|
新聞の普及率を示す人口1,000人当たりの発行部数をみると、574部で2位だが、1位のノルウェー(583部)と僅差で、3位のフィンランド(452部)を大きく引き離している。… 独占禁止法の適用除外(再販売価格維持制度)という恩恵を受けた定価販売と宅配制度によって、膨大な販売部数を確保している。そういう背景があるにしろ、新聞大国であることは事実だろう。新聞社が経営破綻するケースはまれで、経営的にも安定している。 それでも、日本の新聞は、ジャーナリズムとしては病んでいる。 1999年6月、日本新聞協会会長に就任した渡辺恒雄氏(読売新聞社社長)は、「新聞の使命をどう考えるか」という新聞協会報記者の質問に「日本だけが高級大衆紙を実現しており、今や欧米に学ぶ点はない」と答えた。渡辺氏の自負は凄い。… 新聞業界の隠された問題の1つに、新聞購読勧誘の不正競争がある。…97年5月時点の全国新聞信頼度調査によると、購読勧誘について、「あまり来てほしくない」「迷惑だ」という拒否的意見は43.1%で、「当然」「やむを得ない」という肯定的意見の30.8%をかなり上回った。主婦に限ると、拒否率は51.0%と、かなり高い。この調査は『新聞研究』(97年9月号)で公表された。しかし、そうした問題をかかえる勧誘を廃止しない一方で、再販売価格維持制度の法的恩恵の継続を主張している一般紙には、こうしたニュースは載らなかった。 戦前から現在に至るまで、景品を使った販売競争が激烈で、時には無秩序状態になる。新聞拡張に暴力団員が加わり、暴力事件や殺人事件すら起きた。最近でこそ、そうした凶悪犯罪は少なくなったが、いわゆる拡材(新聞拡張のための景品材料)や拡張団(購読を勧誘する集団的な個別訪問員)の行き過ぎは、なお後を絶たない。新聞社は、こうした行き過ぎた拡張には直接関与していないという姿勢をとっている。 日本の新聞界に根強い発行部数至上思考は、「著作物再販制度」の特権を享受しつつ、根源的に景品(ギフト)すなわち拡材に依存する販売戦略につながりやすい。しかし、そうした販売戦略は、これまで新聞の信頼を損なってきただけではなく、企業としての投資効果すらその限界に追い詰めようとしている。…日本で罷り通っている「景品に依存する部数拡張政策」は、究極的には日刊一般紙に経営的利益をもたらさないだろう。… 半世紀以上前に、「中央紙」「部数の寡占化」「膨大な発行部数」という土俵上の競争を過熱させたのはデーリー・ヘラルドによる景品販売戦略だった。その販売戦略は今日の日本新聞界の有り様と類似性を持ち、またその近い将来像を予感させる。 デーリー・ヘラルド(英)は、1911年、印刷工争議の際の機関紙として発行された。労働組合側に立つ硬派な紙面作りだった。しかし、部数は25万部が限界で、経営は苦しかった。 1929年、出版界の実力者ジュリアス・ソルター・イライアスに経営権が移る。ここで一挙に100万部獲得という目標が立てられた。「100万部なら広告収入が激増し、経営は安定する」という見通しからだ。 ヘラルドは、新規発刊に先立つ9カ月間を準備期間とし、固定読者を獲得した労働組合には寄付金を、個々の組合員には報償金を、そして10週間の購読契約をした新規読者には、景品としてカメラや筆記セットを贈った。日刊新聞の前例なき販売促進策は一見成功し、新ヘラルド1930年3月17日の創刊号で目標を達成した。しかし、誤算は広告収入で、それは思うように伸びず、経営も採算ラインに達しなかった。景品に誘惑された読者は固定率が低く、購買力も弱く、広告主にとって魅力に乏しかったためだ。 同紙は広告獲得のため、同じ戦略をさらに拡大し、「200万部」という新目標を立てた。新聞購読者が本当の「読者」かどうかは問題外とされ、追随した他紙を含め、勧誘員は5万人を超えたと記録される。 ヘラルドは拡材をエスカレートさせ、ナイフ・フォークセット、紅茶沸かしから絹靴下、万年筆、そしてカメラに及び、代金の代わりに10週購読契約のサインが集められた。投資効果は無視され、1部1ペンス、10週60ペンスを払う新規購読者1人のために、販売経費1ポンド(240ペンス)をかけた。つまり、経費は新聞代の4倍に達し、イギリス国内には拡材が溢れ、各社の経営は圧迫された。 …ヘラルドは1933年中に目標の「200万部」と、「部数第1位」を手中にしたが、それは経費を吸い込むアリ地獄だった。 景品で釣った読者は、その維持が難しい。安定した読者を維持するのには、紙面サービスの方が有効であることが事実として明らかになってきた。紙面に力を入れたエキスプレスが1937年には232万部となり、200万部のヘラルドを大きく抜き返した。ヘラルドは、部数200万維持のために、毎週5000ポンドを費やしたが、それはやがて1万ポンドに膨らみ、経営を持ちこたえられなくなった。 戦後の1947年に…新聞の自由競争が再開されるとともに、新聞の統廃合と集中化が進んだ。大衆紙は、販売収入が製作コストをカバーしきれない経営体質を持つ。広告収入が十分に確保されなければ、部数増が逆に経営を圧迫するという構造矛盾である。 その上、イギリス政府が議会の議決に従って、1947年に設けた「新聞に関する王立委員会」は、新聞界の体質改善を勧告し、…さらに、1961年に設けられた「第2次王立委員会」は、「いかなる新聞・雑誌も経営および編集方針が卓越していなければ成功はおぼつかない」「確実なことは、新聞・雑誌の経営者に積極性が乏しく、編集者に想像力を欠くならば、競争場裏に加わっていくことは期待できないということである」と勧告した。 こうして、イギリスの新聞は、コスト無視の拡張戦争から新聞社の信頼性と紙面の魅力で競争する新時代に入った。もっぱら拡材競争で膨張し、1947年に225万部のピークを記録したデーリー・ヘラルドは、その後読者離れと広告収入の減少に見舞われ、…1964年9月に…50余年の歴史を閉じた。この時の部数は130万部だった。 ヘラルドが火を付けた拡材競争は、正常なジャーナリズム感覚からすれば信じがたい異端だ。唯一の功績とされるのは、イギリス国内に新聞を普及させ、新しい読者を開拓し、そして一般市民に新聞を読む習慣を植えつけたことかもしれない。 ジャーナリストで情報相も務めたフランシス・ウイリアムズは、イライアスの時代を次のように総括している。「イライアスは、…新聞を商品化することによって、新聞を汚濁にまみれさせ、奇怪なものに変えてしまった」。 それは、日本の新聞界にも十分当てはまる批判ではなかろうか。 日本の新聞界を取りまく環境は、20世紀末、すでに大きく変化した。……すでに新聞購読者は停滞あるいは長期低減の傾向を見せ始めている。21世紀には、インターネットやデジタルテレビ多元放送などのニューメディアと本格的な生存競争に入るのは必至だ。……新聞の発行部数は、すでに飽和状態に達しており、質的な、あるいは量的な変革が迫られている。 新聞経営者はどのような販売理念を持っているのだろうか。それは、渡辺恒雄読売新聞社長の社員に対する訓示(99年1月5日社内賀詞交換会)で、きわめて明確にされている。 「1030万部目標に、1000万部を1部たりとも割ることは許されない」「景品の「3・8ルール」が去年(1998年)5月1日、告示された。懸賞が解禁され、300万通もの応募があった。知恵を出して、創意工夫を凝らして固定読者を増やしていかなければならない」(『読売新聞社報』、1999年1月13日号) しかし、部数第一主義には危険な落とし穴が待っている。その第一は、新規読者獲得のためのコスト(限界費用)が限度を超えつつあることである。それは、読者の絶対的な逓減によって避けることができない。 問題の第二は、広告料金が部数とパラレルに上昇しないことだ。……「発行部数」と「広告収入・経営の健全化」は時に非対称的である。つまり、再販維持制度の福音を受けつつ、景品によって獲得した読者には持続性がなく、購読収入を不安定にする。そして、広告収入を決める広告効果は、実は新聞の質と読者の購買力と相関関係を持っているのだ。……過剰な景品販売を分析したイギリス第二次王立委員会の報告は、次のように述べている。 「高級紙が大衆紙に比べ、1000部当たりの広告料率をはるかに高くして、しかもなお多数の広告ページを掲載できるのは、高級紙の読者の大部分に平均以上の所得があるからである」(『イギリスの新聞経営』)。 もちろん、わが国の社会的特質、つまり所得の平準化、教育水準の高さなどを考慮すれば、ヘラルド紙など海外の史実がそのまま日本の新聞業界の学習教材になるわけではない。しかし、わが国の景品依存販売政策の行きつくゴールについて、歴史的教訓を無視することはできないだろう。 |
|
[補足]新聞購読の勧誘に高額な景品 新聞の定期購読の勧誘の際に、業界の自主ルールで定められた制限額を越える高額な景品が提供されているケースが多いことが分かり、公正取引委員会は指導や監視を強めていくことにしています。 公正取引委員会は今年3月から8月にかけて、一般の消費者1000人を選んで新聞購読の勧誘の際に、どのような景品を提供されたか、アンケート調査を行いました。その結果、新聞業界の自主ルールで定められた制限価格を超える疑いのある、2000円を上回る景品が提供されたケースが49%に昇ることが分かりました。 提供された景品で一番多いのは洗剤で、次いでビール券、入場券となっています。なかには、長期間の新規購読読契約をした客に対して電気製品や自転車などから好きなものを選ばせたり、ビール券と洗剤それに10キロ分の米を組み合わせたりして、総額で1万円を超える景品を提供したケースもありました。 景品の価格についての業界の自主ルールは景品表示法に基づいて定められていることから、公正取引委員会は、法律に違反するケースも少なくないものとみて、業界への指導を強めるとともに、悪質な場合には行政処分を行う方針です。(NHK 12/09/02 06:05) NHKニュースより (民放では報道されなかったようです。) 公正取引委員会 http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.november/02112903.pdf |