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                別荘1ヶ月滞在記    2006.7.20.〜8.21

7月20日(木)  晴れ 午後4時〜5時 雷雨 後晴れ

 夕べ遅く、2ヶ月ぶりに別荘にやって来た。
別荘というと何か響きが大げさで”お金持ち”というイメージだけれど、私たちは平凡なサラリーマン家庭。共働きでがんばり通したお陰で、退職金がもらえたので、その一部OO万円を投資して、ここコスタリカの知人の敷地内に10年間限定で2LDK83uのsecond house を建てさせてもらったというものです。今後10年間毎年1回夫婦で海外旅行するとして1回60万円はかかるので、10年で600万円。それも精々10日間位のツアー。それを考えるとOO万円の投資は上手なお金の使い方だったと自負している。夏に3ヶ月、冬3ヶ月来られると最高なんだけれど、なかなかそうもいかない。それで、私たちが使わない時は、人に貸している。できれば、1年間常駐して、日本人のホームステイを受け入れて、美味しい日本食やさんをしたいなあ、なんて夢を膨らませています。
 さて、今回の目的はとにかくのんびりと過ごすことです。ここは日本語の新聞もテレビもないので、世相に腹を立てることもなく、夫婦間の摩擦もなく、おままごとのような平和な毎日が夫婦で過ごせます。
 
 8時起床。お隣のマルセーラさんが用意してくれていたパン、牛乳、卵でフレンチトーストを作って食べる。コーヒー付き。
家の前からサンホセ行きのバスが30分おきに出る。

 10時半のバスでサンホセ市街へ。終点まで30分。料金は片道130コロン(1ドル500コロン)。
乗る距離に関係なく一律130コロンを乗る時に運転手に払う。スポンジに溝をあけ、そこに金種別にコインを整理している。 定期券や回数券はなく毎回お金のやり取りをするのがこの国のやり方。   

バスは重要な交通手段で利用客は多い。すべてのバスがサンホセ発着。


バスの終点は教会前。前に来たときにはこのバス停がどこだかわからなくなり、困ったが、今回は大体の地図が頭に入るようになった。

お腹もすいたので早めの昼食をををとることに。入ったレストランは英語のメニューもあったので助かった。
CASADO HIGADOご飯、小豆のような豆をを煮たもの、温野菜、生野菜、レバーと玉ねぎの炒め物)1415コロン
CASADO CAMPESINO上と同じでレバーの炒め物の変わりに目玉焼き)1238コロン
BATIDO GUANABANAグァナバナミルクシェークジュース)805コロン
BAT.MANGO.AGUAマンゴを水で薄めたジュースー)530コロン
CEVICHE GRANDE白身魚を酢でしめて香味野菜で香りづけしたものーコスタリカ郷土料理)1529コロン
SUBTOTAL 5520コロン+消費税717コロン+サービス料552コロン
TOTAL 66790コロン(約1560円ー一人当たり780円))
20ドル支払って3410コロンのおつり。
今日はちょっと贅沢をしすぎました。が全くスペイン語のわからない私たちにとっては、英語が少しは使えるところでないと注文ができないので仕方がない。
コスタリカ田舎料理のお店といった感じで、私たちのお気に入りのレストランになりました。

昼食後、歩行者天国のアヴェニューセントラルを歩き、文化広場に来たとき、後から「サンホセは危ないですから気をつけてくださいね」と日本語で話しかけてくれる人がいる。「コスタリカ以外に中南米ではどんな国に行きましたか?」と聞くから「あなたはなに人ですか?」と聞くと「僕はコスタリカ人ですよ」とのこと。日本で9ヶ月暮らしたことがあるそうで、日本語はとても上手でした。漢字が難しいと言いながら「電話番号」と書いたメモをくれました。どうして日本人とわかったかというと夫が平和うちわを手に持っていたからでした。日本人もたいていは「チノ!」と言われています。再会を期して別れました。
 

文化広場はいつも大勢の人々でいっぱいです。今日はピエロが風船細工をしていました。
広場の向こうには国立劇場があり、広場の地下には黄金博物館があります。
 
 この先のBALMORAL HOTELの1階にゴジツアーWelcome to Costa Rica
のデスクがあるので訪ねる。
天野さんがいたので,栗饅頭やチョコ饅などの田舎饅頭の詰め合わせをお土産に差し上げると、喜んでもらえてホッとした。若い人なのであんこは嫌いではないかと心配したけれど、好物とのこと。もっとたくさん持ってくればよかった。天野さんは山中湖の旅館のおじょうさん。コスタリカにスペイン語の勉強に来てそのままゴジツアーに就職してしまった方。山中湖の実家は人手不足でモンゴルの学生を雇っているとの事。
帰りにMercado Central(中央市場)でCerdo(豚肉)半キロを買う。1130コロン(270円位)
バス停の傍の八百屋/さんで、玉ねぎ、にんじん、じゃが芋、バナナを買って800コロン(180円くらい)

7月21日(金) 晴れ 午後雷雨 後 晴れ

 今日もサンホセへ。
バスを降りてお腹がすいていたので昨日のレストランへ。午後1時近かったので混んでいた。人気のあるレストランらしい。
注文は昨日と同じCASADO、小エビのセビッチェ、AQUA(水)。昨日注文したジュースはやたら甘くて飲めなかったので今日は飲み物は水にした。CASADOは量が多いので一つだけ注文して二人で分けてたべることにした。急に雷がなり、大粒の雨が降ってきてトタン屋根を激しく叩く。道路はあっという間に水浸し。
 今日の勘定(LA CUENTA)は6095コロン(1400円)。20ドルで4100コロンのおつり。ドルを出すとおつりはコロンでくれる。コロンを貯めるためには多い目のドルで支払うのがよい。1時間程で小ぶりになったのでゴジツアーデスクへ。ケーブルを借りてメールを送ろうとするが失敗。唯一の通信手段であるメールが繋がらないのは痛い。色々やってみたがだめ。2時間も無駄な時間を費やしてしまった。疲れたあ〜。
天野さんに教えてもらった中国人経営のお店でSBゴールデンカレールウを買う。1280コロン(300円) 高っ!!

帰りのバスはSUPERMERCADO ACAPULCO 前で降りて買い物をする。
 缶ビール(インペリアルという銘柄のコスタリカ産) 6本 2400コロン(1本93円くらい)
 水6L                                1150コロン(1L 45円くらい)
 オレンジジュース 1L                      585コロン(136円)
 おつまみ(ピーナツと干しぶどうのMIX)           550コロン(130円)
 洗剤                                 995コロン(230円)
 ノート 2冊 (395×2)                     590コロン(1冊93円)
   合 計                            6470コロン

高卒公務員の初任給が約6万円ということから考えると、食材以外はとても高い。日本の水準にあわせると、缶ビール1本400円というのはかなり高いよね。
 夕食はカレーを作って食べた。おいしかった〜。 お米は日本から持参。(荷物検査がなかったので無事に持ってこられました)

7月22日(土) 晴れ

今日は早起きして、毎週土曜日に開かれている”朝市”へ出かける。家から歩いて
6時半頃出かけたが、もう買い物をすませて帰る人に行き会った。5時頃から市場は開いているようだ。家から歩いて15分くらいの公園のそばの道路が朝市の場所。
トマト1キロ500コロン、白菜200コロン、キャベツ200コロン、レタス、セロリ、ねぎで合計600コロン、パイナップル300コロン、パパイヤ半分 1200コロン、      、アボガド2個500コロン、柿のような野菜、マンゴーに似た果物、合計で4,800コロン(1000円と少し)
 朝食はフレンチトースト、アボガド、トマト、レタス、ハムのサラダ。マンゴーのような果物と思ったら、これは形が小さいだけのマンゴーでした。
 おいしかったよ〜。
夜は白菜と豚肉の煮物。白菜は甘くて美味しい。牛肉は硬くて美味しくないけれど
豚肉は日本よりもおいしい。値段も牛肉よりも高いです。

7月23日(日) 曇り
 
今日ははじめての日曜日だったのでどこにも出かけないで、おとなしく家にいました。天気も悪く薄ら寒い一日でした。コスタリカでは今は季節は「」。日が射すと暑いけれど、雨が降ると急に涼しくなり、曇っていると寒いって感じ。虫も鳴いて、日本の「」といった気候です。

7月24日(月) 快晴
 夜明けとともに抜けるような青空。鳥の撮影に忙しかった。フライキャチャー、キツツキなどのほかに、なんと大型のハチドリも飛来した。

              

11時のバスでサンホセへ。ゴジツアデスクに天野さんを訪ねたが留守。風邪を引いて休んでいるらしい。この国でも風邪をひくのか・・・
歩いてサバナ公園に。昔飛行場だったところを公園にしたとのこと。入り口には国立美術館がある。結構暑い日となったが、木陰は涼しかった。トイレはほとんどクローズ。一つだけ開いていたので入ろうとしたら、おばあさんが住みついていたのにはびっくりした。手を洗うところに歯ブラシやコップなどを置いているのだ。テッシュをくれたから、100コロンを渡してきた。
   

昼食後郵便局に寄ってはがきを11通出す。日本まで1通195コロン。アメリカへは135コロン。
帰りのバスは5−38で、はじめて家の近くのバス停(終点)に着いた。ここのバスはほんとうにわかりにくい。同じ番号であっても違うところにいくこともあるのだ。まともに目的地に着いたためしがない。
 マーケットに買い物に。
 牛肉1キロ3950コロン(900円位) ハム450コロン(110円) オレンジジュース225コロン(50円)牛乳1L350コロン(80円)
 たわし395コロン(90円)
夕食は、肉じゃが、トマトとアボガドのサラダ。
夜、加瀬さんと藤田さんが来る。藤田さんは学生で蝶の研究で、ここに1ヶ月滞在しているとのこと。

7月25日(火) 晴れ
 10時のバスでサンホセへ。ヒスイ美術館(Museo del Jade)へ行くつもりでモラサン公園l(Parque del Morasan)近くを歩いていたらきれいな衣装を着た子供を連れた家族に出会った。民族のお祭りがあるようで大勢の子供や家族で賑わっていた。
       

ヒスイ美術館は保険会社の1階に新しくできたきれいな美術館で入館料は2ドル。
受付の女性は品があり、受け答えが丁寧でエリートという印象。中央通りを歩いている臍だしのお姉さんとは全然ちがう感じ。この国の女性がみんなへそだしというわけではない。館内は冷房が効いていて快適。でも写真撮影は禁止。先住民のヒスイの装飾品や陶器や石で作った椅子などがたくさん飾ってあり立派な美術館でした。ヒスイの量と質,加工の質の高さには驚かされたが、それにしても大きなヒスイを首にかけるには重過ぎないか?さらに大きなヒスイのイヤリングをつけると・・・・たくましい男性が身にまとった様子。おしゃれ、というより魔よけみたいなものだったのだろうか?
 美術館を出たところで、赤ちゃんを抱いた女性に呼び止められた。生活に疲れきった表情で
「火事にあって家を失った。私たちを助けて下さい」と英語で書いた紙切れを見せられた。火事にあったかどうかは別にして、とてもやつれ果てていてかわいそう。それが演技だとしても可愛そう。お金を持っていれば500コロンくらい渡してあげたかったが、手持ちのお金はなし。夫に出してあげるように頼んだがイヤだという。おなかが空いているのになんだか胸がつまって食事をする気にもならない。夫婦の間にも隙間風が・・・・・
 それでも気を取り直して中央市場の食堂へ。casado de pollo((鶏肉)とarroz(ピント)とcafeを注文。一人1300コロンとコーヒー300コロンで合計1600コロン(380円)。とても美味しく気分を持ち直すことができた。
                                                      
たしたちのお気に入りのレストランまで歩いてくるとなにやら中が賑やか。のぞいてみると
いつもは部屋の片隅に置いてある人形が踊っているではないか。人が入って踊っているらしい。手はブラブラで表情が面白い。そのうちに道路にまで出てきて踊りながら歩いていた。
 やはり今日は民族のなにかのお祭りらしい


7月26日(水) 晴れ

 今日はエレデアというところに行ってみることにした。サンホセからバスで40分くらいのところなのにバス代はたったの230コロン。
教会前で待っていたらやがてバスが来て、運転手が「エレデア」と叫ぶので走って乗り込む。この国では、バスの乗車口はいつも開いていて「このバス」と認識したら、自分から走っていって乗り込むしかない。じっと待っていたのでは通り過ぎていってしまう。
 エレデアまではハイウエイのような大きな道路を快適に進み、緑も豊かでだんだん涼しくなってきた。
エレデアが終点かと思っていたら、運転手が「アラフェラ」と叫ぶようになったので、エレデアは通り過ぎたのだとわかり、急いで下車。
 遠くに教会が見えたので目指して歩く。街全体が落ち着いていてのどかで、、あたたかい雰囲気が感じられる。コスタリカ大学をはじめ
いくつかの大学があり、学生の街とのこと。日本で言えば、京都といったところでしょうか。

 しばらく歩くと公園に到着したくさんのタクシーやバスが道いっぱいに留まっていた。さらに歩くとそこは賑やかな商店街。市場もありました。さらに行くと古い立派な教会と公園がありたくさんの人がベンチに座って休んでいました。ここではホームレスの姿もなくホッとする。
サンホセにはない落ち着いた雰囲気。でも排気ガスはここもすごく目やのどが痛い。
 昼食は市場の中の食堂へ。SOPA(スープ)を注文すると3種類のうちのどれか?と聞いてきた。はじめに言ったもの(モンドンゴ)を注文するとそれはモツであった。薄味で美味しかった。
 帰りはサンホセ行きに乗れたので一安心。ゴジデスクでインターネットをさせてもらった。色々な人からメールが来ていた。
 帰宅後4時頃急に眠くなり一眠りのつもりで横になるとそのまま朝の3時まで眠ってしまった。シャワーと洗髪。スープを作って食べた後、5時からまたひと眠り。
 

7月27日(木) くもり のち うす曇 時々晴れ のち 雷雨
 朝はやく、手づくりパン屋さんにパンを買いに出かけました。家からさらに坂を上ったところにあり、結構いい運動になります。
ほかほかのパン1個300コロン。一個で二人で二日はたべられます。ちっと塩気が強いですが、やわらかくておいしいです。
 今日は空全体に雲がおおい、天気が悪くて寒いです。今日はどこにも出かけないことに。大江健三郎氏の「あいまいな日本人の私」という講演集を読んで過ごす。午前中は庭のハンモックに揺られながら、午後はベッドで。

7月28日(金) 晴れ 午後 雷雨
 7:30のバスでサンホセへ。停留所の近くの教会前から出るポアス火山行きのバスに乗って、アラフェラ経由でポアス火山に行きました。二人で往復4900コロン。2時間も乗るのに安い。今日は朝から快晴で気持ちのよい天気です。2時間のバス乗車も外の景色を眺めながら退屈しないでいきました。バスが高度を上げるにつれて眼下に街が見え、沿道の景色も農場や牧場が続き楽しかったです。
途中お店の前でトイレ休憩があり、トイレ使用料を払う代わりにお菓子を買いました。あめ、りんご2個 がそれぞれ400コロン。高い!
火山入り口で7ドルの入園料を支払う。バスのパーキングからは道は1本道で10分くらい歩いて火口の方に。雲がかなり出てきましたが時には青空も見え、火口はくっきりと見えました。ここは標高2600mなので、天気が変わりやすく見えない日がおおいとの事でしたが今日はラッキーでした。火山の活動が活発なようで白い噴煙(水蒸気)がさかんに噴出していました。活動が活発な時は水の色も青くならず白っぽいそうです。ハチドリ、鳥、蝶などがいて豊かな自然を感じました。
昼食はサンドウイッチとカプチーノ。スープというメニューがあったので注文すると、それはなんとインスタントラーメン(まずい〜)でした。帰りのバスは2:30発。サンホセに近づいたいた頃、突然激しい雷雨となりました。滝のような雨。バスが到着しても雨はやまず、1時間くらいバス停のひさしの下でただただ止むのを待っていました。
 5時前、ゴジオフィスへ。運よくまだ天野さんがいたのでメールのチェックをさせていただく。
7時のバスで帰宅。
久しぶりに山(日本の信州の山々のような)に行って、とても楽しい一日だった。

7月29日(土) 晴れ 

朝、昨日の荷物を整理してデジカメがないことに気がつく。どこをどう探してもない。昨日事務所でメールのチェックをしたときにおきわすれたか?それともバスの中におき忘れ?このデジカメはデジスコ用の小さいやつ。これがないと鳥の写真が撮れず、旅行に行く楽しみが半減してしまう。なんというミスをしてしまったか。情けない。このデジスコは持っていくべきではなかったなあ。後悔することしきり。悔やんでも悔やみきれない。
 サンホセに出て、BALMORAL HOTEL や バス会社をたずねてみたが、全くの徒労であった。この国には落し物や忘れ物を届けたり保管する習慣はないのか? いや 5月にケーブルや充電器を忘れた時はちゃんと届いたんだから、今回は運が悪かった、か?

市内のカメラやさんを見て回ったが、ニコンは見当たらず。唯一見つかったのは中古や。古いタイプのものだったが、お店の名前をメモして、あとで加瀬さんに相談して見ることに。
 夕食に蝶博士の藤田さんを招く。今日2回目のモンテベルデ行きから帰ってきたばかりとのこと。蝶を求めて、川原で簡易テントをはり2泊もしたことや、バスの窓から蝶の集団を見つけて、途中なのに降ろしてもらい、運よく蝶ちょは捕まえたけれど、25キロも歩くはめになったことなどを楽しそうに話してくれてすがすがしかった。このような若者もいるのかと思うと未来に希望が持てる。

7月30日(日) 晴れ
 今日はどこにも出かけないで1日を家で過ごす。
 天気は快晴だったが、私の心は曇り空。
猫ちゃんと戯れるのがやっとだった。

       

 7月31日(月) 晴れ のち曇り    

 午前中、加瀬さんとニコンのデジカメを買いに行くことになっていたが、急用ができたとのことで事務所でまつことに・。10:00のバスで行く。お昼は天野さん,加瀬さんと一緒に中華料理店へ。支払いはなんと加瀬さんが。私が支払わなければいけなかったのに・・・・

デジカメはショピングモールなど高級店のそろう場所などへ行ってみたが、どこにも置いてなかった。私が見つけた中古のものは、泥棒市と呼ばれるものでお勧めでないとの事。結局、日本で加瀬さんの友達に頼んで買ってもらい、3日後に北海道からコスタリカに来る人に送って、その人にコスタリカまで持ってきてもらうことに。みなさんに迷惑をかけて申し訳ないです。加瀬さんには毎度のことながらお世話になります。お世話のかけ方が毎回グレードがあがってくるようで ほんとうに ごめんなさい。
 夫とも相談して、ちょっとはスペイン語が話せないとどうしょうもないという結論に達し、明日からスペイン語を習うことに。先生は加瀬さんの奥さんの妹のアンドレアさん。

8月1日(火) 晴れ   今日は雨も降らず珍しく蒸し暑い一日だった
 日本ではアムウエイの鍋や食材を利用している。鍋はご飯も豆も炊けて重宝なのでコスタリカの別荘でも使えたらいいなあと思っている。日本からもって行くのは重くて大変なので、コスタリカで買うことに。前回に行った時たまたま事務所にいた竹本さんという青年が「僕がホームステイをしている家の奥さんがアムウエイをやっているので」と言って電話をしてくださってお知り合いになったシルビアさんが、
今日アムウエイの事務所に連れて行ってくださるとの事で、午後3時半に待ち合わせ。英語での簡単なやり取り。シルビアさんの車でサンホセから40分ほど走ったところにあるアムウエイ展示販売所に。洗剤、化粧品、健康食品などが置いてあったが、肝心の鍋は品数も少なく2個セット売りなのだが、どれとどれの組み合わせか、店の人もよく把握していない様子だったので、買わないことにした。食器洗いの洗剤, 洗濯洗剤, 金たわし、デイクリームとナイトクリーム、を買い69ドルの支払い。コスタリカの物価水準からすると高級品で,ある程度の収入がない人は買えないだろう。「Amway goods is expensive,isn’t it?」と聞いてみると、「でも少ししか使わないから
(かなり濃縮されているので)結果的には高くない」と言っていました。
 
夜7時にアンドレアさんが来てくれてみっちり2時間スペイン語の基礎講座を受ける。アンドレアさんはコスタリカ大学のスペイン語学科で学び、今まで日本人に教えた経験もあるので、プリントも用意してくれていて無駄のない授業展開であった。できの悪い生徒で申し訳ないが、私たちにとっては充実した2時間であった。彼女は若くて美人で発音もきれいなので、特に夫は気合が入っていた。

月2日(水) 晴れ
 今日は中南米では有名なカルタゴ大聖堂の宗教行事の日。朝早く起きてきて出かけた。
カルタゴはサンホセから22キロ。歩いて大聖堂まで行くと病気が治ったり目が見えるようになったりとかの奇跡が起こると信じられている。地方からも、中南米各地からも歩いてお参りに来るらしい。私たちは22キロも歩けないし信仰心もないので、バスで行くことに。
 バス停は文化広場から数ブロック下がったところと「地球の歩き方」に書いてあったが、文化広場のすぐ近くに変更になっていた。もとのバス停は中心街から外れたところあり、強盗が出たりして治安が悪化したので、より安全な文化広場脇に変えたとあとで教えられた。
文化広場の先では「カルタゴーサンホセ」と表示されたバスが次々に到着し、大勢に人が降りてきて足を引きずりながら歩いて行く。夜通し歩いて朝早く帰ってきたのか?
 カルタゴ行きのバスはガラガラなので拍子抜け。しかもほとんどが通勤客のようす。一日間違えたかと思ったが、カルタゴに着いてみると人人人。バスの中からも歩いている人を大勢見た。
 カルタゴは1823年まで300年もコスタリカの首都であったという歴史のある街。海抜1500mのところにありサンホセよりも涼しくて快適。道もよく整備されている。地震のために古い建物はほとんど崩壊してしまい、大聖堂も1923年に再建されたという。
国宝に指定されている美しい建物です。
 昔、ある女性が黒いマリアの像を見つけ、拾ってもって帰ったが、いつの間にかもとあったところに落ちていた。また拾って帰ってもまたいつのまにか元のところに落ちていた。そんなことが何回もありその度に奇跡が起こったので、その場所に聖堂を建てて祭ったのがこの大聖堂のばじまりとのこと。熱心なカトリック信者達が静かに祈ったり、賛美歌を歌ったり、ひざ歩きで聖堂の中を進んだりと宗教的な雰囲気に無宗教の私までが敬虔な気持ちになって涙ぐんでしまった。
 大勢の牧師さんが黒いマリアを担いで聖堂を出て行くときは、とくにロープを張るでもなく
信者がひざ歩きをしていても止めるでもなく、この国の大らかさを感じて気持ちよかった。日本ならご神体が出て行こうものなら人を遠避けるようにしてしまうだろうに。
 サンホセからのバス代がONE WAY 300コロンなのに、公衆トイレに入ろうとしたらトイレットペーパーは自前なのに200コロンも要求されたのは納得がいかなかった。ので、100コロン置いてきた。外国人には吹っかけるみたいだ。コスタリカ人からは取ってなかったもの。しかもトイレの前に張り付いて勝手に稼いでいる様子。

 カルタゴ発10時のバスでサンホセへ。
外国人がよく利用しているマノロスというレストランの2階に初めて入ってみた。
 時間が早かったので空いていて窓際の席をとることができた。                 下の道路では、キューと鳴きながら舌をだす蛙のおもちゃを売っていて、食事が済んでから  買おうと思っていたが、しばらくすると急にいなくなって
しまった。もぐりの商売だったか?              夫はスパゲッティ 私は小エビのチャーハンを注文。
美味しかったがとくに高級感はなかった。
 支払いは6778コロン。(1580円)

 夜、お隣のワタルとタクミが遊びに来て、折り紙で飛行機を作って飛ばしたり、切り絵、お絵かきを楽しんだ。
ワタルは7歳、今年の春から日本人学校に入学して、日本語を特訓中。きりえが得意。作ったあと
「できました!」と言うのが可愛らしい。 タクミは5歳。お兄ちゃんと一緒に学校に行きたい様子。

8月3日(水) 晴れのち 一時雷雨 
午前中スペイン語の学習。まず数字を覚えること。
10時頃となりのマルセーラさんがグアナバナを持ってきてジュースを作ってくださる。庭の木に永いことぶら下がっていた果物だ。
   
作り方は、果肉と水をミキサーにかけ、濾して,汁をとり、好みの砂糖を加えて出来上がり。搾りかすはジャムに。
さっぱりして独特の風味がありとても美味しい、コスタリカならではのジュースです。

11:30のバスでサンホセへ。インターネットをさせてもらいにゴジツアーデスクに行ったが無人。天野さんは風邪がながびいているようす。今日はお休みらしい。となりのレストラン「寿司」(RESTAURANTE COMIDA JAPONESA)へはじめて行ってみる。寿司の盛り合わせ18かん、味噌汁、お茶で6500コロン、味はまあまあでした。メニューにはうどんや親子丼などもありました。
 インターネットカフェーに入って、インターネットを繋いでみたが失敗。店の人も繋ぎ方がわからないとのことで、お金を返してくれました。今日は空振りの一日。でも中央通りで竹本さんにパッタリ会ったことがせめてもの慰めです。
 スーパーアカプリコで買いもの。豚肉500g1325コロン(300円)、水、トイレットペーパー1105コロン(260円)、、リキュール酒
1325コロン、ボールペン250コロン(58円)、のり340コロン(80円)、ピクルスなどで9045コロン。20ドル出して955コロンのおつり
 昼間出会った竹本さんと加瀬さんが夕食を食べに来てくれる。竹本さんは神戸の大学生ですが、1年間休学して、コスタリカに勉強に来ているそうです。1ヶ月ほどメキシコにボランティアに行ってきたそうで、今度はペルーのクスコへボランティアに行くと言っていました。5月に会った時はキューバに行くと言っていました。意欲がありスペイン語も堪能でとても優秀な学生です。「こんなによい能力を授けてくれた両親に感謝したほうがいいよ」と言っておきました。

8月4日(金) 曇り

   早朝パンと牛乳(LECHE)を買いに行く。

午前中加瀬さんが事務所まで一緒に車に乗せていってくださる。
パソコンの中のデータの整理やCドライブからDドライブへの移動など長いい時間をかけてやってくださる。パソコンのことをよく知らずにやっている自分が恥ずかしいです。
 中央市場で、豚挽肉 500g、牛挽肉500gを買ってかえりハンバーグを作る。美味しくできたのでお隣におすそ分け。
市場の肉屋で、加瀬さんに教わった通りに
    Carne Melida de cerdo, Medio kiro, por favor
で通用した。スペイン語は発音は難しくないので英語よりは通じやすいです。
   牛肉  carne   牛挽肉 carne Morida
                       豚肉  cerdo   豚挽肉 carne Molida de Cerdo

 
月5日(土) 曇り時々雨
最近、RANCHO NATURALISTAhttp://www.ranchonaturalista.net/ というホテルの問い合わせがままあるので、どういうところか
いってみようと、加瀬さんからのお誘いがあり、加瀬さん、天野さん、夫、私の4人で出かけた。サンホセーカルタゴートゥリアルバ経由で
車で2時間半。道中ずっと加瀬さんの漫談と天野さんとの掛け合いが面白く、笑いの連続。この人はなにをやっても成功するに違いない。といってもサラリーマンはリタイヤしたのだが・・・ロッジの表示が見えたところからは舗装のない山道で、車は傾きながら底をこすりながら登っていく。ほんとうにこの先に家なんかあるんかいな^と心配するうちに急に視界が開けて立派なロッジが目に入ってきた。

山の上の一軒やだが、いくつかの棟に分かれて部屋がある。田舎風な造り。
食堂は庭に開放されていて,餌台や周辺の木々にやってくる鳥をたくさん観察することができる。朝は5時半からガイドさんが起きていてスコープで鳥を見せてくれたり、説明してくれる。宿泊費は3食付シーズンオフでも120ドルと高いが、料理はとてもデリーシャス。コスタリカではあまり食べられないものばかり。
ガイド料なども宿泊費に含まれている。
双眼鏡なども無料で借りられる。
バスでトゥリアルバまで行き、そこからタクシーで行くと安く行けるのではないかな?
 贅沢ではあるが2泊はしたい。
オーナーはアメリカ人で、奥さんは話好きでお客さんと一緒に食事をしていた。地元ではとんでもなく高いホテルとして名が知られているらしい。


ここのホテルのパンフレット
ワタボウシハチドリが見られるところとして知られている。バーダーには魅力的なところ
海抜900mとのことだが、暑くもなく寒くもなく、湿気もなく大変快適な気候であった。食堂は庭に面してb開放されている。
デザート、ジュースも手づくり。 果物も毎食出てくる 野菜たっぷりノメニュー。
庭にはバナナを取り付けた枯れ木や餌台があり、オロペンドラや啄木鳥、タナガーなど、色々な鳥が次々とやって来てコーヒー見飽きることがありません。近くの花にはハチドリがブンブン羽音を立てて飛んでいます。環境はやや人工的ではあるけれども色々な鳥に苦労しないで会えるのはうれしい限り。気候は暑からず寒からず、ベランダのベンチに腰掛けてコーヒーを飲みながら読書にふけるのもよい。 すばらしいロッジだと思いました。
           庭の餌台 Montezuma Oropendola くちばしの白い種類のオロペンドラ
Blue-glay Tanagar Great−Kiskadee

Red−breasted Blackbird Blue−crowned Motmot black−cheeked Woodpecker

Scarlet−rumped Tanager White−ringed Flycatcher
Golden−olive Woodpecker Black Hawk

午後7時よりガイドと森の散策。アルマジロ、が目的だったがあいにく会えなかった。会えないのはめったにないとのこと。タランチェ、子持ち蜘蛛
擬態蛙などという葉っぱに似た不思議な蛙をはじめて見た。がさがさと飛んでいるからコウモリだと思ったらチョウチョだった。夜だから,蛾?
約1時間の散策でしたが、道がよく整備されていて虫に刺されることもなく楽しかったです。

タランチェ      何?これ!気持ち○○い。  うーん、鳥にはどうみえるんだろうねえ
天野さんのお腹に止まった。 きゃあ〜 モルフォとそっくりな模様ですねえ モルフォよりも大きかったが・・・・

8月6日(日) 曇り
 5:30 鳥の鳴き声とともに起床。天気は悪い。
すでにガイドさんやハチドリに蜜を与える人は起きていて、バルコニーにはコーヒーのサービスもすでに用意されていた。朝はじめに餌台にやって来たのはオロペンドラ。小さな鳥は遠巻きに様子をうかがっている。ツカーンが2種類遠くの木立にいて、ガイドさんがスコープで見せてくれた。よく見つけるよ、ほんとに!
 7:00朝食。バナナの入ってパンケーキ、ガジョピント、フルーツ盛り合わせ、手づくりイチゴジャム、コーヒー。
 8:00 夕べ行った森でガイドさんの案内でバードウオッチング。ロッジを出たところでハチドリが卵を抱いているのをそっとのぞかせてくれた。
森の中では、あんまり鳥は見られなかったが、鳥のさえずりが美しく響き渡り快よかった。
開けた台地に出たらそこはお花畑。今まで見たことのない花やなじみのじみの草花がいっぱい咲いていた。ガイドさんは必死に鳥を探していたが私はすっかり鳥や蝶のとりこに。展望がよく、よく晴れた日にはカリブ海が見えるという。
 12:00 昼食。挽肉料理、豚肉骨付きのカリブ、じゃが芋と卵のサラダ、野菜サラダ(手づくりドレッシングがおいしかった)、那須のオリーブオイル炒め。フルーツはスイカ、イチゴ、バナナ、パパイヤ、パイナップル、ぶどう、イチゴ。コーヒー(または紅茶) ケーキ2種類、オレンジジュース。
みんな美味しいのでついつい食べ過ぎてしまった。ゲプッ!
 1:00 お花畑にマクロレンズを持って撮影に出かける。何枚か撮るうちに雨が降ってきたので急いで帰る。ロッジに着いくとまもなくバケツをひっくり返したような大雨になったがすぐに止む。

ここまではRAIN FORESTのトレイルで出会った植物。これから下の写真は開けた台地で撮影したもの。

ここからは景色がよく晴れた日はカリブ海までで見えるという ガイドさんは落ち着いるがまだ23歳。ガイドになってまだ半年だがここで2年半修行したとのこと。
子供の頃から鳥がだいすきだったと笑顔で言った。
ガガイモ科の唐綿。昆虫と深いかかわりがあり世界の熱帯を中心に2000種が知られていると言う。    蛇イチゴ 上は花
    

2時過ぎ、女主人にお礼を言って下山。私が、孫の話しをすると、「私には子供が5人、孫は13人います」とおっしゃっていた。うわ〜すごいですねえ。2時間、車に揺られてカルタゴのボタニカルガーデンに。ここはコスタリカ大学の研究所で蘭の栽培で有名な植物園。蘭の季節ではなかったので(2月〜4月がベストシーズン)花の数はすくなかったが十分に楽しめた。JAPANESE GARDENもあったが、単なる竹林。売店で「TROPICAL PLANTS IN COSTA RICA」という植物の本を20,300コロンで購入。本はどこで買っても同じかと思ったがあとでサンホセの本屋さんで18000コロンで売っているのを見つけてしまった。




帰りにブーゲンビリアの苗を加瀬さんが9本買いました。庭に植えてハチドリを呼ぼうという計画です。

 サンホセは雨で6時過ぎに加瀬さんとともに帰宅。加瀬さんお疲れ様でした。そして素敵なロッジをにガイド料なしで連れて行ってくださりありがとうございました。夕食は軽くスーメンのみ。9時に就寝。少々疲れました。

8月7日(月) 曇り
              
ブーゲンビリアの苗を庭にうえました。芝生の下は意外と土が軟らかく、苦労しないで穴を掘ることができました。
 PALLというスーパーマーケットへ行く。白菜,ニンジン、ねぎ、ハヤトウリ、挽肉、ハム、チーズ などを買う。出たところの路上でアボガドを買う。2こ500コロン。アボガドは今が旬なようで、どこででも売っている。緑色のがおいしそうに見えるけれど、黒っぽいのがおいしいとのこと。緑色のが古くなったら黒くなるのかと思ったら、もともと種類が違ううらしい。
かえりにアカプリコで水、オレンジなどを買う。アカプリコはドルが使えるので有難い。


8月8日(火) 晴れのち曇りのち雨

 加瀬さんの出勤の車に便乗してサンホセゴジツアーデスクヘ。しばらくして天野さんも来たがまだ具合が悪そう。今サンホセで流行っている風邪は、たちが悪そう。私たちは運よく風邪も引かずに元気です。2時までインターネットをさせてもらう。ああ早くWIRLESSが別荘で使えるようになってほしいなあ〜。
 夫はスペイン語の勉強をしたいからと部屋に残ったので一人でバスに乗って帰る。バスの乗車には大分慣れてきた。混んでいると必ず誰かが席を譲ってくれるので、なるべく空いているバスに乗るようにしている。この国の若者は年寄りや赤ちゃん連れの人に、当然のように席を譲ってくれます。バスには時々物売りが乗ってきて、なにか演説をしたあと携帯のストライプやシール、絵葉書といった小物を売っていきます。宗教団体や麻薬撲滅のための寄付であったりするようですが、麻薬撲滅と言ってなにかを買ってもらって、そのお金で麻薬を買う、という話も聞きます。つまり9割がウソとのことです。
 夜はアンドレアさんとスペイン語の勉強。

8月9日(水) 曇りのち晴れのち雨のち晴れ
 コスタリカに来た初日に、文化広場で、日本語で声をかけてくれたエステバンさんが、私たちの別荘に来てくれるというのでで、サンホセまで迎えに行く。カレーが喜ぶかと思って作っておいたが、「僕は菜食主義者でカレーは食べません」と言うので急遽、献立を変更。白菜、カリフラワー、魚を買って、別荘に案内する。エステバンさんは文学青年で、川端康成が好きとのこと。「雪国」は何回も読んだそうです。夏目漱石も好きで1番良かったのは「こころ」だそうです。英語で読んだとのこと。日本語で読もうと挑戦してみたが「無理でした」と言っていました。、スペイン語、ポルトガル語、英語、フランス語 そして日本語ができるそうです。まだ23歳とのこと。年齢よりも落ち着いて見えました。いずれは日本に行ってスペイン語を教えたいと言う希望があるようです。お金を稼いで見晴らしのいい高台に家を持ちたいとも。東大の先生にもなりたいとも言っていました。若い人は夢があっていいなあ。可能性も高いし・・・私なんかは、鳥を見てボーとしていたいだけの夢。これって夢??
 ソーメンがいいかと思って出してあげると、食べるのに四苦八苦していました。「ソーメンはつるつると音を出して食べるのよ」と説明したり、食べて見せたりしたが、どうしても”つるつる”というのに抵抗があったようです。外国人はうどん系は苦手なようですね。 カレーは明日からのツアーに同行するために泊まりに来てくれた山本さんの胃袋に納まりました。
今夜もスペイン語の勉強。終わって外に出てみたら満月であった。夜風が寒く、アンドレアさんは思わず「FURIO!!」

8月10日(木)  晴れ
 いよいよ待ちに待ったコルコバードツアーの出発です。わたしがデジカメを失くしたばっかりに日延べになってしまったのでした。
朝4時起床。4時半にタクシーが迎えに来てコカコーラバスターミナルへ。うわさに聞いたコカコーラは、早朝のせいか思ったほど危険ではなかった。ガイドの山本さんが一緒なので安心。バスは定刻5:00に出発。バスの中ではスリに注意ということで緊張したが、特に心配するほどのことはなかった。通路を挟んで隣のおじさんがチラチラとこちらを見るので警戒したが、あとで、とても話好きな親切なおじさんということが判った。
 車窓からの眺めはみどり、みどり。深い緑が見渡す限りどこまでも続いている。はじめにスペイン人がここコスタリカを発見したときは、あまりにも深い谷と森のため入植をあきらめたというのも納得できる。
 バスは途中3100mの峠で停車。朝食タイムとなった。さすがに寒い。20分後出発。道を下るに連れ景色は山岳から畑地のと変わり街や村も見えてきた。バスはサンイシドロ(コスタリカの最高峰チリポ山3820mへの入り口)を経由して、私たちはパルマノルテで下車。(バスはこのあとパナマまなで行く。)迎えのタクシーに乗って船着場へ。約25キロ、30分。道の両端はずーっとバナナとヤシの畑。南国の景色と暑さであった。
船着場で40分待って、スペイン人の家族4人と私たち3人を乗せた小さな船で川を下って海へ。途中で2回もガソリン切れで船が止まり、その度にガソリンをこぼしながら補給していたのには肝を冷やした。日本の蛇腹のホースがあればこぼれなくていいのに・・・
 マングローブの森が続いているが、とくに鳥などの姿はなし。
川から海にでると、急に波が荒くなり、船の底を波がこすって、まるでジェットコースターにのっているよう。わたしはジェットコースターが苦手なのだ。いつになったら着くのか、早く着いてほしいと願いながら船のヘリにしがみついて、海を見ているしかなかった。たまにイルカが船の傍まで来ると言っていたが、今日は来る気配なし。1時間ほどで海岸に到着。はしけがないので、ジャブジャブと歩いて砂浜に。ホテルの人が待っていて荷物ををトラックラーで運んでくれるので、私たちは急な坂道を歩いてホテルへ。もう2時を回り、先ずはレストランで腹ごしらえ。昼食はツアー代金に含まれているのですぐに運んできてくれた。スパゲテイが薄味でおいしかった。ここは高台でカニョ島が正面に見え海の景色がすばらしい。部屋は6号室。海に面したところでベランダからの眺めがすばらしい。赤と黒の模様のタナガーが「チィッ!チィッ!」と鳴きながら木々の間を頻繁に飛び交っていた。しかしお目当てのコンゴウインコの姿は全くなし。気配さえもない。ほんとうは右の写真のようなコンゴーインコが見られるはずなのに・・・
今日から合流した高木さんと山本さんと4人で乾杯をして一日目は終了。夜雷雨があった。

8月11日(金) 天気悪し
 鳥のさえずりとともに目覚め、鳥の撮影を試みるも、暗くて光が足りない。
7時半に海岸集合で国立公園ツアーへ。。海岸線を歩いて行くのかと思ったら、またあの恐怖のボートに乗る。
あいにくと天気は悪く、ボートが揺れるたびに波をかぶる。40分後に国立公園入り口の海岸に到着。ここから約2時間
ガイドの案内で熱帯雨林の中を歩く。天気も悪く、動物にもほとんど会わなかった。ガイドさんは「天気が悪いから動物がいないのではなく、動物の移動にめぐりあわないだけ」と言っていたが・・・コンゴーインコにも会わなかった。
 小屋に戻って休憩中に土砂降りの雨に。近くの林の中からはさかんにさるの吼える声が聞こえてきた。午後からは滝を見に行ったが大したことはなかった。葉切りありやバジリスクをたくさん見た。
 帰りのボートは屋根ときで12人乗りと大きく、波が来ても揺れることもなく、快適であった。天気もよくなり海のいろがコバルトブルーで美しかった。
 部屋に戻ってゆっくりしていたら突然「グエーグエー」と大きな鳴き声。インコだ〜
飛び出して行ったら、食堂の前の大木の先の枯れ枝にコンゴーインコが2羽。急いでシャッターを押したがなにせ遠いなあ〜。とてもデジスコをセットしているひまはなかった。
 夕食中に嵐のようなものすごい雷雨が来て、ベランダに干したTシャツやタオル、靴までもがずぶぬれに。
ベッドまでもが湿っている始末。夜中になっても風は止まず、網戸だけのへやに風が入ってきて寒いのなんの。ガムテープでカーテンを抑えて風除けにし、重ね着をしてやっと暖をとった。赤道近くまで来てこんなにさむいとは・・・

8月12日(土) うす曇
 朝食後、ベランダの前の森にノドジロオマキザルがいるのを発見。次々と何匹もが木々の間を移動していくのが見られた。鳥やハチドリも相変わらず次々とやってくるが、動きが速すぎて撮影は無理。
 9時からカヌーツアーに出発。一人25ドル。とても静かな1次林で、羊歯、苔などの繊細な植物がやさしい緑で、原色の植物の多いコスタリカでは別世界に踏み込んだような不思議な感じがした。海岸をいっぱい歩いて、ペリカンの飛ぶのを眺めたりカメラに収めたり。ここは全くのプライベートビーチ一。。海を眺めたり泳いだり、1日いてもあきないところ。通り過ぎるのはもったいないが暑いしお腹も減ったので、とりあえずホテルへ帰る。昼食の前にビールで乾杯。山本さんがコスタリカ流のビールの飲み方ービールの中に氷を入れ、コップのふちに塩を置いて飲むーを教えてくれた。
 部屋に戻り、ベランダの椅子に座って、ここにインコが現れたらどんなに楽しいだろう・・・などと妄想にふけっていたらほんとうに現れた。それも2羽づつで目の前を横切っていく。カメラのピントをあわせる前に飛んでいってしまう。海を背景に2羽飛んでいるところを撮ってやろうと待ち構えていると、山本さんがやって来て「食堂の先の樹の何羽もいるよ」と教えに来てくれた。急いで行ってみると、たった今トラックターが来たとのことで飛び去ったあとだった。残念でした。昨日の国立公園ツアーで一緒だったオランダ人夫婦はばっちり、カメラにもビデオにも美しい姿を収めていた。
後でわかったことだが、ここがポイントだったらしい。
 今日は夕立もなく夕焼けがきれいだった
夕食後、山本さんはフランス人のこども相手にトランプマジックに興じていた。木さんは「MR.みやぎ」と呼ばれてオランダ人夫婦2組と会話が弾んでいる。私たちもその輪の中に入れてもらう。
高木さんがオランダで人気のある「空手」の映画の中の空手の先生であるMR.MIYAGIに似ているとの事で話が盛り上がっていた。この映画はコスタリカでも人気があるとのこと。
 オランダでは5週間の夏休みがあり、3週間の予定でコスタリカを回っているとのこと。そういえば去年あったオランダ人夫婦は28日もコスタリカを旅行していると言っていた。日本では2週間の休暇がやっとだと言うと「なぜそんなに少ないんだ?」と驚いていた。「なぜそんなに多く取れるんだ?」とこちらが聞きたいくらい。欧米人は、旅行は国内で10日間、国外では3週間というのが普通のようだ。またオランダ人は「日本人はオランダに来ても一日で次の国にいってしまうのが信じられない」と言っていた。夫が平和うちわをあげると喜んでくれプッッシュは嫌いということでまた話が盛り上がった。
8月13日(日) 晴れ 
朝から快晴。やっと天気がよくなったのにもう今日は帰らなくてはならない。ここはサンホセからとても遠いので3泊ではもったいない。あと1泊か2泊はしたい。コルコバードに来た人はもう一度来たくなっしまうのはうなずける。自然が豊かで魅力的なところ。カニョ島でダイビングをしたらもっと楽しいでしょうね。
 7時半にボート乗り場へということで早めに荷物を出し食堂へ。コルコバードに来てすっかり鳥好きになった高木さんが双眼鏡をのぞいて緑色の鳥がいるという。見てみるとオウムのよう。順光でカメラに収めるために反対側に回ってみると、何羽ものオオムがガヤガヤと騒いでいた。インコやオオムは鳴き声が騒がしく声が悪い。遠いが天気がよいのでカメラに収めることができた。
 帰りのボートも屋根つきで大きくほとんど揺れず快適であった。1時間で船着場に着き、1時間くらい待ってやっとタクシーが来た。パルマノルテから10時半のバスに乗る予約をしていたのに、席が一つしかないと言う。その理由が急病人がでたのでバスに優先してのせなければならなかったそうだ。「ウソー」と言いたかったがスペイン語がわからないので従うしかない。次は12時15分とのこと。あまりにも暑くTシャツが汗臭くなったのでひまにまかせて薄手のTシャツを買う。
バスを待つ間おばさんからライチを買う。500コロン。今が旬のようでどこでも売っているが美味しいのに出会うことはなかったが、はじめて甘くてツルンとした美味しいライチにめぐり合った。
 定刻どおりにバスが来て乗車。指定席なのに指定席には座れないのがこの国の常識。空いているところに座るのです。
 6時過ぎにコカコーラバスターミナルに無事到着。
タクシーで帰宅。3000コロン。
3泊4日の楽しかったコルコバードツアーはおしまいです。今回の旅のもう一つの収穫は山本さんと知り合えたこと。こんな素敵な青年がこの国でがんばっていることに感銘をうけました。
8月14日(月)
今日はどこへも出かけずに写真の整理。

8月15日(火)  晴れのち雷雨のち晴れ
 今日はコスタリカの母の日。1年のうちでも大きな国民的行事らしい。祝日との事だったが学校は休みではなかった。母親を呼んでなにかのイベントでもあるのか?
 10時のバスでサンホセへ。街ではいつになく花屋さんが賑わっていた。カーネーションよりもバラがを買う人が多かった。今はバラの季節。庭先で咲いているのをよく見かける。
 ゴジデスクで久しぶりにメールのチェック。二男から「至急連絡ください」のタイトルのメールが届いていた。なにがあったにかとドキッとして急いで開けてみると「かねてからお付き合いをしていた
OOさんと12/23に結婚することになりました。つきましては8/30あってほしい」との内容だったので大安心。二男は34歳。加瀬さんはもっと若いのにすでに小学生のお子さんを持つパパ。結婚を心配する私に「長い目で見てください」と言っていたがついにゴールインするのかと、嬉しかった。
 ゴジデスクにはコルコバードでお世話になった山本さんも来ていて、お昼は天野さんと4人でゴジレストランへ。夫は親子丼、山本さんはカツ丼、天野さんはうどん、そしてわたしはコロッケと味噌汁。味は前に食べた寿司よりもgood!隣の席には上品な感じの日本人と、この人と親しい関係に見えるアメリカ人の女性がいた。天野さんとお知り合いのようで挨拶を交わしていた。この方はコスタリカ交響楽団の専属指揮者で、日ごろはニューヨークに住んでいるがコンサートがあるときはコスタリカにやって来て必ずこのレストランに立ち寄られるとの事。上品なアメリカ女性は奥様とのことでした。
 食後はまた事務所に戻ってインターネット。伊藤さんのHPJoy to The Natureコスタリカ紀行@〜Fを読み返してうっとり。次回はパウロという方にガイドをお願いしてみたくなった。鳥の観察はガイド次第なので。
 今回の旅の最後にオブダベトリロッジに行きたかったがあいにく空室がない。それならば第2希望のサベグレに、と予約の電話をお願いするも母の日で電話が繋がらないとか。今回は出かけるのを断念。
 加瀬さんは風邪をひいてダウン。最後は一緒に2泊3日の旅行を計画していたのに残念!!彼との旅行はとても楽しく学ぶことがたくさんあります。
帰りに中央市場でエビを買って白菜と煮る。白菜は甘くて美味しい。

8月16日(水)
 10時のバスでサンホセへ。シーズンの終わりなのかどの洋服店もデスカウントセール中。オール1,000コロン(250円)の張り紙がしてあるお店でTシャツ2枚を買おうとしてレジに持っていくと「これは1500コロン」という。すべて1,000コロンと書いてあるではないか、と抗議してみたが、スペイン語でなにやら言っている。こちらはスペイン語は全然わからないので、たった(?)100円ちょっとの差なのでまあいいか、と2500コロンをカードで支払うと急にレジの女性はニコニコして愛想がよくなった。なんだかよくわからなかったが、スペイン語ができないと不便で不利なのは事実。
 郵便局の中の喫茶店でティタイム。私たちのお気に入りの喫茶店。サンホセの喫茶店の穴場だと思う。外人の観光客もよく利用している.
とてもおいしいコーヒーとケーキで二人合わせて3150コロン(ひとり400円位)。店員の対応もいいし何より静かなのがよい。「Donde esta el servicio?」と店員に聞くと、bano(バーニョ)?と聞き返してきた。バーニョという響きは「便所はどこ?」という感じで下品かと思ったがそうでもないらしい。そして鍵を貸してくれた。トイレは広くてとてもきれいだった。「地球の歩き方」を見て知った郵便局の二階にある切手博物館に行ってみた。客はは私たちの他に誰もいなかった。コスタリカの郵便の歴史や今まで発行した切手、世界中の切手が展示されていて面白かった。写真は撮影禁止。ケツアールやその他コスタリカならではの珍しい切手があったので、売ってないかと聞いてみたが、今新しく発行したものでないと売っていないとのこと。日本の郵便局のように過去の切手もシートで売ればいいのに。(写真右は郵便局正面)
 そろそろ帰国時期が近づいたので民芸市場に行ってみる。友達や娘(本当は嫁なのだが娘がいないのでそう呼ばせてもらっている)のおみやげにグアテマラの布を4枚、派手な色のを買う。チョットまけてもらって
15500コロン(1枚1000円弱)。日本人にとってはとても安いがグアテマラの人にとってはとんでもなく高価なものだろう。だいたいが、外国人相手のみやげものはどれも高い。

                     歩いて中央公園へ。国会議事堂前の木にオームがたくさんいた。夕方で天気も悪かったので写真は良く撮れなかったが朝ならいい写真が撮れるだろう。
遅くなったので夕食は食べて帰ることに。「地球の歩き方」を見てfulfulという中華料理店を探して行ってみたが中華料理とは程遠い雰囲気のお店。結局民芸市場の近くの皇朝といういつもの中華料理店へ。飲茶など4品とおかゆで4000コロン。サービス料、TAXを加えて4800コロン(1200円ー二人で) とくにここのおかゆは最高。
 皇朝から数軒となりのMasというアメリカ系のスーパーマーケットでお土産用のコーヒーを15袋買う。
よる、わたる君がすこし遊んでいった。

 8月17日(木) 曇りのち晴れのち雷雨

朝パンを買いに行ったとき、もう少し上まで上がってみようと歩いていった。かなり急な蛇行した坂道でバスや車が頻繁に行き来している。危険な所と言われていたが朝なので特に問題はなかった。15分ほど上がったところにレストランがあった。高台にありここからの景色がすばらしかった。夜景はさぞやきれいことだろう。夕方明るいうちに行ってみることにする。

 庭にマンゴーが落ちてきた。隣のうちのマンゴーの実が塀を乗り越えてだんだん下がってきて私の方の庭に落ちてくるのだ。虫が食っているも
が多いが今日のは完熟で美味しかった。

                      
午後3時15分、滝のような激しい雨が急に降り出して1時間半も降り続いた。4時半頃小ぶりになったので、朝見つけたレストランにでかける。客は誰もいなかったが夜景は想像通りすばらしかった。とても親切なマスターで景色を見ながらポアス火山やサンホセの街などの方向を教えてくれた。料理も美味しかった。ところが残念なことに売りに出しているとの事。サンホセから遠く、住宅地なのでそんなに客が入らないのだろう。もっと早く見つけていたら毎晩でも来たかったなあ。土曜日にはカラオケもやっているとのこと。
 雨は時々激しくなって景色もぼやけるが、8時頃止んできたので歩いて帰宅。

8月18日(金) 晴れ
 9時のバスでサンホセへ。今日はエレディア山本さんのお宅を訪問する日。
文化広場地下の観光センターでエレディア行きのバス停を聞き、もらった地図通りに行ったが見つけることができない。道路に面したところにバス停があるものと思っていたら、なんと大きなバスターミナルがありエレディア行きのバスが何台もあった。ここから10分おきにエレディア行きのバスが出発する。
11時半発のバスに乗りエレディアに12時に到着。前に行ったことのある市場の中の食堂へ。SOPA(スープ)とOLLA(鍋ー煮物)とJUGOを注文。JUGOは「チャン?」と何度も聞く。チャンとはジュースの種類で赤い色の甘くないジュースでコップの底におたまじゃくしのようなぬめりのある粒々が入っていた。初めておめにかかったジュースであったが美味しかった。ここで働いていた少年に折鶴をあげたら
「パハロ」と叫んで驚いていた。
 山本さん宅にタクシーで行く。エレディアは前にも書いたが落ち着いて静かな所。山本さん宅も住宅街で道も整備されていてベランダからは山々が見渡せられて、浅間山の山麓にいるような、別荘のようなすてきなところであった。家の内装は床も天井も壁も食器戸棚もみんな義理のお父さんの手づくりとのこと。この時も電動ノコの音がして何かを作っていた。また、おとうさんが手づくりのスパゲテイをご馳走してくださった。奥さんは、この国ではまだ珍しい理学療法士とのこと。私たちの息子も理学療法を学びニューヨークでがんばっているので近親間があった。がこの日は仕事で不在で会えなかった。 山本さんはここ自宅の隣で子供たちのためにゲームセンターをやって成功している。ゲームセンターというと、私の世代では不良のたまり場というイメージだが・・・・。ゲームは日本のもので、のぞいてみるとサッカーゲームで日本対ブラジルをやっていて子供たちは楽しそうであった。山本さんは優しくて子供好き。勉強も見てあげたりするので山本さんを慕ってくる子供もいるらしい。初めは親もどんなところか心配したようだが、鉄格子で囲まれてセキュリテイもしっかりしているので、今は安心してだしているようだ。これは山本さん自身が信頼されてきたということ。加瀬さんもここにきたら時間を忘れてゲームに興じてしまうらしい。
 

 エレディアはBRITTというコーヒーメーカーの農場のあるところ。観光名所になっているので出かけた。良質なコーヒーを生産していてコスタリカ最高のブランドとして名が知れている。 普通の国内産コーヒーに比べ3倍ほど値が高い。だから外国からの観光客がお得意さん。農園もあり自然が豊かでいいところであった。レストランや土産物屋さんもある。
  

 

そろそろ今回の別荘暮らしも終焉を迎えようとしている。初めの頃は退屈な時もあり、1ヶ月何をして過ごそうかと思案したり、いや、なにもしないでぼんやりしているのが最高の贅沢と思ったりしたが、いや〜1ヶ月経つのが早かったあ〜。あと1ヶ月くらい居たいなあ。でも夫がどうしても帰るというのでやむなく予定どうり帰国することに。
 コスタリカの切手が欲しくて、自宅に夫あての手紙を出した。 封書は410コロン

おさむ 様
夢のように楽しかったコスタリカ滞在。やはりあなたと一緒にいくのが一番たのしいです。色々とサポートしていただいてありがとうございました。
 日本ではあまりにも忙しく心の余裕がなさすぎます。1年に2回コスタリカに滞在して気持ちをゆったりさせるのも許されていいことではないでしょうか。今まで十分に働いてきたのですから。
 冬もまた是非一緒にコスタリカに行きましょう。                           みきこ



8月19日 晴れ 午後雷雨
 今日はイラス火山に行く日。土日のみイラス火山行きのバスが文化広場裏から出ている。朝8:00発。イラス火山まで2時間、1450コロン。
バスは冷房付き、身障者用の座席もあり、座席のクッションもよく快適だった。乗客は外国人の他、一般の人も乗っていて途中の山道で下車していった。
 カルタゴから山道をぐんぐん上っていき窓外に畑や牧場が見えその先にはカルタゴの町が広がっている。畑は丘の斜面に広がり、ねぎ、じゃがいも、菜の花などが植えられていて、牛ものんびり寝そべっている。北海道のような感じだが、違うのは、こんなに標高が高くてもトロピカルな花がうえられていることや木々には着生の苔やプロメニアがびっしりついていること。蘭の季節は色とりどりの花が咲いていることだろう。天気もよくなって青空が広がり真っ白な入道雲が山の端に見える。
 バスは定刻の午前10時に到着。入り口で7ドルの入園料を支払う。
地球の歩き方」には「2時間の山道を歩く。急斜面なので道を踏み外さないように」なんて書いてあったので山靴できたけれども道はコンクリートで一本道、サンダル履きでもOKのところで拍子抜け。天気がよいので、標高が3100mもあるのに、寒くはなかったけれど、空気ご薄くてちょっと斜面を歩いただけで息切れがする。
 イラス火山の火口は、ポアス火山のように噴煙を上げるでもなくエメラルドグリーンで静かに水を湛えていた。1960年の噴火が最後だったとのこと。対岸は切り立った急斜面だが、こちら側は植物が生えていてお花畑を作っていた。

火口に向かう道の斜面には、尾瀬でよくみるひめしゃくなげがあったのにはちょっと驚いたしうれしかった。
 マクロレンズで花をたくさん撮った。
昼食は簡単なパンとケーキとカプチーノ。
12:30バスは出発してサンホセへ。カルタゴあたりから雨が降り出して、サンホセに着いたころには雨足が強くなってきた。本屋に立ち寄って天野さんおすすめのコスタリカ大地図を買う。
 CENTRO MERCARD で大正エビ1kg、豚肉500gを買う。またニューヨークの息子へのお土産にイチジクの砂糖漬けを買う。1こ130コロンで5個。雷雨があまりにも激しいので食堂で一休み。わたしはグアナバナジュース、夫はアイスティを注文。1時間ほどで小降りになってきたので、バスに乗って帰宅。
 夕食は加瀬さんがイカ飯をご馳走してくれるとのことで、サラダ、味噌汁,キュウリの酢の物を作って待つ。8時頃、加瀬さんが新しい青年を連れてくる。以前ジャイカでコスタリカに来たことがあり、今回はコスタリカに住みたくて、職を求めてやってきたとのこと。ダイビングのインストラクターになりたいが、難しそうなので加瀬さんのところでツアーガイドの修行をするかもしれないということであった。体格のいい青年であったがかなり疲れている様子で、食がすすまずキューリの酢の物が美味しいといってお代わりをしていた。明日からコルコバードに行くとのこと。

8月20日(日)
 いよいよ明日はコスタリカを離れなければならない日。マクラカバーやシーツなどの洗濯をたくさんして、台所をきれいにして、昼からマーケットに買い物に。カードで支払うつもりなのに、現金かドルでなければだめとのこと。前に来たときはカードでもOKだったのに・・・あいにくドルを持ってこなかったのでタクシーで自宅までとりに戻る。なんてこった!!
 今夜は1ヶ月のお礼に加瀬さん家族のために料理を作ることに。献立はパンプキンスープ、エビフライ、とんかつ、アボガドのロール巻き、サラダ。
今日は加瀬さんの奥さんのお母さん、妹さんとそのお嬢さん、、弟さんも来ていたので一緒に食事。でもエビ1キロはやはり多すぎました。マルセーラさんは風邪をひいて体調不良、妹さんも揚げ物は召し上がらないそうで、いくら大食漢の加瀬さんと弟さん(16歳)でも残ってしまいました。猫ちゃんにも煮てあげればよかったなあ。それに海苔なしで巻き寿司を作るのは難しくすぐに崩れてしまった。
 弟さんは折り紙が得意で器用にゾウなどをおっていたのには感心した。日本から持ってきた折り紙を差し上げると喜んでくれた。
いよいよコスタリカの夜も今夜でおしまい。
とても寒い夜であったが、2階の窓から見たサンホセの夜景は今夜はとくに輝いて美しかった。

8月21日(月)  晴れ
 7時起床。今日も朝は天気がいい。
色々と最後の片付けや掃除、残り物の始末をしているうちに、時間はどんどん過ぎていき、10時にタクシーが来てサンタマリア空港に。入口でいかにも空港の人と言う服装のひとにつかまり、「セキュリティ・・・」とか言って幅広のビニールテープで荷物をぐるぐる巻きにされて15ドルも取られる羽目に。ロンドンでのテロ未遂以来、空港でのチェックが厳しいと聞いていたのでつい引っかかってしまったようだ(夫が)。これからアメリカに行くのだからむしろ鍵を開けていかなければならないのに・・・・。空港使用料26ドルを払って手続きに行くと今度は重量オーバーで25ドル払えという。そんな〜。250g入りのコーヒーが40ことあとは下着、サンダルくらいなのにどうして?でもぐるぐる巻きにされているので荷物を出すこともできないので従わざるを得ない。日本なら「ちょっとオーバーなのでいれかえたら?」と親切にアドバイスしてくれるものを!
 まあそれでも機内持ち込み荷物もなにも調べられることなく無事にゲートまでたどり着くことができ、愛する息子の待つニューヨークに飛び立ったのでした。
 
            この日記の作者は私です