ratugede

The Drama of Magic. PartU
チャロナランのぺーじ

Beryl De Zoete & Walter Spies
『Dance and Drama in Bali』
p.116-p.133
1973(Reprint) Kuala Lumpur :
Oxford University Press
Originally published by Faber and Faber Ltd. 1938
ratuayu
その3・ 2008年2月25日更新・ DDBHome
PartTバロン-2               p.90(13)〜p.91(32)
PartTバロン-3               p.91(33)〜p.94(26)
PartTバロン-4               p.94(27)〜p.96(13)
PartTバロン-5               p.96(14)〜p.97(22)
PartTバロン-6               p.97(23)〜p.98(40)
PartTバロン-7               p.99(1)〜p.100(19)
 
PartTバロン-8               p.100(20)〜p.101(16)
PartTバロン-9               p.101(17)〜p.102(21)
PartTバロン-10               p.102(22)〜p.104(3)
PartTバロン-11               p.104(4)〜p.105(27)
PartTバロン-12 Kelekek               p.105(28)〜p.109(34)
PartTバロン-13 トゥルニャン村のバロン・ブルトゥック               p.109(35)〜p.113(29)
PartTバロン-14 バロン・ランドゥン               p.113(30)〜p.115
Part U チャロナラン その1               p.116〜p.122(21)
Part U チャロナラン その2『タンティン・マス』『ダリ・クリシュナ』               p.122(22)〜p.125(34)
 


p.125の35行目から

『デンジャラン(Dendjalan, Denjalan)村のバロン・チャロナラン劇』

 ブラフマン階級の僧侶イダ・バグース・ングラー(Ida Bagus Ngoerah, Ida Bagus Ngurah)は森で狩をしていたとき、浅黒い肌の美しい子どもが木の窪みにいるのを見つけた。(p.126→)不思議なことに、その子どもはブリハスパティ神(Brihaspati, 神格化された僧侶。サンスクリット文学に頻繁に登場する。彼は天国の会議では説教臭く、いらぬお節介を焼くという道徳的役割を果たす)(訳註:著者はブリハスパティを「神格化された僧侶」と説明しているが、バリの伝説ではなくインドの神話によればブリハスパティは神々の指導者である)の黒い精液から生まれたのだった。イダ・バグースはその子どもを家へ連れて帰り、デヴィ・クリシュナ(Devi Krishna)と名づけた。しばらくしてから彼女はイダ・バグースの妻となった。しかしついに、徳の高い生活を送り続けていたイダ・バグース・ングラーへの報酬として、シヴァ神が彼を天国に召喚する時がやってきた。イダ・バグースは地上を去る前に、妻へ2つの贈り物を与える。ムリタ・サジワニ(Mrita Sadjiwani, Mrita Sajiwani いったん生命がなくなったものへ再び生命を与える呪文)と、僧侶が使うベルである(脚注1: このベルには「花の蜜を吸おうとしてブーンと飛んでいるミツバチ」という名前がつけられていた。おそらく、僧侶のベルが絶え間なくチリンチリンと優しい音色で鳴ることを、ミツバチが飛び回る音に喩えているのだろう)。「この呪文でもって」彼は言う、「お前は生命がなくなったものすべてを生き返らせることができる。そして、お前が助けを必要とする時には、このベルを鳴らしなさい」。そのあと、彼はたくさんの財宝を家に残したまま、天国へ旅立った。ところがイダ・バグースの残した財宝を盗もうと企んるで3名の泥棒たちかいた。マリン・マグナ(Maling Magoena, Maling Maguna)、マリン・サジ(Maling Sadji, Maling Saji)、ブルティカオット(Berticaot)の3名である(脚注2:のちに 3名はアイルランガ王のパティ(Patih大臣)たちとして、物語やいたるところに登場する)。しかし高僧の高潔さが家を守り続けていたので、彼らは中へ侵入することができなかった。すると3人の泥棒は仕返しとしてデヴィ・クリシュナに関する中傷をでっちあげ、それをアイルランガ国の国王へ伝えた。その時のアイルランガ国王はジャヤスンガラ(Djayasenggara, Jayasenggara)という名の王であった。中傷を耳にした王は、イダ・バグースが残した家の周囲に高い塀を設けた。当然、デヴィ・クリシュナは塀から外へ出られない。またその頃、デヴィ・クリシュナは妊娠していた。彼女は火照る体を冷やす水も得られない。困った彼女はついに従者のニ・カロン(Ni Karong)とともに塀を壊し、水浴びをしようと川へ駆けつけた。川ではたくさんの女性たちが一ヶ所に集まって水浴びをしている最中だった。女性たちは出産をすませたばかりで、後産を捨てていたのである。デヴィ・クリシュナは後産や血に自分の芳香を振りかけてみた。すると子どもたちに変身した。デヴィ・クリシュナはその子どもたちを家へ連れて帰った。土地の人たちはデヴィ・クリシュナが突然子どもたちに囲まれているのを目撃して、彼女が盗んだのではないかと疑わしく思った。しかし誰1人として自分の子どもがいなくなったことがないことに気づく。従って、人々はデヴィ・クリシュナを魔女と判断した。そしてデヴィ・クリシュナを、アイルランガ領土のスンダ・プミンギル(Soenda Peminggir, Sunda Peminggir)村からさほど遠くないディラ村のジャングルへ追放した。



 デヴィ・クリシュナの心はますます悲しみに覆われた。皆に自分が魔女であると知られてしまったものの、彼女自身はその時点ですら自分が魔女だとは全くわかっていなかった。そこでついにデヴィ・クリシュナは、自分が本当にサクティ(Sakti, 脚注3 : 本書19ページを参考)になれるか確かめる決心をした。彼女は村へ行き、寺院の中で座った。従者のニ・カロンが彼女の前に座り、ベルを振る。するとベルの音を聞いたシヴァ神が人間の姿で現れた。しかしデヴィ・クリシュナは恐怖のあまり、ニ・カロンを残して逃げてしまった。最後にシヴァ神がデヴィ・クリシュナへ木にしがみついておくように命令するまで、彼女はシヴァ神を3回呼び出しておきながら3回とも逃げ出す始末であった。4回目に登場したシヴァ神は恐怖で震えているデヴィ・クリシュナへ「何の用事でベルを鳴らして自分を呼んだのか?」と尋ねた。デヴィ・クリシュナは恐怖のあまり答えられない。しかしシヴァ神はもちろん知っていた。彼女はブラック・マジックを学びたいのである。そこでシヴァ神は「7つの文字を暗記するように」と彼女へ告げた。ところがデヴィ・クリシュナがなんとか7つの文字を覚えることができるようになるまでには、何週間も時間が経ち、何度も寺院へ通う始末であった。とうとうシヴァ神は7つの文字を覚えた彼女の舌へ実際に7つの文字を書いた。そしてデヴィ・クリシュナがムレ(M’reh 脚注4:本書p.104 PartTバロン-その11を参照)をおこなってもよい時がやってきた。最初、彼女は小さな火の玉を放つのに成功した程度であったが、そこからまた何週間もかかって、立派な火の玉を作り出せるまでに技術が上達した。この時点で彼女は踊りのレッスンも受け始めることとなった。次に彼女はムチャル(metjaroe, mecaru, 害悪をもたらす精霊に供物を捧げること。脚注5: 本書p.87 PartTバロン-その1 を参照)をおこなう段階へ進んだ。(p.127→)この場合のムチャルは、水牛、山羊、馬、人間などを供物としてそれぞれ多数必要とするが、僧侶の用意を除き全てを呪文でつくりあげ、ニ・カロンが村へ行って、ブラフマン階級の男女の僧侶を1人ずつ連れてきた。そして東には水牛、南には牛、真ん中には人間というように、供物すべてが規則に従って並べ置かれた。また、あらゆる種類の香辛料が規定どおりに準備され、ムチャル儀礼を司る者のための座席も設けられた。儀礼を司る者の席に座ったのは、デヴィ・クリシュナである。彼女は自分のベルを振って鳴らした。するとその音を聞いたシヴァ神がガムランや傘、旗、槍とともに自分のガンダルヴァたち(Gandharva 訳註:インドの神話によれば、ガンダルヴァ神は、1.インドラ神に仕えて音楽を演奏する、2.ヴァルナの使者、3.シヴァ神を崇拝する 4.シヴァ神自身が時々変身する姿、5.ソーマの番人、等の特徴をもつ。バリのこの物語の場合、シヴァ神の眷属と解釈するのが良いかもしれない)を先に地上へ遣わし、最後にはシヴァ神自身も地上に降り立った。デヴィ・クリシュナはシヴァ神がデヴィ・クリシュナの席に降りたのを目撃し、丁重なお辞儀をおこなった。シヴァ神はこう言った、「いまからお前は私がすることを何でも真似しなさい。私が変身したならば、お前も変身しなさい。私が踊ったならば、お前も踊りなさい」。デヴィ・クリシュナはシヴァ神の言葉に従って真似を続けた。そしてとうとうシヴァ神がドゥルガ女神へ変身すると、デヴィ・クリシュナはそれを真似てランダへ変身した。「あとは欠けているものといえば」シヴァ神が言った、「最後の浄化儀礼と、お前にふさわしい服装だ」。服装はブラフマン階級の僧侶の腸を用いることと決まっていた。そこで役目を果たした2名のブラフマン階級の僧侶が殺され、デヴィ・クリシュナは自分の右半身に男性僧侶の腸を、左半身に女性僧侶の腸を着飾った。僧侶たちの心臓はデヴィ・クリシュナを飾る耳飾りとなり、肝臓は彼女の耳の後を飾る花状のものとなり、肺は襟元を飾る。胆汁は眉の輪郭を整え、腎臓は額の飾りとなった。さらに血液はデヴィ・クリシュナ用のヘア・ローションとなり、その結果彼女は『非常に物珍しい』姿となった。次に供物が供えられ、シヴァ神の魔術によって悪魔となったガンダルヴァたちが、供物をむさぼり食った。そのあとガムランが演奏され、デヴィ・クリシュナはトゥンジャン(Toendjang, Tunjang, チャロナラン劇でランダが披露する踊り)を踊りはじめた。踊り終わると、彼女は元の姿に戻った。シヴァ神はデヴィ・クリシュナの上出来を喜び、「お前の呪力を他でも試してみるように。また弟子も育てるように」と命じた。そしてかつて彼女から生命を奇跡的に与えた子どもたちが呼ばれ、猪や水牛、馬、火の玉など、さまざまな動物や超自然的現象へと変身させられた(脚注1: すでに魔法の力で生命を与えられていたこの子どもたちは、既出のロンタルで述べられているチャロナランの弟子たちの名前と同じ名前である)



 物語はここから、伝統的な姿を呈する。



 まず、デンジャラン村のバロン劇は、渓谷の裾に位置する広いオープン・スペースで演じられる。そのスペースのすぐ上には、プラ・ダレムのいくつかの庭のなかではいちばん低い場所に位置する内庭があり、オープン・スペースの端はワンティラン(Wantilan, 闘鶏をおこなう場所)と繋がっていた。すでにかなり前から、女性たちや子どもたちはオープン・スペースに集まっている。そしてオープン・スペースには両側に12本ずつの槍が立てられており、都合合計24本の槍で区画されていた。バロンはまず墓場の祭壇へ連れられて行き、そこでバロンに供物と祈りが捧げられる。いっぽう、寺院のもっと上方の内庭では、のちにトランスに入る男性たちが一列になって座っており、短い腰布を両脚の間で結び上げている以外は裸の状態である彼らを、プマンク(訳註:寺院つきの僧侶)が浄めている。彼らは両手で椰子の殻に入った水を受け止めて飲んだ。さらにその水が振り撒かれると、額に擦りこんだ。その内庭よりも下に位置する寺院の別の内庭では踊り手たちが支度をしている最中で、柱からは冠や仮面がぶら下がっている。



< シーン1>
 まもなく、金色のカーブした豪華なたてがみを持つバロンが舌を震わせ飛び跳ねながら、門のいちばん低いところに立てられた金色と黒色の旗の間から、ためらいがちに登場した。P.128→このバロンはヌラバンサワ大臣(Patih Nerabangsawa パティ・ヌラバンサワ)である。彼はスンダ・プミンギール村に関連することすべてを託されており、従者たちとともに村を視察しているのである。ヌラバンサワは呪術的能力を強めるために、バロンへ変身している。従者たちもブタ(Boeta, Buta)やカラ(Kala)たちに変身する能力を持っている(いつもバロンに従っている悪魔のような従者たちである)。バロンは石の斜面を嗅ぎながら降りてきた。そして回りながら右へ方向転換したあと、ついに全身を使って踊りだした。ガムランの奏でるリズムにあわせてバロンは地面を蛇のように曲がりくねり、孔雀の羽や鏡がついたアーチ状の尻尾をサッと揺らす。その一方で、ジャウックの仮面と冠り物をつけた8人の男性たちが、寺院からやってきた。彼らが、ヌラバンサワ大臣につき従う廷臣たちである。廷臣たちは空間の両側の所定の位置につくと手を繋ぎ、自分たちの主人を防御するように囲んだ。次に登場したのが、コミカルな仮面(オマン/Omangの仮面)をつけた4人の踊り手たちである。そのうちピンクの仮面は左目が塞がれており、別の仮面は目がくぼんでいて鼻がとても大きかった。グレイ色の仮面は英国近衛兵がかぶる帽子に似た黒い熊毛のようなつけ毛をつけている。そしてもう1つの仮面はむさくるしい長い髪を伸ばして目を剥き、口のすき間からはたくさんの歯を覗かせている。彼らがブタとカラたちである。彼らもエレガントな金色の冠をかぶったジャウックたちと同じく、バロンの私的な随行員たちなのである。しかしブタとカラたちはバロンをからかう。金色の冠をかぶったジャウックたちが手を繋いで行く手を遮るにもかかわらず、彼らはふざけて、わざとバロンを困らせた。するとバロンは大きな犬が仔犬たちをからかって優しげに遊ぶように、彼らを1人ずつ圧倒する。バロンは彼らを地面に押さえつけ、踏みつけた。そして順番に咬む。その間、彼らのうちの残された者は救出するふりをしている。しかしとうとう、かなり鎮圧されて踏みつけられはしたものの、それでもなお意気盛んで騒々しい連中は、再び立ち上がった。バロンの周囲を特別に警護している金色の冠をかぶった集団のサークルの中で身震いしつつも、ブタとカラたちは行ったり来たりして揺れるように動きながら、自分たちの主人を賛美した。そのあとバロンを含む一団全員は、門を通って寺院の庭へと退出していった。(原著写真no.51)



<シーン2>
 主人デヴィ・クリシュナの強引な意見によって魔女になったニ・カロンが、村を破壊的に襲撃して帰ってきたばかりのグヤン、ガンディ、レンディール、レンダという4名の従者たちとともに、階段の頂上に現れた。そして、ほかの冠に較べると若干のっぺりしているものの、枝状のものが両側から上に向けて出ている金色の冠をかぶったチョンドン(Tjondong, Condong)がやってきた。次に音楽がよりスリルに満ちたものへ変化するとまもなく、サンダランの衣装をまとい白い優美な仮面をつけた4名のシシアたちが上方の内庭から現れ、曲がりくねった進み方で近づいてくるのが見えた。シシアたちは首のあたりに巻いた紐から様々な色のストール状の布を吊るしていて、上半身には金色の葉模様が上塗りされた細長いベルトを何重にもしっかりと巻きつけている。頭にはジャウックの冠を部分的に変えた冠をかぶり、その冠には金色の花が揺れる小さな木がそびえ立っている。耳にはハイビスカスの花を挿し、孔雀の羽の束をぶら下げている。そしてジャウックと同じような白いチュニックを着て、比較的ぴったりとした白いズボンをはいていた。ガムランがサンダランの伝統的な旋律を歌うように演奏すると同時に、左腕を伸ばしたシシアたちが右手で扇子をはためかせつつ、曲がりくねるような進行で舞台空間へゆっくりと降りてきた。繊細な見かけのシシアたちはゆっくりとしたエレガントな展開の踊りを踊っている間中ずっと、自分たちがおこなった残酷な行為をもの悲しい声で自慢していた。



<シーン3>
 階段の最上階に設置された2つの傘の間に、突然デヴィ・クリシュナが立っているのが見えた。彼女はとても年老いており、p.129→白いターバンと、長くて白いカインをまるで死者を覆う布のように身に纏っている(脚注1:デヴィ・クリシュナを演じたのは、老いて体が縮み曲がっているプマンクであり、彼はまるで墓場から自分の役を演じるがためにやって来たように見えた。老人が演じた老女のこの物真似は、大げさに誇張した表現一つすらないのにたいへん見事、かつ、きわめて感動的で迫力に満ちていた。もちろんデヴィ・クリシュナがとても年老いた姿で表現されるべき理由は何もない。しかし年老いた魔女という姿は、一般のイマジネーションを満たすのである)。デヴィ・クリシュナは自分の杖に頼るようにして立っていた。下ではニ・カロンとシシアたちがデヴィ・クリシュナを待ちかねる集団となっている。デヴィ・クリシュナは手前に竹の杖をつきながら、一歩ずつ確かめるように、ゆっくりと降りてきた。しかも膝と膝の幅を大きくとっているうえに膝を外に向けた歩き方で、それはまるで幽霊が踊るステップのようであった。彼女は1度倒れたが、ブツブツ言いながら自力で立ち上がると、無事に階下に着いた。そしてヨロヨロした足取りでガムランが奏でるリズムにあわせ、曲がりくねった軌跡を描きながら舞台空間を横切った。デヴィ・クリシュナは震える声で詠唱しながらシシアたちを呼び、シシアたちが襲撃した成果を問う。シシアたちは自分を扇子で扇ぎながら、曲線を描くかのように絶えずしなやかに動いている。それに対し、ニ・カロンがシシアたちの代弁者として、デヴィ・クリシュナと会話を交わす。よそよそしい態度そのもので笑みも浮かべない老魔女は前後に曲がりくねりながら進み続けていたが、とうとう最後にはシシアたちの中に入り、シシアたちと共に踊った。デヴィ・クリシュナの皺だらけで羊皮紙のような肌は、微笑を浮かべているシシアたちの磨かれたような滑らかな肌とは異様に対照的である。デヴィ・クリシュナはひざまずいているシシアたちへ屈みこんだ。そしてシシアたちが立ち上がると、彼女はシシアたちのそばから退いた。続いて杖を低く下げながらデヴィ・クリシュナは歯のない口で再びしゃべり、唄った。シシアたちはデヴィ・クリシュナの方向へ行って彼女を取り巻いたのち、傘の前で少し踊った。そして階段を上がり、舞台空間から消えた。デヴィ・クリシュナはニ・カロンと、もうしばらく話し合った。そのあと2人は階段を上がった。舞台空間には誰もいない。(原著写真No.52、No.53)



<シーン4>
 音楽が変わった。プナサールとカルタラの衣装を着た村の上役たちが入場する。彼らは踊りながら、あるいは曲芸的なポーズをとりながら舞台空間をうろうろし、村で死者が多発した原因について話し合う。そして2人は呪医へ相談する決意を固めた。カルタラは服装をとても気にしている。そのことは英国のミュージック・ホールにかけられる芝居や演芸と同じく、彼は重要な正念場で失敗しがちであることを示している。もちろん道化者がそうならば、確実に笑いを生み出すだろう。しかし時折生じることだが、バリス(Baris)の踊り手の衣装の前と後ろが離れ落ちたような場合、事態は非常に厳粛に取り扱われる。次に2名の男性の踊り手が扮する女性のバリアン(訳註:伝統医、呪医)と彼女の従者が、寺院の内庭から降りてきた。従者は頭の上に供物の入った籠を乗せて、メンデット(Mendet, Pendet)の一部分を踊っている。バリアンはグレイ色と黄色の長いカインに身を包んで、肩にはバティックのショールをかけており、際立って調和のとれた風采をしている(訳註:原著写真No.54ではバリアンの肩にショールはかかっていないが、原著の記述に従った)。しかし道化者が供物の入った籠を頭に載せている従者をからかったため、供物がひっくり返ってしまった。その光景に爆笑が起きる。爆笑の原因を作り出したのは小うるさいプナサールである。さらに数々の供物が運ばれてきた。鉢状のものからは煙が出ている。儀式の準備は整った。バリアンは冷静な表情で、煙が出ている鉢の上に顔を近づけて屈みこんだ。彼女はトランスに入る過程を真似るのである。手足を震わせ、うめき声を上げ、そのような儀礼で唄われる歌のパロディにあわせて前後に体を揺らす。その間に、恐ろしいレヤックが忍び足で降りてきた。レヤックはグレイ色の奇怪な仮面をかぶっている。仮面の目は隆起していて恐怖を感じさせるような笑みを浮かべており、髪は長く、絡まっている。全力で人目を避けて舞台空間に出没しているふりをしているレヤックは、意地の悪い笑みを浮かべて膝を曲げながら踊るため、前後に揺れ動いているように見える。レヤックからは青い帯が尻尾のように出ていた。その衣装から、レヤックに変身したのはニ・カロンであることがわかる。しかしニ・カロンが変身したレヤックの姿は、人目には見えない状態であると想定されている。P.130→レヤックが悪意のあるいたずらを行うから、謎のあらゆる事柄が発生したが、バリアンだけは、レヤックの姿へ焦点を合わせることができる。バリアンは立ち上がると、美しいトランスの舞踊を踊って円を描くようにグルグルと回り、ついにレヤックの絡まった髪をつかんだ。同時にレヤックはその姿を人目に晒すこととなる。レヤックの仮面は剥がされ、ニ・カロンであることが暴かれた。ニ・カロンの両手は竹の棒につながれ、自分の帯で木に縛られる。その木とは、舞台空間を囲んでいる槍のうちの1本であった。レヤックの仮面と髪は「2度と使わない」という条件つきで、ニ・カロンへ返される。バリアンと彼女の従者は踊りながら舞台空間を去った。ニ・カロンとプナサール、カルタラだけが舞台空間に残っている。(原著写真No.54、No.55、No.56)



<シーン5>
 美しい旋律が新しい人物の登場を告げる。プナサールとカルタラは地面に低く身をかがめ、深いお辞儀をしている。どんぐり目できらめくような微笑みを浮かべ、見る者に強い印象を与える白い仮面をつけた壮麗なジャウックが、長い爪を伸ばした指を小刻みに震わせながら、扇動するような舞踊を門で踊っている。彼がはおっているマント状の布は紫の地色に金で模様が描かれており、裾はベージュと金色で縁取られている。またハイビスカスの花と緑の葉が、彼のオレンジ色の肩章の上にかかるようにして飾られている。彼は翼のようにも見えるマントを手でつかんで体を上下させ、ジェスチャーをおこない、立てかけられた傘の影から出てくるのが気乗りしないかのように、傘をじっと見つめる。この人物がジャヤスンガラ王であり、彼はアイルランガ国の大混乱を視察に来たのである(脚注1: ジャウックに扮したジャヤスンガラ王も、また別の僧侶が演じた。背中にふさふさとかかるほど長くてウェーブのかかった黒髪は、演者であるこの僧侶の地毛であった)。階段から降りてきたジャヤスンガラ王は、感情がほとばしり出るような舞踊を短いあいだ踊って中断を入れると間髪なく発言を始め、プナサールとカルタラを祝福した。彼が踊りを小休止して発言しているあいだ、ガムランは長くて穏やかな印象のフレーズを演奏する。しかしそのあとジャヤスンガラ王がカルタラとプナサールへ順番に身をかがめて近づいたり離れたりするうちに、彼の爪は小刻みに震えだし、四肢を見事に使ってバランスのポーズをとりはじめ、ガムランと彼の踊りはクレッシェンドへ向っていくのであった。そしてニ・カロンが彼の前に連れてこられた。彼女はひざまずいている。ジャヤスンガラ王は彼女を凝視する。王の興奮は次第に高まっていく。彼は自分が着ているマントの裾を手で引き上げ、荒々しく踊りながら前へ進みだした。王はジェスチャーでニ・カロンを叱り、プナサールが王のジェスチャーを通訳して言葉にする。しかしニ・カロンは恐怖で上ずりすぎていて、言い分を申し立てることができない。王は迅速に1人ずつへ近づいたり離れたりしたのち、情熱的な舞踊を踊った。そして突然きびすを返すと階段を駆け上がり、舞台空間から消えた。(原著写真No.57)



<シーン6>
 プナサールとカルタラが新しい人物の登場を待っている。まもなくヌラバンサワが登場した。このシーンでの彼はバロンの姿ではなく、大臣の姿で登場する。彼はたなびく髪の上に、大臣をあらわすカーブした金の頭飾りをかぶっている(脚注2:さきほどジャヤスンガラ王を演じた僧侶がヌラバンサワを演じている。そのことは、彼のウェーブがかっていてふさふさとした黒髪と豪華な衣装から判別できた。彼はさきほどまでつけていたジャウックの仮面と冠、爪が伸びている手袋を脱ぎ、冠をかぶり替えただけなのである)。彼は活気に満ちた、チャロナラン劇に登場する大臣の典型的な勇ましい舞踊を踊り、肩章にとりつけられた鏡は、きらびやかなケープの裏側に使われている緋色の布の上方で、ことあるごとに輝いている。囚われのニ・カロンが、再びひきずり出されてきた。ヌラバンサワは堂々としたジェスチャーで、ニ・カロンを厳しく戒める。続いて、墓場へ行く集団が登場する。男たちは担ぎ台の上に死体を載せ、踊りながら舞台空間へ降りてきた。妊婦は大笑いとすすり泣きを交代に繰り返している。その集団の先頭に立つのは、肩に鋤を背負っている墓穴を掘る役目の人たちである。プナサールとカルタラは一行を追い払おうとする。ところが大臣のヌラバンサワは荒々しい自分の性格を隠すことなく、村で起きている災難について集団へ厳しく尋ねる。P.131→このシーンは滑稽であった。かなり手荒く扱われ、ときどき頭を殴られている妊婦の災難を観客たちは特に楽しんでいた。そしてついに、一行は立ち去るように命令を受けた。一行はきびきびと坂を上がっていく。 さてここから、音楽も舞踊もたいへん緊張に満ちた雰囲気へと変わる。男たちが2人から4人ずつでまとまって降りてきた。そして階下につくと彼らは8人の集団となった。彼らはヌラバンサワを取り囲み、魔女を叩きのめすよう強く要請している。その際には村は団結し、ヌラバンサワを支援するとまで断言した。彼らの発言代表者は熱心に祈る人の風情で、ヌラバンサワの前に頭を垂れ、合掌して立っている。さらに10名の男たちが現れ、勾配の両側でまとまって立った。彼らの上半身は裸で、めいめいの腰布はそれぞれの両脚の間で結び上げられている。輝かしくて誇りに満ちているヌラバンサワが、デヴィ・クリシュナの家へ踊りながら行進する彼らを先導する。



<シーン7>
 そうこうしているうち、ランダの仮面を外へ取り出すために、傘は上の庭の入り口へ戻された。ヌラバンサワへの支援を誓った男たちは全員、舞踊空間の両端に座って熱心に待機している。そして老女の姿をしたデヴィ・クリシュナが呼び出され、門に登場した(すなわち、彼女は家から出てきたのである)。彼女は何かをむしゃむしゃ食べながら杖をついて立っており、ヌラバンサワには全く関心がない。いっぽう、ランダが呪力のある布に顔を隠したまま、下の庭へ連れてこられた。そしてデヴィ・クリシュナは、観衆を大喜びさせるありふれた演技の数々をおこないながら、たいへん時間をかけて傾斜を降りてきた。彼女は右手で杖をつき、左手でヌラバンサワを指しながら前進する。指をさすその仕草は、デヴィ・クリシュナが彼へ注意を向けていることを示す。そして、恐ろしいシーンが始まった。ヌラバンサワはデヴィ・クリシュナを侮辱し、乱暴に扱う。ヌラバンサワに蹴られたデヴィ・クリシュナは仰向けに倒れ、頭を階段にぶつけた。助け起こしてもらった彼女の心は次第に奮い立ち、非難の言葉を口にしながら再びヌラバンサワへ進んでいく。彼女は目の覚めるような舞踊のステップを踏み、ヌラバンサワへ忠告する。ヌラバンサワは真面目な顔つきで黙って身をかがめ、聞いている。しかし間もなく彼は手を叩き、再び怒りの言葉を吐き、殴る蹴るの暴力をはたらきながらデヴィ・クリシュナを追い払う。デヴィ・クリシュナは痛みの悲鳴をあげて倒れた。しかも彼女の服装は乱れている。そのとき、観衆がうれしそうにどっと湧いた。素朴な観衆たちにとって、魔女がいじめられることは、猛烈な喜びだったのである(脚注1: その時はそのように思えた。しかしバリの人たちは、魔女が受けた仕打ちよりも単に現実感を優先して感じとり、喜んだのだろう。この場面の主役双方を演じていたのはともに僧侶であったという事実が、刺激となったのは疑いがない。従って僧侶たちだけが、仲間ということで、相手の僧侶をそれほど大胆なまでに攻撃したのかもしれない。訊ねられた僧侶は「もちろん私はあんな邪悪な老女に怒りを感じた。バロンとして、私は彼女を嫌わずにはいられない」と答えたが)。この恐ろしいシーンはデヴィ・クリシュナが従者にぴったりと付き添われて、ついに階段をヨロヨロと上がる時、クライマックスに達する。突然ヌラバンサワは後ずさりし、地面へ倒れた。デヴィ・クリシュナの激しい怒りが彼女をランダへ変身させたのである。そしてヌラバンサワに対して呪的布を振っているランダが門に立っていた。ランダはしわがれた声でヌラバンサワを非難する。ランダに完璧に圧倒されてしまったヌラバンサワを、臣下のプナサールが後退させた。ヌラバンサワは身をかがめて、嘆き悲しんでいる。門に立って布を振りながらランダが発する嘲りのような笑い声は、ゴングの重くて低い音やシンバル(訳註:チェンチェン Cengceng)の激しくぶつかる音といった、雷のような響きを奏でるガムランの音へ覆いかぶさって押し入る。p.132→続いて、巨大な乳房をぶらぶら揺らせながらランダは激しく踊りだした。いっぽうヌラバンサワが突然、気力を取り戻した。彼は冠を脱ぎ捨てると、長い髪をなびなかせながら舞踊空間の端から一気に突進して階段を跳ぶように駆けあがり、自分のクリスでランダを襲った。両者は闘いながら、舞踊空間へよたよたと降りてきた。しかしヌラバンサワは力が弱くなってきた。その闘いは、あまりにも互角からはほど遠い。ヌラバンサワはランダから逃げると、階段を駆け上がった。代わって降りてきたのが、バロンである。(原著写真No.58)



<シーン8>
 新たな闘いが始まる。バロンはあごをカタカタ鳴らしてランダに噛みつきながら、彼女を石造りの傾斜のほうへ2回追いやった。門に背中を向けてしゃがみながら目を離せない様子でバロンを熱心に見ている10名の援護団へバロンが接近するたび、彼らの半数ほどがバロンへの共感と励ましの叫び声をあげて立ち上がる。援護団のうち1人はすでにトランス状態に入っていて、彼の顔はフラストレーションの苦悶で皺が寄っている。3名の男性がトランス状態の彼を地面へ抑えつけているけれども、彼はずっと「アドゥ!アドゥ!」とうめき続け、地面を叩いたり左右に転がったりしている。そしてランダがバロンへつかみかかりそうに見えた瞬間、援護団がランダに猛突進して身を投げ出した。彼らはランダを上方の内庭へ追い返しているのである(すなわち、村民全員がランダへ身を投げ出したことになる)。バロンは援護団が戻ってくるまでのあいだ、舞踊空間のほうぼうをじれったそうに歩き続けている。次に、援護団が2列縦隊になって、厳かに踊りながら勾配を降りてきた。めいめいの上げている右手はクリスを直立させた状態で持っており、左腕は伸ばしている。彼らの凝視した目、すぼませた頬、前へ突き出した唇は、まるでバリスの踊り手のようである。援護団は一歩ずつ前進しながら片脚を前で高く上げて、ポーズを取っている。ところが援護団の不吉でゆっくりとした前進は、激情の爆発と煽るような叫び声によって突然乱れるのである。彼らは肘を曲げてクリスを握りながら、ゆっくりと一周した。緊張が高まる。そしていきなり2人ずつ向かいあい、凝視しながらペアとなっている相手に付きまとったかと思うと身震いをおこない、相手へとびかかっていった。戦闘の叫び声をあげながら、2者間の闘いが次々と発生する。援護団は鋭く激しい戦いの中に閉じ込められているのである。レスリングとしてはけっこうな姿勢で土埃の中を代わる代わる転がり、互いに相手の髪や手足をつかみあう。彼らの眼はずっと据わっていて、唇を突き出している。そして徐々に1人ずつトランスに入って相手から離れだすと、クリスを自分自身へ向けた。先述のあっけなくトランス状態に入っていた男性は、ピクピクと動きながら地面の上で横になっていたが、整然とした戦いが終わり、援護団の激情が自分たちにクリスを向けることになったとき、彼も好きにさせてもらうことができた。彼らは自分たちの胸にクリスを突きたてながら、飛んだり跳ねたり、あるいは身をよじったり曲げたり、のけぞったりしている。そして恍惚の叫び声もあげながら、駆り立てられたかのように、それらをおこなっていた。しかしそのうち数名はぼうぜんとして中断し、驚いたような表情で自分の前をじっと見つめていることもあった。熱狂を破壊する肉体の波が何度も彼らを前進させる。ついにバロンが駆け足でやってきて、彼らの中に混じった。男性たちは絶叫しながらバロンのあごひげや、バロンの胴体の下へなだれ込み、半狂乱で自分の体をバロンにこすりつける。痙攣しながら地面を転がっている者もいれば、抱えこんでクリスをもぎ取ろうとする介添えの男性たちの腕のなかで激しく身をよじっている者もいる。なかには、5〜6人の介添えの男たちがかりですら、トランス状態の1人の男をほとんどコントロールできないことも時おりあった。やがて全員が抱えられて運ばれた。眠りこんでいる者や、激しく手足をもがいている者もいたが、上方の庭の地面に敷くお供え用の敷物に横たえられた。いっぽうランダが舞踊空間に登場する前から、ランダを真剣にずっと見つめ続けている1人の僧侶がいた。彼はこの状況が繰り広げられている間は、もう1つの下り坂の頂上に立っていた。しかしその僧侶もいま、トランス状態に入っていて小刻みに震えており、口は大笑いしているかのように開いている。P.133→2名の介添人が彼を支えているが、その僧侶の仕草が他者へコントロールを及ぼす類の1つであることは明らかであった。そしてその僧侶も上方の内庭の供物用敷物に連れてこられた。彼は物悲しい声で時々うめき、バロンのあごひげに腕を差し伸べて自分の体に巻きつけている。傘の下にいるその僧侶へ向かって、魔女を演じた僧侶がしゃがみ、供物を供えた。別の傘が掲げられている木製の箱からは、ランダの赤い舌がだらりと垂れている。バロンの踊り手の数名はいまだ深いトランス状態にあり、他の者たちは助けを得られることもなく横たわり、寺院の壁に向ってうめいている。さらに1人の老男性がトランスの激情にまかせて踊りながら、この現場に遅れてやってきた。彼は手足を緊張させた状態で座り、目は血の供犠を待って輝いている。老男性の発する低くて獰猛なうめき声は、女性たちが詠唱する供犠の歌の唄声と混ざり合っていた。次に、小さな鶏が椰子の葉で編まれた籠の中に入れられた状態で、僧侶たちの前へ運ばれてきた。そして女性がまだ鳴いている鶏を籠から取り出した瞬間、それを猛々しく見つめていた先ほどの老男性が鶏を奪い取ってひっつかむと、鶏の頭を発作的に自分の口へ押し込み、早業で頭を飲み込んでしまった(すなわち、鶏の頭だけが彼の体内にある)。そのあと、その老男性は赤々と燃えているお香の火鉢の中へ自分の頭をこすりつけた。水が運ばれてきた。すると老男性は乱暴にその水を飲んだ。しかしほんの少し経つと、彼は落ち着きを取り戻し、ふだんの状態に戻っていた。最後の人に聖水が撒かれ、バロンがその人をなだめた。今、すべてが終わった。年老いた僧侶が先頭に立ち、バロン、供物、ガムラン、槍、仮面、傘、そして村の住人全員が、バロンの小屋へ至る草むした小道を曲がりくねりながら進んでいく。(原著写真No.59、No.60、No.61、No.62)


『Part U チャロナラン』終

謝意:
「その結果彼女は『非常に物珍しい』姿となった。」の一文については、バークリー音楽大学準教授のWilliam Silvio氏と夫人の作曲家である中谷庸子さんからご協力を賜ったお陰で、翻訳することができました。謹んでお2人に感謝いたします。

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