ratugede

The Drama of Magic. PartU
チャロナランのぺーじ

Beryl De Zoete & Walter Spies
『Dance and Drama in Bali』
p.116-p.133
1973(Reprint) Kuala Lumpur :
Oxford University Press
Originally published by Faber and Faber Ltd. 1938
ratuayu
その1・ 2007年11月20日更新・ DDBHome
PartTバロン-2               p.90(13)〜p.91(32)
PartTバロン-3               p.91(33)〜p.94(26)
PartTバロン-4               p.94(27)〜p.96(13)
PartTバロン-5               p.96(14)〜p.97(22)
PartTバロン-6               p.97(23)〜p.98(40)
PartTバロン-7               p.99(1)〜p.100(19)
 
PartTバロン-8               p.100(20)〜p.101(16)
PartTバロン-9               p.101(17)〜p.102(21)
PartTバロン-10               p.102(22)〜p.104(3)
PartTバロン-11               p.104(4)〜p.105(27)
PartTバロン-12 Kelekek               p.105(28)〜p.109(34)
PartTバロン-13 トゥルニャン村のバロン・ブルトゥック               p.109(35)〜p.113(29)
PartTバロン-14 バロン・ランドゥン               p.113(30)〜p.115
PartUチャロナラン その2               「タンティン・マス」「ダリ・クリシュナ」                                     p.122(22)〜p.125(34)
Part U チャロナラン その3 デンジャラン村のバロン・チャロナラン劇               p.125(35)〜p.133
 


p.116から

『チャロナラン』

 チャロナラン(Tjalonarang, Calonarang)物語(注1: Taal, land,en Volken Kunde van Ned. Ind. Deel LXXXU, 1926に掲載されているプルバチャラカR. Ng. Porbatjarakaによるオランダ語へ翻訳を参照)、特に上演版はチャロナランの最後のエピソードに基づいて展開しているが、もともとはジャワ島を舞台とする伝説に関係している。しかしチャロナランそのものは、ジャワであまり知られていない。チャロナランが存在したといわれる時代は、アイルランガ王(エルランガErlanga, 訳註:Airlangアイルランガとも呼ばれる。アイルランガと呼ばれるのが一般的なので、その呼び名に従った。父はバリのウダヤナ/Udayana王、母はクディリ朝の王女。1019年頃に即位。ジャワのクディリ王朝を再建し、以降1042年頃まで在位)の治世であった。アイルランガ王は11世紀にバリで生まれ、子ども時代に冒険を経たのち、ジャワの偉大な王として数えられる1人になった。しかし王は政権の絶頂期に引退し、隠遁生活に入った。以下に、バリの影絵芝居や舞踊劇で演じられるチャロナラン物語のストーリーを述べる。



 ディラ(Dirah)村(訳註:Girahギラ村とも呼ばれる)にチャロナランという名の寡婦がおり、チャロナランにはラトゥナ・ムンガリ(Ratna Menggali、訳註:もしくはラトゥナ・マンガリRatna Manggali)という名の娘がいた。しかしラトゥナ・ムンガリの美貌は国中に知られているのに、彼女と結婚する勇気がある者は1人もいない。なぜならばラトゥナ・ムンガリの母、すなわちチャロナランは、妖術を使うと疑われていたからである。そこでチャロナランは激しく怒り、ドゥルガ女神へ供物を捧げた。するとドゥルガ女神は、チャロナランへ国土を破壊する許可を、結局与えてしまった。チャロナランは喜んで家に戻り、弟子たちとともに大きなゴングの響きにあわせて踊った。深夜に響くゴングの音は国中で聞こえたという。その翌日、伝染病が突然発生し、また、あらゆるものが壊された。そこで災い元としての疑惑がチャロナランに向けられた。チャロナランは四つ辻で踊り続けるのを止めなかったからである。エルランガ王は戦士たちを彼女の家へ差し向けた。しかしチャロナランの口・目・鼻腔から発する炎が、戦士たちを焼き尽くしてしまった。次にチャロナランは墓場に立つ大きなバニヤンの木陰に弟子たちを一斉に集め、「太鼓を打ち鳴らし、1人ずつ踊ろう」と叫んだ。最初にグヤン(Goejang, Guyang)が腕を広げながら踊りはじめた。彼女は手を叩いて、地面に落ち、座りながら一周した。そして矢のような視線をあちこちへ飛ばし、頭を左右に動かした。次にガンディ(Gandi)が踊り始めた。空間を飛び跳ね、結っていない髪が左右斜めに垂れ下がる。ガンディの眼はガニトゥリ(Ganitri)の実のように赤かった。そしてラルン(Larong, Lalung、訳註:もしくはLarung)(注2:ラルンは常にバロン劇にも登場する)が踊る。ラルンの動きは跳びかかろうとする虎のようである。ラルンの眼もまた赤く、髪がだらしなく垂れている。ラルンのあとにウォクシラ(Woksira、訳註:Woksirsaとも呼ばれる)が前へ屈みながら踊りだした。常に後ろをちらちら見ていて、その目は大きく、また凝視している。ウォクシラは両側に垂れ下がっている髪を別にすれば、まっ裸であった。次にレンディ(Lende, 訳註:LendaやLendiとも呼ばれる)が、つま先で飛び跳ねるような足取りで踊る。レンディの眼は、今にも大きな炎へと変わりそうな火のように輝いている。最後にマヒサダヴァナ(Mahisavadana, 訳註:vがwに変わりMahisawadanaと表記されることもある)が両脚を合わせて踊りだした。かきむしるように爪で空中をつかむ。それから四つんばいになった。彼女の舌は外に出て、揺れている。



 そのあと、チャロナランは弟子たちを東西南北に配置し、自分は中心に座った。そこで、チャロナランは、5日で1週となる週の5日目に亡くなった死体を見つける。彼女は死体に生命を吹き込んだ。すると、その死体は目を開け、再び生命を授けてくれたことをチャロナランに感謝した。「私を樹から離してください」と元死体は言った。p.117→「そうしてもらえれば、私はあなたへ感謝の気持ちを表すことができるのです」と。しかしチャロナランはドゥルガ女神へ捧げる新鮮な血が欲しいだけなのだった。すぐにチャロナランは生き返った元死体の頭を切り落とした(注1:別の伝承によると、母親が子どもと遊ぶように、チャロナランは元死体と遊んだことになっている。そのあとチャロナランは元死体の頭を切り落とした。その血はまっすぐに天国へ飛ぶとともに、チャロナランの髪を洗った。チャロナランは元死体のはらわたで頭を一周する飾りを作り、ドゥルガ女神の前に登場した)



 伝染病はすべての村や街に広がり、荒廃した。また伝染病にかかることを恐れて逃げる人々は、レヤックたちにたたきのめされた。そこでアイルランガ王は聖職者たちのアドバイスに従い、ムプ・バラダ(Mpoe Baradah, Mpu Baradah, 訳註:ウンプ・バラダUmpu Baradhaと表記されることもある)に相談した。ムプ・バラダはルマ・トゥリス(Lemah Toelis, Lemah Tulis、訳註:現在では、東ジャワ、モジョクルト地方のトゥラウラン周辺と推測されている)の苦行所に住み、その呪力の高さゆえに、世間ではつとに有名な高僧である。相談を受けたムプ・バラダは、息子のバフラ(Bahoela, Bahula 訳註:息子ではなく一番弟子という説もある)をラトゥナ・ムンガリと結婚させた。彼女の母親があやつる呪力の秘密を手に入れるためである。ある日、バフラは妻のラトゥナ・ムンガリへ「教えてくれないか。きみのお母さんは毎晩出かけて何をしているのだろう?お母さんのことが心配なので、いつか追跡しようと思っている。そのせいで、たとえ自分の命を失うようなことがあってもね」と尋ねた。ラトゥナ・ムンガリは「母は国を破壊するために呪術を使っています。そのせいで、非常にたくさんの人々が野原で斃れ、非常にたくさんの家々が空っぽになってしまったのです。すべて私の母の仕業です」と答えた。「しかし」「どうやってお母さんはそのような呪術の知識を得たのだろう?」とバフラは尋ねた。そこでラトゥナ・ムンガリは先祖伝来の古い本があることをバフラへ教えた。それを知ったバフラは長い間妻を促し続けた挙句、ようやくその本を持ってこさせることができた。そして妻が家の中で忙しくしていた時に、バフラはその本を持って父のところへ行った。父のバラダは本を始めから最後まで読み、暗記した。本の教えは良いものであるが、チャロナランは、本の内容を右のかわりに左ですべてを行って、善を悪へ変えているのであった。それから、バラダは息子のバフラとともに被害を受けた村々へ向かった。道に人の姿はなく、草が生い茂っている。犬たちは数々の死体の側で遠吠えをし、カラスたちは木の上で鳴いている。バラダは悪疫の治療をおこない、まだ朽ち果てていない死体を生き返らせた。



 さてその頃、チャロナランはプラ・ダレムで供物を供えていた。ドゥルガ女神は彼女に「最期が近づいている」と警告する。間もなく弟子がやってきて、バラダの到着を知らせた。チャロナランは歓迎して彼を出迎えた。そして自分に徳の高い生活の送り方を教えてくれるよう、バラダへ祈った。バラダはその件については約束した。しかし彼は、「唯一、死のみが罪の重荷からチャロナランを解放することができる」と、言うのである。その言葉を聞いたチャロナランは「私の罪がそんなに重い? 高僧よ、私を哀れむべきだろう! そして私を解放するべきだろう!」と述べた。しかしバラダは「死によってのみ、あなたを救うことができる」と答える。たちまちチャロナランは怒り、「私を救えないならば、お前は何の役にもたたない。それならば、たとえ地獄で罪の代償を受けなければならないとしても、私の罪はもっと大きくなるがいい。高僧バラダ、お前を私の呪術で殺してやる!」と叫んだ。それからすぐにチャロナランは髪を振り乱し、目を剥いて踊り始めた。そして踊り終わるとこう言った。「神聖なバラダよ、お前を殺してやる。今から私がこの大きなバニヤンの樹を倒すように、お前を殺してやる」。次にチャロナランが鋭い一瞥をすると、バニヤンの樹はたちまち燃え、灰になってしまった。するとバラダは「あなたは破壊することができる。では、再び命を与えることはできかな?」と述べた。チャロナランは試みた。しかし彼女にはできなかった。かたやバラダが一言のマントラを唱えると、樹は元の姿に戻った。次に聖人は、チャロナランが持つ呪力のすべてを引き出すべく、彼女へ挑む。そこでバラダは「それにしても、あなたは私を殺せないだろう」と煽った。その言葉を聞いたチャロナランは両目、両耳、口、2つの鼻腔から火を吹き出した。炎が矢のように聖人の体へ突進する。しかしバラダは全くの無傷であった。



 それからすぐに、今度はバラダが呪文でチャロナランをたたきのめした。しかし彼は、チャロナランへ罪の赦しを与えることを忘れていた。それゆえチャロナランの憤りは大変なものである。そこでバラダはやむなくチャロナランを再び生き返らせ、罪の赦しを与えた。p.118→チャロナランはようやく死を受け入れる心境になった。彼女はバラダと和解し、彼に敬意を示した。そして天国への道を教えてもらった。



 チャロナラン物語は、疾病が流行っている時によく演じられる。また特定の、神秘的で重要な日にも演じられる。ただし、その上演に危険を伴わないことはない。なぜならば呪術的な内容は、防御を生み出すだけではなく、命にかかわるような危険を生み出すこともあるからである。同じ物語を影絵芝居のワヤン・クリット(Wajang Koelit, Wayang Kulit)で演じるときには、なおさら、この懸念を伴う。その理由として、ワヤン・クリットという芸能自体が非常に古く、祖先崇拝とも関連があるため、その呪術的な力は高度であると考えられているからである。たとえば、この種の演目を村の領域外で演じるのは、ふつう禁じられている。それは、やっかいなことを誘発するからである。たくさんの呪術的仕掛けがワヤン・クリットの人形の身振りに組み込まれていていると、たとえ影絵が媒体であったとしても、大きな災疫をみずから招くこととなる。従って、影絵芝居のチャロナランが演じられるときは、特製の高価な供物が供えられるのである。しかし、お金でもってしても、気の進まない影絵芝居師に上演を強いることが、いつもできるとは限らない。(訳註:コリン・マックフィー著『熱帯の旅人』<1990, 大竹昭子:訳 河出書房新社>の「イダ・バグース、悪霊と闘う」<p.193 - p.210>を参照のこと。マックフィー宅のムチャル儀礼の一環として、イダ・バグース・グデがワヤン・クリットでチャロナランを演じた記述がある。また、その日の午後に、イダ・バグース・グデは、高僧ムプ・バラダがバリを訪れたのちにジャワへ戻る際の有名なエピソードを、マックフィーへ語っている。)



 不思議にもよく似たことは、イギリスでも見受けられる。イギリスの俳優たちに広く信じられている、マクベスを上演すると不幸が伴うというジンクスである。そのことについて、ある俳優は、マクベスのせりふは古い時代のぞっとするような黒魔術から魔女たちの呪文を取材し、また、それらは韻を踏んだ詩や韻を踏んでいない詩(訳註:台詞)のために、わずかに言い替えられているという事実が原因ではないかと推測している。直ちに災いを呼びおこす詩が、向こう見ずにもそれらの詩を引用する者たちへ災いを引きつけると、推定されているのかもしれない。また当然の流れとして、この演劇の上演関係者や上演に関係するどんな物にも、悪魔のような関係は発生すると推定されている(注1:実際、 つい最近のロンドン公演では、上演に直接関係している者たちのあいだに、死や病気といった一連の不幸が襲った)。 



 いつもチャロナランは、呪術的作用がいちばん強くはたらく時間帯である夜に演じられ、クライマックスに達するのは、深夜ごろでなければならない。そして、たいてい墓場近くの、できればプラ・ダレムの外側の何もない場所か、もしくは他の寺院の外側の何もない場所で演じられる。上演スペースは広くて長く、その周囲にはバナナの樹がほんの数本立てられている。さらに上演スペースの中央には、雄のパパイヤの樹が1本か2本立っている。それはたぶんロンタル(Lontar)という古文書で述べられている、墓場に育つというクプ(Kepoeh, Kepuh)の樹を象徴しているのだろう。舞踊劇では、この樹はチャロナランや弟子たちが会合する場所となる。次に、踊り手たちが入場してくる登場口の反対側に、小さな竹製の小屋が建っている。その小屋は地上から高いところに建ち、地面から小屋へ至る階段が設けられている。階段は葉で飾りつけされており、パジェン(Padjeng, Pajeng, 大きな傘)が階段の両側の地面に立っている。この小屋がチャロナランの家である。さらに踊り手たちが登場する場所の両側には竹を束ねて作った2つの大きなたいまつが据え付けられてあり、地面の上には間隔をあけて椰子油のランプが備えられている。そして、柔らかく、夢のような独特の音楽が演奏されている。フルート(訳註:スリン, Suling)とルバブ(rebab 訳註:胡弓に似た擦弦楽器)の奇妙に物悲しい音は、チャロナラン舞踊劇にふさわしい、気味の悪い雰囲気を醸し出している。



 舞踊劇は、チャロナランの仕返しが、すでにたけなわであるところから始まる。彼女の弟子たちは墓場に集まり、女主人がやってくるのを待っている。シシア(Sisia,訳註:Sisyaとも表記される)たち、すなわち弟子たちの踊りはたいへん特徴的で、緊迫した薄気味の悪い雰囲気を生み出す神秘的な音楽と結合して、呪術の気配を備えている。彼女たちの精巧で高度に様式化された舞踊は、ロンタルに記述されている暴力的な身振りや、乱痴気騒ぎ好きの粗野なキャラクターたちを、洗練した姿に変えている。p.119→また、逆上して心が動揺するさまを、ほんの暗示的に伝える。そのうえ、シシアたちの歩き方にふさわしいやり方で地面に呪術像を慎重になぞることに加え、彼女たちの舞踊に特有の独特な動きを展開する。それはシシアたちの奇妙さを高めることを意図している。たとえば、絶え間なく両手首を回転しながらつくる奇妙な角度の腕のポーズとシーソーのような両腕の動き。縦に細長く、あるいは横幅をとりながらジグザグの軌跡を地面に描く、いっぷう変わった曲がりくねった前進の仕方。しばらくのあいだ片足で立つ独特なポーズ。そして、横や斜めへすばやく軽快なステップを踏みつつ、腕は湾曲しながら上方へ向かって曲線を描いている。



 並外れて敏速で、さもなければまったく逆に、慎重な魔女たちの円陣は、突然の起伏や横への跳躍、さらに両膝を曲げて素早く踏みにじったり、連続して瞬間的につま先立ちをして体全体を上へ伸ばしたりする動きと交互に起こる。なかでも彼女たちの踊りでたいへん特徴的なのは、まるで重い花のように頭をうなだれて上体を地面に向けているようすと、片腕が下方へ向かう動きである。後者は好奇心をあおり、まるで地面に呪術のパターンを描いているかのようである。さて4人のシシアたちは一斉に、あるいは1人ずつ入場してくる。それぞれ順番に、舞台となる空間でしばらくの間、曲がりくねった前進をおこない、のちにペアの相方となる2番目の踊り手たちは、最初の踊り手たちのリズムとパターンを繰り返す。そしてパートナーに会うと、互いに向かい合って踊る。それはまさしく、動きでバランスをとりあっているかのようである。またシシアたちは一斉に全身で曲線を描いたり、体の一部を曲げたりする。それは時には背中合わせで行われることもある。さらに彼女たちが絶え間なく脚を交代させて徐々に後退していく時、腕の動きは音楽のアクセントをいっそう強調しているように見える。



 さて、1人目のシシアが入場してから、シシア全員がパパイヤの木の周りで呪文のダンスを行うまでに、かなりの時間が経ったように思えた。しかし、もしもシシアたちが良い踊り手たちならば、また、シシアの踊り手たちの中に女性舞踊のすぐれた踊り手たちが何人かいるならば、彼女たちが繰り広げる複雑な展開と、ガムランのリズムに見事に鋭く対応して調和する動きに、毎回新たに魅了されるだろう。彼女たち自身の四肢はそれぞれ別個に、旋律やリズムを表現する楽器それぞれとなるのだから。左右に動く頭の動きはとても軽快で、まるでチカチカと光が輝くようである。矢のようなすばやい一瞥はアクセントとなり、ガムランが演奏するリズムへサッと投げつける。ゆっくりと回転する胴体が生み出すスムーズなボディ・ラインという布に、首・手首・指・肩・腰がさらに個々の模様を織り上げる。そして突然それらが、体のラインや筋肉のすべてに集中した鮮やかな動きへと収剣されるのである。



 シシアたちの衣装は以下のようなものである。まず、白くて短い胴着。そして、胸部を覆う白い木綿の布。次に、かなりの長さがある生地は緑色の布が使われることが多く、それはウエストあたりから巻きつけられる。さらに、帯状の絹の布が体の両側に吊り下げられる。そして頭には、髪を包んでいるターバンのような白い布。この白い布は踊りのある場面にさしかかると、さっと取り外され、シシアたちの髪が乱れて垂れ下がるのである。ところが、最近のチャロナラン舞踊劇では、ターバンのような白い布のかわりに、小刻みに震える花びらを使って半月状に型どったジャンゲル(Djanger, Janger 訳註:男女の集団が唄いながら踊る舞踊。歌垣の1種と形容されることもある)の優美な頭飾りを用いることがある。しかしそれをかぶったシシアたちの踊りは、ロンタルに描写されている魔女たちの踊りとは印象が大きく異なる。さて、チャロナラン物語にとって理想の媒体は、まことに神秘的な出来事がふさわしいという点で、影絵芝居のワヤン・クリットである。ワヤン・クリットでは、ぞっとするような力に満ちた世界がダラン(Dalang 注1:人形使い師)の前の小さなスクリーンに、夢のようなリアリズムで映し出される。そのことは、特にシシアたちの舞踊についてもあてはまる。ダランが上手に光を扱うと、p.120→シシアの人形たちの影は、より多くの影と踊っているようであり、観客を美の迷路に誘い込む。舞踊の振付家ならば誰でもこの演出に嫉妬するに違いない。(原著写真No.47)



 シシアたちの踊りに続いて、あるいはシシアたちと共に、ラトゥナ・ムンガリが、もしくはチャロナランの一番弟子が踊ることもある。そのあと、チャロナランが登場する。その時のチャロナランは白いターバンを巻き、分厚いカインと肩掛けをまとっている老女の(注1:もちろん男性が演じる)の姿で、杖をつきながらたどたどしく歩いている。そしてシシアたちはチャロナランへ挨拶をするのであるが、その時のシシアたちはこの世のものとは思えない、むせび泣くような声を発する。また甲高いうえに不揃いな抑揚をつけ、幅広い音域をもつ旋律のようでもある。彼女たちは、誰かが少し遅れて後についていくようなダラダラとした台詞の話し方で、音程もテンポと同様に、少しも同じでない。このようなシシアたちの話し方は、一風変わって愛らしい囁きに聞こえる。けれどもその雰囲気は筆舌に尽くしがたい。なおシシアたちは台詞を話しながら踊ることもあれば、全員が一緒に地面に座って台詞を話すこともある。



 両手に握った杖をつきながら、魔女チャロナランはよたよたと前進し、痙攣しているような老女の踊りを踊る。彼女は脚を一歩進めると、もう片方のひざをまっすぐにし、こわばった首と背中は前方に傾いていて、奇妙に発作的な足取りで半円の軌跡を描きながら移動する。さらに、あちこちへよろよろと向かったかと思うと、ぼんやりと周囲を見渡す。そして胸を覆っているショールを握りながら、ガムランの太鼓と笛の音に合わせて、ゆっくりとしたジグザグの歩き方でさらに空間の奥へ進んだ。シシアたちは揺れながらチャロナランの前にひざまずいた。チャロナランは怒っているような異様な声音でシシアたちに話しかける。そして災いをもたらす働きがまだまだ足りないといって、シシアたちを叱る。パパイヤの木に寄り添って立っているチャロナランの姿から、彼女はパパイヤの木なくしては1人で立っていられないように見える。次に、魔女チャロナランは弟子たちの名前を口にし、順番に彼女たちの前で前かがみになった。そのあとステージの奥へ苦しげにジグザグで進むと、自分の小さな小屋に架けられている橋を昇った。そしてちょうどこの時である。シシアたちが頭の白いターバンを外し(古いスタイルでは)、さらなる破壊を行うために速やかに舞台から姿を消すのは。ただしこの物語のいくつかの伝承で述べられているように、考えようによっては、頭の布を外すことは彼女たちが動物に変身したことを象徴しているのかもしれない。



 次のシーンではシシアたちの仕事の成果を見ることができる。まず村人がたいへん狼狽しながら登場した。彼はレヤックを見てしまったのである。続いて、歳とって妊娠している彼の妻と、こっけいな従者が登場するが、彼の妻は籠を地面へ降ろすのに、たいへん難儀している。そこでバリアン(Balian, 訳註:呪術医、ここでは伝統医学の助産師を意味する)が呼ばれる。しかし出演者たちは、レヤックがいるのが見えない。そのレヤックは馬のたてがみが沢山ついていて牙も生えている仮面をかぶり、妊婦に忍び寄っている。またレヤックは薬の入った籠を勝手に別の場所へ動かし、全員を困惑させる。そのあと、パパイヤの木の下で、出産の茶番劇が演じられる。次いで、顔をグロテスクに塗装した墓堀人が登場し、死産で生まれた子どものために墓を掘る。そして、めいめいが順番に、他者のいたずらを大きな悲嘆の声で訴える。しかしそれらのいたずらは、先のレヤックよりもさらに一癖ありげなレヤックたちによって引き起こされたものであった。そのレヤックたちは奇怪な変装をしており、お供えを盗んだり、死体をひったくったり、あるいは死体をめぐって言い争いをしたりしながら、周囲をこそこそうろついている。そして、いつでもそのシーンは長々と引き延ばされるのだが、観客たちは決して長過ぎるとは思っていない。観客たちは地面を転がらんばかりに笑い、ステージで展開されている騒々しいやりとりに観客の爆笑の声が加わる。また、ちょっとした偽物の恐怖が観客の歓喜を増加させ、子どもたちは欲張りなレヤックたちから奪い返されて安全になる。さて、そのようなシーンに関する記述を増やすことはできる。それはチャロナラン物語をテーマとする場合のバロン劇でも、ひんぱんにこのようなシーンが繰り返されるからである。なお、時々、レヤックは顔を白塗りにし、尻尾をつけた裸の少年を同行させている場合がある。その少年の演技は実におもしろく、嬉々としてそこらにあるものを盗み、犠牲者たちを指でつまみ、あらゆる種類の下品な行動を演じる。p.121→しばらくすると、この騒がしい一団は次第にステージから去り、代わりに、エルランガ王の大使の登場が護衛たちによって告げられる。ふつう、護衛役はプナサール(Penasar 訳註:主人のお供をする男性の道化役。チャロナラン以外にもよく登場し、主人が話す古代ジャワ語をバリ語に翻訳する)とカルタラ(Kartala 訳註:プナサールよりも若い男性の道化役)が務める。大使はとても豪華なスカーレットと金色の衣装に身を包み、脅すようなジェスチャーを素早くおこなう。そして、かなり虚勢を張って踊り、腕を回転させたり、堂々としたポーズをとったりする。引き続いて、派手で意気揚々とした旋律にあわせて、大使はライオンのようにうなり、左右に揺れながら舞台の奥へ向かって尊大に進む。さらに大使は、スパイさせるために護衛たちを魔女の家へ送り出した。そこでは従者たちは大言壮語を吐いたり、おどおどしたり、あるいは大使のパロディを演じて、観客たちを面白がらせる。しばらくして、笛の音とゴング類が静かな音で反復しだしたのをきっかけに、大使自らが前に進み出て、何度か見せかけの戦いのふりや後退を繰り返したあと、高く掲げた手の中で抜き身の刃を光らせながら、階段を駆け上がっていった。この時点で、超自然的存在の出現を告知する目的で、爆竹が鳴らされることがしばしばある。(原著写真No.48、No.49)



 小屋の中で恐ろしい取り組みあいが行われたあと、大使は叫んでいる魔女を引っ張り出した。チャロナランは今、ランダの姿に変身している。仮面をかぶり、長い爪を生やし、呪術的な布を持ち、大量のヤギの羽でできた髪はふさふさとしていて、まるでマントをまとっているようである。両者は階段を下りながら闘う。2人の絡み合った体は、ガムランが奏でる衝突するような音に合わせて、あちこちへ揺れる。大使はランダ姿のチャロナランを何度も何度も剣で突き刺す。しかしチャロナランが持つ呪術的な布はもっと強い。雷のような闘いののち、チャロナランが勝利を得たままの状態にされておく。しかし彼女はパパイヤの木の下で震えて、猛烈にまくし立てているのである。かたや大使は焼き殺されたこととなっており、あわてて舞台を去る。闘いに苦悶の身振りで参加していたプナサールとカルタラも大使に従って去る。ここはチャロナラン舞踊劇において重要なポイントである。通常、チャロナラン舞踊劇はランダの勝利の舞踊でもってほぼ終了し、そのあとにパパイヤの木の下でシシアたちと交わす穏やかな会話が続く。しかし、もしも呪術の雰囲気が充満していると、ランダ姿のチャロナランはこの瞬間にトランスに陥ってしまうことが時々あり、そのような場合はクリスを奪ってガムランの太鼓を突き刺し、自身を突き刺すことが知られている。かつて彼女はステージにいることをやめ、約1時間にもわたって村の中を逆上して走ったことがあった。そこで、恐怖に駆られて木に登る村人もいれば、家の中に閉じこもる村人もいた。したがって、僧侶は彼女を迎えに行き、ランダ姿のチャロナランがステージに戻る気になるようお供えを捧げた。また、もし観客たちが彼女の機嫌にそった反応をしないためにチャロナランが暴れだした時、人々はチャロナランを取り押さえ、彼女の小屋へ連れていく。我々が考えてみただけでもぞっとする恐怖物語が好きなように、きっとおそらく、観客のみんなも内心ではセンセーショナルな幕引きを望んでいるのだろう。しかしチャロナラン物語をすべて演じる、いわゆる完全版の舞踊劇の場合だと、ロンタルに記述されている物語を引き続き演じるのである。その場合、バフラとラトゥナ・ムンガリの結婚もまた、愛を表現する舞踊の形式で演じられることがある。そうやって両者の結婚が演じられるならば、バフラは登場の際に金の冠と深紅色の礼服を着ており、呪術の本を持ってすでに聖人バラダの苦行所へ帰っていたことを意味している。そして彼はバラダの到着を知らせるために、婚家へ戻ってきたのである。そのあと、偉大な聖職者ふうの人物が、プダンダ(Pedanda、高僧)の高さがある冠をかぶり、威厳のある黒いガウンをまとって登場する。彼がバラダである。バラダは呪術書を手に持ち、しわがれた荘厳な声でチャロナランを召喚した。チャロナランは再び老女の姿に戻り、家から降りてきた。威厳ある高僧の姿を前にして、彼女は崇敬のあまり震えている。そしてバラダから説教を受けているあいだは、切望する仕草をおこないながら周囲を凝視していた。続いて彼女は杖を落とし、太鼓の震えるような音と物悲しい笛の旋律に合わせて、呪文の舞踊を踊った。p.122→さらに、高僧バラダの聖なる力に対し、チャロナランは最後の闘いをおこなう。彼女は階段をのぼって小屋へ入ると、再びランダの姿で登場し、木に破壊の一瞥を投げかけた。しかし高僧バラダは木を復活させ、うめいている魔女に一撃を加える。その時、音楽はより激しくなった。そしてチャロナランは再び生命を与えられ、バラダとともにステージを去る前に、罪の赦しを受けた。(原著写真No.50)



 しかしチャロナランの死そのものは決して演じられない。なぜならば村に住む黒魔術師たちの仕返しが恐ろしいからである。バロン劇と同じく、この舞踊劇は象徴的な悪魔祓いの一種として演じられる。定期的におこなわれる上演は、黒魔術師たちの優位に対する異議であり、呪術師たちが使う黒魔術に対し均衡をとる何ものかが存在することを思い出させるものなのである。



 ロンタルという古文書を参照してみたところ、チャロナラン物語の始まりは、子どもたちを殺すメディアの物語の始まりと似ている。黒魔術師たちの悪意に満ちた行為は、並外れた天賦の才能を誤って使ったことに原因があるのがほとんどである。また、黒魔術師たちがいかに黒魔術師となるのかを知ることは、のちに彼らがおこなう悪の所業を知ることと同じくらい、とにかく興味深い。そこで筆者たちは、チャロナランの系譜を明らかにするような物語のいくつかと、バロン劇に現れる数々のキャラクターたちを、この第2部でさらに紹介しようと思う。本来ならば、彼らや彼女たちは、バロンとは何の関係もなかったのであるが。しかしすでに今まで述べてきてように、チャロナランとバロンを切り離したまま扱う可能性はない。なぜならばバロン劇のお気に入りのテーマがチャロナランであるからである。そのような理由から、この章の最後では、もっとも注目に値するバロン劇を記述する予定である。そのバロン劇は2つのテーマが融合している完璧な一例であり、人がmalgré soiに、すなわち、思わず黒魔術師になってしまった物語である。

  

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