父と子(3) 小笹と夢影
名古屋山三郎。
織田家ゆかりの実在した侍ですが、柴錬版『十勇士』では、作者の脚色が自由に入り、
またそのことで、物語全体を通じても心に残るキャラクターのひとつになりました。
山三郎の人形は市川雷蔵を思わせるニヒルな容貌でしたね。
実際の山三郎もかなりの男前だったらしく、出雲阿国が歌舞伎を創るのに一助した、とされています。
この名古屋山三郎を父に、阿国を母に持つ娘が、佐助の恋人・小笹です。
山三郎と阿国は、おもに徳川家に対する意見の相違がもとで離縁しました。
阿国は豊臣嫌いの徳川ファン。もともと、出雲大社のご神体を秀吉に取り上げられ、
その反感をうまく利用した家康によって、徳川の忍者となりました。
いっぽうの山三郎は、大の徳川嫌いです。
山三郎の母は、じつは今川義元の娘という設定で、父は家康(当時は松平元康)。
家康は、今川家が織田信長に滅ぼされるや、妻子を追放し、
織田に寝返った(公平な歴史人物解釈とはいえませんが、このおハナシではそうなってます)のです。
そのために、山三郎は徳川を憎悪しています。
小笹も、父親のことでは相当苦労しています。 この父は娘に心配させどおしです。
一般論として、自分に子供ができたら、まず親のありがたみがわかるし、
たとえ親との間に軋轢があったとしても、親の気持ちというものを斟酌できるようになるもの。
なにより、山三郎は、妻と離縁し、自身が娘に可哀想な思いをさせているのです。
自分と母を捨てた家康への憎しみは、もちろん清算はできなくとも、娘の前ではつとめて隠せないものなのか。
『真田十勇士』の重要なモチーフである「父と子」の問題から、小笹もまた無縁ではないのですが、
ただ、彼女の場合、山三郎というクッションがあるため、夢影ほど深刻ではありません。
小笹は、父を愛しているのです。「父と子」の問題とまともにぶつかっているのは、山三郎です。
彼の存在と苦悩が緩衝材となって、小笹までは下りてこないのです。
また、なによりも彼女は、出生の秘密に翻弄されてはいません。父と母が誰かを知っている。
決して幸福ではないけれども、少なくとも、自分が依って立つ足元は、見ることができます。
夢影の場合は、まず自分の手で、育ての父親を殺してしまいます。
さらにそこで、実の父親が石田三成であったことを知らされ、この敵を討つことを人生の目標に掲げます。
「父と子」の嵐です。もみくちゃにされてます。
同様に自分のルーツという問題を背負った佐助にとっては、あまりにも近い身の上であり、
同情はできても、恋愛には発展しづらい対象です。
私もふくめて、『真田十勇士』の男性ファンには、佐助が夢影より小笹を選んじゃう気持ちがわからないという人が多いです。
でも、考えてもみてください。同じようなコンプレックスの人間がくっついちゃうと、ややこしさも2倍増になっちゃうのです。
相手の自分に対する同情に甘えてしまうし、その逆もまた。
それでうまくいくこともあるし、それが必要なときもあるけど、その循環で終わってしまいそうです。
佐助と小笹というのは、なんか同じにおいはするのだけど、一緒にいると、自分ひとりでは見えない青空が見えるような、
そんな存在だったのではないでしょうかね。
多くの場合、異性に魅力を感じるのって、そういう具合じゃないっすかね。うまく言えないけど。
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