゃぶろうとして身を投げ出す。読者は、クリス・ダンスの流血騒ぎを記述して衝撃を与えようとするバリに関するキワモノ的な本を読んだことがあるかもしれない。そのような本を実際に取材することなく書いたフィクションであると断言するのは明らかに無理である。おそらくそのような場に遭遇したことがないのは、運によるのであろう。かつて何人かのバリ人が、流血沙汰となったクリス・ダンスの詳細な話を筆者たちへ語ってくれたことがある。しかしそれでもたいへんひどい深手を負った男性は翌日、ふだんどおりに市場にいたという(つづく)。

p.98の40行目まで

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