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1983年製  Tokai TLS-200 #3010827





Tokaiレスポールの型番は1983年のカタログからLSからTLSへと変更されている。

このギターは傷もやや多くプレイヤーズコンディション。ヘッド裏にはグレードを表す"200"のシールは残っていないが,金色に輝く"Tokai"のロゴがフラッグシップであることを無言のうちに示す。

部品やサーキットが若干変更されているようでペグはGibson製になっている。フロントPUはDimarzio PAF,リアピックアップはDuncan59だがカタログ上はDuncan59が標準仕様になっている,おそらく換装されたのだろう。ネックの補修歴もあり相場価格の半値以下で入手できた。ネック裏に残った傷が気になったので東海楽器製造(株)で補修を依頼,親元で完全に補修された。

ネックに破損歴のあるギターは傷物として扱われているようだが,マホガニー1Pネックはその材質と構造上僅かな力で折れてしまうことがありうる。この部分こそが文字通りレスポールの『ネック』であり構造上の欠陥である。それゆえにヘッド仕込み角の浅いメイプルネック仕様が生まれた。

私は偶発的事故で破損したネックの補修歴はギターの本質的な価値には影響しないと思っているので,もちろん傷の程度にもよるが,完全補修が可能だと読めば入札する。多くの一流ミュージシャンのギターにもネックのリペア歴のあるものは多い。1億円を超える額で落札されたGary MooreのGreenyにもネックの補修歴がある。

オークションブローカー達は商品を愛情ではなく売れるか売れないかという基準で極めてドライに見ているのでこのような物件は敬遠する。 そういう理由で私は完全補修が可能なネック破損ギターは狙い目だと思う。しかし結局は貴方がブローカーを含めた商人としての目でギターを見るのか,それともそのギターの親となる覚悟を持って見るのか,そこで決まる。

重量は4.1Kgでやや軽め。他のLS/TLS-200と異なりインクシリアルになっている。1980/1981年製LS-50/60以外の機種でのインクシリアルは私が知っている範囲ではこの個体しかない。刻印シリアルとインクシリアルの違いはどのような理由によるのかについては情報がないが,LS-60については東海工場が刻印シリアル,長野で作られた個体の一部がインクシリアルだったらしい。フラッグシップはお膝元で作ると思うのだが,東海工場以外で作られたのだろうか。

最近ではHistoric Collectionなどで見慣れた非常に目の細かいタイガーストライプだが,当時の国産ギターでは殆ど見ることはない。経年変化によって材が痩せて,トップに杢で形成された凹凸を触知できる。

バックはホンジュラスマホガニー1P,私はTokaiのレスポールを集めるようになってからマホガニーがホンジュラス産であるかそれ以外(多くはアフリカンマホガニー)であるか見分けがつくようになった。old TokaiではLS/TLS-150/200クラスはホンジュラス産,LS/TLS-120クラス以下ではそれ以外のものが使われているようである。ただ1985年製LS-150はホンジュラス産のようだが若干導管が目立つ部分があり,質の低下があるように見える。

筋金入りのホンジュラスマホガニーは導管の細さや木目の木理の細やかさがアフリカンとは全く違う。アフリカンマホガニーしか知らない人には決してマホガニーには見えない。トップのフレイムメイプル同様に見る角度によって杢がきらきらと煌めく様は美しい。以前にバックがホンジュラスマホガニーだというESP/Navigatorのレスポールを所有していたが,木理には太い導管が目立ち,old Tokaiには遠く及ばない材だった。

生鳴りが軽やかに響くギターで,Unplugedで弾いていても気持ちがいい。

ちょいと脱線しますが,

『なんで本物でもない国産品のコピーモデルに高い金を払うのか』という声を聞くことがある。いかにも自然な疑問です。要は『好き』だからなのだが,それを理路整然と説明することは簡単ではない。『好き』の理由を説明することは実はとても難しいのだ。貴方がパートナーを好きな理由,娘や息子を好きな理由,言葉で表現しようとするとそれは『好きな理由』ではなく『好きなポイントのひとつ』でしかないことに気づく。つまりはその存在そのものが『好 き』なのだ。

そのような客観性のない価値観を蔑むクールな人でも,できの悪い息子と,由緒正しい隣家の学業優秀な子,貴方にとってどちらが可愛いかははっきりしている。国産ギターが好きな理由の要はその辺にある。

コピーであることが否定理由であるならば,今のGibson社が製造しているレスポールは全てかつての優れた同社製品のコピーモデルだから,宗家をも否定することになる。『Gibsonのギターにしたら』というのは『ロゴが本物と同じコピーモデルを選んだら?』と云っているのと同じだ。

私はGibsonのギターもFenderUSAのビンテージギターも所有したことがあるがが結局売ってしまった。よいギターだったが弾いても心が躍らず,それらに対する愛情のようなものが生まれなかった。








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